●朝顔の庭
赤に紫。白に青。
鉢に咲いた朝顔の花は色鮮やかに、様々な形で庭を飾っている。縁側から鉢が並ぶ庭を眺めた少女は満足気に笑み、朝顔をひとつずつ指差していった。
「獅子に柳に牡丹咲き……だったよね。うんうん、お爺ちゃんの時にも負けてない!」
古びた手帳を片手に持つ少女は綴られた文字を目で追う。
彼女の祖父は趣味で変化朝顔を育て、花の咲き方や掛け合わせの方法をこの手帳に記していた。幼い時分から祖父の育てる朝顔が好きだった少女は毎年、この季節になると綺麗に咲いた花の庭に遊びに来ていた。そして、この庭の縁側から近隣の花火大会を眺めるのが何より好きだった。
だが、祖父は昨年の冬に亡くなってしまった。
「お爺ちゃん……これからは私が朝顔を育てるからね。だいじょうぶだよ」
俯いた少女は悲しげな表情を浮かべたが、すぐに顔をあげる。
此処に咲く朝顔は変化朝顔と呼ばれる変わったものが多い。獅子が爪を立てるが如く豪快に咲く獅子咲き、柳の葉のような姿のもの、反物縮緬めいた不思議な形のもの。蘭菊咲きに車咲、どれもが普通の朝顔とは違う咲き方のものだ。
なかでも特に多く咲いているのが獅子咲牡丹。
「私がこれが好きだって言ったら次の年からいっぱい咲かせてくれたんだよね。懐かしいなあ……。あれ、あの一株だけ変な風に揺れてる?」
少女が思い出に浸っていると庭の隅にある花が不自然な動きをした。
猫でもいるのかと首を傾げた少女がその鉢に近付いた、刹那。獅子咲牡丹の朝顔が葉を広げて少女の身体に絡み付いた。
途端に彼女の意識は朝顔――否、攻性植物に奪い取られる。
地に落ちた手帳は土で汚れ、ひらけた頁は夏風を受けてゆらゆらと揺られていた。
●変わり咲きの花
「――よぅ、集まったか。あー……突然だが、変化朝顔って知ってるか?」
或る日のこと、疎影・ヒコ(吉兆の百花魁・e00998)は集められた仲間達に問う。
曰く、変化朝顔とはその名の通り品種改良されており、一般的な朝顔とは違う形の花を咲かせるものだ。とある庭で育てられていたその花のひとつが攻性植物になってしまい、少女を宿主としてしまった。
「このままだとそれが庭を飛び出して一般人を襲っちまう。後は……分かるだろ?」
つまりは事件解決に協力して欲しいのだと示し、ヒコはヘリオライダーから伝え聞いた情報を語ってゆく。
攻性植物は庭の隅にあった鉢から生まれた一体のみ。
今からすぐに向かえば現場である日本家屋の裏手、縁側と繋がる庭にいる敵と遭遇できる。其処へ戦いを仕掛ければ相手は応戦するだろう。
敵は戦闘では垂れ下がる花から放つ毒の花粉、茎を触手のように伸ばす一閃に加えて自らを癒す花の舞いを行うと予測されている。
「倒すのはそう難しい事じゃない。だが、問題は宿主を救う手筈だ。ちと厄介で長期戦も覚悟しなけりゃならないが、俺は救える命を早々に諦める気は無い」
ヒコは朝顔を育てていた少女を助けたいと告げ、彼女の状況を説明した。
少女は今、意識を奪われて気を失っている。取り込まれた人は既に攻性植物と一体化しており普通に倒すと一緒に死んでしまう。しかし、敵にヒールをかけながら戦うことで戦闘終了後に取り込まれていた少女を救出できると云う。
皆となら救出も叶うと信じたヒコは小さく頷いた。そして、最善の未来を掴めると考えた彼は仲間達に誘いを持ちかける。
「それで、だ。今夜はその地域の花火大会らしい。無事に助け出せたら朝顔の庭で花火を眺めさせて貰うってのはどうだ?」
するとは話を聞いていた遊星・ダイチ(戰医・en0062)が賛成の意思を示した。
「成程、それは良い考えだ。朝顔に花火、実に風流だな」
自分もヒコ達の力になりたいと告げたダイチは、きっと朝顔を育てた少女も共に花火鑑賞をすることを喜んでくれるだろうと話す。
そのためには何よりも先ず彼女を救出しなければならない。
頷きあったヒコとダイチは仲間達にも視線を向け、戦いへの思いを強めた。
「花に魅入られて、と云えば聴こえは良いかもしれねぇ。其れでも取り込まれて命を奪われるんじゃ哀し過ぎるだろ。想いの籠った花なら特に、な」
祖父から少女へと受け継がれた花をこの先の夏も咲かせて欲しい。
浮かんだ思いを裡で噛み締めたヒコは双眸を細める。彼の苔色の瞳は何時もと変わらぬ鋭さを宿していたが、その奥には仲間達への仄かな信頼の色が見て取れた。
参加者 | |
---|---|
疎影・ヒコ(吉兆の百花魁・e00998) |
月織・宿利(ツクヨミ・e01366) |
セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887) |
クリスティ・ローエンシュタイン(行雲流水・e05091) |
クラル・ファルブロス(透きとおる逍遥・e12620) |
セリア・ディヴィニティ(忘却の蒼・e24288) |
六角・巴(盈虧・e27903) |
苑上・郁(糸遊・e29406) |
●朝顔の夕
響く蝉の声、熱を宿す夏の空気。
柵越しに僅かに見える朝顔の緑蔓は幽かな風を受けて揺れていた。ごく普通の家屋であるはずのその庭には今、不穏な雰囲気に満ちている。
「牡丹が朝顔とは――」
クラル・ファルブロス(透きとおる逍遥・e12620)は事件が起こった庭の柵を見つめ、生物の定義上の名とは不可思議なものだと零す。
すると疎影・ヒコ(吉兆の百花魁・e00998)――実は:変化朝顔好事家――が、それはな、と呼び名の由来について説明を始めた。
「牡丹咲、つまりは咲き方が花に似た……と、解説は後にするか」
語ると長くなりそうだと自ずと気付いたヒコは庭先で人影が動いたことを察する。
それが敵だと感じたクリスティ・ローエンシュタイン(行雲流水・e05091)は仲間達に突入の合図を送った。
「祖父が大切にしていた朝顔に取り込まれるというのは悲しい話だな」
「孫への愛情、お爺さんへの愛情。どちらも失わせるわけには行きません」
クリスティに続けて、苑上・郁(糸遊・e29406)は己の思いを言葉にする。セリア・ディヴィニティ(忘却の蒼・e24288)が行きましょう、と皆に告げれば遊星・ダイチ(戰医・en0062)が其処に続く。
そして、ケルベロス達は戦場となる庭へと踏み入る。
其処に居たのは花に絡み付かれた少女。
意識を失っていながらも攻性植物に操られている彼女はゆらりと揺れ、番犬達の方に振り向いた。絡まる花は不思議と美しい。
そう感じた月織・宿利(ツクヨミ・e01366)は双眸を細めた。
「花は、育てた人の心をうつして咲くって昔聞いたことがあるの」
きっと、花の育成方法を残した老人もとても優しい人だったのだろう。宿利が花を見つめる最中、クラルは地面に落ちていた少女の手帳に手を伸ばした。
「……大事な、ものなのでしょう」
討伐だけが務めではない。
過去からそう学んだクラルは敵を倒し、この手帳を少女に返したいと願った。
「踏み荒らさせはしません。必ずお助けして笑顔の花を咲かせましょう」
郁は拾われた手帳を受け取り、埃を払ってから大切に懐に仕舞う。張り詰める空気の中、セリアは敵意を放つ攻性植物を瞳に映した。
人の命も、花の命も、短く限りがある。
そんな中で人は想いを紡ぎ、受け継ぎ、次代へ繋げて往く。
「尊ぶべき営みを、ただ偏に守るとしましょう」
セリアの言葉に同意を示し、セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)は携えていた剣を抜き放った。
「我が名はセレナ・アデュラリア! 騎士の名にかけて、乙女を救います!」
今にも襲い掛かって来そうな敵に向けてセレナは凛と宣言する。威勢が良くて頼もしいと仲間を称し、六角・巴(盈虧・e27903)も身構えた。
「先代が大事に育てた花ふたつ、どちらも朽ち果てはさせないよ」
「きっちり返して貰う。花も、想いも」
巴が示す花とは、目の前の朝顔達と懸命に花を育てた少女のこと。勿論だと答えたヒコは変わり果てた花を強く見つめる。
そして――仲間達は闘いへの覚悟を抱いた。
●牡丹咲
刹那、朝顔が蔓を伸ばしたことで戦闘は始まりを迎える。
伸ばされた緑に即座に反応した巴は狙われていたセリアの前に立ち塞がった。
「おっと、させるか」
止めてみせると口にした巴の身に、絡み付く花。だが、それを振り払った巴は反撃として電光石火の蹴りを放った。
続けてクラルが仲間の傷を癒し、援護に回るべく黄金の果実をみのらせる。
「獅子と咲くならば、人体など使わず戦って頂きたいものですが」
操られている少女と攻性植物を見つめるクラル。その眸は茫と揺れていても、確りと敵を映し込んでいた。
其処へ更にセリアが描いた魔法陣の力が前衛達に拡がる。
嘗ては魂の選定者として動いていたセリアは魂の形を見て、触れて来た身。人が定命の身であり、限りある命だからこそ、其れが描く命の軌跡が愛おしい。
それ故にこんな所で終わらせたくない。
クリスティも破壊のルーンを自らに宿し、救出に向けての力を得た。
「このまま事件を悲しい話のまま終わらせるわけにいかないな」
「あの獅子咲牡丹もとても綺麗に咲いているもの」
だから、必ず助けよう。ちいさく笑んだ宿利はオルトロスの成親に攻撃を願う。
素早い踏み込みで一気に間合いを詰めた宿利。その傍を駆けた成親が炎を巻き起こした。其処に重なる三日月の斬撃が敵を斬り裂いた。
その間にテレビウムの玉響が応援動画を流す。
郁も仲間達の後に続き、天高く跳躍した。重力に身を任せ、郁が解き放つのは星の煌めきを宿す一閃だ。
「星屑は散り行く花火の残華にも似ていますね」
なんて、と軌跡を譬えた郁は身を翻して敵から距離を取る。
更にダイチが癒しの力を紡いで敵の回復に努め、少女の身を守った。セレナは仲間に信頼を寄せ、自らは星月夜の刃に雷の霊力を帯びさせる。
「この庭も荒らさぬよう、守ってみせます」
「嗚呼。花を散らすのは本意じゃないんでね」
セレナの決意にヒコも応え、地面を蹴りあげた。其処から放たれたヒコの一閃は甘き痺れを敵に宿し、セレナの振り下ろした雷刃と重なる。
攻性植物の動きが鈍った。
だが、ただ攻撃を加え続けるだけでは少女は救えない。
すぐに巴が魔鎖で陣を描いて癒しの力を敵に施した。敵の傷は回復してしまったが元より長期戦は覚悟済み。
「負けるなよ。爺さんの遺した花を、あんたが受け継ぐんだろ」
気をしっかり持て、と少女に呼び掛けた巴は敵へのヒールに専念してゆく。
彼女に意識はなくてもきっと言葉は届くはず。郁も玉響と共に攻勢に移り、少女に懸命な思いを投げかけていった。
「お爺さんの朝顔は貴方にしか守れないのです」
どうか諦めないで、生きて咲き誇って。
呼び掛ける郁の思いを聞き、クリスティは掌を握り締めた。過去、救えなかった命がある。あの時と同じ過ちを繰り返さない為に、今度こそ。
往くぞ、と地を蹴ったクリスティは流星の一閃で敵を穿った。対する攻性植物も花を咲かせて毒を撒き散らす。
仲間達が果敢に戦う最中、セリアは失われた面影を悼む歌を紡いだ。
「寄生されなければ、此の一輪も失われる事は無かったのでしょう」
「花の心は、今は何処にか」
セリアの言葉に続ける形でクラルもぽつりと呟いた。そして、癒しの力を解き放ったクラル達は仲間の傷をしかと癒していく。
攻防が巡りゆく中、宿利は敵が再び動く気配を察した。
「成親、気を付けて!」
相棒犬に仲間を守るよう指示した宿利は精神を集中させ、敵を爆破する。其処に出来た隙を狙い、ヒコは戦場を駆け抜けた。
花の鉢に触れぬよう身を翻し、彼が放つのは音速を超える一拳。
敵の身が揺らいだことでヒコは拳を引き、頼んだ、と巴に癒しを願う。その声に応えた巴は少女を包み込む形で光の盾を具現化させる。
息の合った連携に薄く笑み、心強さを得たセレナは更なる攻撃に出た。
鋭い爆発の衝撃が敵を襲う。
されど未だ、戦いは続く。傾く日、戦ぐ夏の風の中で番犬達は敵を見据えた。
●徒花
それから時間は刻々と過ぎていく。
戦いは激しく巡り、幾重もの攻撃が繰り出された。しかし、誰一人として少女の救出を諦めたりなどしない。攻防の間に癒しを重ね、仲間達は支えあった。
そして、間もなく夕昏が訪れる頃――転機が訪れる。
「見て、敵の様子が……」
攻性植物が今までとは違う反応を見せたことに宿利は皆に呼び掛けた。
その際に放った星の蹴撃は敵の動きを鈍らせる。ダイチは癒しは任せろと仲間に告げ、巴も最後まで回復を担おうと心に決めた。
郁は玉響に凶器を握らせ、行って、と攻撃を願う。郁自身も得物に虚の力を纏わせ、花に向けてひといきに刃を振り下ろした。
「ごめんなさい。今から貴方を、壊します」
小さく詫びた郁はもうすぐ敵が倒れると察している。
セレナも今こそ好機だと感じて、一瞬の内に自身の肉体に魔力を巡らせた。瞬間的に運動能力を限界まで向上させた彼女は一気に刃を振りあげる。
「アデュラリア流剣術、奥義――銀閃月!」
その速さは、閃光の如く。その剣技の冴えは、夜空に浮かぶ月を思わせた。
だが、敵も毒の花を咲かせてゆく。
咄嗟に成親がクリスティを庇い、クラルは即座にその癒しに回った。発動された優しい世界は仲間の傷を包み込む。
「花が……意図せぬ業を負う前に」
涅槃西風が吹きましたら、と言葉を続けたクラルに合わせてヒコが身構えた。
「終わらせちまおう、ってとこか」
白昼夢へ誘うように放たれた一蹴は涅槃西風を纏い、敵の身を蝕む。続いたセリアも自らが内包する魔力を集約させ、光を集めた。
「……その咎は、決して軽くはないわ」
セリアが敵意を差し向けたのは花そのものではなく、それを攻性植物とさせた存在。灼くのではなく、凍てつかせる光の筋は真正面から敵を貫いた。
そして、最後の癒しを放った巴が、行け、と攻撃を促す。その眼差しを受けたクリスティは静かに頷き、護符に秘められた力を解放した。
「彼女の未来、この手で取り戻してみせようか。……いざ」
静かな声と共に辺り一面に氷花が咲く。
やがて――その花は散り、鋭く舞いながら敵を切り裂いた。
●夏の花
戦いが終わったのは、夕陽の橙色が滲む暮れの刻。
少女に絡み付いた花が枯れ、崩れ落ちるようにして消滅する。解放された少女が膝を突く前に駆け寄ったセレナはその身を支え、怪我がないかをすぐに確かめた。
「うう、ん……」
「気が付いたみたいですね」
「無事なようですね。花も、朝顔の君も……ええ、なんとお呼びすれば?」
事情を説明してやったクラルは、名前を聞かせて欲しいと願った。郁がどうぞ、と手帳を渡せば、はっとした彼女は飛び起きる。
「わあっ、お爺ちゃんの手帳! ええとね、私は夏の花って書いてナツカっていいます。ありがとう、皆さん!」
手帳を大事そうに受け取った少女は嬉しさと感謝をめいっぱい表した。もう大丈夫だと感じたヒコとダイチは視線を交わし、宿利とセリアも安堵を覚える。
和やかな雰囲気の中、夏花は番犬達に笑みを向けた。
「そうだ、皆さん。良ければうちの庭で花火を見て行きませんか?」
「ああ、今夜は花火大会らしいな。是非頼みたい」
少女からの提案に巴が頷く。
「良かった! 毎年、近所の人や親戚を呼んでお爺ちゃんと一緒に花火を見てたんですけど、今年は誰も呼んでいなくて……」
「分かった。今年は私達が夏花と共に花火の夜を過ごそう」
近況を説明する夏花は少し俯いてしまったが、クリスティの言葉を聞いてすぐに顔をあげる。そうして、家に招かれた仲間達は暫しの時を過ごす。
夜が訪れるまでは朝顔鑑賞。
縁側に出たヒコは巴とアニー、サヤと共に朝顔を眺めた。
「これが変化朝顔とゆのです?」
「朝顔の咲く庭で花火とはなんて贅沢なんだ!」
サヤとアニーは朝顔に笑顔を向け、間もなく始まる花火に期待を寄せる。だな、と答えたヒコは花は花でも今宵は天と地の二段構えだと頷く。
「一世一代しか生きられずとも、見事な大輪咲かせるこいつ等が好きでね」
花が終わると枯れゆく儚さ。
其処にヒコが視るのは花火にも似たひとときの彩。一瞬だからこそ美しさが灯るのだと語るヒコの眸には朝顔の彩が映されていた。
「詳しいんだな。獅子咲に采咲だったか?」
巴は彼の新たな一面が見れたと感じ、口許を薄く緩める。熱の籠る眼差しを横から眺め、サヤも花々を楽しむ。
「花もいのちも思い出も守れたのでしたら、たいへんよきことですねえ」
すくい上げたものの分、きっとうつくしい花が咲く。
サヤはふわりと語り、皆で守った少女の方を見遣る。其処にはセレナやセリア達と花火を楽しみにする夏花の明るい笑顔が咲いていた。
巴も庭に咲く朝顔を眺め、目を細める。
「実に見事に咲くもんだな」
夜空に咲く大輪の花と良く似た其れは宵の空気の中で凛と咲き誇っていた。
●采咲
同じ頃、宿利達は客間を借りて浴衣に着替えていた。
「えへへ、似合ってますか?」
「こうやって揃うと三姉妹のようですね」
宿利が問うと郁が淡く笑み、小町もくるりと回って浴衣姿を披露する。
小町は灰色地に紫、郁は赤地に白、宿利は黒地に青。其々の朝顔が咲く揃いの浴衣はとても艶やかだ。
「やぁ、眼の保養。空の花に地上の花々を鑑賞できるとは実に僥倖だ」
「折角可愛くお洒落したのだし、褒めてくれる人が居て良かったわ」
「浴衣美人さん達に囲まれて幸せですね、イケメンさん」
夜が忌憚ない感想を告げると小町が安堵し、宿利がからかうように笑う。郁が友人達に微笑ましさを感じたそのとき、外で大きな音がした。
それは開始を報せる一発目の花火だ。
郁達が急いで縁側に出ると、夜空には大輪の花が咲いていた。
「見てください、始まりましたよ」
軽装に着替えたセレナが皆を呼び、どうぞ、と冷たい麦茶を配る。グラスを受け取ったクラルは首筋にそれを当て、ひやりとした感触を楽しんだ。
「……涼しい。皆さん紙団扇もどうぞ」
「団子もあるぞ。浴衣で食べる茶請けにはぴったりだろう」
同じく浴衣に着替えていたクリスティも皆に団子を勧める。クラルも夏花から借りた金魚柄の浴衣を身に纏い、花火を眺める。
「うん、ありがとう。皆の浴衣も花火に映えるな」
ダイチは団扇と団子を手にして柔らかく笑んだ。その隣ではセリアがラムネを片手にぼんやりと夜空の花を見つめている。
「意識して花火を観るのは初めてかもしれない。……綺麗」
「花火は色も綺麗ですが、やはりどーんと響く音も良いですね! 朝顔も良い風情ですし、正に夏という感じです」
セレナはセリアから零れた声に微笑み、次々に上がる花火を楽しんだ。
夜達もまた、打ち上げられた煌めきに目を奪われている。
見上げる夜空に開く光の花。まるでそれは星や惑星、変化朝顔のように遊び心のある形も見れてとても良い。
「たーまやー!」
「たーまやー」
小町と宿利が上がる花火に掛ける声が庭先に心地好く響いた。
「たま……ねこですか?」
どういう意味があるのかと首を傾げた郁。その隣に座る夏花と小町が掛け声の意味を教えてやる。
「定番の掛け声だけど、花火師の名前らしいわよ?」
「そうですね、お爺ちゃんもよく言ってました!」
明るく笑う少女の傍ら、宿利は改めて庭に咲く変化朝顔を見つめた。本当に花火みたい、と口にした宿利は夏花に告げる。
「とっても綺麗な花を咲かせてくれてありがとう。素敵な思い出ができたよ」
「きっとお爺さんも見ていますよ」
郁も少女の手を取り、やさしく語り掛けた。
「……! そんな、私は……ううん。此方こそ、ありがとう」
少しばかり驚いた夏花だったが、宿利達に改めて礼を述べる。
感激したのか、昔を思い出したのか、その瞳に雫が浮かんでいることに気付いた夜はそっと少女に近付き、その涙を隠してやった。
庭に咲く花鉢は受け継いだ心を映すが如く、美しく咲いている。
きっと、花火が終わる頃には涙の雫は笑顔の花に変わっているだろう。そう感じた夜は、空に咲き続ける光の花を振り仰いだ。
●獅子咲
赤に紫。金に橙、それから青。
朝顔にも似て、それでいて輝きを宿した花火の光が夜を照らす。
「たーまやー!」
「たーまやー!!」
此方でもあがる花火への声。サヤ達に負けないくらいの大きな声を出せたと胸を張るアニー。楽しむ仲間に双眸を緩め、ヒコは朝顔と花火を交互に見遣る。
「一遍に楽しめる今日は正に『両手に花』ってね」
女性陣も花に含まれるゆえに悪しからず、とヒコが語るとすかさずアニーが切り口の鋭い突っ込みを入れた。
「両手に花は面白い! でも慣れない事は言うものではないぞ!」
「夏の夜を彩る花は上下左右、って両の手に収まり切ってないぞ、色男」
「……慣れない事は余計なお世話だっての、全く」
そんなやり取りに思わず吹いてしまったサヤだが、すぐに気を取り直して澄まし顔で夜空を指さす。
「ほらほら、花をみましょーねえ」
「朝顔も綺麗な花火に惚れ惚れしているだろうか!」
はしゃぐアニーは全力で夏を楽しみ、嬉しさを噛み締めていた。
賑わう縁側の片隅、クラルはふと思う。
自分が斯様に夏を過ごすとは予想していなかった、と。
遠くても感知してしまう火薬の香り。埋もれた記憶の中で苦手だった気がするのに、夜空に咲くそれは不思議と美しく見えた。
「……ああ。良い、音ですね」
クラルの呟きを耳にしながら、セリアは季節を肌で感じる。じっとりと残る昼の熱気と、優しく吹く涼やかな夜風。時は賑やかに、そして緩やかに過ぎてゆく。
きっとこれも、人々が求める一つの平和のかたち。
――願わくば、こんな日々が長く続きますよう。
心の内でひっそりと想い、セリアは目に映る光景を確りと心に刻んだ。
サヤもまた、皆で過ごす時を思う。
天の花も地の花も、ずっとまぶたのうらに残るよう。たとえ儚くとも記憶に刻まれた彩は強い。誇る花も、ひらく花火も、咲く笑顔も、すべて。
「そういや、話し損ねてたんだが……」
花火の宙を仰ぐ傍ら、ヒコは変化朝顔について語りはじめる。普段より饒舌な彼の横顔をちらと見ては微笑み、巴はその声に耳を傾けた。
咲き誇る花の眩さを目蓋に焼き付け、賑やかな声を鼓膜に響かせる。
獅子咲き牡丹に、夏花火。
このひとときの記憶はきっと――忘れない。
作者:犬塚ひなこ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年8月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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