ファット・エクスプロージョン・フレイムズ

作者:鹿崎シーカー

「ヌゥーンッ!」
 虚空で閃光、そして爆発。熱風と炎が団地アパートの頂上付近に直撃し、派手に揺るがす。斜めったアパートは足元を倒れ、奥の棟に衝突。さらに奥の二棟もろともドミノ倒しめいて地に伏した第一棟のあちこちが爆発し、火災を引き起こす。鳴り響く非常警報!
 火の手が広がるにつれ悲鳴と狂乱が巻き起こるアパートを、太い足が踏み付ける。横倒しのアパートを足蹴にするのは褐色肌の肥満体をさらしたヒゲ面の大男。タールの翼をゆるく動かし、尖った耳をほじくりながら、シャイターンは腹を震わせて笑う。
「ヌハハハハハハハ! チョロいぜ……オレ様にかかりゃざっとこんなもんよ! さて……」
 男は顎ヒゲをしごきながら周囲を見回す。第一棟は既に火の海。悲鳴の合唱は徐々に大きさを増していく中、彼はひとりつぶやいた。
「えーと、なんだったかァ……死にかけのを殺してエインヘリアルに、だったか? ……要は全員殺しゃいいのか? とりあえずー……」
 アパートの窓からなんとか這い出し、身一つで逃れようとはいずる女性を見とがめる。口元が歪むと同時、大男の両足が発光。直後足が爆発し肥満体が女性の背後に現れた! 男は女性の頭を引っつかんで持ち上げる。
「お前から殺しゃあいいのかァ!」
 頭を握る手が光を放ち、爆発! 火球が女性を飲み込み消滅。焦げた下半身が落ちて転がり、火の粉が下卑て笑うヒゲ面をチリチリ照らした。
「ヘッ…………あァ?」
 大男は怪訝そうな表情で、落ちた下半身を足で転がす。しかし変化らしい変化はない。彼はヒゲをしごきながら首を傾げる。
「っかしィな……殺せばエインヘリアルになるとか言う話だったが……まァいいか」
 独り言を終えると、大男はあぐらをかいて座り込む。火と混乱が伝播していくアパート群を見下ろす濁った瞳が喜悦に歪んだ。
「こうやって這い出てきた奴、一人ずつ殺せば誰かしらなるだろ。のんびり待たせてもらうとするぜ。ヌヘヘヘヘヘ……」


「なんてことを……」
「うん。そういうわけだから急ぎ足で伝えるね」
 青い顔のキアラ・エスタリン(光放つ蝶の騎士・e36085)に、跳鹿・穫はお茶をすすって話し始めた。
 とある団地で、シャイターンの出現が確認された。
 彼らは定命化したヴァルキュリアに代わって死の導き手を務めるようになった……のだが、自然発生した事故の被害者を狙っていたヴァルキュリアと違い、シャイターンは自分達で意図的に起こした事故の被害者を殺して魂を導こうとしているらしい。
 今回現れたファットマンという名のシャイターンについても動揺で、彼は団地アパートを破壊及び放火することによって、大勢の人間を殺し効率よくエインヘリアルを生み出そうと画策している。
 これを放置すれば、団地のアパートで暮らす多くの人が殺されてしまう。皆には現地に急行し、住民の避難とファットマンの排除をお願いしたい。
 今回戦場となる団地アパートは第一棟から第四棟までの四つの独立した棟から構成されており、住民は約五百名ほど。ファットマンはここの第一棟の屋上付近に現れる。
 事前に住民を避難させてしまうと、大勢の死を望むファットマンは別の場所に行ってしまう。よって、彼が来るまで建物の近くで待機し、ファットマンの登場と同時に避難させるといいだろう。
 ファットマンは肥満した大男だが、自身の体から爆炎を放つ能力とそれなりに機敏な動きを自慢とする武闘派。ただ、彼は自分なら魂の選定など余裕と考えている節があり、ケルベロスが戦いを挑めば選定そっちのけで応戦してくる。ファットマンの攻撃は派手なので、周囲に被害が及ばないような工夫があれば安心して避難誘導ができるかもしれない。
 ちなみに、ファットマンがアパートの破壊と放火に成功した場合、彼は自分だけいち早く逃げようとする人間を狙って攻撃するようだ。
「誰一人として殺させない……必ず、止めてみせます!」


参加者
ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)
ヒスイ・エレスチャル(新月スコーピオン・e00604)
ラハティエル・マッケンゼン(マドンナリリーの花婿・e01199)
メリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)
小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080)
ズミネ・ヴィヴィ(ケルベロスブレイド・e02294)
マイア・ヴェルナテッド(咲き乱れる結晶華・e14079)
除・神月(猛拳・e16846)

■リプレイ

「んぬゥゥゥゥゥゥアッ!」
 虚空が突如爆発。滞空する爆炎を払いのけ、ファットマンは目下の団地を見下ろした。ドミノじみて並び立つ四つのアパートを観察し、片手の小指を耳に突っ込む。
「ここかァ仕事場? えらくしみったれたトコじゃねえか……」
 ほじった耳垢を吹き飛ばし、タールの翼を緩く動かす。ゆっくりと下降しながら、ファットマンは毒づき始めた。
「ったくよぉー……なんだって俺様がこんな仕事を……クソヴァルキュリアめ。大人しく雑用係に収まりゃいいのを」
 そうして彼は屋上付近に滞空。ゲップを吐いて脇腹をかくと、ヒゲの浮いた口元をニヤリと歪ませる。背を逸らし、そのまま腹に力を込める。
「まァいい。俺様がこんなヘンピな場所まで出向いてやったんだ。人間共にはせいぜい泣き喚いてもらうと……」
「ほう、泣き喚くのがお望みか」
「…………。ア?」
 背後上空からの声に振り向くファットマンの目を黄金色の光が焼いた。刀に金色の炎をまとわせラハティエル・マッケンゼン(マドンナリリーの花婿・e01199)が急降下する!
「ならば泣き喚いてもらおう。存分にな!」
「なにィッ!」
 回転しながら足から爆炎を噴射しファットマンは炎の一閃を回避! 刀を振り切りラハティエルは声を張る!
「真奈ッ!」
「あいよぉ!」
 下がるファットマン背後に飛び出した小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080)がパンチを繰り出す。金の巨大手甲が巨体の背中を打ち据えた。
「ごっはァッ!」
「鬼さんこちらや。もういっちょ!」
 即座に逆の手でフック! 小ぶりな拳が当たった瞬間、波打つ肉が光り輝く。背筋を強張らせ、ファットマンは咆哮した。
「ぬおあああああッ!」
 光る背中が爆発し真奈を炎で包み込む。さらにファットマンは拳からジェット噴射し回転エルボー! 狭い脇腹に骨太の肘がめりこんだ。肘が爆発! 爆発音と炎を背後にズミネ・ヴィヴィ(ケルベロスブレイド・e02294)はアパート屋上から跳躍し電極めいた杖を打ち振る。
「さあ、今のうちに!」
 虚空で白い煙が破裂し擬人化されたお菓子の大群が出現。彼らは各部屋のバルコニーに着地し窓をどかどか叩き始めた。
「大変だ! 火事だよー!」
「デウスエクスだよー!」
「みんな危ないから避難するよー!」
「ケルベロスが守るからだいじょーぶだよー! 慌てずについてきてー!」
 アパート壁面に杖を立てて張りつくズミネ。その真横にヒスイ・エレスチャル(新月スコーピオン・e00604)と黒翼を広げたディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)が降下する。
「……第二棟に行ってくる。バクラヴァの地図は失くしてないな」
「ええ、もちろん。ここは任せてもらえれば」
「……わかった」
 低く告げたディディエはそのまま垂直降下し直角カーブ。アパートを回り込む彼を見送ったヒスイは壁に刺した刀に力を込める。
「住民の皆さんもそうですが、上の皆さんも心配です。急ぎましょう」
「そうですね。早く逃がしてあげましょう」
 うなずき合うと、ズミネの杖が刺さった箇所が生クリームに変化する。二人はそこを突き破ってアパートの内部に飛び込んだ。擬人化お菓子に連れられ出てきた住民たちの視線を受けたヒスイは柔和に微笑む。
「安全な場所まで案内します。足元に注意して、慌てずについてきてくださいね」
 直後、爆音がフロアを揺るがす。第一棟の屋上で、炎と爆発音を貯水槽越しに聞いたメリーナ・バクラヴァ(ヒーローズアンドヒロインズ・e01634)は片手で携帯を操作しメールを送信。端末をポケットに押し込むと水槽を力任せに蹴り上げた!
「そぉいッ!」
 固定具を千切り貯水槽が飛ぶ。ファットマンの真上に差しかかったタンクに白銀の長剣を手にしたマイア・ヴェルナテッド(咲き乱れる結晶華・e14079)が跳躍。ホイールソウめいた縦回転斬でタンクを一直線にかっさばき、中身の水をぶちまけた。冷水を被るファットマン!
「っぶおッ! 冷てえッ!」
 怯むファットマン背後にアメリカ保安官めいた服の青年が飛び込み槍を突き刺す。反撃の裏拳を青年はバク転回避して銃撃。気を取られたファットマンの横っ面に除・神月(猛拳・e16846)が鋭い蹴りを叩きこんだ。よろめく彼に、ラハティエルは燃える刀を突きつける。
「どうした、シャイターン。貴様の貧弱な炎では、ただの水も消せないか? 蝋燭に灯を点けることぐらいしか出来そうにないな。落胆した。戦術的に……フッ」
「聞いたとおりのド派手な攻撃やけど、威力は見た目ほどでもないな?」
 マイアの桃霧を受けながら、真奈が肩を回して拳を構える。ファイティングポーズからジャブを繰り出し、指を立てて手招きをした。
「そんで、あんたはこっから出さん。ここの住人襲うんやったら、先におばちゃんたちを倒してからにしてもらうで」
「……ヘッ」
 ファットマンの口元が吊り、全身が橙色に輝き始める。彼の肌、足元の水が沸騰し、蒸発。噴き上がる蒸気の中、ファットマンは濁った瞳を歪めてみせる。
「どうせクソヴァルキュリアのクソ仕事。閑職だと思っちゃいたが……なんだ、骨のありそうな奴らがいるじゃあねえか……退屈しないで済みそうだよなァ?」
 直後、ファットマンの全身が強く発光! 熱い霧を連れた熱波になでられながら、メリーナは冷たい微笑を浮かべる。
「なるほど、脂はよく燃えるんですね。ランプみたいです貴方。……いや、むしろ燃えカスかな?」
「燃えカスはァ……」
 床が爆ぜファットマンの姿が消滅! 瞬間移動めいた速度でメリーナの目前に来た彼は拳を振り上げる!
「テメェの方だァァァッ!」
 肘が火を噴きパンチを放つ。即座に飛び込み前転回避したメリーナは追撃の後ろ回し蹴りを背中にかすめられつつ身をひねり、蒼い巨大バブルを撃ち出した。肘からジェット噴射した正拳突きで迎撃されたバブルは破裂。淡青の煙を噴霧する。
「ぶおッ!」
「速い速いで天狗ですか? 一撃がお粗末ですね!」
 倒れ込むメリーナをマイアの霧がふわりとキャッチ。その両隣をラハティエルと真奈がダッシュで駆け抜け煙を爆炎でふっ飛ばしたファットマンに肉迫していく。ラハティエルは刀に黄金の火を灯し空を一閃!
「行くぞ、卑しきシャイターン。我が名はラハティエル! 下劣な偽りの炎よ、我が真なる黄金の炎を見よ! そして……」
 炎の翼を広げて跳躍。大上段に刀を掲げ、肥えたヒゲ面を見下ろした。
「絶望せよ。フッ……」
「絶望だ?」
 ファットマンは笑い軽くジャンプ。頭上から斬りかかる刀と地上から飛び出す真奈の拳を前に体を光らす!
「それはテメェらの方だろうがよぉ!」
 彼の全身が再度爆発! 赤黒い炎が二人を残る煙もろとも吹き飛ばす。打ち払われる二人を虹色のつる草が受け止めて色とりどりの花を咲かせた。花から光の粒を注がれながら真奈は転がり火の粉をかき消す。
「あつっ! ……っ!」
 服の火を消す真奈にファットマンが急接近し手を伸ばす。橙色に輝く手の平!
「遠慮すんな! もっと燃えろよ!」
 熱を放つ手が触れる寸前、真奈背後のつる草が割れブーツが飛び出しファットマンの顔面を打つ! マイアは白銀の剣を片手に彼の顔を踏みにじる。
「あら、ごめんなさい。汗臭いし見苦しいデブだしオークだと思った、わ!」
「ッぶぁ!」
 蹴り出しノックバックした肥満体を斜めに斬り裂く! わずかに血をこぼした腹が力をこめられ光り出す。その瞬間、手で押さえたファットマンの顔面を後ろから黒い帯が締め付け引いた。伸びる影に手を突きメリーナは叫ぶ!
「ラハティエルさん!」
「良い判断だ。戦術的に……フッ」
 つる草を乗り越えラハティエルが片方の翼をマントめいてひるがえす。上向いた腹から噴射される炎を黄金の炎翼で受け止め、弾いた。そのまま刀を仰向けに倒れゆくファットマンに突き刺しに行く!
「潰えよ!」
「むががががが! ムンッ!」
 倒れ込むファットマンの背中が発光し、爆轟を引き起こした。屋上の床がひび割れ崩落。頭部爆破で影を払ったファットマンは階下の慌てふためく擬人化お菓子を踏み潰して跳びラハティエルをつかむ。襟首を捕らえた手が連続爆発!
「ハァーッハッハッハッハ! とっ捕まえたぜ優男ォ!」
「ぐっ……」
 執拗に爆ぜる腕がラハティエルを焼く。爆発音をBGMにつる草から離れた真奈が着地。がたるんだ腹に潜り鋭く速い右ストレートをえぐり込む!
「腹ががら空きや、ど阿呆」
 だが拳を埋め込まれた腹が炸裂装甲めいて爆発! 炎に跳ね返された真奈をファットマンは嘲笑う。
「無駄だぜ……俺は無敵だからなァーッ!」
「無敵、ねぇ」
 マイアがつぶやき床に手を突き、腕から伸ばしたつる草でフロア中を埋め尽くす。壁を飲み込んだつるに咲いた花が琥珀色の実を結ぶ。
「思い上がるのもいい加減になさい? 豚の殿方。魂の選定は貴方如きに務まらない」
「はァ?」
 前方の琥珀果実がスポットライトめいて鮮烈な光を放った。ファットマンに被さる長く巨大な影法師。逆光で漆黒に染まったメリーナは緩やかに舞う。妖しく瞬くマイアの瞳。
「その傲慢、死して恥じなさい」
「緞帳が降りて、魔法が解けて……崩れる」
 メリーナが指を鳴らした瞬間、影が輪郭を崩してファットマンの足元に収束。彼の影から螺旋状に伸びた影の触手が肥えた下半身に巻きつき、重力じみた力で引きこまんとする!
「どっ……ンだァこりゃあ!」
「さあさあ、これで速度は関係ないです。悔しかったら私を組み敷いてご覧なさいでーすよっ!」
 動きを封じたファットマンにメリーナは組んだ両手を震わせながら言い放つ。下へ下へと引きずり込まれかけながら、ファットマンは両手の平を下向けた。太陽めいた光が奈落の影を照らし出す!
「ナメんじゃねえぞ……クソ人間風情がよぉッ! ぬるァッ!」
 ファットマンの両手の平がロケットめいて爆炎を噴射! 超高熱の炎は影の触手を焼き払って床を貫通、ファットマンを空中に向けて打ちだした! マイアが展開した植物の防壁より高くシャイターンは高速飛翔。高みに至った彼は両手を天に突き上げる。
「暇潰しにしちゃあ楽しめたぜ。だがいい加減腹一杯なんでなァ。ここで始末してやるよッ!」
「あら、そうなんですか?」
 直後、アパートの真横を斜めに伸びる白亜の塔が突き抜ける! 天をめがける巨大ケーキの塔の先端、ズミネはファットマンを見上げ妖艶に笑って見せた。
「でもお生憎。これからデザートのお時間ですよ。満ち足りるには早すぎます。ヒスイさん!」
「はい」
 伸びるケーキタワーの半ばからヒスイがアパートの中に飛び込み着地。湾刀の刃を床に触れさせ、エメラルドカラーの波紋を広げる。
「遅くなりました。お怪我はありませんか?」
「何、あのような俗物に遅れは取るほど錆びてはいないさ。思ったより活きがよかったが……フッ」
「ま、避難は済んどったようで安心安心。あとはあのアホぶっ飛ばすだけや」
 各所に火傷を負ったラハティエルと真奈が立ち上がる。一方で上空のファットマンは目元をひくつかせ、両手をさらに強く光らす!
「ケッ。何人来たって変わりゃあしねえ! 全員まとめてぶっ潰したるぁあああああッ!」
 手の平がジェット噴射し流星めいて落下する! 炎をまとい加速する彼の足元、ズミネはケーキタワーの角度を微調整し軽く飛び退く。落ちる彼女と逆にファットマンはケーキの塔に飛び蹴りを放った!
「黒焦げになりやがれぇぇぇぇぇッ!」
 吠えるファットマンがさらに勢いよく燃え上がる。先端部分に激突する直前、地の底から響くが如き祝詞が響く。
「……来たれや来たれ、出でては食らえ。食い潰せ、ペルーダ」
 ケーキタワーが内から爆散! アナコンダじみた頭部が飛び出しファットマンに食いついた。亀の胴に獅子のたてがみを備えた獣はケーキの塔から落下しつつ頭をアパートの壁に打ちつけた。削られるアパートを見下ろし、ディディエは横目でズミネを見やった。
「……随分と甘い菓子だな、ヴィヴィ。ペルーダが辟易しているぞ」
「甘いですよ、しびれるくらい。ディディエさんこそ、良いペットをお持ちのようで」
「……火力には自信があるのでな」
 低くつぶやきディディエは人差し指を真上に立てる。幻獣は長い首を下から上へしならせくわえていたファットマンを投げ上げた。一振りされたズミネの杖から雷雲めいた綿菓子が大量に振りまかれ、仲間達に細い雷を落とす!
「では少々早い気も致しますが、このままフィナーレと行きましょう?」
 雷を受けた真奈が即座にダッシュ! 跳躍し、追い越していくメリーナの蒼いシャボンを使って三角跳びしながら空中をスプリントし目前まで飛んできたファットマンの頭をつかんだ! 矮躯を全力でひねって振り向き、肩をうならす!
「一気にたたみかけるで。覚悟ぉ……しぃやッ!」
「ぬああああああああああああッ!」
 全力でぶん投げたファットマンをにらみつけ、背後のシャボンを蹴って跳躍。高速で肉迫し、赤々と燃える拳を撃ち込んだ!
「でやああああああッ!」
「ごふッ!」
 炎の鉄拳が腹にめり込む。ファットマンはむき出した目に憤怒を燃やし、腹に力をみなぎらす。輝く贅肉!
「ナメんなっつってんだろぉがァアアアアアアッ!」
「ッ! ……まだまだや。まだまだやれるで!」
 爆発! 噴き出した爆炎の中でマイアの桃霧に包まれた真奈は身を焼く炎を吸引し自身の拳の火力を強める。飛んでいくファットマンの背後に翼を広げたディディエが回り込む!
「……ふむ、いかんな。中々どうして、血が逸る」
 肩越しに振り返るファットマンが背中を橙に染める。だが火を噴くより早く刀が走り背中をX字に斬り裂いた。返す刀で回転斬撃。うなじを狙って剣を振るう!
「……疾く、失せろ」
 迫る白刃を前にファットマンは歯噛みをして両目を見開き足を爆発! 間一髪で斬撃から逃れた彼の前につる草の壁が立ち上がる。色とりどりの花と琥珀果実が実る壁を駆け上がるのはマイアとメリーナ!
「ヒスイさん、お願いします!」
 メリーナの声にヒスイは無言で壁に湾刀の刃を当てた。瞳から零れた翡翠色の電光が腕と湾刀を伝って流れ込み、植物の壁を駆け上がる。無数の琥珀果実が翡翠色に染まり、同色の電光をファットマンに集中砲火! 電光を浴びる彼の体が翡翠の石に変化していく。
「ぐおおおおおおおおッ! 畜生、こんなモン……こんなモンがァァァァッ……!」
 凍るように侵食する宝玉の奥で橙色の光が明滅。光が徐々に強まってく中、ファットマンの肩に突き立つ白銀の剣と小ぶりのナイフ! マイアの剣が銀光を強め、メリーナの服の袖から影の触手が顔を出す。
「後悔なさい。ヴァルキュリア達を、人の魂を侮辱したこと。……地獄で、永久に」
「鍋だかカマドだかでゆっくり調理されちゃってください? あ、不味くて誰も食べないか」
「このッ……クソッ……」
 憤怒に染まる肥満の顔を宝石と影が埋め尽くす。二人は同時に刃を引き抜き、影のミイラと化したシャイターンを蹴飛ばした。落下していく彼の真上に羽ばたいたラハティエルは両の翼を大きく広げた。
「貴様にふさわしい末路となったな、シャイターン。せめてもの慈悲だ。我が黄金の炎、その輝きこそ……不滅なる希望の灯火! より良き明日を求める願いが、私を前へ歩進ませる! これを以って、醜き貴様の手向けとしよう!」
 気高く告げて強く羽ばたく。渦巻く金色の炎風がシャイターンを飲み込んだ。
「Flamme de Cinabre!」
 轟とうなる黄金の風が無人のアパートを真っ直ぐ貫き霧散する。炎の渦が消え去ったそこファットマンの巨躯は既に無く、わずかな煤が虚空に溶けた。


 数分後。縦に大穴が開いたアパート内で、せっせと擬人化お菓子が働く。空からドリルを入れられたが如き惨状を見下ろし、ズミネは空虚な笑みを浮かべた。
「……随分、派手にやりましたね……?」
 くるっと振り向いた先、銀色のスキットルが目に映る。中身をあおっていたラハティエルは飲み口を離すと、赤ら顔でうそぶいてみせる。
「フム。少々熱くなっていたのは認めよう。だからこうしてクールダウンしてるわけだが。戦術的に……フッ」
「まぁまぁラハティエルさん!」
 遠くを見つめるラハティエルの背を、メリーナが勢いよくたたく。
「言わなきゃ多分大丈夫ですよ。半分くらいあの豚さんのせいですし! ね?」
 水を向けられ、マイアと真奈が肩をすくめる。
「そうね。あれが来さえしなければ、さすがにこうはならなかったし」
「別に死人出たわけとちゃうし、直せば同じや」
「それは責任転嫁と言うのでは。あと直すのは私ですよね?」
「まぁまぁ。私でよければ手を貸しますから」
 ヒスイになだめられ、渋々と杖を振るズミネ。湧きだす擬人化お菓子そっちのけで、メリーナはラハティエルを見上げた。
「ところで、何飲んでるんですか?」
「ウィスキーだ。メリーナ殿は酒精を得られる年頃か?」
「もちろん! ハタチですから! 私もクールダウンしたいです!」
「……まだ夜ではない。元より冷静であっただろう」
 煙管を吹かし、口を挟むディディエ。直後、メリーナは暗い笑みを向けた。
「必要だったら、冷たくもなれます」
「…………。ほどほどにな」
「はい!」
 それだけ言ってディディエは目を閉じ、空に紫煙を吹きだした。

作者:鹿崎シーカー 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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