鎌倉ハロウィンパーティー~パイ投げパーティー!

作者:遠藤にんし


「いいなぁ、ハロウィンパーティー……」
 地味な服装に身を包んだ女性は、自宅で一人つぶやく。
 部屋には甘い香りが漂っている。オーブンの中で焼いている途中の、パンプキンパイの香りだ。
 鎌倉市で大規模なハロウィンパーティーがあることを彼女は知っていた。ぜひとも参加してみたいとは思っているのだが、華やかな空間に気後れしてしまって、参加を決意することが出来ない。
 オーブンが賑やかな音を立てるのを聞いて、彼女はパンプキンパイを取り出す。
 ふっくらと膨らんだパンプキンパイからは甘く美味しそうな香りが漂っている。お菓子作りは、彼女の趣味であり特技だった。
 このパイを持って、ハロウィンパーティーに行けたら……彼女がそう溜息をついた時。
「その夢、叶えて差し上げます」
 どこからともなく、何者かの声がした。
「えっ?」
 女性は声の方を向こうとしたが、意識を失い倒れ込む。
「ハロウィンパーティーに参加する夢、叶えて差し上げます。心の欠損を埋めるのです」
 女性の横には、赤く染まったコック服のドリームイーター。
 モザイクがかった手には、パンプキンパイの乗った皿があった。
 
 藤咲・うるる(サニーガール・e00086)の調査により、日本各地で暗躍していたドリームイーターが鎌倉のハロウィンパーティーの会場に出現することが分かった――黒瀬・ダンテはそう説明を始める。
「ドリームイーターにパーティーを台無しにされないためにも、パーティーの開始直前までにハロウィンドリームイーターを撃破して欲しいっす」
 ダンテはそう言い、皆に頭を下げる。
 ハロウィンドリームイーターは、その名の通りハロウィンパーティーが始まると共に現れる。
「皆さんには、ハロウィンパーティーが始まる前に、パーティーが始まったかのように振る舞ってもらいます」
 そうすれば、ハロウィンパーティーの前にハロウィンドリームイーターをおびきだすことが出来る。
 ハロウィンパーティーの前にハロウィンドリームイーターを撃破すれば、ハロウィンパーティーを守るという目的は達成できるだろう。
「攻撃は、手元のパイを投げて行うっすけど、能力等は普通のドリームイーターと変わらないっす。あと、パイは自然に補充されるみたいっすね」
 このハロウィンドリームイーターは、撃破するとカボチャの飾りに変化してしまうという。
「撃破された後のハロウィンドリームイーターはただの飾りで、何の力も持たないっす。それを使って、ハロウィンパーティーの会場をもっと華やかに飾ることも出来るかもしれないっすね!」


参加者
ロードライト・レギオン(金輪奈落・e00880)
スレイン・フォード(シンフォニックガンシューター・e00886)
桜乃宮・萌愛(オラトリオの鹵獲術士・e01359)
日輪・稲子(元気処方箋・e05271)
アディアータ・リンディ(鹵獲魔女・e08067)
シリウス・アルマー(ブレイジングハート・e08238)
サージェット・グリングラム(焔立ち昇る鉄腕・e12087)
花見月・海音(連翹の花言葉・e13538)

■リプレイ


 シリウス・アルマー(ブレイジングハート・e08238)は無人のパーティー会場にキープアウトテープを貼り、看板を立てて一般人が入ってこないように対策する。
 ケルベロスの誰よりも早く会場入りしてパーティーの飾りつけをしていたのは日輪・稲子(元気処方箋・e05271)。作業を終えた稲子は、皆の方をくるりと振り向いた。狼の着ぐるみから覗く瞳を爛々と輝かせながら、稲子は声を上げる。
「パーティーの始まりですよーっ!!」
 同時に鳴り響くのはスレイン・フォード(シンフォニックガンシューター・e00886)による電子オルガンの演奏だ。
 到着前にインターネットで検索し暗譜してきた曲にはミスもなく、アレンジもない。仏頂面に仮面をつけたスレインは、演奏の合間に腕にまとわりついたローブを邪魔にならないように整える。
 スレインが集めてきたビラの中から、どんな仮装が良いかを選んだのは同居人。淡々とオルガンの上に指を滑らせるスレインとは違い、花見月・海音(連翹の花言葉・e13538)は本気でパーティーを楽しんでいた。
「撮るよー!」
「きゃっほー!」
 狼男の海音と狼少女の稲子は並んでピース。
 アラビアのお姫様といった装束のアディアータ・リンディ(鹵獲魔女・e08067)は踊りながら二人の間に入って写り、うきうきした足取りで壁に掛けられたジャックオランタンに火を灯す。
「戦闘前に腹ごしらえはいかがですか?」
 ロードライト・レギオン(金輪奈落・e00880)に声をかけられ黒い布とかぼちゃの被り物でジャックオランタンの仮装をしたサージェット・グリングラム(焔立ち昇る鉄腕・e12087)が向き直れば、そこには山のような肉料理。瞠目するサージェットを、ロードライトは静かに誘う。
「軽く食べておきましょう」
 ねじ飾りをつけたロードライトの持参した料理は数も量も多い。どれを食べようかと迷うサージェットの横、ロードライトは手にした皿に肉を盛っていく。
 ローストビーフにミートパイ、フライドチキン、ベーコン、ミートローフ、豚の角煮や油淋鶏もあり、そして肉料理以外のものは見当たらない。
「か……軽く、な」
 白衣に肉汁を散らせながら一心に肉を食べ続けるロードライトに気圧されつつ、サージェットは豚の角煮をつまむ。
 口の中で柔らかく溶ける角煮にサージェットは白米が恋しくなるが、ロードライトは肉料理しか持ち込んでいないようだった。
「お菓子よこせー、さもなきゃイタズラす――」
 海賊衣装のシリウスは言いかけてから、自分が大量にお菓子を持ってきていることに気付く――そこに近付くのはデビルガールに扮した桜乃宮・萌愛(オラトリオの鹵獲術士・e01359)だ。
「トリックオアトリート」
「……って俺される側じゃねーかぁー」
 シリウスの持参したお菓子を萌愛は受け取り、海音からもらったかぼちゃプリンを二人で分け合う。
 スレインがハロウィンのムードを盛り上げる中、ケルベロスたちはしばしの楽しい時間を共有する。
 紫色の衣装を纏うアディアータがターンすると、アクセサリーがぶつかり合ってシャラシャラという忍び笑いにも似た音を響かせる。その時誰かにぶつかりそうになり、アディアータは素早く体を翻らせた。
「あら、ごめんなさい――」
 言いつつそちらを向き、アディアータは目を見開く。
 そこにいた者の衣装はアディアータの瞳ほどに赤く染まったコック服――袖から覗く手首はモザイクに覆われ、手の上に載っているのはパイ。
「ねえ!」
 叫ぶアディアータが腕を伸ばすと、猫の形を取るファミリアロッドが現れる。
「いいニュースと悪いニュースがあるの――いいニュースはこのパーティーは大成功するって事!」
 スレインは演奏を止め、感情の乏しい目をコック服のそれに向け。
「悪いニュースは貴女はあたしたちに倒されるって事よ」
 サージェットのアームドフォートを構える両腕から、地獄の炎が噴き上がる。
「――ドリームイーターちゃん!」
 声と共に、アディアータは魔法の矢を射るのだった。


 ひゅん、という風切り音はドリームイーターがパイを投げる音。
「お約束の顔面パイならいつでも準備出来てまぶぉへっ!?」
 シャーマンズカードを掲げて楽しそうな稲子の言葉は顔面にパイを受けたことで途切れてしまう。
「ちょ、ちょっと待って下さいこういうのはまず注目を引いてかふぉぐッ!?」
 パイまみれになった稲子の顔面に追いうちがかかり、稲子の首から上はもう何が何だか分からない有様である。
 萌愛はその様子にびっくりした表情を作っていたが、すぐにきりりと真剣な表情に切り替えて御業を召喚する。
「パイを投げるなんて、食べ物を粗末にする者に未来はないっ!」
 怒りと共に放たれた御業がドリームイーターを鷲掴みにすると、手にしたパイがべしゃりと地面に落ちて潰れた。
 海音は雷の壁を生成しながらも初めてのパイ投げパーティーに興味津々、片手にライトニングロッドを持ちながら、もう片方の手に持った改造スマートフォンで稲子の顔面を激写する。
 ごろり、床を転がったのはサージェットの作りだしたミサイルポッド。ドリームイーターの足元でそれらが炸裂すると、パイ生地の焼ける良い香りが漂った。
「おいでなすったか、なら行くぜ」
 言葉と共にシリウスはバスターライフルから膨大な魔力を吐き出す。魔力の輝きを受けて、海賊帽のドクロマークがキラリと輝いていた。
 流星の煌めきが辺りに満ちるのはスレインのスターゲイザーのため。ローブの裾が大きく広がったが、それをパイが汚すことはなかった。
 次にドリームイーターが狙ったのはアディアータ。しかしドリームイーターがパイを手に振りかぶった瞬間、海音がそのパイを顔面に受け止めていた。
「っはは! べちゃべちゃになっちゃった!」
 海音はどこか楽しそう。ずり落ちた眼鏡をかけ直そうとしたが、パイのべっとりついた眼鏡はもう使い物にならなくなっていた。
 ドリームイーターがさらにパイを投げると、ロードライトは空中でそれをキャッチ、その手をドリームイーターの顔面に叩きこむ。
「叩き潰します」
 モザイク頭にロードライトの手とパイが喰い込み、そのままパイまみれの地面にドリームイーターは顔から落とされる。
 稲子、海音、そしてドリームイーターの顔は、パイのせいでぐちゃぐちゃになっている――それを見て、ロードライトは表情を変えないまま小首を傾げ。
「二人とも、今日はそんな仮装でしたっけ」
 そんなことを呟くのだった。


 広々とした会場を震わせるのは、サージェットの斉射だ。
 間断なく撃ち込まれているがゆえに広がる弾幕をかいくぐるのは至難の業。萌愛の御業によってただでさえ身動きが取りにくくなっていたところに弾幕を張り巡らされ、ドリームイーターは立ち尽くすほかない。
「さ、今回は特別仕様と行こうじゃないかっ」
 うきうきとシリウスはパイを手に取り、地獄の炎でほかほかに温めてからドリームイーターに投げつける。
「パイ投げって大好きなのよねー!!」
 アディアータも思いっきりパイを投げ、投げ、トラウマボールで攻撃し、パイを投げ、投げ、投げる。
 赤いコック服の色が分からなくなるほどパイだらけになったドリームイーターは怒りを覚えてか、攻撃を乗せたパイを四方八方に投げつけだす。
 パイで顔面が埋もれているせいでコントロールはめちゃくちゃ、ほとんど当たるわけがない。それでもそのうちの一つが萌愛の顔をかすめ、萌愛の首筋を汚した。
「もうっ……嫌!」
 戦闘が始まると同時に表出させていたオラトリオの翼を大きく広げ、怒りをあらわにする萌愛。つい手近にあったかぼちゃのランタンを手に取って、ドリームイーターに投げつけてしまう。
 かぼちゃのランタンはドリームイーターの頭部に見事ヒット――しかし体の上に分厚く塗りたくられたパイのクリームのせいで、ランタンがドリームイーターの頭部から落ちることはない。
「今真っ赤に焼いちゃるけんのォ! パイらしく焦げてなさい!!」
 稲子の熾炎業炎砲が狙うのはドリームイーターの頭部にあるかぼちゃランタン。頭に乗せたりんごのように格好の的となり果てたかぼちゃランタンに炎弾が集中し、ドリームイーターの頭部がぶすぶすと黒い煙を上げていた。
 弾幕の途切れた一瞬のうちにドリームイーターは会場を駆けて海音に肉薄、海音の脇腹にパイを叩きつけ、ぐりぐりと脇腹にパイを揉み込んでいく。
「ちょ、ちょっと待って、くすぐったい……!」
 パイを叩きつけられたことによって受けたダメージより、揉み込む動作――くすぐるような指の動きによるダメージの方が海音には深刻。ドリームイーターのパイによるくすぐり攻撃に、海音はもうなすすべもない。
 ロードライトは大ぶりの鉄塊剣を持つ右手を振り下ろし、ドリームイーターに苛烈な一撃を叩きこむ。ドリームイーターは抵抗しようとパイをロードライトに押しつけようとするが、ロードライトはパイごとドリームイーターを一閃した。
「スレインさん、お願いします」
「ああ」
 魂を喰らわれたドリームイーターはいまだ海音に追いすがっている。ロードライトと短い言葉を交わした後、スレインは二者の間に割って入ってリボルバー銃の先をパイに埋める。
「解体する」
 端的な呟きに、パイ、そしてそれを持つドリームイーターの体が冒されてゆく――パイは細かなモザイクへと変わって消滅し、しかし次の瞬間にはパイが手元にあった。
(「不思議な光景だ……原理が分からない」)
 考えながら、スレインは投げられたパイをすんでの所で避けるのだった。


 飛び交うパイはドリームイーターが投げているものか、それともアディアータやシリウスの投げているものか。
 それは分からないがこれだけパイの行き交う戦場において、パイを避けて戦うことは不可能であると言っても良い。
「もうお腹いっぱい? そんな事ないわよね? どんどん食べて頂戴!」
 パイ投げの合間に攻撃をしているのでは、と思えるほどパイを投げ続けているアディアータの肩にパイが衝突、びりびりと痺れるような痛みが肩に広がる。
「……あら、結構美味しいじゃない」
 ふと気になってクリームを指ですくい、ひと舐め。顔をほころばせるアディアータの元に、稲子は癒しを届ける。
「美味しいお菓子粗末にするなんて悪い子じゃのォ! あがーな子にはおしおきが必要じゃけんなァ!!」
「お菓子よこせー、さもなきゃイタズラす――」
 弾丸とパイをばらまきながらのシリウスの言葉に、くるりと振り向いたのはパイまみれのドリームイーター。
「……ってあんたドリームイーターかもごぉっ!」
 言いかけの口にパイをねじ込まれ、シリウスは悶絶するほかなかった。
 サージェットの両肩から地獄の炎が噴出、マインドリングに纏わりつく。マインドリングの現した剣は白くすら見える炎に包まれ、盛大に煙を上げながらドリームイーターに傷を負わせていた。
「もふもふは正義!」
 叫んで海音が掲げる改造スマートフォンに表示されているのは、うるうるおめめの子猫ちゃん。
 全身の骨が溶け落ちそうなほど可愛らしい画像をたっぷり見せつけてから、海音は改造スマートフォンでドリームイーターを執拗に殴打した。
 稲子は床に散乱したクリームで守護星座を描き、宙に浮きあがらせる。お砂糖の甘い香り漂う守護星座の守りを得て、ロードライトは鉄塊剣を構え直した。
 ロードライトの突進を阻もうとするかのようにドリームイーターはパイを投げつける。だがロードライトは避けもせずにドリームイーターまでの最短距離を駆け抜け、細身のナイフでも手にしているかのような軽やかさで鉄塊剣を振るった。
 両断されたドリームイーターの体――蠢き合うモザイクが体を元の形に戻していくがそれはどこか歪で、完全に元通りになっているわけではない。
 稲子の作りだした守護星座に向けてスレインは溜め込んだオーラを開放、更なる守りを組み立てる。
 ふたりの支援を得た萌愛は闘志を込めた眼差しでドリームイーターを見据え、炎弾を生み出す御業を召喚する。
 萌愛の双翼の隅々にまで力はみなぎっている――その全てを吐き出すかのように、繰り出される炎は激烈だった。
 ドリームイーターのコック服より赤い灼熱の炎に、ドリームイーターは踊るようにもがく。アディアータは腰のランプを掲げると、そっと明かりを灯した。
「迷える魂よ、お還りなさい」
 大小に乱れ、崩落しだすモザイクの多くはアディアータのランプの中へと吸い込まれ。
 残りのモザイクは床へ落ちると、ぽんと音を立ててかぼちゃに変わった。

 清掃を終えた後の会場は、ケルベロスたちが来る前よりも豪華に飾り立てられている。
「この南瓜……なんだかいい顔……」
 戦場に転がっていた、かつてドリームイーターだったかぼちゃに萌愛は嬉しそうな笑みを向ける。
「一緒にパーティーを楽しめるように、会場の真ん中に置いてあげましょ」
 アディアータはホーンテッドランプで閉じ込めたドリームイーターの魂を喰いつつ、萌愛に微笑みかけた。
 魂を喰ってアディアータの気分は満たされている。大きな胸が縮む心配も、当面はないだろう。
 ドリームイーターのかぼちゃ飾りにリボンを結んであげるのは稲子。
「これで良し! 美味しいパイも欲しいところですねっ!?」
「ミートパイなら用意しました」
 稲子の言葉に返すロードライトは、飾り付けの傍ら食事を再開している。
 甘いものが得意ではなく胸焼けしかかっていたのだが、肉を食べているとみるみるうちに胸焼けが治っていく――当然ながら、肉を食べたことによる胃もたれとロードライトは無縁なのである。
「言われた形に切ったが、これで良いか」
 創造性の発揮は出来ないからと、スレインはシリウスの指示を受けて折り紙をお化けやかぼちゃの形に切り抜いていた。
「きっと楽しいパーティーになるよっ!」
 楽しそうに海音に言われて、スレインは仏頂面のまま作業に戻る。
 スレインが『場の空気に乗る』ことを苦手としているのは、周囲から一歩引いた目線でいることが多いため。
 その苦手意識こそが、このドリームイーター発生の原因となった彼女の感じていた『気後れ』と同じものなのだということに、スレインはまだ気付けていない。
「このままパーティーに突入だよ!」
「せっかくのパーティー、楽しまなければ損というものだな」
 海音の誘いに、サージェットもうなずいて。
「はっぴはーろうぃーんっ! お菓子食べない悪い子はいねがぁーっ!!」
 とびきり楽しいハロウィンパーティーが、始まろうとしていた。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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