木霊幽霊が出る崖

作者:秋津透

 千葉県館山市の海に面した崖の上に、長身の青年が立っている。
「時刻は間もなく午前二時……草木も眠る丑三つ時、という奴だ」
 時刻を確認しながら、青年は呟く。
「さて、噂の木霊幽霊は、本当に現れるのか……」
 木霊幽霊。それは、とある崖の上から、ある決まった時刻に、ある決まった言葉を叫ぶと、最初は木霊返しをしてくるが、決まった回数だけ繰り返すと、幽霊が出現して、呼びかけてきた者を崖下に引きずり落として殺してしまう、という、怪談というか都市伝説というか、そういう噂である。青年は、この噂に興味を持ち、噂のある各地の崖を巡って実際に呼びかけてみたが、今のところ、幽霊に出会うことはなかった。
 ……っていうか。本当に幽霊出たら、命危ないんじゃね? 一応、命綱はつけてるみたいだけど、そういう対処が効かないから怪談なわけで。
 しかし青年は、意を決した表情で、海に向かって禁断の言葉を告げる。
「お前を殺した奴は誰だ~?」
 ……木霊、返ってきません。海ですから。返ってきたら、そこで既に怪談です。
 それでも青年が、二回目の叫びを発そうとした時。
 不意に、青年の背後から何か……大きな鍵が突き込まれ、心臓を突き通す。
「……なっ!?」
 驚愕の表情で、青年はくたくたと崩れ倒れる。鍵が抜かれるが、血も出ず、傷にもならない。
 そして、いつの間にか青年の背後に立っていた鍵を手にした怪しい女……結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)の宿敵、12人のドリームイーターの魔女の集団、「パッチワーク」の魔女の一人、第五の魔女・アウゲイアスが呟く。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 そして、意識を失って倒れた青年の傍らに、白い経帷子をまとい、額に三角の白布を張り付けた、今時そんな格好で埋葬される人いません的な純日本風幽霊が出現する。
「お前を殺した奴は誰だ~?」
 青年の言葉を木霊返しし、幽霊……の姿をしたドリームイーターは、ふらふらと宙を漂い動き出す。
 アウゲイアスの姿は、既にどこにもなかった。

「夏といえば怪談ですが、怪談が本当かどうか酔狂にも確かめに行った者が「パッチワーク」の魔女に襲われるという怪談が、最近のハヤリだそうですね」
 どこまで本気で言ってるのか、いまいちよくわからない表情というか無表情で、ミレイ・シュバルツ(風姫・e09359)が淡々と告げる。
 そしてヘリオライダーの高御倉・康が、困惑気味の口調で続ける。
「えー、千葉県館山市の海に面した崖の上で、木霊幽霊の怪談が本当かどうか確かめに行った青年が、結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)さんの宿敵、12人のドリームイーターの魔女の集団、「パッチワーク」の魔女の一人、第五の魔女・アウゲイアスに襲われて『興味』を奪われ、新たなドリームイーターが誕生してしまう、という予知が得られました。急遽現場に向かい、できれば夜が明けて人通りが多くなる前に、ドリームイーターを倒して被害者を目覚めさせてもらえば、と思います」
 そう言って康は、プロジェクターに地図と画像を出す。
「現場はここです。被害者は崖の上で倒れていて、幽霊型ドリームイーターは崖からふらふらと自動車道の方へ降りてきます。深夜なので人通りはありませんが、誰かと出会ってしまった場合、ドリームイーターは「お前を殺した奴は誰だ?」と訊ねて来ます。この時、オウム返しに「お前を殺した奴は誰だ?」と返せば攻撃されないようです。この攻撃キャンセルは、一人に付き一回だけ効くそうです」
 そう言って、康は肩をすくめる。
「幽霊型ドリームイーターのポジションはキャスター。配下などはいません。ドリームイーターなので鍵を隠し持っていて斬りつけてきたり、経帷子の経がモザイク状になっているのを飛ばしてきたりします。まあ、能力的には普通のドリームイーターですが、浮遊しているようなので、海の上へ出られてしまうと少し厄介かもしれません」
 そして康は、一同を見回して告げる。
「夏だからかどうかはわかりませんが、興味を奪うドリームイーターの活動が、最近活発です。元凶に届かないのは歯がゆいですが、どうかしっかり解決願います」


参加者
天崎・祇音(埋没神霹靂・e00948)
天矢・恵(武装花屋・e01330)
ミレイ・シュバルツ(風姫・e09359)
尽影・ユズリハ(ロストブレイズ・e22895)
リノン・パナケイア(保健室の先生・e25486)
渫・麻実子(君が生きるといいね・e33360)
安海・藤子(道化と嗤う・e36211)
カロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)

■リプレイ

●なんか、薄いぞ、この敵
「敵を発見。道路近くまで降りている」
 真っ先にヘリオンから飛び出したリノン・パナケイア(保健室の先生・e25486)が、地上を視認して告げる。
「海上に逃げる位置ではない。が、急がないと道路に出られる。……急行する。後続、急げ」
「了解だ」
 短く応じて、天矢・恵(武装花屋・e01330)が急降下する。リノンはヴァルキュリア、恵はオラトリオで、翼を広げて滑空偵察するのも、加速をつけて自由落下より速く急降下するのも自在だ。
「空襲してもよさそうだな」
 呟いて、ドラゴニアンの尽影・ユズリハ(ロストブレイズ・e22895)が続く。飛行しながらの攻撃は、ポジション効果が得られないので不利な点が多いが、その分早く撃てるので牽制には向いている。
 有翼種族の三人に、ユズリハのサーヴァント、ボクスドラゴンの『シオン』を加えた四人が、空中で巧みに態勢を変えながら、燐光を放つ地上の目標……幽霊型ドリームイーターに殺到する。
(「さすがに、翼がなくてはああいう真似はできない」)
 口には出さず呟き、シャドウエルフのミレイ・シュバルツ(風姫・e09359)が続いて降下する。
 彼女は特殊な訓練を積んできた暗殺者で、人間離れした身のこなしが可能だが、それでもヘリオンから跳びだして自由落下中にできることは限られる。
 そして、無理に有翼種族に張り合おうなどという気は毛頭なく、ミレイは道路よりの地点に降下し、素早く動く。彼女の降下とほぼ同時に、リノンが先制の轟竜砲を放つ。
「!」
 いきなり砲撃を受けたドリームイーターは、いったん静止して上方を見上げる。そこへ恵が、重力を充分に乗せた飛び蹴りを叩き込む。
「!!」
 本物の幽霊なら、砲撃や蹴りは素通しになるのかもしれないが、姿は幽霊でもドリームイーター、しっかりダメージ食らった上で地面に叩きつけられる。
 そこへ、ミレイが音もなく飛び込んでくる。
「目標確認。殺界を形成……遮断完了」
 深夜で人通りがないとはいえ、万が一という事態に備えて悪いわけはない。ミレイは強烈な殺気を放って、常人には近づけない、近づこうという気も起こせない結界を巡らせる。
「これより、任務を開始」
 ミレイが声に出して告げると、ドリームイーターが奇妙な声で問いかけてくる。
「お前を殺した奴は誰だ?」
「お前を殺した奴は誰だ?」
 特に意識もせず、ミレイは冷静に木霊返しで応じる。そして案の定、ドリームイーターは攻撃を仕掛けてこない。
(「攻撃が来たら、私かシオンが庇うつもりだったが……ないに越したことはないな」)
 声には出さず呟き、ユズリハが自分を含めた前衛に命中を強化するグラビティを及ぼす。『シオン』は後衛のリオンに、状態異常を防ぐグラビティを使う。
 そして、袖を縛り紐で結んだ姿で降下地点から急行してきた天崎・祇音(埋没神霹靂・e00948)が、そのままの勢いで重力蹴りを叩き込み、続いて彼女のサーヴァント、ボクスドラゴンの『レイジ』が体当たりを敢行する。
 更に安海・藤子(道化と嗤う・e36211)が、少し遠い間合から轟竜砲を放つ。彼女のサーヴァント、オルトロスの『クロス』は、そのまま突進して神器の刃でドリームイーターを斬り裂く。
 ケルベロスとサーヴァントたちの攻撃を受け、幽霊型ドリームイーターの身体が揺らぎ、燐光が明滅する。傷は生じず悲鳴などはあげず表情も変わらないが、それなりに効いてはいるようだ。
「……あ、あれは幽霊なんかじゃない、霊なんかじゃない、ただのデウスエクス、ただのドリームイーター……コスプレイヤーみたいなもん……」
 けっこう蒼い顔でぶつぶつ呟きながら、渫・麻実子(君が生きるといいね・e33360)が自分を含めた後衛に、状態異常を防ぐグラビティを付与する。
 そしてカロン・レインズ(悪戯と嘘・e37629)は、後衛に命中強化のグラビティを使い、彼のサーヴァント、ミミックの『フォーマルハウト』は鎖付きの懐中時計を具現化、振り回してドリームイーターに叩きつける。
 続いて、敵の背後側に着地したリノンが、バスターライフルを撃つ。直撃され、ドリームイーターは激しく燐光を明滅させる。
「効いてっかな?」
 苦痛の叫びやら傷がつくやらはないようだが、と冷静に呟き、恵が幻影の竜を召喚、火炎ブレスを叩きつける。
 続いてユズリハが轟竜砲を放ち、『シオン』がブレスを吐く。
 そしてミレイが、オリジナルグラビティ『彼岸花(ヒガンバナ)』を放つ。
「容赦はしない。全力で行く。裂け、彼岸花」
 呟きとともに、螺旋力を籠めた無数のワイヤーが放たれ、ドリームイーターを切り刻む。傷はつかず手応えも微妙で、一見、効果が薄いかと思えたものの、ドリームイーターが放つ燐光が目に見えて暗くなる。
 そして次の瞬間、ドリームイーターが纏う帷子に張り付く無数のモザイクが動いて結集、強い光を放つ。光が消えた時、ドリームイーターが放つ燐光は、元通りとは言わないまでも、明度を取り戻していた。
「自己治癒か」
 呟いて祇音が、斬霊刀『建御雷神』を振るう。雷が生じ、ドリームイーターが真っ二つになった……かと見えたが傷はつかない。しかし、燐光の明度が再び減じる。
 そして『レイジ』がブレスを吐きつけ、藤子は非常に目視しにくいが、黒い光を照射して攻撃する。
「……斬撃は無効のように装うが、実は明度でダメージが露呈している。燐光など放たず、不可視で木霊だけの存在なら、ずいぶんと厄介だろうに……間抜けな仕様は、急造ドリームイーターだからか?」
 パッチワークの魔女どもには新規創造物を改良する発想がないように見えるが、さて、どんなものか、と、藤子は戦闘時の男口調ではあるが、戦闘者より研究者の視点に立った感じの呟きを漏らす。
 一方『クロス』は、ごく律儀に炎を放って敵を攻撃する。
 そして麻実子は、あまり相手の様子を見ていない、というかまともに見たくないらしく、味方前衛に防御力上昇のグラビティを付与する。
 カロンも、味方前衛に命中強化のグラビティを送る。『フォーマルハウト』は、ドリームイーターにがぶりと噛みつく。
(「予想より、脆いか?」)
 破壊力に優れたオリジナルグラビティ『サタナス・ズレパニ・レモス・ハイレン』を使おうか、と、リノンはちらと思ったが、特に積極的に使いたい技でもなく、見せ場が欲しい性格でもないので、予定通り再び轟竜砲を撃ち放つ。
(「まだだな。外しちまったら洒落にならねぇ」)
 恵も命中を重視し、妖精弓から追撃の矢を放つ。矢はドリームイーターの胸を貫き、傷はつかないものの、また燐光の明度が落ちる。
(「手応えは薄いけど、大丈夫、効いてる」)
 ユズリハが重力蹴りを放ち、『シオン』は体当たりを駆使する。ミレイは大鎌『黒死天翔』を一閃させる。
(「また燐光が弱くなった……これが消えれば、斃せたということ?」)
 ミレイが鋭く見据える中、ドリームイーターは再びモザイクを結集して光を放ち、燐光の明度を回復させる。とはいえ、その光は当初よりは明らかに暗い。
(「このままいけるか?」)
 祇音のオリジナルグラビティ『天津罪(アマツツミ)』は、威力絶大だが消耗が激しく、何より一種の神罰呪詛が彼女自身に対して発動してしまうため、あまり使いたくない。
 おまけに、同行している藤子が、その神罰呪詛に興味を持っており、発動したら最後自分が清めてやるとまとわりついてくるのが、いろいろな意味で煩わしい。
 使わないで済めば越したことはない、と口の中で呟き、祇音はマインドリング『雷鳴の指輪』を雷の力でソードに変化させ、稲妻とともにドリームイーターに斬りつける。
「!」
 燐光以外の反応が薄い幽霊型ドリームイーターだが、祇音のソードを受けた瞬間、びくんと全身を震わせる。そこへすかさず『レイジ』が体当たりを敢行する。
「……ふむ」
 藤子は少し考えたが、同じ攻撃の繰り返しでは面白い反応が期待できないと思ったらしく、オリジナルグラビティ『蒼銀の冴・馮龍(ソウギンノコオリ・ドラゴン)』を発動させる。
「我が言の葉に従い、この場に顕現せよ。そは静かなる冴の化身。全てを誘い、静謐の檻へ閉ざせ。その憂い晴れるその時まで」
 静かな詠唱に応じ大量の氷が召喚され、龍の姿に変じる。魁偉な氷龍は、幽霊型ドリームイーターを氷で閉ざし、爪と牙、体躯を用いて蹂躙する。手応えがあろうがなかろうが知ったことではなく、ただその全力を尽くす。
 そして、氷龍が攻撃を終えて消えた時、ドリームイーターもほとんど消えそうなほど燐光が弱まっていた。
 そこへ、通常の攻撃順を飛び越え、恵が進み出る。
「これで終わりだ」
 断言すると、恵は幽明定かでないドリームイーターへと、オリジナルグラビティ『斬華一閃(キリバナイッセン)』を発動させる。
 鮮やかな斬撃一閃、しかし、あまりに斬撃が速いため、刃を一時召還して使ったのか、手刀で斬ったのか、それすら分らない。
 真っ二つにされたドリームイーターは、そのまま燐光を失って消える。消える寸前、最後に受けた言葉、ミレイの声を木霊返しに繰り返す。
「お前を殺した奴は誰だ?」
「あなたを殺すのはわたし達」
 ミレイが応じ、消えてゆくドリームイーターを見据える。
「気配が消えた。これで斃したと思うけど」
「手応えがなさすぎて、実感がねぇな」
 幽霊型だからしょうがねぇのかもしんねぇが、何とも辛気臭ぇ、と、恵が顔を顰めて肩をすくめる。
 すると、ユズリハが提案した。
「上で気を失ってる被害者がすんなり目を覚ますようなら、ドリームイーターは退治されたってことでしょ? 確かめてみない?」
「ふん……」
 恵は鼻を鳴らしたが、結局八人全員が、崖の上まであがってみることになった。

●崖に立つ青年の話
「……デウスエクスが僕の『興味』を奪って、新たな怪物を造ったのですか」
 ケルベロスたちが上がってきた時、既に青年は意識を取り戻していたが、当然、何が起きたかわからず、呆然と座り込んでいた。
「それを皆さんが倒してくださった。それはどうも……お手数を取らせました」
 事情説明を受けて恐縮する青年に、ユズリハが優しい口調で応じる。
「デウスエクスを討つのは、私たちの使命。それは気にしなくていいけれど、そもそも夜中にこんなところに来るものではないよ」
「そうですよ。家族や友達に心配をかけてしまいます」
 カロンが言葉を重ねると、青年は力なく微笑した。
「家族は……いません。友達も、親身になって心配してくれるような人はいないですし、新たに作らないよう気を付けています。今の世の中、誰でも、いつどこでどう死ぬかわかりませんし、死なれてしまったら辛いですから」
 う、何か、辛気臭いぞ、と、恵が静かに注意深くその場を離れ、一目散に逃走する。自身が洒落にならない複雑微妙な家庭環境を抱える恵は、他人の身の上話が大の苦手だ。
 そして青年は、淡々と言葉を続ける。
「僕は八王子の出身ですが、以前から放浪癖があって。高校生の頃から、家出同然にあちこちをふらふらしてました。そうしたら、ある日、八王子がなくなってしまって。実感は未だにないんですが、いきなり天涯孤独になってしまいました。死んだ人が幽霊になって出てくるという話に興味を持つようになったのは、それからですね」
「……亡くした家族に、会いたいの?」
 訊ねるユズリハに、青年は首を横に振る。
「いえ……デウスエクスに殺された人は、魂を喰われてしまって幽霊にもなれない、という噂は知っています。それに、たとえ家族の幽霊に会ったとしても、それこそ今更、何を言ったらいいのか……でも、そうですね。死んだはずの人と会った、話したという噂に思わず聞き耳立ててしまって、どんな馬鹿馬鹿しくて危険な方法でも、方法が語られていれば実際に試してみたくなるのは……本当は、家族に会いたいからなのかもしれませんね」
(「ああ、気持ちはわかるような気もするよ……」)
 言葉には出さずに、リノンが呟いた。

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 2
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