「今年もケルベロス大運動会の開催が決定した話は、みんな聞いていると思うけど」
うんうんと鷹揚に頷くリーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)の表情は、誇らしさと憂鬱の入り混じった複雑な物だった。インドで行われた去年のケルベロス運動会に対して、彼女なりの思いがあるのかもしれない。
「いやまぁ、度重なる『全世界決戦体制(ケルベロス・ウォー)』の発動によって世界経済は大きく疲弊してしまっているから、その立て直しを図るケルベロス運動会の重要性は強く理解しているのだけど」
言い訳のような文言に、傍らに待機していたグリゼルダ・スノウフレーク(ヴァルキュリアの鎧装騎兵・en0166)はあはははと、乾いた笑いを上げていた。
問題は手法だ。収益を上げるためのおもしろイベントと言えば聞こえは良い。だが、実際はと言うと。
「ケルベロス達のみんなに通常のダメージは効かないわ。そこで、世界中のプロモーター達が、危険過ぎる故に使用出来なかった『ハイパーエクストリームスポーツ・アトラクション』の数々を持ち寄り、巨大で危険なスポーツ要塞を作り上げたの」
「ハイパーエクストリームスポーツ・アトラクション」
リーシャの説明後、パワーワードを繰り返すグリゼルダ。大事な事のようだ。
「それで、栄えある第二回の開催地に『ケニア』が選ばれたわ」
ケニアの各地を巡り、アトラクションに挑戦しよう! と言うのが此度のケルベロス大運動会のコンセプトである。
そして、大運動会の当日、アトラクションとは別に日本とケニアの国際交流の一環として、ケルベロスによる日本屋台村を運営する事になった、とリーシャは言葉を続ける。
「屋台ですか?!」
グリゼルダの目に宿った輝きは、食への期待であろうか。自他ともに認める健啖家であるグリゼルダらしい反応に、リーシャはくすりと笑う。
「なので、料理の腕に覚えがあったり、面白い企画を思いついたみんなには、是非、屋台運営をお願いしたいの」
日本屋台村は、日本政府の協賛なので、食材の準備等は日本政府が責任を以て行うし、店長であるケルベロスが競技に出ている間は、日本人の料理人が代わりに仕切ってくれる為、運動会に参加するケルベロスでも問題なく運営が可能だと言う。
「あと、日本食の屋台だけど、料理は必ずしも和食に拘る必要はないわ。例えば、『札幌発祥のスープカレー』を日本の料理と扱っても問題ないし、日本らしい雰囲気があればオリジナルの創作料理でもOKよ」
ラーメンやカレー等、純粋な和食で無くても「日本の料理」と言えるものは多い。そこは柔軟に受け止めて貰えるだろう。
また、屋台村は客層によって3箇所に設置される。その場所に合った屋台を考えて欲しい。
「私たちの担当地域はアフリカ各地の有力者や、運動会に招かれたVIPを招待する場所になるわ」
よって、一人分の予算は10000円~30000円程度と言った処だろうか。警備上の理由からあまり派手なパフォーマンスは出来ないが、その分、味で勝負する屋台を運営する事が出来るだろう。予算は材料費だけでなく、店の内装外装の豪華さも含まれる為、料理だけでなくそちらにも注力する事も可能だ。
「さ、さんまんえん……」
果たしてどのような料理が出て来るのか。思考回路をショートさせたグリゼルダが感嘆の声を零していた。
「日本で食べたらこのくらいの金額になる、と言う感じを予算の目安にしてメニューを作ってね。アフリカっぽさを演出するのもありだけど、でも、保護動物とかは食べちゃ駄目よ」
なお、言語については優秀な通訳がついて同時通訳を行ってくれる為、国際交流を楽しみながら、美味しい日本食を紹介してくれれば良いとの事だった。
さて。豪華絢爛な日本食。貴方の提供するご飯は如何なるものか。
二人の期待に満ちた視線を前に、貴方は任せろと胸を叩くのだった。
●おいでませ、日本屋台村
乾いた風が頬を撫でる。ケニアの乾燥した空気は高温多湿な日本の夏とは違い、むしろ快適ですね、とグリゼルダは素直な感想を思い浮かべていた。
彼女の視線の先に映るのは、数多くの日本家屋だ。気候は異なり、だが、目の前の風景はむしろ見慣れたものの集合体であると言うギャップは、それはそれで面白いものだった。
「日本政府、凄く頑張ったのね」
目を細めたリーシャの台詞は感慨深げな物だった。それはケルベロス達による一大イベント、ケルベロス大運動会。ケルベロス・ウォーで疲弊した世界経済を立て直すべく行われるイベントに対しての意気込みを感じる様であった。
「さて。今日一日、頑張ろうね」
食材を始めとした資材の最後の搬入が完了した旨は、先程、リーシャに届けられていた。今回、グリゼルダはお祭りを楽しみつつ、手助けを求められればそれに応じる為、方々を奔走する予定だ。
視線を巡らせれば、期待に満ちたケルベロス達、そして開始を今か今かと待ちわびる人々の顔が見える。
「それじゃあ」
満を持して、と言わんばかりにリーシャがグリゼルダの肩をポンと叩く。応じる様にコクリと頷いたグリゼルダは光の翼を広げ、日本家屋群――屋台村へと歩を進めた。
さぁ。豪華絢爛な日本屋台村の始まり。始まり。
「いらっしゃいませっ♪」
人々を迎え入れる笑顔はメイド服に身を包んだいちごから発せられる。ヴィクトリア朝時代に華開いた使用人文化は、日本で昇華され、今や、日本のサブカルチャー界隈ではむしろ古典とすら呼ばれる存在と化していた。
「華やかですね」
【いちごハウス】の面々が営む屋台は、いわゆるお寿司屋さんだ。メイド服の女性たちが忙しく動き回る様から、敢えて呼称するならば『メイド寿司屋』と言った処だろうか。
感嘆の吐息を零すグリゼルダを認めたミライが席を勧めて来る。
「お嬢様、新しいお客様が御来店ですよぉ。応対宜しくねぇ~♪」
渡されたメニューに並ぶ握り寿司の写真は、赤、白、黄色と色取り取りで、宝石箱と見紛う程のもの。それだけでうっとりとしてしまう。
目移りしつつも、勧められたままに上握りを一人前。
「それで足りますか? キーラさんお手製のちらし寿司もありますよ?」
いちごの軽口にむーと唸る。
「あまり誘惑しないで下さい……」
お祭りはまだまだこれから。回らなければいけないお店はここだけではないのだ。
「1番さん、上1人前です。お願いします、凛子さん」
「はい。お嬢様」
いちごの声に対し、厨房からは凛子の声が返ってくる。
これだけの数の客を捌く為だろうか。視線を向けた厨房は大忙しのようだった。
翻る日本刀――もとい、包丁捌きの冴えを見せるのは、凛那その人だった。鋭い切れ味はデウスエクス相手だけではなく、寿司ネタ相手でも健在の様子だ。
「それじゃ凛那。丁寧にカット、お願いね?」
蘭華から渡された卵焼きも、ふんわりとした触感を残しつつもすっと綺麗に切り揃えていく。
「江戸時代にはお寿司は屋台で売っていた、とも言いますし、ある種原点回帰とも言えるでしょうか?」
押し寿司からすぐに提供されるように握り寿司になった文化を紹介するクノーヴレットの周りには、その解説に耳を傾ける人々が集っていた。ハイパーリンガルを駆使する彼女の言葉を心地よい音楽の如く、耳を傾ける人々はいずれも和らげな表情を浮かべている。
「さあ、出来上がりましたよ」
気が付けば、キーラに運ばれたお寿司達がグリゼルダの前に並んでいた。
「グリゼルダさん。その笑顔いいね。SNSに載せちゃってもいい? 勿論、個人情報は気を付けるから」
「ど、どうぞ」
戸惑い混じりの返答を待って、敬香が写メを一枚ぱしゃり。ついでにと見せて貰ったSNSは見目麗しいメイドさんたちの写真が主で表示されていた。その中に、自分のようなのが載っていいのだろうか、と思わなくも無いが、彼女達が満足ならばそれでいいのだろう。
これでお客さんを呼べるなら、自分の食事姿もお安いものだと、綺麗なお寿司を一つ、ぱくり。
「……あ、卵焼き、美味しいです」
甘過ぎず、だが、何処かデザートを思わせる味の卵焼きは料亭さん直伝だと言う。
もちろん、美味なのは卵だけではない。タイ、マグロ、イカ、穴子……数々の海鮮がシャリと共に口の中ではらりと解け、交わり、溶けていくようであった。
小動物の如く口に運ぶグリゼルダの様子に、いちごハウスの面々は満足げに笑みを浮かべる。グリゼルダだけではない。屋台内に設置されたテーブルを囲む人々は誰もが幸せそうに食事を楽しみ、賞賛の言葉を口にする。美味しい。素晴らしい。追加を頼みたい。寿司とメイドの異色の組み合わせと思われた屋台はしかし、彼らの反応を見る限り、上々の盛況ぶりであった。
「皆さーん、ここでしか食べられない、可愛いメイドさん達による特製お寿司は如何かしらぁ~♪」
新たな客を促すべく、ミライの呼び込みの声が緩やかに広がっていた。
日本食は寿司だけではない。寿司が高級日本食の代名詞ならば、カレーライスは大衆食の代名詞となるだろうか。
だが、泰地の提供するカレー、彼が『オウマ式伊勢エビとアワビの高級カレー』と銘打った料理はそれを遥かに凌駕する物であった。
伊勢海老を贅沢に使った出汁は、香辛料に彩られたカレーに負けず劣らず強い味を主張していた。ゴロゴロ入っているアワビは肉厚で、良質の牛肉を思わせる触感を顎に伝えて来る。
竹で彩る店内は日本庭園風。清涼な風がさらさらとした音と共に届けられてくる。
「へい。らっしゃい」
隣人力混じりの笑顔と香ばしい匂いが、道行く人の足を誘っていた。
味で魅せる屋台もあれば、見た目で魅せる屋台もある。
『真の京都を見せよう』と描かれた暖簾をくぐれば、創斗が手掛けるラーメンと衣笠丼・衣笠うどんの屋台がお出迎え。
「あら、いい感じね」
赤髪のヘリオライダーの言葉に、菜箸を繰る少年はにこりと微笑む。真夏に雪景色を所望した逸話を想起させる店内は、白絹で彩られ涼し気な光景を醸し出していた。
「京都の料理は上品だけやないで!」
胸を張って小豆たっぷりのパンを用意する創斗の言葉に、リーシャはくすりと笑みを浮かべた。
「やっほー。グリくん」
次のお店へと歩を進めるグリゼルダを呼び止める声があった。手にコップを持ったユルだった。
「あ。え、えっと」
そのコップの中に揺れる液体が緑色で、なおかつ液体と固体の中間を思わせるどろっとした動きと、それを差し出すユルの表情がとても不穏で、思わず後ずさりしてしまう。
「いやー。VIP相手に健康飲料で一儲け……と思ったんだけど、ただで配る事にしたよ。と言う訳で、グリくん、どう?」
何が『と言う訳』なのか判らなかったが、ついぞ、断り切れなかったグリゼルダはユル特製の青汁を一気に煽る。うん。青臭くて苦い。
「やれやれ。商売は難しいね」
客のニーズに沿った供給は商売における永遠の命題。簡単に攻略できるものでは無さそうだった。
●豪華絢爛
豪華絢爛とは、贅沢、華やか、煌びやか、美しいと、要するに綺麗と言う意味を凄く強調した四字熟語である。
すなわち――。
「そう。即ち、当店自慢のシャボンを使った鶏肉料理こそ、豪華絢爛な代物ってわけ」
手伝いに呼ばれていた屋台に差し掛かった時、中から威勢の良い声が聞こえた。覗き込むと、ウェイトレス風のアルバイト服に身を包んだランが人手不足をカバーするよう、縦横無尽に客席を走り回っていた。
「あ、グリちゃん。助けて~」
厨房からは悲鳴の如く、鈴の声が聞こえてくる。そんな彼女の傍らで、弟の煉が鶏肉を解体、次々と正肉を量産していく。
それを串焼きに、そして表面を炙ってたたきへと調理していくのはリンだった。鈴もまた、チキンライスにオムお握り、副菜としてのみそ汁作りに大忙し。三人がフル稼働し、何とか厨房は回っていたが、問題は客席の方だった。
「まさかここまで客が来るなんてなぁ」
とは煉の感想である。ケルベロスの運営する屋台と言う珍しさも相俟ってか、人々の波が途切れる事は無い。つまり、この屋台も他と同様、盛況であり、テーブルに空席は無かった。
鈴の悲鳴はいわゆる、嬉しい悲鳴。だが、喜んでばかりもいられない。
屋台を埋め尽くす客をラン一人が捌いていたのだ。いくら身体能力に優れたケルベロスとは言え、限度がある。だからと言って客を断るつもりは、4人には無かった。
「判りました。任せて下さい」
頷くグリゼルダはランとお揃いの給仕服に着替え、さぁ、再稼働。
「美味しい焼き鳥とご飯のお店です~。お野菜たっぷりのお味噌汁も美味しいですよ~♪」
リンの言葉の影で、「野菜……?」と煉が表情を引き攣らせたが、とりあえず見なかった事にした。
美味しいものが続けば箸休めも必要になる。食べ続ける、と言う行為は重いものなのだ。
マサムネとシャルフィンの営む茶碗蒸し屋は、良い箸休めの場所であった。
「……と、思ったんだけど」
透き通った出汁がふわん、つるんとした卵液に絡み、口の中に芳醇な旨味を湛えて来る。一口、また一口と口に運び、むむと唸るリーシャを前に、二人のサキュバスは満足げな笑みを浮かべていた。
「いやはや。これは凄いわ」
出汁もさることながら、ごろごろと転がる伊勢海老やら松茸やらフカヒレやら。贅沢な素材をこれでもか、と詰め込み、しかし、個々の味を抑え、喧嘩させていない。たかが茶碗蒸し。されど茶碗蒸し。と言わんばかりの味に、ほぅっと吐息が零れてしまう。
「そこまで満足して貰えたら何よりだ。まぁ、作ったのは俺じゃ無くてマサムネシェフなんだがな」
「半分、日本の血が流れてるオレとしては純和食に拘りたかったんだよ」
そんな二人の仲睦まじい様子に、温かいような、むしろ羨ましさすら感じてしまう。
「はいはい、ご馳走様」
お代を渡すリーシャの言葉は、茶碗蒸しと二人、どちらに向けられたものだったのだろうか。答えは直ぐに出そうになかった。
通りにはホンワカとした香ばしい匂いが漂っていた。
「こちらテンプラ蕎麦屋さんなの! おいしいよー!」
寿司と共に日本料理の代名詞となっている天婦羅、そして蕎麦を切り盛りするのは、【雨宿】の面々だ。舞妓に扮した円の言葉に促され、店内に足を踏み入れたグリゼルダはわぁっと思わず溜め息を零す。
通された客席は拘りを見せる長椅子と檜テーブルだった。目を引く色鮮やかな野点傘が日よけとして、席に影を落としている。
何よりもその先だ。そこに広がるのは庭だった。白砂と石で作られた枯山水を臨むカフェテラスは、日本の侘び寂びを表すかの様だった。
池にカバの彫刻が沈み、顔をこちらに向けているのは何かの愛嬌だと思う事にした。
「拙者ゲイシャでござる。ニンニン!」
と、部屋の隅でダンベルを上げている芸者も、おそらくその一環なのだろう。本当、最近の忍びは忍びませんね、と益体の無い言葉が浮かんでは消えていく。
一人納得し、天婦羅蕎麦を注文しようとしたグリゼルダの前で、小柄なドワーフ少女が芸者ニンジャにドロップキックを見舞う。
「不自然すぎじゃろあーん! にんじゃころがすべしじゃおらー!!」
凄まじい一撃だった。イヤーッグワーッと奇声が聞こえてくるようであった。
「馬鹿な……。日本名物・ターボババアが何故こんな処に?!」
ばたりと崩れ落ちる芸者ニンジャ。庭に頭から着地し、奇妙なオブジェの一つと化していた。
突如始まったアーシェスとカレンデュラによるコントは、袴姿の空手マン――もとい、シャーマンズゴーストに回収され、終了を迎える。
「あれも日本文化です」
和装のドラゴニアン、赤煙の言葉に突っ込みも入る筈も無く。
「甘酒と天ぷらアイスもおすすめですよ。いかがですか?」
シュセリカの接客スマイルに流され、先の喧騒も何処ぞ吹く風。可愛らしい和服衣装のボクスドラゴンが短く鳴くと、それで騒ぎは終了。皆、思い思いの食事に戻っていく。
「……あれ? お茶が甘い」
伊勢海老を贅沢に使った海老天と薫り高い蕎麦、そして周りは温かく、しかし中はひんやりと冷たい天婦羅アイス。それはそれで豪華な食事であり、流石と賞賛せざる得なかった。
だが、共に運ばれた冷茶にむしろ、舌鼓を打ってしまう。そんなグリゼルダの様子に、団長、否、店長の優雨が満足げに頷いていた。
●酒池肉林
更に通りを抜けると、次なる喧騒が目の前に広がっていた。
【暦町対黒斑一家】によるお好み焼き屋とかき氷屋であった。
「さあさあ! 皆、こっちにちゅーもーっく!」
輝凛の声に何事かと人垣が作られていく。リーシャもまた、それに倣い、二組の屋台を注視する事にした。
「この日の為に研鑽を続けてきた二つのチーム。さてさて。美人揃いの両屋台、軍配はどちらに上がるのかっ!」
煽る彼の言葉に、応じるのは水着姿のアイシア、そして女傑を思わせる出立の三毛乃であった。
どうやら二組で売り上げ対決を行っているらしい。興味を誘われ、まずはお好み焼き屋へ足を運ぶことにする。
「敢えて日本の大衆食を推して魅せてやりまさァ」
とは、三毛乃談。手伝いに奔走する物九郎もハイパーリンガルを駆使し、お好み焼きの説明を欠かさない。
注文後、即座に出て来たお好み焼きは、両面がカリッカリに焼き上げられていた。渡された小手でえいやと頬張ると、香ばしい匂いと懐かしいソースの味が口いっぱいに広がってくる。
「トッピングのマヨ、青のり、鰹節、紅生姜、あげ玉も是非、試して欲しいんスよ」
損をして得取れは商売の極意と、物九郎に渡された無料トッピングも客としては嬉しい物だ。勧められるがままにトッピングを行い、口に運べば幸せが大挙して押し寄せてくる。焼き加減、味と共に絶妙な職人の技が感じられた。
「うちのお好み焼きはウメーだろ? 三毛乃は大衆向けに拘りたかったみたいなんだが、まぁ、客層を考えるとなぁ」
支払いを受け取る真紀は少し渋い顔をしていた。確かに高級志向のこの場所に大衆食だけで乗り込む真似は難しかったのかもしれない。そこに並みならぬ苦労があったんだろうなぁ、としみじみしてしまう。
「ともあれ、この勝負、私達が貰ったけどね」
と、両頬一杯にお好み焼きを頬張るアイシアの言葉に、リーシャは思わず首をかしげてしまう。
先程まで敵陣の屋台に水着姿で立っていた人がここで何をやってるのかと問うと。
「敵情視察」
「成程」
それは突っ込んでいいのか否か。
「で、対するはかき氷か」
黒斑一家のお好み焼きが職人芸ならば、暦町のかき氷はむしろ量産体制を敷かれている、いわゆる業務用ではあった。
だが、贅沢に果物を敷き詰めたかき氷は、縁日で食べる糖蜜だけのかき氷とは一線を画していた。
「むむっ」
リーシャが頼んだ一品は見た目オムライス、しかしその実、マンゴー果肉といちごソースに彩られた果肉、果実たっぷりの代物であった。考案者のウチュージン曰く、
「ヴァルキュリアがオムライスに初めて遭遇した感動を貴方に」
との事。グリゼルダが喜びそうだと言うのが素直な感想。
「にしても、みんな、涼し気ね」
と目を細める視線の先は、暦町のスタッフたちの様相が映し出されていた。
「言わないで下サい」
改めて言われると羞恥が蘇って来るのか、雉華が頬を朱に染めている。
黒渕一家が夏祭りをイメージし、スタッフ一同を浴衣や着流し姿に纏めていたのに対し、歴町の面々は全員が水着姿だ。夏の海水浴を思わせる出で立ちは目の保養で、素晴らしいと頷いてしまう。
とは言え。
「ハッハッハ、いやあオッサンを売り子担当にするとはお目が高イ」
と妙にはしゃぐ見太郎の姿もあったが、彼も目の保養の一員に間違いない。多分。きっと。
「こっちも美味しかったわ」
アイシアが考案したと言うお握り風かき氷も、雉華の粒あんと生クリームのかき氷も興味あったが、流石にお腹が悲鳴を上げそうになっている。
果たして彼女がどちらに投票したのか。それは――。
「さーて。売り上げの結果ですが……」
輝凛の言葉と共に、派手なドラムロールが辺りに響く。お好み焼きとかき氷、どちらにも舌鼓を打った観衆の前で、輝凛は結果を読み上げた。
「僅差で歴町のかき氷の勝利です! おめでとうございます!!」
沸き上がる拍手に歴町の面々が驚愕の表情を浮かべ、黒斑一家の面々は悔しさを滲ませていた。
勝負の世界は無情。勝敗が付くのは仕方ない。
ただ……。
(「僅差ってことは……多分、あちきの食べた分が……」)
何故か五六七が青い顔をしていたが、それはきっと別の話となるだろう。
●それも御馳走
「いやー。賑やかざんしなー」
和菓子処『銀楼』を営む笙月はふふりと笑みを浮かべる。スイーツ専門店だけあり、当初の客足は少なかったが、一通り食事を行った人々が甘未を求めるのは自然、とばかり、今は賑わいを見せている。
「本当、来て良かった」
何処かのVIPの子だろうか。嬉しそうにベルフェゴールが作った和風パフェをつつく姿が印象的な少女に、少しほっこりしてしまう。
その後に笙月の和菓子に手を出す様を見送ると、健啖家と言うよりも食事そのものが楽しい、そんな様子が見て取れていた。
「って、べるふぇーつまみ食い禁止!」
「ひぇぇ」
そんなパフォーマンスをくすくすと笑って見送った彼女は、ぽつりと言葉を口にする。
「こうやってケルベロスの皆さんと一緒にお食事出来て……こんな日が来るなんて思ってなかった」
「ああ。ケルベロスの屋台村ってそういう特典もあるざんしよね」
地球の守護者である地獄の番犬ケルベロスと共に食事できる。或いは彼らの作った食事を食べられる。それは確かにとびっきりの贅沢に違いなかった。
「大丈夫。来年も再来年も、ずっといつでもこうやって楽しむことが出来るよ」
ベルフェゴールの言葉に、少女はコクリと頷く。
約束出来る事かは分からない。だが、その想いがずっと続けばいい。侵略されつつある世界だが、平和を享受したいと言う祈りもまた、ケルベロス大運動会に託された願いなのだから。
作者:秋月きり |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年8月12日
難度:易しい
参加:34人
結果:成功!
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