雲の峰どこまで伸びてゆくのだろ

作者:奏音秋里

 夏になると、まことしやかに囁かれる昔話。
 現れる入道雲が近付くヒトを呑み込み、そのまま帰ってこなくなるというのだ。
「えーっと……うん、この道だわ」
 そんな昔話の真相を探るためにやってきた、カメラマンの女性。
 地元の古老に聴いた話と地図を辿って、山道へと足を踏み入れた。
「これで私が遭難でもしたら、現代の話になっちゃうわね……」
 なーんて、ちょっと不吉なことを考える。
 きっと雷雨に降られて、前後を見失ったり滑落したりして命を落としたのだろう。
「よーいしょっと、とーちゃくっ!」
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 だが山頂で彼女を待っていてくれたのは、白髪の魔女。
 入道雲のようなカタチのドリームイーターが、ひたひたと歩きくるのだった。

「垂直方向に発達した雲。正式には積乱雲……あっ、済みません」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が、顔を上げる。
 なにやら図書館から借りてきたという天気の本に、夢中になっていたようだ。
「今回のドリームイーターは、入道雲を私達のサイズにして、手足をつけたような感じです。もこもこでぺたぺたと歩く姿には、少し卑怯な可愛いさをすら感じます」
 被害にあったのは女性だと、ナディア・ノヴァ(わすれなぐさ・e00787)が補足する。
 魔女に遭遇した山頂で、感情を奪われたときのまま倒れているらしい。
「皆さんにはまず、女性の安全を確保していただきたいのです」
 幸いにも、眼前には霊場がある。
 其処へ運んで事情を話せば、戦闘のあいだ保護しておいてくれるだろう。
「戦闘場所としても、そのお寺の門前を借りるのが最善でしょう。仁王門の前がとても広くて、戦闘にはもってこいです」
 ドリームイーターは、自分を信じていたり噂していたりするヒトに惹かれる性質を持つ。
 しっかりと人払いをしてから話題にすれば、一般人を巻き込む心配も少ない。
「攻撃は2種類。昔話のとおり口に放り込まれるか、己の一部を投げ付けてくるか、という感じのようです。どちらにも、バッドステータスが付いてきます」
 出会い頭に、ドリームイーターは自身の存在について問うてくるらしい。
 初撃は、答えられなかったり間違ったりした相手を狙ってくるようだ。
「山頂まではヘリオンでお送りしますので、女性の救出からあとのことはお任せします」
 ちなみに、霊場の標高は911メートル。
 暫し、涼しさに身を任せてきてもいいかも知れませんねと、セリカは微笑んだ。


参加者
ティアン・バ(ゆらめく・e00040)
四之宮・柚木(無知故の幸福・e00389)
ナディア・ノヴァ(わすれなぐさ・e00787)
ヴェルセア・エイムハーツ(ブージャム・e03134)
シャルロット・フレミス(蒼眼竜の竜姫・e05104)
梅虎・哀(白彪・e19457)
ヴィルベル・ルイーネ(綴りて候・e21840)
エトヴィン・コール(徒波・e23900)

■リプレイ

●壱
 山頂へ降りたケルベロス達は、3つの班に別れて行動を開始する。
「カメラマンか……好奇心が旺盛なのは結構だが、デウスエクスという人類への敵対者が実在する状況で噂を追ったり未知を求めるのはいささか危険が過ぎると思うんだが」
 四之宮・柚木(無知故の幸福・e00389)が、状態を確認してから被害者を抱きあげた。
 負担がかからないよう慎重にゆっくりと、女性を運ぶ。
「心を強く保てれば、好奇心を抑えることも可能なのだが」
「そうね。難しいことではないわ」
 護衛を担当する、ナディア・ノヴァ(わすれなぐさ・e00787)は青の瞳を伏せて述べた。
 シャルロット・フレミス(蒼眼竜の竜姫・e05104)も、ナディアの言に頷く。
 ナディアもシャルロットも、互いに負けず劣らずストイックなのだ。
「こんにちは。俺達はケルベロスだ。此方に女性を避難させるので、保護してもらいたい」
 納経所を訪ねて、ヴィルベル・ルイーネ(綴りて候・e21840)が申し出る。
 実は人見知りなのだけれども、被害者を救うためにも率先して話しかけた。
「デウスエクスを倒すために門前をお借りしたい。よろしく頼む」
 梅虎・哀(白彪・e19457)も、誠意を持って真剣に、協力を要請。
 寺の者達は快諾してくれ、女性も此処へ運び込めばよいと応えてくれた。
「アテにしてるゼ。ティアン、エトヴィン」
 声をかけて、ヴェルセア・エイムハーツ(ブージャム・e03134)は駐車場へと走る。
 仲間達を、特に2人を信頼しているから、この場を任せられた。
「はいはーいみんな注目! 僕らケルベロスだよー。いまからここにこわーい雲お化けが出るので、安全になるまでこの辺離れててね。折角楽しみに来てるとこ、ごめんね!」
 エトヴィン・コール(徒波・e23900)が、門前の一般人へ状況を説明する。
 大きく手を振って賑やかに、明るく元気に振る舞った。
「では……」
 許可と人払いを受け、ティアン・バ(ゆらめく・e00040)が門前の中心で殺気を放つ。
 仁王門よりなかに影響が出ないよう、範囲を調整した。
 間もなく、被害者を連れたメンバーが合流。
 全員で、ドリームイーターの噂話を始める。
「あつい時期は入道雲の季節。入道雲にのまれてかえってこない人の噂、きいたことある? 雲のむこう、あるいは雲をのぼった上、どこかへたどりついたなら夢もあるものだが」
「飲み込まれてしまったひとは、どこに消えてしまうんでしょうか? そのまま空の旅……なんて出来たら、お伽話みたいで楽しそうだけど。帰ってこれなくなっちゃうって考えたら、やっぱり怖いですよね」
「空高く聳えるさまが大入道のように見えるという、あれか?」
「包んでくる入道雲だっけ? 雲に包み込まれる感触は気になるねぇ。ふんわり包み込んでくれれば嬉しいけど、わたあめみたいにベタつかれたら嫌だね。俺は飲み込まないでくれると嬉しいな。あ、包まれたヒトはあとで感想教えてよ」
 切り出したティアンに哀が続き、ナディアとヴィルベルが話題を広げた。
「私も、できれば包まれたくはないものだな」
 敵の話題を我慢していた柚木も、女性の避難を終えて解禁する。
 わいわいがやがや、皆で入道雲の話をしていると。
「あ、現れたよ」
 シャルロットの視界の端に、ドリームイーターが映り込んだ。
「くもくも。もふもふ?」
 自分を指して、雲がなにごとかを訊ねる。
「お前が誰かっテ? あァ、知ってるゼ。白くてモコモコ。コットンキャンディーだロ?」
「ホントに入道雲だー! 入道雲に飲み込まれるって、聞くだけなら柔らかくて気持ちよさそうなのにねぇ」
 ヴェルセアの誤答と、エトヴィンは大笑い。
 ほかのメンバーも、ディフェンダーのティアンと哀を除いて、正解を口にした。

●弐
 標的となった哀とヴェルセアにティアンめがけて、白のもふもふが倒れてくる。
 重たくも硬くもないが、もふってぎゅ~ってぴりっと痺れた。
「やっぱりわたがしにも見えるな。ちょっとエト、かじりついてみてよ。甘ければ千切って持ってきて。それ袋に詰めてナディアにあげるから」
「ベルちゃん人使い荒いっぅわっ! んんん、煮ても焼いても食えないって味! クッションぐらいにはなるかもしれないけど、なっちゃん欲しい?」
「要らんわそんなもの! 黙って戦え!」
「叱られた! なっちゃんこわーい!」
「じゃあ枕にするのはどう?」
 ヴィルベルとエトヴィンの提案を、ナディアは声を荒げて一蹴する。
 冗談なのか本気なのか……ヴィルベルは、前衛陣の前へ雷の壁を構築した。
 捕まえようとする腕に噛みつきつつ、エトヴィンが刃を振るう。
「……可愛いな、確かに。だが、可愛くとも人を襲っていいはずはない。空に還れ」
 ナディアも、地獄化した指の炎で身を包み、己の戦闘能力を高めた。
「後ろに人を置いて戦うのは好きじゃねぇんだがナ」
 ぼそっと零して、攻性植物から黄金の果実を収穫するヴェルセア。
 防御を固めるために、前衛陣へ効果を重ねがける。
「そう言うな、ヴェルセア。同じディフェンダーとして、頼りにしている」
 隣に並ぶティアンは、縛霊手の祭壇から大量の紙兵を散布。
 複数名ダメージを受けているから、皆をヒールできるグラビティを選択した。
「そんなもんカ?」
「そんなもん」
 ヴェルセアとティアンは、口には出さないが友人のような関係である。
「油断するつもりはないが……なんというか気の抜ける相手だな」
 柚木も、収穫形態の攻性植物に実った黄金の果実を前衛陣へと贈った。
 これでバッドステータス耐性が、4つ重複したことになる。
「もしやそれが狙いか? その手には乗らぬ」
 感情を抑えて、柚木は眼光鋭くドリームイーターを見据えた。
「わ。ほんとに雲から手足が。雲人間だ」
 ローラーダッシュの摩擦で熾きた炎を、哀はエアシューズに纏わせる。
「歩くんだ。空飛んで移動しないんだ……」
 ドリームイーターの脇腹を、激しく蹴り込んだ。
 新たな発見をしたようで、哀はちょっと嬉しくなる。
「私は、貴様などに負けない」
 鋼の鬼と化したオウガメタルで覆った拳を、シャルロットが頭上から振り下ろした。

●参
 ふらふらしながらも、ドリームイーターが攻撃を止めることはない。
 今度はナディアを、呑み込もうとしてくる。
「姐さん、ここは俺に任せてください」
 精神を研ぎ澄ませて、電光石火の蹴りで雲のなかの牙を受け止める哀。
 いまは未だ頼りないかも知れないけれども、感謝と尊敬の念を行動で示していく。
「助かったよ、哀。しかし、雲というからには、あの身体を形成するのは水滴か氷の粒。ならば炎で蒸発させてやろう」
 語らずとも気持ちを受け取り、ナディアは笑んだ。
 ガトリングガンから連射する弾丸には、爆炎の魔力が籠められている。
「空にない雲は、雲って呼べるのだろうか。当人……当雲? に訊いたら教えてくれるかな? まぁ喋るかは知らないけど……咲き誇り、散り誇れ」
 ヴィルベルの召還する万花の精霊が、数多の黒薔薇を創造し、一面に咲き誇らせた。
 伸びる蔦がドリームイーターの脚へと絡みつき、棘を刺して拘束する。
「竜の羽ばたきの如く、敵を圧倒し、翼風とともに散れ!」
 全身に蒼眼竜のオーラを纏えば、高速での移動が可能になるシャルロット。
 フェイントを入れつつ、翼戟を繰り返した。
「急ゲ、急ゲ、急いで返セ――その身が未だ動くうチ」
 金貨の眼を持つ女神の口吻は、ドリームイーターに並々ならぬ痛みを貸し付ける。
 喰らわせる傷の分だけ、ヴェルセアは体力を吸収した。
「いまここに武士(もののふ)集いて戦に挑む――照覧あれ!」
 奉げる舞いを媒介として、戦の神からの加護を味方へと与える。
 柚木はバッドステータスの脅威を計算して、計画的に仲間達を回復させていた。
「断て、裁て、絶て」
 2本の日本刀を構えて、静かに精神を集中させるエトヴィン。
 触れるあらゆる命を奪うために、刃は振るわれる。
「君の、首を、もらう」
 ドリームイーターの頭上空中へ転移したティアンは、下を向いた刃に立った。
 構成する呪文の輝きが、そのまま首許へと落下。
 宣言どおり、その首を斬り落としたのだった。

●肆
 幾度か深呼吸をして、呼吸を整えるケルベロス達。
 周囲を見渡し、被害状況を確認する。
「舞え」
 ナディアの言葉で生まれた小さな青い花が、戦場を覆い尽くした。
「お疲れさまでした、姐さん――梅よ、花笑め。そして散れ」
 哀が刀を一振りして咲いた梅の花は、二振りすれば組長の傷を優しく撫で癒す。
 総てのヒールを済ませてから、一行は預けていた女性のもとへと向かった。
「気が付いていたか。女性を保護してくれて、感謝する」
 代表して柚木が、霊場の者達へと丁寧に頭を下げる。
「大人しくエアコンの効いた部屋で涼んでいりゃあよかったんダ。このクソ暑い時期に山に登ろうなんて物好きナ」
 とは言いながらも、ヴェルセアは被害者の状態を改めて確認してやった。
「俺達はケルベロスだ。あんたも災難だったね」
 女性に名乗り、事情を説明するヴィルベル。
「じゃあ僕、みんなに安全になったよって伝えてくるね!」
 納経所を出て、エトヴィンはぶんぶんと大きな声で呼びかける。
「無事に終わってよかった」
 シャルロットも、平和な時間を噛みしめた。
「ついでだし、なにか手伝えることはないか?」
「あ、じゃあ私も」
 柚木とシャルロットの言葉に、寺の者達は喜んで箒を差し出す。
「はー、それにしても本当、涼しいねここ。もう下山したくないなあ。しみじみ思う、夏嫌い。此処でたっぷり涼しさを堪能して、元気チャージしなきゃ!」
 境内の椅子に座り、エトヴィンはんーっと背伸びをした。
「本当に……風が、きもちいいな。すずしい……あの昔話は、真実が雷雨のなかでの死だとして、雲をのぼった上の天国にいくなら、あながちまちがってもいない、か」
 同じ机に着くティアンは、山にはあまり縁がなくて、のんびりするのは初めて。
(「この涼しさが続きますように……」)
 ぶらぶらと歩き、お参りをすれば、澄み冷えた空気にヴィルベルの心も清められる。
(「門前を貸してくれてありがとう。どうか荒れませんように……」)
 自然と背筋も伸びて、ナディアもともに、これからの天気を願った。
「失礼します、姐さん。霊場について、教えて欲しいことがあるのですが……」
 哀は普段どおり、疑問をぶつける。
「俺も、訊きたいことがあル。ニュウドウってなんダ?」
 いつの間にかヴェルセアも混じって、勉強会が始まるのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 1
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