ミッション破壊作戦～明日へと続く道

■リプレイ

●鳴門に響く叫び
　徳島県鳴門市から東に進んだ海上。上空高く飛ぶヘリオンから飛び降りた8つの影は、何れも、その手に光り輝く兵器を携えていた。
　影の名は地獄の番犬ケルベロス。そして、彼らの抱く兵器こそが魔空回廊を開き、その破壊を可能とする光剣グラディウスであった。
　重グラビティ起因型神性不全症――すなわち定命化から逃れる為、ドラゴン達によって作られた橋頭堡である雪晶島は彼らの眼下に広がっている。その中心にある魔空回廊もまた、8つの視線の先にあった。
「ドラゴンの脅威で眠れぬ人々の為に。ドラゴンに奪われた命と未来の為に。そして、新たに生まれ繋がる命の為に」
　鬨の声はクリームヒルデ・ビスマルク（自宅警備ヒーラー天使系・e01397）から上がった。光剣を掲げる彼女の声は剣を捧げる騎士の如く、凛と響く。
「機は熟した。今こそ潮逆巻く恵みの海を取り戻す時！　竜の楔を打ち砕き、四国の地の安寧を。彼の地の恵みを再び我らの手に！」
　それは宣誓だった。四国を脅かす脅威を排する為の宣言はグラディウスの輝きを尚一層、強い物へと転じていく。
「カッカッカ。いずれその巣窟へと行こうぞ！　ドラゴンよ！」
「大輪の破壊の華を咲かせて御覧に入れましょう……！」
　続くドルフィン・ドットハック（蒼き狂竜・e00638）と旋堂・竜華（竜蛇の姫・e12108）の想いもまた、グラディウスの輝きを強き物へと転じていった。ドラゴンと戦う。強者への渇望を咆哮する二人が浮かべた表情は哄笑と微笑の違いはあれど、笑いと言う観点では同じであった。
「そっちも苦労してんだろうけどな。だからって好き勝手やらせるワケにはいかねえ」
　ステイン・カツオ（剛拳・e04948）の言葉は同情の色を纏っていた。だが、それはドラゴンが抱える窮地に理解を示すだけの物。それを理由に彼らの侵略を許すものでは無い。
「雪晶島なんて瀬戸内海の雰囲気丸潰しな邪魔者はいらねえんだよ。てめぇの墓標にでもしてろってんだ、くそったれ！！」
　悪態の台詞はその表れ。ドラゴンの所業は唾棄すべき、とメイドを自認するドワーフは大声を上げる。
「ドラゴンは殺す。この土地は奪い返す」
　斎藤・斎（修羅・e04127）は静かな怒りを燃やしていた。ここにいる8つの刃だけではない。幾多、幾千、幾万のケルベロス達の牙が、そして人類による反撃の刃がドラゴン達の喉元を貫き、食い破るだろう。自身らの戦いはその前哨戦に過ぎない。だが、ドラゴンを打ち砕く為の一手となる筈だ。
　ならば。
「私は一人で勝つわけではない。だけど……取り落とすつもりもない」
　それは、静かな宣戦布告だった。
「人類舐めるなクソトカゲ。こちとら滅びの運命なんぞに耳傾けるほど暇じゃないんだ！」
　ドラゴンへの強い感情はレオン・ヴァーミリオン（リッパーリーパー・e19411）の咆哮にも現れていた。人類を糧としか見なさないドラゴンへの嫌悪を力に変換し、否定を叫ぶ。侵略者の勝手な言い分を認める程、人類は寛大ではないと。
「死に抗い、生き足掻くお前達は既に定命の者と同じだ」
　定命化の呪いに怯え、憎悪と拒絶を集め続ける必死さをそう評するのはヴァジュラ・ヴリトラハン（戦獄龍・e01638）だった。
　そして言葉を続ける。その事を認めず無為に人の命を奪うのであれば、その時は――。
「それより先に俺達が引導を渡してやる」
　地獄から響くが如き声が紡がれる。ドラゴンの咆哮が如何なる生物をも竦ませる王者の威圧であれば、それは王を切り裂く羅睺の剣。
（「あの日の事を、今もしっかり覚えている」）
　仲間達の声を背景に、エルス・キャナリー（月啼鳥・e00859）は自身の体験した出来事を反芻する。
　戦い傷付いた仲間達の姿を。ドラゴン達から自分を庇い、逃げと言った二人の最期を。自分を逃がす為、盾となった仲間の背中を。今もまだ忘れていない。いかなる時を重ねようと、忘れる訳に行かない。
「私は……」
　お前達を殺す為だけに、還って来た。
　故に願う。だから、願う。天でもなく、地でもなく、神でもなく、手の中で輝く光剣そのものに。
「グラディウスよ。私に力を貸して下さい」
　祈りは一つ。ドラゴンを滅ぼす事。その為に、この汚い雪晶島を沈ませる事を。
「お前らだけは、絶対許さないから！」
　少女の憎悪は叫びと化し、光の剣を破壊の兵器へと変えていく。

　八つの軌跡が光を放つ。八条の光が爆発を生む。
　グラディウスから生み出された爆炎と雷鳴が、轟音と閃光が魔空回廊を、そして雪晶島を破壊、蹂躙していく。
　それは終末の喇叭を思わせた。
　それは崩壊の戦詩だった。
　まるで最期を告げる鐘の音の如く、爆風が視界を赤と黒に染め上げ、白と黄の光が覆っていく。

「魔空回廊、破壊……」
　淡々とした声は斎から紡がれる。
　眼鏡越しの瞳が捕らえたそれは、崩壊していく侵略拠点の姿だった。故に、裁断の声を上げる。確信を以って告げられるその答えは。
「――完了」
　仲間達の歓喜が響く中、彼女が上げた静かな声はしかし、喜びの色を纏っていた。

●雪晶島のドラゴン
　魔空回廊の破壊を確認したケルベロス達は島に着地と共に、踵を返す。
　目的は成された。ならば敵地である雪晶島に留まる理由などは無い。一刻も早くこの島から離脱する必要があった。
　だが、それは敵にも言えたのだった。
「定命の人間如きが！」
　今だ破壊の跡が覆う大地に、苛立ちの声が響く。それが雪晶島を支配するドラゴンの声と気付くや否や、ケルベロス達は臨戦態勢への移行を選択した。
　――戦いは必至。ヘリオライダーの予知と言う裏付けが無くとも、その文言を理解する。
　ケルベロス達を追ってきたこのドラゴンは、彼らを逃すつもりはない、と。
　憎悪と根絶を振り撒く彼らの行動原理は、定命化への憎悪、そしてそれをもたらしたケルベロスへの憎悪だ。そして今や魔空回廊を破壊された、と言う更なる憎悪が輝きとなってその目に宿っている。雪晶竜が地獄の番犬を見逃す道理はなかった。
　無論、それを甘んじて受け入れるつもりは、ケルベロスの誰にも無かった。
「図々しいのはお前達じゃないか」
　挑発とも取れるエルスの言葉は一層、憎々し気に発せられる。
「エルスさん……？」
　クリームヒルデの言葉は、むしろ戸惑いが勝っていた。竜十字島からの生還者である少女が多大な因縁をドラゴン達と結んだ事は承知していた。だが、それを踏まえても尚、少女の抱く殺気――憎悪は、それ以上の因縁を示すように思える。これが宿縁、或いは宿業と呼ばれるものかと戦慄すら感じていた。
「ふむ。知り合いなのか？」
「……いえ」
　ドルフィンの問いに一瞬の逡巡。その後の短い言葉に、老成したドラゴニアンはカッカッカと笑みを浮かべる。
「ならば遠慮はいらんのぅ。この場で打ち砕いてやろう」
「はい」
　戦う事に、滅ぼす事に躊躇いは無いとの言葉に、ケルベロス達は己の得物を構える。
　同時に、ドラゴンの咆哮が辺りに響いた。

　舞うは吹雪。雪と氷、そして死の色を孕む毒の花弁はケルベロス達ごと、島を染め上げ、蹂躙していく。
「くっ」
　ドラゴンの吐き出した息吹を真正面から受けたステインの唇から、苦痛の呻きが零れた。ディフェンダーの恩恵を以ってしても、ドワーフの身体を灼く毒全てを受け止めきれるわけではない。
　まして、ディフェンダーの恩恵無くして受けた仲間達は――。
「突破する！」
　口元に笑みを浮かべたヴァジュラは自身を侵す毒を無視し、跳躍。暴風の名を抱く鉄塊剣を雪色の鱗に叩き付ける。それが皮切りだった。
「カッカッカッ、ドラゴンよ！　共に戦を楽しもうではないか！」
　目には目を。歯には歯を。ブレスにはブレスを。ドルフィンの吐く竜の息吹は雪晶竜の鱗を覆い尽くす。
「魔空回廊と共に消えやがれ！」
　流星の煌きを纏ったステインの蹴りは竜の鱗を梳り。
「キミはもう何処へも行けない。ここで腐れて沈んでいけ、塵でしかない我が身のように」
　続くレオンの詠唱は、自身の影を鎖へと変貌。竜の手足を縛り、その身体を束縛していく。
「この一時の逢瀬、楽しむと致しましょう♪」
　束縛の力は、1拍遅れで竜華からも放たれた。八岐大蛇の如き鎖はドラゴンへ食い込み、血を撒き散らす。それ自身も猛毒なのか、結晶と化した大地に触れ、じゅうと言う音と共に消えていった。
「……」
　自身に地獄の炎を付与する斎は、自身らの障害となる雪晶竜の姿を観察する。
　通常の個体よりも一回り大きく見えるそれは、真の意味でこの島の主と言っても過言ではないように思えた。エルスとの因縁もその辺りにあるのだろうか。
　或いは、過去にエルスが遭遇した個体なのか。
「――す」
　憎々し気な言葉と共に守護星座を地面に描く少女に視線を送る。心配が先立ってしまうが、何かを彼女に告げるとしてもこのドラゴンを撃破してからだ。
「祈りましょう、明日の為に。願いましょう、人の子等の安寧を。唱いましょう、天上に響く高らかな凱歌を」
　クリームヒルデの柔らかな歌声は、彼女とエルス、レオンの三者に力を柔らかな光を灯していく。
　木霊するドラゴンの咆哮とケルベロス達の叫びは、互いの意地と意地のぶつかり合いを意味していた。
「カッカッカッ。楽しいのぅ。ドラゴンよ！」
「心のままに踊りましょう。互いの満足するまでに」
「俺が求める全ての為に、島ごと砕けてこの地に散れ！」
　中でも、雪晶竜に猛攻を叩き込むのは、戦闘狂を自認する3者の攻撃だった。銀と黒と朱の乱撃は、嗤いと共に放たれる。
「消えろ、人間如きが！」
　纏わりつく蠅を追い払うがごとく、ドラゴンもまた、ブレスを吹き荒れさせ、ケルベロスを牽制していった。

●潮風に舞う華吹雪
　吹雪が、剣戟が、毒の花弁が、地獄の炎が舞う。歌声と光はケルベロス達を癒し、ドラゴンが起こす氷嵐は傷の治癒と共に、強固な鎧を構築する。
「――っ」
　ヴァジュラに浮かんだ冷や汗は、泥沼と化していく戦場への焦燥だった。
　短期決戦を望み、攻撃を主軸とした。それは間違っていない。ブレスを始めとした集団への攻撃に対し、二人のヒーラーを回復に専念させた。それも是だ。ドラゴンの攻撃が強力であれ、今まで保っているのはエルスとクリームヒルデ、二人の奮闘があっての事だ。
　だが、万全の態勢を敷いたつもりであっても、その全てが叶わないのが戦いであった。度重なる竜の自己治癒は6人による攻撃を無へと帰し、幾度となく振り出しに戻されている。
「……それでも、治癒不能ダメージは蓄積されている筈だけど」
　星形のオーラを放つレオンの言葉は正しい。雪晶竜がいくら氷を纏い、自身の傷を癒そうとしても、ダメージの蓄積は免れない筈だ。いずれ、倒れる時が来る。それは間違いない。
　だが、問題は。
「わりぃ」
　荒い息と共にステインが片膝をつく。防御を一手に引き受けた彼女もまた、治癒不能ダメージの蓄積から逃れる事は出来なかった。エルスの闘気とクリームヒルデによるオーラの支援、そして自己暗示による治癒を行うものの、身体に刻まれた凍傷は癒える兆しを見せなかった。
　幾多の攻撃を受けただろうか。幾度のブレスをその身に浴びただろうか。雪晶竜の攻撃に晒された仲間の誰もが倒れていないのはメディック二人の治癒は基い、彼女の献身の賜物。故に、最初の一人が誰になってしまうのか、ここにいる誰しもが推測できる未来であった。
「この身一つで仲間の元に帰せるんなら上等だ」
　自身に宿す闘気を最大限に放出しながら、ステインは笑う。自己の破滅すら肯定する笑みに、エルスの中の何かが切れた。
「――っ！」
　声にならない叫びに呼応し、雪晶竜の表情が歪む。
　それが歓喜によるものだと看過した竜華は、悲痛な面持ちで表情を曇らせた。
「エルス様！」
　その想いこそ、ドラゴンの望む負の感情なのだから。
「そうだ。憎悪しろ、ケルベロスよ！　我らを拒絶し、排斥を願え。その昏き想いこそが、我らの糧となる！」
「……お前のその願いだけは叶えてやろう」
　ドラゴンの吹雪混じりの挑発に、応えたのはヴァジュラだった。
「俺達は、そして地球に住む誰もがお前達を憎むだろう。だが、お前そのものはここで終わらせてやる。――我が一撃、古の蛇が如く、天より降りて地を穿つ」
　無数の隕石群の如く飛来するのは彼が投擲した武器の群れだった。竜の鱗を切り裂き、破壊し、命を潰える一撃が、雨霰と彼の竜に降り注ぐ。
「カッカッカッ！　これぞドラゴンアーツの真骨頂じゃ！」
　続くドルフィンは踏鞴踏む竜に肉薄、その身体を支える翼を破壊すべく彼の巨体に取りつく。一息の下、根元から引きちぎった翼を海へと投げ捨てたドルフィンは、カッカッカと、いつもの哄笑を口にした。
「炎の華と散りなさい……！」
　翼を失い、地面へ降り立ったドラゴンを竜華が迎え撃つ。彼女が放つ真紅の炎を纏う鎖は抱擁の如く、雪晶竜の身体を包み、貫く。あたかも、鉄の処女との名を持つ拷問具を彷彿させる磔だった。
　悲鳴が辺りに木霊した。
「気付いたときは何もかもが手遅れ……てね。あばよ。地獄で会おう」
　レオンの宣言と共に、ドラゴンの身体に爆発が宿る。鱗が焦げ、肉が千切れ、焼けた異臭を撒き散らすと同時に、小柄な影が動いた。
「掬え！」
　ステインだった。彼女の放つ黒色の弾丸はドラゴンの足に被弾すると、そこから悪意を撒き散らした。機動力を奪う一撃に足を切り裂かれ、ドラゴンの動きが鈍る。
「頂きます」
　紡がれたそれは聖なる毒。ドラゴンのみを殺すと言われる毒は、斎の刃から繰り出される。地獄の炎に包まれた刃はドラゴンの巨体に食い込み、一息の下、それを両断した。
「紅蓮の天魔よ、我に逆らう愚者に滅びを与えたまえ！」
　虚無の力が雪晶竜の身体を穿つ。全てを消滅させる爆発は、奇しくも、今現在、崩壊した魔空回廊を覆う黒炎と雷鳴に似ていた。
「憎悪が欲しければあげるわ。だから、――貴方は滅びなさい」
　天使とも称される種族の少女の浮かべた笑顔は、ぞっとする程残酷で、悪魔を想起させた。
「小娘が……。貴様もいずれ、奴らと同じ場所にっ」
　それが、こと切れる前に雪晶竜が口に出来た唯一の台詞だった。巨体を切り裂かれ、貫かれたドラゴンはそのまま、どうっと地面へと倒れ伏す。雪を思わせる白い鱗も、憎しみで見開かれた瞳も、砂塵の如く、さらさらと光の粒と化し、ゆるりと消失していく。
「お前は不老不死のまま、死ね」
　斎の言葉は宣告の如く突き付けられ。
「ここは貴方のフィナーレに相応しい場所でしたね」
　葬送の如く、スマートフォンから音楽を流すクリームヒルデが選んだ曲は、壮言な音色が鳴り響く、この地所縁の交響曲であった。
「――帰ろう」
　そして、エルスの小さな宣言が勝鬨の如く、響くのだった。

作者：秋月きり	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年7月31日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
得票：格好よかった 18／感動した 0／素敵だった 1／キャラが大事にされていた 0
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