ジュライ・ブライド

作者:廉内球

 遠く山の緑が見えるカフェ。狭いながらも小綺麗な店内から一歩出れば、広い庭に灼熱の太陽が照りつける。店の内装は教会に似て、赤い絨毯の両脇にベンチが並び、最奥には説教台があった。
「あそこにウェディングケーキを置きたかった……」
 厨房でうなだれる、牧師風の格好をした店長。軽食とコーヒーがメインのカフェでありながら、ここは結婚式場でもあった。貸し切りも格安。ガーデンウェディングに対応するために広い庭を確保した結果、交通の便は至極悪いがそこはそれ。
 もちろん、結婚式のための青い小物も完備している。だというのに、客足はさっぱり伸びなかった。サムシング・ブルーを増やすほど、なぜか赤字も膨らんで、とうとう閉店と相成ったわけである。
「やっぱり結婚式限定がよくなかったのか……普通のお客さんにも来てもらえばよかった」
 そんな店の中に、突如として赤い魔女が現れる。第十の魔女ゲリュオンは店長の心臓をその手の鍵でひと突きにした。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 そして、そこに牧師の姿をしたドリームイーターが現れる。十字架型のモザイクを揺らし、ドリームイーターは悠々と客席へ歩き出した。

 自分の店、一国一城の主、とアレス・ランディス(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0088)は唸るようにつぶやいた。
「夢を叶えて理想の店を出す、か。個人的には憧れるが……このようなことになってはな」
 ドリームイーターが奪ったのは、店を潰した後悔。交通の便が悪いせいか、幸い店長を除けば被害はまだ出ていないが、デウスエクスが現れた以上、放置はできない。
「下手人の方は既に立ち去っているが、店にいるドリームイーターさえ倒せば、店長も目を覚ますだろう。場所は……上空までヘリオンで送るから問題ないな」
 周辺は芝生に囲まれている。着地には困らないだろう。
 また、店長は厨房の奥に倒れている。幸い冷房は入ったままで、屋内は涼しい。また、店内で戦闘を行っても、店長が怪我をすることはない。
 敵のドリームイーターの攻撃方法は三つ。手にした十字架型の鍵で十字に切りつけてくる攻撃。飛ばしたモザイクで動きを止める攻撃。そしてモザイクで包みこんで牧師が味方であると錯覚させる攻撃だ。
「問答無用で突撃しても構わんのだが、この店は結婚式喫茶……というジャンルの店らしくてな、なぜか軽食が用意されていて、ドリームイーターも結婚式のような振る舞いを望んでいるようだ」
 といっても簡易なものだ。最低限は以下の通りだと、アレスは要素を列挙する。
 まず結婚式を挙げる人間が一組以上いること。何人でもいいので参列者がいること。そして、式を挙げる者が、永遠の愛を誓いますか、という問いに誓うと答えること。
「必ずしも乗る必要はないが、まあ遊んでやっても良いんじゃないか」
 もちろん、遊びでなく本気でも構わない。結婚式、あるいは結婚式の真似事に応じることで、敵の戦力を下げることができる。
「それで、何ていうお店なの?」
 千鳥・小夜子(氷刃雷・en0075)が氷菓をかじりながら訪ねると、アレスはバインダーの資料を読み上げる。
「山の緑とサムシング・ブルーに囲まれて。結婚式喫茶、マリッジ・ブルー……だそうだ」
「名前が悪かったんじゃないかしら」
 小夜子の一言に多くのケルベロスがうなずくのを見て、アレスは苦笑いを浮かべた。


参加者
四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)
ヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)
ナレー・ション(地球人の降魔拳士・e12935)
立花・吹雪(一姫刀閃・e13677)
赤鉄・鈴珠(ファーストエイド・e28402)
曽我・小町(大空魔少女・e35148)
津雲・しらべ(追憶者・e35874)
朧・陽葵(不調和オートマタ・e36285)

■リプレイ

●控え室にて
「ここで、これ着て……」
 敷地の目立たない場所にある控え室で、四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)に首根っこを掴まれた二藤・樹が、真っ白なタキシードを渡され部屋に押し込まれる。
「戦いの人手が足りないからって話のはずが、どうしてこうなった」
 樹の諦念から出た独り言は黙殺された。
 その間、女性陣も着替えと準備を済ませながら、この喫茶店の外観を思い出していた。白い壁、教会風の建物。入り口には『結婚式喫茶 マリッジ・ブルー』と、優雅な書体で書かれた看板が掛かっていたが。
「考え自体はとても素敵だとは思うけど、名前が縁起が悪すぎるのが……」
 ナレー・ション(地球人の降魔拳士・e12935)はその名に苦言を呈す。
「結婚による生活の変化に対して憂鬱な気分になること。最悪の場合婚約破棄に至ることもある……だったかしら」
 千鳥・小夜子(氷刃雷・en0075)は調べてきたマリッジブルーの意味を口にした。
「そら、気になってたとしても入りにくいわな。うん」
 頷く朧・陽葵(不調和オートマタ・e36285)も、さすがに結婚前には不吉すぎるという感想だ。誰も止めなかったのか、あるいは止めたが聞き入れられなかったのか。それに、問題点はそれだけではない。
「行きにくいのもものすごく大変なんじゃないでしょうか」
 津雲・しらべ(追憶者・e35874)が見た限り、ヘリオンから飛び降りた場所は一面芝生で、宿や公共交通機関どころか道らしい道も無かった。もちろん駐車場も無い。これでは不便だ。
「けど、とても素敵な試みだと思います、お店自体は」
 立花・吹雪(一姫刀閃・e13677)はそう評価する。安く借りられて景色も良い。小規模な式であれば、何の問題もなく挙げられる。それは魅力だ。
「誰かのために、お祝い……って、幸せなことだと……思う……」
 津雲・しらべ(追憶者・e35874)も、この店が目指したもの自体には賛同していた。しらべは共にフラワーガールを務める予定の千里とお揃いの白のワンピースに着替えると、新婦役である曽我・小町(大空魔少女・e35148)の着替えを手伝う。
「ありがとう、純白のウェディングドレスを着るのって憧れだったの。トキハさんもありがとね!」
 小町は傍らで着替えを進める風間・水紅羽に礼を言う。今回の、小町の新郎役を務めるために男装し、インヒールブーツで身長を底上げ。背筋を伸ばした姿は、優しい幸福な新郎のそれであった。
 一方で少し不安そうなのはヒメ・シェナンドアー(白刃・e12330)。今回のもう一人の新婦役だ。
「見学のつもりだったんだけど、大丈夫かな」
 ヒメが心配そうに、千里に言う。Aラインのウェディングドレスを纏い、あとは入場を待つのみではあるが。
「先に行って、待ってますね」
 赤鉄・鈴珠(ファーストエイド・e28402)は一足先に準備を終えて、教会風の部屋へ戻っていく。着替えを済ませたケルベロス達も、彼女に続いて先に会場に向かっていく。
「折角の機会なんだから……ね……頑張って……」
 新郎新婦を先導すべく残った千里が、ヒメを勇気づけた。
 やがて、タキシードをきっちりと着こなし、髪も整えた樹が合流。二組の新郎新婦は、式場へ向かって移動を開始した。

●結婚式喫茶
 ステンドグラスから光が差し込む教会の中で、参列者たるケルベロス達は新郎新婦の到着を待つ。説教台の神父はにこにことして、聖書らしきものを持って待っていた。敵意を感じさせず、控え室の案内もしてくれたこの神父の胸元はモザイク。彼は紛れもなく、ドリームイーターであった。
「ソレデハ、新郎新婦ノ入場デス」
 ドリームイーターが宣言する。
 白いワンピースの千里としらべが、バージンロードに花を撒き清めていく。その道を、ヴェールを下ろした花嫁が二人、ゆっくりと進んでいく。ヴェールはナレーが用意したサムシング・オールド、二人の両手を包む長手袋はサムシング・ニューとして、同じくナレーが用意していた。
 花嫁達の歩む道の先に待つのは新郎二人。白いタキシードを着こなし、髪を整えた樹は少し気恥ずかしそうで、緊張しぎこちないヒメの所作には気づいていないようだった。一方、髪を結び、オラトリオの特徴である髪の花を隠した水紅羽は、柔らかな表情で小町を待っていた。
 そして、花婿が花嫁の手を取る。ふとその顔を見上げた小町は、整えられた髪に酔芙蓉が無いことに気づく。
「……トキハさん、髪のお花は?」
「今日の私の花は、小町ちゃんだよ」
 そう言われれば、小町の目には水紅羽が世界一素敵な王子様に見える。本当は可愛いお姫様なのに、今日だけは大切な友達が大切なパートナーになってくれる。
(「仮、だとしても、こういうおめでたい雰囲気は良いもんだな……」)
 空色のドレスに身を包む陽葵。彼女の肩を飾るは宵色のショール。昼と夜の空の色が。未来へと歩みを進める二組の新郎新婦を静かに祝福する。
 神父姿のドリームイーターと新郎新婦を、赤のドレスを着た鈴珠がこっそりと見比べた。
(「結婚式ってみるのははじめてですが……今日のペアはなにか本気なぶぶんが見えます」)
 どきどきしながら見守る鈴珠の視線の先で、神父の姿のドリームイーターが聖書のようなものを開いた。重々しく口を開くと、諸々を省略してもっとも大切な問いを発する。
「健ヤカナル時モ、病メル時モ。永遠ノ愛ヲ誓イマスカ?」
「誓います」
「誓います」
「誓い、ます」
「……誓います」
 四つの宣言に、ネイビーブルーのパーティドレスを着た吹雪が微笑んだ。
(「戦いのためとはいえ、純粋に楽しいものですね」)
 武家の娘として、未だ色恋とは遠い吹雪。そんな彼女も、いつかはバージンロードを歩く日が来るのかもしれない。
 小夜子もまた、今日は紺色のドレスを用意して、指輪交換の様子を見守る。少しぎこちなくパートナーに指輪をはめると、緊張し通しだったヒメが初めて笑顔を見せた。
「……デハ、誓イノキスヲ」
 水紅羽は小町のヴェールを上げ、お互いに額にキスをする。女性同士、将来の伴侶に遠慮しながら、それでも浮かぶ笑顔はこの上なく幸せそうだ。
 そんな二人と、そして目の前のヒメの笑顔を見て、知らぬうちに樹の顔も赤くなる。
(「これ本当にするのフリだよねドリームイーターはよ」)
 ぐるぐると思考を巡らせながら、しかしやるべきはやる。誓いのキスを。心臓がうるさいほどに高鳴る中、顔を近づけ……。
 コキャ。
 ヒメが真っ赤になりながら、樹の顔を両手で無理矢理横に向けた。聞こえてはいけない音がしたような気もしたが、もはやそんなことは気にしていられない。そのまま、頬に口づける。
 永遠のような一瞬の後、店内を温かな拍手が包み込んだ。
「幸せそうな花嫁さん、良いですね」
 シスター見習いのナレーには、結婚式のお手伝いも慣れたもの。細々とした気の利く用意は彼女ならでは心配りだ。式に臨む花嫁の姿はいつも幸福を分けてくれる。
「そうですね。それに……ドリームイーターは予定通り弱体化したようです」
 吹雪は努めて戦いのことを思い出す。誓いのキスに自分まで少しドキドキしてしまったが、いつでも戦闘に入る準備はしている。
「じゃ、そろそろこっちも本番かね」
 陽葵も、隠しておいたドラゴニックハンマーに手を伸ばした。そして。

●番犬たちの共同作業
 花婿二人が、花嫁たちをかばうように下がらせる。とりどりのドレス姿がドリームイーターと新婚二組の間に割って入った。
「青いかみなりが、守ります!」
 鈴珠が小さな手でライトニングロッドを強く握ると、先端から青白い雷光がほとばしり、ケルベロス達とドリームイーターを隔てる。戦闘開始を悟ったドリームイーターはすぐさまケルベロス達に攻撃を試みるが、直後、その頭部にモザイクの花が咲く。物陰から木下・昇のリボルバーが覗き、その銃身から紫煙を上らせていた。
「このような素敵な夢を悪用するなんて、許せませんね」
 ドレスのまま、堂々と吹雪はドリームイーターを蹴り飛ばす。デウスエクスが体勢を崩した隙を突いて、連携を促すべく鋭く叫んだ。
「千里さん、今です!」
「任せて……」
 千里は妖刀”千鬼”を抜き払うと、切っ先をドリームイーターに向ける。柄を強く握り腰を深く落としてから放つ渾身の突きは雷の力を帯び、踏み込みは落雷にも似た音を教会に響かせた。
「負けてられねぇな! これでもくらえ!」
 フランス人形めいた美しい顔を好戦的な笑みに歪ませ、陽葵もドリームイーターとの間合いを詰める。
「せいっ!」
 回し蹴りがドリームイーターを捉える。衝撃でドリームイーターの動きが一瞬止まるが、倒れ込みながらもドリームイーターはモザイクを飛ばす。その先にはしらべが。運悪く直撃を受けてしまったしらべは、ふらつきながらうわごとをつぶやいた。
「幸せな結婚式……神父様を守らないと……」
「違う……今は、神父さんが敵だよ」
 ナレーが癒しを込めて歌う。Song of Lailah(ソングオブライラ) 、生まれる前の子ども達を導く天使の歌声が、今はケルベロスの導きとなる。歌うはナレーの記憶に残る、母の子守歌。母の愛情は時を超え、友を守る盾となった。
 その歌声に、しらべも正気を取り戻す。
「そうだった……いってらっしゃい……蹴散らして、おいで……」
 しらべの手にするファミリアロッドが、ふわふわのウサギに変化した。肩に移りながら不思議な光を帯びたウサギは、十分に力をため込むと一直線にドリームイーターに突撃。ぶつかり合う魔力とモザイクが互いに砕け、光となって消えていった。
「……おわり、ましたね」
 ヒメが胸をなで下ろす。思いっきり本格的に結婚式をやったためか、ドリームイーターはかなり弱体化されていたようだった。店の損傷も少なく、ヒメからあふれる静謐なりし希望の西風(セイヒツナリシキボウノニシカゼ)の魔力が式場を撫でると、あまり違和感の無い形で壁や調度品の傷が消えていった。
「店長さんは厨房だっけ」
 小町は店の奥を気にする。ケルベロス達も店長に言いたいことは多々あれど、しかしまだ結婚式は終わってはいない。そして神父は消えてしまった。
「じゃあ、店長さんを呼んできましょうか」
 小夜子が厨房へと向かい、比較的動きやすい服装のケルベロスが続く。結婚式の続きを行うために。

●幸せのブーケトス
 結婚式喫茶マリッジ・ブルー。店長曰く、自分の店を持てるとなったら舞い上がってしまって、意味をしっかり考えなかったとのことだった。
「店長さんには再起を望むわ。名前は……変えた方が良いと思うけど」
 小町は力強く笑いかけて、教会部分の扉の前に立った。
 ドリームイーターの脅威の去った結婚式喫茶のガーデンに、ケルベロス達が集まる。店長も、結婚式を見届けるために庭に出てきていた。夏の日差しは厳しく暑いが、構わず敢行するのはブーケトス。幸せのおすそ分けであり、バトンタッチだ。
「あの、わたしは……」
「いいから。こういう時は遠慮すんなって」
 他に前に出る人がいるならと、後ろに下がっていた鈴珠を陽葵が引きずっていく。こういった場で遠慮がちになる女性も実際多いというが、近頃は年齢もなにも関係なく参加可とする風潮もある。
「俺もせっかくだし」
 と言いつつ、陽葵も期待した風に花嫁のそばに並んだ。背を向ける二人の花嫁。ブーケが投げられるのを今か今かと待ちわびる。
「いきますよ!」
「えいっ!」
 ブーケが夏の太陽に向かい、ふわりと風も手伝って、ケルベロス達のもとへやってきた。そして……小町のブーケは千里へ、そしてヒメのブーケは鈴珠の手の中へ。
「よかった、ね……」
 しらべは祝福しつつも少し残念そうに、ファミリアロッドのウサギを抱える。ふわふわもこもこした感触で、手元の寂しさを紛らわせて。
「私のところに……来るとは……」
 千里はクールを装いながらも、手の中のブーケを見た。その表情には隠しきれない喜びが浮かんでいる。今日の幸せを支えた彼女に、次の幸せがきっと巡るだろう。
「おめでとうございます」
 ナレーが控えめに拍手した。同時に、ケルベロス達の様子を見つつ、思考は次の段取りへ。
「カメラを用意したので、もし良ければ記念撮影はどうかな?」
「撮影いたしますよ」
 吹雪が持ち込んだカメラを、店長が預かる。樹ももう、新郎の立ち居振る舞いに迷いは無い。水紅羽もまた、小町の手を強く握った。
「場所はこのあたりがいいでしょうね」
 ナレーの先導で、式と、戦いの一日を友にした仲間達が並ぶ。教会と分かるアングルで、ただし看板は入らないように。新郎新婦を中心に、今日を分かち合った仲間達と共に。
「あとでデータを送るよ」
 記念すべきこの日が一枚の写真に収められた。吹雪のカメラに残った、結婚式喫茶最後の営業日の記録だ。
 これであとは、新郎新婦の退場を残すのみ。
「店長さん、お願いします」
 ナレーに促され、店長が口を開いた。最後は、この店を作り、幸福な門出を祝うことを夢見た店長に、任せるのがいいだろうと考えて。
「それではこれより、新郎新婦が新たな未来へと進み始めます。皆様どうかこれからも、暖かくお見守りください」
 小夜子達が拍手で見送る中、新郎新婦は結婚式場を後にする。迎えのヘリオンが、もうまもなくやってくる。

作者:廉内球 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 12/キャラが大事にされていた 0
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