赤手空拳

作者:刑部

 破壊された家々。まだ乾かぬ血だまりの中に横たわる殴殺された骸。
 点々と地面に落ちた血が模様を作り、一刻前まで村であったその残骸の中、立って肩を振るわせているのは、3mはあろうかという巨躯の男。
「ただ殺し、ただ破壊する。それは俺の望みも同じ。もっと、もっと破壊してくれよう」
 呻くように呟いた男の体がドス黒いオーラに覆われ、薙ぎ払う様に振るった腕から返り血が振り払われ、地面に赤い筋を穿つ。
 ここは和歌山県古座川町の山間部にある集落。
 たった今、突如現れたエインヘリアルの男に壊滅させられた集落であった。

「エインヘリアルが村を襲撃して、村の人らを虐殺する事件が予知されたで」
 と口を開いたのは、杠・千尋(浪速のヘリオライダー・en0044) 。
「この暴れとるエインヘリアルは、過去にアスガルドで重罪を犯した凶悪犯罪者みたいで、放置したら多くの人らの命が奪われる上、人々に恐怖と憎悪をもたらしよるから、地球で活動するエインヘリアルらの定命化を遅らせる事になりよる。
 ヘリオンかっとばすから。みんなで協力して、このエインヘリアルを撃破してや」
 と笑う千尋の口元に八重歯が光る。

「現場はここ、和歌山県南部の古座川町。
 現れるエインヘリアルは1体、3mの体躯を誇り、徒手空拳でドス黒いオーラを纏っとる。
 その拳で目に入るものを破壊する事しか興味のない、殺戮の衝動みたいなエインヘリアルや、視界に入る生きてるもんを全部殺そうと、その拳を振るいよる。
 エインヘリアルとしても捨て駒として送り込まれとる様やから、不利になっても逃げはせーへんやろ……むしろ死ぬ間際まで、こっちを殺そうとその拳を振るって来る筈や。十分気ぃつけなあかんで」
 ケルベロス達の瞳を見て注意を促す千尋。

「まったく、日本全国何処にも湧いてくるねぇ、厄介な事だよ」
「せやな。あちらさんにデメリットもないし、戦術的には有効な策やな。まぁ、やられた方はたまったもんちゃうから、このエインヘリアル絶対止めたってや!」
 ヴァーノン・グレコ(エゴガンナー・e28829) が、やれやれだとジェスチャーするのを見て少し笑ったと千尋は、ヴァーノンらケルベロス達にそう言って送り出すのだった。


参加者
ミリアム・フォルテ(緋蒼を繰る者・e00108)
ムスタファ・アスタル(同胞殺し・e02404)
ドールィ・ガモウ(焦脚の業・e03847)
ティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)
ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)
ヴァーノン・グレコ(エゴガンナー・e28829)
イ・ド(リヴォルター・e33381)
水瀬・和奏(鎧装猟兵・e34101)

■リプレイ


 集落を臨んだエインヘリアルはその口角を上げると、ドス黒いオーラを纏い駆け出した。
「……通すつもりはないぞ、脳筋がっ!」
 頭上からの声に足を止め見上げたエインヘリアルの瞳に、降下して来るいくつかの影が見て取れ、その声の主ティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)が着地するや否や、構えた『カアス・シャアガ』が火を噴いた。
「ケルベロス供か! 面白い……」
 その竜砲弾を拳で弾き返したエインヘリアルが、嬉しそうに笑う。
「いいねいいね。ワクワクするねぇ、あんたみたいな男は大好きだよ」
 続いて着地したハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)が。革手袋を嵌めた拳の親指を弾くと、指弾がティーシャの竜砲弾を弾いた体勢のエインヘリアルを穿ち、ギロリと睨み返したエインヘリアルが地面を蹴ろうとしたそのつま先の前、地面が次々と弾かれ小さな砂埃を上げる。
「行かせないよ。悪いけどここは通行止めなんだ」
 銃口から上る煙を吹いて払ったヴァーノン・グレコ(エゴガンナー・e28829)が、くるっと体を一回転させて銃口を向けると、その前に降下してきたのはイ・ド(リヴォルター・e33381)と、ムスタファ・アスタル(同胞殺し・e02404)。
「全てを破壊する衝動。非合理である事は承知しているが、それにある滾りは理解できなくもない。お前がそれを望むなら、俺がお前を破壊してやろう」
「力はあっても、感情に支配されている様ではまだまだ……。武に感情を乗せるのだ。感情に武を乗せればその揺らぎが致命傷となる」
 イ・ドの左腕に換装されたハンマーが、噴出するドラゴニック・パワーによって加速して振るわれ、その一撃と、先に距離を詰めた猛禽類を思わせるボクスドラゴンの『カマル』に気を取られたエインヘリアル目掛け、ムスタファが音速の拳を叩き込んだ。
「ケルベロス供め、やってくれる……喝ッ!」
 エインヘリアルが気を吐くと、その気合いは衝撃波となってケルベロス達を押し返すが、
「胸に宿る幾数の光。我が手を離れ征く道を照らせ。火は消えず、朽ちず、何時までも共に、友と在れ。Flamme ist alle.」
 少し遅れて降下し素早く殺界を形成したミリアム・フォルテ(緋蒼を繰る者・e00108)の背、広げられた炎の翼が散らす火の粉が、その傷を癒して破剣の力を付与すると、それを後押しする様に次々とドローンが展開する。
「私の背後は絶対に守り切ってみせます!」
 そのドローンを展開した水瀬・和奏(鎧装猟兵・e34101)が、エインヘリアルを睨み付けたその紫瞳に、
「徒手空拳とは面白ェ、お手並み拝見と行こうか!」
 仲間達を押し返した間隙を突く様に、雄々しく咆え特攻服の裾を翻して挑み掛かるドールィ・ガモウ(焦脚の業・e03847)の逞しい背中が映る。


「ハッハッハ! 面白い、面白いぞ!」
 エインヘリアルが纏うドス黒いオーラの威勢が増し、その殺気に空気が研ぎ澄まされる。
「では、その満足で心を満たして逝くがいい!」
 そのドス黒いオーラの威勢を、自身の纏うオーラで押し返し距離を詰めるイ・ドに、歯を見せて嗤ったエインヘリアルがその拳を繰り出す。風を唸らせ振るわれる拳に何かを感じたのか、ナイフを投げ捨てたイ・ドはミリアムの火の粉によって破剣の力を宿した拳を以ってその拳を迎え撃つ。
 互いの視線が交錯し拳同士がぶつかり合い、ドス黒いオーラがその勢いを減じるも、次の瞬間イ・ドの体が吹っ飛ばされた。
 間髪入れずティーシャの援護の元、ドールィがエインヘリアルに挑み掛る間に、和奏が胸の前でくるっと回したルーンアックスを掲げ、
「ただの体格差です。力では負けてないのです」
 破壊のルーンを宿してその傷を癒し、イ・ドが体勢を立て直すと、今度は、
「くうぅ……重いわ……ね」
 切結ぶムスタファを庇う形で拳を受けたミリアムの体が吹っ飛ばされた。
「ミリアム!」
 吹っ飛ばされながらもイ・ドの声に視線を向けたミリアムは、その意図を察すると膝を抱え込む様にしてくるくると回り、振るわれるイ・ドの左腕……ハンマーの面に足を付け、撃ち返されるボールの如く、ハンナとヴァーノンの攻撃を捌くエインヘリアルの顔に、バトルガントレット『飛んでけ拳骨くん2号』……今回は本人ごと飛んだが、その拳を叩き込んだ。
「どうだ!?」
「すごいです。私も負けてられないのです」
 ドヤ顔を見せるミリアムに賛辞を送りながら、和奏が更なるドローンを展開する。
「やってくれる……」
 頬をさすったエインヘリアルは、嬉しそうに肩を震わせるとそのオーラを増して地面を蹴る。

「カマル!」
 自分に向かって放たれた気咬弾の射線に入ったカマルが、燻る煙を上げて地面に落ち、思わず声を上げたムスタファは、それを放った隙を逃さずヴァーノンと挟撃する形で攻めるミリアムの攻撃を捌きつつ、後退するエインヘリアルに一気に距離を詰める。
「その一撃は侮れぬ……が、その武を振るうは此処に非ず。ここは人の世だ。去れ」
「小賢し!」
 繰り出される手刀を前腕でなんなく受けたエインヘリアルは、ムスタファに拳を見舞おうとするが、
「小賢しいのはお前だ、脳筋!」
 ティーシャの構えた『バスターライフルMark9』から放たれたエネルギー光弾がその拳を撃ち、動きを失ったエインヘリアルの腕を掴み、鉄棒の逆上がりの要領で舞い上がったムスタファがエインヘリアルの耳に貫手を突き入れる。
「ツッ……」
 思わず耳を押え跳び退くエインヘリアルだったが、そうはさせじとドールィとイ・ドが追い縋り、地面の上で健気に体を起こそうとするカマルには、和奏が回復を施していた。
「体格の割にフットワークがいいな。もっと足止めする」
 ティーシャが目配せし合ったハンナと共に、轟竜砲を放ってエインヘリアルを足止めすると、
「どうだ? 耳をやられると平衡感覚が狂うだろう? 手足や目が増えでもせん限りでかい人間と変わらんな。ならばあとは単純な力と技の差だ」
 仲間達と共に仕寄ったムスタファが、エインヘリアルの膝の裏目掛け焔を纏った脚を蹴り込んだ。

「見境い無しに暴れられると困るんだよねぇ」
 ヴァーノンの振るう手刀を腕でガードしたエインヘリアルだったが、そのガードした腕を包む様に氷が形成され舌打ちすると、跳び退くヴァーノンと入れ代る形で攻め寄せるケルベロス達の前衛陣にカッと目を見開いて踏鳴を起こし、衝撃波を叩き付ける。
「させるかァ!」
 その衝撃波に対し、仲間達より一歩踏み込んだドールィが気合いに気合いで対応する様に両腕を振るい、広がる衝撃波を押し留めてその身に受けると、直ぐに和奏が後ろからドールィを回復させる。
「……やる」
 その穿たれた傷から流れる血と、両脚から燃え盛る地獄の炎で赤鬼と化した仲間を守るドールィの姿に、思わず目を細めるエインヘリアル。
「美味しいとこ持って行くじゃないか。あたしも負けてられないね」
 硝煙の香りを漂わせたハンナが、目を細めるエインヘリアルの右から殴り掛ると、その動きに反応するエインヘリアルだったが、重ねられたバッドステータスにより、ほんの僅か対応が遅れ、脇腹にハンナの拳がめり込んだ。
「おぉ……」
 見た目から想定した以上に重いその拳に思わず口を開いたエインヘリアルだったが、ムスタファがティーシャの放った氷結光線と共に回復したカマルと共に前から、歩調を合わせたミリアムとイ・ドが左から波状攻撃を仕掛け、ヴァーノンも追い打ちを掛ける。
「言葉で語る余裕があるのか? 拳で語れよ、拳でよゥ!」
 波状攻撃を受けながらも、ドス黒いオーラを増大させて迎え撃つエインヘリアルを見たドールィが歯を見せて笑うと、腕を鳴らして地面を蹴り、
「そうそう、目は口ほどにものを言い、突き合わせた拳は雄弁にあんたを語ってくれるぜ」
 口角を上げたハンナもそれに続く。


 その体躯と軒昂さを以って勇を振るっていたエインヘリアルも、ケルベロス達の連携のとれた動きと休む暇を与えない波状攻撃、更に重ね塗られた各種バッドステータスにより、劣勢に追い込まれていた。
「ハハハハハッ、いいぞケルベロス供、もっと俺を楽しませろ!」
 だが、エインヘリアルの顔から笑みは消えず、次々と繰り出される攻撃を捌いては、嬉しそうに拳を繰り出し、叩き付ける衝撃波に煽られヒールドローン群が煙を上げて落ちてゆく。
「……たまに居るよね、こういうタイプの人」
 次々と銃弾を放ってその動きを牽制しつつ、ヴァーノンが肩をすくめて嘆息すると、
「蹂躙、殲滅とはこういうことだ!」
 ティーシャが向けた全ての銃口が一斉に火を噴き、エインヘリアルを言葉通り蹂躙する。
 鳴り響く轟音と巻き上がる砂煙目掛け、
「激しく燃えるものは速く消し炭になるものだ」
 イ・ドが換装した左腕『トーデストリープ』を振り抜き、衝突音が響くと次の瞬間、砂煙と吹き払う様に至近距離から気咬弾。
「くっ……しまっ」
 反射的に体を軋ませ上体を逸らしたイ・ドをかすめた気咬弾は、そのまま集落の家目掛けて飛んでいく。その気咬弾が割って入ったミリアムが交差させたガントレットを跳ね上げ、その体を吹っ飛ばした。
「やらせないって言ってるのよ。アンタたち、後ろは気にせず戦いな!」
 吹っ飛ばされながらもそう笑ったミリアムの耳に『落涙の蒼』が揺れ、
「流石ですミリアムさん。怪我は大丈夫ですか?」
 ミリアムを助け起こした和奏が素早くその傷を癒す。その間にも宙を舞ったカマルが天頂方向からブレスを浴びせ、
「歯ァ喰いしばれェ!」
 ドールィが地獄の炎を纏う足でエインヘリアルを蹴り上げ、そのまま一回転して着地した……所に襲い掛るエインヘリアルの右拳を左掌で受け、ならばと繰り出された左拳を右掌で受けるドールィ。
 彼自身も立派な体躯を誇るものの、エインヘリアルと比較すれば2/3程しかなく、見下ろす形で力を込めてくるエインヘリアル。
「……ググ……、俺一人じゃアレだが、生憎と……ムスタファ、ハンナ!」
 噛み合わさった牙をギリギリと鳴らしたドールィが、見上げたエインヘリアルを睨み返して声を上げる。
「祈れ。お前にはもう、それしかない……もっとも、祈る暇があるなら、事切れる寸前まで拳を振るうのだろうが……」
「悪いな。生憎あたしも、素手の方が強い」
 叩き込まれるムスタファの拳に半呼吸遅れて、逆側から叩き込まれたハンナの拳。
 ドールィを圧倒しつつあったエインヘリアルの腕から力が抜け、その口から血と何かが混じった赤黒い液体が吐き出された。
「……フフ……楽しかった……ぞ。いいなぁ……何も考えずに拳を振るうのは……」
 ケルベロス達を睥睨したエインヘリアルの最後の言葉が。液体と共に口から漏れると、満足げな顔をしたまま膝から落ち、エインヘリアルはその身を大地に投げ出したのだった。

「その強さ。弱いヤツを守る為に使えっつーの」
「自分だけ満足して逝ってしまいましたね」
 火を点けた煙草の紫煙越しに、そう声を掛けたハンナの隣で和奏が唇を尖らせると、
(「この滾りは……」)
 その後ろでイ・ドが途中で投げ捨てたナイフを拾い上げ自問していた。
「集落に被害も無いし、暑ちィし、どっかで休憩してから帰ろうぜ」
 掌で顔を仰ぎながらのドールィの提案に乗った一同は、こうしてエインヘリアルを討伐し、和歌山県古座川町を後にしたのだった。

作者:刑部 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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