南国とかは後にして

作者:土師三良

●南国のビジョン
「季節を問わず、南国気分を味わえる南国風カフェ! ……って、最強無敵のコンセプトだと思ったのにぃ!」
 アロハシャツとバミューダパンツという実に判りやすい恰好をした青年が嘆きの声をあげていた。
 ここは東京某所の裏通りにあるカフェ。ただのカフェではなく、青年が言ったように『南国カフェ』だ。壁には青い海が描かれ、そこかしこにヤシの木(模造品)が立ち、床は白い砂(本物)に埋もれている。見る者に涼しさを感じさせる内装……なのだが、店内はちっとも涼しくない。
 むしろ、暑い。
 非常に暑い。
 屋外よりも暑い。冷房器具の類はなく、窓は海の壁紙に覆われ(そもそも嵌め殺しなので開かない)、照明は日焼けマシンもかくやというほどの強烈な光を放っているのだから。
 当然、こんな店に客が訪れるはずもなく(冬場でも訪れないかもしれない)、開店から一ヶ月も経たぬうちに潰れてしまったのである。
「ぬるま湯に慣れた現代人には理解できないのか? 熱中症の危険と隣り合わせの状態でエンジョイすることこそが真の南国リゾー……とぎゅあっ!?」
 青年は奇声を発して昏倒した。
 奇妙な女が音もなく後方に現れ、鍵のようなものを彼の背中に突き立てたのだ。
「私のモザイクは晴れないけれど――」
 そう言いながら、女は鍵のようなものを青年から引き抜いた。
「――貴方の『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 すると、店内に第三の人影が現れた。
 真っ黒に日焼けした体を青年と同じ衣装に包んだ男。
 いや、男といっても、人間ではない。
『後悔』から生まれたドリームイーターだ。

●双&音々子かく語りき
 陽炎が立ち昇るヘリポートで。
「皆さんを南国のリゾートにご招待しちゃいまーす!」
 開口一番、ヘリオライダーの根占・音々子は元気な声でそう言った。
 もちろん、そんな甘言を真に受けるケルベロスは一人もいなかったが。
「なにか裏があるんだな?」
 と、皆の疑惑を代弁するかのように夜月・双(風の刃・e01405)が確認すると、音々子は苦笑を浮かべた。
「裏というか、なんというか……実は本物の南国じゃなくて、南国っぽいカフェなんですよー」
「カフェ?」
「はい。四方田・雪彦(よもだ・ゆきひこ)さんというかたが長年の夢を叶えて南国風カフェを始めたんですが、すぐに潰れちゃったんです。で、夢破れた雪彦さんの後悔をドリームイーターが奪い、別のドリームイーターを生み出したんですよ」
 後悔から生まれたドリームイーターは雪彦に成り代わって店長になり、件の南国カフェで獲物を待ち構えているのだという。
 そのドリームイーターを倒すのが今回の任務だ。カフェに乗り込んでいきなり攻撃をしかけることもできるが、客としてカフェを訪れてサービスを満喫すれば、ドリームイーターは満足して戦闘力が減少するらしい。
「そういうわけですから、リゾート気分で南国カフェのサービスを楽しむことをお勧めします」
「だが、その店はすぐに潰れたのだろう? なんらかの問題があったということじゃないのか?」
「問題というか、なんというか……」
 音々子は先程と同じようなフレーズをまた口にして、先程と同じような苦笑を浮かべた。
「そのカフェ、ものすごく暑いんです」
「暑いのか……」
「雪彦さんは南国の暑さを再現したつもりなのかもしれません。でも、南国育ちの人でも音を上げること間違いなしですよ。地獄のような暑さですから」
「地獄のように暑いのか……」
「ケルベロスの皆さんはグラビティ以外でダメージを受けることはありませんが、一般人のお客さんの場合、店内に何時間もいると命にかかわるかもしれませんね」
「命にかかわるほど暑いのか……」
 音々子の言葉を反復する度に双の無表情な顔に汗がたらりと流れ落ちていく。
 防具特徴の『温熱適応』を用いれば、暑さに耐えることもできるだろう。しかし、涼し気な顔をしていると、ドリームイーターは『この客は南国の暑さを満喫していない』と見做すかもしれない。敵の戦闘力を確実に落とすためには、大袈裟なまでに暑がってみせなくてはいけないのだ。
「ちなみにその店のメニューはオシャレ系じゃなくて、海の家っぽい感じのやつです。かき氷だのソフトグリームだのもありますけど、あえて焼きそばやカレーやラーメンなどのホットな料理を頼むのも面白いかもしれませんねー」
「いや、ちっとも面白くないんだが……』
 双が溜息交じりに呟いたが、その声は音々子の耳には届いていないようだった。


参加者
朝倉・ほのか(ホーリィグレイル・e01107)
夜月・双(風の刃・e01405)
エルモア・イェルネフェルト(金赤の狙撃手・e03004)
神崎・ララ(闇の森の歌うたい・e03471)
据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)
ピリカ・コルテット(くれいじーおれんじ・e08106)
ジャスティン・ロー(水玉ポップガール・e23362)
グレッグ・ロックハート(泡沫夢幻・e23784)

■リプレイ

●炎暑だ! Enjoy!
 うだるように暑い夏の日。
 彼方に揺れる逃げ水を追い、今にも溶けそうなアスファルトを踏みしめて、ケルベロスたちが街を行く。
 着いたところは一軒のカフェ。
『OPEN』の札がかかった扉を開けると、カウベルの音が軽やかに響き、汗だくの一行をクーラーの冷気が優しく迎えて……くれなかった。
 代わり熱気が迎えてくれた。
 尋常ならざる熱気が。
 漫画ならば、ここで『モワッ』という大きな描き文字が出るところだろう。
「うわー! 思っていた以上に暑いねー!」
 見えざる『モワッ』を元気な笑顔で受け止めて、レプリカントのジャスティン・ロー(水玉ポップガール・e23362)が店内を見回した。
 海と空と入道雲が描かれた壁紙、人工のヤシの木、床を埋め尽くす白い砂。どこかに設置されたスピーカーから聞こえてくる、寄せては返す波の音。『トロピカルなビーチ』と聞いて万人が思い浮かべるイメージを判りやすく再現した内装である。少しばかり陳腐ではあるものの、客の受けは決して悪くないはずだ。
 地獄のごとき『モワッ』さえなければ。
「この暑さは――」
 レプリカントのエルモア・イェルネフェルト(金赤の狙撃手・e03004)が手をかざして太陽ならぬ照明を見上げた。
「――フィンランド出身のわたくしにとっては未知の世界ですわ」
「いや、南国の出身者にとっても未知だと思うが……」
 汗を拭いながら、オラトリオのグレッグ・ロックハート(泡沫夢幻・e23784)が壁際に向かった。『ご自由にお履きください』という内容のシールが貼られたラックに色とりどりのビーチサンダルが並んでいる。そのラックには『当店の砂はすべてグアムから取り寄せました』という実にどうでもいいシールも貼られていた。
「いろいろとこだわりがあるようだな」
 感心すると同時に呆れつつ、シャドウエルフの夜月・双(風の刃・e01405)はビーチサンダルを手に取った。海中を泳ぐ海亀が描かれた青いサンダルだ。
「霞お姉様はどれを履くの?」
「えーっと……これにします」
「じゃあ、ボクも! おそろい、おそろい!」
 柚野・霞と同じビーチサンダルを選ぶジャスティン。ちなみに二人とも水着姿だ。
 ケルベロスの中には自前のビーチサンダルを持参した者もいた。
 また、あえてなにも履かない強者たちもいた。
 オラトリオの神崎・ララ(闇の森の歌うたい・e03471)と竜派ドラゴニアンの据灸庵・赤煙(ドラゴニアンのウィッチドクター・e04357)である。
「南国気分を味わうからには素足で砂に触れないとね」
「然り。足裏を焼く砂の熱さもまた夏の海の醍醐味ですからな」
 二人は敷居を越え、砂浜に第一歩を踏み出したが――、
「あつっ!?」
「んぎょえ~!?」
 ――同時に奇声を発すると、翼を広げて光速で飛び退り、ビーチサンダルを音速で装備した。
「砂もかなり熱いみたいですねー。でも、それでこそ楽しみ甲斐があるというものですっ!」
『夏の海の醍醐味』とやらを味わった二人と入れ替わるようにして、ピリカ・コルテット(くれいじーおれんじ・e08106)が店内に突入した。
「力の限り、エンジョイしちゃいますよー!」
 衣服を脱ぎながら、砂の上を疾走するピリカ。デッキチェアの一つに陣取った時には水着姿になっていた。前もって下に着込んでいたのだ。
 彼女に続いて、他の面々も思い思いの席に座った(どの椅子も砂に負けず劣らず熱くなっていたが)。
 そのうちの一人――ノースリーブのブラウスにワイドパンツという涼しげな衣装に身を包んだサキュバスの朝倉・ほのか(ホーリィグレイル・e01107)が仲間たちに問いかけた。
「暑いですね。ローさんとロックハートさんは大丈夫ですか?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ」
「大丈夫だ……」
 そこに別の意味で『大丈夫』ではない者が現れた。
 真黒に日焼けした店主だ。
 より正確に言うと、店主になりかわったドリームイーターだが。
「いらしゃいませ! ご注文はなにになさいますかぁーっ!」
 皆の前にお冷やを素早く置いて(幸いにも『お冷や』と呼べるだけの冷たさを有していた)、店主は尋ねた。無駄に大きな声のせいで店内の空気が『暑い』から『暑苦しい』に変わったが、本人は気にしていないだろう。
「わたくしはかき氷にしますわ。フェイバリット・フレーバーは宇治金時なのですが、まずはブルーハワイでいきましょう」
「俺もブルーハワイを頼む」
「ラムネをお願い」
「俺もラムネでいい」
 エルモア、双、ララ、グレッグが次々と冷たいものを注文し、他の者たちもそれに続く……かと思いきや、赤煙が流れを変えた。
「カレーをいただきましょう」
「……本気? というか、正気?」
 ララが尋ねると、赤煙はサングラスをずり上げて、所謂『ドヤ顔』を決めた。
「正気ですとも。店主さん、とびきり熱くて辛いやつをお願いします」
「喜んでー!」
 ハイテンションで応じる店主。熱い料理を注文されたことが嬉しくてたまらないらしい。
「ラーメンをください。冷たいものばかりでは体に毒ですから」
「じゃあ、私は熱々の焼きそばにしまーす!」
 店主を更に喜ばすかのように、ほのかとピリカがホットメニューで畳みかける。
 しかし、そこで流れがまた変わった。
「クリームソーダ……アイスクリーム増し増しで……」
 ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)が空気を読まずに冷たいフロートを注文したのだ。今にも死にそうな声で。赤煙と同じようにサングラスをかけているので判り辛いが、きっと表情も瀕死のそれだろう。
 そのサングラスの贈り主であるジャスティンが言った。
「ヴァオおにーさん。革ジャン、脱いだほうがいいんじゃないの?」
 そう、この暑さにもかかわらず、ヴァオは革ジャンを着込んでいた。それでもジャスティンの忠告に従おうとはしない。ロッカーとしての矜持を守るためか。あるいは脱ぐ力さえ残っていないのか。
「あまり無理はするなよ」
 と、双が自分のお冷や(熱気のせいでもう『お冷や』と呼べる代物ではなくなっていたが)をヴァオに差し出した。
「そう言う俺も無理は禁物だが……これを持ってきて正解だったな」
 双は懐中から手持ち式の携帯扇風機を取り出し、顔の前に掲げた。
 期待を込めてスイッチを入れると、唸りとともに風が送られてきた。
 ただし、熱風だが。
「……」
 憮然とした面持ちでスイッチを切る双であった。

●猛暑だ! Emotion!
 やがて、注文の品がテーブルに並んだ。
「もうすぐ、誕生日だろ? ついでに祝ってやるよ。ほら、遠慮なく食え」
 玉榮・陣内がテーブルの向かいに大盛りのカレーライスを差し出した。
 そこに座っているのは比嘉・アガサ。両者ともに沖縄の生まれだが、グレッグが言ったようにこの暑さは南国の出身者にとっても未知のものだ。
「……なぜにカレー?」
「熱いものを食って汗をたくさんかくと、肌が綺麗になるらしいぜ」
「で、自分はちゃっかりとかき氷を頼んでるわけ?」
 アガサの剣呑な視線を涼しげな顔で受け流し、かき氷を味わう陣内。もちろん、その『涼しげな顔』はやせ我慢の産物だが。
 二人の足下には陣内のウイングキャットとオルトロスのイヌマルがいた。熱い砂に直に触れないように何足かのビーチサンダルをマットレス代わりにして横たわり、壁に頭を押し当てている。
「動物ってさー……涼しいエリアを見つけるのが……得意なんだよなー」
 クリームソーダのグラスを手にしたヴァオが陣内たちのテーブルの下に潜り込み、二匹を真似して顔を壁に密着させた。
「あー……確かにこの部分は他のとこよりもほんの少しだけ冷たいわー……水道管が通ってんのかなー……」
「うっとうしいから、どっか行け」
 と、アガサが八つ当たり気味に蹴飛ばしたが、ヴァオはそこから動かなかった。いや、動けなかった。完全に力尽きたのだ。革ジャンを着たまま。
 もう一体のウイングキャットのクストは上空に避難していた。照明の死角を見つけ、翼をはためかせて滞空している。
 ボクスドラゴンのプリムも翼を動かしていたが、それはピリカの顔を仰ぐためだ。
「プリム、ありがとうですー」
 汗だくになって、焼きそばをすするピリカ。
 横のテーブルでは、ほのかがラーメンに挑んでいた。サーヴァンドがいないので、自分で顔を仰ぎながら。
「冷たいのは体に毒だと思ったのですが、熱すぎるのも毒でしたね……」
 同じく熱いメニューであるカレーを注文した赤煙は――、
「熱い……もう一杯!」
 ――瞬く間に食べ尽くし、どこかで見たCMのように無謀にもおかわりを求めた。
「喜んでー!」
 と、嬉しそうな声で答える店主。
 一杯で終わらない者は赤煙の他にもいた。
 エルモアだ。
「わたくしにもかき氷のおかわりをくださいな。次はイチゴでお願いしますわ」
 すべてのフレーバーを制覇するつもりらしい(好物の宇治金時は最後のお楽しみに取っているのだろう)。
「念のために言っておきますが、熱い料理が食べたくないわけではありませんよ。作る人に暑い思いをさせないため、あえてかき氷をばかり頼んでいるのです」
「……」
 聞かれてもいないことを述べるエルモアの後ろでは双がこめかみを押さえていた。エルモアの言動に頭痛を覚えたわけではない。確かに頭痛に襲われているが、それはかき氷を猛スピードで食べたからだ。
「急にかっこむと、頭がキーンってなっちゃうのよね。かといって、この状況でゆっくり食べてたら、すぐに溶けちゃうし」
 ラムネのビー玉をカラカラと鳴らしながら、ララが苦笑した。
「……なにをしている?」
 同じくラムネを手にしたグレッグが尋ねた。ララではなく、ジャスティンに向かって。滅多に感情を示すことのない瞳に動揺の色を滲ませて。
「見てのとおり、お肉を焼いているんだよ!」
 そう、ジャスティンは肉を焼いていた。グリルではなく、油をひいたライドキャリバーのピロの上で。
 白い煙、油の跳ねる音、香ばしい匂い――それらが店の奥にも届いたのか、店主が慌てて駆けつけてきた。
「お客様ぁ! 持ち込みは困りますぅ!」
(「さすがに止めるか……」)
 この店主にも良識があることを知り、安堵にも似た思いを抱くグレッグ。
 だが、ジャスティンのほうは納得しなかった。
「大目に見てよぉ。だって、夏といえば、バーベキューでしょー」
「判りました。大目に見ましょう。やっぱり、夏といえば、バーベキューですからねー」
 店主は大きく頷くと、厨房に去った。
 その後ろ姿を呆然と見送るグレッグ。
(「いやいや……なぜ、あっさり引き下がる?」)
 しかし、店主は引き下がったわけではなかった。
 すぐにまた戻ってきたのだ。
 追加の肉を持って。
「おまえたち、いろいろとおかしいぞ」
 グレッグの呟きは誰の耳にも届くことなく、暑苦しい店内を更に暑苦しくするバーベキュー・パーティーが始まった。
「いい感じに焼けたねー。はい、霞お姉様。あーん」
「ありがとうございます。ジャスティンちゃんもあーん」
 肉を挟んだ箸を互いに差し出す水着姿のジャスティンと霞。
 その様子に見惚れながら、ほのかが言った。
「柚野さんって、けっこうセクシーな感じですよね」
「セクシーだなんて、そんな……」
 照れる霞。
 そんな彼女の横ではグレッグが黙々と肉を焼いていた。ツッコミ役として振る舞うことが無意味だと悟り、バーベキュー・パーティーに加わったのだ。
 そして、宴もたけなわとなったところで――、
「じゃあ、歌で暑さを吹き飛ばすわねー! 即興新曲『ケルベロス・イン・ザ・サマー』、いっきまぁーす!」
 ――ララが立ち上がり、歌い始めた。
「では、伴奏はわたくしにお任せを!」
 と、エルモアがウクレレを弾き始める。
 だが、伴奏だけでは終わる彼女ではない。間奏に入ると、髪を振り乱してシャウトした。
「南国、最高! もうサイッコー!」
「……なんだか自棄になってませんか?」
 苦笑しながらも、ほのかがリズムに合わせて体を揺らし始めた。

●極暑だ! Go to a Show!
「さあて、肉をたらふく食べて、お腹いっぱいになったことですし――」
 赤煙がサングラスを外し、普段から愛用している眼鏡をかけた。
 レンズ越しの鋭い視線が店主に向けられる。
「――そろそろ、ドリームイーター退治といきましょうか」
「え?」
 当惑の表情を見せる店主をケルベロスたちが取り囲んだ。ヴァオだけはテーブルの下に横たわったままだったが。
「戦闘……開始します」
 と、ほのかが告げた。この場に相応しからぬクールな声で。
「なるほど……貴方たちはケルベロスだったのですね?」
 皆が戦闘態勢を取ったことで、店主は事態を把握した。
「しかし、何者であれ、最終的に私の糧となることに変わりはありませんよ。そこに至る道筋は違いますがね。お客様ならば、南国の暑さでおもてなしした上でグラビティ・チェインを頂戴しますが、ケルベロスならば――」
 店主が妙なポーズを決めると、双眸から閃光が放たれた。
「――極寒地獄を味わってもらいます! 冷たき光がもたらす絶望と恐怖に文字通り凍り付くがいい!」
 魔法系のグラビティらしきその閃光を浴びたのはケルベロスの前衛陣。体のあちこちが霜に覆われると同時に、魔力が見えざる刃となってダメージを与えていく。
 そして、前衛陣は苦しみ、悶え、のたうち回り……などということはなかった。
「うむ。涼しくなって、よろしい」
 赤煙が満足げに頷いた。強がっているわけではない。店主が言うところの『極寒地獄』は天国も同然だった。灼熱地獄とも言えるこの場所では。
「ひんやりー! きもちいいー!」
 と、赤煙と同じく前衛にいたジャスティンも目を細める。
 とはいえ、すべての前衛が恩恵(?)を受けたわけではない。プリムに庇われたため、グレッグは無傷だった。
「きゅー?」
 申し訳なさそうな顔をして、グレッグを見るプリム。『よけいなことしちゃった?』とでも言ってるのかもしれない。
「いや、いいんだ。気にするな」
 暑さに耐えつつ、グレッグは静かに言った。
「そ、そんなバカなぁー!」
 ケルベロスたちの予想外のリアクションに対して、店主は目を剥いた。
「どうして、私の攻撃を受けたのに涼しげな顔をしていられるのですかー!?」
 実際、涼しいからだ。
「ずーるーいー! ピリカも涼しくなりたいですー!」
 後衛であるために攻撃を受けなかったピリカが不満をぶちまけながら、スターサンクチュアリで前衛に異常耐性を付与した。
 彼女に続いて、ララも前衛にエンチャントを施した。『紅瞳覚醒』に相当する曲を愛用の白いギター『リヒト』で奏でることで。
「こういう南国風のロケーションで歌ったり演奏したりすると、プロモーションビデオみたいな感じになっちゃうわね」
 ちなみに曲目は先程も披露した『ケルベロス・イン・ザ・サマー』だ。
「随分と日焼けしているな。焼けるのが好きなら――」
 ララの音楽を聞きながら、双が店主にドラゴニックミラージュを放った。
「――もっと焼いてやろう」
「無駄です! 私に炎熱攻撃は通用しません!」
 幻影の竜の炎に焼かれながら、店主は胸を張ってみせた。たしかに精神的には通用していないようだが、ダメージはしっかりと受けている。
「炎が利かないなら、氷で勝負だー!」
「うぉぉぉー!? 凍え死ぬぅ~っ!」
 ジャスティンがイガルカストライクを見舞うと、店主は大袈裟に苦しんでみせた。物理的なダメージが倍増しているわけではなさそうだが、精神的な苦痛はかなり大きいようだ。
 そこに赤煙がドラゴニックスマッシュで追い討ちをかける。
 しかし、攻撃をした側の彼もほんの少しだけダメージを受けていた。店主と同様、精神的に。
「あー……涼しさがどこかに飛んでいってしまいました……」
 ピリカに付与された異常耐性が働き、体を覆っていた霜が消えてしまったのである。

「滅びという名の救済を!」
「よーろーこーんーでー!」
 ほのかのグラテビィ『失われた楽園(パラダイス・ロスト)』を食らうと、店主はおなじみの返答を発して息絶えた。
 ある意味、幸せなドリームイーターだったかもしれない。愛する南国カフェが繁盛(?)している様を見て死ねたのだから。
 ケルベロスたちが厨房に行くと、そこにはあまり幸せでないほうの店主が倒れていた。ドリームイーターの源泉となった四方田・雪彦(よもだ・ゆきひこ)である。
「災難でしたな」
 雪彦を介抱し、なにがあったかを話して聞かせた後、赤煙がケルベロスカードを手渡した。
「しかし、こういう形ではありますが、貴方が人に伝えたかった『南国の気分』は確かに伝わりました。貴方はやりたかったことをやり遂げたのです。だから、もう後悔しなくていいんですよ」
「はい……ありがとうございます」
 ケルベロスカードを握りしめる雪彦。伏せ気味の顔に涙が見えたような気がした。
 本当に『気がした』だけだった。顔を上げた時、そこに涙などなかった。それどころか、彼は笑っていた。爽やかでありながら、人を妙に苛立たせる笑み。
「これに懲りずに今度は極寒の雪国カフェをやります!」
(「いや、少しは凝りろよ……」)
 と、心中で一斉にツッコミを入れるケルベロスたちであった。

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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