時計廻りの七不思議

作者:犬塚ひなこ

●学園七不思議
 真夜中に動き回る銅像、プールに潜む謎の影、理科室の人体模型。
 鳴り響く無人ピアノ、絵画の光る瞳、呪いの十三階段、それから――。
「あとひとつ……」
 心もとない懐中電灯の明かりを頼りに、少女は真夜中の校舎内を歩いていた。
 事の発端は根も葉もない噂に興味を持った故。
 彼女が通っている中学校の新校舎の裏にはまだ取り壊されていない廃校舎がある。其処にはいつからか伝わる七不思議があり、それらが起こるという場所を北から順に時計回りに巡ると死神が現れるという噂が流れていた。
 そして、少女は七不思議の最後のひとつで、死の瞬間が映るという踊り場の鏡の前に立つ。これで時計回りに噂の場所をすべて巡ったことになる。
「死神はこの紙に書いた人を地獄に落としてくれるんだよね。何にもできない私の代わりに……お願い、死神さん……!」
 涙目になった少女は恐怖を押し殺しながら手にした紙を握り締めた。
 其処には自分を虐めているクラスメイトの名前が書かれている。死神は相手と願った本人の両方を地獄に連れていくと云われているがそれでも構わなかった。
 だが、暫く経っても何も現れない。夏場だというのにカタカタと震える身体を押さえた少女はふと寒気を感じた。
 そのとき、不穏な声が響く。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 其処に現れたのは噂の死神――ではなく、大きな鍵を持った魔女だった。

●死神の大鎌
 或る噂に興味を持った少女の心が奪われ、夢喰いと化した。
「廃校舎の七不思議、すべてを巡ると……」
 ――死神が現れる。
 翡翠寺・ロビン(駒鳥・e00814)はそんな噂が流れる学校があると話し、被害に遭った少女から死神型のドリームイーターが生み出されたと語った。
「女の子が死神をよびたかった理由はともかく……このままじゃ、だめね」
 夢喰いが具現化したのが真夜中だあり夏休み中だったことが幸いして、周囲に一般人はいない。だが、死神はいずれ校舎を出て人を襲い始めるだろう。それに鏡の前で意識を失って倒れている少女も目を覚ませないままだ。
 ロビンは仲間達に協力して欲しいと願い、詳しい情報を語っていった。

 敵は一体で配下などはいない。
 黒衣を纏い大鎌を持った典型的とも呼べる見た目をしている。少し変わっているのは古風な懐中時計を提げている部分だ。
 死神は現在、廃校舎の周辺を彷徨っている。常に移動しているので何処にいるかまでは予知できなかったらしいが、この類の夢喰いには或る特徴がある。
「ドリームイーターは自分を信じていたり噂している人がいると、そっちに引き寄せられる性質があるそうね。つまり、わたしたちが七不思議の話をしていればいいのかな」
 噂によってうまく誘き出せれば少し有利に戦えるだろう。
 死神は鎌を使って痺れを与える攻撃を主体にして、懐中時計の針を廻すことで怒りや催眠を誘発する力を使うという。
 だが、ケルベロス達が協力しあえば怖い相手ではない。
 戦いに関しては心配していないと告げたロビンは翡翠めいた彩の瞳を皆に向けた。
「死神の噂なんて、よくある作り話ね。けれど、それにすがるしかないって思うほどに女の子は追いつめられていたのかもしれない。でもね、わたしは思うの」
 きっと七不思議すべてを巡る勇気があれば、あとは何だってできる。
 物は考えよう。こう感じたのだと話したロビンは双眸を緩やかに細め、立ち上がった。そうして、はやくいこ、と皆をいざなう。
 新たな道を少女が模索できるよう先ずは彼女を助けたい。そう告げるような眼差しは真っ直ぐに仲間達を映していた。


参加者
ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)
クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)
ルージュ・ディケイ(朽紅のルージュ・e04993)
カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)
ブリュンヒルト・ビエロフカ(活嘩騒乱の拳・e07817)
シャルロッテ・リースフェルト(お姉さん系の男の娘・e09272)
ヨハネ・メルキオール(マギ・e31816)
アンヘル・フィールマン(夢幻泡影・e37284)

■リプレイ

●夜の廃校
 その日、校舎内はしんと静まり返っていた。
 夏休み真っ最中、それも真夜中とあれば当たり前のことなのだが、誰も居ない廃校舎となればその静けさは酷く不気味に思える。
 件の夢喰い退治に訪れたケルベロス達は廃校舎の戦いやすそうな広い場所――即ち、体育館だった場所へと足を踏み入れた。
「七不思議の噂って知ってますか? 死神が出るなんて怖いですね」
「そうそう。この廃校舎ってよ、七不思議を巡ると死神が出るんだって」
 カルナ・ロッシュ(彷徨える霧雨・e05112)とブリュンヒルト・ビエロフカ(活嘩騒乱の拳・e07817)は早速、敵を誘き寄せる為の噂話をはじめる。
 ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)は二人の話に頷き、この学校に纏わる噂話を思い浮かべた。
「七不思議、どこにでもあるものなんですね。内容は穏やかではないですが……」
 噂の場所を北から順に時計回り。
 死神は対象を地獄に落とした後、願った人をどうするのだろうか。ギルボークが考え込んでいると、ルージュ・ディケイ(朽紅のルージュ・e04993)が口をひらく。
「皆がこうあって欲しい、こうなって欲しくないと強い想いがあるんだろうね」
「そ、それにしても……ここの学校の七不思議はよく聞く七不思議などと違って、結果がわかっている分、少し恐ろしいですね……」
 シャルロッテ・リースフェルト(お姉さん系の男の娘・e09272)は周囲を警戒しながら少しだけ寒気を感じた。
 クロハ・ラーヴァ(熾火・e00621)はこの学校の七不思議ではない怖い話を語ろうと思っていたが、シャルロッテの様子を見て口を噤んだ。
 怖がる仲間に対して、アンヘル・フィールマン(夢幻泡影・e37284)は怖がる様子もなく敵の到来を待っていた。
「しかし、一体どっからそんな噂が立ったんだろうな?」
「噂の成り立ちは大体が謎に包まれている。それに、人を呪わば穴二つ――だったか?」
 願った本人も地獄送りとは理に適っている。
 そう感じたヨハネ・メルキオール(マギ・e31816)は薄く笑む。
 そのとき、アンヘルとクロハが瞬時に身構えた。二人が見据える先には体育館の出入口があり、はっとしたヨハネも肩上に乗せていた白蛇を武器へと変える。
 ルージュは皆に呼び掛け、敵が現れたと告げた。
「おでましだね」
「あれが死神……ですか」
 カルナも戦いの準備を整え、此方に近付いてくる死神を見つめる。
 大きな鎌を持ち、揺れる黒衣の影。それは恐ろしい程の漆黒の色を宿していた。

●死神残夜
 黒衣の下の顔は見えぬというのに、視線が交差した気がした。
 刹那、先手を取ったクロハが床を蹴りあげる。炎を纏い、ひといきに死神の胸元に潜り込んだクロハは焔を放った。
「やれ、また随分古典的な死神が出てきましたね」
 マントの下は骸骨でしょうか、と双眸を鋭く細めたクロハの一撃は重い。
 相変わらず心に付け込む手際は流石、夢喰いだ。そう評価しながら素早く一歩下がるクロハに続き、ギルボークが刃を解き放つ。
「七不思議……そして僕の七天抜刀術の技も七つ。順番に披露するのもいいですが……流石にその余裕はないか」
 一瞬の内に敵の全身を切り刻んだギルボークは小さな溜息を吐いた。
 だが、其処へ死神が反撃に入る。
 カルナはひらりと身軽な動作で敵の気を引きつつ呼びかける。
「死神さん、手の鳴るほうに、ですよ」
 狙い通り、敵はカルナの方に死の刃を向けた。その間に割り込む形でルージュが立ち塞がった。そう、ルージュが庇いに来ることは織り込み済みだったのだ。
 ありがとうございます、と礼を告げたカルナは跳躍し、敵に流星の蹴りを見舞う。其処に続いたルージュは黄金の果実をみのらせ、仲間の援護に回った。
「久しぶりだな、こっちの役回りは」
 今でこそ前で戦う事が多いが、前はこうやって皆を守っていた。今までの経験は無駄ではないと感じながら、ルージュは仲間を守る決意を固める。
 それと同時にアンヘルが光の盾を具現化した。
「しっかり援護させて貰うぜ」
 守り方はひとつではないと示すように護りは力となって巡っていく。援護を受けたブリュンヒルトは軽い礼を告げ、一気に攻勢に出た。
「こっちからもご挨拶と行くぜ!!  痺れちまいな!!」
 電光石火の一閃を見舞いつつ、ブリュンヒルトはふと例の少女を思う。
 虐めを苦に死神にお願いして殺してもらおうという考えは如何なものだろう。だが、自殺に走られるよりはいいと考えたブリュンヒルトは後で少女の尻をひっぱたいてやろうと心に決めた。
 それには先ず、目の前の死神を倒す必要がある。
「い、行きます……」
 シャルロッテは怯えを消し去りながら月光の軌跡を描く斬撃を放った。其処に続いてヨハネが床を蹴って跳躍する。
「七不思議……ジャパニーズ・サマーホラーってやつだな! 死神は少し日本からは外れている気がするが、わくわくするな!」
 つい思うままの感想を述べてしまったヨハネだが、勿論仕事も忘れていない。
 鋭い一閃を重ね、ヨハネは仲間に連撃の合図を送る。それを受けたクロハは部落スライムを鋭い槍の如く伸ばした。
 よく飽きもせず夢を食らうものだ、と夢喰いを見つめたクロハ。黒槍の切先で敵を貫いた彼女は静かに笑む。
「正に悪食というに相応しい。まぁ我々を食らうには少し胃が小さいようですがね」
「だな、喰らわれるような俺達じゃねェ」
 クロハの言葉に同意したアンヘルは迫り来る時の魔力を見極め、華麗に躱した。そして、アンヘルは次々と光の盾を仲間に付与していった。
 死神の攻撃の隙を突き、ギルボークは天空高く飛び上がる。
「さあ、容赦はしませんよ」
 美しい虹を纏ったギルボークは漆黒の死神を鋭く穿った。その間にシャルロッテは守り手として皆を守ろうと動き、気力を溜める。
 激しく巡る戦いの中、ルージュも死神からの一閃を受け止め続けた。
「求められるものを、その機会を、僕は身を以て知っている。だから――」
 ルージュはこれまでの戦いの記憶を思い起こし、皆が欲しいと思うタイミングを狙って援護に回る。ルージュが謳いあげる正義の言の葉は信念へと変わり、癒しと加護になって戦場に響いていった。
 カルナは徐々に敵が弱っていると感じ取り、攻撃の手を強める。
「――舞え、霧氷の剣よ」
 次元の圧縮により急激に冷却された大気が八本の凍てつく刃となり、獣のように敵へと食らいつく。絶零氷剣、それは魂をも凍らせる絶対零度の牙。
 敵に凍氷が突き刺さる中、ヨハネは刃を振りあげた。
「これでもヴァルキュリアとして死に近しい場所に居たんだ。死神とやら、ここで勝負と行こうか!」
 絶空の斬撃で以て敵を斬り裂いたヨハネはすぐさま身を引く。
 其処に出来た射線を駆け抜け、ブリュンヒルトは握っていた拳をひらいた。
「良い感じだな! とにかくアタシは最後まで火力でぶん殴る!!」
 瞬時に放たれた指一本の突きが敵の気脈を断ち、その身を固くさせる。ブリュンヒルトは仲間達に視線を送り、あと少しだ、と伝える。
 その読み通り、死神は苦しげに呻きながら手にした鎌を取り落とした。

●死の更に先
 大きな好機が訪れたと察した番犬達は身構える。
 カルナは死神が動く前に、と杖を白梟に変えて狙いを定めた。頼りないマスターの援護をすべく飛び立ったファミリアは一気に死神を貫く。
「地獄に帰るのはお一人でお願いしますね」
 挑発するように告げたカルナは再び敵の気を引く。今のうちに、というカルナの声を聞き、クロハが黒のグルカナイフに炎を宿した。
「古典的な敵には古典的な手が良く効くものだ」
 背に鋸刃を持つナイフの一閃が死神の纏う闇を抉り、赤々と燃える焔が戦場を照らす。クロハの鋭い一撃に賞賛の瞳を向け、シャルロッテも攻撃に出た。
「参ります……これが全力です!」
 死神に抱く恐怖は押し込め、シャルロッテは破鎧の衝撃を敵に与える。
 よろめく敵は既にかなり追い詰められていた。
 それまでにアンヘルが癒しを担い、ルージュとシャルロッテが適宜回復と援護の補助に入っていた故に全員がしかと戦場に立っている。
 後は畳みかけるだけだと感じ取り、ギルボークは再び七天抜刀術を放つ準備に入った。
 その際、改めて思うのは七不思議のこと。
「僕の場合は、七つの太刀の『先』を目指さねばなりませんけれどね」
 七つで終わる不思議とは違う、と敵を見据えたギルボークは刃を抜き放つ。その瞬間、斬り裂かれる黒衣。まるでそれは黒い桜の如く散り、闇の中で揺らめいた。
 ヨハネは身動きの取れぬ死神を瞳に映し、恭しく礼をする。
「俺様の可愛い精霊が死の湖へご案内しよう。大人しく元いた処へ還るんだな」
 理に適っているだろう、と悪戯っぽく片目を閉じたヨハネは謳う。
 ――白銀の月よ、乙女に死の祝福を。
 声に応じてゆらりと舞い泳ぐは純白の花嫁衣装を纏いし水の精霊。ドレスの裾から覗く尾鰭を翻し、逃れられない死の抱擁と口付けを与える。
 されど、死神は惑いの力を放ってシャルロッテを穿った。その様子に鋭く目を細め、ルージュは次なる一手に移る。
 正義とは、きっと――救える命を救うこと。
 ルージュはこの戦場の中に見えた正義を全うしたいと考え、最後まで仲間の癒しを担おうと決めた。
「あと少しだ。誰も倒させはしないよ」
 戦場を美しく舞い踊ったルージュは仲間達を癒やす花のオーラを降らせる。
 真夜中に舞う花の彩は闇の中に希望を振り撒いていった。
 ブリュンヒルトは背を支え続けてくれた仲間に感謝の意思を示し、両掌を強く握り締める。其処に宿した降魔の力が拳の一撃となって振り下ろされた。
「死神なんざお呼びじゃねーんだよ! 特にこういう場合はな!」
 散れ、と付け加えたブリュンヒルトの拳が死神の力を遠慮なく奪い取ってゆく。
 アンヘルは担っていた援護を止め、自分も攻勢に出るべきだと感じた。
 それは世界の夜明け、音の鳴り響き、命の鼓動。
「始まりの鐘は既に鳴らされているぞ。そうだ、お前の終わりの始まりが――」
 響かせた音色は闇を斬り裂き、戦場に轟く。
 アンヘルの一撃が死神を大きく傾がせたことに気付き、カルナは翡翠の瞳を仲間に差し向けた。その眼差しが語るのは、止めを刺して欲しい、ということ。
 クロハは仲間の思いを肌で感じ、軋む床を大きく蹴った。
「では死神狩りの終幕と洒落こみましょうか」
 瞬刻、繰り出されるのは地獄の炎を纏った高速の蹴り。逃れようとする敵の防御の隙間を縫い、目にもとまらぬ速さで叩き込まれた連撃は死神を穿つ。
 円舞、もとい炎舞とも呼べる蹴撃。
 それは正に一瞬で敵を破り、そして――。
 形を保てず黒い靄となった死神は、跡形もなく消失した。

●勇気と未来
 夢から生まれた死神は消え去り、元あった静けさが戻って来た。
 それまで死神が居た所へ踏み出したルージュは、敵の気配が完全になくなったことを確認し、仲間達に労いの言葉を送る。
「お疲れ様。これで任務は一先ず完了だね」
「私は周辺をヒールしてから帰還することにします」
 クロハは頷き、戦闘区域となった体育館の修復に入った。撤収すると告げたクロハを見送り、シャルロッテは震えそうになりながらも残った仲間を誘う。
「さ、流石に夜の廃校舎は不気味ですね……。は、早く女の子を保護しに行きましょう……」
 そうして、一行は廃校舎内で倒れているという少女のもとへ向かう。
 既に目を覚ましていた少女がふらふらと歩いていたところを見つけたカルナは、大丈夫ですか、と問いかけて事情を説明してやった。
「廃校舎は危ないですから怪我がなくて良かったです」
「……ごめんなさい」
 謝る少女にギルボークは己の思いを伝えてゆく。
「相手の死を願う事であなたが罪を背負う事は、僕はちょっと悲しいかな。辛い思いをして、さらに辛い思いを背負ってしまうのは……」
 正解が何かはわからないが、違う道を見つけて欲しい。ギルボークがそう願う最中、ブリュンヒルトは少女を叱咤する。
「大体事情は察してるけどよ、何も殺すことはねーだろうよ。間接的とはいえ人殺す勇気があんなら、立ち向かってみろ」
「…………」
 ブリュンヒルトの言葉に少女は深く俯いた。この手のタイプに強い言葉は拙いと感じたブリュンヒルトは思っていることを更に伝える。
「でも、自殺するような馬鹿な真似しなかったのはえらいえらい!」
「自殺なんて……勇気が、出なかっただけです」
 死神の噂が本当ではないことに落ち込んでいるのか、少女は消え入りそうな声で呟いた。すると、アンヘルが笑顔を見せる。
「大したもんだぜ。こんな危険な場所を巡っちまうなんて、度胸あるじゃねェか」
 よく頑張ったな、と少女を褒めたアンヘルは自分も昔虐められていた、と過去の話を語り始めた。少女は困惑しながらも話に耳を傾けている。
「正直な? お前の勇気に凄く尊敬した。俺ァ度胸ねェから無理だ」
「いえ、私なんて……そんなのじゃない、ですから」
 同じ苦しみを知る友人になれないかと問うたアンヘルを少女は拒否した。強いケルベロスである彼と弱い自分を同じだとは思えない、というのが理由らしい。
 しかし、ヨハネは首を振る。
「今日お前がここで発揮した勇気を忘れるな」
「嫌いな相手と一緒に地獄に行くほどの決意ができる貴女なら、きっと他の方法を試すことだってできると思いますよ」
 続けてカルナが励ましの言葉を向けた。ああ、と同意を示したヨハネは少女の傍に立ち、静かな微笑みと共に語る。
「ま、嫌なら逃げたっていい。誰も責めはしないさ」
「逃げても、いい……?」
 其処で初めて少女が顔をあげた。きっと、彼女が欲しかったのは立ち向かわなくても良いという言葉だったのだろう。
 逡巡した様子を見せた少女はケルベロス達を見つめ、思いきって話し始める。
「私、ユウキっていう名前なんです。だから、勇気を出さなきゃって思ってた……」
 でも、と少女は自分の掌を握る。
「良かった。変に頑張り過ぎなくて、いいんですね」
「お前なら絶対大丈夫! アタシが保証してやんよ!」
 ブリュンヒルトが明るく笑ってみせるとユウキも恥ずかしそうに小さく笑んだ。
 これから、この先どうしていくかは少女自身が決めることだ。
 ヨハネは頷き、夜空を見上げた。今は未だ昏くとも、いずれは空も朝の色に染まり、眩しい陽が降りそそぐ。
 彼女の未来に明るい光が訪れるよう願い、仲間達は廃校舎を後にした。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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