●一夜の夢と割り切れず
人気のない夜の駐車場は不気味な空気が漂う、囲うように広がる暗い森がそれを増長させていた。投稿するならやはり雰囲気は重要な要素だ。
男は手にしたビデオカメラが起動したことを確かめるとひとつ咳払い。
「今日はとある心霊スポットに来ていまーす。なんでも遊女と客の男が心中したんだけど、『来世で会おう』と約束した女が男を待って夜な夜な現れる……ということで、確かめに来ちゃいました!」
場違いなほど明るいトーンで撮影する男はカメラを自身から周囲に向ける、男が照らすライトだけが明かりひとつない風景に色付かせる。
「恋愛なんて無縁だけど、また生まれたら恋しましょうって凄い根性だよねー」
2人が身投げしたという崖は展望台になっているらしく、男は坂を上がっていくとふっと現れた人影に驚き足を止め――直後に胸に強い衝撃が走った。
倒れこんだ男を第五の魔女は無感情に見下ろす。
「無関係な他人の色恋や事情に『興味』をもつなんて、人間とはおかしな生物です」
傍らに立つのは艶やかな着物を羽織る女のドリームイーター、モザイクの瞳から同色の涙を流して魔女に問いかける。
『――ワタシを、オボえていマスか?』
「情報とは時に脚色されることがありますわ。今回の事件の発端も尾ひれをつけた怪談話を聞いた被害者が『興味』を持ってしまったことが原因ですわね、動画サイトに投稿するつもりだったようで」
オリヴィア・シャゼル(貞淑なヘリオライダー・en0098)がいうには、元の話は歌舞伎の演目で創作物。現実に起きた話ではなくフィクションだと断言する。
「その怪談話を鵜呑みにしたためにドリームイーターに襲われた、という訳ですか」
聞いていたヒルメル・ビョルク(夢見し楽土にて・e14096)は眉根を寄せて小さく息を吐く。
「そういう事ですわ。展望台で『興味』を奪ったドリームイーターは行方知れずですが、『興味』を元に実体化したドリームイーターは現場に残っていますの。同じように付近を調べようとする市民が出てしまうかもしれません」
被害が拡大する前にこのドリームイーターを討伐する、というのが今回の任務だ。
「被害者は昏睡状態に陥っていますが、皆様がドリームイーターを倒せば被害者も目を覚ましますわよ」
件のドリームイーターは1体のみだが、問題は被害者が倒れている展望台と駐車場までの間を徘徊していることだ。昏睡している被害者を巻き込まないようにするには、展望台の被害者を守るように回り込んで倒すか、被害者に接近させないよう駐車場までドリームイーターを誘き出すかの二択になる。
「ドリームイーターは誰かに遭遇すると『私を覚えていますか?』と問いかけてきます、これを無視したり、嘘を吐いたりすると逆上して攻撃を仕掛けてきますわよ。正直に答えればなにもせず通り過ぎていきますわ」
正直に答える、つまり記憶の有無以前に『あなたを知らない』と言う事だ。彼女を覚えているか否か、という問題自体が成立していないところに気を付けねばならない。
「誘導する分にはドリームイーター自身……つまり男を待っている女性を信じ、噂することで引き寄せることが出来ますわ。性質をうまく利用すれば先制攻撃を仕掛けることも難しくないでしょう」
動きやすい方法を選んで欲しいとオリヴィアは提案する。
ドリームイーターはモザイクの瞳からモザイクの涙を流す、着物を着崩した遊女型。人気のない夜道を一人で歩いているため、見つければすぐにわかるだろう。
「ドリームイーターは金切り声をあげたり、すすり泣いたりして広範囲に攻撃を仕掛けてきますわ。髪に差したかんざしで刺してくる場合もあるので、接近戦も要注意ですわよ」
オリヴィアは頬に手を当て複雑そうに眉を顰める。
「被害者に思うところがある方もいるでしょうが、噂が気になってしまうのも人のサガですわ。介抱する場合はあまり責めないであげてくださいませ」
参加者 | |
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和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413) |
アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470) |
千手・明子(火焔の天稟・e02471) |
リコリス・セレスティア(凍月花・e03248) |
鉄・千(空明・e03694) |
空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709) |
ヒルメル・ビョルク(夢見し楽土にて・e14096) |
比良坂・陸也(化け狸・e28489) |
●此の世のなごり、夜もなごり
古来より怪談話とは『友達の友達から』と不確定な枕詞から始まる。時代は移り変わり、技術が進歩した今は『ネットで見つけた』という風に変化していくのだろう。
今回は幸か不幸か、歌舞伎の演目を脚色したものだと立証済である。暗闇を払うように照明をいくつか配置させた駐車場で円を描きながらケルベロス達は噂話をしている。
「――という話が、かつてこの地であったとか」
淡々と語るヒルメル・ビョルク(夢見し楽土にて・e14096)の噂はこれで締められる。
「今でも、件の女性が彷徨い続け、愛する男性を探して回る……ということだそうです」
聞いていたアジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)は神妙な面持ちで腕を組み、頬に手を当てた千手・明子(火焔の天稟・e02471)がほぅと溜め息を漏らす。
「先がないのならいっそ二人で、ってやつか」
「心中かぁ、江戸時代はそういうのがロマンチックだったのよね」
身分を重んじられた時代が生んだ悲恋。障害があるほど恋は燃えるというが、価値観が変化したことで怪談話に変質してしまったのは皮肉だと明子は思う。
「ヒルメルのお話、聞いたことある!怖い話いっぱい知ってる近所のおばあちゃんが言ってたぞ」
鉄・千(空明・e03694)も噂話を知っている風に装おうと大きく頷く。見知った顔も多く、幽霊のようなドリームイーターと聞いていつもよりテンションが高いようだ。
肝試しのようだと期待に胸を膨らませていた和泉・紫睡(紫水晶の棘・e01413)は、腑に落ちない様子で首を傾げる。
(「恋愛はもっとふんわり優しいものだと思うのですけど……どうしてこんなお話にしたのでしょう?」)
死して来世で成就を願う恋。複雑な恋愛観を理解するには身を以て恋心を学ばねば難しいだろう。
「まぁ、脚抜けとか大変そーだしなぁ。現世にユメを見れないから来世に夢を見るってか」
人に夢と書いて儚いとはよく言ったものだ、と比良坂・陸也(化け狸・e28489)は顎をひと撫で。空を見上げれば薄曇りで星すら隠れて不穏な空気を醸していた。
憂いを帯びた溜め息を漏らすリコリス・セレスティア(凍月花・e03248)は悲しい結末に瞼を伏せていた。互いの手を次の世でも取り合おうとした決意を想うと胸が痛む。
「……愛した人を一人待ち続けるのは、辛いでしょうね」
「一端の淑女を気取る私も、恋に狂えば彼女のようになってしまうのだろうか」
もっとも先に身を焦がすほど恋がしたくなる相手を探さなければならないが。まだ見ぬ相手を想像して空国・モカ(街を吹き抜ける風・e07709)はひっそりと苦笑を漏らす。
夜風は蒸した湿気を帯びて生温い。そんな不快な風に招かれるようにズル、ズルとなにかを引き摺る音が微かに聞こえてきた。
「実に人の心は不可解と言えましょう……違いますか、御婦人」
ヒルメルの視線の先、暗い道の先から着崩した着物姿の女がやってくる。
裾が汚れるのも構わずしゃなりしゃなりと歩き、涙を流すモザイクの瞳が顔を確かめるようにこちらを向く。
『――ワタシを、オボえていマスか?』
●死に行く身をたとふれば
物悲しさを覚える問答に紫睡は迷ってすぐに答えられない。
(「えぇっと、問い掛けにはどう答えれば良いんでしたっけ……」)
心中するほどの苛烈な恋は知らないと返せばいいのか、心中に添える言葉を贈ればいいのか――いや、どちらも問われた趣旨から外れている。ヘリオライダーの言葉を思い出している間に他の者達は用意していた答えを返す。
「せ、千は知らないのだ。ごめんな」
アジサイの背に隠れながら千は返事をする。彼女を覚えているも覚えていないも、それ以前にこのドリームイーターと初めて遭遇する。記憶云々の前に『彼女自身を知らない』のだ。
「貴女とは初対面だ」
「残念ながら、私も貴女とお会いするのはこれが初めて故」
「俺も知らねぇ、お前さんに会うのは初めてだろ」
モカとヒルメルも淡々と返し溜め息交じりに陸也も答える。正しき答えにドリームイーターは嘆息するような仕草をとった。
「あなたのことは知っているわ。あなたのいい人は、どこに行ってしまったのかしらね」
「そう、知っている。ありふれた悲恋の物語、その、登場人物の一人だろう」
明子の言葉に重ねるようにアジサイも敢えて偽りの答えを述べながら、ケミカルライトを周囲にばら撒く。既に灯りを設置していることもあり立ち位置を判別することは可能だろう。
沈黙を守るリコリスはドリームイーターを注意深く見つめていると、青白いかんばせが見る見るうちに鬼の形相へと変化していく。
『……チ、ガウ……あの人、ジャ、な……――ィィイャァァアァァァァァアアアアアアアア!!』
頬に爪を立てドリームイーターは金切り声を上げる。キィィンと耳の奥までつんざく奇声に脳が直接揺さぶられるようで明子達は眉を顰める。
放つ気迫が重い装束を浮かせてドリームイーターは地を蹴り、その姿は怨念に身を委ねてしまった悪霊を連想させるには充分だった。
「言っただろ、会うのは初めてだってな」
余波で毛並みが震わされる中、陸也は動きを阻害しようと錫杖を鳩尾に突きこむ。すぐさま背後から紫睡がグラビティの弓で鏃を番える。
「月色の加護を受けし鏃を持って、霧中より我が穿つ者を探せ!」
光の軌道を描きながら迫る黄玉の鏃は長い袖を突き破り、血色の失せた女の細腕を露にさせた。脳の揺れる感覚に不快感を覚えながらアジサイが頭上から仕掛ける。
「お前が空想の人物だろうが関係ない、男のところに送ってやる!」
剛腕で牽制の一撃を放てば、結わいた髪から引き抜かれたかんざしを大腿に突き立てられる。舌打ちしながら後退するとヒルメルが香水瓶を懐から引き抜く。
「精神の安定は戦場では何よりも大切なものです」
宙で栓の抜けた小瓶から華やかな香りが溢れ、頭痛の収まったモカが身構える。暗視装置は強い光源が点在するせいでかえって視界を潰れてしまう、すぐに放ると低姿勢で突進していく。
「私の前に立ち塞がるならば、全力で斬り刻む!」
周囲を旋回しながら整地された地面ごと手刀で斬り刻むと御髪が一束はらりと落ちる。
「引き寄せたらささっと仕掛けちゃえばよかったかなぁ……!」
友人達を守りたい気持ちと裏腹に先手を打たれたことを明子は悔しく思うが、後悔している暇はない。伸ばした鎖を手早く引き戻し『白鷺』の柄に手をかける。
「――遅い!」
懐に潜りこんだ一撃は露出した肩を斬り上げ、モザイク色の飛沫を上げる。切れ目の入った袖を摘まんでドリームイーターは口許を隠すような仕草を見せた。
『う、ゥu、ヒっ……』
キラリと光る白黒の涙。漂わす悲痛な空気が胸に突き刺さるような衝撃となり、紫睡達の手が鈍りかける。動揺する姿にリコリスは握り締めた星辰の刃を振り上げ、
「悲しい恋の物語、ここで終わらせましょう」
星の聖域を足元から広げていく。士気の低下を抑える間に滑走する千が頭上から飛び掛かっていく。闇夜を照らす火球となり女を突き飛ばすと着地と同時に間合いを詰める。
「もう一発、行くのだ!」
追撃を続ける千を退けようとドリームイーターは叫ぶ。山間に響き渡る絶叫は怒れるほどの嘆きか、嘆かねばならぬほどの怒りなのか。
傷つきながらもドリームイーターは空想の恋人を想うように悲哀を声に、仕草にしてみせる。流し続けるモザイクの涙は虚像のものであるが陸也は問わずにはいられなかった。
「なぁ、あんた、恋して幸せになったかい? 生きることよりも、一緒に死ぬ方が嬉しかったかい」
問いかける陸也への返答は毛皮を突き破る一撃。ドリームイーターが答えを持っている筈もなく、ただ嗚咽を漏らし続けていた。氷の槍騎兵が突撃するのに合わせてモカが舞うように両手のナイフで滅多斬りして傷を増やしていく。
夢想の涙を流せば心を裂く不可視の一撃と化し、明子とアジサイが飛び出し身代わりとなる。
「アジサイ!あきらちゃん!大丈夫か!?」
「この程度で俺の心は折られやしない」
「お千ちゃんに心配かけっぱなしね、さくっとやっちゃうわよ!」
陸也の鋭い連撃にドリームイーターの手が止まると、アジサイと明子が一気に畳みかける。
互いの呼吸を感じとり絶妙なタイミングで攻め込めば、刃が灯りを反射するたびに二つの剣閃が軌跡を映しタイル模様の液体が地べたを汚していく。幾重にも刻まれた着物は露出を増やし、ふくらはぎが見えるほど裾も斬り落とされていた。
「私も続けて!」
紫睡が大槌を振りかぶる。一撃の重さを重視しようと大振りな一撃を放つが直前で軌道を読まれて大地を穿つ。しかしここで終わらせなかった。
「――絶対、当てます!」
強引にぶっこ抜き、返す刀で脇腹に叩きこむと女はくの字に曲がりたたらを踏んだ。懸命に挑んでいく姿にヒルメルの頬が微かに緩ませ光の盾を送る。
この隙に千が得物を握り締めて肉薄する。眼前には破れた着物と液状のモザイクにまみれた姿、実在し得ないハズの存在であるのに、涙を流し続ける容貌には感じ入るものがあった。
『あ、アaぅ、うぅ……』
(「みんなが傷つくのもイヤだけど、幽霊のお姉さんのためにも」)
早く終わらせたい。その一心で全力の一撃を叩きこんだ。だが、ドリームイーターを仕留めるには僅かに足りない。
(「もう、これ以上苦しまないでください……」)
祈るようにリコリスは両手を重ね、白翼からヴェールが広がっていく。目の前に立つ幻想を思えど、その慟哭に飲まれぬように、その悲しみに引き寄せられぬように。
持ち直したモカとヒルメルは一気に仕留めにかかる。
「舞台はいつまでも続けるものではない、そろそろ閉幕といこう」
「ええ、これで最後です」
背後に回り込んだモカは一陣の風と化し、抉るように傷口を複雑化させていくうちに肩から先がダラリと垂れ下がる。裂けた傷口から骨もハラワタもこぼれ落ちることはなく、彼女は夢、彼女は幻なのだと現実に引き戻される。
(「命をなげうつ程の恋……ですか」)
不思議と、その心情がわかるような気がした。赤鉄の鎖が女を締め上げれば脆くなった肢体は耐えきれず、足元からブロックが崩れるように瓦解して仰向けに倒れる。
「……っ」
既に死の間際にいることを悟ってリコリスは傍らに駆け寄った。空想の身だとしても、今此処にある悲しみと涙は本物。収まることのない涙をハンカチで拭うが、空想の雫で濡れることはなく。ドリームイーターは塵となって夜に消えていく。
(「どうか心中した二人と、そして彼女も安らかに眠れますように」)
見上げれば空を覆った雲は移ろい、月と星々が煌々と輝いていた。
●今宵はここまで
周辺の修復を終えてから展望台に移動し、数分後。
「こんばんは、ですのだ」
「――ぎゃあああああああああああああああああああああ!!?」
懐中電灯で顔を下から照らす千に目を覚ました男が跳ね起きた。
後ずさりなにかにぶつかり、見上げればむっつりとするアジサイと目が合い再び悲鳴を上げ、しまいには陸也の狸顔を見ただけで絶叫しはじめた。パニック寸前になって頃合いかとリコリスが事情を説明。
「面白半分で怪談を調べられたらいけませんよ?」
「怖い噂にワクワクするキモチ分かるけど一人は危険であるぞ、怪我したら大変だ」
やんわりとたしなめられている内に反省すればよかったものを、
「だってこんな事になるとは――」
口答えし始めたためアジサイと紫睡が続く言葉を遮った。
「よほど説教されたいようだな、最近こういう事件増えてるのは知ってるだろ」
「夏ですから、怖いものに惹かれるのはわからなくも無いです。でも危ない事はしないようにですね」
せめてもっと上手くやれとかなんとか、賑やかしい傍らで明子はカメラを手に盛大に溜め息を吐く。倒れた際に壊れたらしくヒルメルに修復してもらった、まではよかったものの――。
「展望台に着いた直後で途切れてるなんて!これだとかえって信じちゃう人も居そうね」
難儀なことにネットの海に放り込まれた怪談は『その真偽や情報源すら正確性に欠ける』ため真相をより複雑怪奇に、より不明瞭にさせる。
嘘だと広めようにも真偽を疑う者、無責任に広めようとする者は一定数出てくるため、働きかけは効果的ではないだろう。
「移動中に怪談の元にされた歌舞伎を観たが、なかなか面白かったな」
「歌舞伎の演目、でしたか……酷い脚色をされたものですね」
モカの一言にヒルメルが興味を示すと明子が目を光らせた。
「せっかくだから今度、浮世絵を探しに行きましょうか!よく行くお店で取り扱ってるからお供するわよ」
浮世絵は日本の伝統芸術、主もきっと喜ぶだろう、慇懃な微笑は揺るがぬものの藍色の瞳に仄かな喜びと感謝が浮かぶ。
「それでは、是非」
アジサイ達にこってり説教された男は反省したようで、興味本位でネットの噂に食いつかないよう気を付けるとのこと。
ひとまず一件落着と紫睡は夜空をもう一度見上げる。
(「この展望台でしたら、怪談よりも星を見る逢瀬の方があってると思うんですよね」)
自分も恋をして、誰かを愛する日が来たら――この星空はどう映るのだろう。答えを知る日を夢に見つつ。
作者:木乃 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年8月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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