縁日はチョコバナナさえあれば充分!?

作者:質種剰


 神社。
 日に日に増していく暑さに負けじと、境内は夏祭りを楽しみにきた参拝客でごった返している。
 そして、普段は見るべくもない大勢のお客さんを逃すまいと、屋台の店主達は懸命に商売へ励んでいた。
 涼を求める人々からひっきりなしに求められるかき氷。
 古き良き伝統の技と時代に合わせたモチーフの再現度が素晴らしい飴細工。
 美味しそうにぷっくり膨らんだ揚げ餅。
 縁日以外でもチェーン店で買っての食べ歩きが人気な唐揚げ。
「りんご飴美味しい〜」
「私ぶどう飴が好き♪」
 参拝客は思い思いにお祭りを楽しんでいたが、
「チョコバナナ以外の屋台は許さ〜ん!」
「縁日の屋台はチョコバナナだけで充分だー!」
 突如現れたビルシャナとその配下達がお祭りの屋台を叩き壊して回ったせいで空気が一変、そこかしこが人々の悲鳴に包まれた。

「滋賀県で近々開催される夏祭りが、ビルシャナの襲撃を受けるようであります」
 小檻・かけら(藍宝石ヘリオライダー・en0031)が、困った様子で語り始める。
「首謀者は、個人的な主義主張によってビルシャナ化してしまった人間でありまして、個人的に許せない対象として『チョコバナナ以外のお祭り屋台』を選んだのであります」
 佐藤・非正規雇用(鯨偶蹄目・e07700)の調査によって存在が確認されたそのビルシャナは、名を『チョコバナナ以外の屋台絶許明王』と言う。
「小檻さんはチョコバナナ好き?」
「嫌いじゃないでありますよ。個人的にはホワイトチョコが好きなので、そっちが良いでありますね〜」
 チョコバナナ以外の屋台絶許明王は日が沈んでから配下を引き連れ、神社の境内を襲撃するようだ。
「皆さんには、夏祭り会場へ先回りして明王を迎え撃ち、しかと討伐して頂きたいのであります。宜しくお願いします」
 チョコバナナ以外の屋台絶許明王は、何より異端者を敵視しているため、ケルベロス達が色んな屋台最高と声高に叫べば、襲撃の手を止めてその主張に聞き入る筈だ。
「明王は、彼の主張に賛同する一般人を11人配下として従えているであります。しかし当人が教義の浸透よりも異端者狩りへ力を入れているせいか、未だ完全には開眼してません」
 それ故、ビルシャナ化した人間の主張を覆すようなインパクトのある主張を行えば、戦わずして配下を無力化、人間へ戻す事ができるかもしれない。
「配下達は、明王が撃破されるまでは戦闘に参加して皆さんへ襲いかかるでありましょう。ですが、一番先に明王を倒せば助けられるであります」
 戦闘時に配下が多くなれば、それだけ戦いで不利になる為注意。
 さらに、明王より早く配下を倒してしまうと往々にして命を落としてしまう事も、決して忘れないで欲しい。
「チョコバナナ以外の屋台絶許明王は、ビルシャナ経文とビルシャナ閃光を用いて攻撃してくるであります」
 理力に満ちた破魔の光である閃光は、複数の相手にプレッシャーをもたらすかもしれない遠距離攻撃。
 また、敏捷性が活きた謎の経文は、遠くの相手を催眠状態にする事もたる単体攻撃だ。
「11人の配下は、長い角材を武器代わりに振り回してくるであります」
 もっとも、説得にさえ成功すれば配下は正気に戻るため、明王1体と戦うだけで済む。
「配下となっている一般人の方々は、明王の影響を受けていますので、理屈だけでは説得できないでありましょう。重要なのは、インパクトでありますから、そんな演出をお考えになるのもオススメであります」
 今回ならば、やはりチョコバナナ以外の屋台の素晴らしさを推すべきでしょうか、とかけらは首を傾げてから、
「明王当人はもうお救いできませんが、夏祭りに訪れた人々や配下達をどうかお助けくださいませ。皆さんのご武運をお祈りします」
 ケルベロス達を彼女なりに激励した。


参加者
風空・未来(けもけもベースボール・e00276)
マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)
羽丘・結衣菜(マジックマニピュレイター・e04954)
佐藤・非正規雇用(鯨偶蹄目・e07700)
浦戸・希里笑(黒蓮花・e13064)
サシャ・フラヴィニー(矯めるなら若木の内に・e21203)
シャルフィン・レヴェルス(モノフォビア・e27856)
五十嵐・奏星(ヴァルキュリアの鹵獲術士・e36390)

■リプレイ


 浴衣を着た参拝客が行き交う夏祭り。
「チョコバナナ以外の屋台は許さ〜ん!」
「縁日の屋台はチョコバナナだけで充分だー!」
 『チョコバナナ以外の屋台絶許明王』と配下が沢山の屋台を狙って突撃してくるも、既にケルベロス達がしっかり待ち構えていた。
「縁日って神仏の降誕、示現、誓願などの縁のある日、すなわち有縁の日のことだから」
 まずは風空・未来(けもけもベースボール・e00276)が、穏やかながらはっきりした物言いで、配下を牽制する。
 絹のように真っ白な髪と円らな赤い瞳が印象的な狐のウェアライダーの少女で、オーソドックスな巫女服が彼女の小柄な体格にピタリと嵌まっていた。
「騒ぐのは神様に失礼だよ」
 配下達は襲撃の手を止め、一斉に未来へ突っかかる。
「神様なんざ知った事か!」
「俺らにとっては明王こそが神様だ!!」
 明王も屋台への突撃をやめ、信者達の持ち上げに満足そうにした。
 すると、
「私、皆さんとお祭り回りたいな」
 羽丘・結衣菜(マジックマニピュレイター・e04954)がにっこり微笑みかけて、配下達を誑し込みにかかった。
 金の鈴が鳴る髪留めが可愛いツーサイドアップの茶髪へ、黒地にピンクと薄紫の艶やかな桜草柄の浴衣を合わせて、瞳の色と同じ赤い花火絵の扇子を持っている。
「え、俺らと?」
「良いよ良いよ! 明王! チョコバナナの素晴らしさを教え込むチャンスです!」
「うむ、我も同行しよう」
 配下の反応は戸惑う者喜ぶ者と様々で、結局は明王まで従えて多人数デートと相成った。
 ちなみに、デートに誘う作戦とはいえいかにも配下の仲間に入りたいふうを装うのは、相当危険な賭けである。
 配下達から、新たな同志、即ちチョコバナナ信者と誤解されて、彼らのテンションを大幅に上げてしまうせいだ。
 結衣菜は配下達にエスコートされて屋台を巡るが。
「……」
 10分もすれば演技の必要もなく、その表情には疲労の色が浮かんでいた。
「結衣菜ちゃん、チョコバナナの屋台があるよ! どれが良い?」
「チョコバナナ買ってきたよ! ミルクチョコとストロベリーチョコ、どっちにする?」
「あそこの店のバニラチョコバナナ、銀のアラザンが綺麗だったから買ってきた、食べる?」
 配下達が縁日中のチョコバナナをかき集めるかのように買い漁っては、彼女へ薦めてくるからだ。
「同じ店ばっかり、つまんなーい」
 結衣菜が子どもらしくぶーたれるのも当然である。
「ええっ!!?」
「何で!? チョコバナナ旨いじゃん!」
「見た目も可愛いし!」
 何故彼女が膨れっ面になったか、本気で解らない様子の配下達。
「いや、実際つまらないし。普通はさ、多くの種類の店を回ってこそデートコースでしょーが」
 いよいよ露骨な嫌悪感を剥き出しに、バッサリと彼らの心を切り伏せる結衣菜。
(「はっきり言って、あなたたちのやってることは祭りを楽しみにしてる女の子に嫌われる行為でしか無いのよ……」)
 そう実感をもって理解させるべく、すっくとベンチから立ち上がって宣言した。
「良いわ。女の子にモテるような屋台選びのコツを、この私が教えてあげるわ!!」
 全てはこのセリフを叩きつける為のお芝居だったのだが、チョコバナナ漬けにされかけても耐え切った結衣菜の忍耐に感服である。
 同じ頃。
「それにしても佐藤さんなんでチョコバナナ好きなの!? 大きくて太くて黒光りしてるバナナが!」
 マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)は、チョコバナナの色艶と形から卑猥な想像をして、いささか興奮気味の態だ。
 そんな彼が恋人のシャルフィン・レヴェルス(モノフォビア・e27856)と力を合わせて商っているのが、たこ焼き屋の屋台なのだ。
 頭に着けた白狐のお面が、若草色の髪と調理の為に袖と裾をからげた浴衣によく似合っている。
 ちなみにシャルフィンはひょっとこのお面を無表情の上から被って、マサムネが手際良くたこ焼きを焼いて売り捌く様を観察していた。
(「ふむ。一瞬、タコを焼くのかと思ったが、何やら生地と一緒に焼くみたいだな」)
 そもそも、たこ焼き自体を知らなかったらしいシャルフィンの目には、たこ焼きの生地や上からかける青海苔や鰹節、紅生姜の全てが新鮮に映るようだ。
「ご覧下さいこのプリップリした明石産のたこ!」
 さて、いかにも屋台の兄ちゃんといった格好でたこ焼き用の鉄板の前に立ち、結衣菜に引っ張られてきた配下へ聞かせようと演説を始めるマサムネ。
「加えて、粉モノは粉が命! ですから勿論良い小麦粉を使ってますのでマズい訳が無い!」
 鉄板の穴へ生地を流し込み、大ぶりに切った蛸をひとつひとつ落とし、生地の周りが焼けたのを見計らってはくるくるとひっくり返す。
「すげぇ!」
「プロみたい……」
 これらの工程を喋ると同時にこなすマサムネへ、配下達は素直に感嘆した。
「それにしてもマサムネは器用に焼くんだな。俺にはできそうにない」
 面倒臭いから——とやる気の無さを言外に漂わせるシャルフィンまでもが、マサムネの手元を眺めて感心している。
「代わりに俺も屋台でいろいろ買って来よう、何が良い?」
「あっ、シャルフィンはじゃがバター買ってきて」
 と、マサムネを気遣って彼にパシられるシャルフィン。
「ん? 説得してない? 気のせいだ」
 早速ゲットしたフランクフルトをもぐもぐ食べながら誰にともなく呟くも、何の説得の役にも立っていないのは明白。
 例え調理が出来なくても、せめてマサムネのようにたこ焼きの美味しさを論理立てて配下達へ伝えていれば、少しは心動かされる者も出たかもしれないのだが。
 何より、この場にいるケルベロス達8人が言葉を尽くして初めて、配下全員を教義から解放できるだけの力となるだろうに、全く説得のやる気を見せず仲間達へおんぶに抱っことは度し難い有り様と言わざるを得ない。
 ただ恋人と屋台巡りを楽しみたかったのなら、ガイバーン・テンペスト(洒脱・en0014)も居るのだから、他に手立てもあったのだ。
「また、東京で流行ってる揚げたこ焼きとは一味違って、ちゃんとふわふわに焼いたやつなんだ!」
 マサムネは、シャルフィンの買ってきたじゃがバターを食べつつ、手際良く舟へ盛りつけたたこ焼きを配下達へ振る舞っている。
「ん、このたこ焼き美味しいな!」
「チョコバナナばかり食ってたからか、甘辛いソースがめっちゃ旨く感じる」
 外はカリッと、中の生地はふわふわに焼き上げたマサムネの腕は確かで、配下の舌を唸らせた。
「それに比べてチョコバナナなんて、自分で買ってきたバナナに溶かしたチョコ塗ったほうが経済的だし、屋台の値段は正直言ってぼったくりじゃなーい?」
 彼らの反応に気を良くしたマサムネは、ここぞとばかりに屋台チョコバナナのデメリットを論ってみせる。
「そう言われると……チョコバナナってやたら値段高いよな」
「うん、この旨いたこ焼きに比べたら、チョコバナナって簡単に作れそうな気がするな……」
 マサムネの言を真に受けて、思わず納得する配下達であった。


 たこ焼きで腹を満たした配下を、未来がひらひらと手を振って呼び止める。
「みんな、チョコバナナよりお面はどう?」
 未来が説得の材料として選んだのは、子どもの喜びそうなアニメキャラや特撮ヒーローを描いた、多種多様なお面を売る屋台だ。
「チョコバナナは食べれば無くなるしお腹いっぱいになると食べれないけどお面はなくならないし、持ち帰って楽しめるよ。流行も分かるし」
 明るく薦める未来の弁舌のおかげか、配下もふっとお面へ興味を惹かれて足を停めた。
「おっ、これ俺が子どもの時観てた特撮物じゃん」
「このアニメ毎週観てたわ、懐かしー」
「こっちは今、日曜の朝にやってるヤツだよな?」
 それぞれ気になるお面を指差して、好き好きに語り出す様は楽しそうである。
「へーぇ、最近はこんなのが流行ってるのね。私もまんごうちゃんに買ってあげようかな」
 結衣菜もシャーマンズゴーストのまんごうちゃんの分を選ぶフリして、ごく自然にお面をアピールしておいた。
 次に、配下を引き連れた結衣菜が訪れたのはかき氷の屋台。
「そもそもなんでチョコバナナにそこまで拘るんだか……他の屋台が無かったらただの『チョコバナナ屋』になるんじゃないかな」
 店主を務める浦戸・希里笑(黒蓮花・e13064)が、配下達へ呆れの視線と共にそんな疑問を投げかけた。
 毛先がそそけ立ったような漆黒の髪と金色に輝く瞳を持つ、レプリカントの少女。
 口元を愛用のマフラーで隠した、常々変わらぬ無表情からはどことなくのんびりしたマイペースな印象を受ける。
 希里笑の用意したかき氷のシロップは、いちご、メロン、レモン、ブルーハワイ、そしてずんだ。
 これらを、五十嵐・奏星(ヴァルキュリアの鹵獲術士・e36390)が最新式かき氷機で削ったふわふわ氷の上へぶっかけて客へ提供する。
「はい、ずんだが3つで900円ね……毎度あり」
「メロンとずんだお待たせしました。600円になります」
 配下達の訪れを待つ間、一般客から一番人気だったのはずんだ味。
 ずんだとは、茹でた枝豆をすり潰した物を砂糖と塩で調味した餡の事で、仙台名物のずんだ餅が有名。
「かき氷なぁ……」
「ずんだにしてみるか」
 その知名度と物珍しさが相俟ってか、一般客のみならず、結衣菜にせっつかれた配下もずんだのかき氷を頼み始めた。
「夏の暑い時期に食べるカキ氷は美味しいですよ?」
 そう笑顔で語りかける奏星も、オレンジやマンゴー、抹茶のシロップを用意していたので、ずんだ程ではないにしろ結構なインパクトで配下達の関心を引く。
「抹茶のシロップなんてあるんだな」
「俺はオレンジにしよう」
 配下全員にかき氷が行き渡ったところで、希里笑は思った。
(「ふふふ……子どもの頃食べたであろう昔ながらのかき氷で童心に帰ってくれれば……」)
 彼女の目論見は当たり、昔からあるいちごやメロン、レモンのフレーバーを選んだ配下は、
「あ〜、懐かしいなぁこの色と味」
「昔、夏祭りや海と言えばかき氷だったからなぁ」
「うんうん、ガキの頃よく食ったわ」
 夏ならではの郷愁に浸っている。
「……ところで知ってる?」
 これぞ計算通りだと、タイミングを見計らって口を開く希里笑。
「実はかき氷のシロップって香料が違うだけで全部同じ味なんだよ。しかも、今こうして300円で売ってるけど原価なんか器込みで30円程度だよ」
「あぁ……結構有名な話だよな……」
「30円……それは知らなかった」
 いきなり心をへし折られて、配下達が暗い顔になった。
「例え原価は安くても、夏の暑い時期に食べるカキ氷は美味しいですよ? 思い出を買ったと考えればいいじゃないですか?」
 そこを奏星が穏やかな言葉でフォローする。希里笑曰く、飴と鞭作戦らしい。
「うん……まぁ、旨ければ良い、のか……?」
 希里笑も奏星も言葉こそ簡潔なものの、配下を説得したいという気概はある程度感じられる。
 何より、ずんだ味のかき氷というインパクトに助けられて、彼らをかき氷に夢中にさせる事に成功した。


「佐藤さんなんでチョコバナナなんです? ねえねえなんで?」
 サシャ・フラヴィニー(矯めるなら若木の内に・e21203)は、射的屋台の用意に奔走する佐藤・非正規雇用(鯨偶蹄目・e07700)を見つけるや、興味津々で声をかける。
 毛先に行くほど白さを増す金髪とサファイアブルーの瞳を持つ、人派ドラゴニアンの少年。
 その品のある見た目に違わずドレッシーなブラウスやスカーフ、カメオを好み、いかにも上流階級の服装がよく似合っている。
「あぁら簡単よアタシがチョコバナナを好きなだけよぉ〜ん!」
 必死に賞品の運搬に駆けずり回る非正規雇用は、明るく答えてくれたのだが、オネエ口調なのは気のせいか。
 ともあれ、サシャが開いたのは金魚すくいの屋台。
「幼い頃、亡き母とよく行っていたものですね……」
 客の子ども達へポイを渡しながら、彼らが懸命に金魚を追いかけるのを眺めて、サシャは思わず涙ぐむ。
 その内、配下を追い立てるようにして結衣菜がやってきたので、配下達へもポイを薦めるサシャ。
「金魚すくいは生き物の命の大切さが学べる情操教育屋台ですが、チョコバナナ屋台はただのボッタクリで、せいぜい金銭感覚の教育にしかなりませんよー?」
 サシャなりに言葉を選んで、配下達へ金魚すくいの楽しさと意義を伝えると共に、やんわりとチョコバナナの理不尽な値段の高さをも指摘する。
「生き物の命の大切さか……」
 配下は、浅い水の中を泳ぐ色とりどりの金魚を眺めて思いに耽ったり、
「懐かしいなぁ金魚すくい、ポイを水面と平行に近い角度で滑らせるのがコツなんだよな!」
 金魚すくいに熱中して、配下同士腕を競ったりしていた。
「最後はあそこ行こうよ、皆で盛り上がれるやつよ!」
 と、結衣菜が示したのは射的の屋台。
 当然、そこの店主もケルベロスで、配下達をチョコバナナ信仰から解放せんとやる気満々だったのだが。
「あ~ら、いらっしゃい。弾5個で300円よぉん」
 ——何故か、配下へ愛想を振りまく非正規雇用は、ばっちり女装をキメていた。
 それというのも、最初は非正規雇用こそが配下達の牽引役に立候補していたのだが、
(「厳つい竜派ドラゴニアンの佐藤が幾ら女装してデートに誘ったところで、まず受け入れては貰えまい」)
 呆れるガイバーンと恐らく似たような事を思った仲間達から制止されて、渋々屋台側に転向したらしい。
 何せ、パフスリーブ——逞しい肩幅のせいでそうは見えないが——で詰襟、ピンタックの沢山入った可愛らしい白ブラウスに、ピンクのふわふわしたプリーツが可愛いフリフリエプロンを着た出で立ちなのである。ツノに刺した髪飾りもタイとお揃いのリボンで無駄にラブリーだ。
 ちなみに暴走はしていない。
「射的かぁ。結衣菜ちゃんにイイとこ見せてやるぜ!」
「そうだな。そしたらチョコバナナ好きになってくれるかもしれないし!」
 と、都合の良い事を呟きながら、コルク銃を手にする配下達。
 ぴすっ。
 1人が弾を撃つとほぼ同時に。
(「今だッ!」)
 非正規雇用は、こっそりと景品の居並ぶ台へぶつかって、さも信者が撃ち落としたかの如く装って、お菓子を落としてあげた。
「やった!」
 非正規雇用の作戦だとも知らず、お菓子を手にした配下が無邪気に喜ぶ。
 それを見た他の配下も対抗心を燃やし、何度も金を払って射的に挑戦した。
 彼らが弾を撃ち出す度に、
 ——ごんっ。
「あ、何か当たったっぽい……貯金箱?」
「よっしゃ! 結衣菜ちゃんぬいぐるみ取れたよ、要らない?」
 非正規雇用が陰で体当たりを繰り返し、もはや採算度外視で配下達へ景品を大盤振る舞いしていた。
(「ククク……これぞ、景品を沢山あげて気持ち良く帰ってもらう、完璧なさくせん!!」)
 射的の上手い下手関係なくその面白さを楽しんで貰う策としては、シンプルながらも相手にバレなければ大層効果的と言える。
「あらあら、こんなに持っていかれたら商売あがったりねぇ……」
 非正規雇用は未だオネエ言葉を崩さず、射的に没頭する配下を見守る傍ら、
「羽丘ちゃんにも射的の遊び方を教えてあげるわよぉ」
 どさくさ紛れに結衣菜の体を触ろうとしていた。
「ねえ知ってる佐藤さん」
「うん?」
「世の中にはね、黒一色のサッカーボールがあるそうよ。珍しいよね、あははー……オラァ!!」
 ——ガスッ!
「イッテェ!!?」
 しかし、急所に回し蹴りを炸裂されるという手痛い反撃に遭うや、まさに黒一色のサッカーボールのようにごろごろと悶え転がったのだった。
「キモイ」
 とは希里笑の感想である。
 かくて、結衣菜の先導によりチョコバナナ以外の屋台を巡って、その面白さを体感した配下達であったが。
「俺、チョコバナナ党やめるわ、これからは射的を極めてやる!」
「俺もやめよっと。たこ焼き気に入ったしそっちを食いたい」
「掬った金魚育てないとだしな。今度はこいつの友達も増やしてやろうかなー」
「お祭りって一種類の屋台だけじゃ寂しいもんだなって、お面屋を見てたらしみじみ思ったわー」
 チョコバナナ信仰を完全に捨てて、正気に戻れたのは11人中5人だった。
 皆の屋台へ誘導する作戦とは言え最初の結衣菜の言葉で配下のテンションが上がってしまい、ただでさえ説得の難易度が上昇していたのに加えて、屋台のアピールも全体的に控えめで彼らの洗脳を解くぐらい力のある演説が少なかったのだ。
 ともあれ、完全に配下になってしまった一般人が居るなら尚更、明王を放置しておく訳にはいかない。
「迅速に倒さないといけませんね」
 光の翼でほんの少し浮いた奏星は、雷の霊力帯びし斬霊刀にまるで投擲するかのような勢いをつけて、明王へ神速の突きを浴びせる。
 非正規雇用はブレイブマインでの鼓舞に徹し、代わりに店長が明王を斬りつける。
「一勝負、完全燃焼!」
 バット型のドラゴニックハンマーをフルスイングで振り抜き、キツイ一撃を食らわせるのは未来。
 そのまま噴射したドラゴニック・パワーによって急加速、明王を吹き飛ばす程の強打をお見舞いし、トドメを刺した。
 しかし、戦いの最中、手加減攻撃で一命を取り留めた2人を除き、4人の配下が帰らぬ人となってしまった。

作者:質種剰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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