梅雨に恋して

作者:遠藤にんし


 屋内のカビ取りに苦心していた男性は、洗剤を床に置いてひと息。
「すげーカビだ……やっぱ、屋内で雨を降らすって大変なんだな」
 梅雨の季節が好きだからと、梅雨をコンセプトにしたカフェを作ったところまではまだ良かった――だが、室内にも雨を降らせようと、天井にいくつかのシャワーを設置したのが過ちだった。
 雨傘や雨合羽を貸し出してなお客は濡れ、提供するフードやドリンクは水でべしょべしょになり、店内はカビが大量発生。
 そんなこんなで、閉店の運びとなったのだった。
「でも、実際に雨が降ってないと梅雨感は出ないし……仕方ない、か」
 諦め混じりの言葉と共に作業に戻ろうとした男性を、衝撃が襲う。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 鍵を突き立てられ倒れる男性を見て、第十の魔女・ゲリュオンは微笑し。
 ドリームイーターが現れるのを確かめて、そっと姿を消した――。


「自分の店が潰れてしまった後悔が、ドリームイーターに姿を変えた」
 高田・冴(シャドウエルフのヘリオライダー・en0048)は言って、集まったケルベロスたちを見渡す。
「梅雨をコンセプトにしたカフェにドリームイーターがいる。このドリームイーターを倒すのが、今回の目的だ」
 ドリームイーターは一体、ケルベロス達にとって強敵というわけではないが、だからといって油断していい相手でもない――戦いを有利にするために、と冴は提案する。
「ドリームイーターによって営業再開した店を利用し、楽しむことで、敵は弱体化するようだ」
 梅雨をコンセプトにしたカフェということで、天井から設置したシャワーからは常に雨を模した水が降り注いでいる。
 傘を差すもよし、カッパを着るもよし、潔く濡れるのも良いだろう、と冴。
「メニューも梅雨をイメージしたドリンクやデザートがあるようだ」
 ガトーショコラに添えたホイップクリームをてるてる坊主風にデコレーションするなど、梅雨への愛と創意工夫は伝わってくる。
「少し方向を変えるだけで、成功したのかもしれませんね」
 ベルノルト・アンカー(傾灰の器・e01944) のつぶやきに、冴はうなずく。
「このドリームイーターを倒すことで、店主だった男性の後悔も少しは晴れると良いね」


参加者
八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)
星詠・唯覇(星々が奏でる唄・e00828)
平坂・サヤ(こととい・e01301)
ベルノルト・アンカー(傾灰の器・e01944)
神乃・息吹(虹雪・e02070)
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)
紗神・炯介(白き獣・e09948)
デニス・ドレヴァンツ(花護・e26865)

■リプレイ


「わぁ……」
 屋内だというのに、雨が降っている――今まで見たこともなかった光景を前にして、神乃・息吹(虹雪・e02070)は感嘆の吐息を漏らす。
 そのまま歩み進めようとした息吹は、しかし入口のところで躊躇ってベルノルト・アンカー(傾灰の器・e01944)を見上げる。
「ベルさん。イブ、傘忘れちゃったから……入ーれーて?」
「では、此方へ。濡れてはいけませんから、これを掛けてください」
 ベルノルトは外套をイブの肩に掛け、紳士傘を傾ける。灰髪が濡れて頬に貼りつくが、それを気にした様子はない。
(「ふふ」)
 傘を忘れてきたのはわざと――でも、それは息吹だけの秘密。
「コンセプトが斬新やんなぁ」
 オレンジ色の傘を手元で回して、八蘇上・瀬理(家族の為に猛る虎・e00484)は店内を見回す。
 カフェオレの注文を受け、湯を沸かし始めると、途端に蒸し暑さが感じられるようになった。
「あとはこの湿度とカビさえ何とかなるんやったら……」
「そうだね。濡れてしまうは――私は嫌いじゃないが」
 デニス・ドレヴァンツ(花護・e26865)は呟き、天井から注ぐ水に目を細める。
 店内に流れる雨音は優しく大地を叩くようで心地良い。濃紫の傘に散る白の水玉に水滴が落ち、パシンと小さな音を立てた。
「雨はちょっぴり憂鬱ですけれど、可愛い雨具は大好き」
 遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)は店内にある傘を広げては紗神・炯介(白き獣・e09948)に合わせて見立てる。
 濡れていた席はタオルで拭って、炯介は購入していた大きめの傘を広げる……だが、傘を広げる小気味よい音は、炯介の後には続かない。
「それ、使わないの?」
 鞠緒の水色の傘は開かれず、ピンクの音符が広がることはない――恋人との思い出、それを他の人の前で開けることはなぜだか出来ず。
「もし良かったら……入れて頂けませんか?」
 心配そうな表情を緩め、炯介は傘を傾ける。
「おっきなドームですねえ」
 ひとつのテーブルにたくさんの傘が集まる様子を見て、平坂・サヤ(こととい・e01301)は写真を一枚。
 しとしと注ぐ雨粒で指先を濡らして、サヤは何を食べようかと思案顔。
「甘いものを食べたい気持ちになっちゃいますねえ」
 どれにしましょうかあ、と言いつつサヤが選んだのはカフェオレとガトーショコラ。
 店内をじっくり眺めていた星詠・唯覇(星々が奏でる唄・e00828)はメニューに描かれた紫陽花を指でなぞり、傘によって出来た青い影の下で微笑する。
 シンプルなテーブルの上は、あっという間にケルベロスたちの注文の商品で埋め尽くされる。
「半分こしましょ」
 添えられたホイップクリームのてるてる坊主に嬉しそうな息吹は、ベルノルトが何も注文していないのに気付いて言い、ひと口分を差し出す。
「楽しく食事するのも仕事よ、仕事」
(「はんぶんこ……仕事、これも仕事……」)
 両手でカフェオレを持つサヤがにこにこしながらこちらを見ているのが痛いほどに感じられたが、その視線も傘でシャットアウト。
 照れこそあれど、決して嫌なわけではない……サヤはにこにこと傘のマドラーを回し、おやと鞠緒の元にあるグラスに目を留める。
「これはこれは、虹みたいじゃあないですか」
 バニラアイスの上にさくらんぼ、縁にオレンジ、リンゴ、キウイ、ブルーベリーのグラデーション。
 雨色ソーダの炭酸を舌の上で弾かせる炯介は、その彩りに目を細めながら問いかける。
「例の恋人さんとはどう? うまくやれてる?」
 問いかけに表情は翳る――炯介の手に小指だけで触れ、鞠緒は接触テレパスですれ違いの日々を打ち明ける。
 今日だって、本当は一緒に来たかった……相手の多忙のために叶わなかった願い。どうすればいいのか分からない、どうしていましたか? と問いが投げられる。
「……さぁ? 本当の恋をした事が無いから分からない」
 肩をすくめる炯介の顔は困り顔。
 その横でふわりと湯気を立てるものがテーブルに置かれた――見ればそこにはかたつむりを模したカルボナーラがあり、その愛らしさに微笑みが広がる。
「……ほう、お伽噺のようだね」
 小さく笑うデニスの手元には長靴の中のアイスティーも。
 集めた傘で出来たドームの中に温かいメニューがあるからか、湿気が一段と強く感じられる。
 瀬理はカフェオレを飲み干し、レインブーツに溜まった雫をトントンと払う。
 椅子はタオルで拭ってから座っても、背面にかかる雨粒まではどうにも出来ない。
 座らず、立つことを選んだ理瀬だったが、座ることを想定しているテーブルだからこそ姿勢が辛かった。
 食べ物も飲み物ももう空っぽ。ドリームイーターもどこか満足げな表情でこちらを見ており、サービスを楽しむのはもう十分そうだ。
 初めに動き出したのは唯覇。
 足元で待機していたテレビウム『カラン』は唯覇の動きに即応、手にしていた武器を高く掲げる。
 その動作にドリームイーターが店内の傘を手にすると、傘は途端に禍々しい気配を纏った。


 横薙ぎに振るわれた傘を受け止めたベルノルトは、斬霊刀を閃かせる。
 雨粒すら両断する鋭さにドリームイーターは腕を斬られ、そこからモザイクをこぼす。
 それでもなおベルノルトに襲いかかろうとした時、虹色の煙がドリームイーターの視界を遮った。
 ――発生する爆煙の中心地にいるのは炯介。広げたままの傘が爆風に嬲られてしまうとサヤは傘を閉じ、エクスカリバール『峠道』を振り下ろす。
 ドリームイーターの傘と峠道が鍔迫り合い、負けたのは傘だった。
 ドリームイーターの手からすっぽ抜けた傘は天井に取り付けられたシャワーに激突、衝撃にシャワーは水を止める。
「雨も止んで、動きやすくなったわ!」
 瀬理のマインドリングから生まれる光は、雨上がりに差し込む太陽のよう。
「店の発想は悪ない。けど、食品扱う店で湿気とカビは……あかんやろっ」
 色の濃い、赤茶けたレインブーツが踏んだ飛沫は光の孕む熱に蒸発する。輝きも温度も暴力的な剣を、瀬理はドリームイーターに叩きこんだ。
 デニスの腕の中、ドラゴニックハンマーは静かに姿を変える――かと思えば雨音のBGMをかき消すほどの轟音と共に、弾丸が射出された。
 突風を強めるのはウイングキャット・ヴェクサシオン。部屋中に吹き荒れる風の中で鞠緒はフェアリーブーツの踵で床を叩き、魔法の星々を舞わせる。
「プレゼントよ」
 息吹の贈る炎はその姿のように白く、星の後に続いて流星の軌跡のよう。星も炎もドリームイーターに纏わりついて、その守りを剥ぎ、終わらない熱で苛んだ。
 振り払おうと悶えるドリームイーターの顔面をとらえたのは唯覇。壁に叩きつけられたドリームイーターから視線を外すことなく、唯覇はカランの名を呼ぶ。
「カラン! 皆の援護を頼む!」
 呼ばれて飛び出たカランはどこか嬉しそう。張り切った様子で画面を煌びやかに彩るカランの足元で、ぱしゃんと水が跳ねた。


 傷口からぼろぼろとモザイクをこぼしながら、ドリームイーターも猛攻を続ける。
 一人一人を狙う形で攻撃は続くが、ベルノルト、カランとヴェクサシオンがそれらのほとんどを受け止めるために、ケルベロスたちが致命的な傷を負うことはない。
 それでも深まっていく傷痕――そんな時、炯介はサキュバスの霧で彼らを包み込み。
「頼んだよ」
 弾ける癒しの気配は、『甘き棘』が象る薔薇のように広がり、ベルノルトの中へと沈み込む。
 静かな激励にベルノルトが跳ぶようにドリームイーターへと肉薄すると、濡れた灰髪から雫が散る。
「せめて醒めないまどろみの中で、眠るように崩れてゆけ」
 断ち切ったのは血流の導線。
 循環すべきものが滞り、淀みは神経を麻痺させる。
 先ほどまでの猛攻が嘘のようにドリームイーターはよろめき、動きを鈍らせる――苛烈な一撃を受けたことによる出血もあって、ドリームイーターはどこから見ても隙だらけだった。
「イブさん、どうぞ」
 声と共に、ベルノルトは敵の懐に潜りこめる絶好の位置を息吹へ譲る。
 息吹の手には紫林檎。歯で削って果肉を露にすれば、そこからは濃密な果汁と共に悪夢がこぼれ出る。
「アナタの悪夢は、どんなに甘い味かしら」
 敵の内側へと手を伸ばすのは、鞠緒も同じ。
「これは、あなたの歌。懐い、覚えよ……」
 霧雨のように纏わりつく歌声。胸に傘を抱いて歌う鞠緒の声を聞きながら、唯覇は独りごちる。
「聴かせよう……この子守唄を!」
 歌はロック調に転じ、安らぎの子守歌は引き出されたドリームイーターの内奥をかき乱す。
 五感全ての破壊に等しい歌声。惑乱されるドリームイーターへと肉薄する瀬理は、虎としての本能のままに。
「疾走れ逃走れはしれ、この顎から!」
 ドリームイーターの弱点を看破したのは眼ではなく獣の嗅覚。刃と化したバトルオーラを突き立てる瀬理は、牙を剥いて笑む。
「……あはっ、丸見えやわアンタ」
 デニスは、鬣に光を含ませて銀の輝きを持ち。
「――逃がしはしない」
 真紅の宝玉が二つ、燃えるように揺れる。
 喰らいつかれ、蹂躙されるドリームイーター。サヤは黒髪の奥の瞳を敵に向け、指先でその因果を手繰る。
「ありえることは、おこること」
 集約された未来は、ドリームイーターを貫く未来。
 それは、この世界へと反映される。
 ――雨に濡れた床の上にモザイクは散らばり、溶けて消えた。


「気を付けたつもりだったが……」
 すまない、と言いつつ、デニスは荒れてしまった現場のヒールに勤しむ。
 鞠緒と唯覇も雨のうたで梅雨の幻想を混ぜ、店内は雨の物憂さを感じられる雰囲気の良さを醸し始める。
「こんな、いい状態にしてもらって……」
 閉店した店なのに申し訳ない、と恐縮する店主へと、息吹は気づかうような視線を向ける。
「雨は映像投射とかにしても良かったかも、ね?」
 コンセプトは素敵だった――何より、相合傘の夢だって叶った。
 ありがとう、と息吹が微笑みかければ、店主の顔にも晴れやかな笑み。
「後悔が晴れるとよろしーのですが」
 サヤは言いつつ、窓辺にちょこんとてるてる坊主を添える。
「てるてる坊主ですか。晴れると良いですね」
 ベルノルトは言いつつ、窓の外の景色を見やる。
 外はすっかり梅雨の過ぎ去った、夏らしい天候のようだ。
 窓越しでも陽光の眩さは感じられる……窓越しでも、梅雨の景色を描くことは出来たはず。
 こんなに素敵な雨音と雨模様のある店内なのだから、ここに降らせる必要はなかったのかもしれない。
「誰か言うとったけど、キャンプ用のタープを設置してその下に机椅子設置するようにしたら、雨ん中でご飯食べとう気分味わえてええんちゃうかな」
 このまま諦めてしまうのはもったいない気がして、瀬理もアドバイスと共に店主の背中を押す。
「濡れる事自体は、ナシではないと思う」
 テーマパークでも、滝壺に突っ込むようなアトラクションは人気。炯介は、湿気の対策について考える。
「いっそ壁を無くすか大きな窓を付けて、風通しの良い空間にしてみるとか」
 現実的に可能かどうかは分からないが、面白い提案だった。
 何が出来るのか、どうやれば出来るのかは考えなければいけない。店をもう一度やり直すとしても、それは難しいことだろう……でも。
「ここでやめてしまうのは俺も勿体なく思う」
 店の雰囲気を気に入った様子のカランもうなずいて、店を残すことを熱望。
 ――最終的にどうするかは、店主次第。
 何を選ぶとしても、行く先には恵みが降り注ぐことを願い、ケルベロスたちはその店を後にするのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。