夏の夜の紅に

作者:志羽

●蝶が舞う
「あなた達に使命を与えます」
 女は傍に控えた者へと言葉を放つ。
「もうすぐ夏祭り、その屋台に置かれるりんご飴を作る職人がこの町に居るようです」
 その人間と接触し、その仕事内容を確認。可能ならば習得した後、殺害しなさいと女は続けた。
 グラビティ・チェインは略奪しても、しなくても構わないわと。
「仰せのままに、ミス・バタフライ」
 そう言って傍に控えていた者は姿を消す。
 やがて、巡り巡ってこれが実を結ぶときが来るように、と。

●りんご飴
「夏祭り! たこ焼き焼きそばいかやき、それからくれーぷカキ氷にわたあめそれから射的に輪投げに金魚すくいヨーヨーすくい!」
「はやる気持ちはわかるんやけど、夏祭りに遊びにいくわけやないんよ」
「えっ!? そ、そうなの?」
 残念やけどねと、道玄・春次(花曇り・e01044)は目に見えて残念としょんぼりしたザザ・コドラ(鴇色・en0050)の姿に面の下でくふりと笑い零す。
「仕事が終わった後なら、遊んでも問題ないけどねー」
 そう言うのは、春次より話を聞いて予知をした夜浪・イチ(蘇芳のヘリオライダー・en0047)だ。
 ミス・バタフライ。その配下が次に狙うのは――りんご飴職人。
「起そうとしてる事件は、直接的には大した事はないんだけど巡り巡って、どうなるかっていうちょっと厄介な件なんだよね」
 この事件を阻止しなければ、こちらに不利な状況が発生してしまう可能性が高いのだとイチは続ける。
 もちろん、そうでなくても一般人が襲われる事件を見逃す事はできない。
「ということで、りんご飴職人さんの保護と、螺旋忍軍の撃破をお願いしたいんだ」
 狙われるのは栂野・平良(とがの・たいら)という飴細工職人。
 パティシエでもあるのだが、この夏の時期は飴細工職人、というよりりんご飴職人と化しているのだ。
「栂野さんには俺から連絡して、事情を説明しておくね。事件が起こる三日前くらいから接触できるから、その仕事を教えて貰うことになるかな」
 仕事を教えてもらい、ある程度の力量が付けば螺旋忍軍の狙いを自分達に変えさせることができるかもしれないとイチは続ける。
「それから、螺旋忍軍の襲撃は夏祭り当日なんだよね。でも、昼間の準備し始めたくらいから」
 現れる螺旋忍軍は二人。道化師のメイクをした男と、そのおつきのような男だ。
 周囲の人からすれば、夏祭の為に呼ばれた者達なのだろうと、その風体は気にされない。
 夏祭りが行われるのは神社だ。その裏手には林が広がっており、基本的にそこを通る者はいない。戦闘はそこで行うのが良いだろうとイチは言う。
「弟子になりたい、って言ってくると思うから、今から足りない分を作りにいくんだー、折角だからついてくればーとか言って、林を通るからって連れ込んで戦闘しかけちゃえば先手もとれると思う」
 相手は二人となるが、油断してついてきたところ、一方に先制攻撃を仕掛ければ有利に戦闘を運べるようになるはずとイチは紡ぐ。
「事件が起こったら夏祭どころじゃないやろうし、倒さなあかんね」
 春次はそう言って、やることはひとつやねと。その傍らでボクスドラゴンの雷蔵も頷いていた。
「……お祭り当日になる、ってことはお店の留守番も必要よね。わかったわ、私も行くわ!」
「それ、終わったら夏祭りで遊ぶ気……」
「ご褒美は大切なのよ!」
「そやね、大切やね」
 ザザはちゃんとやる事はやるから! と言って。
 春次は集ったケルベロス達へ、蝶の羽ばたきを一つ落としてこよかと紡いだ。


参加者
大弓・言葉(ナチュラル擬態少女・e00431)
道玄・春次(花曇り・e01044)
ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)
ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)
セツリュウ・エン(水風涼勇・e10750)
茶野・市松(ワズライ・e12278)
レオ・フォーサイス(赫灼のソレイユ・e32519)

■リプレイ

●お泊り修行
「わ、めっちゃキラキラしとって宝石みたいや……ですねっ」
 まずはお手本にひとつ。できあがった林檎飴に道玄・春次(花曇り・e01044)は声躍らせて。慌てて言い改めるが気にしないでいいよと栂野・平良は笑う。
「シンプルな分、加減をしっかり掴まねえとな」
 その手際を目にしグレイン・シュリーフェン(森狼・e02868)も瞳細めた。
 林檎飴って奥が深そうとザザ・コドラ(鴇色・en0050)も零す。
 平良の工房はそこで寝泊まりも出来る様になっていた。
 泊まり込みも大丈夫だと許可を貰えば茶野・市松(ワズライ・e12278)は泊まり込みも楽しそうだと笑う。
「皆で食べあいっこもするんだ。こりゃあいつも以上に気合入れてやらねぇとなあ」
「お師匠さんのお話よく聞いて、自分のちからにするよ」
 祭り当日までまだ時間はあるとレオ・フォーサイス(赫灼のソレイユ・e32519)もやる気一杯。
 というわけで、皆で雑魚寝をして。それは合宿の様で楽しい時間でもあった。
 しかし遊んでいたわけではなくしっかりとその技術を身に着けて。
 そして起床の三日目が始まる。
 一日目は林檎に纏わせるカラメル作りから始まり。まずは小さなものでと、林檎ではなく葡萄の粒で練習。
 それから姫林檎と大きさのレベルをあげ、今日は屋台でだすサイズの林檎。
 ちなみに作ったものは自分たちで食べたりと決して無駄にはなっていない。
 サイズが大きくなるとカラメルの量も増え、また扱いも難しい。
 長年作っている平良は、目測と感覚でいつも丁度良い状態を見極めているが、始めたばかりでなかなか上手くはいかない。
 そこで登場したのが温度計。それを使うことによりカラメル作りの難しさは少し、レベルが下がった。
「ありがとう温度計……! 温度が大事で命……よし」
 と、ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)は林檎を手に取る。
「こーいうのは一回コツを掴めば……なんだがコツを掴むまでが遠いんだよなぁ」
 料理やら菓子作りやらはあまりデキる側ではなかったが、くるりと纏わせるぐらいなら問題なく。
「ふむ……今までで一番のできかのう?」
 カラメル纏った林檎の姿にセツリュウ・エン(水風涼勇・e10750)は満足げに頷く。
 まだもう一つ作れそうだとセツリュウは二つ目を作る。
 レオはその様子に手際がいいなと感心しつつ、今まで勉強したことを思い出しながらゆっくりと。
 日本の夏祭りが初めてのレオ。敵との戦いがあるというのも分かってはいるが少しわくわくしてしまう。
 修行のこの三日は楽しみながらできたし、今作っている林檎飴も上手にできたらと贈る相手を思い浮かべていた。
 大弓・言葉(ナチュラル擬態少女・e00431)も温度を見て、今だと林檎を手に。
「丁寧に可愛く……おっと丁寧に……ちょ、ぶーちゃん!」
 鍋を傾けくるりとくぐらせる。その途中、言葉のボクスドラゴン、ぶーちゃんが自分も食べ、もといやってみたい! というように腕を引っ張り、あわあわと。
 なんとか万遍なく林檎に纏わせ、あとは固まるのを待つだけ。
「言葉ちゃん上手だね。あたしも……」
 ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)も今までの教えを思い出しながらゆくり丁寧に。
「うん、上出来!」
 市松は割箸刺した林檎をもって、林檎に何か甘ぇソースを塗ってるだけかと思ってたんだよなぁと言う。
 けれどそれも、三日の内に色々知ることができた。
「カルメ焼きも難しいが、林檎飴も難しいぜ……」
 火をしっかりみつつ林檎を鍋へ。
「オレはめげねぇで頑張るぜ……! うめぇリンゴ飴を作るんだい!」
 その声に、落ち着いてというようにつゆは一鳴きして市松を諫める。
 一つ一つ丁寧な作業を心掛けた春次も、綺麗にカラメルを纏わせる。
 そして出来上がったものを交換してぱくりと。
「お、うまいな」
 グレインはひとつ食べ、俺ももっと頑張らねえとなと言う。
 そして教えてくれた平良もその出来に頷き。
「皆さん、上手にできてます。林檎飴作りはばっちりですね」
 それぞれの林檎飴に太鼓判。
 これで誰が対応しても職人だと思われるだろう。
 準備も万端だ。

●夏祭り、昼
 夏祭り当日、平良には安全の為、避難してもらい屋台の準備を。
 戦いの場所の下見はすでに終えている。
 誰でも囮になれそうだったので敵の一番近くにいることになる前衛が請負った。
 しばらくすると道化の男とお付きの男が一緒にやってくる。
「おお、林檎飴……私、実は小さい頃からこの職人になるのが夢で……弟子入りはできるのでしょうか?」
「弟子入り志願かの? それはもちろん」
 その申し入れにセツリュウが応じ、丁度良いと紡ぐ。
「コレから足りない分を作るんでね。一緒に来ないか?」
 ダレンは誘い出しの声をかけ、ヴィヴィアンも人手が多いと助かるわと好意的に。
 ではと二人組は手伝いにいくと頷く。
 ザザはいってらっしゃいと店番。そして向かう先は神社の裏に広がる林。
 そして――敵を十分、引きつけて待ち伏せの場所に達した時だ。
「つゆ! 行くぜ! 持ってけ泥棒!」
 つゆに声をかけ、市松は猫印の駄菓子屋、今日のオススメを皆へ振舞う。
 その傍らから送られるのは清浄の羽ばたき。
「林檎飴の技も教えてやらんし、祭の邪魔もさせんよ」
 春次の声に呼応して、雷蔵がまず体当たりを。その間に紡いだ竜語魔法により掌からドラゴンの幻影が放たれる。
「これは天の裁き 主の怒り、嘆きの心 彷徨える愚者たちよ、悔い改め給え!」
 両手を広げ声を振り絞りヴィヴィアンは力強く歌う。
 続けてアネリーも攻撃を。
 斬霊刀を手に深く一歩踏み込んで目の前の敵に斬撃を見舞うのはレオだ。
「な、何!? ケルベロスか!!!」
 敵も構えるがそれより早くお付の敵へと向けて――次々と攻撃放たれる。
 油断ももちろんあったのだろう。攻撃は良い所に入り続けお付きは耐え切れず、その場に倒れ伏した。
 残るは道化の螺旋忍軍のみ。
 囲むように陣形は成り、手数的にも優位な状況だった。
「罠か……!」
「そういう物騒な使い方は祭りにゃ似合わねぇぜ」
 敵へ向けグレインは螺旋手裏剣を放つ。それは敵のとれとかみ合うように高い音たてた。
「祖なる風、澄みたる自然よ。願いし眼に光を示せ……いざ!」
 六連星彩を正眼に構えセツリュウは敵を識り、見切る力を。その己の視界の端に踊るは雪柳の白き花弁。
「騙して悪いがなんとやらだな。まっ、サクっとやられちゃってくれや」
 ダレンは笑って戦闘態勢を整える。
 体内のグラビティ・チェインを斬霊刀に乗せ振り下ろすのはレオだ。
 攻撃を受けながらも、敵は手にした螺旋手裏剣を振るう。
 しかしその手裏剣の描く軌道の上には市松。
「攻撃は通させねぇぜ!」
 思うようには戦わせないと受けた傷は、守りの恩恵受けていなければ深いものだっただろう。
 その一撃を受けた市松へと向け、言葉は癒すと声をかけ。
「可愛くなあーれっ!」
 その声と共にリボンやフリルや花が舞い踊って傷を覆う。それが消えると、傷も消えて。
 ぶーちゃんも攻撃をかけ、その助けとなる。
 囲まれた敵に逃げ道はない。此処を脱するには誰かを倒さねば抜けれないのだ。
 逃げ道を探す素振りに、それはないよとレオは紡ぐ。
 とんと一歩踏み込んで春次が繰り出すは人として、達人の域にまで高めた一撃。
 ヴィヴィアンの手元から踊る攻性植物は敵に絡みつき締め上げる。
「さぁ、祭りだ。派手に行こうぜ!」
 そして仲間の援護にグレインが色とりどりの爆風を。
「偶にはマジメに振ってみますか……ねっ!」
 ダレンは日本刀を振るう。紫電の如く奔る高速の剣戟は輝く紫色を躍らせて。その一閃は敵に深く食い込んだ。
 よろめきつつ、どこか逃げるところはというそぶりを見せる。
 けれど。
「逃がさんよ」
 二槍を振るい、セツリュウが詰める。無数に繰り出される突きが敵の身を捉えていた。
 そして――戦いに決着がつく。
 一身に攻撃を受け続けた道化は為す術もなくその場に倒れ螺旋忍軍の目論見はまたひとつ、潰えたのだった。

●夏祭りの喧騒
 無事、敵も倒し終え。戦いがあったとは思わせぬほど楽しげな祭の音色が響き始める。
「つゆも林檎飴いるかい?」
 これは一番上手にできてるやつだと市松は笑う。
 すると肩の上に乗ったつゆは器用にその手で割箸を持ちぺろりと舐め始める。
「お前さん駄菓子好きだもんなあ、オレの作る林檎飴にゃあ拘り強そうだぜ……」
 その言葉にまた作るようお願いするような一声。けれど尾はあっちの屋台にとぺしりと背中叩いて方向示す。
「ほい、一番の自信作だ」
「――りんご飴?」
「ロティ達も食べるか?」
 そう言ってグレインは複数、林檎飴を手にし熾月へ。
「もしかして、手作りだったり?」
 それにはぶっきらぼうにまぁ、と短い返事で。
「じゃ、いただきまーす!」
 熾月は齧っちゃうの勿体ないと言いながらはむはむと食べていく。
「手作りってやっぱ素敵だなぁ。へへ、おいしい」
 表情の緩みは気持ちの素直な表れ。その様子にグレインは視線向けて耳と尻尾に気持ちはでていた。
「折角だから夏祭りも堪能したいな」
 友達と、家族と。熾月は射的や金魚すくいにも目をむける。
「でもグレインと同じ味を半分個するのもいいよね――ね、どこから行こっか?」
 そうだなぁとグレインは視線巡らせる。
 守れたからこそ今がある。楽し気な雰囲気に知らずと尾も揺れた。
「お、あれ面白そうだな」
 行ってみようと、賑わいの中へ。
「ほんに、美しき紅よの。浴衣も思うた通り似合うている」
 友人であるピコの可愛らしい姿にセツリュウは瞳細める。
 ピコの瞳と、セツリュウが選んだ浴衣。
 赤い瞳と黒地に緋牡丹。その色は祭の灯りに映えていた。
 ピコにとっては着慣れないものではあるが、特に問題なく。
 この柄にはどうやら意味があるのだと聞いた。 そっと腕を伸ばせば袖が閃く。そこにあるボタンは幸福らしい。
「現を担ぐのは、地球人の特徴だ、と思う……セツリュウさんは」
「なんぞ?」
「菖蒲柄は今日の勝負、依頼にかけているのだろうか?」
 そのピコの問いにセツリュウは瞬いて、一つ頷く。
「某の紺地に菖蒲柄の浴衣は、そう。勝負に強く、とな」
 その言葉にセツリュウさんらしいとピコが思っていると目の前に林檎飴。
 それはセツリュウが差し出したものだ。
 ピコにとってそれは初挑戦のもの。どうやって食べるのか、所作はわからなかったのでそのままかぶりつけば口の端に飴がつく。
 何とまあ豪快にとその食べ様にセツリュウは好ましいと笑み零す。
「ふふ、後で拭うておこうの」
「アメリカにもあるらしく、デコレーションが派手です」
「ほう、米国のはまた違った趣だの。いずれも愛らしい」
 調べてみれば、また趣が違うもの。
 傑作の林檎飴――それをダレンが渡した相手は纏だ。
「結構上手く出来てるモンだろ?」
「ふふ、りんご飴を食べると何だか夏が始まったって感じするわよね!」
 それを食べながらあっちへこっちへ。
 そこで纏いの目にとまったのは。
「金魚欲しい!」
「凄腕刀剣士の手に掛かりゃァ、金魚を掬うなんて造作もねーぜ」
 まあ見てろってと言ってダレンはポイを受け取る。
「この通り……って、お? お?」
 が、すいっと逃げていく金魚。
「凄腕が聴いて呆れるわ! 見てなさい」
 と、纏もやるのだがすすいと金魚たちは気持ちよさそうに泳いでいて。
「えぇぇ? おじさま、このポイ……ぼってるでしょう?」
「おっちゃん、この網不良品じゃない?」
「それは兄ちゃん達の腕の問題だな」
 そう言って笑いながら、もう一回とポイを渡してくれる。
「剣捌きとポイ捌きは違う次元にあるのか……こいつらも伊達に掬われまくってないってコトだな……」
 小銭をじゃらじゃら、二人でムキになってやるものの捕まらず。
 最後には一匹、朱色の流金がプレゼントされた。
「ねぇ、この子は男の子かしら、女の子かしら」
 わたし達の家族になるんだから名前をつけてあげなきゃ! と纏は言う。
 二人であーでもないこーでもないと話をしながら祭は続く。
「美味しいって言ってもらえるといいね、言葉ちゃん」
 うんとヴィヴィアンに頷く言葉。
 二人の手にはそれぞれ、自分が作った林檎飴。
 ヴィヴィアンはそれを鬼人に。鬼人はそれを不思議そうに見て。
「コレどうやって作るんだ? 今度、教えてくれよ」
 初めて食べる林檎飴に驚きつつ鬼人は齧る。
「美味しい? 美味しい?」
「歯ごたえが良いなぁ。食べごたえも、な。ヴィヴィアン、暑い夜にはぴったりだぜ。美味しいよ」
「クーゼくん、あげる!」
 言葉もクーゼへ一番のできの林檎飴を。
「可愛い形してるなぁ。それに、キラキラして宝石みたいだ」
 言葉からそれを受け取ったクーゼはしばしそれに目を奪われ、袋を開けて口に。
 どうかなと心配げな視線に笑んで返す。
「ん、美味しい。りんご飴って思ったより甘くて俺好みの味だ」
 そう言うと言葉はよかったと笑って。
 クーゼは別の理由で甘いのかもしれないけど、と考えつつ目に留まった屋台を示した。
 それは型抜きの屋台。
「珍しいね。せっかくだからやって行こっか」
 最初にその店に駆け寄ったのはヴィヴィアンだ。
「型抜き……初挑戦なの、むむ……」
 と、手元の一生懸命な視線を向ける言葉。それは簡単そうかな、と選んだ兎だったのだが、耳と耳の隙間がなかなか難しい。
「慎重に慎重に……」
 ヴィヴィアンは花の形の型抜き。綺麗にできてふふりと笑み零れる。そして隣の鬼人を見れば。
「じ、地味だな。コレ。でも、なんか、落ち着くっていうか、精神集中になるっていうか……」
 少し簡単なものを選んだ鬼人。けれど失敗したと零して。
「これって食べていいのか? 案外、美味しそうなんだよ」
 クーゼが選んだのは龍の型抜き。
 それはここにあるもので一番の難易度だ。
 で、すぐさま成功はせず、爪先がごりっと削れて。
 あーと溜息つけば傍らで言葉ができたと喜んでいる。
「みんなやるなぁ。おっちゃん! 俺にももう一つくれ!」
 その言葉につられて鬼人も俺もと言う。
 金魚掬いも型抜きも、他にも色々鮮やかに目に映る。
 凄いねぇと零したのはレオだ。
 屋台は沢山並び、目移りが終わらない。
「お祭りって、僕初めてなんだよね……ナターシャも?」
「私も、日本のお祭りは初めてで……」
 何もかもが目新しくて、少しどきどきしてしまいますとナターシャは紡ぐ。
 レオはそっかと笑って、林檎飴を取り出す。
「えへへ、依頼の一環でりんご飴、作ったんだ。良かったら、食べて」
 受け取った林檎飴。それは少し小さめのもので可愛らしくて。
 食べてしまうのがもったいないとナターシャは思うのだが折角もらったのだからと、いただきますと言って。
「……あ、美味しい……」
 飴の甘さが優しくて、初めて食べるのに安心するとナターシャは表情緩め、凄いと傍らのレオを見る。
 レオは本当に器用で凄い、と。
 そんな視線を向けているとぱっと、レオの視線と出会って。
「ナターシャは、何かやってみたい事、ある……?」
「その、金魚すくい、とか……」
 つい、足が止まったのは泳ぐ金魚の鮮やかさにひかれて。
「よければ二人でやってみませんか?」
 その誘いにやろうとレオは笑んで、難しいかなと話しながら勝負中の二人の隣に。
「やっ、ほっ」
 と、声零しつつ。狙い定めて掬った金魚は逃げて優雅に泳いでいる。
「一匹も取れん……」
 思わず零せば傍らで金魚を見ていたはずの雷蔵の視線を感じ、春次は目で訴えんとってやと零す。
 その視線の理由は、負けた方が奢るという金魚すくい勝負を自信満々で、ポイ向けて挑んだのに――春次の手元に金魚はまだいないから。
 飴作りは出来てもこれは別、とばかりに逃げていく金魚。
「……春次、音立て追っちゃ取れねぇぜ?」
 その様に見かねて、ヒコは思わず助言。
「大きすぎても……っと、あの近寄って来た奴ぐらいが丁度いい」
「え? あ、そっか」
 と、そのアドバイス通りにやって何とか一匹。
「わっ……、取れた! チビやけど可愛ぇ、なっ?」
 その姿にヒコは子供の様だと思いつつ、笑んで。
「ん、大切に育ててやると良い」
 けれど負けは負け。
 俺は強いぜ? と不敵に笑って見せたヒコの手には金魚が沢山。
 昔取った杵柄でばしばし掬い上げた戦果だ。
「さて、勝者の俺は何を喰うかね」
「何でも好きな物食べっ。……一応林檎飴は沢山あるけど」
 と、春次は作った林檎飴を取り出し齧る。
「綿あめか、かき氷か――……ん?」
 と、ヒコの目に留まったのは、春次がそっと後ろに隠した袋。
 その中身は、林檎飴だ。それを見てニヤリと笑い。
「職人のもイイが俺はその後ろのを喰いてぇな」
「う、苦い……。で、でも栂野さんのは絶品やよ!」
 それは失敗作で、カラメルを煮詰めすぎたもの。そういう物の、それが良いとヒコは言う。
「何、『特別』を口にしたいってだけさ」
「……物好きやな。不味くても知らんよ」
 春次は一番成功に近いものをヒコに渡す。
「返品も出来んからな……っ」
「ふ、ちゃあんと完食すっから安心しろ」
 ヒコは受け取って一口齧る。そのほろ苦甘さに苦笑しながらもう一口。
 祭の夜はそれぞれ、まだ始まったばかり。

作者:志羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 4
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