●お姫様の目指す場所は
大広間の階段を抜ければ、重厚な木製のドアがゆっくりと開く。ドアをくぐってまた階段を降りると、豪奢な馬車が待ち受けていた。
「さあ、姫様」
侍女に手を取られ、少女は馬車に乗る。扉が閉められて、馬車が動き出す。向かうのは、舞踏会の会場だ。
「待っていて、10人の王子様……」
うっとりした表情で、少女がつぶやく。がたん、と大きく揺れた馬車は徐々に速度を上げ始めた。
「お任せください姫様! 宇宙まで一瞬でさあ!」
威勢の良い御者の声が聞こえてくる。
「えっ、ちょ、ちょっと、待って、宇宙じゃなくて舞踏会の……!」
舌を噛みそうになる少女。しかし、速度はまだまだ上がる。
「もう降ろしてえ!」
悲鳴のような声と同時に、少女は目覚めた。視界に入るのは、見慣れた自分の部屋だ。
「ゆ、ゆめ……」
安堵の息を漏らす少女に、突如鍵が突き入れられる。少女はベッドに横になるようにして、意識を失った。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
つぶやくのは、第三の魔女・ケリュネイア。
少女の横で形を成していくのは――馬車の形をした、ドリームイーターだった。
●ヘリポートにて
子どもの頃、どんな夢を見ただろうか。ケルベロスに問いかけ、ウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)は微笑む。しかし直後に表情を引き締め、ドリームイーターによる事件が起きていると説明する。
「舞踏会へと向かうはずだった馬車が急に暴走し、宇宙に連れていかれそうになる……そんな夢を見た『お姫様に憧れる子ども』がドリームイーターに襲われ、『驚き』を奪われた」
「第三の魔女・ケリュネイアの仕業、ってわけね」
今回の事件を警戒していたジョゼ・エモニエ(月暈・e03878)が呟く。
「そうだ。ケリュネイアは既に行方知れずとなっているが、な」
しかし、奪われた『驚き』を元にして現実化したドリームイーターが事件を起こそうとしている。
「現実化した『暴走する馬車のドリームイーター』による被害が出る前に、撃破をお願いしたい。そうすれば、『驚き』を奪われた子どもも目を覚ますだろうからな」
戦闘となるのは、馬車の姿をしたドリームイーター1体。御者や窓、車輪がモザイクとなっているこのドリームイーターは、被害者の子どもが暮らす家の付近に現れる。
攻撃方法は3種類。急加速して相手を轢いたり、扉を開けてモザイクを散布したり、星くずのようなものをばらまいて催眠状態にしたりするという。
「このドリームイーターは、誰かを驚かせたくてしょうがないようだな。付近を歩いているだけで向こうからやってきて、驚かせようとしてくるだろう」
ドリームイーターは、この時に驚かなかった相手を狙ってくる性質がある。うまく利用できれば、有利に戦える可能性もあると、ウィズは説明を終えた。
「驚く夢すら見ていられないなんて、冗談じゃないわ。……先生もそう思うわよね?」
と、ジョゼはかたわらのウイングキャットに同意を求めた。
参加者 | |
---|---|
ユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000) |
真柴・隼(アッパーチューン・e01296) |
ジョゼ・エモニエ(月暈・e03878) |
コール・タール(マホウ使い・e10649) |
レイラ・クリスティ(蒼氷の魔導士・e21318) |
ジェミ・ニア(星喰・e23256) |
詠沫・雫(海慈・e27940) |
メィメ・ドルミル(夢路前より・e34276) |
●夢のお姫様
星のきらめく空を一度だけ見上げ、ジェミ・ニア(星喰・e23256)は周囲を警戒する。
「お姫様って言うのは女の子の夢、なんでしたっけ?」
首を傾げれば、メィメ・ドルミル(夢路前より・e34276)も口を開く。
「とは、よく聞くがな。子供の戯言だろうけど、夢くらい見させてやれよ。そういうのを野暮って言うんじゃねえか……まあ10人は多いけどな、10人は」
夢の中とはいえ、10人の王子様が待つ舞踏会を目指した少女。
「ええ……多い、ような」
と、ジェミも考え込む。
どことなく恥ずかしそうにするテレビウム「地デジ」も、同じ考えなのだろうか。
「わかる〜、俺も愛しの君は1人いれば十分だわ。女の子って可愛い夢見るよね」
と、真柴・隼(アッパーチューン・e01296)がけらけらと笑って同意した。
「どうやら、お出ましのようですよ」
現れた馬車を発見したジェミは、すかさず仲間を庇うように立ちはだかる。
馬車のあまりのスピードに、レイラ・クリスティ(蒼氷の魔導士・e21318)は、青紫色の瞳を見開いて驚いている。水色がかった白髪が、巻き起こった風になびく。
「馬車といえども、交通安全には気を使ってもらわないと」
軽口を叩き、ジェミはいつでも応対できるように構える。
詠沫・雫(海慈・e27940)も穏やかな笑みをたたえ、冷静に馬車を見遣った。
「地デジは……うん、偉いぞ」
無反応に徹する地デジを、隼が褒める。そうして思い切り、歓声を上げる。
「すっげえ、絵に描いた様な馬車じゃん! や〜しかし御者がモザイクってのはなあ……俺的には渋いオジサマとかの方がァ……あ、はいはい真面目に戦いまぁ〜す」
ぼやきつつ、仲間の視線を感じる隼。それをよそに、コール・タール(マホウ使い・e10649)は演技で対応する。
「ほう……こいつは驚いた」
来るのはわかっているのだから、なかなか普通に驚くのは難しい。効果はあるんだろうかと首をひねりつつ、コールはいななく馬を見遣った。
とはいえ、本気で驚くのはユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)。不意打ちの脅かしには弱いのだ。目を白黒させ、立ちすくんでいる。
「!!!!? ………な、何よ、随分と持って回った仕掛けをしてくれるッ!」
驚かない仲間を見て、ユスティーナも咳払いをして持ち直そうとする。
言葉も出ない様子で、ジョゼ・エモニエ(月暈・e03878)は呆けていた。
ジョゼが幾度となく読み返した、童話。その挿絵に出てくる馬車と、瓜二つの姿をしていたのだ――ドリームイーターの馬車は。
まるで芝居をする余裕のなかったジョゼだが、やがて口元に淡い笑みを刷く。
「――ね、先生。あれがきっと全ての女の子の夢の形なのね」
少女の描いた夢、ジョゼの憧れた夢。
しかし目の前のそれは、純粋な夢そのものではない。ウイングキャット「レーヴ」の鳴き声に、ジョゼは静かにうなずいた。
●描く夢
ジェミのオウガメタルから、輝く粒子が放たれる。自身を含む前衛の命中率を向上させる狙いだ。続けて動いたのは、ジョゼ。
「わかってるわ、先生」
ジェミと同じようにオウガメタルから粒子を放出し、前衛の命中力をさらに向上させる。レーヴが浮遊しながら羽ばたけば、馬車がレイラに向けて星くずをばらまいた。
きらきらと輝く物質は、夢の持ち主が描いたものなのだろうか。美しくも体力を削る星屑を受け止め、レイラは体勢を立て直す。
「星屑は綺麗ですけど……見とれている場合ではないのですよね!」
ライトニングロッドの「ニンファエア・カエルレア」をかざし、レイラは自身を癒やす。
モザイクの御者は手綱を引き、ケルベロスたちの様子をうかがっている。
コールが想起するのは、第三の魔女・ケリュネイアのこと。少女の『驚き』を奪った、ドリームイーター張本人のことだ。
「奪うだけ奪って、また本体はトンズラか……腹立たしい」
歯噛みののち、試作型ガンハルバードの形態を変化させる。
「まぁ、やる事は変わらん……キッチリ片付けるぞ」
コールによって馬車に撃ち込まれた竜砲弾。
「今から子供の夢をブチ壊す、と言えばだいぶ残酷だが……」
いずれにせよ、目の前の存在は敵だ。いつも通りに殺すだけだと、まだ持ちこたえる敵を眺める。
「人を傷つけるような悪夢は、消してしまった方がいいだろ」
「ああ。一刻も早く起きられるようにしたいところだな」
さらに馬車を強かに打ち付けるのは、ユスティーナの縛霊手による一撃だ。
「楽しいはずの夢から無理くりに驚かすなんて、随分と趣味の悪い相手だこと」
結果的に悪夢となってしまったが、被害者の子どもは『舞踏会に向かう馬車』の夢を見るくらいなのだ、今がとても楽しい時期なのだろう。
馬車が現れたときの驚きはどこへやら、ユスティーナは普段の調子を取り戻していた。馬車の後方に抜け、ちらりと見遣る。
とはいえ。
(「お姫様扱い、か、正直憧れるものはあるけれど……この体格だものね。お姫様が大きいと可愛げが薄いでしょ……」)
気になるのは、平均よりも高い自身の身長。できればもう少し小さい背丈でありたかったと、首を振る。
手にしたエクスカリバールに釘を生やした隼が躊躇なく馬車を殴りつければ、地デジも隼の動きを真似るようにしてスパナで馬車をがつんと叩いた。
おもむろに歌い出したのは、雫。馬車たちに向けて歌い上げる『ティタンの長兄』は、いっそ祈りのよう。しかしその効果は、敵の行動制限だ。
歌が終わると、ボクスドラゴン「メル」もまた静かに動き出し、メィメへと海の属性を。メィメが軽く手を挙げて礼を述べ、敵――ドリームイーターへと向き直る。
「夢食いとは相性が悪いんだ」
眉根を寄せて、メィメがため息をつく。しかし、身体は既に動き出し。
「食われる夢はおれにはないからな」
しかし、ドリームイーターが喰らおうとしている子どもの夢くらいは守ってやりたい。言葉にはせず胸中でつぶやいて。
馬車の撒いた星屑よりも鮮やかに、重力を帯びた蹴りを叩き込んだ。
●やがて覚めても
モザイクの御者は馬車を操り、ケルベロスたちに攻撃を仕掛けてくる。宇宙はもちろん、舞踏会に連れていくつもりなど毛頭ないのだろう。
「宇宙へ連れて行ってくれるならそれも悪くはないと思うのだけど……でも、アタシも女の子だもの」
ジョゼは指輪から剣を出現させ、馬車の車輪を斬りつける。レーヴの飛ばした尻尾の和が、馬車の窓に叩きつけられる。
「綺麗なドレスを着たお姫様に憧れる気持ちも、素敵な王子様を夢見るその気持ちも解るから」
ジョゼの言葉にレイラは穏やかな笑みを浮かべ、メィメを癒す。
レイラも昔はお姫様に憧れていたものだ。
「魔法使いの作った馬車に乗って、舞踏会で王子様と、なんて想像したものです」
そうして今は、悪役っぽい魔女になっているけど、とまた笑い。
「……さて、では悪夢からお姫様の目を覚まさせにいきましょうか」
「そうね。彼女の夢を返して貰うわ」
二人の視線は、夢を喰らう忌まわしい存在へ。
メルがジョゼに属性をインストールした後、雫はエアシューズで駆け出した。やがて纏わりついた炎ごと、足で――お淑やかな見た目に反して、もの凄い勢いで――蹴りつけた。あとは空中で反転し、仲間の射線から退く。
メィメがドラゴニックハンマーを加速させた。
「でけえ的だ、そうそう外したりしねえよ」
掠れた声で皮肉り、馬車部分を砕かんと一撃を加える。
「夢は夢だ、いつかは覚める。……けど、馬車が連れていく場所は舞踏会であっていいはずだろ」
馬車の扉が開き、乗る者を迎え入れる……のではなく、雪崩のようにモザイクがあふれ出す。受けきるのは、隼の前に素早く移動したジェミ。
「おや、この馬車は王子も送迎してくれるんですか? ――でも、お断りです。代わりといっては何ですが、きっちり足止めさせてもらいますよ」
ドラゴニックハンマーから撃ち出した砲弾。御者は手綱を引き、馬車を旋回させて跳躍した。続く隼の砲弾も、また反転しては回避する。
「流石に素早いですね!」
随分と器用な回避に、ジェミは思わず感嘆の声を上げた。地デジが顔を光らせるが早いか、コールが一息に詠唱する。
「―――極星は夜天を切り裂き、一条の証を残す。仰ぎ見よ―――」
ルーン文字が刻まれた巨槍が解放され、夜空へと一直線に飛翔した。闇夜に紛れて見失ったかと思いきや、戦場に流星が飛来する。否、先ほどの巨槍だ。御者と馬車ごと貫けば、爆音が響き渡る。
(「毎回毎回、ドリームイーターの本体は事件だけ起こして逃げやがって……元を断たなきゃイタチごっこだ」)
面倒くさい、と正直に口にして、コールは続ける。
「んで、今回は馬車型のドリームイーター……またメルヘンな……いや、夢見たのは少女の方か」
少女に責任はない。あるとすれば、ドリームイーターの方だ。ユスティーナはエアシューズ「Nouveau demain」で地面を蹴り、馬車へと肉薄する。
身体の痛みをおくびにも出さず、ユスティーナが馬車を蹴りつけた。
馬車に、脚に衝撃が走る。
不意に意識したのは、失った目的と自身の在り方。それでも、誰かを助けることに意味があると信じて。馬車を蹴りつけた反動で跳び、ユスティーナは確かに地面を踏んだ。
●お姫様の夢
雫が、ルーンアックスのルーンを発動させる。武器を持つ手に、腕に、脚の傷は、仲間を庇って受けたものだ。それでも傷に気付いていないかのように、まるで傷など受けていないかのように、雫は御者の方に駆け寄ってルーンアックスを垂直に振り下ろした。
メルの傷は雫のそれより少ないが、自身より仲間の傷を癒すことを優先する。今もまた、同じ後衛にいるコールを癒す。
直後、御者と馬車を包むのは楽しい夢だ。浮き足立つような饗宴に花束、笑顔の人。だが、それはほんの一瞬。
「良い夢だったろ、覚めれば終わる」
極彩色を手に入れたかと思えばすぐに消え去る、不幸な悪夢にしてメィメの魔法。
隼が馬車を蹴り抜けば、ジョゼの攻性植物が御者を締め付ける。
それぞれのサーヴァントも、奮戦を。地デジが殴りつければ、レーヴの引っかきも鮮やかに決まった。
急加速する馬車を受けた雫、その隙にジェミが外灯の下へと移動する。足元の影から現れたものが、馬車を貫かんと放たれる。
「餮べてしまいます、よ?」
漆黒の矢が馬車に突き刺さる。とたん、矢が刺さった側を突き抜けて行くのは絶対零度の光線だ。
馬車を覆う氷が増えるのを確認したコールは、手にした強化精霊長銃『イフリート』の銃口を下げる。
「たとえこの身が滅んだとしても、魂はけして砕けることなく明日を謳う」
ユスティーナの心に紡がれた詩、そして信念の舞い。それらが鎧装へと集約されれば、ひときわ大きなダメージを与えるアーツとなる。
勝利は目前。ユスティーナの脳裏をよぎるのは、冷凍庫に常備しているアイス。
「回復の必要は……なさそうですね。では、悪夢はここまで。悪い夢は凍らせて差し上げましょう……無慈悲なりし氷の精霊よ。その力で彼の者に手向けの抱擁と終焉を」
馬車の真下、地面に強大な魔法陣が描かれた。巨大な水柱は馬車を押し上げながらも包み込み、そのまま氷結させる。
「……氷の精霊よ、かの者の煉獄の元へ」
氷が砕け、また同時に御者と馬車も砕け散る。
「正義の魔女も、悪くないでしょう?」
レイラが人差し指をかざし、微笑んだ。
ドリームイーターを構成していたすべてが崩壊し、空に還るように消え去る。
「女の子の夢の中に帰ったら次はちゃんと姫君を舞踏会場まで連れて行ってあげてね」
きらきらと光る残滓に、隼はひらりと手を振った。
付近の塀や地面を片付けたジェミは、ゆっくりと歩き出す。見上げる星空ではいくつもの星がまばたき、探せば流星も見つけられそうなほどだ。
視界の端で灯った二階の明かりは、宇宙へ向かう馬車の夢を見た少女が住む家だろうか。
「どんな夢を見ても安心できるように頑張っていかないと、ですね」
うなずき、ジェミは歩みを止めずに再び星へと視線を移した。
ジョゼと隼も、のんびりと夜道を歩く。
「ジョゼちゃんはお姫様願望とかある系?」
「女の子なら誰もが一度はお姫様に憧れるものじゃないの?」
素っ気なく返しながらも、実際はどうなのかとジョゼは思考する。お姫様そのものより、幸せな恋をする女の子の恋に憧れていただけなかもしれない、と。
ふゥん、と相槌を打ち、隼は問いを重ねる。
「で、実際に恋をしてみた感想は?」
さも楽しげな、揶揄う声。
「はぁ? 感想って何よ」
「ま〜チャラさは否定出来ないけどね。俺は白馬の王子様って柄でもないし?」
とは、ホストクラブに所属する下っ端ホストの言葉。
「フン、アンタみたいな軟派な王子がいてたまるもんですか」
「――だけどキミは間違いなく俺のお姫様だ。たとえその足に硝子の靴を履いてなかったとしても、ね」
嫌みの反撃をものともしない隼の言葉に、そして彼との関係に悪い気はしないと、ジョゼも口を開いた。
「アタシは本物のお姫様にはなれないけど……いいわ。アンタだけのお姫様で妥協しておいてあげる」
生意気にも愛しい言葉に、隼は破顔する。月の絲のような髪をかきあげるジョゼの手、それとは反対の手を取り。
「光栄で御座います、我が君」
と、恭しく応えた。
作者:雨音瑛 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年8月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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