●堕落の果てに
無影灯の周囲だけが浮かび上がる、闇に満たされた世界の中。仮面で素顔を隠したドラグナーが、実験台の上に寝ている男に語りかけた。
「喜びなさい、我が息子」
「あ、ああ……」
返事と共に起き上がっていく男を見つめながら、ドラグナーは続けていく。
「お前はドラゴン因子を植え付けられた事でドラグナーの力を得た。しかし、未だにドラグナーとしては不完全な状態であり、いずれ死亡するだろう。それを回避し、完全なドラグナーとなる為には、与えられたドラグナーの力を振るい、多くの人間を殺してグラビティ・チェインを奪い取る必要がある」
説明を終えた時、男は自らの両手を見つめながらぎこちない笑みを浮かべた。
「あ、ああ、感謝してるよ。俺、ダメだったんだ。何かやろうと思うとこう、色々と暗い想像が浮かんできて、それで動けなくなって。こんなことをしていても、浮かび上がれないんじゃないかって怖くて。けど……」
拳を握ると共に立ち上がり、ドラグナーへと向き直った。
「あんたに力をもらった今なら、なんでもできそうな気がする。もう、借金に怯える必要も世間に追い立てられることもないんだからな! 手始めに俺を見捨てた家族や友人をボコボコにしてみるよ。ありがとよ!」
頭を下げた後、ドラグナーに背を向け男は立ち去った。
背中を見つめていたドラグナーは、不意に興味を失ったかのように視線を外し、カルテと思しき紙を拾い上げ――。
●未完成のドラグナー討伐作戦
「そうか。それなら……」
「はい、ですので……」
蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526) と会話していたセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、足を運んできたケルベロスたちと挨拶を交わしていく。
メンバーが揃ったことを確認し、説明を開始した。
「真琴さんの予想によって、ドラグナー竜技師アウルの手によってドラゴン因子を移植され、新たなドラグナーとなった方が事件を起こそうとしている……そんな光景を察知しました」
この新たなドラグナーはまだ未完成とでも言うべき状態で、完全なドラグナーとなるために必要な大量のグラビティ・チェインを得るために、また、ドラグナー化する前に惨めな思いをさせられた復讐と称して、人々を無差別に殺戮しようとしている。
「ですので、急ぎ現場へと向かい、未完成のドラグナーを撃破してきて欲しいんです」
セリカは地図を広げ、郊外の住宅地を指し示した。
「未完成のドラグナーはこの住宅地の、一軒家が立ち並んでいるこの辺りに出現します」
時間帯は午後二時頃。時間帯ゆえか人通りは少ないが、家にいる者は多い。騒ぎになれば顔を出してくる可能性もあるため、予め避難をさせておくか家の中に閉じこもっているように言い含めておく必要があるだろう。
その上で迎え撃つことになる未完成のドラグナー。
名はフジイ、ジーンズにTシャツ姿の三十代ほどの男。話によると、不真面目な態度で会社をクビになった後、借金に借金を重ねて家族にも友人にも見放され、人生に絶望した結果ドラグナーとなる道を選んだらしい。
戦いにおいては防御重視で動きながら二本のファミリアロッドを用いてくる。
グラビティは三種。マジックミサイル、ファミリアシュート、ミラージュキマイラと同等の力を用いてくる。
「また、このドラグナーは未完成な状態故か、ドラゴンに変身する能力は持ちません。そのあたりも加味し、作戦を立ててください。説明は以上となります」
セリカは資料をまとめ、締めくくった。
「ドラグナーとなってしまった方を救うことはできません。ですので、理不尽で無差別な復讐を行わせないためにも、どうか、全力での戦いをお願いします」
参加者 | |
---|---|
シィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612) |
ユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000) |
月見里・一太(咬殺・e02692) |
ノルン・コットフィア(星天の剣を掲げる蟹座の医師・e18080) |
ペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224) |
柔・宇佐子(ナインチェプラウス・e33881) |
人首・ツグミ(絶対正義・e37943) |
空野・灯(キュアリンカーネイト・e38457) |
●真夏のとある住宅地
「こういう時に誰かが信じて助けてくれる、というのはありがたいわね。その期待には応えないと」
蝉の鳴き声さえも心地よく聞こえる穏やかな静寂に満ちていた、午後二時前の住宅地。家の中で涼んでいた人々の、帰途についていた人々の命が危険にさらされる事のないように、ユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)は仲間たちと手分けして避難誘導を行っていた。
彼女は現地の警察と連携を取り、逃げ遅れてしまう可能性を打ち消す役目。
逐一連絡を取り合いながら、一軒一軒扉を叩き残っている人がいないか確認する。確認を終えるたびに地図にチェックを入れ、連絡を取り情報を共有した。
避難区域外縁部に位置する家のインターホンを押した直後、回線が繋がる前に元気な声が聞こえてくる。
「ケルベロスライブのお知らせデス! 皆さんの安全のためにご協力をお願いしますデース!」
「……ふふっ」
近い場所でシィカ・セィカ(デッドオアライブ・e00612)が人々を導いているのだろうと、小さく微笑みながら中の様子を伺った。
幸い、すでに避難しているらしい。
チェックを入れ、連絡を取り合い……警察官の避難をもって全ての準備が完了した。
ケルベロスたちは未完成のドラグナー・フジイの出現予測地点である車がギリギリすれ違えそうな程度の幅を持つ道路へと移動していく。
待つ間、心に浮かぶのはフジイへの思い。
「人生に絶望して人間を捨てる……か。……でもね、捨ててしまったら、それまでなのよ」
「……」
ユスティーナがひとりごちる中、獣人姿の月見里・一太(咬殺・e02692)と共にスーパーヒロインとして行動していた空野・灯(キュアリンカーネイト・e38457)は、どことなく悲しげに目を伏せていく。
もう、フジイは人には戻れない。そう、聞いている。
けれど、それでも元に戻せる可能性を信じて。
この街は全力で守るから、誰も傷つけさせたりはしないから……フジイも、救いたい。
「……」
拳をギュッと握りしめると共に顔を上げた時、聞きなれない足音が聞こえてきた。
すでに人の近づけない空間はできあがっている。
近づいてくる者がいるとするならばケルベロスか、あるいは……。
「……フジイさん、だね」
灯が一歩前に出て、近づいてくる影に問いかけた。
影は……ジーンズにTシャツ姿の三十代ほどの男は肩をビクリとさせ、頭の後ろをかき始める。
「あ、ああ。そうだが、あんたは……いや」
言葉半ばで目をそらし、両手を硬く握りしめた。
「なんだっていい、なんだって。そのための力を手に入れたんじゃないか。そうだ、俺がここから浮き上がるためにも、まずは自分を保たなきゃ」
ぎこちない笑みを浮かべながら、手元に二本のファミリアロッドを引き寄せ不格好に身構えた。
「悪いが、あんたたちにゃ俺の礎となってもらうぜ」
「……」
灯も身構え、告げていく。
「あなたが憎しみと絶望で戦うなら、わたしは……愛と希望で戦うよ。奇跡が起きて、あなたを人間に戻せるって信じたい、希望は絶対に捨てない、それがわたしの強さ、わたしの愛!」
ポーズを決め、ブレスレットを眩いほどに輝かせた。
様子を伺っていた仲間たちも動き出して最低限の陣を組み始める。
真夏の太陽だけを観客に、平和を守るための戦いが開幕する……!
●逃げ続けた男がたどり着いた場所
一太がいの一番に光の弾を発射する。
クロスする形で構えられたファミリアロッドの中心を捕らえていくさまを見つめながら、ただ静かに告げていく。
「番犬様の出迎えだ、喜べよ負け犬」
「……そうさ、負け犬さ。今までの俺は。だが、これからは違う、こっから……!」
フジイは解き放つ。
二匹の犬を。
示されるがままに向かい来る犬を、ノルン・コットフィア(星天の剣を掲げる蟹座の医師・e18080)のテレビウム・ディアが間に割り込み受け止めた。
「ありがとう、ディア。その調子よ」
ノルンはディアに視線を送った後、剣を模した鎚を硬く握りしめた。
「まずは……冷やす!」
地面を蹴り、犬をファミリアロッドへと戻したフジイの懐へと入り込む。
即座に横を駆け抜けて、振り向きざまに鎚を振るった。
ファミリアロッドとぶつかり合う。
溢れ出す冷気がフジイの指先を凍えさせ始める中、背後にはシィカが回り込んでいた。
「こんなのぜんぜーんロックじゃないデス! 本当のロックを見せてあげるデスよー!」
ギターを掻き鳴らしながら炎の脚を振り上げて、凍えはじめたフジイの右肩へとぶつけていく。
うめき声にも似た声音が漏れる中、横合いからはふわもこうさぎな柔・宇佐子(ナインチェプラウス・e33881)が踏み込んでいた。
「冷やして熱して、また冷やすのよ。暑い夏はコレなのよ!」
気合の入ったパンチを放ち、見た目とは裏腹に強烈な一撃を脇腹へと叩き込む。
フジイは体をくの字に折りながらも、彼女たちを跳ね除け距離を取った。
すかさず一太が踏み込んで、炎に染めたハンマーを振り上げる。
ハンマーは風切音を奏でながら地面を砕く。
欠片に託された炎がフジイの脚に突き刺さり、容易に消せない熱を生み出していく。
「くっ、この……!」
炎をかき消し冷気を振り払う仕草を見せながら、フジイはファミリアロッドを重ね二頭を持つ一匹の犬を召喚した。
犬が走り出した瞬間にペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)が割り込んで、横に構えた鎌で鋭い牙の片割れを受け止めていく。
もう片方の牙が開かれる魔炎眩いほどの光を放ち、二頭を持つ一匹の犬を跳ね除けた。
ファミリアロッドへと戻っていくさまを見つめながら、ただ不敵な笑みを浮かべていく。
「そら、いい刺激を頼むぞ? 楽しませてもらおう……」
自棄になってやらかす人間は面倒、どこまでも救えない話。
もっとも、手遅れな輩に移す情もない。ただ、仕事をこなすのみ……。
「クク……」
「……」
笑みを浮かべたままにらみ合い、注意を惹きつけていく。
フジイの側も、防衛を務める誰かを倒さなければ他への攻撃も友好的ではないと感じたか、ペルから視線を逸らすことはない。
ただ、ファミリアロッドを立てに斬撃を、打撃を受け流しながら、二匹の犬を差し向けてくる。
鎌を振るって打ち払いながら、ペルは一跳躍で距離を詰めた。
「少しずつ動きを削いでやろう。ちょこまかしてくれるな」
上空へと飛び去ってしまうかのような蹴りを放ち、フジイの鼻先へと掠めさせた。
のけぞるフジイを視線で追う中、その体を一発の砲弾がぶっ飛ばす。
砲弾の担い手たる人首・ツグミ(絶対正義・e37943)は、ハンマーを構え直しながら目を細めた。
ほほえみながら向ける視線の先、フジイは身軽に立ち上がっていく。
炎の残滓が、氷の欠片がそこかしこに見えるけれど、まだ、倒れる様子はない。
ただただ瞳に暗い炎を宿したまま、ペルら防衛役を務める者たちだけを見つめている……。
「その程度か? お前を浮かび上がらせるという、その力は」
ペルが軽い調子で鎌を振るうたび、魔力の矢は霧散する。中には刃を潜り抜けてペルを掠めていくものもあったけど、フジイの立ち位置からは見えない場所だ。
ほつれていく衣と傷ついていく体を癒やすため、シィカはペルに治療を施していく。
幸い、フジイの攻撃力はさほど高いものではない。シィカ一人で、十分に治療を間に合わせることができている。癒やしきれない傷は残るけど。
何よりも……。
「受けなさい! ラブリルブレス! リンカーネイト! ズゥゥームパァーーーンチッ!!」
灯の放つピンク色の巨大な拳型エネルギーに殴られて、フジイがブロック塀に突っ込んだ。
追撃せんとユスティーナが踏み込んだけれど、フジイは地面を転がり間合いの外側へと離脱していく。
傷や汚れは散見されているものの、動きが鈍る様子はない。
ペルの治療を終えたシィカは小さなため息を吐き出していく。
「だいぶ固いみたいデスねー。デスが……」
なら、癒やしきれない傷が罪か去らぬうちに畳み掛けてしまえば良い。
そのためにも、仲間たちを支え続けていくことが必要となる。
シィカが決意と共に観察を続ける中、ユスティーナが二頭を持つ犬の牙を棒でまとめて受け止めた。
「この程度なら……」
「そこだ!」
勢いのまま押し返していく中、得物を手放しているフジイを砲弾がぶっ飛ばす。
再びブロック塀に叩きつけられていくさまを、ツグミは笑顔で見つめていた。
「……ふっ」
その唇から漏れ出るのは嘲りか。
「人生に絶望、ですかーぁ。なーんにもしなかった人には、絶望する権利もないと思いますよーぅ?」
精神をかき乱すための放言か。
「まぁ何にせよ。ここで処理されるのですから、今後はそれこそなーんにもしなくて済みますねーぇ。良かったですねーぇ」
立ち上がっていくフジイを見下したまま、脚に真っ赤な炎を宿した。
小さな呼吸を刻むと共に走り出し、側頭部めがけて蹴りを放つ。
「……おやおやぁ?」
つま先は、盾代わりに掲げられた右腕に止められた。
炎を与えることはできたから、ツグミは余裕含みの表情で見つめていく。
余裕を消したフジイの横顔を。
「もしかして、ようやく現実が見えましたかぁ? もう遅いんですけどねー?」
「……くっ」
無言のまま跳ね除けられ、ツグミは後ろへ飛び退る。
フジイはツグミを追うことなく、ただただ苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべていた。
●とある男は最後まで
道路を駆ける二匹の犬。
一匹は棒で打ち払い、一匹は鎖で転ばせる。
問題なく攻撃を防いだユスティーナを、シィカが淀みのない手つきで治療しはじめた。
一方、宇佐子は主のもとへと戻っていく犬を追いかける。
間合いの内側へ入り込むと共に腰を落として円を描くかのような水面蹴り。
脚を払い、フジイを地面に転ばせていく。
回転する勢いを弱めぬまま離脱しつつ、つぶらな瞳で立ち上がろうとしているフジイを一瞥した。
今回の一見は、よくわからないことが多い。しかし、人々に危機が迫るなら倒さなければならないだろう。
小さく頷きながら身構える中、背後に回り込んでいたペルの拳がフジイの背中に突き刺さった。
「視界を灼き、白き光景を刻み、瞬間に砕けろ」
眩い白雷がフジイの体を駆け巡り、全身を黒く焦がしていく。
体を硬直させていくさまを見つめながら一太が距離を詰めた。
「そろそろ終わりみたいだな。逃げ続けた人生、辛ぇんだろ? だったら逃がしてやるよ――この世からな」
間合いに入り込むと共に跳躍し、飛びつき喉元に牙を向けていく。
一匹の犬が間に挟まり、代わりに噛み付き地面へ吐き捨てた。
ふらつきながらもその犬がファミリアロッドへと戻る中、フジイの右肩にツグミの拳がめり込んでいく。
「あなたの全て。余さず残さず有効利用してあげますよーぅ♪」
微笑むと共に記憶を、魂を吸収し、フジイの存在そのものを不確かなものへと変えていく。
それでもなお二人から離れ立ち続けるフジイを、ノルンはただただ見つめていた。
やって来たことは自動自得でしかない。
その延長線で人を殺そうとしていたことなど許されることでもない。
「……何か、言い残すことはある?」
ゆっくりと歩み寄りながら、首を小さく傾げていく。
フジイはファミリアロッドを取り落としながら、拳を震わせていく。
「わからねぇ、わからねぇ……何も、もう……」
「そう……」
間合いの内側へ踏み込むと共に立ち止まり、翼の如き長刀を引き抜いていく。
まっすぐ天にかざした後、フジイに眩い光を与えながら……ただ、幕引きのための斬撃を。
左肩から右胴までを切り裂かれたフジイは、瞳に涙を溜めながらゆっくりと倒れ込んでいく。
灯が駆け寄る中、ユスティーナがひとりごちていく。
「誰かつなぎとめる人がいたら。あなたも違った未来があったのかしらね……」
「少なくともこうなる以外にももっと……やり直す方法はあったと思うデスよ……」
ため息と共に、シィカもまた呟いた。
その言葉が、彼に届いたかはわからない。
ただ、灯の温かい腕に抱かれたまま、ゆっくりと生命の鼓動を失っていき……。
平和が運んでくる静寂が、世界を満たしはじめた午後三時前。
得物を収め、一太が口を開く。
「んじゃ、片付けてこうか」
「そうね。それから、終わったことを警察の方々なんかにも知らせていく」
頷き、ノルンが携帯端末を取り出していく。
人々が戻ってきてこそ、街は元の姿を取り戻す。
何よりも、今もなお不安を抱いて避難しているはずなのだから。
戻ってくる人々を迎えるための修復作業が進められていく中、宇佐子がふとした調子でつぶやいた。
「メルヘンハウスにならないといいのだけど」
ブロック塀に電信柱。家屋に大きな被害なないものの、ヒールを施さなければならない箇所はたくさんある。
けれど、それもまたきっと平和の証。
ケルベロスたちが護ってくれた平和の象徴として、人々に親しまれていくことだろう。
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年8月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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