恋愛結婚は邪道!? お見合い結婚唯一主義ビルシャナ

作者:質種剰


 マンションの一室。
「この人なんかどない? お医者さんやでー。年収も凄いし、外車乗り回してるし、やっぱし顔がええやんな」
 ビルシャナが馴れ馴れしい口調で信者達へ見せるのは、二つ折りの立派な台紙に入った写真。
「あ、こっちの人はなー、ええ大学出てて……四高っちゅーやつやな! 今の若い子は知らんやろけど!」
 と、立て板に水の如く喋りまくって、信者にお見合いを薦めているのだ。
「四高? 三高じゃなくて?」
 信者は20代後半から30代前半へかけての層が多く、誰もが真剣な顔つきでビルシャナの用意したお見合い写真の数々を漁っていた。
「せやでー、高収入、高学歴、高身長……最後は高血圧や! これで遺産もバッチリやで!!」
 笑えないジョークを機嫌良さそうに飛ばしているこのビルシャナ、名を『お見合い結婚唯一主義ビルシャナ』と言う。
「恋愛結婚なんて絶対アカンわー、変な男に引っかかったらどうもならへんし。それに比べたらお見合いは安心やでー、何せ人生の先輩が経験豊富な目で見極めた男を紹介すんにゃからな! どんな条件ええ合コンでもなかなか引っ掛けられへん上物ばっかりやでー!!」
 ただの世話好き見合いオバさんなどとは言ってはいけない。


「恋愛結婚だって、上手くいってるご夫婦、多いと思うでありますけどねぇ」
 小檻・かけら(藍宝石ヘリオライダー・en0031)が、首を傾げつつ語り始める。
「お見合い結婚を信奉している女性がビルシャナ化して、集めた一般人を配下にしようと目論んでるであります」
 このビルシャナ——お見合い結婚唯一主義ビルシャナの所在は、天泣・雨弓(女子力は物理攻撃技・e32503)の丹念な調査によって明らかとなった。
 完全にビルシャナ化した元人間以外にも、彼女の主張に賛同している一般女性11人が教義を真剣に聞いているそうな。
「彼女らはまだ配下になってはいませんので、説得によって正気を取り戻させることが可能であります」
 つまり、お見合い結婚唯一主義ビルシャナの主張を覆せる程にインパクトのある説得を行えば、戦わずして配下を無力化する事ができるかもしれない。
「もし配下になった女性がいる場合は、ビルシャナを倒すまで戦闘に参加し、皆さんへ襲いかかるであります。ですが、ビルシャナさえ倒せば、元の一般人に戻りますので、救出は可能であります」
 しかし、配下が多い状態で戦いが始まれば、それだけ不利になる為気をつけて欲しい。
 また、ビルシャナより先に配下を倒してしまうと、往々にして命を落とすのへも注意。
「皆さんに倒して頂きたいのは、お見合い結婚唯一主義ビルシャナ1人のみであります。ビルシャナ閃光とビルシャナ経文で攻撃してくるでありますよ」
 理力に満ちた破魔の光である閃光は、複数の相手にプレッシャーをもたらす可能性を秘めた遠距離攻撃。
 また、敏捷性が活きた謎の経文は、遠くの相手を催眠にかける事もある単体攻撃だ。
「配下は丈夫な二つ折り写真台紙を武器代わりに投げつけてきますが、皆さんなら敵ではありますまい。複数人に当たる近距離攻撃であります」
 今回は、貸しビルの一室で一般女性に向け演説しているお見合い結婚唯一主義ビルシャナのところへ、正面から乗り込む形となる。
「教義を聞いている方々は、お見合い結婚唯一主義ビルシャナの影響を受けているため、理屈だけでは説得できませんでしょう。重要なのはインパクトでありますから、何か斬新な論理や演出をお考えになった方が宜しいかと」
 お見合い結婚信仰を打ち砕けるかは、自由な恋愛がいかに楽しくて幸せか、加えて恋愛結婚によって得られるメリットの数々を上手く伝えられるかにかかっている。
「それでは、お見合い結婚唯一主義ビルシャナの討伐、宜しくお願いします」
 かけらはそう言って、ケルベロス達へ頭を下げた。


参加者
ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)
タマコ・ヴェストドルフ(少女迷宮・e04402)
立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441)
ニルス・カムブラン(暫定メイドさん・e10666)
五嶋・奈津美(地球人の鹵獲術士・e14707)
穂村・華乃子(お誕生日席の貴腐人・e20475)
天泣・雨弓(女子力は物理攻撃技・e32503)
淡雪・言子(ひらり言の葉・e33835)

■リプレイ


 アパートの一室へ押し入ったケルベロス達。
「お見合い自体は合理的で良い部分もあるけど、それしか認めないってのは良くないわ」
 まずは五嶋・奈津美(地球人の鹵獲術士・e14707)が、お見合い信仰へ理解を示したフリをしつつ、やんわり信者を諌める。
「大事なのはその先のパートナーとの幸せでしょ?」
 纏めた黒髪と円らな黒い瞳、抜群のプロポーションを際立たせる浅黒い肌が、落ち着いた大人の色香を漂わせる鹵獲術士だ。
「お見合い結婚だとマメに親戚付き合いが必要よね。まさか、親戚の伝手で結婚相手が見つかったのだから、あだや疎かには出来ないわよね」
 実際、アラサーへ差し掛かろうかという奈津美が結婚後の親戚付き合いの苦労を語るのは、妙にリアルで説得力がある。
「結婚の世話してくれたとなると不義理はできないわよね」
 信者達も、お見合いならではの面倒事を背負い込むのは辛そうだと唸った。
「それにお見合い仕切るの好きな人って、その先のことまで口を出してきそうよね」
 更に、チラとビルシャナの方へ流し目を送って、奈津美は続ける。
「やれ子どもはまだか、子どもの教育には云々……親切で言ってても、言われる方は息が詰まりそうだわ」
 いかにもあり得る喩え話をして、大層ナチュラルにビルシャナをディスってみせた。
「あぁ〜〜」
 呆れたような、それでいて得心した声を上げて、信者達がビルシャナを見やる。
「なっ何やいさ! 何か文句あるん!?」
 初っ端から、奈津美のインパクトある想像によって信者とビルシャナの信頼関係へヒビを入れる事ができた。
「ぶっちゃけ、結婚に拘りは無いのよねぇ。それにお見合いなんて時間の無駄でしょ」
 次いで、説得に挑む穂村・華乃子(お誕生日席の貴腐人・e20475)の持論は、大変清々しい鋭さであった。
 それというのも、華乃子自身が親に結婚を勧められてうんざりしている為に、かような考えを抱くに至ったのだろう。
 恋人と過ごすイベント事よりも同人作家として大型イベント即売会を優先する、ニホンカモシカのウェアライダーである。
「お見合いねぇ……自由恋愛が出来ないイコール性格に難アリだと思うけど」
 そんな華乃子の説得は、いきなり信者の心を抉りにいく豪胆さと、それでいて彼女らの末路を本気で心配する優しさを兼ね備えていた。
「うっ」
 自覚のある信者達の目が泳ぐ。
「大体、セッティングされなきゃ出来ない結婚なんて続かないわよ」
 ——後、自分に趣味が有るなら余計にお見合いはダメ!
 ますます勢いづいて、華乃子はビシッと言い放つ。
「趣味の理解が得られなければ即離婚コースだし、逆のパターンで紹介された相手の趣味趣向を結婚後に知った場合、もしそれが原因で別れても、貴女にバツが付くだけよ」
 現に、恋人よりも自分の趣味や萌えを最優先してしまっていつも長続きしない華乃子が言うのだから、含蓄があった。
「いい? 相手の性格や趣味はお見合いでなく、恋愛期間中に見定めなさい」
 噛んで含めるように言い聞かせる華乃子へ、信者達も神妙な顔になって頷く。
「趣味の理解を得られない相手は嫌だわ……」
 一方。
「どちらも素敵な幸せの見つけ方だと思うのですが、どうして偏った考えになってしまうのでしょうね」
 天泣・雨弓(女子力は物理攻撃技・e32503)は、相変わらずおっとりした様子で小首を傾げた。
 片翼を地獄化したヴァルキュリアの美女で、綺麗に編み込んだ金髪と穏やかそうな橙色の瞳がお淑やかな雰囲気だ。
「……頑張りましょうね、だいふく」
 ナノナノのだいふくへ微笑みかける様も愛らしい雨弓は、例え説得の為でも信者の心を傷つけたくないと内心考えていて、慎重に言葉を選んで話し出す。
「好き、という気持ちが後からついてくるお見合いだと、結婚しても幸せは掴めないのではないでしょうか?」
 そのせいだろうか、雨弓の説くお見合い婚のデメリットは確かに真っ当な正論なのだが、いささか簡潔に過ぎた。
 この論調ならば『好きという気持ちが芽生えないままの結婚生活に於ける物足りなさや悲惨さ』の具体例を挙げていれば、もっと信者達の共感を呼んだだろう。
「もしも、この人とは……と思っても仲介してくださる人がいる分、断ることも失礼なんじゃ……と思ってしまうのではないでしょうか?」
 ともあれ、次に語った不幸なお見合い婚の一例は解り易く、信者達を蒼褪めさせる。
「断りきれずに合わない人とも不満を飲み込んで結婚……怖い話ね」
「う〜ん……普通の恋愛なら当人同士の問題だから、別れるのも自由……でも、お見合いの安心感……迷う!」
 頭を抱える彼女らを見て、これなら動揺を与えられただろうかと安堵の息をつく雨弓だった。


「ビルシャナさん、世話好きな大阪のおかん風に見えるのです」
 じとーっと胡乱げな視線をビルシャナへ向けるのは、ニルス・カムブラン(暫定メイドさん・e10666)。
「……にしてもありがた迷惑なのです。好きなお相手を自分で探せなくて、どうして自立した結婚生活が出来るでしょう?」
 ——自らの手で愛を勝ち取る……その切っ掛けになるよう全力投球で説得するのですっ!
 数多のビルシャナ信者を正気に戻してきた彼女は、今日も全身全霊を懸けて彼女らへ立ち向かう。
「一歩踏み出す勇気がない、そんな方は確かに多くいます。しかし、お見合い結婚で円満な家庭を築ける保証は何処にもございません」
 最初はヘリオン機内にて決まった方針通り、お見合い婚のデメリットから話し始めた。
「お相手の嫌な面を後で知り相性が悪いから別れたいと思っても、お世話になった仲人さんや親類縁者とのしがらみでそれも叶わない……」
 切なそうに首を横に振るニルスの弁舌が冴え渡る。
「こんな息が詰まる結婚生活に、果たして幸せが見出だせるでしょうか?」
 ぐっと言葉に詰まる彼女らへ、ニルスはにっこり笑いかけるや、扉の外へ向かってちょいちょい手招きした。
「それぐらいなら……良い人はご自身で探す方が後悔はないと思うのです」
 ひょっこり顔を出したのは海晴。
「最初の出会いこそ最悪で」
 早速、ニルスはガッと彼の肩へ左腕を回し、右手できゅっと耳を引っ張る。
「い、いたいいたいっ」
 いかにも戯れあうかの如く装って海晴は照れ笑い、
「何時もいがみ合っていても」
 更にほっぺたぐりぐりされれば、
「ちょ、ギブ、ギブ!」
 降参だと呻きつつニルスの腕をぺちぺち叩いた。
「次第に心が通い合い、そして結ばれるのです……」
 締めは、そっと海晴の顔を引き寄せ——夫役を引き受けてくれたお礼の意味も込めて——ほっぺにちゅーするつもりだったニルス。
 だが、ここで海晴が動いた。
 先にニルスの腰へ手を回し、しっかりと抱き寄せて——掠めるように口づけしたのだ。
「……とまぁこんな具合に肩肘張らず気軽にいぢられたりいぢり返したりも、恋愛結婚だから出来る事なんだよね」
 不意打ちに驚いたニルスの——赤みが射した頰を確かめる間もなく——顔をぐいと自分の胸へ抑えつけ、説得を締め括る海晴。
 今までニルスに手のひらで転がされてきた海晴の、なかなか大胆な意趣返しであった。
 他方。
「お見合いには都合の悪いデータは書かないよね、浪費癖とか浮気性とか人には言えない何かとかね。それ、考えてます?」
 立花・彩月(刻を彩るカメラ女子・e07441)は、信者達の視野の狭さを冷ややかな声音で至極冷静に指摘した。
 いつの日にかプロの風景カメラマンになる夢を現実のものにすべく、日々努力しているカメラ女子だ。
「玉の輿になりたいならそれはそれで構わないわ。けれどお見合いだって、その後結婚に至るには恋愛を挟むものだとわたしは思うわ」
 元より、己の恋愛観をはっきり形にして持っていたのだろう。信者達へ向かい自説を披露する彩月の語り口には、一切の迷いがない。
「それすら否定する結婚に何を求めるの? ステータス? 遺産? あなたたちはそんな女なのですか?」
 鋭い口撃の手を緩めず、グサグサと彼女らの精神的ダメージを重ねていく様も、大変清々しい。
「お金やステータスは一番判り易い幸せの指標だし……」
 お見合い相手に高望みをする言い訳を、ぼそぼそ反論する信者達。
「人を好きになるってステータスで語れるものなの? そうじゃないとわたしは思う」
 すると、彩月も手を挙げて、扉の外から恋人を呼び寄せた。
 こちらは正真正銘の彩月の恋人、秀久である。
「秀久君は女子なら誰もがときめくイケメンでもなければ最終学歴は高卒……」
 彩月は、隣に立つ秀久の腕へ抱きつくようにして、ぴったりと彼へ寄り添った。
「そして給料前にはもやしばかり食べて、結局はわたしが手料理を振る舞う羽目になっちゃうけど、それでも」
 誠実さを絵に描いたような秀久も、情の篭った目で彩月を見つめ、微かに照れ笑いする。
「——それでも、わたしと一緒でカメラが好きで真っ直ぐで誠実な人だから、わたしは秀久君を好きになった。人を好きになるって、恋愛ってそういうものじゃないかしら」
 秀久が優しく引き寄せるのへ合わせて彼の腕の中へ収まり、説得を締め括る彩月。
「確かに収入や見た目をまったく気にしない人はいないと思います」
 彼女の頭をゆったりと撫でて、秀久が言葉を引き取った。
「けど自分が彩月さんと一緒にいたいと思っているのはそういった事ではなくて、自分も彼女といて楽しいと感じているからですし、彩月さんにもそう思ってほしいから……」
 落ち着いた風情で丁寧に彼女への想いを紡いでいく秀久の声は、信者達の腑にすとんと落ちるのみならず、彩月の心へもスッと染み入った事だろう。
「だから、自分は……その……彩月さんと恋愛できて良かったと思ってます」
 はにかんで笑いながらも、秀久がはっきりと恋人への感謝を告げた時、
 ——ぱちぱちぱちぱち!
「良い話!」
「感動しちゃった」
 部屋全体が信者らの拍手に包まれたのだった。
(「素敵だなあ……」)
 ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)も、彩月達の仲睦まじい様子を目の当たりにして、瞳をキラキラ輝かせていた。
 赤い巻き髪とピンク色の眼が華やかな印象を与える、可愛さと色っぽさを併せ持ったサキュバスの女性。
「恋愛するって、幸せだよ」
 信者達へにっこり笑って愛嬌を振り撒く様子も、実に魅力的なヴィヴィアン。
「大好きな人となら、日常の出来事そのものが、ひとつひとつ楽しい思い出になるの。あたしにも彼がいるから、それがよくわかるよ」
 彼女の作戦はそのものズバリ、恋愛の素晴らしさと恋愛結婚への憧れを伝える事。
「貴方も恋人持ちなの!」
「羨ましいというか悔しいわ、美人って得ね……!」
 今まで2組のカップルの濃厚な絡みを見せられて、大分心を抉られている信者達が、腹立たしそうにギリッと歯噛みした。
「愛と一緒に信頼も積み重ねていくから、どんな苦労だって、二人で乗り越えていける」
 愛する恋人の事を想い、まるで身体中から幸せオーラを放っているかのようなヴィヴィアンの眼差しや口調は、まさに夢心地な恋する乙女のそれであった。
「これからの一生まだまだ長いんだから、共にするなら、この人じゃないとって心から思える人がいいよね、そう思わない?」
「心から思える人……」
「信頼を積み重ねた相手でないと、この先の人生乗り切れない……」
 ヴィヴィアンの持論を聞いて、次第に同調していく信者達。
 何せ、幾ら信者達が妬もうとも現在進行形で恋愛しているヴィヴィアンの演説の重みはいかんともし難く、『この人の言う通りにすれば幸せな結婚が出来るんじゃ……』と期待させる力があった。
「結婚しても幸せを感じられないなんて、悲しすぎるよ」
 そんな彼女へ安心したふうに、トドメの一言を放つヴィヴィアンである。


「結婚とは、この人となら添い遂げてもいいと思えるパートナーと信頼を結ぶことです」
 にこやかに説くタマコ・ヴェストドルフ(少女迷宮・e04402)の声は、確固たる自信と幸福感に満ち満ちていた。
「私は幸運なことに、物心ついた頃には運命の相手が見つかりました。だから、私の人生のすべては彼のためのものでした」
 そうタマコが断言する通り、彼女には歳上の幼馴染みが居て、ずっと彼の事を一途に想い続けている。
 現に、幼い頃交わしたお嫁さんになるという約束を信じ続け、他の全ての可能性を捨てて花嫁修業に励むタマコだ。但し、実際は恋人同士ではないそうな。
「私の目標はずっと彼と結婚することです。私の彼への信頼が揺るぐことはありませんし、私は彼から信頼されるためなら何だってします」
 基本的には外へも出ず部屋に引きこもってばかりのタマコが、敢えてこの場に罷り出て信者達の説得を買って出たのも、恋の為せる技といえよう。
(「ドヤ顔で恋愛結婚について語れば一般人を無力化できるなんて面白そう!」)
 そんな気まぐれの根にあるのは、『幸せな恋愛をしている自分を誇示したい』という、女ならば誰もが心の奥底に秘めた思いに他ならないからだ。
「例えるならば……彼がケルベロスになったので、私もケルベロスになりました。……この様に恋愛とは、生きる原動力になります」
 なればこそ、タマコの発する一語一語は殊に信者達からすれば眩しく映り、恋人がいない彼女らの心を完膚なきまでに叩きのめしていく。
「自分の力で信頼を得ないで、そんな充実感を得ることができるのでしょうか?」
 もはや言葉も出ない信者達を前に、タマコはにっこり微笑んでみせた。
「恋人からの信頼を得てこそ、充実した結婚ができる、か……」
「お見合いで見繕った相手との心の距離じゃ、難しそうね……」
 さて。
「許嫁を持たされそうになったことは、昔ありましたが……両親が恋愛結婚で、とても幸せだったこともあって……母が止めてくださったのです……」
 と、幸せを噛み締めるかの如くゆっくり語り出すのは、淡雪・言子(ひらり言の葉・e33835)。
「当時はわかりませんでしたが、今はとても感謝しています……」
 一見すると、いかにも大人しそうな深窓の令嬢といった風情の彼女だが、
「なぜなら……!」
 ぐぐっと拳を握ってからこそが、言子の真骨頂。
「恋愛結婚は乙女の夢だから……! 違いますか!」
 恋に恋する妄想暴走モードが今、始まる。
「乙女ならば……1度は妄そ……想像した事があるはずです」
 両手指を胸の前で絡めるお決まりのポーズを取って、言子は楽しそうに話し出した。
「お付き合いをはじめて……3年めの誕生日……」
 歌うような声音は情感豊かに響き、言子自身の女性らしい格好とも相俟って、信者達へ幸せそうな恋人同士の男女をイメージさせる。
「デートで訪れた、ホテルのディナー……」
 恐らく、街灯りが星のように煌めく夜景を望む、窓際の席だろう。
「何故かいつもより、そわそわしている、恋人の様子に……ああこれは、もしかして、もしかして、と……何だかどきどき、緊張して……」
 次第に自分自身も興奮した様子で、語調をぐんぐん早める言子。
 信者達も彼女の話術にすっかり引き込まれ、ごくりと息を飲んだ。
「気持ちの高まったその時……」
『結婚しませんか、僕と』
「って……婚約指輪を……渡されるのです……!!」
 部屋中に言子の興奮が伝播したかのように、あちこちから黄色い歓声が上がる。
「やっぱり良いわね、プロポーズって!」
「定番だけど抗えない魅力があるわ!」
「女が男に心底愛されてるかどうかを何より実感できる時よね!!」
 彼女の妄想癖が役に立った瞬間であった。
「……きゃーーー!!!」
 言子本人は、信者達に与えた影響などどこ吹く風で、1人ごろごろもだもだと悶えまくっている。
 そして、
「私、お見合いより恋愛したい!」
「私も幸せになれる相手は自分で探すわ!」
 皆が全力で説得した甲斐あって、信者全員が正気に戻った。
 すぐに草臥・衣(神棚・en0234)が彼女らを外へ避難させる。
「よくもウチの気遣いを無にしよったな……!」
 とうとう孤立した『お見合い結婚唯一主義ビルシャナ』へは、
「お見合いは昔の政略結婚じゃないの。恋愛の切っ掛けに過ぎないし当事者の意思を尊重するものなの」
 集中攻撃の末に、彩月が雷迅牙壱之閃でトドメを刺した。
「そんな大事なところ抜きで語るものじゃないわ。頭冷やして出直してきなさい!」
 かくて、無事に依頼を完遂した一行。
「それにしても、結婚ねぇ……わたしもそろそろ人生のパートナーについて考える頃かしらね」
 呟く奈津美の眼前へ、ぬっと顔を出すのはバロン。
「……! どうしたの、バロン? ……そうね、わたしにはバロンっていうパートナーがもういるもんね」
 甘えるバロンを抱き締めて撫でる奈津美だ。
「ミハル様、乙女のファーストキスを奪うなんて、これからゆっくり少しずつ責任とって頂きませんと……そう、最初こそ少額でも利子が膨らめばいずれ首が回らなくなる借金のように!」
「借金!? 借金扱いなの俺とのキスは!?」
 傍らでは、
「説得のためとは言えずけずけ言っちゃってゴメンね! ま、そのお詫びは今度必ずね」
 彩月が秀久の胸を突いて微笑みかけた。
 それを見て、雨弓はお菓子と飲み物を出すと、お茶会の準備を始めた。
「実は、こっそり持ってきたんです。皆さんの素敵なお話……もっと聞かせてください」

作者:質種剰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 8
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