笑顔の斬滅者

作者:柊透胡

「喜びなさい、我が息子」
 廃病院の一室だろうか。それとも、何処かの実験室か。ボンヤリと薄暗い台の上で、高槻・融(たかつき・とおる)は目を醒ました。
「お前は、ドラゴン因子を植えつけられた事でドラグナーの力を得た」
 覗き込んでいたのは、奇妙な仮面を着けた、恐らく男だろう。熱狂を押し殺したような静かな口調で、融の状況を説明する。
「しかし、未だにドラグナーとしては不完全な状態であり、何れ死亡するだろう」
 死を回避し、完全なドラグナーとなるにには――多くの人間を殺めて、グラビティ・チェインを奪わなければならない。
「そう……」
 徐に起き上がり、融は無表情のまま、溜息を吐く。
「これ以上、あいつらの笑顔を見なくて済むなら、別に死んじゃっても良いかなって思ってたけど……あいつら、僕がどうなろうと関係なく、きっと今でも笑ってるね」
 友達の冗談で他愛なく、或いは、恋人と心を通わせる楽しさに。又は、努力の成果でテストやスポーツで好成績を収めて。そして――自分より弱者と思い込んで虐げる、暴力的な昏い歓びに堪えようもなく。
「笑う理由なんても、もうどうでもいい……僕は、笑顔が、大嫌いだ」
 生き延びる為に、人を殺さなければならないのならば――殺す『理由』が出来たならば。
「笑顔を潰すついでに、やっちゃえば、良いよね」
 ふらりと立ち上がり、目に付いた鎌を2丁、拾い上げた。
「ズタズタに切り裂いたら、笑っていられなくなるよね、きっと」
 その呟きに応えはなかったし、融も気にしなかった。
 軋むドアを開けて外に出るまで、全く振り返らなかったから――彼は気付かなかった。仮面の男の露になった唇が、嘲るような笑みを浮かべていた事に。

「笑顔が嫌い、というより憎んでいるのかな。でも、どうしてそんな……」
「笑顔にも色々あります。人が笑うのは、ポジティブな理由だけではありませんから」
 赤茶のポニーテールが不思議そうに揺れる。小首を傾げる少女と肩を並べ、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は集まったケルベロス達を見回す。
「……定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 兵庫県神戸市――ドラグナー『竜技師アウル』によってドラゴン因子を移植され、新たなドラグナーとなった少年が、事件を起こそうとしている。
「この少年ドラグナーは、まだ未完成の状態で、完全なドラグナーとなる為には大量のグラビティ・チェインが必要です」
 少年の名前は、高槻・融。中学2年生だが、中1の半ばよりイジメの対象となってしまった。その状況は進級してからも変わらず、寧ろ酷くなっていったようだ。
「虐めを愉しむ薄笑い、人格を否定し蔑む嘲笑、見て見ぬ振りの誤魔化し笑い……日々、浴びせられてきた『笑顔』が、彼が『笑顔』そのものを憎むようになった理由のようです」
 人を殺める理由を得た少年は、クラスメイトも多く遊びに来る神社の夜祭りに姿を現す。復讐と称して、人々の笑顔を無差別に切り裂こうとしているのだ。
「笑顔を憎むドラグナー、か……そんなの、出て来なければ良かったんだけど」
 秋芳・結乃(栗色ハナミズキ・e01357)は、困惑の表情を浮かべている。
「秋芳さんの懸念が、私の案件にヒットしましたので、皆さんに集まって戴いた次第です。無差別虐殺しようとしている未完成のドラグナーを撃破して下さい」
 タブレット画面を操作し、創は淡々と地図の一点を指差す。
「ヘリオンの演算により、彼の進行ルートが1箇所、判明しています。この路地裏で待伏せして下さい」
 神社への近道だが、融が通り掛る時間は他に人通りはない。ここで撃破出来れば、一般人の被害も防げるだろう。
「時間は日没後となりますが、街灯はありますので、そこまで暗い訳ではありません。万全を期して照明を用意するのも問題ありませんが、待伏せには暗い方が有利でしょうし……その辺りは皆さんにお任せします」
 融はあちこちが破れ、汚れた夏の制服を着ている。手足や首筋が竜鱗に覆われており、両手に錆付いた鎌を握っている。
「ドラグナーとしては未完成ですから、ドラゴンに変身する能力はありません。しかし、ドラグナーの力を以て振るわれる鎌の二刀流は、けして侮れません」
 ドラグナーとなってしまった者は、もう人間に戻れない。彼の境遇に思う所があったとしても。だからこそ、無差別の復讐は阻止しなくてはなるまい。
「彼がグラビティ・チェインを蓄え、完全なドラグナーとなる前に……撃破を宜しくお願い致します」
 最後までの沈着な口調を変えず、創は慇懃にケルベロス達に会釈した。


参加者
癒伽・ゆゆこ(湯治杜の人形巫女・e00730)
ジョージ・スティーヴンス(偽歓の杯・e01183)
秋芳・結乃(栗色ハナミズキ・e01357)
ニケ・セン(六花ノ空・e02547)
木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)
灯紀・玖魂(ヴァーバルソード・e26307)
シンシア・ミオゾティス(空の弓・e29708)
ユッフィー・ヨルムンド(エルムンドの竜使い・e36633)

■リプレイ

●夏闇に紛れ竜僕を待つ
 蒸し暑い夜だった。立っていても汗が滲み、湿気篭る熱に不快感が募る。
 時折、風に乗って聞こえる喧騒は、神社の夏祭りのものだろう――存外、距離は近いか。つまりは。ここを突破されれば、虐殺は必至。故に、ケルベロス達は静かに待ち構える。
(「……皆が遊んでる時に、こんな暗がりでパーティの準備とはな」)
 ドラム缶の陰で、ジョージ・スティーヴンス(偽歓の杯・e01183)は皮肉げに唇を歪める。
「なるほど、奴さんじゃないが呪いたくもなると言うもんだ……まあ、俺にはそれでも上等過ぎる話だがな」
 ここなら路地の音も聞こえる。飛び出せば挟み撃ちも可能だろう。
「中学2年か……若すぎる」
 今年成人したばかりの木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)だが、思春期の只中でドラグナーと化した少年を想う心境も複雑だ。
(「一般人を虐殺しようとする奴だ。倒される覚悟も、ないんじゃないか? 戦士でもない相手を、俺は斬るのか」)
 ボクスドラゴンのポヨンと隠密気流に紛れ、ケイは自問自答する。
「……避けられない戦いならば、鬼にも修羅にもなってやるさ」
「ええ、未来ある少年を、人類の敵として討たねばならない。軍記物にもそんな下りがありますわね」
 ドラグナーを待ち構える方向から、ユッフィー・ヨルムンド(エルムンドの竜使い・e36633)は夜目を凝らす。
「悲しいですけど、毅然と向き合いますわ……それでこそ、戦士。わたくし達はケルベロスですもの」
 ドワーフ特有の幼さに違う凜とした決意を、夢に属するボクスドラゴンは臥して聞く。
「笑顔が憎い……とっても辛い日々を過ごしてきたのですね……」
 やはり路地裏で隠密気流を纏い、癒伽・ゆゆこ(湯治杜の人形巫女・e00730)が零す。
「出来れば助けてあげたいですけど……その手立てが見つからない、のです……」
「虐められていたからこそ、虐めていた人達と同じになって欲しくないな」
 高槻・融がドラグナーとなった事情に、秋芳・結乃(栗色ハナミズキ・e01357)も今夜ばかりはテンション高くといかないか。
「でも、せめて最後まで、人としていて欲しい」
「撃破、っていうのも、あんまりいい気持ちしないね」
 うんうんと、シンシア・ミオゾティス(空の弓・e29708)はシャーマンズゴーストのマー君と並んで頷く。
「じゃあ、ババーンッと救出、って事で!」
 本音は押し隠し、明朗元気な笑顔のシンシア。癒すべき自分まで悲しそうだと、周りの気分も落ち込むから。
 一方、ニケ・セン(六花ノ空・e02547)の表情はいっそ乏しい。ドラグナーとなった少年への憐憫と哀れみ、何より彼を堕とした同級生らへの怒りは和柄の桐箱ミミックに押し込んで。
「言葉は狂気だよ」
「へぇ。よく、判ってるじゃない」
 ニケの呟きに、灯紀・玖魂(ヴァーバルソード・e26307)はニヤリと笑う。そのまま壁を伝いジョージの待機場所へ向かった。同じく、逃げ道を塞ぐべく――1体のドラグナーに引導を渡す為に。

●笑顔の斬滅者
 軽い、だが、枷に囚われ引き摺るような足音だった。
「来ましたわ」
 果たして、ユッフィーの眼が小柄を捉える。僅かな光源で、悄然と落とした肩、両手に握る錆びた鎌、汚れた夏服から覗く竜鱗まで見て取れた。少年の表情だけが、陰になって判然としない。
「おぉっと、そこまでだっ。一線を越えちゃうと、君が嫌いな人と一緒になっちゃうよ?」
 いっそ明るいシンシアの声。立ち塞がる複数の人影に、少年は徐に立ち止まる。
「やっほー、初めまして。突然で悪いけど君の願いをズタズタにしに来たよ」
 更に、少年の退路を断つ2つの影。ニヤニヤと物騒な軽口を叩く玖魂と対照的に、ジョージは憮然と得物を構える。
「……誰?」
「高槻・融さん、わたくし達はケルベロスです」
 静かに名乗るユッフィー。即戦端を切る事も出来ただろうが、ケルベロス達はまず声を掛ける事を選んだ。
「笑顔、嫌いなんだってな。確かに、笑顔も色々あり過ぎる。俺だって全部の笑顔が好きな訳じゃないけどさ……」
「色々辛い事いっぱいだったですけど、酷い事しちゃったらもっと辛くなっちゃうのです……だから、思い留まって下さい、なのです……!」
「……酷い事?」
 ケイとゆゆこの言葉に、小首を傾げる融。
「アイツらは何も感じないし何も想ってもいない。君の思う通りだ……本当に、遣る瀬無いね」
「あなたが笑顔が嫌いな理由を作った人達を恨むな、とは言えないよ。でも、関係ない人の笑顔まで奪う理由にはならない」
 念の為、殺界を形成したニケに続いて口を開いた結乃は、既にバスターライフル「KAL-XAMR50 “BattleHammer”」を構えている。
「あなたには人として逝って欲しいから……私達は、あなたを倒すよ」
「本当のあなたは、誰より人の痛みを知っている人。その心、ドラグナーの悪意に呑まれる前に……ここでお止めします」
 ユッフィーの誇り高い言葉に、ハッと小さな吐息が聞こえた。
「……ケルベロスって、すごいね。僕の名前も、過去も、これから何をしようって事も、全部お見通しなんだ」
 淡々と、首を巡らせる融。それで漸く、少年の顔が見えた――虚ろなまでの無表情。
「なのに、このまま……虐められたまま、何もせず死んでいけって言うんだね」
「違う。アイツらを殺したら、同じ次元まで高槻さん、貴方まで堕ちてしまう。だから、それを止めに来たんだ」
「違わない。あいつらは僕を虐めるのを止めても死なないけど、僕は誰かを殺さなきゃ、死ぬ。ケルベロスにだって『食事』の好き嫌いはあるでしょ?」
 ――――!!
 怨念の呪詛が轟く。振るわれた両の鎌より湧く怨嗟の塊が、爆ぜた。
「『生きる』為に、大嫌いを潰すついでに殺す。ただ、それだけ」
 怨嗟の塊が喰らい付いたのは、範囲攻撃の最大効率たる「5」が並ぶ前衛でも後衛でもなく、中衛の玖魂とニケの2人。相棒を庇えなかったのが悔しかったか、ミミックがガチリと牙を鳴らす。
「僕は、笑顔が、大嫌いだ」
「へぇ、けどさ、デウスエクスの誑かされて戦うなんて、中々笑える話だと思わない?」
 真っ向からの憎悪の視線にも、玖魂のニヤニヤ笑いは止まらない。
「そんなのだから、いっつも、誰からも、笑われるんだよ」
「……っ」
「ポヨン! 行くぞ!」
 融が答える前にボクスドラゴンと息を合わせ、ケイは雷気帯びた刃を構えて突進する。
「お前には全部同じ笑顔に見えてるのか? 本当に幸せな時に自然に溢れる笑顔は、周りの人まで笑顔にするんだぜ」
 溜息を吐いたジョージも、ナイフの鞘に仕込んだ鉄棒を振り被る。
 斬撃と打撃が相次いで少年を捉え、夏の暗闘の火蓋が切って落とされる。
「じゃあ、おまけをちょちょいと、つけちゃうよっ」
 攻撃に即して追撃する「影狼」因子の矢を、肩を並べる後衛の影に撃ち込むシンシア。
(「狼さん達、上手くついてー!」)
 範囲ヒールのエフェクト発動率に使役修正が加われば、相当に分が悪いのは自覚している。結乃と相棒が効を発して重畳だろう。すかさず、マー君が神霊撃を繰り出すも、怒りを刻むには至らなかったようだ。
「ボクちゃん!」
 玖魂の脳髄を賦活するユッフィーの掛け声に、ボルクスはニケに夢の属性をインストールする。
「……っ」
 ドラゴニックハンマーを担ごうとして、ニケは身体が重いままと気付く。使役修正故にボクスドラゴンの属性は浸透しなかったが、相次ぐメディックのキュアをして石化が掃いきれぬとなれば。
「ジャマーだね、面倒な」
 実感に基づく冷静な判断に、玖魂も笑みを唇に刻んだまま、胡乱に漆黒の双眸を細める。仲間内でも実戦経験が浅い方ならば、眼力が示す命中率はジャマーが相手でも精々6割程度。
「皆を守る……皆の幸せ、頑張って守る、のです!」
 紙兵散布とメタリックバースト、どちらにするか迷ったが……ゆゆこがライトニングウォールを構築するのを見て取り、全身からオウガ粒子を発する玖魂。
「それじゃ、足止めヨロシクー♪」
「言われなくても……っ!」
 超感覚が覚醒する心地は、第六感への到達とは又異質。ライフルを構えたまま、結乃は最適の狙撃ポイントを探した。

●憎悪深く
 序盤は着実に融を包囲し、戦闘体勢を整えたケルベロス達は、すぐに攻勢に転じる。
「患者さんのストレス何とかするのもシンシア達の仕事。さ、当たっておいで。受け止めてあげるからっ」
 大きく腕を広げてアスファルトを蹴るシンシア。流星の軌跡を描く飛び蹴りに続き、シャーマンズゴーストの原始の炎が迸る。
「『食事』がお前の理由か……戦う理由なら俺にもあるぞ」
 すかさず、炎の軌跡をケイの絶空斬が正確になぞる。ポヨンのボクスブレスが追随した。
「守りたい笑顔がある! 奪う為に戦うお前には負けない!」
「……捉えるっ」
 超集中の末、瞳孔までも絞りきり、結乃の狙撃は確実に融の急所を撃ち抜く。夜気を裂き、ニケのケルベロスチェインが猟犬の如く喰らい付かんと渦を巻いた。ミミックも牙を剥くが、ジャマーとその相棒の攻撃はまだ届かない。
「君ってさァ――」
 言語の剣を突き立てようとして、玖魂は口を噤んだ。ドラグナーの小柄はまだ、遠い。機を窺い、支援に勤しむ。
 ちなみに、行動自体を阻害するパラライズや石化は、発動率がかなり低い。徹底的に厄を重ねる必要性から長期戦向けだろう。玖魂はその心算だったようだが、ケルベロスの意思統一は些か中途半端だったかもしれない。
「わー、すごいすごい。逃げ足だけは速いんだねー」
 だが、紙兵を撒く間も、玖魂は笑顔と憎まれ口は絶やさない。
「……あ、怒った? この程度の言刃で斬れるなよ。グラビティ・チェインどころかカルシウムも足りないんじゃない?」
「笑うな」
 言葉少なに吐き捨て、融は鎌を振り被る。咄嗟に玖魂を庇うゆゆこ。袈裟懸けの斬撃がいたいけな生気を啜る。
「ゆゆこさん!」
「だ、大丈夫……誰かが傷ついて、辛くなるのは……私だって辛いから!」
 自ら加護の結界を纏うゆゆこを、更に癒すユッフィー。
「融さん! 身体を思い切り動かせば、気持ちも晴れるでしょう。地底の戦士ユッフィー、お相手致しますわ!」
「それって、仲間の後ろに隠れて言う台詞じゃないよね」
 少年の反応は冷ややかで、ユッフィーは思わず息を呑んだ。確かに融は効率より感情を優先する程、戦闘の素人だ。だが、メディックが攻撃に回る余裕がない程、一撃の威力は侮れない。そして、標的は専ら、笑み絶やさぬ玖魂に集中している。
(「長期戦は拙いか……?」)
 会話の間に融の傷が癒えるのを見て取り、顔を顰めるジョージ。
 ジャマーによるドレイン技の回復量は、クラッシャーに勝る。ダメージ=回復量を抑えるのに武器を封じるに越した事はないが、どんなに強力な攻撃も当たらなければ無為となる。「全員の攻撃を命中させる」のが最優先だが……取り揃えた厄も多彩ならば、ジグザグで深めるにも、ある程度、付与の優先順位を定めていた方が良かったか。
(「やれやれ、仕方ない」)
 ディフェンダーとて全ては庇えない。このままでは、撃破より玖魂が倒れる方が速いだろう。刹那で判断を下し、ジョージは力づくで割り込み斬り付ける。
「随分といい笑顔をしているじゃないか。よっぽど人生が楽しいらしいな」
 昏い眼差しで睨め付けられ、男は虚ろに笑う。
「どうした、やり返さないのか? たいして難しい話でもないだろう」
 ここを狙えと言わんばかりに胸を張る。面白い程に、鎌は厚い胸板目掛けて投げられた。

●斬滅の終焉
 転機は、ジョージの挑発。続いてシャーマンズゴーストの爪もドラグナーの魂を抉る。
 怒りの発動率は五分五分と高い。特にジョージの古着は斬撃によく耐えた。
(「……やれやれ、一体どっちが歪んでいるのやら」)
 確実に誘い、確実に傷付く度、ジョージに浮かぶ虚ろな笑みが、更に融の憎悪を掻き立てる。
 時にゆゆことミミックも庇い、ディフェンダーの打たれ強さはユッフィーとボルクスの攻撃も余裕も与える。その頃には一斉攻撃の体勢も調い、ケルベロス達は引導を渡すべく得物を構え直す。
「あれあれ、もうダウン? がんばれがんばれ、後たった8人の番犬を殺すだけで君の願いは叶うんだぜ」
 嘯く玖魂を睨みながら、融の斬撃はジョージに。その隙こそが致命的。応酬に鉄製の暗器が唸り、同時に結乃の狙撃の銃声が夜闇に響き渡る。
「シンシア達は君を治す事は出来ないけれど。せめて君のままで送れるように!」
 構えた斧のルーンが輝く。シンシアの狙い澄ました一撃は、正確に少年を斬り払う。
「出来れば辛い気持ち、助けて上げたかった、なのです……」
 堪えるように唇を噛み、ゆゆこはライトニングボルトを放つ。
「せめて、武士の情けです。化け物ではなく人のままで……あなたの名前、忘れませんわ」
 家族への遺言は聞けなかったが。最期を看取るべく、ユッフィーの地裂撃が夜気を割る。
「嗤ってやろうよ。これから先、同級生を間接的にでも殺したって事を背負うアイツらをさ」
 ニケのアイスエイジインパクトは、耐え続けた彼の生き様に敬意を込めて。
「ねぇ、僕と友達に成らない? 君みたいな後ろ向きに全力疾走してる様な、どうしようも無い奴って、結構好きだし」
 その言葉は刃か慰めか――玖魂から顔を背け、融は吐き捨てる。
「お前なんか、こっちから願い下げだ」
「本当の笑顔、お前に見せてやれないのが残念だ……アバヨ」
 季節外れの桜吹雪が舞う。ケイの一閃は桜花と共に燃え上がり、少年の影は儚く崩れ去った。

「繰り返されるんだ、こういうのって」
 残った制服のボタンを拾い、ニケは唇を噛む。せめて虐めの実態を詳らかにしなければ、彼も報われまい。
 殺界が消えれば、程なく夏祭りも再開する。決意の面持ちで神社の方を見やる結乃。
「虐めた人に伝えたいね、融さんの事」
「彼を笑った奴等が罪悪感に苛まれれば上々だ」
 彼の願い通り、笑顔を奪う為に――いっそ愉しげに、玖魂は目を細める。
「別に好きにすればいいが……人間ってのは、保身に回る生き物だぜ」
 気怠げに言い残し、ジョージは一足早く宵闇に消える。
(「……悪かったな、簡単に切り裂けるようなタマでもなくて」)
 そう、虐めていたクラスメイトが、ケルベロスに倒された――つまりは。彼がデウスエクスとなったという事。彼らが吹聴するなら己が所業の結果か、彼が人類の敵となった事か。
「彼はあくまで、ドラグナーの人体実験の犠牲者。ご家族には、そう伝えます」
 ユッフィーの言葉に、泣き笑う面持ちで黙祷するシンシア。
「お前だって、好きな事をしている時は笑顔になれた筈なんだ」
「素敵な笑顔、また好きになれるのです……きっといつか。その時まで……おやすみなさい、なのです」
 ケイとゆゆこの手向けの言葉は、暑気に紛れて消えていった。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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