幻散るは、桜か百合か

作者:のずみりん

 廃棄物処理場にて、身体と力を手に入れたダモクレスは心なしか怯えてみえた。
「全て片付けたら、お母さまがおいしいおはぎを作って差し上げますから……さぁ、どこですか……私を、殺した子は……?」
 血に汚れた着物に黒炎と白百合を絡ませ、鎌を振り上げた祝部・桜(玉依姫・e26894)の幽鬼が如き様相に、ダモクレスは即座に手に入れた力を行使する。
「あなたですか……あなた、あなた……私、ワタシ、私を殺した……!」
 光の障壁をあっさり切り裂き、桜は奥の仇敵へ手を伸ばす。手を伸ばした先に見えたものは……自分?
「お母さま……わた、わたし……お母……わたしは……誰……」
 戸惑いと狂乱が色を増し、滅茶苦茶に振り回される黒き刃が疾風怒濤に蹂躙する。
 修羅か、死神か。右手薬指に光り続ける指輪の『双葉』の輝き、残された衣装がなければ判別すら危ういほどに傷つき、変わり果てて。力尽き、燃え尽きるまで暴走は止まらない。
「お母、さま……いい子で、待って……」
 長い死の舞踏が終わる。
 ダモクレスは傷ついたボディの映写機を消し、ゆっくりと桜の身体に近づいた。
 螺旋忍軍大戦強襲で暴走後、行方不明になっていた祝部・桜(玉依姫・e26894)が発見された。
 リリエ・グレッツェンド(シャドウエルフのヘリオライダー・en0127)は集まったケルベロスたちに告げると、確認された予知と状況を説明する。
「三重県、伊賀市郊外の廃棄物処理場に廃棄家電のダモクレスが出現する余地があったが……そこに桜の姿が見つかった。ディザスター・キングに挑んだ後もさまよい戦い続けていたのか……ともかく、作戦は一刻を争う」
 彼女は出現した廃棄家電のダモクレスへと襲い掛かるが、相性が悪く、倒しきる力は残っていない。
「今から急げば、桜が殺される前……戦闘不能になった直後には辿り着けるだろう。彼女を救出し、ダモクレスを倒してくれ」
 幸いというべきか、ダモクレスは桜との交戦で少なからず傷ついている。同種のデウスエクスと比べ、幾分か楽には戦えるだろう。
「敵は廃物家電、大型プロジェクタが変化した『怪プロジェクタ』とでもいうようなダモクレスだ。こう、巨大なプロジェクターに虫のような足が生えたのを想像してもらえればいいか……」
 ダモクレスはその見た目通り、身体から放つ光や映像による攻撃、防御を行う。マインドシールドのような光の壁や、コアブラスターに匹敵する破壊光線、そしてトラウマを呼び起こす幻像。
 ジャマーのポジションにあった、トリッキーな戦いを得意としている。
「幻像は状況や相手に合わせて姿を変えられるようだが、効果は一緒だ。原理は違うが、効果はサキュバスの『トラウマボール』に近い」
 直近の脅威であった桜や、また挑んでくるケルベロスの姿なども使用してくるかもしれないが、見た目に惑わされないようにと、リリエは忠告する。
「暴走している桜だが……救出できればケルベロスとして回復は可能だろう。抵抗される事はないだろうが、得られた情報では自分を見失っているようなそぶりが見られた」
 もし余裕があれば救出の際に言葉をかけ、力になってやってほしい。そっとリリエはつけ加えた。


参加者
ジャミラ・ロサ(癒し系ソルジャーメイド・e00725)
オズワルド・ドロップス(小さきグランシャリオ・e05171)
ヴィンセント・ヴォルフ(銀灰の隠者・e11266)
サフィール・アルフライラ(千夜の伽星・e15381)
アーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)
マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)
フィオナ・オブライエン(アガートラーム・e27935)
豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)

■リプレイ

●其は桜か、百合、幻か
「お母、さま……いい子で、待って……」
 ダモクレス『怪プロジェクタ』の身体が祝部・桜(玉依姫・e26894)に近づいていく。
 ダモクレスに感情がないのなら、それは強敵への確実な止めを求めてだろうか? 光学兵器と化した大型怪プロジェクタのレンズが照準を絞った、まさにその時。
「そこまでだ」
 フィオナ・オブライエン(アガートラーム・e27935)は降下した勢いのまま、転がるようにぶち当たる。ともによろける身体を突き立てた『Sloj』で支え、星辰の結界を展開。
 託されたダマスカスの新月刀から放たれる輝きに導かれるように、ケルベロスたちは集結した。
「いくよ、王様。王子様の露払いだ」
「フッ」
 ウイングキャット『キアラ』の気品ある翠眼に一瞥され、ヴィンセント・ヴォルフ(銀灰の隠者・e11266)は、はっと心を取り戻す。
「ミス・祝部の安全を確保。治療を開始……なのですが。古人に曰く『病は気から』で、あります」
「……絶対に、桜を守る」
 以心伝心。みなまで言うな、とヴィンセントは頷く。傷ついた桜へと『ウィッチオペレーション』を施すジャミラ・ロサ(癒し系ソルジャーメイド・e00725)の粋に応え、彼はその身を守る盾となる。
「……ギ……!」
 だがそれが愛しい者たちの再会であっても、ダモクレスにとって手を緩める理由にはならない。体勢を立て直し、反転。絞り込んだ光が放たれる。
「SYSTEM COMBAT MODE……『RED EYE』 ADJUSTMENT」
 だがそれはケルベロスたちも承知の事。割り込むマーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)は、修理された肩部装甲『HW-13S』で一撃を流し、半身を戻しざまに閃光を叩き込む。
「! !! !?」
「お前の相手は私たちだ。空に流れる星が如く……墜ちよ、侵略者よ」
 光線の波長が攻撃衝動を刺激、優先目標を力づくで切り替えさせる。
 よろよろと照準したダモクレスを、タイミングを合わせて撃ち抜くサフィール・アルフライラ(千夜の伽星・e15381)のスターゲイザー。
 少女とダモクレス、双方の間にケルベロスたちは防衛線を引くように布陣する。
「桜さん……こんな姿になるまで戦ってたなんてね……」
 オズワルド・ドロップス(小さきグランシャリオ・e05171)は後方、未だ力なくもがく桜を見やり、改めて星辰の双剣に力を込める。その彼……皆の姿は、桜と付き合いの長くない豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)でも心にくるものがある。
「やれやれ……一人で何でも背負い込まれちゃ、たまらないよ」
 絶望的な指揮官ダモクレスとの決戦。選べる道はそれしかなかったのかもしれないが、それでもだ。
「あの時の戦いは、まだ終わってない……みんなで生きて帰らなければ、終わりじゃない……!」
 アーニャ・シュネールイーツ(時の理を壊す者・e16895)のアームドフォートが火を噴き、ダモクレスをけん制する。
 彼女もまた桜の暴走に助けられ、命からがらで戻った一人……そしてそれは姶玖亜も同じ。命を懸けて助けられた側、残された側だから背負ってしまう重荷はある。
「心配させたお仕置きだ、みんなにおいしいものでもおごってもらおうか?」
 オウガ粒子の輝きが薄暗い廃棄物処理場を照らし、『セレスティアル・ベル』の銃弾が、這い出したダモクレスを鋭く撃った。

●幻と猟犬
 巨大なプロジェクタがバチバチと火花を散らす。剥がれ落ちた外装には、ざっくりと刻まれた大鎌の傷痕……傷つき倒れた桜だが、その最後の猛攻は勝者の側にも少なくない痛手を負わせている。
「シトラス! ガブリング!」
 よろめく隙を逃さず、オズワルドはミミック『シトラス』にその足を喰らいつかせる。
「閃光は逃がさない――突き上がれ、光よ」
 動きを止め、すかさずの『制裁の晄』地よりから伸びた青き光柱は、剥がれた外装の穴を正確につく、と思われた。
「うぉっ、まぶし……であります」
 言葉と裏腹、全く動じた様子もなくジャミラは閃光に目を細める。怪プロジェクタの展開した防御スクリーンが間一髪、グラビティを弾き拡散したのだ。
「WARNING WARNING」
 マークのアラートが響く。目の前には歪な影。ダモクレスが再生したのは直近最大の脅威、今は介抱されているはずの少女。
「いかせ、ない」
 焦点を結んだ姿に、身を挺しヴィンセントが立ちふさがる。『Grimm・coat』の魔術防御を、漆黒の鎌が裂く。
「気持ちはわかるが、無謀は駄目だからな……!?」
 サフィールの呼びかけに頷くヴィンセントだが、その目は虚空を焦点している。彼の前には既に一撃と別の、彼にしか見えないトラウマが姿を見せていた。
「さく、ら……ごめん……」
 幻影を盾に押しとおろうとするダモクレス。立て続けに襲い掛かる幻影の桜をいなすように、フィオナの相棒が豊かな翼を翻す。
「王様、頼むよ!」
 剣とか間が切り結ぶ瞬間、すかさず『Dreige』が追おう右腕を叩きつけ跳ね飛ばす。羽ばたきが起こす正常な風がなければ、彼女らも危なかった。
 その力も、既に受けたヴィンセントを救い出すことはできない。
「気をしっかり! ……ここは通しません!」
 呼びかけながら、アーニャは自らの機能を解放する。彼女もまた、助けられた命を癒し、再び戻ってきた一人。
「時よ凍って……! テロス・クロノス!」
 アーニャの周囲で時間が静止する。全てが凍り付いた世界をゆっくりと進み、角度を計算。発砲……敵の障壁と防御レンジはオズワルドが先ほど見せてくれた。
「これ以上、桜さんたちに指一本触れさせはしない」
 タイムアウト。その言葉は聞こえたかどうか、殺到する銃砲弾とミサイルの雨が怪プロジェクタをめくりあげ、ひっくり返した。

●花散る前に
「ENEMY COMING……WARNING……WARNING……!」
「そっちも喰らっちゃったか……持ち堪えてよ、マーク!」
 見えないトラウマにうなるマークを横目に、姶玖亜は御業を怪プロジェクタへと叩きつけた。
 ジャンクの山に叩きつけられ、傷と汚れだらけのダモクレスだが、その能力は決して衰えていない。いやはや、メーカーに過剰品質を問いただしたくなる頑丈さだ。
「あのバリアとトラウマが問題だな……ジャミラ、頼めるか?」
「OK牧場、であります」
 サフィールの問いにジャミラは死語を重ねて応える。彼女のポジションと技は一気に状況を逆転できる可能性を持つが、そのしわ寄せが回復にいく。
 一手……二手は自力で耐えなければなるまい。
「この身、まだ流れ星と消えるには早い……!」
 魂の『シャウト』で、サフィールは襲い掛かりかけたトラウマと傷を吹き飛ばす。効果薄とみたか、怪プロジェクタのレンズ絞りが不規則に動き攻撃を変えた。
「まだ耐えられる……お前なんかに!」
 幻影から集束、かく乱から火力。支援の衰えた瞬間に喰らえばひとたまりもない。銀の雷杖の放電を自らに叩き込み、フィオナは自らを鼓舞し、耐える。
「一緒に行けなくて、すまない……だから……は……」
 仲間たちの奮闘に力を借りるように、苦しむヴィンセントの声が張りを増した。
「迎えに来た……みんなで……今度の、ために……」
 静かだが、力強い声。トラウマを吹き飛ばしたオーラの輝きがブラスターを跳ね返す。そして二つのエネルギーの衝突が生み出した閃光の中、鳥は飛び出した。
「座標上にフィールド展開完了、支援機射出。『Nの揺籃』お待たせであります」
 迎えに来た仲間と挑んだ強敵との戦いから着想された力、癒しと破剣の力を散布するジャミラの支援機が空を舞う。
「……よしっ、これなら」
 星霊札を手にしたオズワルドが確かな力に快哉をあげる。
「一気に終わらせる!」
 シトラスの作り出した武器と共に、叩きつけられた星辰の剣。ダモクレスの投影する防御スクリーンがパリンと十字に砕け散った。
「CONDITION RECOVER」
 時同じく、マークのセンサーが平常を取り戻す。ジャミラがメディックを務めることで、『Nの揺籃』は仲間たちの状態異常を一気に癒す、治療以上に強力なヒールグラビティと化しているのだ。
「いけますか?」
「NO PROBLEM」
 そっけない戦闘機動の返事だが、アーニャには何処かマークの声が軽く感じられた。ディザスター・キングとダモクレスへの因縁、少しだが目の前のデウスエクスにも返させてもらうとしよう。
「フルブラスト!」
 対照的な二人のレプリカントの声がぴたりと重なり、発砲。
 ライフルから放たれた二種の閃光がプロジェクタを凍結させ、必殺の武器を封じ込める。
「思うさま、喰らえばいい」
 そして蹂躙。ヴィンセントの裡に潜む白き『貪り喰らう獣』は具現化され、穿たれたダモクレスの傷痕へと突き進んでいく。
 追い縋り、切り裂き、怪プロジェクタの身体は引き裂かれ、その動きを遂に止めた。

●心残りを終わらせに
 誰かの声がした。
「……本機、こう見えて大切な者が帰らない悲しさは知っています……」
「もう、あなたがそこまで頑張る必要はないんだよ……! みんなも千羽鶴折って、帰って来るの待ってる……王子様だって……」
 痛みを伴う癒しが、失った意識をまどろみへと引き戻す。声はジャミラ……フィオナもだろうか?
「そう……それじゃあ……お母さまが……守らないと……」
「違う……そうじゃない……そうじゃあないんだ」
 上げようとした手は優しく抑えられた。
「サフィール……さん……?」
 なぜ私を知っているのだろう? なぜ私は知っているのだろう?
「私には桜さんがどんな気持ちに囚われているのか、お母様の事を、前の事を察する術を持たない……けれど言うよ。今、此処にいる皆だけじゃない、沢山の人達が桜さんの帰りを待っているんだ」
 とても大きな事なのだろうと、それは想像する他ないから。だから今と未来を呼びかける……静かな誇り高い少女の声が、桜の心をかき乱す。
「さく……私……わた、私は……?」
「桜はおかあさまじゃ、ない」
 身じろぐ身体。その時、桜は暖かく寄り添うものに気づいた。
「桜の母親のことは何も知らないけど、桜は桜だ」
 それは、その人は、はっきりと言った。目を覚ます前から、ずっと傍にいてくれたのを桜はわかった。
「オレが誰だか、わかる?」
「……はい」
 触れ合う重なり合う手と手、指と指で双葉のペアリングが重なり合う。四つ葉のクローバーを分けたペリドットの双葉は二人で贈りあったもの。
 どこか欠けている二人が、揃えば一人前になりますようにと願いを込めて。

「王子様の願いはどうやら、叶えられたようだね」
「大丈夫、みんな無事だ。アーニャもいる、みんないる」
 姶玖亜の軽口が、武骨なマークの声が桜とヴィンセントを囲んでくれる。
「ただいま……おかえり、なさい」
 ぎこちなくヴィンセントが告げる一つ終わり。
 オズワルドは戦いと心配の終わりに、欠伸を漏らして伸びを一つ。
「……さ、帰ろう。寂かった日はこれで終わりだよ」

作者:のずみりん 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 5/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 6
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