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「ぁー、暑い……梅雨が明けたって言うけど、湿気、酷いなぁ」
ある夜、古ぼけた木造アパートの一室、窓を開きながら河嶋・莉子は気だるげに呟く。
風通しの悪い部屋だが、それでも夜風は無いよりマシだ。だが、莉子は窓を開けた際にその縁に潜む『何か』を見つけてしまう。
「わっ!? やだ、ナメクジじゃん! この家、よく出るんだよなぁ」
湿気の溜まりやすい立地に、木造である事もあってこの時期はよく遭遇するようだ。
莉子は思いっきり不快そうに目を細めながら、粘液を伸ばして暢気に這いずるなめくじを睨む。
「ぁー、嫌な事思い出した……去年は寝てる時に顔の上這われたんだよね……」
「へぇ、それは……『嫌悪』するのもわからなくはないな」
不意に狭い部屋に響く少女の声に振り向けば、まるで最初からそこにいたかのように、緑の少女が莉子の隣でなめくじを覗き込んでいた。
「な、あんた、誰――っ!?」
驚いた莉子と顔を合わせ、少女は手にした鍵を莉子の胸に突き立てる。
直後、莉子はふらりと力無く床の上に倒れる。しかし、不思議な事にその胸元からは血の一滴も溢れてはいなかった。
「私のモザイクは晴れないけど、あなたの『嫌悪』は貰っていくね」
ずるり。
少女の声に続くように、部屋の片隅から不快な音が響く。
ずるり。
湿った何かを引きずるようなその音は、ぬらりと艶めく粘液を残しながら、窓の外へと消えていくのだった……。
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「ナメクジとは、分類上は貝の一種とされていて、その中でも殻が退化したものであるそうだ。カタツムリより嫌われるのは何故だろうな」
「殻……じゃろうなぁ?」
確かに他に違いはない。神宮司・早苗(御業抜刀術・e19074)の返しに、フレデリック・ロックス(蒼森のヘリオライダー・en0057)は微妙に納得がいかなそうに頷く。
「殻だけで一体何がそこまで……いや、今その話はいいか、それよりもドリームイーターだ。人の『嫌悪』を奪い、新たなドリームイーターを生み出す事件が発生するようだ」
生み出されたのは所々にモザイクの入った巨大なナメクジのような姿の怪物である。
問題の事件を引き起こしたドリームイーターは、既に姿を消している。この事件の中で探し出すのは不可能だろう。
「キミたちには現場のアパートに赴き、このドリームイーターの撃破をお願いしたい」
被害にあった一般人の河嶋・莉子は『嫌悪』を奪われた時点で意識を失ってしまっているが、ドリームイーターを倒せば再び目を覚ます筈である。
敵は一般的な乗用車程のサイズのナメクジ型ドリームイーター。アパートの外側を這い回っており、こちらから攻撃を仕掛ければ応戦してくるだろう。
アパートの住人は既に避難済み、莉子は部屋で倒れているが今のところドリームイーターに襲われる心配は無さそうだ。
「動きは鈍いが、その粘液には様々な毒性が含まれているらしい。強烈な勢いで散弾のように飛ばしてくるので注意して戦ってくれ」
「うん? 散弾……まさか、スラッグでかけているのではあるまいな?」
それは果たして件のドリームイーターの仕業なのか、莉子の趣味なのかは不明だが、とにかく危険なことは間違いない。
フレデリックは小さく咳払いをしつつ、ケルベロスたちに改めて向き直る。
「この蒸し暑い夏の最中、最悪な敵ではあるが……放置するわけにもいかないからな、何とか撃破を頼むぞ」
参加者 | |
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クレア・エインズワース(陽色の獣・e03680) |
ルリナ・ルーファ(あったかいきもち・e04208) |
タカ・スアーマ(はらぺこ守護騎士・e14830) |
イーリス・ステンノ(オリュンポスゴルゴン三姉妹・e16412) |
神宮司・早苗(御業抜刀術・e19074) |
山蘭・辛夷(キセルナイト・e23513) |
バジル・サラザール(猛毒系女士・e24095) |
一之瀬・白(八極龍拳・e31651) |
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「えーい!」
良く言えば風情のある、ハッキリ言えばボロっちい木造アパート前にルリナ・ルーファ(あったかいきもち・e04208)の元気な声が響き渡る。
相手がナメクジを元にしたドリームイーターである事は予知でわかっている。ならば、とばかりに投げつけたのは食塩が1キロ程詰まった袋であった。
「ルリナ、多分効かないから。とりあえず下がろう?」
「わ、わかってるよ?」
クレア・エインズワース(陽色の獣・e03680)に諭されて、ルリナはその後ろに引き下がる。
だが、ある意味こちらへ注意を引き付けるのには十分な先制攻撃……だったと言えるだろう。耳に粘着くような水音と共に、それは4本の触覚をケルベロスたちへと向けた。
木造アパートを粘液まみれにしながら這い回っていたのは、乗用車に匹敵する大きさのナメクジだ。
「少なくとも、私が知る限り塩で溶けたドリームイーターはいないわね。以前にも投げ付けたのを見た事はあるけど、あまり効果は無かったわ」
ずるずると蠢きながら、こちらを警戒する巨大ナメクジを前に戦闘態勢を取りながらバジル・サラザール(猛毒系女士・e24095)は妙に詳しい口振り。
「何だか慣れた口振りだねぇ、この手合いは経験豊富なの?」
街灯の明かりにちらちらと艶めく粘液に辟易しながら、山蘭・辛夷(キセルナイト・e23513)はバジルに横目で伺う。
「……そうね、慣れてる。慣れてるわ」
経験豊富、と言うのは事実のようだが、顔色が全然慣れてない。
慣れるわけがない。
「だが塩をかける気持ちはわかるのじゃ。……これは、少しくらい小さくなって欲しいしのう」
「全くだ……デウスエクス退治とは言え、まるで気が乗らん」
遠目から見ても異常だったが、近くで見ると予想以上の迫力である。
これは特別ナメクジ嫌いでなくても『嫌悪』して当然だろう。一之瀬・白(八極龍拳・e31651)共々タカ・スアーマ(はらぺこ守護騎士・e14830)は辟易した表情を包み隠さず浮かべていた。
「でも……あのぬめぬめのテカりとか~、大きくって所々モザイクな所とか~、何というかエロ……」
「エロ?」
「エロ……」
「冗談は置いといて、サクサクと片付けちゃおうね♪」
他の7人とは角度も方向も全く違う視点のイーリス・ステンノ(オリュンポスゴルゴン三姉妹・e16412)だったが、出かけた言葉はさらりと飲み込んで、戦闘態勢に入る。
ドリームイーターだろうとナメクジだろうと、この場に置いては害でしかない。
どこかで見覚えがあるユニークなハンマーの先を巨大ナメクジに向け、神宮司・早苗(御業抜刀術・e19074)は口を開いた。
「うむ、そこのナメク…いやカタツムリじゃっけ? まぁどっちでも構わんがぬめぬめしとる奴! これ以上ぬるぬるする前に、わしのハンマー捌きでぷちっといくのじゃ!」
●
粘液を滴らせながら、こちらを威嚇するように不気味に震える巨大ナメクジ。
だが、その動きはあくまで緩慢。先手を取ったのはケルベロスたちだった。
「今日の早苗さんは火力重点、突撃思考なのじゃ! 行くぞ、特科の軟体生物駆除隊じゃー!」
「はいよ、援護は任せてよね!」
先陣を切る早苗の後ろからナメクジに向かって、辛夷が放った爆炎の段幕が押し寄せる。
そんな炎の渦を切って、降り下ろされる真っ赤な大槌の一撃。鳴り響く『ピコ』と言うやるせない擬音。
だが、気の抜けるような音とは裏腹に、敵の出鼻を挫くには十分な威力がナメクジを通して地面を揺るがせた。
「何か様子が……来るよ!」
攻撃の反動を活かして間合いを取る早苗だったが、思いっ切りヘコんだナメクジの奇妙な挙動に辛夷が叫ぶ。
ナメクジから見るからに体に悪そうな淡黄の粘液が弾けるのは、同時だった。
「……っ! さ、早苗殿……無事か? 守りは余に任せるのじゃ!」
無数に別れた弾丸のような攻撃に身を挺したのは白。
『特科刑部局』として日夜デウスエクスと戦ってきただけあって、息はピッタリだ。
無論、仲間同士で連携を取り合うのは彼らだけではない。
「護れ、天照!」
照らす陽光が街灯の明かりをも飲み込み、クレアを中心に周囲に溢れていく。
暖かな輝きは加護となり、身を蝕む疫を照らし、かき消していく。
「これである程度の毒は凌げる筈だ、後は……叩き潰す!」
「流石クレアん! ボクも頑張るよ!」
更に、ルリナがゾディアックソードを掲げて星の輝きを交わらせ、タカのオウガメタルの粒子が溢れる光に紛れて仲間たちの感覚を研ぎ澄ませていく。
準備は万端、このまま攻勢を維持できるだろう。
「油断はするなよ。あの毒性、侮れないぞ」
「えぇ、そうね。早く退治しないと、後片付けが大変だわ」
蠢く巨体は無尽蔵に粘液を生み出し、無差別に飛び散る粘液は、放っておけばあっという間にこの近辺を酷い有様にしてしまうだろう。
銃身の先に敵を捉え、ユリア・フランチェスカ(オラトリオのウィッチドクター・en0009)は反撃の切り口となる一撃を撃ち出す。
「あんまり散らかすなら、お仕置きね!」
凍てつく弾丸に合わせて撃ち込まれるのは、イーリスの御業が放つ炎弾。
グラビティによって生み出された冷気と熱が、同時に巨大ナメクジから力を奪っていく。
「正直、あんまり近寄りたくないけど……」
悶え苦しむナメクジに青ざめながらも、バジルは即席で生成した薬物を注射器へ詰め込んでいき、ナメクジの側面へと回り込む。
打ち込まれた注射器はナメクジのモザイクを歪ませ、肉体をどろりと溶解させていく……が。
「流石に特効薬とはいかないわね……」
有効打ではあったが、まるですぐに適応するように傷口が塞がれていく。
動きが遅いのは幸いだが、軟体故に中々手応えが無く、じめじめとした戦いは否応無しに長引いていくのだった。
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「再生速度が半端じゃないのう……じゃが、それならば!」
戦いが長引くこと数分、一撃一撃は少しずつだが効いている。だが、瞬く間に蠢く軟体が傷口を覆ってしまい、このままでは埒が明かない。
やるならば一気に火力で押し切る方が効果的だろう。白は地面を強く踏み締め、闘気を集中させていく。
対して巨大ナメクジは、咄嗟に自衛のために粘液を溢れさせる……が。
「っと、余計な真似はさせねぇぜ!」
それを、サポートに駆け付けたルルド・コルホルの刃が絶妙に遮る。
態勢を立て直す暇はもう無い。地を揺るがすほどの踏み込みから繰り出される白の掌打は、最早打撃の領域を超え、軟体を穿つ。
「辛夷殿、今の内じゃ!」
「このまま蜂の巣にさせてもらうよ! バァールカンッ!」
白の一撃に崩れかけた巨大ナメクジに、辛夷の頭部脇に召喚された銃口が光芒の弾幕を放ち、追い打ちをかける。
この攻防を機に、戦局はケルベロスの方へと大きく傾いていく事になる。
しかし、優勢なのはこちらだと言うのに、じわじわ心に余裕が無くなるのは、流石は嫌悪感を詰め込んだドリームイーターなだけあるというもの。
「も……もうだめ……にゃめくじはらめなの~!」
攻撃する度に弾ける粘液、ぶるぶる蠢く肉塊。いよいよ限界を迎えたバジルは、遂には泣きながら、それでも獲物を軟体に叩き込んでいく。
「だ、大丈夫!? えっと、落ち着いて! 何かもう、ボクも結構限界だから!」
叩いても斬ってもじわじわ再生する巨大ナメクジ。仮にナメクジが苦手でなくても、気を病んで当然である。
自身も一杯一杯なルリナはぬめぬめの不快感を中和するような、可愛らしい巨大羊を呼び出すが、変に追い詰められた羊を甘く見てはいけない。豪快な突進がナメクジを突き飛ばす。
「ルリナも落ち着け! 押してるのはこっちだ!」
「あぁ、これは、さっさと片付けるに限るな」
これ以上長引いても、負ける事はなさそうだが、嫌なトラウマが残りそうだ。
巻き散らかされる緑がかった粘液から仲間を守りつつ、クレアは炎を纏う刃を振り下ろす。
そして、タカを中心として地面に広がる白い輝き、龍脈のエネルギーとボクスドラゴンのプロトメサイアの属性の力がケルベロスたちの態勢を整えていく。
流石の再生力も、ケルベロスたちの猛攻を前に徐々に遅れつつある。タカの言うように、仲間たちの精神衛生のためにもこのまま押し切るのが良さそうだ。
しかし、それを敵もわかっているのか、逃げるようにアパートの敷地内へと身体を動かし始める――が。
「……そこだっ」
槍を素早く突き出す木下・昇のサポートがそれを許さず、文字通り敵を縫い付けた。
「あんまり触りたくはないが、これで最後じゃ!」
「駄目駄目、逃さないんだから」
凍てつく地面に磔にされた自らの身体を切り離してまで、逃れようとする巨大ナメクジ。
だが、そこに早苗とイーリスの2人が迫る。
錫杖に仕込まれた刃がドリームイーターの霊体を斬り裂き、イーリスは斬り開かれたモザイクの内側へと狙いを定めた。
「そ、こ、ねっ!」
羽ばたく七色の軌跡が穿つのは、ドリームイーターの心臓。
大きな痙攣を一つした後、ナメクジとモザイクの動きが、ピタリと止まった。
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暫しの静寂の後、巨大ナメクジは穴の空いた水風船のように、粘液を溢れさせながら萎んでいく。
残ったのは、微かに水っぽいナメクジの残り汁。最後の最後まで不快感たっぷりな死に様に、鬨の声も自然と引っ込む。
「……うーん、やっぱ何かちょっとエロ……」
唯一、イーリスだけが全然違う事を考えていた。
「ぅ……ぅぅ……ナメクジ……ナメクジが……はっ!?」
ひとまずは一段落が付いた後、ケルベロスたちはまず被害者である莉子を粘液塗れのアパートから救出。どうやら、命に別状は無さそうだ。
「……さて、ヒール……なのだが」
険しい表情を浮かべ、タカはアパートを見上げる。
ドリームイーターは撃退したが、残った粘液とその毒性に腐食されたアパートは、以前よりも遥かに酷い有様だ。
「できると思うか?」
「私はいっそ、一旦処分した方がいいと思うけど……まぁとりあえず、やるだけやろうかねぇ」
むしろ問題は通気性等の環境面だろう。後で渡せるよう、辛夷はケルベロスカードの用意をしておく。
せめてエアコンが完備できれば、全然違った夏になる筈だ。
当の莉子は、念のためという事で一度病院に搬送。手続きを行ったクレアは救急車を見送ってようやく一息吐いて、ルリナの方へと振り返る。
「ルリナ、怪我は無い――」
「ねぇねぇクレアん! ボクも結構戦えるようになったでしょ? これからはボクもクレアんを守れるんだよ!」
心配とは裏腹に、『かぞく』は小さく跳ねて自分の成長をアピールしていた。
「……そうだね。でも、巨大ナメクジに慌ててる内は、無茶は禁物だよ」
幸い、大した怪我は無さそうだ。だが、油断ならない相手だったのも事実。粘液を浴びた腕が、未だにひりひりと微かに痛むのが物語っている。
「白よ、傷の方は大丈夫かのう?」
「何、このくらいは大した事は無いのじゃ。それに、早苗殿に傷を負わせたとあっては、彼に申し訳が立たぬからのう」
早苗の言葉に微笑みながら返す白の視線の先には、ルルドの姿。
パッと明るくなる早苗の表情に、白は自分は大丈夫だからと早苗の背中を押す。
「る、ルルドぉー、わし疲れた! 抱っこして!」
「っと、悪いな白。帰ったら、ゆっくり休めよ?」
促され、小さな狐に变化し飛び込む早苗を抱きかかえ、ルルドは同輩たちに小さく頭を下げる。
ひとまずのヒールは軒並み終わり、後はケルベロスたちも帰路に着くだけだ。
そんな中、バジルは地面に僅かに残っていた粘液を見下ろしていた。
「何かに使えそうですか?」
「……強力な毒である以上、そのまま使えるかもしれないし、薬にだってなるかもしれないわね」
瓶に粘液を回収する昇の言葉に、バジルは薬剤師として答えを返す。
あるいは、ナメクジそのものへの対策にもなるだろうか……全ては使い方次第ではあるだろう。
いずれにせよ、もう二度とこのような敵に相見えない事こそが最良なのだが。
梅雨は明けても、日本の夏は、蒸し暑い。ナメクジに悩まされる日々は、明日もどこかで続く、のかもしれない……。
作者:深淵どっと |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年8月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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