鎌倉ハロウィンパーティー~魔女のおまじない

作者:深水つぐら

●魔女のおまじない
 雨の様に降る輝きが、部屋の中にいた岸本・まちの頬に降っていた。
 道から溢れる賑やかな明かりの中には、必ずオレンジ色が入っている。それが南瓜の色なのだと気が付くと、手の平がにわかに痒くなった。
 見れば、中央に赤のサインペンで書いたハートマークがついている。
「うそつき」
 まちの唇から零れた言葉に応えはない。代わりにぽろぽろと涙が溢れた。うそつきと紡がれた言葉は、小学生の彼女にとって重い現実として圧し掛かる。転校してからも友達はできなかった。ハロウィンパーティーに一緒に行こうと誘えば成功するという、ママのおまじないは効かなかったのだ。
「おまじないじょうずな魔女さんなら、みんなといっしょに行けるのかな……」
「そうかもしれませんね」
 降りかかった声に驚いたまちが振り向くと、部屋の端には赤い頭巾を被った少女が立っていた。気だるげな眼をした相手が瞬きをすると、長く美しい睫が揺れる。
 その様を見ている間に、胸を貫かれた。
「あ、ああ……」
 心臓の上に生えたのは、赤い頭巾の少女が伸ばす美しい細工の鍵だ。
 理解不可能な状況に目を白黒させるまちに向かって、少女は穏やかな言葉を投げかけた。
「ハロウィンパーティーに参加したい……ですか。その夢、かなえてあげましょう」
 それは甘く囁く極上の言葉――鍵が貫く胸が熱い。だが、次第に冷める感覚を感じながら、まちは意識を手放していく。
「世界で一番楽しいパーティーに参加して、その心の欠損を埋めるのです」
 言葉と共に鍵が抜かれ、まちは一滴の血も流さず崩れ落ちる。その隣に、同じくらいのモザイクが胎動していた。その形が人を象ると、衣装のみに色が付く。
 漆黒のマントとドレスに身を包み、とんがり帽子と箒を携えたモザイク――ドリームイーターは、赤い頭巾の少女に一礼すると、子供の様な笑い声をあげて部屋の外へと飛び出した。

●魔女の夜
 鎌倉奪還戦から早一月――まだ戦いの傷跡が残る鎌倉の街で、まもなく煌びやかなイベントが始まろうとしている。十月三十一日に開催予定のイベント『ケルベロスハロウィン』に、期待を膨らませている者も多いだろう。笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)もその一人である。
 そんな彼女の表情は険しく、集まったケルベロス達を見止めると挨拶もせずに走り寄った。
「よかった、急いで下さい!」
 慌てた様子の彼女は、はふうと息を吐くと『事件だ』と告げた。
 事件の事実は、調査をしていた藤咲・うるる(サニーガール・e00086)からもたらされたものだと言う。調査内容によれば、日本各地でドリームイーターが暗躍しており、それがハロウィンに関係しているらしい。
「出現しているドリームイーターは、ハロウィンのお祭りに対して劣等感を持っていた人から生まれたもので、ハロウィンパーティーの当日に、一斉に動き出すみたいです」
 その現場と言うのが、世界で最も盛り上がるハロウィンパーティー会場、つまり、鎌倉のハロウィンパーティーの会場だという。出現するドリームイーター――ハロウィンドリームイーターとでも言おうか、彼らを実際のパーティーが開始する直前までに、倒してほしいというのだ。
 今回、ケルベロス達が向かう事になるのは、ダンスパーティーの会場である。大きな公園の中央にタイルの敷かれた場所があり、賑やかな曲と共に友達や家族、恋人などペアでダンスを楽しむ場所になると言う。
「本当のハロウィンパーティーが始まるのは夜の六時、つまり十八時ごろです。ハロウィンドリームイーターは、ハロウィンパーティーが始まると同時に現れますから、その前に向かって準備をしちゃえばいいと思います」
 当日にはすでに音楽の準備はできている。その為、ハロウィンパーティーが始まる時間よりも早く、あたかもハロウィンパーティーが始まった様に楽しそうに振るまえば、誘き出す事ができるはずだ。この場合ならば、音楽と共にダンスをするという形だろうか。
 誘き寄せられるハロウィンドリームイーターは、漆黒のマントと南瓜パンツ風のドレスに身を包み、とんがり帽子と箒を携えた所謂、『魔女』の姿をしている。衣装だけ聞けば、一般の仮装と見分けが付きにくそうだが、その肌は不気味なモザイクで覆われている為に、見間違いはしないだろう。
「ハロウィンドリームイーターは、その箒を使って様々な力を使います。ある時はモザイクを飛ばして包み込み、ある時はモザイクを巨大な口の形に変えて食べてしまったり……ちょっと怖い攻撃をします」
 いずれも精神を悪夢で侵食したり、欲望ごと喰らわれて武器が一時的に使えなくなったりと、手強そうだ。その中でも、最も注意すべきなのは『心を抉る鍵』で敵の肉体を斬り裂く攻撃だ。この鍵の一閃は、トラウマを具現化するのである。
「みんなの心にある傷にいたずらするなんて許せませんっ」
 ねむはいって頬を膨らませると、もう一度ケルベロス達を見回してぎゅうと手を握る。
「ハロウィンパーティーを楽しむために、ドリームイーターをやっつけてください!」
 みんなが笑顔で、楽しい時間が過ごせる様に。
 ハロウィンの『魔女』は、やはり素敵なおまじないが似合うのだから。


参加者
エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)
キース・クレイノア(角隠し・e01393)
角慧・れいん(匣底のアラディア・e02166)
土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)
宵鳴・散華(宵闇に散る刃鳴・e05628)
フリュイ・スリジエ(らでぃかるらびっと・e05665)
鍵山・こかげ(お稲荷さんの遣い・e09958)
アリーセ・クローネ(略奪の吸血姫・e17850)

■リプレイ

●一足先に
 木々の足元に飾られた南瓜の上には、蝙蝠やお化けのフェルト人形が置かれていた。
 ハロウィンの景色に溶け込む様に、『KEEP OUT』と書かれたテープが覆う公園で、英国紳士風の衣装を纏う兎となったフリュイ・スリジエ(らでぃかるらびっと・e05665)はきょろきょろと周囲を見回すと、感嘆の声を上げた。
「ひゃーっ、すごいですねっ! どこもかしこもすっごい華やかっ」
「いいわねぇ、賑やかなお祭り」
 はしゃいだフリュイの言葉に、ゴシック風味の魔女衣装に身を包んだ鍵山・こかげ(お稲荷さんの遣い・e09958)はのんびりと答える。楽しそう笑ったお稲荷さんの遣いが、『ね』、と自身のサーヴァントであるウイングキャットのたまねへ声を掛ければ、にゃあんと声が返った。
 二人の後ろには飴色木彫の売店が並んでいる。蜘蛛の巣やコウモリなど、妖しい雰囲気に彩られたそのひとつ、音符をモチーフにした屋台の中から、土竜・岳(ジュエルファインダー・e04093)はひょっこりと顔を出した。
 円らな目をしたモグラの着ぐるみ頭を、岳はきょろろと振ると会場の様子を確認する。
「さあ、鳴らしますよ~!」
 大きなモグラ手がスイッチを押せば、辺りに流れたのは愉快なワルツ。その音に導かれて、岳が踊り出すと仲間達もタイルの舞台へと進んでいく。
「ドワーフワルツですよ~♪」
「むむむ、こちらはひよよ、です!」
 神々しいふわもこのワンピースに鳥の嘴の髪飾り。そんな衣装のエルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)は南瓜のランタンをふわりと振った。
「おや、エルスさんの仮装は?」
「ふふ、ふわもこの鳥人間大明神ちゃんです!」
 その場でターンして見せたエルスは、どうやら『ハロウィンパーティーを邪魔するやつをぶっ殺す教』を布教する気らしい。
「みんなも信徒にならないか?」
 翼を動かしながらエルスが誘うと、ドワーフはう~んと悩む声を上げた。
 そんなダンス会場を眺めていたキース・クレイノア(角隠し・e01393)は、不意に湧いた欠伸を噛み殺す。どう過ごそうかと考えていた彼に、穏やかな声を掛けたのは宵鳴・散華(宵闇に散る刃鳴・e05628)だった。
「一曲如何かな、エスコートするぞ」
 妖艶な魔女の衣装を纏った散華は、すらりとした手を真っ直ぐに彼へ向けていた。洗練された仕草にキースは頭を掻くと、ちらりと散華の手の平を覗く。
「踊るのは得意ではないが……なるようになるだろう」
「ああ、旋律に、身を任せればいい」
 そうして重ねた男女の手は逆だったが、笑った散華がキースの手に自分の手を乗せた。
 飛び込んだ音の海の中で、踊る方向へと手を押していく。左右反対ながらも的確な魔女の導を頼りに、キースが見様見真似でステップを踏めば、軽快な音の波が足を攫った。やる気を置いてきぼりにしたドラゴニアンにとってダンスはやはり難しい。だが、教えてくれる散華の言葉がノリと勢いで引っ張っていく。
「……作戦のためだが……うん、楽しいな」
「そりゃよかった、とっ」
 導きつつもそう口にした散華は、赤の瞳を眩しそうに瞬かせていた。
 楽しいのは良い事だ。だが、羽目を外しすぎて戦闘に影響が出ないように気を付けなければ――そんなキースの心を知ってか知らずか散華はステップを踏んでいく。
 踊る仲間達とは離れた場所では、角慧・れいん(匣底のアラディア・e02166)が最後のお菓子を袋に詰め終えていた。
 踊り疲れた人のお供にと用意した食事は、サンドイッチやカナッペなど軽食を始め、綺麗にラッピングされたプティフール達だ。ちんまりと行儀よく並んでいた中から、南瓜とキャラメルのタルトレットを手に取ると、きらりと光るアラザンの輝きに目を細める。
 今からお仕事だというのにわくわくするのはお祭り好きな気質のせいか。魅力的な緑の瞳と同色の翅を背に、れいんはふわりと衣装を靡かせて振り向くと、お菓子と紅茶を手にアリーセ・クローネ(略奪の吸血姫・e17850)の元に駆けて行く。
「はい、とりっくおあとりーと!」
「じゃあ悪戯を」
 アリーセは今し方塗り終わった紅を小指に付けると、笑う妖精の頬に小さなハートを描いた。嫌だったら消してね、と笑った彼女は定番のトンガリ帽子に魔女のドレスを身に纏っている。
「ケルベロスだけの短いパーティーだけど、折角だから楽しみましょう?」
「はい!」
 アリーセの言葉にれいんが元気よく答えた瞬間、背後に不釣り合いのモザイクが見えた。

●魔女
「離れて!」
 一喝がレプリカントの瞳を見開かせる。
 その瞳が濡れる前に、アリーセは己の影に『命』を与えた。途端、膨れ上がった影腕はモザイクを持つ者――ハロウィンドリームイーターへと解き放たれる。
 けらけらと甲高い声で笑い、後ろへ大きく飛び退った『魔女』の手には、巨大な鍵が握られていた。どうやら箒を鍵に変え、れいんへ突き刺そうとしたらしい。それはれいんの夢を奪おうとしていたと言う事。
「まぁこんな日に大人しくしてるわけないと思ってたけど……随分盛大に動いてくれたわね」
 ――空気の読めない連中には、この世からお引き取り願いましょうか。
 長柄のルーンアックスを廻して腕に添わせると、アリーセは相手を睨み付ける。ちらりと横目でれいんを確認すれば、攻撃態勢を整えているのが見えた。
 騒ぎに気が付いた仲間達が、足早に駆けつけると『魔女』は得物を箒へと戻していく。きゃははと声を上げる顔が湛えるのは、三日月に似た微笑みひとつ。その様子にこかげは口元を引き締めると、ずずいと前へ歩み出た。
「年に一度の華やかなパーティ-、それを邪魔して、ましてや悪夢に変えようなど、残忍酷薄、大欲非道!」
「こかげさん、魔女姿も決め台詞も素敵……ああ、そのままわたしに恋の魔法をかけてくださいっ!」
「ってふーちゃん、分かったから、今はビシッと決めさせてちょうだい……」
 完璧だった筈の台詞がころりと外れた事に、こかげは肩透かしを食らうも咳払いをして気を取り直す。
「ともかく、その所業、お天道様が許しても、この稲荷神の遣いの私が許しません!」
「そうですともっ! 行きましょうっ! 素敵なお祭りのために!」
 言ったフリュイがふわりと兎獣人の姿へと変わると、同時に生み出した小箱から七色の輝きが溢れ、仲間達を包んでいく。
 その光が、開戦の合図となった。
 魔導書から放たれた『物質の時間を凍結する弾丸』が『魔女』の足元を貫く。魔弾の主であるエルスは、豊かな銀髪に咲いた白椿が揺れる事も厭わずに声を上げた。
「逃がさない様に囲みましょう!」
 その言葉に導かれたのか、キースは前へと飛び『魔女』の腹へと得物を振り降ろす。荒れた海の様な炎が軌跡を描き、燃え盛った瞬間、エルフの身が舞った。
「……さて、魔女対決といこうか?」
 降る声は刃鳴散らす者――流星の煌めきと重力を宿した散華の一撃が、残り火を散らす様に叩き込まれると、『魔女』はすぐさま後ろへと飛び退る。入れ違いに加わったのはふんわり可愛いモグラの頭。
「行きます!」
 気合の入った声と共に岳が地を蹴れば、その身が敵へと突撃する。同じ様にウィングキャットのたまねが猫ひっかきを重ねると、その衝撃に『魔女』は悲鳴を上げた。
 確かな手応えはあったが致命傷には至らない。退いた相手のモザイクの口元には、まだ妖しい微笑みが浮かんでいる。その様に、岳の胸がちくりと痛んだ。
(「生れ落ちた時からどこかが欠損しているなんて本当にお可哀想です」)
 欠けてしまった心――寂しさから生まれたのなら、皆と一緒に楽しめれば満たされたのだろうか。否、夢を喰わずにはいられぬ故に、彼らはドリームイーターなのだ。
 それでも、原因を埋めた事で満たされる存在であればよかったのに。
 そう残念に思う岳は、トポと名を持つ己の相棒の槌を握り直す。感情に浸ってはいけない。人々が楽しみにしている素敵な時間を、台無しにさせる訳にはいかないのだ。
 再び笑った『魔女』が生み出したモザイクを、れいんは素早く飛び退けると、相手の真正面へ得物を向けた。
「コンプレックスにつけこむ悪い子の席、ねーです」
 いたずらは洒落で済むくらいじゃないとだめ。
 ぷんすかと口を尖らせたレプリカントは、その心のままに妖精を召喚する。それはファンシーな顔をした真っ白い毛玉――雪崩の様に生み出された彼らが、鳴き声を上げて散らばると『魔女』の身へと殺到する。
『もーっ♪ きゅーっ♪』
「ガンガンいくわよ!」
 波が引く様に毛玉達が消えた瞬間、こかげが纏う『御業』が炎を解き放つ。
 踊る炎が『魔女』の身を焼くと、茫々と音がした。
 火が燃える。怯える様に、泣く様に。
 その音を斬り、鍵が突き抜ける。
 燃えた衣装を纏ったままで『魔女』はにんまりと笑うと、手にした鍵を振り抜きこかげの身を裂いた。

●夢喰い
 初めて泣いた時を覚えているだろうか。
 赤子の時に得たその記憶を、外から眺める様に見つけたこかげは唇を戦慄かせていた。彼女の中に映るのは、いつも見慣れた山奥の山奥の稲荷神社――その前に見知らぬ赤子が泣く姿が見える。
「……あなた、だれ、私……あなたなんか知らないわ!!」
「こ、こかげさん?!」
「あなたはみたいな赤ん坊は……私じゃない、私じゃない!」
 胸の奥に植え付けられていた物を見た。
 取り乱すこかげをフリュイは慌てて抱き締める。『アタシ』ではなく『私』――そう叫ぶ彼女は震えていた。
 知らぬ彼女の姿を見たフリュイは、何かに向かって宙を薙ぐ彼女を一瞥すると、唇を噛み締めて空へと向ける。
「今治しますっ、お任せ下さいっ!」
 自分の手の中にいるこの人を助けなくてはいけない。
 降り注ぐ癒しの雨に打たれ、ふらりと倒れた巫女狐に、岳もまた華麗な捌きで回復を施していく。
 その間にエルスの召喚した『闇』による侵食が牽制として放たれていた。癒し手であったはずの彼女が主に攻撃に加わる事は、役割がちぐはぐとなっていたが、岳の活躍と各自の準備があった事で戦場の綻びを繕っている。
 『闇』の侵食を受ける『魔女』の身に、肉薄したキースが炎を纏う蹴りを放てば、もう一度甲高い悲鳴が上がった。その姿に散華の口元が冷たく歌う。
「キミのユメ、ここで散らそう」
 言葉の後に刃が生まれた。
 それは漆黒の刃――散華の目に見えるのはモザイクの中に潜む最も輝く場所。『魔女』の心臓を目掛けて振り切られた刃は、その身に深い傷を作る。そこに飛んだのは戦線に復帰したこかげの一撃だった。
 白狐の天女が放った呪法・封魔荼枳尼天は、狐火を燃え盛る火柱へと変えると一気に身を焦がしていく。
「やられっぱなしは無しよ!」
「わたしも混ぜてくださいっ!」
 足元のおぼつかない『魔女』へフリュイがガトリングを放てば、その身がくんと膝を付く。駄目押しとばかりにれいんがエネルギー光線で肩を貫けば、劈く様な悲鳴が上がった。
「パーティは楽しくなくちゃなの」
「その通り。空気の読めない連中には、この世からお引き取り願いましょうか」
 言ったアリーセの手の平には、揺らめくドラゴンの幻影が立ち上る。その様を見た『魔女』からモザイクの笑みが消えた。
「ただ消えるなんて勿体無い。その魂、私が使ってあげる」
 そうして振り降ろされた一閃は、光り輝くルーンと共に『魔女』の身を斬り裂いた。

●南瓜の夜
 瞬間、ポンと響いた音に誰もが目を丸くする。
 まるでポップコーンが弾ける様な音――その音の主は、元の大きさよりも遥かに縮んだ姿になると、ちょこんと地面の上に座ったのだ。
「こ、これって」
「魔女のお人形飾りになっちゃいましたね~!」
 拍子抜けした様にアリーセが呟くと、岳は楽しそうに『魔女』だった人形飾りを拾い、にっこりと微笑んだ。
 フリルの愛らしい魔女の人形飾りは、ハロウィン会場を彩るのにぴったりだ。ふと、思いついた岳が木々の足元に置かれた南瓜の上に人形を置くと、静かに合掌する。蝙蝠やお化けのフェルト人形と一緒に微笑む姿は、先程の微笑みよりも愛らしい。
 ここならばみんなと一緒にハロウィンパーティーを楽しむ事が出来るだろう。
「どうか楽しい夢を見て下さいね。ハッピーハロウィーン……」
 言葉の後に岳の胸にちらりと想いが湧く。
 少女の寂しさに付け入ってドリームイーターを生み出すなんて、本当に卑怯だ。こんな悲劇が一つでもなくなるよう、これからも精一杯頑張っていかなくては――その誓いを胸に振り返ると、治療を済ませたれいんが皆を誘っているのが見えた。
「あの、まちちゃんに会いに行きませんか」
「おお~いいですね。私達が引っ越し先の友達第一号になっちゃいましょう」
「そう、だな。泣いてる子には一時でも楽しい夢を見せてやりたい」
 自分は友達には相応しくないかもしれないが、と散華が尻込みするも、すぐにアリーセの言葉が打ち消した。そんな事はないと言う彼女は、自身が被る帽子の縁を持つと金の瞳で散華を見返す。
「おまじないの得意な魔女が友達になるなんていいじゃない」
 そう、魔女がお友達になってくれるならきっと喜んでくれるはず。
 手に描いたハートのおまじないはちゃんと効くのだ。それも教えてあげなくてはいけない。
「じゃあ、それまでにお片付けですね」
 そう声を上げたエルスは腕まくりをすると、攻防で破壊された部分へ視線を向ける。
「パーティーが始まればここでダンスも楽しく踊れるわねぇ」
「ううっ素敵! こかげさん! わたしと踊ってくださいねっ!」
 抱き付きながらもふもふしてくるフリュイをあやすと、こかげは何となくはにかんだ。こんな風に温かいものがあるのなら、過去の怖いものなんて今にはないのかもしれない。
 ふかふかで。ふわふわで。あったかいと思う。もふらせる愛情を感じながら、タイルの修復へと向かう。
 それぞれがハロウィンパーティーに向けて動いていく姿を見送ると、キースはふと机の上のお菓子をひとつ拾った。
 それは南瓜色のホイップに彩られた南瓜とキャラメルのタルトレット。口運んだ途端広がった甘みに、ドラゴニアンは満足そうに唇を舐める。
「あっ、まだ片付けが終わってないんですから駄目ですよ」
 ぷうと口を膨らませたエルスの注意に、キースは少し考えると別のタルトを差し出した。銀のアラザンと蝙蝠型のチョコレートが乗ったお菓子にエルスの目が瞬くと、その鼻にクリームを付けてやる。
「トリックオアトリート。この料理、美味かったぞ、お嬢ちゃん」
「もう……トリックアンドトリート!」
 言ったオラトリオがガブリとタルトに噛み付くと、仲間達の穏やかな笑い声がする。
 トリックオアトリート! おかしくれなきゃ悪戯しちゃうぞ。
 さあ、魔法の言葉と一緒に、ケルベロスハロウィンを始めよう!

作者:深水つぐら 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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