夜闇宵宮

作者:犬塚ひなこ

●ヨヤミヨイミヤ
 境内まで続く緩やかな坂道。祭りの時期、其処に灯るのは提燈の数々。
 地元の菓子店が焼く団子の屋台に林檎飴や綿菓子、金魚すくいや射的。あたたかな灯りが照らす真っ直ぐな路には露店が所狭しと並ぶ。
 坂道の頂上には地蔵と拝殿があり、参拝客を出迎える。
 此処には身代わり蛙という片目を瞑った陶器のカエルが灯籠の周りに奉納されている。
 そのカエルに参ると眼の病や事故の身代わりになってくれるという言い伝えもあるので参拝に訪れる者も多い。
 そして――年に一度、賑わいに満ちる縁日の日取りも近付いて来た。

 そんな時期に起こったのがデウスエクスの襲撃。
 祭りの中心となる寺の境内付近は何とか無事だったが、縁日屋台が並ぶはずの坂道通りが無残に壊されてしまったという。
「そういうわけで、ケルベロスの皆様の出番なのでございます!」
 雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は被害に遭った周辺地図を示し、ケルベロス達に修復依頼を出した。
 このままでは周辺住民が楽しみにしている縁日祭が行われず、道が壊れている事で日常生活にも支障をきたす。人々の希望まで壊されぬようヒールを施して縁日が行えるようにして欲しい。そう願ったリルリカは、もちろん修復だけではないと語った。
「無事にヒール作業が終わったら皆様も縁日をたのしんでくださいませ! 夕方から夜にはお祭りがはじめられるので、お好きに屋台を巡ったり参拝したりしてくださいです」
 食べ歩きを堪能するもよし、屋台の遊びに挑戦するもよし。
 お寺のカエルに参って願うのも良いと告げ、リルリカはわくわくした表情をみせる。
 夜の闇を照らすのは提燈のやさしい光。
 そのなかで始まる夏のひととき。宵宮の夜がきっと楽しい思い出になると信じ、少女は明るい微笑みを仲間達に向けた。


■リプレイ

●暮
 提燈の明かりが夕闇を照らす。
 境内に続く坂道も癒しによって今はすっかり元通りだ。始まる祭りは活気に満ち、たくさんの人々が行き交っていた。
 闇を彩る提燈の灯、それよりも目立つのは仲間達の浴衣姿と屋台。
 甘い林檎飴に綿飴、かき氷にたこ焼き。今日は食欲に全振りだと意気込むエルガーにトリニティはくすりと笑んだ。
 そして、エルガーは広喜にたこ焼きを差し出して祝う。
「尾方、誕生日おめでとう」
 それに加えてヒーローのお面が贈られた。続けてトリニティとシィラが広喜の為にと夜店を指さす。
「広喜、かき氷を食べよう」
「では綿菓子も。甘くてふわふわ夢見心地の味、きっと気に入って頂けるかと」
 冷たさと甘さ、そして頭に飾られた面。
「俺、製造日なんてすっかり忘れてたけど、皆が色々くれっからすげえ嬉しい」
 笑顔が絶えない日になると感じ、広喜は心からの言葉を皆に返す。
 まだまだ続く祭りの夜。
 この後、シィラが射的にて最高のテディベア・ハンターとなる事はまた別の話。
 レジーナの浴衣は濃紺に大輪の向日葵。
 対するニコルは浅葱色に白波描く浴衣。はしゃぐ少女に微笑み、ニコルはそっと浴衣の袂を差し出す。
「はぐれるといけませんから、どうぞ?」
「ま! ありがとう。じゃあ遠慮なく、ね」
 紳士的な彼に礼を告げ、レジーナはにっこりと笑む。からころと下駄を鳴らして歩く二人のこれからにはきっと、楽しく賑わうひとときが待っている。
 黄昏の空、提燈の灯りの下。
 屋台でリラの代わりに掬った金魚を手に、司は彼女の嬉しげな表情を眺める。
「名前は『ごはん』と『おやつ』ね」
「ベガの糧になるのか……」
 そんな会話をしながら二人は祭りを楽しんだ。綿飴に杏飴、お好み焼きもたこ焼きも、とねだるリラの可愛さに負けた司は、今日は特別だよ、と淡く微笑む。
 賑やかな喧騒を縫い、繋ぐ掌の温度はとても心地好かった。
 其々に夜店で釣ったヨーヨーが手の中で揺れる。
 その中で柊は隣の紫緒に交換しようと提案した。互いに差し出したそれが相手の色を宿していると気付き、二人は淡く笑む。
「……『僕』ですか?」
「これ、『私』ですよね?」
 嬉しくて可笑しくて、幸せが満ちる。
 腕にぎゅっと抱き着いた温もりの傍で愛しい彩が揺れていた。
 其々に銃を構え、今日は四人で射的競争。
 遊びのうちと思えど肩に力が入るのか夜はなかなか狙いが定まらず、ハガルは当たってこそいるが目当てのかえるはびくともしない。
 直に殴っていいかとサイガが問えばティアンも御業を使いたいと提案する。勿論それは夜によって阻止され、平和かつ悔しさの交じる射的の光景が繰り広げられる。
 そうして、暫く――。
「らくしょーだったな」
「お菓子がとれた。お土産にしようかな」
 サイガはティッシュ箱を、ティアンは菓子を手に入れ何とかクリア。だが、ハガルは目当ての品が取れずに肩を落としていた。
「ぬぐぐ……って、藍染殿!?」
 そんな時、夜が落ち込んでいたハガルに或る物を差し出す。
「少し難航したけどな。ほら、受け取るといい」
 夜から蛙の着ぐるみが手渡され喜ぶハガル。そんな二人を見守るサイガとティアンは楽しさと賑わいに満ちた宵の空気を楽しんでいた。
 二人で目指すは屋台制覇。
 ふわふわの綿飴に串団子を手に梅太とメロゥは屋台通りを歩く。どうぞ、と甘い雲をちぎって渡す梅太の指先にメロゥの唇が触れる。
「……あまくておいしい」
「ね、ね、お団子も食べたいなぁ」
 ふにゃりと笑う彼女に梅太は少しおねだり。あーん、と口を開けて、広がる味は不思議といつもよりも特別に甘い。
 次は何を食べようか。きっと二人で分け合えばどれもおいしい。
 そして、二人は次なるしあわせをさがして、宵祭の先へゆく。

●夕
「ヨーヨー掬い?」
 聞き慣れぬ単語に首を傾げるジョゼに隼は手本を見せてやる。易々と掬った彼に感心の眼差しを向けるジョゼだが、なかなかうまくいかない。
 コツがあるのだと教えられ、彼女は思い切ってヨーヨーを引き上げた。
「は、隼、釣れた……!」
 その表情が愛らしくて隼はつられて満面の笑みを浮かべる。
「さて、お次は射的? 金魚掬い?」
「それじゃあ、次はね――」
 迷う様子のジョゼに笑みを向け、隼は手を差し伸べた。
「全てはキミのお望みの儘に!」
 はぐれぬよう彼と繋いだ手に心も弾み、ジョゼは賑わう祭通りへ踏み出してゆく。
 カトレアが纏うのは薔薇柄の浴衣。
 手にしていたラムネ瓶の片方を彼女に渡し、克己は似合うと褒めてやる。花が咲くように微笑んだカトレアは屋台を指さして彼を誘った。
「克己は金魚すくいが得意だそうですわね、ぜひ見せて下さいませ」
「ああ、任せておけ」
 今夜はめいっぱい遊んで楽しもう。二人の時間は、まだ始まったばかり。
 夜店の食事は二人ではんぶんこ。
「ブラッドリー、口開けて」
「貰っていいの? ふふ、いただきます」
 あーん、と互いにじゃがバターやたこ焼きを交換しあえば、アクレッサスとブラッドリーの口許に笑みが浮かんだ。次も一緒に食べられるものを探そうと明るく笑う彼に頷き、アクレッサスは倖せを噛み締めた。
 二人で過ごす祭りの夜はわくわく、そわそわ。
 サイファは林檎飴の屋台に目を引かれ、これが何だか灯乃っぽいと示す。
「ええと、綺麗で可愛くて……美味しそう?」
「おいしそうとかなんなん」
 思わず顔を逸らした灯乃。だが、その間にサイファが人並みに押されて何処かへ連れ去られそうになっていた。何とか林檎飴と蜜柑飴を買って合流した二人は視線を合わせ、ふっと息を吐く。
 心配そうな灯乃に向けてサイファは手を差し伸べる。もうはぐれないように、と。
 金魚掬いに興じるのは仲良し三人組。
 全然成功しないと肩を落とすマイヤとセレスの傍ら、キアラは見事に一匹の金魚を掬って笑みを浮かべていた。
「そうだ、神社にもお参りして小さな陶器のカエルさんもお迎えしよ」
「うん、小さなカエルは金魚鉢にも合うかも」
 キアラが提案するとマイヤが賛成、と明るく微笑む。
「後は、そうね……屋台も色々回ってみましょうか」
 セレスがその後の予定について考えると、二人は勿論だと頷く。三人で過ごす宵は提燈の灯に照らされ、思い出までも淡く彩られていくかのようだった。
 クオンとエリシアは浴衣姿で屋台を巡り、二人の時間を楽しむ。
「ふむ……こういう催しもいいものだな」
「ええ、たまにはこういうのもいいですね」
 穏やかに祭りの雰囲気を味わう二人。しかし、この後の彼等に様々なハプニングと甘い展開が待っていることは未だ誰も知らない。
 射的にて、トーマは緊張していた。
 一射目は掠りもせず、二射目は当たったが軽い。玉数も少なくなり、これが最後。
「彼女にいいトコ見せろって? そのつもりだよっ!」
 彼が意気込んだ次の瞬間、黒猫のぬいぐるみに弾が命中する。はい、と渡された黒猫を抱きしめ、ロゼットは感激の声をあげた。
「トーマさん凄いです! こんな簡単に取っちゃうなんて……!」
 彼女と言われたこと、彼が頑張ってくれたことが嬉しくて――顔が赤いことがバレませんように、と願った少女の表情は嬉しさに満ちていた。
 彼の母の形見である浴衣を纏い、密はそっと手を伸ばす。
 その指先に触れたのは冥の大きな掌。曹達水の淡さとうつろう髪色が似合うと少女を褒め、冥は飴の屋台を示す。
 彼が買ったのは苺と林檎。渡された林檎も良いが、冥の苺飴をじぃ、と眺めた密は物欲しそうにねだった。
「林檎も苺もどっちも欲しいわ。……貪欲な子はお嫌い?」
「我儘は光栄ですよ、レディ。猫って懐くほど貪欲に構えってくるしねぇ?」
 冥は頷き、予め買っておいたもう一本を差し出す。赤く染まる少女の頬は林檎めいていて、愛らしさと微笑ましさが巡った。
 さぁ今宵は心ゆくまで巡りましょう、共に。

●宵
 宮参りは静けさと共に。
 はぐれぬよう、吸い込まれてしまわぬように隣の手を握って夜闇を導く。触れているジエロの掌を握り返し、クィルは足元の蛙像を見て微笑んだ。
「これ、すこしジエロに似てるかも」
「そうかな? お参りしていこうか。未来に何が起こるかは分からないからね」
 そしてクィルはちいさな蛙をひとつ手に取る。
 願うのは君の無事。それでも、カエルの出番がなくて済むように。
 この先もどうか健やかでありますように――。互いの倖せと息災を願うクィルとジエロの姿を、愛らしい蛙達がやさしく見つめていた。
 白地に桜の浴衣に桜の簪。
 大好きな人に見て貰いたくて、とくるりと回って装いを見せたセレシェイラの姿に唯覇は目を細めた。彼はその愛らしさに無意識に抱きしめ、頬を寄せる。
「ダメだったら……拒んでくれ」
「唯覇さん! ううん、大丈夫」
 少し恥ずかしくて赤面してしまったが彼を拒絶するわけがない。触れる肌の温もりに、セレシェイラは溢れる幸福と愛を噛み締めた。
 願うことは、たったひとつ。
 明日も明後日もその先もずっと一緒にいられますように、ということ。
 参拝する姉妹は其々の事を願う。
 ずっと――お姉ちゃんと、ククリと――仲良く元気でいられます様に。
 互いの思いが同じとは知らぬまま、クシュリナとククリネアは参拝を終える。
「お姉ちゃん……あの、カエル……」
「仕方ねーな。買ってやらなくもねぇぜ」
 控えめに御守をねだる妹の手を引き、姉は境内へと向かっていく。その後ろ姿は不思議と二人とも楽しげに見えた。
 差し出された手に躊躇はするが、はぐれぬようにと繋ぐ手と手。
 やはり小町には紅の華が似合うと感じながら、クレスは片目を瞑る蛙をひとつ手に取る。戦いに身を置く番犬として、願うのは君の無事と安寧。
「頼むから、俺の手が届かないところで怪我するなよ?」
「クレスも、私の事でなく自分の無事を願いなさいな」
 願わないなら代わりに願うと告げ、小町は蛙を見つめる。
 これできっといつでも、お互い無事に帰って来れるはずだから。その思いにこれ以上ないほどの心強さを覚え、クレスは笑った。
 きっと、君を泣かせないためなら俺は無事で居られる。そう、思えた。
 宵宮の夜、境内を歩く二人はデートの真っ最中。
「今のいでたちも決まっておるな、うむ!」
 レオンハルトはリーファリナの浴衣姿を褒め、ウインクをしながら境内へ繰り出す。其処に並ぶのは御守り蛙。
「どれどれ、可愛いのがいいなー」
 これはどうだろう、と彼女が選んだのは片目瞑りが対になった二体の蛙。先程のレオンハルトにそっくりな気がして、小さな笑みが零れ落ちた。
「お参りが済んだら食い倒れと行かぬか? むろん我のおごりじゃ!」
 そして、彼は夜店を示す。
 大きく頷いたリーファリナはレオンハルトの後に続き、明るい笑みを浮かべた。
 坂の頂上で振り返り、清和は眼下に広がる縁日を指す。
「縁日独特の温かみのある光が綺麗だよ……ってどうかした?」
「ちょっと、うん、懐かしくて、かな?」
 田舎を思い出すと話した葵は軽く息を吐いた。二人は微笑みあい、これからの予定を話す。夏の話、そして今この時のこと。
 遠い眼をして話す清和には淡い光の数々が映っていた。
 夏は始まったばかり。葵と共に過ごす時間が増えるように、そっと願った。
 つかさとレイヴン、二人組の傍にはいつも通りミュゲの姿がある。
 小さな蛙を二つ手に取ったつかさは片方を抱きかかえているミュゲのポーチへ、もう片方をレイヴンの掌に乗せる。
「身代わりしてくれる御利益があるって話だ」
「戦場では怪我がつきものだからな」
 祈ってくれるつかさの気持ちが嬉しくてレイヴンは同じ蛙を彼に手渡した。
 重なる手と互いの微笑み。
 巡る心地はとても善きもので、幸福の想いが溢れた。
 揺れる浴衣に蜻蛉玉簪。
 アウレリアと亮、二人を照らして淡く光る灯はとても優しい彩を宿していた。
「何か願い事、した?」
「……した、よ」
 亮からの問いに頷き、アウレリアは繋いでいた指を絡め直す。
 彼が密かに願っていたのは、アリアの願いが叶うように、ということ。何故だか彼から優しさを感じ、アウレリアは嬉しげに眸を瞬かせた。
 願いは胸に、祈りは貴方へ。
 そうして、二人の家に蛙を置こうと決めた亮達は境内をゆるりと歩んでゆく。
 荘厳な灯の中、二人で道を往く。
 背筋が伸びるのは生来故か業故か。ヒコは姿勢を直し傍らの春次に問うた。
「さて、何を願えばいいかね?」
「眼の病に罹りませんように、やな」
 今まで様々な景色を一緒に見てきたが、きっとまだ見ていない世界がある。
 見せてくれるんやろ、と春次は首を傾げて問うた。
 それに、ヒコの姿が見えなくなっては困る。小さく呟いた彼の言葉を聞き逃さず、ヒコはそうだな、と同意して手中の蛙に祷りを零す。
「どうか眼患う事が有りません様」
 そして――いつまでも正しきその背が視えます様に、と。

●夜
 闇に浮かんだ淡い灯に誘われて、先へ。
 心浮き立つ甘い夏の闇。今宵が更に特別だと感じるのは大好きな二人がいるから。アイヴォリーが微笑むと、哭は彼女とレクトの手を取って駆け出す。
 繋がれた手に絆を感じながら三人は境内の蛙を眺めた。
「この表情、哭さんにそっくり」
「ぴょんと跳びそなまあるい子。こっちはアイヴォリーに似てる」
「まあ、それなら特に賢そうな蛙さんはレクトかしら!」
 其々に似た子たちが見つかって不思議な気分になる。そうして、三人に三匹が加わる。今日来たように、またかえる道も、ともに。
 其処に込めた身代わりの願いはきっと――。
 少しでも長く、こうして手を繋いで歩いてゆけるようにということ。
 灯篭は淡い星明りのようで幻想的に映る。
「ね、帰り道に屋台寄って行きましょ?」
 ムジカは市邨の腕をとって引き寄せ、絡めた腕から手繰った掌にお守りの蛙を握らせた。蛙を見つめ、嬉しそうに笑った市邨も彼女の手に蛙を贈る。
「――有難う。俺からも。……蛙さん。俺の大事なムジカを護ってあげてね」
 帰ると蛙。
 願掛けの言葉遊びにムジカは願う。身代わりなんていわずに彼を連れて帰ってきてネ、と。贈られた蛙が嬉しくて、帰路にも楽しみが満ちている気がした。
 笑いながら手を差し出せば、ほら。
 大事なこころが、またひとつ。
 宵闇を照らす提燈を眺め、祭囃子を背に拝殿へ。
 志苑は蛙には『帰る』という意味もあるのだと話し、傍らの累音に問う。
「私達にとってはとても必要な願いだと思いませんか」
「……違いない」
 静かに答えた累音は知人達を思い浮かべて頷いた。そして二人は大切な友達に贈る為の蛙を手に取る。
 渡した時の笑顔が目に浮かぶと話した二人はそっと願いを込めた。
 参拝時、何を願ったのかと問う柊一郎にギルベルトは言う訳ねェと首を振った。
 けちくせぇ、と唇を尖らせた少年は自分は言えると胸を張る。
「俺は、な。これからもおまえにぎゅってできますようにって――な、な、俺の願い、いま叶えてくれる?」
「んだよ、それっぽっちの願いを今したのか。……しょうが無ェな」
 ギルベルトは呆れた様子を見せ乍も願われた通り、腕を広げた彼を抱き寄せた。
 幸せだ、と素直に笑う少年の傍でギルベルトはひそかに願う。
 ――願わくば、この温もりを離さぬようにと。
 境内の中、ラグナは問う。
「ところで千梨。俺はちびの頃カエルを捕まえる遊びが好きだったんだが……」
 神様はそんな俺にもご加護を下さるだろうか、と悩ましい表情を浮かべる彼女に千梨は大丈夫、と答えた。
「まあ、この機会に謝っておけば良い。何なら俺も一緒に謝ろう」
 お参りと一緒に謝ることで蛙を捕まえた過去は清算。
 そしてラグナは礼だと告げて身代わり蛙を差し出す。俺からも、と千梨はラグナへ自分の蛙を贈り返した。
 二人は交換しあった蛙を眺め、其々に笑みを浮かべる。
 大事にしてやってくれと、告げられた言葉に大きく頷いたラグナ。その笑顔と気合いを感じ取り、千梨は双眸を細めた。
 きっと、ラグナが元気でいれば蛙も無事でいられるはず。そんな風に思えた。
 賑わう祭りの奥。ささやかながらも大きな祈りが、此処に在る。
(「……どうか、いつまでも健やかに」)
 多くのヒトの在り方を見つめていられますように、と願ったルチルの傍らでは桃守が蛙達に労いの言葉を掛けていた。
「いつもおつかれさまで、ございます」
 自分もこんな風に人を助けられる存在になりたい。口に出さず、祈りを捧げば提燈の灯を浴びた蛙の眸が少しだけ光った気がした。
 願う少女達の思いを耳にした千笑は並ぶ蛙達を微笑ましそうに眺める。
「どれがいいかな。みんな表情豊かで可愛い!」
 そして、千笑は丸くてつぶらな瞳の蛙に手を伸ばす。次は露店へと歩き出す彼女の足取りは軽やかに、煌々と光る灯と賑わいへと向けられていた。
 下駄の音をからころ鳴らして地蔵と蛙にお参りへ。
 屈み込んで手を合わせた後、サヤは隣の夜散を呼ぶ。おてて貸してください、と言われるがままにした夜散の掌にちいさな身代わり蛙が乗せられた。
「サヤは万人の幸せを叶えることはできませんけれど、やちるが健やかであればよいと、願うのです」
「嗚呼、ありがとな。サヤが願ってくれるなら叶うだろ」
 はい、サヤもおてて貸して。そういって夜散は一回り大きな蛙を渡す。
 ――願いは、同じ。
 この後に巡る夜を共に過ごしたいと告げ、二人は賑わう燈の先へ踏み出した。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月2日
難度:易しい
参加:67人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 6
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