ミッション破壊作戦～優しさを貫くことが本当の強さだ

■リプレイ

●降下開始
　天草諸島上空。魔空回廊の直上に到達したヘリオンの扉が開く。
　下方には魔空回廊のドーム型のバリア、周囲の細かな地形が箱庭のように見える。
「異常なしです。始めましょう」
　天気は晴れ、風は南東やや強い。ヘリオンから飛び出た人影は地上の誰にも気づかれないままに降下して行く。
　どれだけ驚いたか。
　どれだけ心配したか。
　どれだけ憔悴したか。
　どれだけ……って、あの気持ちを言葉にしようとするたびに、オレの心の中がムカムカ燃えてくるんだ。
　そんなヤツが、この地球にはうようよいるんだって思うとな。
　心に内で思いを紡ぎながら、キサナ・ドゥ（イフェルスの信管・e01283）は思いに力を込める。
　高度が下がるにつれて、バリアの偉容、それとは対照的に破壊し尽くされた地表の様子が見えてくる。
　な。だから、もう、いい。
　お前なんかに説明はしない。理解されようとも思わないッ！
「消えろおおおぉぉぉッ！」
　叫びと共に衝突した、グラディウスは橙色の光を吹き上げる。それは空を見張っていた少女の居る櫓を瞬く間にのみ込んで、同時に地を揺さぶる程の衝撃波が吹き抜ける。
「くそっ、またなのか、我らはこのままやられてしまうのか？」
「耐えましょう、我らがベル団長、永久の栄光の為にも、反撃の機を待つのです」
　声を掛け合うエインヘリアルの少女たちの頭上から、上半身を消し飛ばされたようなエインヘリアルの少女たちの身体が落ちてくる。続けて呼吸を圧迫するような真っ白な煙の塊が流れ落ちてきて、瞬く間にその視覚と聴覚を遮る。
「総員、戦闘配置！　スモークが来るぞっ！！」
　姿が見えないばかりか、お互いの声も碌に聞こえない。エインヘリアルの少女は自身の声すらも籠もって聞こえるようだと感じながら姿勢を低くする。
　せつを泣かせたくなかった。なぜなら此処は敵地で、撤退は成功させないといけない目標、つまり敗北したら撤退出来ない。だとしても、宮口・双牙（軍服を着た金狼・e35290）が手を挙げたのは、この土地にデウスエクスがのさばる限り、嘆きを生み続けることを知ったから。
（「……シーノが暴走した時の、あの息苦しさ、あの腹立たしさといったら」）
　手を差し伸べる手立ても無く、歯を噛みしめるだけの時間、その敵地に再び赴こうとする友の背中を見て、引き留めるせつに背を向けてでも、追わずには居られなかった。
　ここにデウスエクスがのさばる限り、嘆きを生み続ける。
　ならば、グラディウスよ、一撃だ……！
　ここに立つのはただ一度！
「この一撃にかけ、数多の嘆きの源を打ち、砕くッ！　おおぉぉぉォォ――ッ！」
　叫びと共に双牙は刃を叩き付ける。同時に爆音、グラディウスを起点に樹枝状の筋が広がる。
「莫迦な！　バリアが揺れているだと」
「みんな、何処？　何が起こって……きゃああっ！！」
　爆煙に包まれ孤立し、五感を曖昧にされながらも、伝わってくる確かな異変にエインヘリアルの少女たちは戦慄し、追い打ちを掛けるように襲いかかる稲妻にひとりまたひとりと倒れて行く。
　様々な葛藤を抱えながらも参じてくれた仲間たちから滲み出る気持ち、その叫びを耳にして、アウラ・シーノ（忘却の巫術士・e05207）の胸にも万感が満ちる。と、同時に不思議なほどに、気持ちは冷静になってくる。
（「逆恨みと言われればそれまでかもしれません」）
　けれど、福音の鐘兵団の企てがなければ、何も起こらなかったはずだ。そう考えることにして、アウラは気を配ってくれた全ての人の顔を思い浮かべて、樹枝状の筋が広がったバリアを睨み据える。
　あのとき暴走して退路を拓かなければ、彼女を含めた全員が敵に捕らわれるか命を落としていた。そうならざるを得なかったのは結果であり、彼女は引き起こされた状況に正しく対処しただけだ。
「今日まで、この天草を人の手に取り戻せると信じて戦った皆と、私を助けてくれた皆、助けようとしてくれた皆を、私は忘れません。私はもう、悲しませたくありません、苦しめたくありません。だからこそ、このグラディウスを振り下ろします！」
　振り下ろした小さな刃から返ってくる衝撃に耐えながら、アウラが力を込めると青白い稲妻が爆ぜ、破片のような透明の塊が落下し、強襲型魔空回廊が異常とも言える明滅を始める。
「ケルベロスども、何処だ！　殺してやる、殺してやる！！」
　大弓を構えたエインヘリアルの少女が瓦礫と化した尖塔の上から弓を放つ。
　無数の光に分裂した矢はそれぞれが小さな魔方陣を描きながら、スモークの外、上空へと飛んでゆく。
（「身近な人が行方不明になる……、深く考えたことはありませんでした。ですが、いざ起こってみると、辛かった……怖かった……そしてそんな弱気な自分に苛立った」）
　グラディウスを突き出して、正に衝突せんとする、齋藤・光闇（リリティア様の仮執事・e28622）の周囲を掠めるようにして光の筋が飛び抜けて行き、そして消えた。
「私をこれほどまでに弱気にさせ苛立たせた、あなた方は許せるはずがございません。そんな私を見られないように悟られないよう隠すのにどれほど骨が折れたことか……、受け取って頂けますね。辛さも、怖さも、切なさも、全部全部、この一撃にかけます！！」
　次の瞬間、轟音と共に青空を貫くが如き光柱が立ち昇り、そして爆ぜる。光闇の作り出した光柱は、間も無く無数の光の矢となって、豪雨の如くに地表に降り注ぎ、地表のそこかしこで爆発が連鎖し、膨大な破壊を発生させた。
「シーノ、今度はぜってぇに無事に帰してやるからな」
「ありがとうございます。ですが、もう二度と同じ轍は踏みません」
　光の矢はグラディウスをもつケルベロスたちの周囲を避けるような軌跡を描いて飛び去って行く。そして立ちこめるスモークの影響も受けずにすぐに仲間と合流出来る。
「……これもグラディウスの効果なのだな」
　グラディウスによる攻撃は目隠しをした相手を殴打するようなものかもしれない。戦いの不条理を目の当たりにした双牙は背筋が冷たくなった。
　バリアは壊れはじめているようにも見えるが、強襲型魔空回廊はその機能を維持しており、バリアもまた防御力を維持しているようだ。
（「皮肉なものよね……元々神に祈っていた場所が『邪神』とも言うべき集団に乗っ取られるなんて」）
　間近では傷ひとつ無い壁のようにしか見えないバリアに向かって、鏡・胡蝶（夢幻泡影・e17699）はしなやかな手の動きでグラディウスを突き出す。
「大丈夫、地球上から消えて貰うだけよ、永遠に」
　思いを声にする刹那、頭の中に思い浮かぶのは、いつもの場所にアウラの居なかった日々のこと。帰りを待つしか出来ない苦い思い。それは胡蝶の胸に怨念にも似た加虐的な感情で満たした。
「奪われたものを取り返すのは道理でしょ？　やられたらやりかえす……倍にして、返してあげる」
　静かな叫びと情念と共に、叩き付けたグラディウスを起点に稲妻が翼の如くに広がる。同時に溢れ出た、黒煙が魔空回廊を覆うバリアを溶かすが如くに流れ落ちる。
「そんな、溶ける、バリアが溶けて行く……」
　魔空回廊の破壊は、前線基地であるこの場所が完全に孤立する。その意味を知るエインヘリアルの少女たち、ある者は命を賭してこの場所を守ろうと誓い、別の者は復讐心を漲らせ、あるいは全滅の運命を予感して呪いを捧げる。
　お前たちは私の大切な友達を傷つけた。
　お前たちは私の大切な仲間を泣かせた。
　お前たちは僕の大切な家族を苦しませた。
　お前たちは僕の大切な日常を奪いかけた。
　スモークに制限されたエインヘリアルの耳に幻聴のように、アルトルージュ・ストラトス（詩歌紡ぐ夜天の覇王・e02678）の声がこだまする。
　手を伸ばし続ければ、自分が果てる運命だと分かっていても、いつも温かい大切なモノをくれた君を護りたい。アルトルージュは悲壮な決意を小さなグラディウスに込めて、自身の持つ全ての力と共に叩き付けた。
　直後、キーンと澄んだ音を立てながらバリアは破片を散らせる。そして強襲型魔空回廊は上下左右に異常な伸縮を始める。頭上を押さえつけるような気配が急激に薄まるのを感じて、合流したケルベロスたちは歓喜する。
「割れる……破られる！」
「ベル団長！　団長！！　どこに居られるのですか？」
　一方、決定的な破壊の兆しを感じたエインヘリアルの少女たちは、見える筈も無いケルベロスの姿を求めて、壁のようにしか見えないスモークの中に駆け出す。しかし彼女たちが出会うのは、ケルベロスでは無く、容赦なく襲いかかる強烈な爆炎のフルセットであった。
（「アウラさんのことは、戦いゆえ不可抗力とします。が、デウスエクスに仕える死人もどきが、この地に留まることは許しません。天草諸島をあなた方の前線基地になどさせません」）
　突入姿勢に入った斎藤・斎（修羅・e04127）が、斜め後方のミライ・トリカラード（獄彩色鉄鎖・e00193）に向けて、先に行く。とハンドサインを送る。
　ミライも即座にサインで返す。直後、最後に攻撃するのが自分になると気がついて、身体が打ち震える。
　２人とも魔空回廊とバリアの異変は認識しており、壊せるかも知れないという予感はある。
「はあっ！！」
　心の中にある怒りの全てを、ただ一つの、気合いに込めて斎はグラディウスを叩き付けた。この日７回目の閃光が煌めいて、同心円状に広がる爆炎はスモークに覆われたを地表舐めるように広がって行く。
　ドーム型のバリアは、鈍い音を立てながら部分的に崩壊し始めており、魔空回廊の方も幾分存在感が薄くなっているような気がする。しかし両方とも、その機能は健在だ。
　たとえ大破させていても、破壊し切れなければ、再度の攻撃が必要になる。
「ミライさん、後はお願いします」
　地上に降り立った、７人には撤退の準備の他にはもう、祈ることしか出来ない。
「なるようにしかならないわよ。……いずれにしても離脱が最優先よ、ね」
　待ち伏せが予想される国道は使わず、なるべく早くたどり着ける海岸を目指す。過去の事例をチェックした胡蝶の撤退プランもそうなっている。
　果たして、君に侵略の幕を引くことを出来るのか？　その問いに対してミライは行動で答えた。
「聞こえたかい、福音の鐘兵団？　キミたちの歌よりよっぽど響く、みんなの想いが！　一つ一つはバラバラで、だからこそ出来上がるシンフォニーが！　それが生きるってことさ！　一人一人違うからこそ、手を取り合って支え合うんだ！」
　叫びと共にミライがグラディウスを突き立てたのは、もっとも損害が少なく見えるバリアの天井だった。
　刹那の沈黙を経て、ムカデの脚のように広がった亀裂は、既にあちこちに刻まれていた、沢山の亀裂と繋がり合いながら、バリア全体へと広がって行く。
「ボクは一方的に仕えるだけのキミたちを、生きているとは認めたくない！　ここは人が生きてきた場所、そしてこれからも生きていく場所！　返してもらうよ、デウスエクス！　この島から、この国から、この星から――出ていけえええええっ！！」
　続いて、突き刺さったグラディウスを半月状に振り抜けば、バリア全体に広がった亀裂は一斉に光を帯びて、一拍の静寂を経て、その光を散らした。
「やった……か？」
　引き抜いたグラディウスを腰のベルトに固定して、１秒すらも惜しんで合流を目指すミライの後ろで、バリアは無数の透明な粒となって砕け散り、続いて断末魔の叫びの如き異音を響かせて、強襲型魔空回廊も消滅した。

●撤退戦
　かくして、スモークに満たされた風景の中、ミライの合流を以て一行は撤退を開始する。
　胡蝶が先導するのは、退路を選定した故、不意の遭遇戦を想定して、キサナが脇をガードする。
　同じ轍は二度と踏まない。魔空回廊を破壊しても、未だ此処は敵地で、不要な１分の行動が危機を招き寄せる危険は誰もが理解しているから、グラディウスも各自が責任を持って確保している。
　結果、最速とも言えるペースで撤退は進む。それでも敵との遭遇は避けられなかった。
「み〜つけたっ！」
「させねえ！！」
　胡蝶に向かって突き出された巨大な槍の矛先を目がけて、キサナは側面から体当たった。
「あーはっはっはっ！　覚悟なさい、ケルベロス！」
　復讐心からだろうか、赤い目をぎらぎらと輝かせ、狂ったような笑いと共にエインヘリアルの少女は、槍の向きを変えながら、力まかせにキサナの身体を斬り裂いた。
「がうっ！」
　もしディフェンダーでなければ、一撃で重傷を喰らっていたとヒヤリとしながらも、キサナは少女は攻撃重視で持久戦を考慮していないと見破った。
「ははっ良い度胸だ。ノーガードの殴り合いなら望むところだぜ」
「チキンなケルベロスにしちゃあ、殊勝な心がけね！」
　胡蝶のウィッチオペレーションに耐えながら、キサナは強気な言葉で応じ、そして星を駆ける青春の歌を口ずさむ。そんな戦い方に少女は戦いの血が疼いたかのように笑んだ。
　次の瞬間、そこに割り入って来た、焔舞の剣が地獄の炎を纏い、短いかけ声と共に少女の身体を裂き、その命の滴をも啜りとる。
「ごめんね、１秒だって無駄には出来ないんだ」
　続けて星型のオーラの煌めかせた、ミライの跳び蹴りが、避けようとして掲げた盾を掠めて、少女の首筋を打ち据える。そこに流星の煌めきを帯びた双牙、アウラの飛び蹴りが立て続けに命中して、少女の体力の大半を奪い去る。
「来てくださいませ、魔人卸し……」
　自分の火力アップに勤しむ光闇を横目に、アルトルージュは少女との間合いを一挙に詰めると、発動したルーンの呪力に輝く斧刃を振り下ろす。その刃は直撃を阻もうと少女が翳した盾を断ち割って、深く身体に食い入った。
　だが少女は倒れない。
　アルトルージュ突き刺さった斧刃を力任せに引き抜くと、振り上げて、振り下ろす動作を繰り返す。
　猛攻を受けてなお立つ少女は、槍のひと払いでアルトルージュとの間合を広げると、血肉混じりの血を吐き出しながら、炎のように燃える目でキサナの方を見据える。
「急いでるのね。ほんと残念、どうせ全滅する運命なら最期まで美しく戦い抜きたいじゃないの、だから——」
　ひとりぐらい付き合って。そう言わんばかりに、槍を突き出した。
　しかしそれは大きく外れて、槍が貫いたのは、薄れ始めたスモークに満たされた空間であった。
「悪いな、オレはオレらの友達の方が大切なんだ」
　敵にまでは優しく出来ない。当たり前の事実を告げるように、ケルベロスたちの攻撃が少女に殺到する。
　果たして、原型を留めない程に破壊されたエインヘリアルの少女の亡骸を乗り越えて、障害となる敵を排除した一行は海岸に到着する。そこでミッション攻撃の為に上陸しようとしていたケルベロスたちと合流して、魔空回廊の破壊成功を告げた。

作者：ほむらもやし	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年8月16日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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