星奏ノスタルジィ

作者:朱乃天

 そこは嘗て宇宙への夢と憧れを抱かせてくれた場所。
 小高い丘にあるドーム型のプラネタリウムは、閉館してからかなりの時が経つものの。解体工事は途中で止まって放棄されたまま、今や朽ちた廃墟と化していた。
 こうして人々から忘れ去られて久しいこの場所に、いつしか噂話が囁かれるようになる。
 ――このプラネタリウムの廃墟には、少女の霊が棲みついている、と。
 そしてその霊は、回収された投影機の付喪神ではないかと云われるようになり。件の霊を見ようと訪れる者も出てきたが、噂の少女を見た者はまだ誰もいない。
 何故なら彼女に出逢った者達は、星空の世界に連れて行かれて、誰一人として還ってこなかったから――。
「つまり連れて行かれた人達は、全員お星様になってしまったと。少女の霊は、言わば星空への水先案内人ってトコかしら」
 そんな噂話に惹き寄せられて、一人の女子大生が夜中の廃墟に足を踏み入れる。
 プラネタリウムの少女の霊は、私にどんな星を見せてくれるのか。彼女が導く星空の彼方には、一体どんな世界があるのだろう。
 夜空を埋め尽くす満天の星に照らされながら、女子大生が未だ見ぬ少女の霊と頭上に輝く星の世界に想いを馳せる――その時だった。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 静寂に包まれた闇の中から、微かに聴こえた謎の声。女子大生が振り返ろうとした瞬間、突然意識が遠退いて、彼女はその場に崩れ落ちてしまう。
 女子大生の背後には、黒いローブを着た女性の姿。第五の魔女・アウゲイアスが女子大生の胸から鍵を引き抜けば、奪った『興味』が形を成して顕れる――。

「幽霊とデートができるプラネタリウムか。ま、星にされるのだけは勘弁願いたいけどな」
 数多の星が煌めく夜空を眺めつつ、ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)がやれやれといった様子で髪を掻き揚げる。
 人々は星に様々な思いを託して夢を見る。しかしそうした興味がドリームイーターの手にかかって奪われてしまう。そしてその興味は異形の怪物となって事件を起こそうとする。
 玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)はダレンの言葉に頷きながら、改めて事件の説明をする。
「今回予知したドリームイーターは、星の模様のワンピースを着た少女の姿をしているよ。この少女は全身が淡く輝いていて、今は建物の中を彷徨ってるみたいだね」
 ドリームイーターは自分の噂話をしている者に引き寄せられる性質がある。その特徴を上手く利用して、戦い易い場所に誘き出せば手間取ることはない。
 建物の中央に位置するホールなら、広さもあって申し分ないとシュリは付け加えて言う。
 因みに被害者の女子大生は、建物の入り口で倒れているらしい。ただし気を失っているだけなので、敵を倒せば直ぐに目を覚ますだろう。
 敵は遭遇したら一緒に星を見ようと誘ってくるが、どう返答しても戦闘は避けられない。
 少女の攻撃方法は、全身から発する光を星の礫に変えて雨のように降らせたり、大きな星型の光線を放ってきたりする。更には幻想的な星空の幻影を創り出し、見る者を魅了させて相手の意識を取り込もうとする。
 ――人々は古来より、星の輝きに魅せられてきた。
 決して手の届くことはない、見果てぬ遠き世界に夢を抱いた純粋なる想い。だがそれが邪なる悪意によって歪められてしまうのは、到底看過できる事態ではない。
「星を愛でるのは良いことですが……そうした心を利用するのは許すべきではないですね」
 マリステラ・セレーネ(蒼星のヴァルキュリア・en0180)が語る口調は静かだが、強い意思を宿して決意を語る。
 漆黒の紗に覆われた空に視線を向ければ、無数の星が眩い程の光輝を放つ。
 星への想いを穢す悪夢を打ち倒し、再び平和な夜を取り戻せたのなら。夜空を彩る遍く星の競演に、時を忘れて酔い痴れるのも良いだろう。
 見上げる星に祈りを捧げ、シュリは戦いに赴くケルベロス達を見送るのであった。


参加者
夜刀神・罪剱(星視の葬送者・e02878)
エアーデ・サザンクロス(自然と南十字の加護を受けし者・e06724)
愛葉・ナガレ(眠り星・e15470)
スズネ・シライシ(千里渡る馥郁の音色・e21567)
アーニャ・クロエ(ルネッタ・e24974)
葵原・風流(蒼翠の四宝刀・e28315)
遠野・水葵(紡紗星ノ姫・e36300)
フレデリック・コールヤード(静穏モルフィウム・e37264)

■リプレイ


 人々に星への憧れを抱かせ続けてきたプラネタリウム。
 しかしそうした純粋なる夢は、魔女の悪意によって歪んだ形で産み堕とされる。
 廃虚と化した建物に、棲みついたとされる少女の霊。噂通りに投影機の付喪神であるならまだ良かったが。それが人々の夢を喰らう怪物ならば、見過ごすことは到底できない。
「人は死んだらお星様になるって昔誰かが言っていたけれど、そう思ったら少しロマンチックだよな。なんてね」
 暗闇に閉ざされた廃虚の内部を、ライトを照らして捜索するフレデリック・コールヤード(静穏モルフィウム・e37264)。
 先頭に立って足を進める彼の目の前に、一つの扉が現れる。その扉を開いて中に足を踏み込むと、広く開けた場所に辿り着く。
「ここは……どうやらホールのようですね」
 マリステラ・セレーネ(蒼星のヴァルキュリア・en0180)が覗き込むようにしながら中へと入り、ぐるりと周囲を見渡した。
 足元には気を付けてねとフレデリックがエスコートして。敵に奇襲を掛けるべく、二人は入り口寄りの客席に屈むようにして身を潜めるのであった。
「人工の光で満天の星空を作り出し、多くの人を感動させてきたプラネタリウム……。それがこうして廃虚に変わって、噂の元になってしまうのですね」
 移ろう時の流れに取り残された、非情な現実を目の当たりにして。葵原・風流(蒼翠の四宝刀・e28315)は切ない思いで朽ちた建造物を眺めつつ、物陰に隠れて襲撃に備える。
「ここが、噂の星空に連れて行ってお星さまにしちゃう霊がいる所でしょうか?」
 夢喰いは噂話をしている者の近くに寄ってくる。件の少女をこのホールに誘き出す為に、アーニャ・クロエ(ルネッタ・e24974)が想像を膨らませながら話を切り出した。
「星の世界に招くプラネタリウムの少女の霊……ふふ、浪漫ティックね。折角なら一緒に星見をしてみたいわ」
 アーニャに話を合わせるように、言葉を続けるスズネ・シライシ(千里渡る馥郁の音色・e21567)。スズネは少しでも少女に声を届けたいと願い、割り込みヴォイスを用いて噂話に対する思いを語る。
「星の模様のワンピースを着た少女かぁ……可愛らしい姿をしているのでしょうね」
 二人の会話にエアーデ・サザンクロス(自然と南十字の加護を受けし者・e06724)も加わって、噂話に更なる花が咲く。
「星の近くに連れてってくれるなら、ぜひとも会ってみたいものだ」
 少女はいつ来てくれるのだろうかと、愛葉・ナガレ(眠り星・e15470)は自身の手を見つめ。待ち侘びるようにその手を伸ばしかけたが、思い留まり途中で引き戻す。
 ――本当に連れて行かれたら、きっと哀しむだろうから。
 ナガレは自分の手首を見つめ、掌へと視線を移し、想いを繋ぐように握り締め直す。
「……如何なる思いを抱いて、彼女は現れるのでしょう」
 外の光が届かない、室内の暗いホールをペンライトで照らしつつ。遠野・水葵(紡紗星ノ姫・e36300)が様子を伺いながら、入り口の扉の方へとライトの光を向けた時――。
 闇の中に青白く輝く少女の姿を、水葵は目にする。その少女こそ、噂のドリームイーターなのだろう。
 星のワンピースを着た少女は引き寄せられるようにフラフラと、ケルベロス達が集う方に近付いてくる。そして足を止め、 招くようにか細い手を差し出して。
「ねえ――あの星空の向こうに、行ってみない?」
 誘われるが侭に彼女の手を取れば、先に待っているのは星空への片道切符のみ。その手を誰にも掴ませる訳にはいかないと、夜刀神・罪剱(星視の葬送者・e02878)が飛び掛かって奇襲を仕掛ける。
 高く跳躍する彼の姿は、闇夜に煌めく流星の如く。急降下で加速しながら、重力を乗せた蹴りを挨拶代わりに炸裂させる。
「……まあ、お前に対して別に何か恨みがある訳じゃないんだ。ただ何というか……星への想いを汚す真似が気に入らないってだけだ」
 だからどれだけ恨んでくれても構わない。暗視ゴーグルを付けた罪剱の表情は、少しも変わることなく努めて冷静に。ゴーグルの奥の瞳で少女を見据え、ただ討つべきことのみを思考する。


 罪剱の一撃が合図となって、ケルベロス達は一斉に攻撃態勢へと移行する。
 同じく客席に隠れていた風流が駆け寄り、機械仕掛けの剣を携えながら斬り掛かる。
「願いは誰かに叶えてもらうのではなく、自ら叶えるべきものです」
 武器を持つ手を強く握り締め、風流の気迫が剣に伝わり歯車状の刃が回転し、想いをぶつけるように少女の身体を斬り付ける。
「プラネタリウムも本物のお星様も好きだけど、でも生きてる人は連れてっちゃだめだよ」
 飄々とした言動にも芯の強さを内に秘め、フレデリックが剣を床に突き刺し描いた星座が光を放ち、仲間に加護の力を齎していく。
「ごめんなさい……一緒に星を見ても、まだ貴女と一緒に行くわけにはいかないのよ」
 少女に詫びるようにエアーデが、瞑目しながら杖を掲げて念じると。金色の杖の先端から光が弾け、放たれた魔法の矢が少女の肩を撃ち抜いた。
「今夜は星がとっても綺麗ね。だから貴方達にも、この星の素晴らしさを知ってほしいの」
 ケルベロス達に微笑みながら、透き通る声で語り掛けてくる星導の少女。彼女が片手を真上に突き出すと、何もない筈の空間から銀色の光が瞬いて、雨のようにエアーデ目掛けて降り注ぐ。
 だが彼女の前にアーニャが光の翼を広げて飛び込んで、星の礫を身を挺して受け止める。
「夜空に鏤められた星々は、確かに綺麗ですけど……。でも、誰かを連れてくような真似はさせません!」
 月の女神の力を宿した杖から、激しい稲光が迸る。アーニャは雷を我が身に纏って荒療法で傷を修復し、眠れる力を活性化する。
 その彼女の背後から、不意に一つの影が躍り出る。スズネが敵の僅かな隙を突き、白塗りの槍を振り翳して間合いを詰める。
「ふふ、見惚れているところ悪いけど、脇が甘いわよ」
 槍に施した沈丁花と竜の意匠が優雅に舞って、稲妻を帯びた刃から繰り出される突きは、少女の脇腹を抉るように貫き穿つ。
「君と見たいと思ったのは、ほんとうだ。うそじゃないし、だましてもいない」
 ナガレが心の底から抱く感情は、おそらく少女に近い部分があるのだろう。だからこそ、彼女をこの手で討ち取らなければならないと。初めて前に立って戦う重圧感も力に変えて、手にした杖に魔力を注ぐ。
 凝縮された魔力の塊は、一条の閃光となって雷鳴轟かせ、一直線に少女を狙い撃つ。
「愛しき旋風よ、声に応えよ、彼らの命を紡ぎ、そして恩寵を与え賜え……」
 水葵が紡ぐ言の葉に、誘われるように一陣の風が吹き抜ける。精霊が彼女の祈りに応えて想いを運び、仲間を護る風の結界を巻き起こす。
 静謐なる空気に満ちた夜の霊力を、刃に纏わせながら罪剱が断罪の鎌を振り上げる。
「……まあ、安らかに眠れば良いさ」
 少女の生は夢喰い魔女が与えた紛い物でしかなくて。その偽りの生命を終わらせようと、冷たい刃が少女の身体を無慈悲に斬り裂く。
 敵に反撃の隙を与えるわけにはいかないと、風流が間髪を入れず追い討ちを掛ける。
 嘗て宿敵だったシャイターンの少女の名を冠した日本刀。刃を鞘に納めて魔力を込めて、蓋をするかのように圧縮させた力を抜き放つ。
「抜き放たれた光の刃は――獲物を追いひた走る」
 風流の手から離れた刃は、旋回しながら弧を描き、狙い定めた少女を逃さず追い詰め斬り刻む。
「へい! ボス! パス! そしてそのまま――プレゼントフォーユー!」
 フレデリックがミミックの『ボス』と息の合った連携を見せて、攻勢に出る。宝箱の口の中から薬品の瓶を受け取り、そのまま投げ飛ばすと――割れた瓶から飛び散る液体が、少女に掛かって彼女が放つ光を掻き消していく。
「さぁ、そろそろ夜明けね。いい子だからもうおやすみなさい……」
 エアーデが別れの言葉を告げながら、星の力を杖に集めて自身の魔力を増幅させる。
「――白銀の十字よ。その聖なる光に基づき、審判を下せ」
 杖に込めた力は、彼女を守護する南十字星。白銀に輝く十字の光が、少女の歪んだ想いを祓うが如く、終焉の時を刻み込む。
「少し名残惜しいけど……一夜限りの宴を最後まで、一緒に心行くまで愉しみましょう」
 沈丁花が仄かに薫る白地の単衣を翻し。スズネが軽やかに舞うかのように脚を繰り出し、星が跳ねるような華麗な蹴りを見舞わせる。
 畳み掛けるようなケルベロス達の猛攻に、星の少女は力を削がれ、その姿は朧気に霞んで消えかけていた。
「……まだ夜は明けていないから。貴女には、とっておきの星空を見せてあげる」
 命が潰えるその前に。少女は最後の力を振り絞るように全身を輝かせ、明滅する光と闇がスズネの視界を眩ませる。
 突然景色が閉ざされて、暗澹とした空間だけが広がっている。そこに銀色の明かりがふわりと灯り、天も地も全てが星で埋め尽くされて。射干玉色の髪が闇に溶け、意識は星の揺り籠の中に囚われてしまう。
「そこから先に行っては、いけません……!」
 少女の星の幻影を、眩しく輝く月のオーラが一瞬にして打ち消した。アーニャの祈りを込めた慈愛の光が、スズネの目を覚まして現実世界に引き戻す。
「――貴女の葬送に星は無く、貴女の墓石に祈りは不要」
 星へ導く少女の想いは、永遠の夜の中へと閉じ込めて。夢は夢のまま、歪んだ悪夢に終焉を。少女の死出の旅路の餞に、罪剱が星の力を宿した剣を振り下ろす。
「後は任せましたから……確り決着を付けて下さいね」
 魔導書の頁を紐解きながら、水葵が禁断の魔術を行使する。詠唱されし呪文はナガレの秘めた力を覚醒させて、常軌を超えた魔力がうねりを上げて解き放たれる。
「これでもうお別れだけど……ねえ。星になったら、また会おう――」
 ナガレの周囲を渦巻く魔力の奔流が、形を成して顕れる。それは星空色の大鯨となって、星見の少女に向かって大きな口が開かれる。
 己が儘に星を喰い尽くす、暴食の化身。巨大な口で少女を瞬く間に呑み込むと、眼前の星は光を失くして砕け散り――戦場と化したプラネタリウムに、再び静かな夜が舞い戻る。


 昏い廃虚の中から外へ出た瞬間、夜空を彩る満天の綺羅星がケルベロス達を出迎える。
 見渡す限りの自然の星空は、人工的な星とはまた異なる感動がある。風流はそれぞれの星の違いを考えながら、暫しの間佇むように仰ぎ見る。

「……決して手の届くことない星への祈り、か」
 緋色の瞳に星を映して夜空を見上げ、罪剱はそこに少女の星がないかと視線を泳がせる。
 二度と戻って来れない星空に人を連れて行くのではなく、自身が星となって空から人を導き照らしてくれたらと――。
 表情は変えずとも、心の中で密かに願う罪剱の傍らで、マリステラが鎮魂歌を口遊む。
 星を愛する少女の手向けの歌が、風に流れて夜空に添えられて。心優しい旋律に、罪剱は黙って耳を傾けた。

「本当に綺麗な星空ね。折角だから、星見しながらお茶会でもどうかしら♪」
 用意してきたお菓子とお茶を取り出して、スズネが笑顔を浮かべながら呼び掛ける。
 誘いを受けたマリステラは嬉しそうに顔を綻ばせ、スズネがどうぞと差し出すお茶を手に取って、穏やかなひと時を楽しむのであった。
 ――あの少女もきっと空に輝く星となり、一緒にこの時間を過ごしてくれているのだと。

「ほら……! ティナ! あの星とっても綺麗だね!」
 相棒のウイングキャットを抱きかかえ、アーニャは空を見ながら一つの星を指差した。
 空一面に煌めく星の海。心が吸い込まれそうになる光景に、思わず息を呑み込んで。
 夜空をなぞるように伸ばした指を動かして、星同士を線で結んで星座を描く。
 もしもあの星に近付けて、その向こうの世界を覗けたら――。
 そんな風にアーニャは考えながら、感嘆の溜め息ばかりが口から漏れる。
 星空ってすごいよね――そう呟くヴァルキュリアの少女は青い瞳を輝かせ、心は星の彼方に想いを巡らせる。

 星は『生』ある者には、夢と希望を与えるものであり。
 永遠の眠りに就く者には安らぎを与えるのである。
「だから決して、『生』あるものを『死』に誘うものではないわ」
 静寂に包まれながら星を眺めるエアーデは、切ない想いに駆られて感傷的になっていた。
 星へ導こうとしていたかの少女。彼女は今どんな気持ちで、眠りに就いているのだろう。
 淡い星の光に照らされる、十字架のネックレスを掌でそっと包み込み。その死を悼むようにエアーデは、願いを込めて祈りを捧ぐ。
 優しく輝く星達よ。どうかこれからも、この地球を見守って――。

 フレデリックはぼんやり星を眺めては、やっぱり遠いものだと距離を感じつつ。
 人は死んだら星になる。そうだったら良いなと願望し、でもおそらくそうではないと、すぐに諦観させられて。
 もしも自分が死んだ時、星になったと思ってくれる人がいてくれるなら。それはそれで幸せかもしれない。
 今まで置いていかれることは沢山あったけど、置いていく側の身は、どんな思いでいたのだろう。怖いもの知らずでいた君は、どれ程怖さを感じていたのだろう――。
 一人物思いに耽るフレデリックの表情は、どこか憂いを帯びていて。
 星を掴むつもりはないが手を伸ばし、心の中の自分に語りかけるように呟いた。
「……俺はまだ、そこには行かないよ」

 廃虚に凭れるように夜空を見上げるナガレに対し、星が綺麗ですねと水葵が囁いて。常に変わらぬ自然な仕草で隣り合い、積まれた瓦礫の山に腰掛ける。
 他愛もない挨拶にも返事はもらえなかったが、それが彼女なのだと得心し、二人の間に流れる不思議な空気を楽しんだ。
 そして構わず独り言ちるかのように、水葵は言葉を続けて紡ぎ出す。
 ――貴女にとって、星は何ですか?
 唇から零れたその一言は、寧ろ自分に向けた問い掛けだったのかもしれない。
「……命。あの子と大差ないよ」
 遍く星の一つ一つは、ナガレにとっては『誰かの命』にしか見えない。
 瞳に映る光の群れは、地上から天上へ、命が移って場所を変えただけ。
 だからあの『少女』が特別おかしいなんて、とても思えなかった。
 もしも願いが叶うなら、彼女と星を見ながら語らいたかった、と。
 けれでもあのドリームイーターは、人々の好奇心から生まれた存在だ。
 そういう意味では誰しもが、同じような想いを抱いて生きているのだろう。
「……皆、平等なのですね」
 彼女と逢って初めて聞けた回答に、自分も一緒なのだと言われたようで。
 そのことが水葵にとっては妙に嬉しくて、頬を緩ませ小さく微笑むと。
 気紛れで答えただけのつもりのナガレも、何だか心が擽ったくなって。
 空から射し込む淡い光がいつも以上に心地よく。
 優しい星が満ちる世界に、束の間の安らぎを感じるのであった――。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 2
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。