朝凪に蒼の水輪きらきらと

作者:奏音秋里

 夏休みの海は、何処も親子連れやカップルで賑やかだ。
 しかしこの海には近年、お客が来たり来なかったり。
「誰もいない……」
 スキューバダイビング中の事故で亡くなったヒトの霊が出ると、噂になっているからだ。
 霊は、海水浴に訪れる客を、自分と同じように海の底へ沈めてしまうのだという。
「そんなのいないって、大丈夫だって、証明しなきゃ」
 噂の所為で客が激減してしまい、地元住民は肩を落としている。
 だからその女性は、噂が真実ではないことを、広く知らしめなければならなかった。
「私が泳いでなんともなければ……」
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 しかし砂浜へ降りたところで、彼女の感情は魔女に奪われてしまう。
 ダイバー姿のドリームイーターが、立ち上がるのだった。

「新たな依頼がございます。出られますか?」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が、皆に問う。
 幾名かのケルベロス達が、頷いたり肯定の返事をしたり。
「被害に遭った女性は、地域にヒトを呼び込もうと活動されていたようです。今回も、地元の海の安全性を証明するために、海を訪れていました」
 砂浜に倒れている旨を、彩咲・紫(ラベンダーの妖精術士・e13306)が補足説明。
 ドリームイーターのいる海だなんて、ますます客足が遠のいてしまうだろう。
「退治できれば目的は達成できるのですが、やはり女性も救出していただきたいですね」
 ドリームイーターは、自分を信じていたり噂していたりするヒトに惹かれる性質を持つ。
 気を惹いているうちに、どうにかして助けられないものか。
「砂浜は、戦闘できるぎりぎりの広さです。防波堤の上か、それよりも陸側に運んでおけば、攻撃は届かないでしょう」
 攻撃は2種類あり、銛での突きと、海水を操っての水鉄砲。
 隙あらば海へ逃げ込もうとするため、注意が必要だ。
「あともうひとつ……」
 出会い頭に、ドリームイーターは自身の存在について問うてくるらしい。
 初撃は、答えられなかったり間違ったりした相手を狙ってくるようだ。
「防波堤の上に降下していただきます。入口は女性の倒れている場所のみですが、皆さんでしたら飛び降りても問題ありません」
 どうかよろしくお願いしますと、セリカは頭を下げる。
 海を楽しみたい方は、そんな準備もして行かれてくださいと、皆を見送った。


参加者
リーズレット・ヴィッセンシャフト(アルペジオは甘く響いて・e02234)
百鬼・澪(癒しの御手・e03871)
空鳴・無月(宵星の蒼・e04245)
癒月・和(繋いだその手を離さぬように・e05458)
姫宮・楓(異形抱えし裏表の少女・e14089)
富士野・白亜(白猫遊戯・e18883)
フレック・ヴィクター(武器を鳴らす者・e24378)
ソフィア・ベル(色気より眠気・e38689)

■リプレイ

●壱
 防波堤の上に降りたケルベロス達は、沖に流れるドリームイーターの姿を確認した。
「せっかく綺麗な海なのに。よし! そんな噂は嘘だ、ってボクらで証明したげよう!」
「そうだそうだ! こんなに綺麗な海なのだ! 無事に終わったらなごさんと海で遊びたい……じゃない。そうだな、噂は嘘だって証明しよう!」
 癒月・和(繋いだその手を離さぬように・e05458)が、えいえいおーと気合いを入れる。
 リーズレット・ヴィッセンシャフト(アルペジオは甘く響いて・e02234)も、頷いた。
 防波堤を囲むように、協力して立入禁止テープを張っていく。
 残りのメンバー達は先に、砂浜へと飛び降りた。
「作戦どおり、誘導はお任せします」
 ソフィア・ベル(色気より眠気・e38689)が、イシコロエフェクトを発動。
 少し離れた場所に、じっと待機する。
「うぅ……せっかくの夏に海に来たと思ったのに……ドリームイーターが……でも……勝手に奪ったヒトの心を悪いように使わせるわけにはいかない……私達が引き寄せないと……救出までできませんし……」
 姫宮・楓(異形抱えし裏表の少女・e14089)が、噂話の口火を切った。
 気が弱く臆病な性格だが、愛用のお守りを握り締めて、勇気を振り絞る。
「水辺で、溺れて死んだヒトの、霊が……っていう話は、よく聞く……その類……?」
 空鳴・無月(宵星の蒼・e04245)が、話の内容を霊へと引き寄せた。
 無表情に淡々と口を動かすが、内に秘めた、ヒトを護りたいという気持ちは強い。
「事故で亡くなったヒトの霊、ですか。突然命を奪われた悲しみに耐えきれずに、新たな生命を水底へ誘い込んでしまうのでしょうか……」
 百鬼・澪(癒しの御手・e03871)も、表情は柔和だが、青の眼を伏せて黙祷する。
 オウガメタルを身に纏い、戦闘準備は万端だ。
「ダイバーの幽霊って、なかなかアグレッシブね。海は安全、という考え方は、本当は少し危ないのだけれども」
 フレック・ヴィクター(武器を鳴らす者・e24378)が、うーんと苦笑いをする。
 噂話に花を添えようと、移動中に、事故について調べていたのだ。
「真実でない証明をしようとして巻き込まれるのか……噂の非証明はドリームイーターには困りものかと思ったが、感情が絡めばなんでもありだな」
 虚偽と証明する行為ですら、魔女からすれば『興味』のうち。
 富士野・白亜(白猫遊戯・e18883)が、そんな感想を述べたときである。
 ドリームイーターが、その2本の足で砂浜へと上がってきたのだ。
「あたし、おぼれたの……あたしはだぁれ?」
「事故で亡くなったヒトの、霊……を、元にした、ドリームイーター……」
「幽霊ってところか?」
「ダイバーさん……ですね……」
 無月と白亜に楓は、素直に思うところを返答する。
 きわどいものもあったが一応、正解の範囲内だ。
(「可愛いな……」)
 正解したリーズレットは、ボクスドラゴンには誤答を書いたフリップを持たせておいた。
「うわぁーっ、熊だぁーっ!!」
「あなたは紛い物。誰かの言葉の残滓に過ぎません」
「……ジョニーさん!!!」
 残る、和、澪、フレックは、明らかな間違いを発する。
 ドリームイーターは攻撃対象を定めたようで、銛を肩口まで持ち上げた。
(「いまですっ!」)
 その一撃をケルベロス達が受け止めているあいだに、ソフィアが被害者を抱きかかえる。
 誰にもなににも当たらないよう注意しながら、防波堤の上へ。
 予め敷いておいたレジャーシートに、優しくゆっくりと下ろした。

●弐
 無事に避難が済むまでは防戦一方だったのだが、ソフィアの合図で攻勢へと転じる。
 ドリームイーターの逃走防止を意識して、海を背に布陣をしいた。
「私のなかの脅威……異形の魂……お願い……私を……みんなを……助けてあげて……!」
 そう願えば、楓の意思と人格は心の奥底で眠りに就く。
「ヒトの心を映し出し、現実に顕現させるか……前々から興味深いと思うておったのじゃ」
 覚醒する金髪赤眼の『カエデ』が、黒いオウガメタルを纏いだした。
「これで、少しでもみなさんを守れますように」
 祈る言葉とともに、ケルベロスチェインで地面に魔法陣を描く澪。
「花嵐。あなたは攻撃に専念してください」
 こくんと首を縦に振って、ボクスドラゴンは勢いよく花属性のブレスを吐いた。
「前衛のみんな、受けとってくれ!」
 ゾディアックソードで足許に刻んだ守護星座が光り、耐性を与える。
「響もバッドステータス耐性を皆に付けてまわってくれ! 頼んだぞ!」
 リーズレットに指示され、前線のボクスドラゴンも属性を注ぎ込んだ。
「海ねぇ……死神の泳ぐ海よりもこう、煌めいているわね。それでも……深くまで沈めばそれこそ光も射さない死の世界……ではないわよね。別の命が育まれてるのかしら……」
 フレックから雷の霊力を宿された斬霊刀が、ぱりぱりと鳴る。
「まぁそれは兎も角。闘いも楽しみも、全霊を尽くしてこそよね」
 愛する刀に話しかけてから、神速の突きを繰り出した。
「りかー、リズさんから順に属性インストールね」
 ボクスドラゴンは、和の言葉に従ってメディックを守護する。
「みんな無理しないでね!」
 戦闘中だって明るく元気に、くるくるとライトニングロッドをまわして雷を放った。
「和も、無茶するなよ」
 普段は素っ気ないけど、仲間を心配する気持ちは皆と同じ。
「助け出してついでに噂もなかったことにしてやろう」
 バトルオーラで威力を増した拳を、白亜はドリームイーターの脇腹へ打ち込んだ。
「ただいま」
 防波堤の上に女性の安全を確保して、ソフィアも戦闘へと身を投じる。
「ふわぁ……ねむ……」
 掌から放つドラゴンの幻影が、砂浜ごとドリームイーターを炎に包んだ。
「今日の得物は、夜天鎗アザヤ……」
 ゲシュタルトグレイブに雷の霊力を籠めて、裂帛の勢いで突き出す無月。
「……貫け、雷よ」
 先端の割れ目から、一気に放電した。

●参
 海水を浴びたり銛に刺されたりしつつも、徐々に包囲網を狭めていく。
 水辺をがっちりと固めて、ドリームイーターの逃げ道を完全に封鎖していた。
「もういいでしょう? 決着をつけましょう」
 フェアリーブーツで天空高くへ舞い跳び、美しい虹を生みながらの急降下蹴り。
 澪と同じく左肩を狙って、ボクスドラゴンも封印箱ごと突撃した。
「私も澪さんに賛成です。私の眠りを妨げた罪、重いですよ」
 ファミリアロッドから戻ったペットに、ソフィアは魔力と願望を籠める。
 レジャーシートが待っているから、さっさと終わらせたかった。
「あなた、ドリームイーター、だから……怖くない……」
 懐へと飛び込んで、帯電させたゲシュタルトグレイブでその身体を貫く。
 表情を動かさず冷静に、無月は、ただ倒すことだけに集中して。
「妾もそろそろ飽きたのぅ。成仏するがよい」
 楓の別人格は、ドリームイーターのふらつきを見逃さない。
 精神を極限まで集中させて爆破すれば、思うようには動けなくなる。
「見えてるだけが、全てじゃないな?」
 優しさを地獄化した、白金色の炎を纏う白猫の姿へと変身。
 白亜は己の炎で空中へと足場を創り、死角から突撃した。
「ソラナキ……唯一あたしを認め、あたしが認めた魔剣よ……いまこそその力を解放し……我が敵に示せ……時さえ刻むその刃を……!」
 体内のグラビティ・チェインをを共鳴させ、愛刀たる魔剣へと力を結集させる。
 フレックの一撃は、斬られたことをすらドリームイーターに認識させない秘儀なのだ。
「逃さない……」
 和の眼に捕らえられたが最期……獲物は、そのイノチを呆気なく狩られるのだった。
「やったぁーっ!! さぁ、皆大好きにくきゅうぷにぷに、癒しの時間がやってきたぞー! ほらっ、なごさーん! 癒しのにっくきゅうだぁ~! りかーちゃんも嫉妬しちゃうぞ☆」
 リーズレットが主を抱き締めると、なにやら嫉妬するボクスドラゴン。
 ぷくーっと頬を膨らませるも、リーズレットの相棒はやれやれといった感じで息を吐く。
 だから自分も我慢して、ちょっとお澄まししてみせた。

●肆
 ドリームイーターの消滅を確認して、ケルベロス達は漸く安堵の息を吐く。
「うぇぇぇ……水浴びは好きだが、服を着たままだと気持ち悪いぞ」
 猫耳をペタンとして、水気を飛ばそうと身体をぶるぶるさせる白亜。
「お待ちくださいね、白亜さん。誰も、手折らせなどしません――花車、賦活」
 救いの手は澪から伸ばされ、触れた箇所から真白の花弁のような電流が舞い上がる。
「お、気付いたか?」
「痛いとこ……ない……?」
 戦場や味方をひととおりヒールしたあとで、防波堤へと上がるケルベロス達。
 問われた女性は、リーズレットと無月に、困惑しているが大丈夫だと、笑顔で答える。
「泳ぎにくるヒトが居ない理由、噂だけとは思わないのよね。ひとまず、あたし等が海で遊べば、少しは助けになるかしら。みんなの分のお弁当も持ってきたけど、まずは泳ごう!」
 というのが、立地状況や来客の減少要因について徹底調査したフレックの結論だった。
「海で泳ぎたいけど……ホントに大丈夫かな……またドリームイーターみたいな都市伝説が現れないよね……?」
 もとに戻った楓は、水着へと衣装チェンジしたフレックとともに準備体操。
「私もひと泳ぎします。あ。皆さん、飲み物は好きに飲んでください」
 『ジャージ』の下に水着を着用していたソフィアは、クーラーボックスを開けてみせた。
「ありがとう、早速いただくね! りかーもお疲れさま! えらかったよ~つよかったよ~かっこよかったよ~だから咬ませて~」
 褒めて褒めて褒めちぎって、和はボクスドラゴンの耳を甘噛みする。
「なごさん、私達も遊んで帰ろ♪ 全力で楽しんで、ここのいいところ沢山見つけて宣伝するっていうのもいいと思わないか?!」
「噂のスキューバダイビングで海中散歩、てのもえぇね。こんなに素敵なところや、ってほかのヒトにもいっぱい伝えたいな!」
「運動会先取り? 海中散歩いいな! やろう!」
 リーズレットの誘いに、和は持参していた水中カメラをとりだして、女性のもとへ。
「そうだな。ケルベロスが悠々と遊んで、霊もケルベロスがなんとかしたとでも言っておけば妙な噂も消えるだろう。なにより、この海をこの人数で満喫できるのはいいな」
 白亜も、嬉しそうに猫耳を動かして、ふたりについていく。
「あ……私も……」
 楓もちょっと、スキューバダイビングに関心を示す。
 ヘリオンで知った。
 よにんは同じような境遇で、だからこそなんとなく、解り合えるモノがある気がして。
「此処から……見上げる、星空、綺麗かな……」
「今日は雲もありませんし、よく見えそうですね。無月さん、昼寝して待ちます?」
 心中で冥福を祈りつつ無月の仰ぐ青空を、ソフィアも眼を細めつつ眺めてみる。
 夜まで一緒にいようと、新手の誘い文句を口にして。
「フレックさんの言ったとおり、こうして楽しそうに遊ぶヒトを見れば、いつかお客さんが増えるかもしれませんね」
 たおやかで穏やかな笑みを浮かべ、澪は波と戯れるボクスドラゴンを眺めていた。
「だけど、海は絶対に安全なんて言えない。だって、海は自然の化身……ちゃんと安全対策をおこなわなければ溺れたり流されたりする恐れはある。いまのご時世、プールでだって溺れる事故はあるんだからね。正さねばならないのはヒトの在り方なのかも……なんてね」
 愛する自然への敬意を発して、フレックはぽんっと女性の肩を叩く。
 肝に銘じますと、強い眼差しで応えるのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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