玄奥飴細工

作者:絲上ゆいこ

●バタフライ・エフェクト
「あなた達に使命を与えます」
 プラチナブロンドにシルクハット。
 その顔を覆い隠す赤い仮面は螺旋を描く。
「この街に居る飴細工師。――その仕事内容を見、可能ならば習得したあと殺害しなさい。グラビティ・チェインは略奪してもしなくても構わないわ」
 チェック模様の燕尾ジャケットを羽織った女。
 ミス・バタフライは二人の道化師を仮面の下から真っ直ぐに見つめた。
「はい! 一見この意味の無い事件も、巡り巡って地球の支配権を大きく揺るがすのですね!」
「了解しました」
 二人の道化師姿の螺旋忍軍は、全く逆のテンションで答え。
 その答えに満足したのか、ミス・バタフライは踵を返した。
「行きなさい」
「はっ」
 二人の返事が重なる。
 そして三人の姿は陽炎のように揺らめき、かき消えた。

●風が吹けば桶屋が儲かる
「大変よ、みんな! ミス・バタフライがまた事件を起こそうとしているのよ!」
 通りがかったケルベロスたちを呼び止めた遠見・冥加(ウェアライダーの螺旋忍者・en0202)が、大きく手を広げて言い。
 ボクスドラゴンのリリンを抱き上げたネリネ・ウァレ(さよならネリネ・e21066)も大きく頷き、ケルベロスを見上げた。
「みんな、飴細工は見たことはあるか? ……ネリネは去年のお祭りで初めて見たぞ」
 飴細工とは熱されて柔らかくなった飴を、指や握りハサミで切ったり伸ばしたりしながら造形する日本の伝統文化である。
 古くから庶民の娯楽として親しまれている技術ではあるが、その職人数はけして多いものでは無い。
 最近では、祭りなどでも見かける事が減ったように思える技術だ。
「今回は飴細工師のタケシの店に現れる螺旋忍軍が、飴細工の情報を得た後にタケシを殺そうとするようだ。この事件を阻止しないと風が吹けば桶屋が儲かるように、ネリネたちにも不利な事が起こってしまうという」
「それに、このままだとタケシさんが殺されてしまうもの! 助けに行かなくっちゃいけないわ!」
 ぐっと意気込んだ冥加は、ヘリオライダーから託された資料をばさばさと机に広げる。
「事前に避難をしてしまうと、敵が別の対象を狙ったり被害が防げなくなってしまうそうなの。だから、タケシさんを警護しながら螺旋忍軍と戦うか――」
「もしくは、事件の三日前程からタケシにネリネたちは接触ができるらしい。事情を話して仕事を教えて貰えば、螺旋忍軍の狙いをネリネたちに変えさせる事ができるかもしれない」
 文字を指先でなぞったネリネは、喉を小さく鳴らした。
 もちろん、素人のままでは囮になる事などできない。
 囮となる為には、努力とセンスが不可欠なのである。
「きっと皆ならできるわよね。私も頑張っちゃうわ!」
 ね、と冥加は笑い資料を捲った。
 現れる螺旋忍軍は攻撃力に秀でた背の低い少女と、防御に秀でた背の高い少女の二人組だ。
 店の中はギャラリースペースがあり、その奥のカウンター越しに飴を細工している姿が見られるようになっている。
 囮になる事に成功した場合は、螺旋忍軍に技術を教える修行と称して彼女達を分断したり、先制攻撃を行ったりする事もできるであろう。
「螺旋忍軍達は囮のケルベロスたちが一般人よりは強い事は解っているが、職人とはそのようなものなのだろうと、特に怪しみはしないようだ」
 間取り図からケルベロスに視線を戻したネリネは、まっすぐに皆を見上げた。
「夏になれば、祭も沢山だ。飴細工を楽しみにしている者も多いだろう。悪い螺旋忍軍にはネリネばあさんが灸をすえてやる」


参加者
ロゼ・アウランジェ(ローゼンディーヴァの時謳い・e00275)
リナリア・リーヴィス(クラウンウィッチ・e01958)
朔望・月(既朔・e03199)
八上・真介(徒花に実は生らぬ・e09128)
レスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)
ラズリア・クレイン(天穹のラケシス・e19050)
ネリネ・ウァレ(さよならネリネ・e21066)
スピノザ・リンハート(忠誠と復讐を弾丸に秘め・e21678)

■リプレイ


 飴職人のタケシに事情を説明して修行の了承を得たケルベロスたちは、彼の店の細工室に集まっていた。
 溶かして、切って。縮んで、伸びて。
 タケシのまるで魔法の様に滑らかな手さばき。息を飲む間に一輪の薔薇が生まれる。
「あの塊が、こんなに変わるんだ。すごい」
「飴細工って……すごいのです!」
 普段より少しだけ、眼鏡の奥の瞳を見開いて呟いた八上・真介(徒花に実は生らぬ・e09128)。
 ロゼ・アウランジェ(ローゼンディーヴァの時謳い・e00275)が桃色のテレビウム、ヘメラと並んで碧色の瞳をキラキラと輝かせた。
「短期間で多くを学ぶのは難しいから、ネリネは花の細工に絞ろう」
「そうだな。作る細工は絞って練習したほうが完成度が上がるだろーしな」
 ボクスドラゴンのリリンを膝に乗せたネリネ・ウァレ(さよならネリネ・e21066)に、スピノザ・リンハート(忠誠と復讐を弾丸に秘め・e21678)が同意を示す。
「私にも、作れるかな?」
「さぁな。だが使い物になってくれん事には困るな」
 ヘメラに首を傾いだロゼに、ぶっきらぼうにタケシが応えた。
「お手本も見た事ですもの、がんばります!」
「うん」
 こんなに素晴らしい技術を、奪わせる訳にはいかない。
 ロゼと真介は並び、熱された練習用の飴を取り出して細工を始める。
「う」
 それと同時に朔望・月(既朔・e03199)からうめき声が漏れた。
 彼女の前に立っているのはギザギザのヒトデのような飴だ。
「まあ、お星様ですか?」
 ラズリア・クレイン(天穹のラケシス・e19050)が尋ねると、月は左右に首を振った。
「白状しますが、折り紙付きの不器用です……」
 ビハインドの櫻の前に見事な白ウサギが居る所を鑑みると、月のそれはおそらくウサギであったのだろう。
 その横でハラハラと見守るヘメラの元で、ロゼが極厚の花びらをビヨビヨと伸ばして薔薇をラフレシアにアレンジしてしまっていた。
「……あら?」
 そう、涼しい顔で何でもできそうなロゼも、超ド級の不器用なのだ。
「二人共飴を摘み過ぎだ、もう少し量を減らして指先で転がして撫でるようにやってみろ」
「はい。……最初から諦めたら負け、ですよね」
「はいっ! ええ、不器用でも頑張りましょう!」
 月とロゼが同時に返事を重ね、顔を見合わせて頷いてから再び細工を始める。
 黙々と作業を行う事は苦では無い。どちらかと言えば好きだ。
 しかし、完成した飴を険しい真剣な表情でレスター・ヴェルナッザ(凪の狂閃・e11206)は見つめる。
「飴の熱さはどうってことねえが……」
 地獄と化した利き腕は熱さに堪えはしない。
 しかし、繊細な鋏運びは地獄では補う事ができない。
 そして、生来の手先の不器用さも、だ。
 眉を寄せたレスターは周りを見渡し。
 眼鏡を掛けたリナリア・リーヴィス(クラウンウィッチ・e01958)の動きに目を留めた。
 彼女の手さばきは迷い無く、飴が繊細なバランスに整えられてゆく。
「――これは、これは」
 レスターは感嘆の息を零す。
 やる気が無さそうにすら見えていたぼんやりとしたリナリアの瞳は、眼鏡を掛けてからは生気に満ち。
 打って変わって真剣な色を宿している。
 完成したフクロウも初心者にしてはなかなかの出来のように見えた。
 息を吐き出すリナリア。
「……難しいね」
 難しい、しかし。こういう芸術は好きだ。
 奥が深く、本来ならば一朝一夕で身につくものでは無いだろう。それでも身近な人に見てもらえるぐらいには完成度を上げたい、と思う。
 そこに、鋏をちょいと掲げるレスター。
「あんた、ちょいとコイツのコツを教えてくれないか?」
「私でいいの?」
 リナリアは二度瞬きしてから、レスターの横へと歩み寄った。


 光陰矢の如し。
 全てを伝える事はできる訳も無い、短い時間。
 飴の練り方、指の微妙な力加減。鋏の入れ方、鋏の切っ先での細工に筆の入れ方。
 学ぶことは多く、実際にやってみないと分からない事ばかりだ。
 少しでも修行時間を無駄にする事はできないと、飴細工屋の明かりはずっと絶える事が無かった。
「見てみて、遠見。可愛くできた」
「まあ、本当だわ、真介さんも随分上手になったわよね!」
 真介が完成したばかりの垂れ耳のウサギを掲げ、遠見・冥加(ウェアライダーの螺旋忍者・en0202)は手を合わせて微笑んだ。
「うん。同じ形ならかなり良くなってきたと、思う」
 幾度も繰り返し覚えた手順は、努力そのものであろう。
 それは例えば人に渡しても、恥ずかしく無い出来では無いだろうか。
 垂れ耳ウサギを見ながら、真介は少し瞳を細めた。
 薄い花弁を丸めるように重ね、重力にとろける飴を逆さに掲げる。
 甘い甘い一輪の薔薇を愛する彼に贈ろう。いつもは伝えられない愛しい言葉を籠めて。
「諦めたら負け、ですもんね」
 その為には、最高の一輪を生み出さなければいけない。
 ロゼがまだ分厚い花弁を引っ張る様を、ヘメラが心配そうに眺めていた。
 飴細工は奥深い、いろいろな種類がある。
 想像力一つで何でもつくれてしまうのだ。
「冥加は、どんなのにした?」
「ふふー、人参よっ!」
 ネリネの問いに嬉しそうに応えた冥加は、レスターの作品に目を留めた。
「レスターさんは、それはお魚よね?」
「ああ。魚なら想像しやすそうだと思ってな。これが鰤で、こっちは寒鰤だ」
 冥加の問いかけに応えるレスター。
「鰤と寒鰤。えっ、これが……寒鰤で……?」
「えっ、鰤?」
 身の締りと脂のノリを表現した繊細な飴細工だが冥加には分かりづらかったらしく。飴を手に月と櫻に見せに行き、顔を合わせて首を傾げている。
 彼女達を眺めるレスターの鋭い瞳が、細められる。
 脳裏に過る、夏祭りにはしゃぐ失った者。
 ――きっと、喜んだんだろうな。
 ずきん、と地獄と化した腕が痛んだ気がした。
「……」
 幸運の象徴。青い鳥が作りたいと伝えたスピノザに、タケシは飴を取り出して練り始める。
「お前はなかなかスジが良い。……だからこそ口で伝えても教えられない。見て覚えてくれ」
 タケシの手の中で今にも飛んでゆきそうな翼を広げた鳥が生み出される様を、スピノザは真剣な瞳で見つめ。
 同じく鳥を作りたいラズリアも一緒に並んで、タケシの手元を見つめる。
「――タケシ先生ありがとうっす。……でも、タケシ先生もほとんど寝てないっすよね。大丈夫っすか?」
「そうだぞ、タケシ。相談に乗ってもらえるのは良いが、タケシが倒れては本末転倒だ」
 ネリネが言葉を重ね、タケシが首を振る。
「弟子が修行してるっつーのに俺がいなくてどうすんだ。一人前に育てる事はできねェが、最低限は俺の弟子だって名乗られて恥ずかしく無いようにしてェだけだ」
「タケシ様……。それでは、頑張らなければいけませんねっ」
 教える側が真剣ならば、教えられる側も真剣に。話を聞き漏らす事も、見逃す事も許されないだろう。
 ラズリアが今見たばかりの動きを思い出しながら、飴を練る。
 修行とは言え、作ることは楽しい。
「ああ、厳しく教えられたからって覚えられるモンじゃないし、楽しんで続ける事が肝心だ。それに人の目の前で作る物だからこそ誤魔化しは効かない。そこが面白く、……難しい所でもあンだがな」
「それが、飴細工師のやりがいってヤツか?」
 レスターが尋ね、タケシは頷く。
「妥協した所が限界だ。そいつはそれ以上上達しないだろう? だから一生修行だな」
「何事にも通ずる、耳の痛い言葉っすね……」
「少なくともここ数日のお前達を見ていると、俺も褌を締めてかからなきゃいけないと思わされるって事さ」
 手先の器用さに奢る事無く、忠実に取り組む。
 相槌を打ったスピノザをはじめ、ケルベロス達のがんばりはタケシも認める所であった。
 机にいくつも並んだ飴細工は、全てここ数日でケルベロス達が作ったものだ。
 電灯に照らされキラキラと輝く飴を前に、ネリネは呟く。
「……にぎやかだな」
「そうだね、――ミス・バタフライとやらが何を考えているのかわからないけれど……」
 リナリアはミミックの椅子に似せた飴をそこに並べる。
 もう、明日の昼には、敵は現れるだろう。
「人も文化も守らないとね」
 その日も、飴細工屋の明かりが絶える事は無かった。


 昼時の町家を照らす太陽。夏の暑さがじりじりと地を焼く。
「お邪魔しまーす! やってますかー?」
 白鳥に青い鳥。薔薇に花、ウサギと魚。
 ケルベロス達の作った飴が並ぶ店に、道化師姿の少女が二人訪れた。
「いらっしゃいませ、やってますよ」
 眼鏡にエプロン姿のリナリアが小さく頭を下げるのに合わせて、背の高い少女が前に出て、ぺこりと頭を下げた。
「突然の訪問申し訳ございません。私達、大道芸の修行中でして、こちらで修行をさせて頂きたいと思い伺わせて頂きました」
「そりゃご苦労さんだが、大将――タケシは今祭りの準備に出かけていて何とも答え難いな」
 レスターが肩を竦め、スピノザが飴の飾り台からひょいと体を出した。
「それに、さっき丁度材料が切れて買い出しに行く所なんだよな。タケシ先生がなんて言うかは分かんねーけど、良かったら修行の一環って事で買い出しに付いて来てくれねーかな?」
 彼の言う通り、店内の見える場所には材料の類は見当たらない。顔を見合わせた二人の少女は頷く。
「はい! よろしくおねがいします!」
「では、お近づきの印に。さあ、行きましょうかっ」
 羽ばたく雀の飴を道化師姿の少女に手渡したラズリアは、彼女達の先頭を切って外へと歩きだす。
 扉を閉めた瞬間。
「それじゃ、はじめようか、螺旋忍軍達!」
 店を背に。守るように立ったスピノザから一気に吐き出された弾は地を爆ぜ、少女達の脚を貫いた。
「――私と一曲、踊りませんか?」
 同時に屋根の上から空を切るように落ちてきたロゼとへメラが、流星の軌道と凶器を薙ぎ、背の低い少女を押し倒す。
 背の低い少女を無理やり引きずり起こした背の高い少女は吠え、螺旋の力を腕に纏った。
「お前たち、……ケルベロスかっ!」
 螺旋の力を叩きつけようとした少女の間に、マインドリングから盾を顕現させたネリネは体を滑り込ませてガードを上げた。
「ああ、その通りだ。ネリネが修行をつけてやる。――ッ!」
 螺旋と光の盾が重なりアスファルトが罅割れ爆ぜた。ぎりと奥歯を噛み、ネリネは耐える。
 ネリネは生まれて初めて祭りと飴細工を見た時。
 来年も見たいと思った。
「……ネリネはまた、来年も見たいと思ってい、るっ!」
 ネリネは腰と膝のバネで力任せに少女の攻撃を押し返し、少女の体が浮く。
 高速演算。
「飴細工は体力と精密さが物を言う、身を以て学べ!」
 弱点を見抜いたネリネは、掻き消える寸前の光の盾を少女の脇腹へと叩き込む。
「おねえちゃんっ!」
 背の低い少女が一気に地を蹴り。
 ネリネへ向けてその全身に螺旋の力を漲らせながら、拳を高く振り上げた。
 鎖状のエクトプラズムを漲らせながら、跳ね跳んできたのは椅子だ。
 大口を開き幾重にも重ねた鎖でその螺旋の力を受け止め、勢いそのまま地を転がり跳ねる。
 リリンがすかさず癒やしを椅子に与え。
「椅子偉い。おねーさんも頑張っちゃうよー、――進め、この風と共に」
 吹き荒れる追い風に、リナリアの編み上げられた髪が舞う。それは癒やしと加護を運ぶ追い風だ。
 風を受け、ブルーサファイアの軌跡と黒の軌跡が駆けた。
「そのお店の中には、……きらきらした宝物が、タケシ様の大切な物が沢山あるのです」
 ラズリアの手の中には、星々の輝きを纏った青い槍。
 ――だから、絶対に護ってみせる。手を触れさせるものか。
 星の軌道を残す稲妻めいたラズリアの突きに合わせ、蹌踉とした少女の背に白銀が振り下ろされた。
「疾く往け」
 真介のその一撃は、武器に魔力を纏わせ抜き討つだけのシンプルな一撃だ。
 しかしそのシンプルさ故に、その一撃は強い。
 交わされる形で串刺しにされかけた背の低い少女を突き飛ばし、変わって背の高い少女が一撃を腹に受ける。
「……ぐっ!」
「手に職も悪くねえが、本分はこっちでな。あんたらが人を襲うなら容赦はしない」
 レスターの右腕を伝う銀色。
 自らを貫いた槍を引き抜き。
 まろぶように無理矢理体を滑り込ませた背の高い少女は、突き飛ばした少女を狙う連撃に螺旋の力を叩きつける。
 上段、下段、頭上への撃。
 目に見えぬ速さで刃と拳が交わされる度に、螺旋と竜骨に宿した地獄の銀炎が飛沫を散らし、砕け舞う。
「尽きろ」
 連撃の最後。
 叩き落とす様なレスターの一撃に、螺旋の力が弾かれ押し込まれた少女は耐えきれず、弾き飛ばされる。
 櫻がその瞬間、ぐいと腕を引く動作をした。
 脚が絡み、そのまま転がる螺旋忍軍の少女。
 月が瞳を細め、指先を弾くように拳を突き出した。
「――さようなら」
 螺旋忍軍を貫いたカプセルは背の高い彼女の体を蝕み、彼女は血を吐く。
「じゃま、するな、ケ、ル……」
 そして、背の低い少女へと分身を重ねると彼女はそのまま地に伏せ動かなくなった。


「よくもおねえちゃんを……!」
 庇われつづけてしまった背の低い少女は、螺旋の力を氷結と変えて打ち出し。
 月へと向かって、加速の全てを乗せて拳を叩き込まんと跳ねた。
「!」
 桃色のスカートを揺らしたヘメラが、氷結に凶器を叩きつける事で軌道を無理矢理変え。その身で螺旋忍軍の少女の一撃を受け止める。
 重ねる形で椅子が食らいつくが、それは彼女に残された分身だ。
「リリン!」
 頷き。封印箱に収まったリリンを、持ち上げたネリネが勢いをつけて封印箱を思い切り投げ。
 そして自分自身も駆ける。妖精の靴が跳ね、舞う様に体を捻り回転を得た一撃が敵を貫いた。
「ヘメラさん、大丈夫ですか!」
 月は魔術切開による癒やしをヘメラに与え。
「……合わせてくれる?」
 掌の中で撫ぜる金の懐中時計。
 同時に間合いを詰めようとしたロゼに、真介は首を傾ぐ。
「はい、もちろんです!」
 真介が軸足の踵をねじり込むように回転させて、上体を振る。
 逆側からロゼが跳ね、すうと息を吸った。次に吐き出されたのは、詩だ。
「運命紡ぐノルンの指先。来たれ、永遠断つ時空の大鎌――」
 真介は腰を逆側に切り、全身で腕を振るえば生まれる銀の加速。
 ロゼが瞳を細める。
 金蜜に咲いた七彩の薔薇が呼び出された大鎌にぶわりと舞った。
「あなたに終焉を」
「散れ」
 左より紫色の炎が雷めいて爆ぜ、右より運命すら断ち切る大鎌が振り下ろされる。
「ま、だ……っ!」
 敵の両手に纏った螺旋の力は弱々しく、しかし、未だ敵意は萎える事は無い。
 断ち切られた身体に、憎しみを宿した瞳。
「大切なモノを奪うというのはそういう事ですっ」
 きらりと輝く飴細工。
 ぶっきらぼうながらに、仕事を楽しそうに語るタケシが脳裏を過る。
 ラズリアは大切な相棒たるアイギスを身体に纏わせ、コル・レオニスを構えた。
 ――死を司りし忘却の王よ、我が呼び声に応え給う。
 煌々と輝くグラビティが、亡霊王の虚無の槍を空より生み出す。今にも倒れそうな少女を前に、レスターは頭を振った。
「……あの世で桶屋に伝えろ。そよ風も吹かせられなかったってな」
 スピノザが頷き、リボルバー銃を構えた。
「それじゃ、こいつでおしまいにしようか」
「ああ」
 レスターは竜骨でできた巨大な剣を下段に構え、一気に跳ねる。
 援護するかのように、彼の背後から幾度もスピノザは弾丸を叩きこむ。
「小賢しい……っ!」
 ほとんど突進するように身を低く構える敵に、おまけと言わんばかりにスピノザは鮫の意匠が施された鎖鎌を振るい投げた。
 直線的な一撃に軽く飛んで避ける敵。
 しかし、その場所こそ狙いの場所だ。
「深淵より生まれし崩壊の槍を持て、汝が敵を貫き葬れ!」
 ラズリアの声音に呼応し、少女を貫く虚無の槍。
 同時に地を抉るように跳ねたレスターが、横薙ぎに銀色の炎を爆ぜさせて塊のような剣を叩きつける。
「――最善手こそ最適解、ってな」
 スピノザが呟くと、どさりと少女が地に落ちた。彼女達が、もう立ち上がる事は無い。
 その身体は、何も残さぬ陽炎のように掻き消え始めていた。
「………修行のみやげだ」
 消えた彼女たちの代わりに。
 ネリネは自らと同じ名の花に似せた、二輪の赤い飴細工を手向けてやる。
 そこには、もう何も無いけれど。
 遠く高く響く鎮魂歌が聞こえた気がした。
 ロゼがヘメラを抱き上げ、ぎゅっと抱きしめる。
「ヘメラもおつかれさま!」
 皆と壊れた店前を癒やす風が吹く。
「はーい、おつかれさまー」
 肩を竦めて眼鏡を取った瞬間。瞳が死んで椅子に座り込んだリナリアに、ラズリアは微笑みかける。
「何とか護れましたねっ」
「……それに、何とかウサギも薔薇も作れるようになりましたしね」
 作戦上外で待っていたが、一応エプロンをつけさせて貰っていた月も柔らかく微笑んだ。
 そう。ケルベロス達は皆、一応見習い程度には認められていたのであった。
「さ、タケシ先生を呼びに行こうぜ、店は無事だってな。それに、礼も言いたいしな」
「うん」
 スピノザの声掛けに真介は頷き、振り返った。
 夏の日差しはまだまだ高い。
 少しファンタジックになった店前に、二輪の赤い飴細工。
「……夏だな」
 レスターは瞳を閉じる。
 何処か遠くで、祭り囃子の練習音が聞こえ始めていた。

作者:絲上ゆいこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 4
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