深夜の病院に現れる幽霊!?

作者:沙羅衝

「……ったく。結局誰も来ぇへんねんもんな。肝試しって誘い方が悪かったんかなあ……?」
 真っ暗闇に懐中電灯の灯りが一筋、コンクリート壁に反射し、淡く反対方向の壁を映し出す。そこには、半分筋肉が露出された人体模型が飾られてあった。その人体模型は埃にまみれ、既に片足が半分取れかけていた。
 どうやらここは病院のようだった。ただ、現在彼のほかに人の気配はない。
「自分を救えなかった医者に恨みを持った幽霊……か。っと、電池切れかけやな」
 彼、一色・透(いっしき・とおる)はそう言って、別の部屋に行こうと扉を閉めて鞄を開く。暫くごそごそした後、手にとったビデオカメラのスイッチを入れ、液晶画面を覗き込んだ。
「……あかん、な。光が無さ過ぎるわ。まだ外明るいのに、中はこんなに真っ暗やとは、思わんかってんけど」
 透はそう言いながら、カメラのスイッチを落とそうとした。
「あれ? なんや!?」
 液晶画面に、この暗さでは映るはずの無い何か、布キレのようなものがすっと表示され、そして消えたのだ。
「行くしかない、な。ここで暴いて幽霊おるって信じさせたる」
 透はそう言って、布キレが消えた方向にゆっくりと歩き出す。
「ここ……や」
 そして、彼は一つの扉の前に立つ。懐中電灯で映した板には『心臓外科第一診察室』と書かれてあった。
「心臓……それっぽいな」
 彼はふうと息を吐き、意を決して扉をスライドさせた。
「うっ!」
 そして、そのまま前のめりに倒れこむ。その背中には大きな鍵が突き刺さっていた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 彼が横たわった横には、パジャマが一部モザイクになった青白い顔の青年が現れていた。

「みんな、今日も暑いなあ。でもまあ……夏やし、こんなもんかな」
 ケルベロス達の前に、浴衣姿の宮元・絹(レプリカントのヘリオライダー・en0084)が話を始めていた。可愛く結ばれた帯にうちわが刺さっているが、今は依頼用のタブレット端末を操作している。
「ホンマはこれからリコスちゃんと花火でもいこかなって準備してたんやけど、別の夏の風物詩の話が舞い込んできたっちゅうわけや」
 絹はそう言って、横に並んでいたリディア・リズリーン(想いの力は無限大・e11588)のほうを見る。
「そうなのでぃす! 実は大阪の十三っていう場所の廃病棟でドリームイーターが現れるっている情報を掴んだのでぃす!」
 彼女はそう言って、得意げに胸を張る。
「今回のドリームイーターは、不思議な物事に強い『興味』を持つものを狙っているそうだな、厄介な話だ」
 リディアの話を聞き、リコス・レマルゴス(ヴァルキュリアの降魔拳士・en0175)が頷く。彼女は淡い青色の浴衣を着ている。
「このドリームイーターの本体はもう無くてな、さっきリディアちゃんが言ってた廃病棟で、その『興味』を具現化した怪物がうまれるってことが分かった。それを撃破して欲しいわけや」
 絹の話を聞き、ぴんと来たケルベロスが、口を開く。
「……肝試し?」
「んー。惜しい。実は今回の被害者、一色・透ちゃんは大学の友人をその調査のために病院に誘ったんや。肝試しがてら調査しないか? って。でも、ことごとく断られたみたいでな、でまあ、証明するためにも一人で乗り込んだっちゅうわけや」
「成る程、興味の証明か。まあ、花火もあるしな。時期が悪いな。……出店も出るらしいしな。おっと」
 リコスの頭の中は、既に花火の出店で何を食べようかということで一杯のようだったが、その口元を九尾扇で隠す。
「とりあえず花火はおいといて、この廃病棟に向かって欲しい。今回のドリームイーターは、ひらひらとした青白い幽霊の格好をした青年の姿。ふわふわ浮きながらその病棟の何処かで、なんか医者を探しながらさまよってる。医者に恨みでもあるんか分からんけど、医者の姿をしていると、問答無用で襲ってくるで。手分けして探すんもええし、固まって探すかどうかも任せる。
 それとや、人間を見つけると『自分が何者であるかを問う』ような行為をするらしい。当然、医者の格好をしてたらあかんけど、正しく対応できへんと襲ってくるで。あと、どうやら同じ趣向の人、つまり今回はその幽霊を信じている人の所に引き寄せられやすいっている性質があるから、上手いことやれば、戦いを有利に進めることが出来るかもしれんな」
 絹はそう言って話を締めくくった。すると、リディアが絹とリコスをじっとみる。
「ああ、浴衣、良いですねぃ……」
「せやろ? あ、せや。この日はちょうど花火大会が行われんねん。さっさと敵を撃破できればそれに間に合うかもしれんで」
「そうか……半ば諦めていたのだが……。よし皆、気合をいれて花火大会に行こうじゃないか! たこ焼き! おー!」
 こうしてケルベロス達はヘリオンに乗り込んだのだった。


参加者
メリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)
毒島・漆(魔導煉成医・e01815)
祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)
リディア・リズリーン(想いの力は無限大・e11588)
ソル・ログナー(鋼の執行者・e14612)
ジャスティン・ロー(水玉ポップガール・e23362)
セラ・ギャラガー(紅の騎士・e24529)
巡命・癒乃(白皙の癒竜・e33829)

■リプレイ

●廃病棟の幽霊
 カツン……カツン。
「相手は、自分を救えなかったお医者さんに恨みをもった幽霊……。でも、それは仮初……」
 巡命・癒乃(白皙の癒竜・e33829)がふよふよと隣に浮かぶシャーマンズゴーストの『ルキノ』と共に歩いていた。
 暗い廊下に響き渡る足音たち。
 ケルベロスは絹の話にあった廃病棟へとたどり着き、即座に中へと潜入していた。窓から差し込む夕日がある箇所はそれ程でもなかったが、それが当たらない場所になると、視界は一気に暗闇へと誘われた。
 ガラガラガラ……。
 セラ・ギャラガー(紅の騎士・e24529)がおもむろに一つの部屋の扉を開け、中へと入っていく。目立たないよう、光の翼は仕舞ってある。
「ここには、居ないようだな……」
 そう言って更に奥へと進む。他のメンバーも警戒しながらついて行っていた。
「病棟に幽霊、っていかにもですよね……。こういう所って本当に出る、って言いますよね……?」
 リディア・リズリーン(想いの力は無限大・e11588)は、自分より背の高い恋人、ソル・ログナー(鋼の執行者・e14612)の背中に隠れながら辺りをちらちらと窺う。空調は当然働いていない。夏の日差しに熱せられた病棟は、サウナのような蒸し暑さである。
 シュボッ。
「ひっ!」
「悪い。脅かしたか」
 ソルはそう言いながら煙草に火をつける。
「毒島さん、ちょっと時間も無いし。例の作戦、行きますか」
「そうですね……」
 毒島・漆(魔導煉成医・e01815)はそう言いながら時間を確認する。
 ケルベロス達は、主に二班に分かれて捜索を行っていた。目的は勿論、幽霊の姿をしたドリームイーター。
「花火大会のためにも、速やかに解決するとしますか」
 そして、花火大会の報であった。漆はそう言って婚約者であるメリルディ・ファーレン(陽だまりのふわふわ綿菓子・e00015)と頷きあった。
「キャー!!」
 するとその時、女性の悲鳴が聞こえてくる。
「向こう、か。行こう」
 リコス・レマルゴス(ヴァルキュリアの降魔拳士・en0175)は、メールを受信していた携帯電話を操作しようと悪戦苦闘していたのを止め、武器を取り出し、動き出した。

 彼らが聞いたその声の主、ジャスティン・ロー(水玉ポップガール・e23362)は、暗闇にすっと現れた祟・イミナ(祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟・e10083)に驚き、そしてわけも分からず彼女に抱きついていた。
「イミナ、お前さん始まる前から子供を脅かすなって」
 捩木・朱砂の言葉に、イミナはジャスティンの頭を撫でながら微笑を浮かべる。手持ちの灯篭に浮かぶ彼女の顔は、その灯りで更に雰囲気をかもし出していた。
「……夏は良い。……怪異的な事件が多く、心躍る。……忌まわしく祟りたい」
「……い、イミナだった……びっくりした、の……」
 ジャスティンとは対照的に、その場にへたり込むロナ・レグニス。朱砂は彼女の手をとり、ゆっくりと起こしてやる。
「頑張ったら、綿飴だ。頑張るぞ」
「え? ほんと? う、うん……がんばる……」
 すると、大勢の足音が聞こえてきた。
 ダダダダダッ!
「おい! 大丈夫……そうだ、な」
 そして、ソルが力のない声で安堵するのだった。

 ケルベロス達は物陰に隠れ、少し離れて漆とメリルディを見守った。
 作戦とは、まさに正攻法だった。
「ここに、医者を探してる幽霊がいるらしいよ」
「それはそれは……。興味深いですね、リル」
 そして、元々医者の姿をしている漆。囮にはうってつけの人材であった。片手にはカルテのような紙を持参している。当然、フェイクだ。
 カツン……カツン。
 二人は更に奥の方へと進む。前方は暗く、不思議な空気が辺りを覆う。
「と、出てきましたか……」
 そして、その者はその暗闇からすーっと現れたのだった。

●紫煙の医者
「イ……イシャァァァァ!!」
 幽霊はパジャマ姿をした青年であった。目の前に現れた医者に、目を見開きながらすり抜けていった。
「……ぐ!」
 その攻撃に漆は膝を付き、彼の精神を蝕んだ。
「漆!」
 メリルディがすぐさま攻性植物の『Quelque chose d'absorbe』から、聖なる光を彼に与える。
「大丈夫です。皆さん、ここは耐えます。今のうちにお願いします!」
 漆はそう言うと、他のケルベロス達が一気に飛び出した。
「遅い」
 ソルが煙草をふかせながらクイックドロウで弾丸を撃ち込み、ジャスティンのライドキャリバーの『ピロ』が炎を纏って突撃する。
「お、当たったな。良し、なら幽霊じゃないから躊躇いなく撃てる」
 当たるということは、幽霊ではない。ドリームイーターだ。
「ド、ドリームイーターだから怖くない……! ドリームイーターだから怖くない!」
 リディアはそうぶつぶつと呟きながら、テレビウムの『ナノビィ』に漆の傷を癒すように指示を出す。
 ケルベロス達の作戦とは、漆に攻撃を集中させ、一気に叩くというものだった。漆は自らその役を買って出ていた。
「……怨霊は祟る」
 イミナの飛び蹴りがドリームイーターを廊下に叩き付け、すかさずセラが全身を光の粒子に換えて、追撃する。
「怨霊……では、ないけどね」
 セラがイミナの言葉を訂正し、ゲシュタルトグレイブを構えた。
 そして癒乃が漆の精神を回復させ、ルキノに耐性をつけさせる。朱砂やロナからの補助に加え、木下・昇がすかさずクイックドロウを打ち込んでいく。
 すると、形勢は一気にケルベロス達に傾いた。
 だが、それでも一人で攻撃を食らう漆には、ダメージが蓄積されていっていた。
 漆はそれでも、目に光を携えて立ち上がる。受けたダメージで眼鏡はズレ、時折足元がおぼつかない様子を見せるが、敵の力には絶対に負けなかった。
「毒島さん。気合入ってるな」
 その様子を見て、ソルが声をかけながらバトルオーラを纏い、構える。
「全ては花火デートの為です。そして、今日彼女は浴衣を持参しています。わかりますね?」
 漆はそう言って眼鏡の位置を直し、不敵な笑みを浮かべる。
「燃えないのは嘘、だな」
「そういうことです! はああああ!!」
 漆の魂の叫びは、これ以上のないほど吹き上がり、纏わりついた悪寒をすべて吹き飛ばしたのだった。

●興味が生み出した夢喰い
 ケルベロス達の攻撃は、余す事無くヒットし、見事にドリームイーターを動けなくしていった。
 日が落ちかけてきた。廊下に差し込む夕日が、その時を告げる。
 それを見て、ジャスティンがピロにライトを点けるように指示をだした。
「コ、コロスゥゥゥゥゥ!」
 それでも突撃してくるドリームイーター。漆の首にむけて、青白い腕を伸ばし締め上げようとする。
 ガッ!
 だが、その腕は難なく漆が掴み取る。
『動かないでっ!』
 メリルディがその足元に粉砂糖を撒き、漆に目だけで合図をする。
『"重撃殲攻"……重弾猟域ッ!!』
 その視線を受け取った漆が、その腕を掴みとったまま、己を跳弾の様に飛び跳ねる。そしてそのまま自らの身体をドリームイーターに乗せ、廊下にたたきつけた。
「殴れるなら、怖くない!」
「幽霊モドキが。今、本物にしてやる」
 リディアが炎を纏った蹴りを打ち込み、ソルが右の拳に力を集める。
『悲劇はいらない。哀しみはもういい。残酷劇に用はない。空を見上げろ、世界に誓え。この身に宿る全てを使って、俺はこの手で正義を成す!』
 その拳が、炎を巻き上げながら立ち上がろうとするドリームイーターの鳩尾にのめりこむ。
『攻撃展開コード:数え羊――ひつじがいっぴき、ひつじがにひき、』
 ジャスティンが羊の形をした光弾を放っていく。それは、患者姿でもあるドリームイーターを強制的に眠らせるようであった。
「…蝕影鬼、怪異を増して行こうか」
 そして、イミナがドリームイーターに近づいていく。手には杭。
 ビハインドの『蝕影鬼』がドリームイーターを金縛りで縛ると、その杭を振り上げ、振り下ろす。
『…弔うように祟る。祟る。祟る祟る祟る祟る祟る祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟祟……封ジ、葬レ…!』
 何度も何度も打ち込まれた杭が、ドリームイーターを動けなくしていく。
『ストレス発散、なんてね?』
 そして、黒住・舞彩が飛び込み、咆哮を上げる。それを皮切りに朱砂やロナ、昇とリコスがグラビティを打ち込む。
『わが攻撃、光の如く、悪鬼羅刹を貫き通す』
 セラの指先から光の矢が出現し、ドリームイーターへと降り注いだ。
「言わなかったけど、私も医者よ。悪霊・疫病専門のね」
「ウ……グァァ」
 すると、ふらふらと前後不覚なドリームイーターに癒乃が歩み寄る。
「……人の想いの影法師、死者の無念を騙るなら、晦冥にて死を知れ」
 癒乃の掌に生命の光が宿る。その光は命の灯火。
『生きる事は…死に向かう事。代償なき生は世の理に非ざる欺瞞…。あなたは滅びずにいられるかな…?』
 火が持つ恵みと恐れがドリームイーターを包み込む。
「ァ……」
 その火はためらう事無く燃え上がり、ドリームイーターを滅びへと導いていったのだった。

●花火とたこ焼き
「あ……れ?」
「大丈夫ですか?」
 ケルベロス達は、傍に倒れていた透を介抱していた。どうやら癒乃が戦闘の合間に見つけていたらしい。ケルベロス達が事情を説明すると、意外にもあっさりと納得した様子だった。その事をセラが尋ねた。
「……良く分からないんですが、妙にスッキリしていましてね。どうでも良くなった訳で事じゃないんですけど」
 ケルベロス達が不思議に思っていると、突如腹に響くほどの爆発音が小気味よく聞こえてきた。
「おっと、始まったようだな」
 ガラガラと音を立てて扉が開く。リコスを先頭に浴衣に着替えた面々が現れていた。
「リコス、携帯に写真送ったでしょう? 宮元がたこ焼き焼いて待ってるって、写真つきで……」
 そう言って自らの携帯に、浴衣に愛用のエプロンを着た絹がたこ焼きの鉄板の前で千枚通しを構えている姿を映し出した。
「おお、そうだったのか。いや、操作が良くわからなくてな。そうだ、たこ焼きだたこ焼き! ……というか絹はどうして焼いているんだ?」
「手伝わずにはおられへんわ! ……なんて言ってたわ」
 リコスは舞彩に言われて携帯を見る。メールのアイコンはまだ表示されたままだ。
「じゃあ、私と一緒に行きましょう? 出店巡りをしたいし。ちょうど良いわ。そうね、あなたもどう? 悪夢は冷めたみたいだし」
 セラがそう言って透を誘う。セラも浴衣に着替えているが、まだ慣れないらしく、時折自分の姿を確認するような仕草をする。
「良いんですか!? 喜んで御一緒しますよ! 案内します。すぐそこなんで!」
「決まりね。別行動するも良し、一緒するのも良し。カップルも居るみたいだし、なんてね」
 舞彩の言葉を聞いてキラキラと表情を変えたのは、リディアだった。この為に頑張ったのだ、ご褒美くらいは貰っておこう。
「ロナちゃん! 浴衣かわいい!」
「えへへ……あたらしいの、かってもらったの……」
 ジャスティンがロナに抱きつく。ロナは照れているが、とても嬉しそうだ。準備は整った。男性陣ははやる気持ちを抑えながら、女性陣の浴衣の歩幅に合わせて、歩く。
 そして、病院を出る。全員の頬に、花火の光が映し出された。

●花火とわたあめと簪
 ド、ドーン!
 大きな三尺玉が上がる。青や紫、オレンジ……。様々な光の芸術に人々は酔いしれていた。
「ほら……」
「わぁっ……わたあめ、だ……! すさ、ありがと……!」
 朱砂がジャスティンとロナに綿飴を手渡した。綿飴は大きく、彼女達の顔よりも大きい。
「じゃあ、ちょっと色々と見てくるからな」
 朱砂はそう言ってイミナと手を握り、少し人ごみから離れ、土手の上のほうへと登っていった。ジャスティンはその二人の後姿をみてふとロナに呟く。
「なんか……ちょっとドキドキする、ね」
「うん……」
「そうだ、かき氷とかりんご飴とかも食べたい! 後で行こ!」
 二人はそうして笑顔で花火をみあげる。
「たーまやー!」

「去年は河原のを三途の川に見立てたんだよな……。ところでイミナ……。お前さん極端だな?」
「何の事だ?」
 朱砂は、浴衣に着替えたイミナを見てぼやく。イミナは黒の浴衣であるが、白い肌がより強調されてよく似合っている。
 ふと朱砂が頭の髪飾りに気がついた。それは彼が贈った簪であった。
「……不便だが趣はある、これでいい」
 それを聞き、朱砂は満足そうに頷く。
「……花火、まるで人魂が天へ昇るかのようだ」
「……そうだな」
 見上げる花火をそう例えるのはイミナゆえ。それも、良く分かっている。
 二人は静かに、その光を見つめたのだった。

●花火と親友と祈り
「綺麗、ルキノもそう思う?」
 ぱっと光が現れたかと思うと、また消え、そして別の光が舞う。
 癒乃はルキノと共に、人々から離れた場所で、花火を眺めていた。
 癒乃の言葉に、ルキノはこくこくと頷く。
 その光は都会に現れた星のようで、幻想的な風景を作り出す。
 ルキノの様子に幸せそうに微笑む癒乃。ふと、口を開いた。
「花火は、死者の魂を迷わず彼岸に送る為の灯と聞いたことがあるわ……。願わくば、全ての魂が、安らぎと共にある事を……」
 彼女はそう言って静かに祈る。ルキノも、それに習った。

●花火とチョコバナナと浴衣
「ねえねえ漆、あれ! チョコバナナ!」
「何か目的のものがあるのかと思ったら……、何処でも買えるのではないですか?」
 漆はそう言ってメリルディと自分用にチョコバナナを購入し、手渡す。
「極彩色のチョコバナナって、こういうところくらいでしか見ないから欲しいんだよ」
 メリルディはそう言いながら、場所をとっていた土手に腰掛ける。
 ちょうど、細かい花火が連続で打ち上がった。その光が、メリルディの浴衣を浮かび上がらせる。彼女は翼を収納し、薄い黄色の生地に、細やかなオレンジの花の浴衣を着ていた。同系色の巾着が可愛らしく、清楚だがほっとする艶やかも併せ持っていた。
 漆はその姿にしばし見とれる事になる。
 視線に気がついたメリルディは、少し首をかしげて、どうしたかを問う。
「あ、改めて。その浴衣とても似合ってます。綺麗ですよリル」
「え、あ。ありが、とう」
 彼女の頬は花火の色と共に、少し赤みが増した気がした。そして、すっと彼の腕を取る。
 花火はまだ上がる。
「……漆と見られて嬉しいよ」
「また来年も、一緒に花火を見に来ましょうね」
 二人の距離がもう一歩近づいた。

「きゃっ」
「ん? どうした?」
「ううん。何でも、無いでぃす! きゃー」
 二人のカップルの様子を見て、一人キラキラするリディア。
「ああ、毒島さん達か。おー……ぶ!」
「だ、だだ。駄目ですよ、ソルさん! こっちでぃす!」
 ソルは見知った顔に声をかけようとするが、リディアに口をふさがれ、別の方向へと引っ張られた。
「こっち、こっちに行きましょう!」
 その先は人ごみに溢れていたが、リディアはそれでも構わなかった。
(「邪魔しちゃ悪いでぃす!」)
 二人はそうこうしながら、少し人が少ない土手にやってきた。
 花火はもうそろそろフィナーレという打ち上がり方を始めていた。大きな音と光が瞬く間に頭上を覆い、人々を酔わせる。
「あははっ! たーまやー、でぃーす!」
 彼女の笑顔が、この時はとばかりに、はじける。
「綺麗……だな」
 リディアの浴衣は沢山の花が彩られ、彼女の金髪と紅い瞳、そしてその表情に良く似合う。
「働き詰めで、まともなデートも出来てなかったし、夏らしいデートも、オツだな?」
 今年に入り、デウスエクスの侵攻、そして戦争とずっと戦ってきた事を思い出す。互いに戦い、大きな傷も負った。
「今日は、エスコート、する」
 ソルはそう言って、リディアの手を握る。
「え!? あ……」
 突然の事に、リディアははにかんだ笑顔を浮かべ、そしてソルの腕に抱きつき、接触テレパスでメッセージを伝える。
『今日はありがとう。……これからもよろしくね!』
 彼女の照れ笑いが、最後の花火と共に輝いた。

作者:沙羅衝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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