届かない声を、あなたに

作者:雨音瑛

●夕暮れの墓地
 蝉の声に、ひぐらしの声が重なる。日差しは夕暮れのそれだが、まだまだ暑い。
 千佳は汗をぬぐい、墓石の前に花束を置いた。しゃがみこんで手を合わせ、目をつむる。そのまま数十秒が経過する。
 千佳は、目を開けると同時にため息をついた。
「わたしは、元気でやってるよ。就職祝いの時計も、大事に使ってる」
 そう言って気付いたのは、墓石に絡みつくアイビーの葉。千佳が手を伸ばして、葉を払う。同時に、花粉らしきものがアイビーの葉へと取り付いた。
「それじゃ、また来るね。……叔父さん」
 つぶやき立ち上がる千佳を、アイビーの茂みが覆い尽くす。
 徐々に意識を失ってゆく千佳。伸ばした右腕に輝く腕時計も、アイビーに飲み込まれてゆく――。

●ヘリポートにて
 新条・あかり(点灯夫・e04291)が警戒していた事件が起きたと、ウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)が述べる。
「とある件の墓地で、攻性植物が確認された。なんらかの胞子を受け入れたアイビーが、攻性植物に変化したようだ」
 この攻性植物が、ちょうど墓参りに来ていた女性を襲い、宿主にしてしまったという。
「急いで現場に向かって攻性植物を倒さないと、だね」
 あかりの言葉に、ウィズはうなずいた。
「敵はアイビーの攻性植物の1体のみで、配下などはいない。威力の高い攻撃を使い分けてくる」
 しかし、問題がひとつ。
「取り込まれた女性は攻性植物と一体化しているため、普通に攻性植物を倒すと一緒に死んでしまう」
 だが、攻性植物にヒールをかけながら戦うことで戦闘終了後に女性を救出できる可能性があるという。
 ヒールグラビティを敵に使用しても、ヒール不能ダメージは蓄積される。それを利用し、粘り強く攻撃して倒すことができるようだ。
「女性を助ける方向で動く場合、当然、戦闘はケルベロスにとって非常に不利になってしまう。戦闘にあたるケルベロスで、女性を救出するための作戦をしっかり考える必要があるだろうな」
 そのほかの情報としては、とウィズは続ける。
「女性は、攻性植物に取り込まれた際に意識を失っているようだ。また、戦闘中に女性と攻性植物を切り離すことはできない……と、私からは、以上だ」
「そっか、お墓参りをしに来たところを、攻性植物に……僕たちで、助けてあげたいね」
 あかりはケルベロスたちを見回し、うなずいた。


参加者
シィ・ブラントネール(蒼天に坐すシャファク・e03575)
アリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
大成・朝希(朝露の一滴・e06698)
クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)
スノー・ヴァーミリオン(深窓の令嬢・e24305)

■リプレイ

●橙の場所
 墓地というのは、不思議な場所だ。どれだけ人がいようといまいと、静けさの種類はまるで変わらない。
 それがたとえ、墓石の間をアイビーの攻性植物が移動していたとしても。
「お墓参りに来て仲間入り、なんて冗談じゃないからね」
 クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)の纏った衣装の白に、夕暮れ色が映える。解き放たれたブラックスライム「Tor von 《Alptraum》」は、鴉の姿から一転して攻性植物を包み込む。
 シィ・ブラントネール(蒼天に坐すシャファク・e03575)のドラゴニックハンマー「Explosion Marteau」が形態を変え、砲弾を撃ち出した。均整の取れた身体で反動を押さえ込み、声を張り上げる。
「まだ叔父様の元に会いに行かせるわけにはいかないわ! 危険な雑草は駆除させて貰うわよ!」
 シャーマンズゴースト「レトラ」が主の言葉にうなずき、攻性植物をヒールする。
 新条・あかり(点灯夫・e04291)もうなずき、手にした如意棒で、一撃を加える。
「その人を返してもらうよ」
 短く、それでも確かに言い放った言葉。
 続くアリシスフェイル・ヴェルフェイユ(彩壇メテオール・e03755)が、攻性植物の移動方向に立ち塞がる。
「お世話してくれた人だもん、きっと元気でいて貰いたいって私は思うから。その女性は渡せない」
 そうして、素早く詠唱を。
「錫から天石に至り、その身、心を束縛せよ。交わる荊棘、置き去りの哀哭、壊れた夢の痕で侵せ――柩の青痕」
 片手をひらりひと振り、出現した棘の槍で狙いをつけて。投擲ののちに穿たれた攻性植物に、魔力の棘が潜り込む。攻性植物のからだに、痺れが広がってゆく。
 直後、玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)が縛霊手で殴りつければ、ウイングキャット「猫」も続けざまに尻尾の輪を飛ばす。
 やがてアイビーが、動き出した。大量の葉を発生させ、ケルベロスのひとり――クレーエを包み込まんとする。
 しかし、クレーエのすぐそばにいた大成・朝希(朝露の一滴・e06698)が身を挺し、刃の刃を代わりに受ける。
 実際のところ、盾役は不慣れな朝希だ。先ほどの一瞬を躊躇することはなかったが、どこか動きが堅いことは理解している。
(「大丈夫、一歩だって引きません。今まで見てきたケルベロス達のように」)
 普段は柔和な表情を引き締め、自身へと『聖者の火』を使用する。
「――あなたのもとに、届くなら」
 癒しの力を高めることで、仲間に、そして今回の場合は敵に対しても有効なヒールを施せるだろう。
 さらに、ロストーク・ヴィスナー(庇翼・e02023)が朝希を大きく癒す。ロストークもまた、癒やし手の経験が少ない。それでも。
「戦線を維持できるよう、頑張るよ。プラーミァも、ね」
 白い手袋を装着した手を握りしめ、ボクスドラゴン「プラーミァ」へ微笑みかける。小柄な赤い東洋竜はぱちりと瞬きをし、臆することなく攻性植物へと体当たりを決めた。
「勇敢な子ですわね。心強いですわ」
 主の元へ戻るプラーミァをちらりと見て、スノー・ヴァーミリオン(深窓の令嬢・e24305)がつぶやく。次いで、かつて喰らった魂を自身へと憑依させた。
 誰もが気合い十分だ。しかし、それだけでは被害者の女性――羽住・千佳は救えない。

●緑の言葉
 攻性植物の葉が、不気味に動く。いくつかの葉同士がこすり合わされ、熱を帯びて行く。巻き起こる炎は、あかりと陣内のいる場所に向けて放たれた。
「可愛いあかりには、指一本触れさせませんわよ!!」
 スノーが少女の盾となり、炎を受ける。視界の端に飛んでいく火花を横目に、急ぎ振り返っては守った者の無事を確認した。
「あかり、火傷していませんわね? 無傷ですわね?」
 あかりがうなずき、スノーは胸をなで下ろす。かと思えば、今度は攻性植物へと向かってゆく。
「回復は不要そうですわね。でしたら……喰らいなさいな!」
 駆ける体勢から片足で踏み込み、もう片足で攻性植物を蹴りつける。
 そんなスノーの様子に心強さを覚えながら、攻撃に専念するシィは攻性植物に向けて弾丸を撃ち出した。
 攻性植物が行動するたびに、レトラのヒールで与えられた耐性が効果を発揮する。時折ロストークやプラーミァがその効果を打ち消そうとするが、必ずしも耐性を打ち消せるわけではない。
 それでも攻撃を、そして状態異常を重ね、ケルベロスは攻性植物の体力を削ってゆく。
 アリシスフェイルのエアシューズが煌めきを帯び、攻性植物の葉をそぎ落とす。
 ロストークは、スノーに灯る炎を消そうと動く。癒しのオーラは傷を癒し、炎を消滅させた。
 プラーミァが何度目かのタックルをしようと、攻性植物に突進する。が、命中率の高い位置にいようと、同じ攻撃を連続して仕掛けてはさすがに回避されてしまう。
 攻性植物が移動した先に向けて、クレーエが淀みなく古代語を紡いだ。石化効果のある光が、攻性植物を包み込む。
「あの世には、連れて行かせないよ。きっと叔父さんだってそんなこと望んでない。だって、アイビーの花言葉は――」
 日本刀を握り直し、あかりがアイビーの葉を茎ごと切り落とす。
「死んでも離さない」
 刀を引き戻し、ちらりと見えた肌の色に目を凝らした。
(「そんなこと――望んでいないでしょう?」)
 問う視線に怯えるかのように、アイビーの葉が生い茂っては千佳を覆い隠す。
 戦いのさなか、陣内がぼんやりと思うのは沖縄の盆行事のこと。毎年盆行事の時期に帰省しては姉を弔っていた。
 沖縄の海に潜る弔い。と言えば鮮やかな色彩を思い浮かべるが、彼が潜るのは地元民が決して入らない場所だ。いわく『連れて行かれるから』。
 それでも潜る。いっそ連れて行けと祈るように、水底の彼方を見遣る弔いをするために。
「もう10年、――か」
 そのつぶやきに、猫がちらりと陣内を見る。同じくちらりと見返して、やるべきことはやると言わんばかりに、陣内は攻性植物へと如意棒を叩き込んだ。
 猫が送り込む翼、その風は、後衛へ。
 亡くした人を思う者がいる一方で、朝希は身近な人の死にふれたことはなかった。死については、未だ想像の域を出ない。
(「向き合って、受け入れて、乗り越えて……連れて生きていく。きっと誰もが当たり前にしていて、とても難しいこと」)
 いざそうなったら、どうしていいか解らないだろう。しかし、今は目の前の攻性植物、ひいては囚われている千佳へ。
「このひとも、大事な思い出も絡め取ってしまうなんて許しません……届けたい声はきっと、まだまだ沢山あるんですから!」
 敵をしっかりと見据え、朝希は癒しの術を施した。

●紫の時間
 体じゅうの傷をものともせず、スノーは攻性植物に立ち向かう。
 そして『スノーの満面な笑顔』で攻性植物を癒しながら、千佳へと呼びかける。
「早く意識をとり戻しなさい。貴女はこれからも叔父さんに旦那の紹介やら子供を見せて活き続けるべきよ。お世話になった人に元気を見せることが一番の活力なのよ! ほらこんなところで寝てなさいでさっさと起きなさいな!」
 多くの家族がいる身として、また家族を愛する者として、見過ごすわけにはいかないのだ。
 そんなスノーの言葉を振り払うかのように、攻性植物の茎がしなる。目標は――シィ。すかさずレトラが身体を張り、主の前に出る。それがさも当然だという表情で。
「さすが、ジェントルマンズゴーストね」
 シィの言葉に、レトラは恭しく頭を下げる。
 盾役の消耗はそれなりに大きい。朝希は、自身を含む列へとドローンを展開した。行き渡り具合を確認しようとやや上方を眺めれば、宵の色が空に伸び始めている。
 見上げた場所の両側を雲がとおり、まるで何かをどこかに届けるかのよう。
「夏に亡き人を偲ぶのは、空がひらけて、ずっと遠くまで届きそうだから――なのかな、って」
「声、ね。元気でやってるって報告して……それで……命を落とすことになんてさせられないのよ」
 朝希の声に応えるように、アリシスフェイルが語気を強める。何度となく敵へ向けた『柩の青痕』。今度もまた、行動を阻害する魔力の棘が攻性植物へと入り込む。
 攻性植物の状態異常を打ち消す効果は、まだ残ってる。ロストークは、ルーンアックス「ледников」を手に攻性植物の真上へと跳躍した。
 不意に視界に入るのは、周辺に並ぶ墓石の数々。そういえば母の最後も知らなければ、墓参の経験もないと思い至る。
(「特段つらいとは感じないけれど――」)
 ледниковを振り下ろし、着地しては道なりに仲間の元へ戻る。
 いつか親のことを知る日が来るのだろうかとぼんやり思いつつ、ロストークは静かに首を振る。
 顔も知らぬ親よりも、養親や弟妹、友人らに。声が届くうちに、伝えうる限りの気持ちを。プラーミァに火の属性をインストールされながら、ロストークは思うのだった。
 クレーエはエアシューズ「Ventus vero Tempesta」で蹴撃を喰らわせながら、攻性植物を観察する。同時に、仲間も。いざとなれば仲間の無事を最優先したいと考えるものの、女性を救いたい気持ちも本物なのだ。
 シィは攻性植物を正面に捉え、その周囲の空間を圧縮した。
「シャボン玉遊び、したことあるかしら? 触るとすぐに壊れちゃうの。こんな風に、ね?」
 攻性植物が動き、圧縮空間に触れる。と同時に空間が破裂し、衝撃波が発生したその効果を見届けて、シィは小さく息を吐いた。
「長丁場になることは覚悟していたけれど、なかなかに厄介ね」
 でも、と、レトラにヒールされながらシィは陣内を見た。でも、と続けようとしたところで、陣内が先に言葉を発する。
「ここで退くわけにはいかないだろう」
 陣内は夕日に目を細め、グラビティを瞬時に選ぶ。葉が落とされた箇所を、さらに落とす正確な技だ。
「大丈夫。僕も援護するよ、シィさん」
 あかりもこくりとうなずく。信頼する仲間猫の羽ばたきに続けて薬液の雨を前衛へと降り注がせた。
 親しい二人の頼もしい反応に、シィは思わず微笑んだ。

●銀色の思い出
 攻性植物の体力を、明確に知ることはできない。ケルベロスが与えたダメージ、そしてヒールの量から調整して、アリシスフェイルは手加減攻撃を仕掛けた。
 仲間の回復に専念するロストークや、状況次第で回復に回る者のおかげで、戦線は維持できている。
 自身の攻撃力の高さから、クレーエもまた回復へと手番を割く。
「物語の美しくも悲しい姫からの優しい贈り物を」
 喚ぶのは、人魚の姫君『Perie(ペルレ)』。彼女が残した涙の結晶を、アリシスフェイルの癒しの糧に。
 陣内の拳が攻性植物を強く打ち付ければ、すかさず朝希が攻性植物を癒す。猫は変わらず、仲間のヒールを。
 スノーが手加減攻撃と叩き込むと、最後の抵抗とばかりに攻性植物は炎を放った。
「これで……終わって!」
 砲弾が着弾し、弾ける音。そのあとは、何も聞こえない。
 すぐにロストークが駆け寄り、枯れつつあるアイビーを丁寧に解く。現れた千佳を朝希が支え、意識を取り戻したところで軽く問診をする。どうやら体調には問題が無さそうだが、念のためとアリシスフェイルがヒールグラビティを使用した。
「そういえば、時計は大丈夫かしら?」
 アリシスフェイルに問われ、千佳ははっとして腕を見る。どうやら、硝子部分にヒビが入っているようだ。しかし、その他の部分は、ほとんど無傷。
「良かった、これくらいなら修理で直りそうね」
 安堵の表情を浮かべつつ、そういえば、と考え込むアリシスフェイル。
(「私も家族のカタキと決着が着いたし、そろそろちゃんと報告に行こうかな。戦うのは向かないからと言われていたのに、どう思われてるんだろな」)
 困ったように笑い、アリシスフェイルは空を見上げた。
「熱中症とか怖いから、良かったら飲んでくださいな」
 冷たい飲み物を差し出すのはクレーエ。千佳は礼を言い、飲み物を口に含んだ。
「アイビーの花言葉って「永遠の愛」っていうんだって。叔父さんは、あなたのこときっと大切で可愛くて仕方がなかったんだね」
 あかりが、千佳に言葉をかける。
「……叔父さんには……ほんとうに良くしてもらって……」
 言葉に詰まる千佳に、クレーエがそっと仏花を手渡した。ケイトウ、グラジオラス、竜胆、百合が風で揺れる。
 千佳は花束を受け取り、叔父の墓へと供えた。
「……故人にとって亡くなることは最大の不幸だけれど、忘れずにいてくれる人がいるのは幸福なのかもしれないね」
 千佳の叔父なる人物の人柄は不明だが、死してなお思ってくれる人がいるのは素敵なことなのだろう。そして、自分もそうなりたいと。墓前で手を合わせる千佳を見て、クレーエは思った。

 戦闘の余波で傾いた墓石を、スノーが手作業で直す。こういったものは手作業の方が良い、と。その他の箇所にケルベロスやサーヴァントたちが手分けしてヒールを施す中、陣内は墓地の隅で一服しているのだった。
 墓地の修復は完了。ひととおりの作業を終え、スノーはあかりを撫でようと微笑みかけ、近寄る。
「よく頑張りましたわね」
 言いつつ陣内の視線に気付き、眉根を寄せる。
「あぁそうでしたわねお二人は恋人同士でしたわね!! ごめんなさいね? でしたら2人そろって愛でるわよ? 陣内は、モフモフしてとっても気持ちよさそうね?」
 一息に言い、あかりの背中を押して陣内の方へ向かわせる。
「童にデコピンする元気あるならあかりをギューと抱きしめてあげなさいな色男さん?」
 そう言って、腕組みをしながらスノーは二人から距離を取った。
 携帯灰皿に煙草を押しつけ、陣内が口を開く。
「二学期が始まるくらいに、少し家を空ける」
 その言葉に、あかりは表情を変えずにうなずく。
「月が出る前に帰る」
 低くつぶやかれた言葉、それを信じて待っている、と。
「いってらっしゃい、タマちゃん――陣」
 呼び名を変えて、あかりはアイビーの葉を陣内の掌に載せた。
 いくつかある、アイビーの花言葉。「永遠の愛」、または「誠実」。
 そして――「死んでも離れない」。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 6
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