幸福の証を手にした黒翼が散る刻

作者:陸野蛍

●彼女の翼は東への途中で
 二対の黒翼はボロボロに傷付き、脚先まで伸びた金髪も鮮血で赤く染まっていた。
 それでも彼女は嗤う。
「アハハハハ! この先に居るのよ! ドラゴンが! アハハハハ! 竜十字島が!」
 その声を目の前の骸骨の兵士達は無視すると、それぞれの得物を無機質に彼女に振るう。
「アハハハハ! アハハハハ! アハハハハ……」
 数分後……彼女の声が止み、大きな四葉のクローバーが砂浜に落ちると、傍らに居た薄汚れた小さき竜も主人の後を追うように、ゆっくりと瞳を閉じ、彼女と共に命の火を消した……。

●シロツメクサと四葉のクローバーの行末
「漸くだ……。漸くだけど、徳島県鳴門市の東の海上『雪晶島』のミッション破壊作戦時に暴走した3人のうち、行方が分かっていなかった、最後の1人、スノーエル・トリフォリウム(四つの白翼・e02161)の居場所が分かった」
 ヘリポートに現れた、大淀・雄大(太陽の花のヘリオライダー・en0056)が重く口を開くと、ケルベロス達からざわめきが起こる。
「スノーエルは暴走後、立ちはだかるデウスエクスを駆逐しながら、ドラゴン達のゲートがある竜十字島を目指し、ひたすら東にその翼を羽ばたかせていたらしい。だけど、東の海上に出る途中、千葉県九十九里浜の砂浜に落ちる『竜牙流星雨』を視認し、そのまま5体の竜牙兵と戦闘に突入、その戦闘で命を落とす未来が見えた……」
 暴走し戦闘力が上がっているスノーエルだが、行方不明になって1ヶ月以上、他の暴走者が福井県と和歌山県で発見されていることから、スノーエルはかなり東まで戦場を移動し、数多の戦闘を行ってきたであろうことが容易に想像出来る。
「幸いと言っていいのか、今から向かえば、スノーエルが命を落とす一歩手前までには、何とか現着出来ると思う。時間が無い、現着時の敵戦力の説明に移るな。敵は竜牙兵が5体。鉄塊剣、ゾディアックソード、ルーンアックス、簒奪者の鎌、バトルオーラをそれぞれ装備していてグラビティも所有武器のものを使用するんだけど……どの武器を持った竜牙兵が、どのポジションを担っているのかが分からない。そこまで視えなかったんだ……編成はバランス型の筈だから、戦闘中にポジションを見極めるようにしてほしい……悪い」
 雄大が悔しげに謝罪の言葉を口にする。
「スノーエルは九十九里の砂浜で竜牙兵と限界まで戦闘し、ほぼ動ける状態じゃない筈だ。上手く退避させ、彼女の死の未来を覆してほしい」
 真夏と言うことで九十九里浜には多くの人々が集っているが、スノーエルが竜牙兵の注意を全て引きつけることで、人々には十分な非難の時間が出来る為、スノーエルの死の未来が確定しなければ、人々に危険が及ぶことも無いらしい。
「竜牙兵殲滅後は、スノーエルの回復及び暴走解除が必要になる。暴走を解かない限り、スノーエルは竜十字島を目指すだけのモノのままだ。未来に待つのは、強大な力を持つドラゴンから与えられる、完全な死……。彼女の狂気を討ち払える、『愛情』や『信頼』に満ちた気持ち、彼女の枯れたシロツメクサが命の息吹を取り戻すような『希望』や『幸福』の祈りを多く持ち寄ってほしい」
「人数も気持ちの量次第では、カバー出来るってことになるんかの?」
 野木原・咲次郎(金色のブレイズキャリバー・en0059)の言葉に雄大は無言で頷く。
「スノーエルがとにかく竜十字島を目指していたと言うのは、彼女の奥にまだ、ケルベロスとしての意志……ドラゴンは倒すべきと言う気持ちが残っている証拠だ。彼女は、暴走してもケルベロスとして生きているんだと思う……だからこそ、こんな形でスノーエルを喪うことになっちゃいけないんだ。気合い入れていくぜ、みんな!」
 渇を入れるようにヘリポートに声を響かせると、雄大はヘリオンへと駆けて行くのだった。


参加者
ミシェル・マールブランシュ(いつでもいつだって君を想う・e00865)
ノル・キサラギ(銀架・e01639)
オイナス・リンヌンラータ(歌姫の剣・e04033)
赤羽・イーシュ(ノーロックノーライフ・e04755)
メイリーン・ウォン(見習い竜召喚士・e14711)
ティ・ヌ(ウサギの狙撃手・e19467)
巽・清士朗(町長・e22683)

■リプレイ

●希望の行方
(「スパイラル・ウォーは、何とか乗り越えられた。……けれど、俺には、スノーが必要なんだ」)
 思いを胸に、ノル・キサラギ(銀架・e01639)は、甲板を蹴り、宙へ舞った。
 高空から、小さな人影が探し続けたケルベロスであることを、ティ・ヌ(ウサギの狙撃手・e19467)は、ハッキリと確認する。
「スノーエルさん確認です。鎌持ちと鉄塊剣装備の個体がやや前衛よりだと思います。ディフェンダー陣は、着地後すぐにスノーエルさんとの間に割って入ってください」
(「……3人もの暴走者を出してしまったあの日。でも、エドワウさんもスヴァルトさんも戻られました。スノーエルさん……貴女が最後です」)
「ワタシは、初撃に九尾九節鞭 で敵のポジションを確定させるネ。その分、回復が遅れるネ。……けれど、ワタシは、スノーエルの為に集まったみんなを信じてるネ!」
 ティと共にスノーエルの暴走を見送ることしか出来なかった、メイリーン・ウォン(見習い竜召喚士・e14711)が回復支援に集ってくれた仲間達に言う。
「ケルベロス、テイコウは終わりダ。死んでドラ……」
 竜牙兵の鎌がスノーエル・トリフォリウム(四つの白翼・e02161)の首を切り落とさんと、大きく振り上げられた。
 薄汚れた、ボクスドラゴン『マシュ』は、それでも最後までスノーエルを護り抜こうと、前を動かない。
 竜牙兵の鎌が振り下ろされると、武器同士がぶつかり合う音が辺りに響く。
「スノーエルにマシュ、2人を待ってた仲間が、こんなに居るんだ。ここはロックに、大団円を迎えようぜ!」
 赤羽・イーシュ(ノーロックノーライフ・e04755)は、『Stand by Rock』で受けた鎌を押し返すと、絶望しない魂の歌を響かせ、竜牙兵の攻撃対象をスノーエルから自身へと向ける。
「やっと見つけた! 絶対に死なせたりしないわ! もう私の目の前で、誰も死んでほしくないの! オイナス! 竜牙兵は邪魔よ! 力を渡すから!」
 スノーエルは仲間達を護る為に、暴走した……そんな彼女を死なせる訳にはいかない。
 ローレライ・ウィッシュスター(白羊の盾・e00352)は、すぐに態勢を整えると、オイナス・リンヌンラータ(歌姫の剣・e04033)に破壊の力を強める祝福されし矢を放つ。
「ありがとうなのです、ロー! スノーエルおねーちゃんは、ボクにとっても大切な義姉……絶対に取り戻すのです!」
 叫びと共にオイナスが全身からミサイルポッドを出し、竜牙兵に大量のミサイルを発射すれば、戦場に爆音が響く。
「さて、背中は任せた……遅れるなよ? ひさぎ」
 離れず着地した少女に声をかけ、巽・清士朗(町長・e22683)は、地を蹴り竜牙兵に流水の如き斬閃を浴びせる。
(「……あんな思いをするのは俺だけで十分だ」)
 スノーエルは、夫と娘を持つ女性と聞いた。
 己が過去の救済……自己満足で動いているにすぎないのかもしれない。
 スノーエルと戦場を共にした、ひさぎが助けに行きたいと言った時に、すぐにヘリオンに乗ることを決意したのもその所為かも知れない……だが、今は眼前の竜牙兵を全て倒さなければ何も始まらない。
 清士朗は、静かに刀を正眼に構え直す。
(「……あの時、先に増援に気付いたのはあたしだったのに」)
 翠緑のドラゴンが見えた時、すぐに動けなかったことをひさぎは今でも悔やんでいた。
 仲間達がが開いてくれた退路に現れた、増援のドラゴン。
 その時に迷わず、『自分の番』と口にして暴走を選んだスノーエル。
(「お母さんを失う辛さをあたしは分かってる。だから……絶対に向こうへは行かせない!」)
 強い思いと共にひさぎはリボルバー銃の引鉄を引く。
 一歩引いた竜牙兵が、拳を勢い良く振り抜くと、現れたオーラはまだ守りが完全とは言えない、スノーエルに襲いかかった……だが、その一撃を受けたのは竜牙兵に背を向けた、ミシェル・マールブランシュ(いつでもいつだって君を想う・e00865) だ。
「……俺の妻に何をしている?」
 怒気……ミシェルにはあまり見られない感情、それを言葉に込めると、振り向くこと無くミシェルは、冷気の光線を発射させ、竜牙兵を凍結する。
「会いたかった。君がいなくなったあの日から、不安で不安でしょうがなかった。帰ろう、一緒に……」
 未だ暴走が解けず、狂気の瞳を向けるスノーエル。
 だが、ミシェルにとってスノーエルは、生涯を誓った相手なのだ。
「ママ、一緒にお家帰ろう? アルマもおじちゃんも待ってるよ?」
 スノーエルの娘、ラグリマは、瞳に大粒の涙を溜め、母を護り続けていてくれたマシュを力強く抱きしめ癒しの力を注ぎこむ。
 ラグリマの滲んだ視界の先、ノルが竜牙兵に接敵すると戦闘プログラム『XF-10術式演算』を発動させている。
「コードXF-10、術式演算。ターゲットロック。演算完了、行動解析完了――時剋連撃」
 高精度の行動予測に基づく零距離からの連続射撃は竜牙兵の鎧を一気に破壊していく。
「どけよ……お前達に構っている暇は無い」
 ノルの金色の瞳は熱く燃えていた。

●愛しき人
 竜牙兵との開始から6分、黄鮫師団を中心にした援護部隊の活躍もあり、既に鉄塊剣を装備したクラッシャー、略奪者の鎌を装備したディフェンダーは骨屑へと姿を変えていた。
 主力部隊への回復も多くの回復支援のお陰で十分に潤っている。
「スノーエルの負傷を見るに、これ以上時間はかけられないな……アール」
「そうですね、ディークス……」
 ディークスとスヴァルト、視線を交わすと青い稲光と幻想的な桃色の蝶が、ディフェンダーである斧を装備した竜牙兵に襲いかかる。
(「……世話になったお前に帰って来て貰わないと……終われない」)
(「……貴女も暴走したことは、あの時の報告書を見て知りました……ありがとう。貴女が皆を逃がしてくれた。……今度は貴女の番ですよ」)
(「スノーエルさんは、ワタシの大切な人を助けてくれた……。だから、今度は……」)
「兄さん!」
 リーナが影の如き動きでディフェンダーの首筋を刃で裂けば、セイヤが漆黒の魔龍を召喚する。
「打ち貫け! 魔龍の双牙ッ!」
 ディフェンダーが燃え盛る中、セイヤが後方に声を飛ばす。
「スノーエル……今度は、おまえが戻る番だ……!」
「そうです。スノーエルさんは強い、ですね。それでも、あなたは、1人じゃないです。いっぱいの人たちが、スノーエルさんのこと、だいじにおもってます」
 魔力で生み出した幻想的な蝶で仲間達の集中力を高めながら、エドワウも言葉を紡ぐ。
(「雪晶島……あの時のメンバーが、揃ったんです。貴女が最後……」)
「聞こえますか? スノーエルさんのおかげで、エドワウさんも、スヴァルトさんも、みんな無事に帰ってこれたよ。闘技場の仲間もみんな待ってるから。だからもう大丈夫。一緒に帰ろう!」
 普段はあまり感じられない激情を口にし、ティは、グラビティを中和弱体化するエネルギー光弾をメディックである星剣を持つ竜牙兵に撃ち放つ。
「黄鮫師団の結束力はスゴイアルネ。スノーエルの為にこんなに集まっているアル。なら、回復は任せて大丈夫アルね。……これ成る偽符をもって竜威を招く、百八眼の混沌竜よ吠えよ!」
 メイリーンが呼び出した、百八の因子を身に秘めた混沌の竜はディフェンダーに食らいつくと、その身を引き裂き、その存在を消した。
「メディック優先で、一気に勝負を決めよう!」
 言いつつノルは、メディックに向け、星型のオーラを蹴り放つ。
「貴女達家族は……しあわせの形そのものだから……絶対に誰一人。……欠けさせない!」
 歯を食いしばり、柊夜もグラビティを高めていく。
「また俺達の一員としてビシバシ頑張って貰いますからね。さて、俺に出来るのは、後は援護することだけ。ノル達を信じていますからね」
 サバト服に身を包んだ裁一は、嫉妬の力を氷結の力に変え、メディックを狙う。
「シュテルネ!」
 ローレライが相棒のテレビウムを呼べば、シュテルネはディスプレイを激しく光らせる。
 その輝きの中、口に咥えた神器の剣でメディックを斬りつけるのは、オイナスの相棒『プロイネン』だ。
「修行の成果……見せてやるのです!」
「全て浄化してあげる!」
 オイナスの『揺らがぬ炎』と『砕けぬ氷』二本の刀による舞いのような連続攻撃に繋げるように、ローレライの『虹霓』から七色の宝石で創られた一矢が放たれる。
「照りもせず 曇りもはてぬ 春の夜の おぼろ月夜に しく物ぞなき」
 メディックの意識がオイナスとローレライに向いた一瞬の隙を突き、清士朗が止めの一撃を容赦なく決める。
「……残りは、スナイパー1体」
 清士朗の言葉を聞くとケルベロス達は、それぞれの獲物にグラビティを込め、総攻撃を仕掛ける。
「彼女の命、竜牙兵などに奪われてなるものか」
「仲間を護ろうとする気持ちが、人一倍強い人。こんな場所で朽ち果てて、いいわけがない」
「一緒に依頼をご一緒した方。助ける理由なんてそれだけで十分じゃないですか!」
 それぞれの想いと共に、有理が竜鎚を振り、ウルトレスがアームドフォートの主砲を一斉発射し、美琴が時をも凍らせる弾丸を放つ。
 ユウマが攻撃に転じれば、陣内とカイトが堅い守りでスナイパーの攻撃を通さない。
 その間も、黄鮫師団のメンバーはスノーエルに言葉をかけ、護り、早期の決着の為に攻撃の手を緩めることは無い。
「このイーシュさんのロックな所、いっちょ見せてやんよぉ! 今回は止めは譲るけどな!」
 自らの音楽技巧を魅せつけつつグラビティを込め。イーシュはギターを掻きならす。
「スノーエル……もう終わる。ラグリマも泣かないで……」
 妻に静かに声をかけ、娘の頭を優しく撫でると、ミシェルはスナイパーに問いかけるように呟く。
「わたくしが何故怒っているか、わかりますか?」
 スナイパーは答えない、いや正確には答える暇すらミシェルは与えなかった。
 ミシェルの力の限りの右拳は、スナイパーを粉砕するのに十分過ぎる威力を持っていた。
「……妻のこの様な姿、許せる訳が無いでしょう」
 大勢のケルベロスの耳にミシェルのその言葉は何故か、ハッキリと聞こえていた。

●信じ続けた先
「もう、ママとマシュちゃんだけで戦わなくて良いの。今は、おうち帰ってゆっくり休もう?みんな一緒にご飯食べたり、お風呂入ったり、みんなで寝たり……いっぱいみんなでいたいよ。ママがいないと、やだぁ……!」
 僅かなヒールで意識を取り戻したと言えど、未だ動けずにいるスノーエルにラグリマはその幼さを隠さずに抱きつき、涙を流す。
 その間少しずつ、スノーエルのヒールを担っているのはちさだ。
「みんな、お姉ちゃんの帰りを待ってます。私も、スノーエルお姉ちゃんがいない間にいろんなことがあって、話したいことだっていっぱいあるんです。だから……」
 ラグリマの肩を抱きながら、リリーナも言葉を紡ぐ。
「こんなにも! 貴女の無事を祈っていた人がいるのよ! 貴女にはこれからを共に歩んでいける人もいるんだよ!」
「ミシェルさんもラグリマたんも待ってるんだ! 君達の愛はそんなものじゃないだろう!」
 フェルと小梢丸も言葉を重ねる。
「スノーエルさん、私は貴女の『希望』の強さを『信頼』しているつもりです。その強さが『愛情』となって、『幸せ』を得たことも」
 ソーヤの言葉が師団の仲間達の心からの言葉を口開かせる。
「なぁ、スノーエル。子供には、親の愛情は必要だ。まだ、ラグリマもアルマも子供だろう? しっかり、愛情を注いでやらないと……」
「貴女は素敵な方です。只一人のお方を愛し、そして身寄りのないラグリマ様も愛する、家族愛に満ちた方……。貴女は誰の為に戦うのですか? 愛する家族を守る為に戦っているのでしょう?」
「私は、今こうして集まってきてくれている人たちの想いの全てが、きっと……スノーエルさんへの愛情の表れだと思ってる」
 スノーエルの中に見出した『愛情』を隆治とニルス、蓮華が口にする。
「暴走の前に何を持って最善と思うことができた?  信頼があったからだろうと思っているんだ。それに応えるために来た。今の最善は戻って来てくれることだ!」
「旦那が迎えに来てるんだ、しかめっ面してないで安心させてやれ」
「スノーエルさん……。正直、なんていうか、君らしくもなかったんじゃないか。みんなを置いていく、なんてさ。僕はね、大切な人を守るために戦いたい」
 壮輔、迅、燐は、スノーエルを信頼しているからこそ、彼女にも信頼してほしいと伝える。
「わかってるよ。スノーが、こうしなきゃならないと思ったなら、そうするべき時だったんだろう。スノーは、その判断が出来る人だ。だからね……」
 妖精靴の力を借り、周りに白詰草を敷き詰めノルが口を開く。
「1人で仲間を守り抜いて、戦い抜いた。戦果としては、充分以上だ。……だから、帰っておいで。この先は、俺達と共に向かおう。ケルベロスとして戦うスノーの傍に、俺もいるから」
 尽きえぬ『信頼』を添え言葉を贈るノル。
「彼女を、覚えているか?」
 清士朗がスノーエルの視線の先にひさぎを映させる。
「お前が戻って来てくれないと、ウチの猫が笑えなくなりそうでな。……なので頼む。ここいらで羽を休めてくれんか」
 ひさぎの為、それでも……スノーエルを仲間の元に戻してやりたい。
 深く頭を下げる清士朗。
「ミンナのおかげで、ワタシは雪晶島から無事に帰って来れたネ。今度はワタシが貴方を連れて帰る番ヨ! 貴方の帰りを待つ人たちの声を聴いて最愛の人の元へ戻るアル!」
 エドワウ、スヴァルト、そしてスノーエル、彼等を救う為に共に戦場を共にした、ティは今にもメイリーンが泣きだしてしまいそうなことに気付いていた。
 あの戦場、第一優先はグラディウスを全て所持したメイリーンの脱出だった。
 戦場に生きる者として冷静に撤退を判断したのはティだが、メイリーンが責任を感じていない訳が無かったのだ。
 だから、みんなの為に帰って来て欲しい……ティは、心から思う。
「そんなボロボロになってまで、ケルベロスとして、戦ってたんだな。その心意気、ロックじゃねぇか。……だが今、ロックな仲間がここに集まった」
「本当に心配だったのです……無事でよかった。おねーちゃんは一人じゃないのです! ボクにもおねーちゃんを支えさせてください!」
 イーシュの言葉に押され、オイナスもスノーエルに言葉を溢れさせる。
「私は、ミシェルさんと、スノーエル姉さん。ラグリマちゃんが笑ってるその時間が大好き……! その姿が、貴女が幸せそうに笑ってる姿をいつまでも見たい! だからっ……!』
 最後の言葉が涙で言葉にならないローレライの手には、ラグリマと作ったジャムクッキーが握られている。
「スノーエルちゃんが、ぬいぐるみをみせてくれたり、お話してくれたの……すごくうれしかった。だから……ボク、もう一度、ふわふわと優しくて、ポカポカの温かいお母さんのような、スノーエルちゃんをみたいんだ……お願い」
「家族の幸せがアンタの幸せの筈じゃ。デウスエクスにゃ家族一丸となって立ち向かえばええわ」
「ドラゴンが怖いか、地球を――家族を傷つける敵が怖いか。わかるよ、ラグリマ殿はいい子だ。自分でも本当はわかっているんだろう? そうして自分が無理をするだけ2人が悲しむことを。――もうよせ」
「『幸福』と『復讐』は表裏一体、侵攻してくるデウスエクスを倒す事は私達ケルベロスの使命。だけど、貴女1人を狂気のまま敵に向かわせる事が、一体誰の幸せになると言うのですか!」
 ゲリン、アイビス、一刀、そして静葉は、スノーエルに今の『幸福』に目を向けてほしいと言う。
「ぼくにとって、あなたは『未来』の象徴であり『希望』なんです。御家族を支え、ミシェルさんが後ろ向きになっても、貴方が背を支え、前を向かせてくれる。希望の灯火を分け与えてくれる。お願いです、幸せな未来への希望を失わないで!」
「スノーエルさんにとっての希望がここに今来てるじゃないですか、二人も! 加えてこれだけ大勢来てるんです。これって大きな希望、じゃないですかね?」
 宴や龍司の言うように彼女に『希望』を取り戻す為に、皆、集まったのだ。
「ほら、大好きな人、迎えに来てんだし、素直に戻って甘やかされちまえ」
 爽が、スノーエルの帰る場所の存在を示す。
「スノーエル、聞こえてるか? 君の親しい人達、見ず知らずのケルベロス、そして家族。沢山の人達が君を迎えに来た。皆、君の帰りを待ってるよ、もちろん俺も。そろそろ君の焼いたクッキーが恋しいんだ。マシュとの争奪戦もな」
 ミシェルは言いながら強くスノーエルを抱き締める。
「会いたかった。愛してる。好きだ、大好きだ。スノーエル」
 自分に本当の『心』を与えてくれた君を手放したくない……思いを、スノーエルに注ぐようにただただ強く抱きしめるミシェル。
「……ママ、笑った」
 娘の言葉にミシェルは一度振り返ると、スノーエルの顔をもう一度見る。
「……私の家族、こんなにいるんだね」
 優しく呟くと、スノーエルはミシェルの身体を抱き返し、その輪の中にラグリマも加わった。
 幸福は遠くでは無く、傍らにあるものだから……。

作者:陸野蛍 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 3/素敵だった 20/キャラが大事にされていた 0
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