ワイルドウェスト

作者:宮内ゆう

●来訪者
 キイ、と腰上の高さのスイングドアが揺れ、ひとりの男がやってきた。
 ここは店だ。ただ一目見て分かるように店は開いておらず、おそらくは閉店当時のまま打ち棄てられていたのだろう。
 あちこち崩れてはいるが、木目調の床や壁。ランダムに並べられた丸テープル、カウンターの向こうには酒瓶の並べられた棚があり、まるで西部劇の酒場のようの趣であったことが理解できる。
 男は、ここのマスターだった。
 だからこそ、苦悩に満ちた表情をしているのだろう。
「こんな、こんなはずじゃなかったのに……マイガッ!」
 力なさ故か、何かの失敗か、それは分からない。確かなことは、店が潰れたこと、男が後悔していること、そしてその後悔にドリームイーターが引き寄せられてきたことだ。
 男が背後の気配に付く。
「俺の後ろに立つ――な!?」
 振り返った瞬間には胸に鍵が月垂れられていた。
「あなたの後悔、奪わせてもらいましょう」
 力が抜け、がくりとその場に膝をつく。
「私のモザイクは晴れないけれど、ね」
 そんな誰かの声を聞きながら、男の意識は遠のいていった。

●かけつけ一杯
 なんだかもう、ヘリオライダーの茶太はめんどくさそうに言った。
「はい、こんどは西部劇風です」
 いやもうなんていうか、後先考えてない経営者が多いというか、自分の趣味がおもしろいからというだけで飲食店にしちゃってる人多すぎないかと頭を抱えているわけだ。
「まあ、例のごとくドリームイーターを倒せばマスターも元通りなのでよろしくお願いします。そしてニーズというものを考えてもらいたい」
 本音が出た。
 まとめると、後悔の念からドリームイーターが生まれたので、被害が出る前に倒すということだ。
 いつも後手に回っているのがもどかしいが、ひとまず目の前の事件を解決するほかにない。
 さて、ドリームイーターは後悔の念を抱えている。ともすれば、その店の本来のサービスを心から堪能すれば、ドリームイーターは満足して後悔が晴れ、弱体化するという。
「まあ、西部劇の酒場のノリってことですよね」
 茶太が首をかしげる。
 マスターいつもの、とかに始まり、客同士の煽りあい、乱闘。
「……挙げていくとろくでもないんですが良いんですかね、これ」
 まあ、ウェスタンスタイルでそれっぽく振る舞っているだけでも楽しいかもしれないが。
 とにかくここは、荒野のウェスタンだ。
 そう思うことにしよう。
「なんにしろ、ドリームイーターを倒して、さらに楽しめればみなさんにとっても、マスターにとっても良いことだと思います、多分」
 曖昧な言い方をしつつ、よろしくお願いしますと茶太は頭を下げた。
 話が終わったところでセティがいった。
「あ、私も同行させてもらいますね。アレやりたいです、ふっお前みたいなお子様はママのライスバーでも食べてな、って」
 なんかおおよそウェスタンに似つかわしくない人が、場違いの発言をしている。きょとんとした周りの視線に気付いて、さらに続ける。
「え、どうしたんですか? だってこの店、ラーメン屋ですよ、家系の」
 以前閉店前に配られていたという店のチラシを見てみた。
『ラーメン木戸家』


参加者
シエル・アラモード(碧空に謳う・e00336)
エニーケ・スコルーク(鎧装女武・e00486)
パティ・パンプキン(ハロウィンの魔女っ娘・e00506)
早川・夏輝(お気楽トルーパー・e01092)
リリウム・オルトレイン(星見る仔犬・e01775)
木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)
ヴァーノン・グレコ(エゴガンナー・e28829)
人首・ツグミ(絶対正義・e37943)

■リプレイ

●チンピラブルース
 さて、世の中なんでもかんでも混ぜれば良いというものではない。
 たとえ良いものと良いものの掛け合わせでも、とんでもないことがおきる可能性がある。
 どしゃん、がしゃああん!!
 早速ドリームイーターもといマスターがダブルなドロップキックで吹っ飛び、後ろの棚をぶっ壊した。陳列されてた酒瓶が吹っ飛びまくる。
 そして何事もなかったかのようにラーメン茹でに戻るマスター。
「あらあ、早速やってるわねぇ。一体どうしたのかしらぁ」
 フリルのスカートから脚を覗かせつつ、やや間延びした声(役作り)でエニーケ・スコルーク(鎧装女武・e00486)がマスターを吹っ飛ばした張本人であるルリィとユーロの姉妹に尋ねた。
「こういう店といったらミルクを頼むのが礼儀じゃない」
「頼んだら、自分のチチでも吸ってなっていわれたのよ」
 仕方ないね、ここラーメン屋だもの。
「そぉねぇ。ママのおっぱいが恋しいなら、私のでよければいかがぁ?」
「何故煽るし」
 後ろを横切りながら早川・夏輝(お気楽トルーパー・e01092)がそっと止めた。
 その流れのままカウンターの席に腰掛け、目深に被っていたウェスタンハットを指で押し上げるといった。
「おんやぁ~? いつからここは育ちのいいお嬢様のたまり場になったんだぁ~?」
 その途端に露骨に煽るセリフが聞こえてきた。人首・ツグミ(絶対正義・e37943)である。がっ、とまるで絞めるように夏輝の肩に腕を回す。
「ここではバリカタがルールなんだよ。麺も砕けねえ女子供の来る場所じゃねえってこった。分かったらおうちに帰って伸びたカップ麺でも啜ってな!」
「まぁまぁ、仲良くしましょうよ。こう見えてあたしおばあちゃんの昔話聞くの結構好きなのよねー」
「ほぉ……」
 ぴくりとツグミの眉がつり上がる。
 まさに一触即発、どちらかが抜く、というまさにその瞬間。
「はい、ネギ盛り味噌バターコーンチャーシュー麺の麺柔らかめとバリカタお待ち、ですわ!」
 ふたりの間に割り込んだ、エプロンドレス姿のシエル・アラモード(碧空に謳う・e00336)がラーメンふたつをおいて見事に遮った。
「賑やかなのは良いですけど、迷惑をかけないで下さいまし。ほら、乾杯で仲直り!」
「ラーメンで乾杯かい」
「お姉さぁん、こっちにもオススメお願ぁい」
「へいらっしゃーい、ですわ!」
 ツッコミ入れられたけど、エニーケから注文入ったのでスルー。あと返事がなんかおかしい。
 一方その頃、黙々とラーメン堪能しつつ、ライスバーでごはんを盛る男ふたり、ヴァーノン・グレコ(エゴガンナー・e28829)と木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)。
「やー賑やかだねー」
「そうか? この程度の小競り合いならまだ俺の出る幕はないな」
 ごはん盛り盛り、盛り盛り。ボクスドラゴンのポヨンさんはごはんもりもり。
「ところで君、どっかでみたよーな」
「気のせいじゃねえ?」
「いやー、そーいえばそこの賞金首の張り紙……」
「おっと手がスベッたぁ!!」
 賞金首の写真はケイのぶちまけたごはんまみれになった。
 なお、ヴァーノンは本日いつもの格好をしているわけだが、当然のごとく周囲の雰囲気にマッチしている。けど、ラーメンを食べる姿に違和感。ふしぎ。
 不意に、空気が冷えた。
 誰が何かをしたわけでもない、ただ感じた。
 『来る』と。
 キィ、とスイングドアが揺れ、セティ・フォルネウス(オラトリオの鹵獲術士・en0111)が店に入ってきた。足下にはルシエドとリリウム・オルトレイン(星見る仔犬・e01775)もいる。
「ボス! ボス!」
「うげぇ」
 いきなりリリウムがセティの髪にぶら下がった。グキっていった。
「よそものが来やがったぜですよ! この町はボスのシマだってことを教えてやりましょうぜです!」
「ゆゆゆららららささあないででででで」
 なんか分裂して見える。ルシエドがふたりに後ろからタックルしてようやく止まった。
 気を取り直して。
「こほん。えっと、よそ者には私たちの流儀というものを見せてあげましょう。リリウムちゃん!」
「はいです、おこさまラーメンいっちょう! ねぎぬきです!」
 テンガロンハットを突き破り、アホ毛が天をつく。
「そして私は――ラーメンを、ラーメン抜きでッッ!!」
「なんなのだそれはー!!」
 セティの注文にまるで叫ぶようなツッコミが入った。しかし見渡せど姿が見えない。
 誰ともなく言った。気のせいかと。
「いや、ちょ、こっち、こっちなのだ、気付くのだ!」
 スイングドアの向こうでパティ・パンプキン(ハロウィンの魔女っ娘・e00506)がぴょんぴょん跳ねてた。
「中入ってこないとわかりませんよ」
「そ、それもそうなのだ。もう一度やるのだ」
 というわけで、テイク2。
「なんなのだそれぱぎゃあ!?」
 スイングドアに顔面ぶつけてパティがぶっ倒れた。
 良い具合に身長が足りなかった様子。
 とりあえずボクスドラゴンのジャックさん、めちゃくちゃオロオロしてた。

●バニングレディ
 テイク3。
「なんなのだそれはー!!」
 バーン、なんて音は立てずに、パティがスイングドアをくぐって店に登場。
「ふっ、ラーメンは要らない、ライスの食べ放題があれば良いのです」
 なんかいつの間にかいたアリスやハチがせっせと大量のおむすびを作っていたりする。
「な、な、な、ラーメン屋でなんたる所業なのだ! せ、セフィは悪魔なのだー! でもおにぎり美味しいのだ」
 よわい。
「パティ様、ここは子供の遊び場ではありませんわ!」
「シエルまで何煽ってるのだ! パティは保安官なのだー!」
 ひっしにぴょんぴょんしながらバッジを掲げてアピール。
「えっ、なんて可愛らしい保安官さんですの!」
 シエル、胸きゅんポイント獲得。
「むがー! こうなったら全員逮捕なのだ! ドーナッツ強盗、だらしない、荒野の大悪党の自爆魔……あとセフィって呼ばせてる罪!!」
「あの、今さら引っ込みがつかないからって無理しなくても、セティって呼んでいいんですよ?」
「ちちちちがうのだ、そーいうわけじゃないのだ!!」
 素直になってもいいんです、パティさん。
 ガガァン!!
 いきなり炸裂するような銃撃の音が響き、同時にツグミの頬を掠めていった弾がテーブルを粉砕した。
「はああああ!? ちょ、なんなんですかぁ? いきなりぃ」
「んー、家系だけあって中々濃いわね…途中で麺が伸びちゃうし、やっぱりカタめの方が正解だったかしらー?」
 平然と実弾ぶっぱしつつ、非難されても夏輝のこの反応。ブチッといい音が聞こえた感じ。
「……上等じゃねェか。てめェ、吐いた唾を飲めると思うなよ……? ここで飲んでいいのはスープだけだ……!」
「おいおい、いい加減にしてくれよ。ラーメンがまずくなっちまう」
 いよいよ出番と感じたのか、ケイが修羅場に首をつっこんでいく。
「なに? アンタも鉛弾喰らいたいの?」
「この場面に割り込んでくるとは良い度胸ですねぇ」
 夏輝とツグミに睨まれて、それでも堂々と指を立てて一言。
「きえろ、ぶっとばされんうちにな」
 今この瞬間ケイに死亡フラグが立った。
 もうそこからはよくわからない。
 気付けばそこかしこに実弾が飛び交い、盾にしたテーブルが穴だらけになる状況へと発展し、リリウムはドーナツ食べながらなつやすみのしゅくだいをしていた。
「ここおしえてくださいですー」
 ルシエドは首を振った。ポヨンさんとジャックさんは素直に頭を抱えて身を低くして避難中。
 ともあれ、銃弾飛び交うその最中。
 べちょ。
 何杯目かのラーメンをすすっていたヴァーノンのほっぺに銃弾じゃなくてなるとが直撃した。
「……」
 スープ飲み干した。器おいた。
「お仕事、しようか」
 賞金稼ぎ、動く。とりあえず景気づけに一発発砲。
「そう、これは仕事なんだよ。決して食事を邪魔されたからじゃないんだよ」
 なると、なると。
「それもおれがやった」
 余計なことを言うケイ。
 怒りのオーラを纏い渦中に突っ込んで行くヴァーノンである。
「おらおらいけいけぇ!」
 渦中にはいなかったけど、エニーケも流れに乗って発砲。まさに天井から壁に掛けて蜂の巣にしていく……と見せかけて、その狙いはある一点へ向かっていた。
「野郎どもガンガンチャカ鳴らせぇ!」
 すなわち、マスターであるドリームイーター目掛けて。気付けば誰も彼も、狙いがドリームイーターに向いていた。
 完全に気付くのが遅れた。
 これは乱闘に見せかけた、ドリームイーターへの攻撃だったのである。
「何しやがるか貴様らアアアア!!!」
 ドリームイーターの筋肉と上着の袖がハジけ、胸と腕の剛毛が現れた。

●ゲームイズオーバー
「このクソどもがアアアアアア! ハチの巣にしてや」
「いや遅いから」
「ぎゃああああ!」
 ドリームイーターがガトリングを持ち上げようとした時点で、夏輝の抜き撃ちが炸裂した。
「先に抜きなとか、言うまでもないわね」
「ちょ、まてよ。俺より早いのズルいだろ!」
 一歩踏み込み抜く。ただし抜くのは銃ではなく刀。閃きの如き瞬風、一瞬舞い散るように見える桜吹雪。
「またの名を抜き撃ちキッド。覚えておきな」
 気付けば斬れている。それがケイの間合い。
「銃ではありませんが、風情のある抜き撃ちですねぇ」
 突き刺すようなツグミの蹴り。というか文字通り突き刺した。そこから裂くように縦一閃。星の軌跡というよりは血飛沫の軌跡。
「ぐええええっ!」
「まぁ、自分には風情も情緒もないんですがねぇ……けどこれほどじゃあないです」
「え?」
 ずどんっ!
 ハンマーの噴射とともにすっ飛んできたシエルが、勢いのままドリームイーターを叩潰した。
 きょとんとした表情してるけど、ものすごいパワープレイ。
「何かおかしかったでしょうか?」
「ハンマー自体がおかしいんだよおおおお!!!」
「きゃっ」
 ドリームイーターが突如立ち上がったせいでバランスを崩した。そこをガトリングで狙われたが、とっさに飛び出したジャックさんがカバー。すぐさまルシエドが炎で迎撃して、ポヨンさんがヒールでフォロー。
「グッド」
 良い具合に敵の攻撃を遮ったサーヴァントたちに一言いいつつ、エニーケが一歩踏み込んだ。
 バスターライフルを腰の位置でしっかり固定。
「なっちゃいませんわね。ガトリングとはこう使うものですわよ!」
 火を噴いた。ありったけの弾幕が張られ、銃弾と煙幕が辺りを覆い隠していく。
 視界も戻らぬ中、リリウムの声だけが響く。
「ごほごほ、それじゃあきょうのえほんですー!!」
 現れたのは叩くといい音が出そうなお鍋を被ったタヌキっぽい獣人たち。
「せいれーつ」
「かまえー」
「ってー!」
 銃はないので槍を投擲一斉射撃。
「くいものよこせー」
「おかしをよこせー」
「みるくかきごおりがいいぞー」
 いいたい放題いってる。
 しかし耳賢く聞きつけたパティがさらに乱入。
「お菓子なのだ!?」
 そこしか聞いてない。
「よこすのだ! ほしいのだ!」
 あるわけがない。
「お菓子をくれぬなら……お主の魂、悪戯するのだ!」
「ラーメン屋に無茶いいますねー」
 槍が突き刺さったドリームイーターにジャックランタンと大鎌にて追撃。
 一言いいつつ、よろめいたドリームイーターに銃口を向け、ヴァーノンはゆっくりと引き金を引いた。
「さて、終わりだな」
 ドン。
 頭を撃ち抜かれたドリームイーターは思いの外あっけなく、その場に倒れ伏した。

●ロンググッドバイ
 戦いが終わったたと思うと、外からひょいと昇が現れ、さっとガトリングを回収してその場をそそくさと去って行った。
「すげぇ胸毛だったな……」
 意味ありげなセリフだけ残して。
 おきたマスターこと木戸ビリー氏はルリィとユーロに左右からパンチ責めされてた。
「このセクハラ」
「そのセクハラ」
 べしべしべしべし。
 身に覚えがあるようでない。痛い。
「いやまあ、なんか無茶苦茶だけど楽しかったと思うぜ」
 改めてケイがマスターにご挨拶。みんなして好き放題さんざん暴れてたので、楽しかっただろうというのは想像に難くない。
「ほらアレだ。西部劇を気取ってみたわけだろ。木戸だけに」
「……」
「……」
「どうせならビリーって名前辺りにつっこんでもらいたかったぁぁぁぁぁ!!!」
「そっちかよ!!」
 要求されるツッコミを理解するって難しい。
 ジャックさんがポヨンさんをつっついた。ぽよぽよした。
「でも、店を楽しんでいただけたのなら何よりです!」
「そうねぇ。ラーメンは美味しかったし、西部劇風はおもしろかったけどね」
「発想は悪くなかったですわよ?」
 夏輝とエニーケが互いに顔を見合わせた。
 何か言いたげ。でもちょっと言い淀んでいる。
 もちろんいいづらいことがあるということ。
「自分はとっても楽しかったですよーぅ♪」
 ここでツグミが明るく言った。
「ただちょっと、リピーターにはなれそうにないだけで」
 空気読まずに言った。
 ずどん、と胸を撃ち抜かれるキモチのマスター。
「初見としてはほんとに楽しかったですよーぅ♪」
 ずどん、ずどん!
 追撃が容赦ない。
「元気出して下さいねーぇ!」
 無茶である。
「や、やはりダメだったのか、この店は……!」
 思わず顔を反らす夏輝とエニーケ。
「なんていうか、そうね。ラーメンかウェスタンか、絞るべきだったかも、ね」
「時代錯誤だっただけ、ええそう思います」
「店としては、ちょーすてきなんだけどねー」
 うんうんと頷くように言うヴァーノン。
「ラーメンな理由が分からないよね。もっとそれっぽい料理もあるのに」
 それこそバー風のレストランやカフェで良かったという話。
「あ、でもラーメンちょーうまかったよね。残ったスープにごはん入れてもちょーうまかったよね」
 本当に、単体ではレベルが高かったので残念。混ぜたのが残念。
「なんにしろ、後悔はここでおしまいだ。次に進め」
 特化するにせよ、共存するにせよ、それはマスターの考え次第だ。
 次こそ上手くいかせるのだ。
「で、落ち着いたところでなのだ。パティもひとついただきたいのだ!」
 そういえば彼女だけまだラーメン食べてなかった。
 カウンター席について指を鳴らしてみた。すかっ。鳴らない。
「女将。大人の飲み物……いつものアレ、なのだ」
「大人な飲み物……ですか? はい、どうぞ」
 付き合ってあげるシエルさん。
「うんうん、これは良い感じに白くて大きいのだ。中には真っ赤な鮭が入っていて塩梅もぴったり……ってこれおにぎりなのだ!! 飲み物ですらないのだ!!」
「あ、ごめんなさい。そこに一杯積んであるので思わず」
「思わずで出さないでほしいのだ! ってなんなのだこの量!!」
 驚くのは無理もない。業務用の大型電気釜数個分の米でひたすらおにぎりがつくられていたのだから。
「……日本には食べて応援という言葉があるのだわ」
「おにぎりも修行オオオオっス!」
 まだ作ってたアリスとハチ。戦闘中もずっと作っていたのか。
「ところで、知り合いから託されたこれはどうしたらいいんスかねぇ」
「……甘いものは別腹……」
「あ、回収しますいただきます」
 超高速でセティがインターセプト。中身はもちろんドーナツ。
「さて、ここでひとつ思うことがあります」
「なんでしょー?」
 早速ドーナツに手を出しながらリリウムが聞いた。
「最近、私が来ていてドーナツがでないことがないんですが、気のせいでしょうか」
「きっと気のせいですー」
 それより先にルシエドに取られた。今日もこれより始まるはドーナツを巡るわんこたちの仁義なき争い。
「まあ、ドーナツがあるのは素敵なことです」
 もぐもぐ。
「油に脂を重ねる剛胆さですわね……あらセティ様、ほっぺにご飯粒がついていますわよ」
「あら恥ずかしい。ってドーナツじゃないですか」
 なんて指摘しつつ、シエルはふと気がついた。
「そういえば……皆様、ラーメンのお代いただいてましたっけ?」
「……」
「……」
 なんとなしに沈黙。
 あ、なんか気まずい空気。
 これこそ、最初に動いたら負ける、そんな雰囲気を感じる。
 誰もが動きあぐねたこの瞬間、エニーケが大きく手を叩き、その近郊を打ち破った。
「私たち、まだ言っていませんでしたね」
 食べた、満足した。ならば伝えるべき想い、紡ぐべき言葉。
 ケルベロスたちは互いに顔を見合わせ、頷き、そしてその言葉を声に出した。
「ごちそうさまでした」
 完食、有り難うございます。

作者:宮内ゆう 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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