残夜に暁

作者:犬塚ひなこ

●うつろう世界
 遠く彼方、星々の煌めきも薄まる夜明け前。
 黒から群青へ、そして薄青に変わっていく空の色を少女は眺めていた。丘の上で彼女が待ちわびるのは朝焼けに染まる空。
 ゆっくりと変化していく天の彩は見ていて飽きない。
 深い夜の空気と澄み渡っていく朝の空気の境目はとても美しく感じた。そうして暫く、丘の上の草に腰を下ろしていた少女が立ち上がる。
 山々の影から薄らと陽の光が射してきた。その色は鮮やかであたたかな橙の彩。
 きらきらと輝く瞳に朝焼けを映し、少女は暁が明ける光景を見つめ続けた。しかしそのとき、陽の光に交じって淀んだ色の影が現れる。ただならぬ雰囲気に少女は息を呑んだ。
 それはあっという間に目の前に迫り、そして――。

「きゃあ! って、なんだあ……夢だったんだ」
 襲い来た謎の影に驚いた少女は声をあげて飛び起きた。だが、其処は丘ではなくて自室のベッドの上。あの光景は夢だったのだと安堵した少女は安堵する。
 されど彼女の危機はまだ去っていなかった。
 背後に大きな鍵を持った魔女・ケリュネイアが立っていたのだ。魔鍵は一瞬で少女の胸を貫き、その心が覗かれる。
 そして、魔女は双眸を細めながら呟いた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」

●影の化け物
 暁明ける空から、何者かの影が差す。
 そんな驚きの夢が魔女に奪われて新たなドリームイーターとなってしまった。
 アルスフェイン・アグナタス(アケル・e32634)は自分が予見し、ヘリオライダーが予知した事件について語った。このままでは外に飛び出した夢喰いが人を襲ってしまう。解決の為に協力して欲しいと告げた彼は仲間達を見渡し、詳しい話を始める。
「魔女の方は既に去っていて行方は知れない。問題は影の化け物の形をした夢喰いだ」
 敵は夢に出たような淀んだ闇色の影だ。
 一応は人型をしているが表情は見えず性別すらわからない。とにかく不気味なそれは現在、少女の家の近くにある丘へと向かっているようだ。
 不幸中の幸いか、時刻が早朝前であることから付近に一般人はいない。
 朝になってしまう前に敵を見つけ出して倒せば被害は出ずに済むと告げ、アルスフェインは現場付近の地図を示す。
「夢喰いは一体だけ。この類の敵は誰かを驚かせたくてしょうがないと言われている。丘に行けば自ずと向こうから近付いてくるだろう」
 このドリームイーターは出会い頭に影を大きく広げて闇を作り出す。
 そのときに驚きが通じなかった相手、つまりは驚かなかったケルベロスを優先的に狙ってくるようだ。この性質をうまく利用できれば有利に戦えるかもしれないとアルスフェインは伝える。
「相手の力はそれなりに強いらしい。確か……影を変化させた斬撃と衝撃波、精神に作用する闇の一撃を使うようだ。まあ、俺達が抜からなければ問題なく倒せるのだがね」
 警戒するに越したことはないが怯えなくてもいい。
 そう告げるかのように薄い笑みを浮かべたアルスフェインは、後は現場での其々の動き次第で勝敗が決すると話す。
 粗方の説明を終えた彼は傍らに寄り添っていた匣竜のメロに視線を落とし、双眸を細める。森の碧を湛える瞳が自分を映したことに気付き、水竜も顔をあげた。
「無事に仕事を終えたら朝焼けでも眺めようか。なに、それくらいは許されるだろうよ」
 軽い様子で仲間を誘ったアルスフェインは静かに翼を広げる。
 真夜中から暁の色へ、移ろいゆく空を映すような色合いの羽がゆるやかに揺れた。


参加者
アレクセイ・ディルクルム(狂愛エトワール・e01772)
シエラ・シルヴェッティ(春潤す雨・e01924)
花筐・ユル(メロウマインド・e03772)
海野・元隆(一発屋・e04312)
ラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503)
ルト・ファルーク(千一夜の紡ぎ手・e28924)
月井・未明(彼誰時・e30287)

■リプレイ

●狭間の闇
 夜明け前、未だ星の光が輝いて見える頃。
 暗さは薄れ、それでいて幽かな明るさも宿る時刻。薄ぼんやりとした周囲の景色を見渡した後、アルスフェイン・アグナタス(アケル・e32634)は丘の向こうを眺める。
「空の彩を愛でる時間に、影の来訪など無粋だよ」
 零れ落ちたのはこれから戦う相手への思い。影の化け物、もとい夢喰いを待ち受けるケルベロス達は空を見つめた。
 敵はいつ訪れるか分からない。花筐・ユル(メロウマインド・e03772)は空の果てを瞳に映しながらシャーマンズゴーストの助手に軽い目配せを送る。
 同じく月井・未明(彼誰時・e30287)も双眸を細め、ウイングキャットの梅太郎に気を付けろと呼びかけた。
 その傍ら、海野・元隆(一発屋・e04312)は盃を片手に口元を緩める。
「さて、いい景色を肴に一杯やるとするか」
「なるほど、その待ち方は良いな!」
 ルト・ファルーク(千一夜の紡ぎ手・e28924)は仲間の行動を横目で見遣り、自分が成人していれば付き合ったのに、と薄く笑む。同様にラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503)も相棒猫のロキと共に周りの様子を確かめた。
「未だドリームイーターの真意は測りかねますが、些細な驚きの元にさえ現れるのですから……厄介ですね」
 一刻も早く静かな朝を取り戻そうと呼び掛け、ラグナシセロは決意を固める。
 そして――暫し後。唐突に空の色が淀み、暗闇の光景が広がった。
「……っ!」
 敵が来た、と感じたシエラ・シルヴェッティ(春潤す雨・e01924)だったが、思わず小さな声が唇から零れる。
 目を凝らしても奥の見えない闇。その光景を前にしたルトはわざとびくりと身を竦めた。同じくしてアレクセイ・ディルクルム(狂愛エトワール・e01772)をはじめとした仲間達も驚いた様子を見せる。
「美しい光景に見蕩れていたのに突如こんな影が現れるなんて……驚きです」
 アレクセイの言葉は演技ではあるが敵は驚いたと見做したようだ。そうして、敵の注意は闇に驚いていない者達へと向いていく。
「んん、酒を飲んで変な影が見えるたぁ、俺もヤキが回ったか?」
 元隆は軽く冗談めかしつつ闇の影をまじまじと眺める。ユルもまた、驚いた様子を微塵も見せずに首を振った。
「子供騙しね。普段からリアリティのあるモノを見慣れているからかしら?」
 ねぇ、助手、とユルが薄く笑む最中、未明も真っ直ぐに敵を見据える。陽のひかりを思わせるその瞳の中には蠢く闇がしかと映し込まれていた。
「朝が連れてくるのは、よきものであるべきだ」
 未明が静かな口調で告げると、アルスフェインがそっと頷く。
「綺麗な朝焼けが観れると好いな」
 夜が明ける景色のためにも不穏なものは散らしておこう。紡がれた決意を胸に抱き、仲間達は始まる戦いへと意識を向けた。

●昏い影に沈む
 闇を収縮させ、人型を取ったドリームイーターが先手を取る。
 一瞬にして放たれた影の斬撃はユルに向けて舞い、鋭い痛みを齎した。だが、ユルが受けた痛みを助手の祈りがすぐに癒していく。
「頼んだわよ、助手」
 ユルは身構え直し、具現化した光の剣で闇人を斬り裂いた。
 応えた助手は見た目こそ恐ろしいがその佇まいは紳士的だ。こっちも頼りにしてるよ、と声をかけたシエラはユルに続き、狙いを定める。
「綺麗で素敵な夢が、急に怖い夢になったりするのってたまにあるよね」
 それが目の前のこの存在。
 悪い夢は壊すと心に決めたシエラは達人めいた一閃で氷撃を叩き込んだ。其処に合わせて元隆が轟竜の砲撃を撃ち放つ。
 これが例のやつか、と改めて敵を捉えた元隆は口の端に笑みを浮かべた。
「まぁ折角ここまで来たんだ、夜明け前には終わらせるとしようや」
 軽い調子に合わせが如く軽やかに駆けた元隆は仲間達に呼び掛ける。それに応えるようにしてルトが踏み出し、手にした大鎌を振るいあげた。
「まずはその余分な影を削ぎ落としてやる!」
 放たれた刃は宙で回転し、ルトの言葉通りに揺らめく影を切り刻む。
 その間にアルスフェインが地面に守護星座の陣を描いて仲間達へと星の加護を与えた。メロ、と彼がその名を呼べば匣竜が敵へと体当たりに向かう。
 更にアレクセイが竜槌を振るい、追撃を加えてゆく。
「私の愛する姫のようなこの明けの空。彼女と迎える、新しい日の空……けして汚させはしません」
 夜空色の髪を靡かせたアレクセイは一気に砲撃を放っていった。
 ラグナシセロは次々と敵に向けられている仲間達の攻撃を見つめ、頼もしさを感じる。そして、真剣な眼差しを向けたラグナシセロは翼猫に呼び掛ける。
「ロキ、頼りにしていますよ」
 その声を聞いたロキは翼を広げて翔け、影へ鋭い爪を向けた。ラグナシセロが光の盾をシエラに放てば、ロキに続いた梅太郎が尻尾の輪を飛ばす。
「ほら、こっちに」
 引き付けよう、と梅太郎に合図を送った未明は敵の注意を自分に向けようと狙う。その為に放たれた氷の銃撃は見事に影の夢喰いを貫いた。
 刹那、未明に狙いを定めた敵が動く。
 不気味に蠢く闇の影。その魔力は未明に纏わりつき、離れない。
「――!」
「大丈夫か? ったく、厄介な闇だな」
 思わず蹲る未明を庇う形で元隆が踏み出す。今のうちに、と示す元隆の視線を受けたアルスフェインは仲間が受けた心的外傷を癒しに掛った。
 未明の前には自身にしか見えぬまぼろしがある。
「ちがう……あいつ、は……」
 掠れた声が零れ落ち、その眸が見開かれた。あのとき、あのひとの、あの瞳のいろ。胸が締め付けられそうになったが、未明の耳にふわりとした花の調べが届く。
 はっとした未明はまぼろしから抜け出した。
「囚われからは解放されたようだな」
「……ああ。――おれがいきれば、あいつはしなない」
 アルスフェインの癒しが自分を我に返してくれたのだと悟り、未明は頷く。その後に紡がれた言葉は自分にしか聞こえぬ小さな呟きだった。
 そして、戦いは続く。
 ルトとシエラが視線を交わし、左右からの挟撃で同時に敵を穿つ。其処に生まれた隙を狙い、アレクセイが截拳撃を放った。
 夜明けの空、黎明の空、はじまりの空。そして、永い夜の闇が明けた空。
「私は空が大好きです。私を闇から救い出してくれた、愛する貴方のようで――」
 アレクセイは愛しく想う者を思い浮かべ、それゆえに闇を払いたいと願う。アレクセイに続いて指先を宙に躍らせた未明は空明の力を解放した。
 癒しと加護が巡っていく最中、夢喰いも更なる攻撃に出る。そうして、次なる陰惨の影に狙われたのはユルだった。
 黒い影に纏わりつかれたユルは目の前に浮かぶ黒影を視る。
 それはまるで愛おしさと己への不甲斐なさ。
「ああ……美しい空をみせてあげられなくて、ごめんなさい……」
 思わず声が零れ、後悔と痛み、そして切なさがユルを襲う。彼女が幻想に囚われていると察したラグナシセロは即座に癒しの力を紡いだ。
「心を揺らがせる攻撃を執拗になんて……性格悪いです!」
 敵へ精一杯の罵倒を向け、ラグナシセロはあたたかく穏やかな微風を浴びる。其処から捧げられた祈りはユルの身を癒す力となり、心的外傷を取り払ってゆく。
 はたとしたユルは顔をあげ、首を振る。
「――あの子に触れていいのは私だけ、……不愉快だわ」
 まやかしを絶ち切ったユルは敵を睨み付けた。
 仲間が回復したと察したシエラは安堵を抱き、ふわりと微笑む。翡翠の彩を宿す双眸をしっかりと影に向けたシエラはひといきに地を蹴った。
 そして、シエラは電光石火の蹴撃を放つ。
「夢の主の子を助けて、キレイな朝焼けを見るためにみんなでガンバローね!」
 ね、と明るく呼び掛けた言葉はただひたすらに真っ直ぐだ。
 勿論だと答えた元隆もシエラに合わせて旋刃の一閃を解き放った。空中で回転を入れ、更にもう一撃を叩き込んだ元隆の目に夜と朝の境界の色が映る。
「ドリームイーターも毎回余計なことをして面倒だが、ちょくちょくこの手の穴場を見つけられるのは悪くないな」
 元隆は揺らぐ影に視線を映し、ふっと笑んだ。
 敵の力もかなり削られ、徐々にではあるが動きが鈍くなっている。ルトは闇を抱く影から視線を逸らさぬまま、僅かに目を細める。
 思い浮かんだのはいつか故郷で見た朝焼けの地平線。
 先の見えない真っ暗闇は誰にとっても恐ろしい。でも、と拳を握ったルトは思う。
 ――その闇を、未来を切り開くのが自分達、ケルベロスだ。
「さあ、彼は誰時の影踏み鬼と洒落込もうぜ!  覚悟はいいか?」
 鬼はオレたちだ、と敵に告げたルトは手にした竜槌を全力で振りあげる。次の瞬間、放たれた超重の氷結撃が影を真正面から貫いた。

●夜の終わりに
 激しい一閃によって影の化け物の躰が大きく傾ぐ。
 今が転機だと察したアレクセイは敵が動き出す前に打って出た。
「そろそろ闇の彼方に帰って頂きましょう」
 放つ魔力に込めるのは甘く苦く麗しい罪の記憶。現れ出でた漆黒の茨は血と悲鳴に彩られた美しくおぞましい罪過の黒薔薇を咲かせる。赦しであり、裁きでもあるそれは罪の棺となって敵を包み込んだ。
 しかし、影は何かに執着するかのように反撃を繰り出す。
 気を付けろ、とルトが呼び掛け、シエラも防護役の仲間に視線を向けた。
 その翳残の力は元隆に向けられ、彼の力を封じ込める。鋭い一撃に舌打ちをした元隆だったがすぐに身構え直すことで平静を保った。
 ユルはすぐさま敵の動きに気付き、深紅の薔薇を咲かせた。甘き幻想花は幸福欲の欠片を源にしながら癒しとなって施される。
 助手にも祈りを捧げるよう願ったユルは昏い影に向けて片目を瞑った。
「……もうすぐ夜が明けるわ。アナタも闇にお帰りなさい」
「朝が来れば闇は消えます。星の煌めきで葬送してさしあげましょう」
 ラグナシセロは仲間の言葉に同意を示し、一気に地面を蹴りあげる。告げた言の葉の通りに流星の光を纏った蹴撃が放たれ、敵の身を穿った。
 主のラグナシセロに続いたロキも爪を立て、影を幾重にも斬り裂いてゆく。其処に光機を見た未明が敵を鋭く殴り抜いた。
 アルスフェインもメロに視線を送り、自分達も攻勢に出ようと告げる。
 目の前に広がるのは夜の終わり。
 これまで空を望む事なく過ごして来たアルスフェインは初めて見た暁の空の美しさを思い返した。広々とした空と、燃えるような赤、そこから光が広がり朝を迎える。
 其処に世界の広がりを視た。
 この空の下、手に入れた自由を謳歌しているのが今。それ故に――。
「朝を迎えられるはずの誰かを闇に閉ざそうとするなら、祓うだけ」
 敵を見据えたアルスフェインは容赦なく螺旋の一撃を放った。
 シエラは其処にチャンスが生まれたと感じ取り、敵の目に前に躍り出る。
「咲き乱れ、歓びうたえ、春の花よ――」
 軽やかに歌い、ふわりと踊れば一面に花群のまぼろしが咲き乱れた。風に遊ぶ花びらは花嵐となって敵を呑み込み、春潤す雨となる。
 幻花が咲く丘を眺め、元隆はこれはいい見物だと双眸を細めた。そして、元隆は海に連なるものに伝わる秘儀を発動させる。
「良いものに乗せてやるよ。ほら、」
 彼が指を鳴らせば影の足元が傾城魚となり、深海に帰ろうとするかのように沈み始める。それは異界への潜行か幻覚か。
 惑わされる影を見据え、ルトもまた終わりに向けて力を解放する。
 腰に携えたジャンビーアを構えた彼は其れを鍵として異世界の扉をひらいた。敵とは似て非なる影は無数の腕の形を取り、対象を引き裂かんとして伸びる。
「呑み込まれろ。その闇の先は、更なる闇だ」
 ルトの静かながらも熱を宿した声が響き渡り、影が闇に包み込まれた。
 揺らぎ、薄れる影を見つめた未明はこれが最期になると感じ、エクスカリバールを握る手に力を込める。
「わるいゆめは醒める時間だ。明ける前に終わりにしよう」
 そして――振り下ろされた一閃は影を打ち崩し、戦いの終わりを齎した。

●朝の訪れ
 眩く射した朝の日差しが丘に降りそそぐ。
 その光に融けゆくように薄れていった影は完全に消失した。アルスフェインは頭上を見上げ、碧の眸に空を映す。
 後に残ったのは心地好い静けさと明けていく空の光景。
「女の子もそろそろ無事に目覚めたかな……」
「多分、夢見も良くなってるだろうな!」
 シエラが夢主の少女について思うとルトはきっとそうだろうと明るく答えた。
 山々の彼方、地平線の向こう。其処から覗く朝焼けの彩は緩やかに空の色を変えていく。元隆は大きく伸びをしてルトと同じ方角を眺めた。
「ふむ、邪魔者はいなくなったしあとはゆっくりするのみか」
 澄んだ空気の中、朝焼けの彩が滲む。
 心地良さに息を吸い、アレクセイは愛しい人を想った。以前は絶望に満ちる夜が嫌いで、絶望を繰り返す朝日も嫌いだった。けれど、と首を横に振ったアレクセイは今は違うのだと改めて思い返す。
「この素晴らしい日に感謝を」
 美しい空を眺める彼は愛しい姫と過ごせる日を想像した。
 仲間達が丘の上で其々に過ごす中、ラグナシセロは朝陽はなんて爽やかで綺麗なのかと感じる。そして、やわらかな草の上で丸まった翼猫をそっと撫でた。
「……ロキはお休みの時間かな?」
 今日もお疲れ様、と声をかけるとロキはごろごろと喉を鳴らす。
 ユルはラグナシセロ達の微笑ましい様子を見遣った後、助手と一緒に朝陽を見つめた。それはまるで闇と静寂を貫く様な光。
 こんなにもゆっくりと空を眺めるのはいつ以来だろうか。ユルは澄み渡る空気をゆるりと吸い込み、双眸を細めた。
「また新しい一日がはじまるのね」
「夢が醒めれば朝が来る。――きれいだな」
 ユルの呟きに未明が答え、心から浮かんだ思いを言葉に変える。
 見られて良かった、と顔をあげた未明は考える。朝焼けは好きで嫌いだ。全部なくしたのも朝だけれど、それでも、明けた朝はきっと良い日だと信じたい。
 仲間達の声や纏う空気を感じ、歌いたいという思いが湧いたシエラはちょっといいかな、と断りを入れた後に花唇をひらいた。
「――♪」
 其処から紡がれたのは空に残る藍色と星々の煌めきが、暁の明ける空にゆっくりと移ろいゆく様をうたった即興歌。
 透き通った声で奏でられるシエラの歌に耳を澄ませ、ルトは目を閉じた。
 瞼の裏には朝焼けに染まる空、そして彼方から昇りくる朝陽の色がしかと残っている。かつて奪われた故郷の空を想いながらも、ルトはただ静けさに身を委ねた。
 続いていく夜と朝の狭間の時間。
 アルスフェインはメロを伴い、この時間に宿る色は特別だと口にする。
「陽を映した君の翼の美しさが忘れられないよ」
 メロと自分にとってこれは出逢いの色。そんな戯れの言葉を掛け、アルスフェインは匣竜と共に空を眺めた。
 やがて夜は完全に終わり、新たな朝が訪れる。
 其処に巡る彩は何にも代え難い、不思議な心地を宿していた。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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