嗚咽の残響

作者:深水つぐら

●還る者
 ――深夜二時、その電話ボックスで電話を掛けると女の幽霊に殺される。
「通り魔に殺された道連れってことなのかねぇ……」
 ありきたりな噂ではあったが彼の興味をそそるには十分なものだった。待ち合わせをした友人を待つ間に、口寂しさを紛らわせる飴玉を噛み砕くと、男は公園の木々へと目を向けた。
 座ったベンチから見えるのは、噂に聞いた電話ボックスだ。やはりこんな時間に使用している人はおらず、男は深くため息を吐いた。
「こりゃあ一人で試すしかないな……まあ、一人ならガチってことで再生回数も上がるか」
 言って男はにやりと口元を歪め、隣に置いていたスマートフォンへ手を伸ばす。鼻歌交じりで立ち上がり、咳払いをすると録画を開始しながら件の電話ボックスへ進んでいく。
「こ、ここが女性が殺害されたと言われている公園です。噂の場所は……あそこです、ね……」
 男は先程の度胸の据わった様子とは打って変わり、恐々と怯えた口調で実況していた。カメラには映らぬその顔は、ちらちらと燃える好奇心によって僅かな笑みを作っている。
「も、問題の電話ボックスです。扉を開けて……」
「そこまでです」
 言葉の後に音がした。
 と、という音に男が自身の胸へ視線を向ければ、巨大な鍵が刺さっているのが見える。いつの間にか現れた黒いフードの女は、男が悲鳴を上げる前に鍵を引き抜くと、倒れたその身に視線を向けた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 言葉の後に闇が揺らめいた。
 ぞるりと伸びた闇が夜風に流され形を作る。それは波打つ黒――否、長い髪を持つ歪な人型をした『何か』だった。
 異形のドリームイーターは月明かりに低く唸ると、消えた魔女の背を追う様に静かに歩き出した。

●嗚咽の残響
 蒸し暑い夕べを過ごすには、涼を取るのが一番だ。
 その涼しさを物理ではなく物語に求めるのは、日本の風物詩なのだろうか――住み慣れた自国の文化に苦笑すると、ギュスターヴ・ドイズ(黒願のヘリオライダー・en0112)は手帳を手繰った。
 今回の予知は好奇心――『興味』を利用する夢喰い魔女の暗躍であり、彼女に生み出されたドリームイーターが起こす事件だという。
「被害者はインターネットに動画投稿をしていた人物でな。怪談話を調査する動画の撮影中に被害に遭ったそうだ」
 興味を奪ったドリームイーターは既に姿を消しており、現場には被害者だけが残されているという。介抱を行いたい所だが、まず先にケルベロスが対応するのは『興味』を元に現実化し、化け物となったドリームイーターである。何故ならば、このドリームイーターを退治してしまえば、被害者である夢主も目を覚ますはずだからだ。
 単体である以上、手分けして探すなどの手間がない分、全力で集中できるだろう。
 ならば、この敵はどこにいるか――そんな疑問に応えたのはギュスターヴだ。
「よく『犯人は現場に戻る』というが、今回もそうだと思わんかね」
 黒龍はそんなお道化た言葉の後で、ドリームイーターが出現すると思しき場所を、被害者のいた電話ボックス周辺の広場だと告げた。何故なら、ドリームイーターは『自分の事を信じていたり噂している人が居ると、その人の方に引き寄せられる性質がある』からだ。
「その上、かのドリームイーターは人間を見つけると『自分が何者であるかを問う』という奇妙な特性を持っているそうだ。行為の理由はわからんが……」
 それはまるで『興味』の正体を暴いてほしい様で――しかし、問いかけに正しく対応できなければその人間を殺してしまうという。
「今回のドリームイーターは女の様に長い髪を持つ歪な肉塊だ。人型こそ辛うじて保ってはいるが、大元の怪談話を知らなければ『化け物』としか答えられんだろうな」
 この特異性が何の役に立つかはわからないが、そこはケルベロス達の作戦の使い様だ。また、このドリームイーターは肉が厚く、ダメージが通りにい。それ故に戦闘では主力となる役割を誰が担うか考える必要があるだろう。
「人の感情は千差万別だ。それを忌み事に仕立てるというのは悪趣味だ」
 言った黒龍は、手持ちのペンを手の中で回すと柄尻で机を叩いた。それは小さな音ではあるが、明らかな意志の強さを感じさせる。
 何かを知る為に必要な『興味』――その感情を利用するのは許せない。
「君らは希望だ、まだ知らぬ明日を守ってほしい」
 そう告げた黒龍は、静かに息を吸うと手帳を閉じた。


参加者
メロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551)
メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)
橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)
エステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)
オペレッタ・アルマ(オイド・e01617)
ウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)
マール・モア(ミンネの薔薇・e14040)
セレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)

■リプレイ

●噂
 薄闇に感じた香気は、夏草の懐かしいものだった。
 時刻は深夜二時を周り、周囲に人の気配はない。かわりに何か得体の知れない存在が居る感覚――改めて闇色の瞳を瞬くと、セレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)は公園を望んだ。
「草木も眠る丑三つ時、あの世とこの世を繋ぐ時間でもあるとされるものね」
 独り言つと不意に足元の砂利が鳴る。
 公園は日中の熱気を名残として漂わすも足元には少なく、かわりに薄らと広がる夜気が肌の上で遊んでいた。こうした夏夜に怪談話が風物詩になるのは暑気払いなのだろうか――思案を巡らせたメイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)は片眼鏡を弄ると息を吐く。
「ああ、ここが事件の現場、という話だったか」
「……コチラの電話ボックスが、そうですか?」
 男の呟きを、小首を傾げたオペレッタ・アルマ(オイド・e01617)が続ければ、自然と一同の目が外灯の照らす道へと伸びていく。その先には四方をガラスに囲まれた件の電話ボックスがあった。
「こ、ここが例の場所なのですね。時刻もちょうどいい感じで……」
 おっかなびっくりな様子でエステル・ティエスト(紅い太陽のガーネット・e01557)が指を指すと、不意にふわりと光が飛ぶ。その動きに振り返ったエステルが見たものは、ぼんやりと浮かぶ女の顔だった。
「う~ら~め~し~や~」
「!!!」
 驚きで兎耳が飛び出しそうになるエステルに、女――橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)は、にひっと笑みを作るとカチカチと顎の下で懐中電灯を点滅させた。それが悪戯だったのだと気が付けば、エステルの頬が赤く染まる。
「あ、あのですね! 驚かせないでください、ほんと、ほんとお願いします!」
「ふふっ、怪談話するならこういうの基本でしょ~」
 悪びれない芍薬が笑う様を、内心こっそり笑ったメロゥ・イシュヴァラリア(宵歩きのシュガーレディ・e00551)だったが、いけないと首を振る。メロゥも怪談好きではあるものの、今回の様に事件の元になるというのならば、はしゃぐ訳にはいかない。
 そんなやり取りを余所に、不意に立ち上がったのは足元を調べていたウィッカ・アルマンダイン(魔導の探究者・e02707)だった。
「怪談といえば、足を踏み入れた人が行方不明になるという古い屋敷の話を聞いたことがありますね」
 それは無窮の名を冠する屋敷――今回とは違う怪談だが、いずれも元を辿れば人間の勘違いからだったりもする。
「カエルの鳴き声を嗚咽に誤認してというのもありえるのでしょうか?」
 それは『幽霊の正体見たり枯れ尾花』という類のものだろう。その真偽を掴まぬまま、メイザースは疑問を口にした。
「……そういえば何故『電話をかける』と殺されるのだろうね?」
「そうね。それが少し不思議だけど……どうして此処に拘るのかしら?」
 言葉を受けたセレスが答えれば、オペレッタもまた首を傾げる。
 この噂の根源となった事件――その真実はわからぬが嗚咽の意味を知りたい。そんな話に今度は芍薬が声をあげる。
「この怪談話、調べてみたら色々パターンがあるみたいね」
 曰く、通り魔に殺された女が道連れを探している。
 曰く、痴情の縺れから自殺した女が見境無く男を手にかけてる。
 曰く、交通事故で子供と一緒に亡くなった女が――。
 指を折りつつ挙げた話の共通項は、最終的には『嗚咽を漏らす女の幽霊が電話ボックスで電話を掛けた人を殺す』という部分だ。
「私が聞いた話では後ろからグサッと幽霊にやられるらしいですよ。ちょっと電話掛けてみましょうか?」
 恐々とエステルが続けると、今度はこれまで様子を見ていたマール・モア(ミンネの薔薇・e14040)がひそりと口を開いた。
「もしかすると、連れがいたかも知れぬと想像すれば秘密の恋人とでも。通り魔に襲われた際見捨てられたか将又、通り魔の犯行と擬しての……」
 ああ、実に怖ろしきはひとの心、と云う仕舞か。
 紅の口紅で微笑み言葉を食む女は、夢喰いの惹かれる蜜は何方の如何な言葉かしら、と胸中で付け加える。
 幾つもの話が浮かんでは消える――その尻尾を掴もうとメイザースは『鍵』を投げた。
「単に道連れなのか、それとも……電話を掛けられると困るとか?」
 言葉の後で、声が聞こえた。
 それは地を這う様な声。
 その方向はこれまで何も音のしなかった暗がりである。一同の視線が声の方へ向かい、倒れた男を物陰に見つけた時、啜り泣くような声が聞こえた。

●正体
 光の中へ現れた者は、ボロ布を纏った酷く歪な肉であった。
 辛うじて保たれた人型には長い髪が張り付いている。見るもおぞましいそれは喉から絞り出す音を伴いながら手足を引き摺り、ゆらゆらと歩を進めていた。
『ねぇ……』
 その一言がぞわりとケルベロスの耳を掻く。冷ややかな指が耳裏をなぞり濡れた舌が這い入る様な感覚――徐々に持ち上がった肉塊の顔らしき部位は、何やら動いているのかもぞもぞと髪が波打った。
『わたし……なあに……なんだとおもう……?』
「レディ」
 灰の髪を持つ男はただ簡潔にそう答える。
 例え化け物であったとしても、女の霊という噂の末に生まれた者は彼にとっては『レディ』である。それがメイザースの持ち得る信条であり、問いへの答えであった。
『わたしは、なに』
「女性の幽霊に見えるけれど」
「ええ、殺されてしまった女性の幽霊、ね」
 再度の問いにセレスとメロゥが答えれば、肉塊から嗚咽が漏れた。それは徐々に人の声としてはっきりとした響きを持ち始めている気がして、メロゥは口元を引き締める。
 眼前に在るのは紛う事無き肉の化け物だ。だが、その姿は泣く女にも見えるのだ。だらしなく垂れていた肉はいつの間にか細く美しい四肢へと変わり、すすり泣く声が高く響き始めていた。現れた者は言葉が積み重なる度に、異形は『女』として生まれている。
「……喰らっている、のでしょうか?」
 変化に気が付いたウィッカは静かに推測を口にする。
 もしかすると、この夢喰いは噂の大元となった女なのだろうか。否、ドリームイーターである以上は噂話から生まれた存在であり本物ではない。
 ただ単に噂の『被害者の女』という概念に存在を見出したのだろうか。自身を肯定する言葉が重ねられる度に生まれていく夢喰いは、早くも出来上がった顔の一部を長髪から覗かせた。
 『興味』を喰らい成長している――その様に銀月の瞳を開いたマールは微かに眉根を寄せる。沈黙を貫く彼女の視線は同情とは違う色を映していた。
 この生まれ行く様を哀れだと思うが、美しいとは思わない。それでも愛しむ痛みを想うのは何故だろうか。
 その概念をもたらすのは、死して真に幸福なのは、己の不幸が語り継がれる事か、はたまた何事無く忘れ去られて仕舞う事かという自問だ。
(「未だしも救いが有ると思えるのは何方かしら、ね」)
 ふと、マールの手に彼女の相棒であるナノナノのネウが耳を寄せた。お返しに髪飾りの付け根を撫でてやれば、ほんの少し憂いが晴れる。その時、再び夢喰いの口が開いた。
『ねえ、もっと……わたしは』
「さあ、化け物なんじゃない」
 それは冷や水の声だった。
 退屈そうに自身の髪を弄っていた芍薬は、自身のテレビウムと顔を見合わせると、さもありなんという様に視線を交わす。その隣で警戒していたエステルもまた、強い拒絶をもって言葉を投げた。
「通り魔に殺された女性……に興味がありすぎて、その女性に似せているだけの存在。興味と生肉が混ざったハンバーグだ」
 その言葉に形成された夢喰いの口元が歪んだ。その長く細い両手が顎を伝い、頬を上がり、肉を掻く。出来上がりつつあった顔から肉が剥がれ、髪の間から見えた顔はモザイクの埋め込まれた眼球がはめ込まれていた。
 それは自分が誰なのか見えぬとでもいう様で――そう想えば、メロゥは一度目を伏せる。
(「あなたは、自分の正体が知りたいのかしら。自分でもわからないから?」)
 それはとても――哀れだわ。
 そう感情を視線に写した時、目の前に見えたのはオペレッタの月色の髪だった。
「はい。『これ』はしっています。アナタは……化け物である、と」
 人形は語る。その目に浮かぶのは眼前の『化け物』への確かな拒絶だ。
 だからこそ、女は自身の頬に深く爪を突き立てる。
 『化け物』。それはこれまで積み重ねられてきた『女』という依り代を否定する言葉だ。作り上げた『女』の頬がひび割れ、怒りを帯びた嗚咽が混じった。
「お、お、おお……おおおおあああああ!!!」
 やがて響いた絶叫は、戦を始める合図となった。

●回帰
 その身を躍らせると星明りが少女を照らした。
「私の痛みを思い知れ!」
 気迫と共に放つのはさながら美しく浮かぶ満つ月――エステルの中に今もなお渦巻く痛みを根源とした力は、底知れぬ暗火となって踊った。その一撃に夢喰いの口から悲鳴が漏れ、語尾に怒気が孕んだ瞬間、ウィッカは己が得物で魔法の矢を呼び起こす。
「いくら厚く守られていようと、私の魔術で貫いて見せましょう」
 ウィッカの手から放たれた光は必殺の雨だ。その被弾に声を荒げた夢喰いは、虚空にモザイクを生み出すと最前列の芍薬へとその狂気を向けた。瞬く間に張り付いた夢喰いの一撃に、芍薬は腕に鋭い痛みを感じるもすぐに笑う。
「冥土の土産よ、元来た地獄に送り返してやるわ!」
 ――誰がこんなモンに悲鳴上げてやるもんか!
 撃鉄を起こし素早く目標へ構えると躊躇いもなく引き金を引いた。それが相手の眼球へ命中するのを見届ければハンと鼻を鳴らしてやる。そんな芍薬の背をマールとその相棒のネウが放った癒しの力が包み込む。
 撃ち抜かれたモザイクに夢喰いは悶え吼えた。痛みと怒りに染まり、嗚咽と共に繰り出される攻撃にメイザースは眉根を寄せた。
 それは確かに肉塊ではあった。だがその在り様が元となった噂に引きずられるというのなら、かの存在は女なのかもしれない。ならば、女性に泣かれてしまうのは本意ではない。
「せめて、救いを」
 穏やかに呟くと男は掌に焔を集める。そうして解き放った竜の幻影が炎の軌跡を描いて飛んだ。
 夢喰いの身が焔と踊る。
 その合間にセレスが雷の壁を構築すると、最前列の攻め手に癒しと守りの力が宿った。その補助を受け再びケルベロス達が戦場へと踊る。その中心で狂う夢喰いの姿にセレスは思わず口を結んだ。
(「……何を思って、何を泣いているのかしらね……」)
 例え誰かを巻き添えにしても、自身の命が戻る――否在る訳ではない。それなのに必死になって抗う夢喰いを、自分が憂いてもしようの無い事かもしれない。だがそれでも考えてしまうのは彼女の気質故だろうか。
 彼女の想いを断ち切る様に、視界を覆ったのは無数の光だった。
「満ちる空の輝き。降り注ぐ星の、瞬きの歌が――ねぇ。あなたにも、聴こえるでしょう?」
 金糸雀のオラトリオの言の葉に導かれ、光が雨の如く降り注ぐ。体を貫かれた夢喰いの四肢から、鮮血が舞い戦場に降った。それでもお構いなしに酷使される体はもはや女のそれではなく、単純な肉へと戻り始めていた。
 その様にメロゥもまた胸を痛める。先程自身の正体を問うた者が何ものであろうと、自分達の敵である事には違いない。
「ごめんなさい」
 呟いた言葉は夜風に散った。込められた思いは、せめて跡形も残さずという情だ。
「やはりアナタは、なにものでもありません」
 告げたオペレッタに夢喰いは振り返ると、今一度モザイクを解き放った。硬質な四肢に斑の毒が広がり、その精神へと入り込んでいく。それは甘く囁く狂気の言葉――だが、オペレッタの顔は一度の揺らぎを見せるも穏やかに鎮まる。
 彼女の胸に灯る『夢』――ココロをしるという希望が惑わす者を撥ね退けたのだ。
 その身に芍薬の相棒である九十九から浄化と癒しの力を得れば、完全に支配から抜け出してしまう。
 戦場を人形が駆ける。軌跡を虹が追い白き娘の足を彩る。
 その一蹴が夢喰いの身に振り下ろされた時、轟音が響いた。

●泡沫
 それはもはや肉塊に成り果てていた。
 血と肉と髪と、化け物にふさわしい姿へ退化したその様は、噂の慣れの果てとして蠢いている。
「もうお終いにしましょう」
 言い放ったウィッカの指に魔の焔が灯る。その指が描くのは朱に彩られた五芒星だ。魔力の風に煽られたツインテールが乱れ舞い、呪の完成を謳い告げる。
「憤怒の魔神よ。我に代わりて敵を破砕せよ!」
 赤き煌めきと共に現れたのは魔人の剛腕――その一撃が夢喰いを潰せば耳を劈く悲鳴が響く。だが、また最後の悪あがきに回復をしようとしているのかモザイクの光が夢喰いを満たした。
 そんな悪あがきをさせる訳にはいかない。
 セレスとマールが視線を交わすとお互いの得物に光が宿った。瞬間、周囲の空気が膨張し、その魅が最前を守る者達の心を満たす。「行って、さあ早く!」
 願う声と加護の光を受けた男が戦場の中心へと疾走する。
 瞬く間に間合いを詰め、夢喰いと対峙したメイザースはその赤眼に女の唇を見た。
 『通り魔の被害者の女性』は果たして実在したのか。この『レディ』が何者なのか。真偽の程は分からない。だがきっと、こんな形で生まれることは望まなかっただろうから。
「……さあ。悪い夢は、『おやすみ』の時間だよ」
 闇夜にメイザースの作り出した太陽が燃える。それは夜と闇の幕引きの任を与える存在――夢喰いの腹へと叩き込まれると、眩い光で周囲を覆った。
 それが、戦の幕切れとなった。
 眼を焼いた痛みに一同が閉じた目を開けば、そこには腹を抉られ息絶えた肉塊が倒れていた。その目があった場所に流れる物を見つけたオペレッタは不思議そうに手を伸ばす。けれども、肉塊はほろと崩れてしまった。
「あっけない、ものね」
 マールの漏らした言葉に、人形は小首を傾げると自手を胸へと引き寄せた。
 この存在が叫んだのは単なる噂の写しである。だが、心を映したという事実はある。夢喰いの流した涙の奥に見えた心を、オペレッタはかつて見た少年の思い出と重ねたが、なぜか重ならぬ事に瞬きを繰り返した。
 涙は、どうやって流れるのか。
「エラー、エラー、エラー。ですが。『これ』は、しりたいです」
 なのに、呼び掛けた心は溶けてしまった。
 物言わぬ噂を見送る者達の横では、倒れていた犠牲者に治癒を施すウィッカとメロゥの姿があった。
「遊び半分で危ないところに近付いちゃだめよ……でも無事でよかったわ」
「そそ、デウスエクスにやられたのよ、あんた」
 芍薬達の言葉に男がぎょっとした顔をすると、すみませんと反省の弁が乗る。それでも無事でよかったと微笑めば、安堵の感情が零れた。
 空を望めば星が見える。ああ、今日は星夜か。
 見えぬ存在に遭わぬ様におっかなびっくり帰るにはちょうど良い。

作者:深水つぐら 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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