自称・究極の吸血生命体現る!

作者:ハル


「……蚊、か……」
 そこは、都内にある公園。夜闇に紛れ、耳元で不快な羽音を鳴らすのは、紛う事なき蚊。よく見れば、奇妙な模様を背中に浮かべ、頼りない小さな体長ながらも、人にとって凶悪な口吻を有す、デウスエクスやゴキブリと並び称されるべき人類の宿敵。
「……カッコイイ!」
 そんな宿敵を前に、恐らくは中学生くらいの少年は、興味を露わにしていた。だが、少年はどこかソワソワしている。その様子からは、ただ蚊を眺めにやって来た訳ではない事が窺えるが……。
「蚊もいいけど、やっぱ究極の吸血生物といえば、吸血鬼!」
 そう、どうやら少年は、吸血鬼を探しているらしい。
「この公園に出るって噂で聞いたんだけどなー。何人もの男女が、全身の体液を奪われて、干涸らびて亡くなってるのが発見されてるって。暑い時期だから……なんて説もあるけど、さすがにそれじゃあ説明できないし、その症状って、まさに吸血鬼に血を吸われたんじゃ――」
 目を皿のようにして周囲を見回していた少年の口上が、ふいに止まった。
 背中に、さっきまではいなかったはずの気配を感じたのだ。その気配は、まるで少年の影から現れたかのよう。
「きゅ、……吸血鬼ですか?」
 振り返らない……いや、振り返られない少年が、弱々しく言う。それに対しての返答は、女の冷笑と、
「私のモザイクは晴れないけれど、あなた面白いわね? その『興味』には、とても興味があるわ」
 少年の胸元を貫く凶器。
「……お、俺は、人間を……や、め……」
 混濁していく意識の中、少年は自分の影から、彼の想像通りの美麗な吸血鬼が誕生するのを目撃したのであった。


「中学生というと、吸血鬼とか、悪魔とか、そんな存在に興味を持つ年頃ですよね。今回も、そんな不思議な物事に強い『興味』をもって、実際に自分で調査を行おうとしている少年がドリームイーターに襲われ、『興味』を奪われてしまう事件が発生しました」
 生暖かい視線を浮かべるセリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は、今回の事件の発生を懸念していたレクシア・クーン(咲き誇る姫紫君子蘭・e00448)の方を向く。
「私はあまりそういう事情に詳しくはないのですが、未知の存在に興味を抱いた少年さんを一概に責めることはできませんね」
 それに対し、レクシアが苦笑で応える。もし自分が同じような未知を前にして、憧れを抱かぬという保証はないからだ。
「ですが……だからこそ、少年さんを助けてあげたいですね」
 レクシアは、そう思った。同意するように、同席しているケルベロス達も頷く。
「もちろん、私達も同じ気持ちです。元凶となるドリームイーターは姿を消していますが、噂を元に生み出された吸血鬼は健在です。どうか、皆さんでこのドリームイーターを撃破してください」
 一転して真剣な表情に戻ったセリカが、ケルベロス達に資料を配る。
「現れた吸血鬼の姿としましては、黒髪に紅眼。それに加え、妖艶な雰囲気を纏い、スタイルも非常によい若い女性という事です」
「もちろん、見た目通りの相手ではないのですよね」レクシアの問いに、セリカは「ええ」と首肯する。
「動きは素早く、口を開けば、そこには人にはありえない鋭い犬歯がチラリと覗きます。その犬歯にて噛まれてしまえば、人を操ったり、前後不覚になるレベルの快楽を与えるといった特殊な唾液を傷口から注がれることになるでしょう」
 また、ドリームイーターは自分の事を信じていたり、噂している人が居ると、その人の方に引き寄せられる性質がある。
「現場となる公園には、身を隠せる丁度良い茂みも多いので、上手く誘導できれば不意をうつ事も可能かもしれませんね」
 そこまで言って、セリカは資料を仕舞う。
「少年のような年頃にとって、好奇心は切っても切り離せない関係です。その純粋な気持ちを悪意に変えるなんて、許されざる行為です! 皆さん、どうかお願いします!」


参加者
レクシア・クーン(咲き誇る姫紫君子蘭・e00448)
レーチカ・ヴォールコフ(リューボフジレーム・e00565)
百丸・千助(刃己合研・e05330)
リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)
餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)
植田・碧(ブラッティバレット・e27093)
リリス・ヴァンパイア(自称吸血鬼・e34072)
神苑・紫姫(ヒメムラサキ色吸血鬼・e36718)

■リプレイ


 夜の闇も深まり、公園には人っ子一人の姿もない。例外があるならば、公園のベンチで意識を失っている少年であろうが、一先ずケルベロス達はその傍を離れ……。
「最近、同族を名乗る輩がこの辺りに居るとか」
「この私を差し置いて吸血鬼を騙るとは生意気ね」
 談笑していた。神苑・紫姫(ヒメムラサキ色吸血鬼・e36718)と、リリス・ヴァンパイア(自称吸血鬼・e34072)である。
「吸血鬼って日光に弱いとかニンニクに弱いとか、そういう話も有名ですが、実際の所どうなのでしょう?」
 自覚があるのかどうなのか、対外的には己が吸血鬼と言って憚らぬ年頃の少女の相手を努めるのは、レクシア・クーン(咲き誇る姫紫君子蘭・e00448)。闇の中、彼女の手にあるライトの灯りだけが頼りだ。
「ニンニクはともかく、やはり日光は厄介ですわね。日傘でカバーは出来ますが」
「最近暑くて、昼間とか特に辛いわね。もう昼間には外に出たくないくらいよ」
 レクシアの問いに、リリスと紫姫が返答する。
 その後も、海に行って酷い目に合った、雨、台風の影響などを語り合い、「分かるわ~」と頷き会う二人に苦笑しつつ、レクシアは茂みに視線を送った。

「あっちは順調そうだな。それにしても、本物の吸血鬼2人と、偽物の激突は楽しみだ!」
 レクシアのアイコンタクトを受け取った百丸・千助(刃己合研・e05330)は、他の茂みに潜む仲間に言った。
「吸血鬼のドリームイーター、夏ですねぇ」
 季節柄というか、少年らしい考えに、リュセフィー・オルソン(オラトリオのウィッチドクター・e08996)が長い金髪を夜風に揺らし、クスリと頬笑む。
「彼は変なこじらせ方をしているようですので、早く助けて差し上げねばなりませんね」
 ランプで最小限の灯りを灯す餓鬼堂・ラギッド(探求の奇食調理師・e15298)。ラギッドはベンチの方向を一瞥しながら、「やれやれ」と肩を竦める。
(†闇の眷属†とか、闇に飲まれよ! とか口走らなくて良かったわ)
 ラギッドの言葉に若干胸が痛くなるのは、ある意味で、少年よりも遥かに拗らせているレーチカ・ヴォールコフ(リューボフジレーム・e00565)。
「実際人の血って美味しいのかしら……?」
 レーチカはそんな事を言って、自分は清楚なお嬢様なのだという無謀な印象付けをしようとするが、ラギッドの全てを見透かしたような笑顔に冷や汗をかく。
「どうなのかしら? 物語とかでは、吸う方も吸われる方も甘美さを味わう、みたいなイメージだけれど」
 植田・碧(ブラッティバレット・e27093)が、レーチカの呟きに反応する。その掌の中で、「これ、必要かしら?」と十字架とにんにくを弄びながら。
 ――と。
「貴女は吸血鬼などではない、タダの怪物です」
「……準備はいいわね?」
 紫姫の声にケルベロス達は武器を構え、リュセフィーの言葉に頷きを返すのであった。


「現れたわね。あなたが何者か言ってあげるわ。偽物の吸血鬼だ、とね」
 黒い髪は夜に同化し、その中で紅の瞳だけが爛々と浮かび上がっている。異性も同性も問わず虜にする芸術的な身体の曲線に、シミ一つ無いシルクのような肌。
 紛れもない美女に向かって、リリスは個人的感情と共にビシリ! と人差し指を突きつけていた。
「リリスさんと紫姫さんこそが吸血鬼です。もし、あなたが本物の吸血鬼だというのなら――」
 レクシアが、美女に手鏡を突きつける。伝承ならば、鏡には吸血鬼の姿を映らない。だが、鏡には美女の姿がしっかりと映し出されていた。
 リリスと紫姫が、万が一にも鏡に映らないようにポジションを変える中、美女がニィと笑う。口端から垣間見えたのは、鋭い牙。
「貴女達の尺度で測らないでくれる? 我こそは究極の生命体。夜の帳に生まれし吸血鬼! 代を重ね、あらゆる弱点を克服しているのよ!」
 吸血鬼を騙るドリームイーターが、歯を剥き出しにリリスを襲う。
「くっ!」
 リリスの肩に、深々と牙が突き刺さった。
(ご都合主義ね! 全然吸血鬼らしくないじゃない!)
 こちとら、真夏もゴスロリ服で過ごしているのよ! という矜持にかけて、リリスは傷口から流れ込んでくる、こちらを操ろうという意思に抵抗する。
「リリス様!」
 吸血鬼に最初の言葉をぶつけた次の瞬間、唐突に襲った強烈な頭痛を首を振って振り払いながら、催眠対策に紫姫が桃色の霧をリリスに纏わせる。
 そして――。
「いやぁ見事な逆切れですね。見苦しいので滅ぼしますねー」
「っ!?」
 紫姫のヒールも気にせず、一気に序盤の優位を確保しようとしていた吸血鬼の背後から、茂みに潜んでいた複数の気配が襲い掛かる。
 無防備な吸血鬼の背中に、ラギッドの腐蝕性の胃液がふきかけられ、シルクのような肌だった背中が、瞬く間に爛れていく。
(どうやら、十字架やにんにくは効かないみたいね)
 なるほど、中学生の考える最強の吸血生物なだけはある……という事か。碧は考えながら、
「あんなもの、タダの殺戮者ではありませんか」
 時折そんな紫姫の不満そうな呟きが聞こえてきて、碧は抑えきれず苦笑。そして、紫姫を「抑えて、抑えて!」と宥めつつ、碧は降魔の一撃を放つ。
「君がッ! 泣くまで! 殴るのをやめないッ!」
「皆は不満そうだけど、究極を自称するんだ。その怪物じみた力ぐらいは見せてくれよな!」
 ラッシュは終わらない。コォォォ! と呼吸するレーチカが淡い光を纏うと、掌に螺旋を溜めて放つ。続いて、千助の煌めきと重力を宿した跳び蹴りが、吸血鬼に突き刺さった。
「タイミングはどうだ、レクシア」
「ええ、バッチリです、千助さん――来ます!」
 千助とレクシアが軽く会話を交わすと、不意打ちから体勢を整えた吸血鬼が怒りと共に動き出す。
「我が内なる闇よ、刃となりて敵を漆黒に染めよ!」
 吸血鬼が手を翳すと、ドロリと血液に似た液体状の何かが空中に展開され、高速で飛来する。
 前衛を薙ぎ払うように放たれたソレに対し、レクシアが守護星座を輝かせて防ぐ。
「こちらからも援護するわ! 行くわよ、ミミック!」
「助かるわ、オルソンさん!」
 碧の前に、ミミックが庇いに入る。次いで、堪える前衛の頭上に、リュセフィーの生み出したオーロラが生まれ、包み込んだ。

「吸血鬼はヒールをするつもりよ! わたしが阻害するから、その隙に!」
「チッ、しつこい女ね!」
 戦闘中盤。開始から4分程度が経った頃、消耗を実感し始めた吸血鬼が、後退する。その意図を敏感に察したリュセフィーは、吸血鬼にウイルスカプセルを投射する。
「本物の吸血鬼の力、見せてあげるわ!」
 構わずポケットから深紅の液体の詰まったパックを取り出して増血を目論む吸血鬼を、虚の力を纏ったブラッディー・デスサイズで、リリスが傷つける。
「我が漆黒を、貴女達程度が晴らせると思わない事ね!」
 が! 再び翳された手から放たれる血晶弾。
(『何をするだァーッ! ゆるさんッ!!』ってやるチャンスよ!)
 中衛に向かって放たれたそれに堪え忍びながら、レーチカが犬となって仲間の行動を伺う。だが、そんな発想が浮かぶのは残念わんこのレーチカだけであり、
「おまえを葬るのに罪悪感なし!」
 レーチカは、八つ当たり気味にトラウマエピソードで吸血鬼に精神的ダメージを与える。
「何度でも言います、矜持も信念もない貴女を、同族と認める訳には参りませんわ!」
「いやぁ、さすがは本物の吸血鬼さん達は貫録がありますねぇ」
 紫姫に庇われたラギッドは、紫姫とリリスに称賛と拍手を。だが、その笑顔は妙にネットリとしていて。
「何か仰りたい事でも?」
「いえいえ、とんでもない」
 悪意ではないものの、何かからかわれているような気がして、紫姫が口を膨らませる。
「ふふ、私とイイコトし・な・い?」
「リ、リリス様!?」
 だが、催眠にかかったリリスに血を吸われそうになった際は、さすがのラギッドも焦りを見せ、からかわれた紫姫の溜飲も下がったようだ。
 自分とリリスを含めた前衛に、紫姫が花びらのオーラを降らせる。その間、ステラが紫姫に変わり、吸血鬼の背後から攻撃を。
「まったく、敵いませんねー」
 ラギッドが、電光石火の蹴りを放つ。
「ガジガジ、頼んだ!」
 千助の指示に従って、ガジガジがエクトプラズマで作製した武器を振り回している。
「邪魔よ!」
「そうかしら、私にとってはありがたいけれど? 追跡するまでもないから……ねっ!」
 吸血鬼の意識がガジガジに向いている間に、碧がグラビティー弾を吸血鬼に撃ち込んだ。ハンドガンを指先で回しながらホルスターに納める碧の前で、吸血鬼の肌に風穴があく。
「ぎゃっ!」
 そして、吸血鬼が口から低い呻きを漏らした。
「追い縋る者には燃え立ち諌め、振り離す者には燃え上り戒めよ。 彼の者を喰らい縛れ―――迦楼羅の炎」
 さらなる追撃のため、レクシアは地獄の翼から蒼い炎を噴きあげながら、自身の長所である高駆動を武器に、吸血鬼を攪乱。敵の生命力を喰らう蒼の炎弾を浴びせかける。
「捕まえたわ!」
 吸血鬼も、ただでは終わらない。炎に喰らいつかれながらもレクシアを捕捉し、首筋に牙を突き立てたのだ。
「あ゛――――――ッッ」
 脳髄を駆け巡る悦楽に、レクシアはガクガクと全身を震わせながら、だが声だけは上げてなるものかと歯を噛みしめる。
「レクシアから離れろーー!」
 千助の凍気を纏わせたパイルバンカーが、吸血鬼を貫く。千助は毒に犯されたレクシアを支えるが、彼の手にもビクンと痙攣するレクシアの反応に首を傾げながら、リュセフィーに助けを求める。
「心配しなくても大丈夫よ」
 苦笑を浮かべ、緊急手術を施すリュセフィー。やっぱりレクシアの恍惚とした表情や赤みを帯びた肌の意味が分からず、千助は「うーむ」と悩むのであった。


「おや、苦しまない? 本物の吸血鬼なら苦手なはずなんですがねぇ」
「何度も言わせるな! 我は究極なり! そんな小手先の技が通用するはずもないと分からないの?」
 ニヤニヤ笑いながら、ラギッドがニンニクを握り込んだ拳に鋼の鬼を纏い攻撃する。無論、ラギッドには、そんなもの効果がないと分かっているが、ただ単に嫌がらせである。
 付け加えるなら……。
「鮮血をその身に纏って舞え……朱裂!」
 千助の霊力を纏い長大となった綿摘で切り裂かれ、吸血鬼の片腕が飛ぶ。吸血鬼は増血してすぐに腕を再生させるが、リュセフィーの仕掛けたアンチヒールの効果で再生が遅々として進まない。
「動きが鈍っているわよ?」
 リュセフィーの流星の如き跳び蹴りも炸裂。
 そう、そうした、究極を名乗るくせに着々と追い詰められている吸血に対する皮肉もあるのだろう。
「くぅっ……! 紫姫、我を守れ!」
「無駄ですよ、同じ手は二度は食らいません!」
 先刻、怒り付与の効果で狙われていた紫姫は、催眠の効果を受けて仲間に刃を向ける場面があった。だが、レクシアは先んじて紫姫にオーラを溜め、同士討ちを阻止する。
「だったら!」
 ならばと、吸血鬼は再度牙で紫姫を狙う。しかし、その攻撃をリュセフィーのミミックが阻んだ。ミミックが突き飛ばされたなら、今度はリリスが!
「吸血鬼である私が、噛まれるなんてね……オマケに、身体が火照って……っ……」
 リリスの全身に、燃えるような高揚が回る。バチバチと全身を流れる甘美な痺れから気を反らせるため、リリスが逆に噛みつこうとする。
「あ……っ、んっ……や、やっと捕まえたわ……よ!」
「っ!?」
 互いの息が触れ合うまで接近して、ようやくリリスはこれまで何度も躱されてきた牙を吸血鬼に突き立てる。
「余裕がなくなってきているわね。いつまで耐えられるかしら?」
 急速に、吸血鬼は肌の艶を無くしていた。血が足りないのだ。揶揄するように挑発する碧の蹴りが貫く。聖職服を着用した碧は、さながら吸血鬼殺しの神父のよう。
「散滅すべし、吸血鬼!」
 レーチカの手元で、ナイフが歪に形を変える。そこにレーチカの回転も加えて振るわれたナイフは、吸血鬼の右肩辺りに突き刺さり、そこから肉体を崩壊させていく。
 だが、吸血鬼相手では、そこで油断してはならない。ステラが金縛りで動きを止めた吸血鬼に、紫姫がステラクラフトを向ける。
「夜を総べて護る吸血鬼幻想、その夢の『担い手』は私ですの!」
 この場においての吸血鬼は、彼女とリリスで十分だ。瞬時に吸血鬼との間合いを詰めた紫姫。握られたステラクラフトは氷を纏い、吸血鬼―――否、ドリームイーターの首を刎ね、無に帰すのであった。


「もうこんな危ない事はしてはダメですよ」
「あ……俺……」
 ベンチから半身を起こした少年は、ホッとしたような表情を見せるリュセフィーに出迎えられた。少年の脳裏には、恐ろしい記憶が蘇っているのだろう。中学生らしく、その肩が小刻みに揺れている。
「まぁ落ち着いて。ゆっくり飲んで下さい」
 そんな少年に、ラギッドが冷たい緑茶を差し出す。いつの間にか少年の全身は汗に濡れていて、緑茶は彼の精神を落ち着けるのに一役買ったようだ。
「戦闘場所のヒールは終わったわよ」
「彼の様子はどうかしら?」
 そこに、周囲を見て回ってくれていたレーチカと碧が合流し、無事そうな少年の姿に目を細めた。
「少年、吸血鬼のことを調べるのはオススメしないわ。この私の眷属になりたくなければ、ね」
「えっ」
 リリスの一言。それは、少年の憧れを刺激する言葉。少年は露骨に反応し、リリスを見上げる。
「我々こそが本物の吸血鬼。強いだけでない、夜を総べる貴き存在。その憧れ、大切にして下さいね?」
 その隣では、紫姫が優雅に、高貴な雰囲気を醸し出しながら言った。
「ふ、二人も……それに、吸血鬼が俺を助けてくれたのか……」
 感激した様子で目を輝かす少年。
「災難でしたが、貴方の憧れは悪くありません。年相応にこれからも楽しんで下さいね」
 ラギッドが、自称吸血鬼を制するように割って入った。尊敬の籠もった視線を受け、得意げな二人に、「責任とってくださいよ?」そう暗に告げながら。
「もし本気ならば、眷属にしてあげてもいいのよ?」
「本当!?」
 懲りずに高笑いするリリスに、苦笑を浮かべるしかないケルベロス。千助だけは皆の苦笑の意味が分かっていないようだったが。
「時間も遅いですし、彼を自宅まで送って差し上げましょう」
「そうだな」
 公園の時計を確認したレクシアが言う。きっと両親も心配している事だろうと、千助も同意した。
 願わくば、今日の出来事が少年にとって、黒歴史の一ページにならない事を願って、夜は今日も明ける。

作者:ハル 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 9
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