●風邪ひき少女の悪夢
嫌いだとしても、時には受け入れ無くてはいけない事がある。だが、それを受け入れられないのが子供なのだ。
「いやぁぁぁぁぁ!」
少女は悲鳴を上げながら、イヤイヤと首を横に振った。
彼女の目の前には一本のスプーン。なみなみと満ちているのは、茶色い甘い様な苦い様な香りのする液体だ。
これの正体は薬、風邪薬だ。小児用のそれほど苦くないシロップなのだが、彼女にとっては苦くて嫌な物なのだろう。全力で拒否している。
そして、振り回した右手がスプーンを弾いてしまった。宙を回転しながらスプーンは落下する。中身は当然、布団の上に零れ、スプーンは床に当たってカランと乾いた音を立てた。その瞬間、周りの空気が変わった。
ピリピリとした誰かが怒っている様な雰囲気に気が付いた少女は、スプーンを持っていた相手……母親だと思っていた者を見つめた。
見る見るうちに自分と同じ背丈に縮み、頭には縦長の耳が生え、尻尾が生える。
耳と尻尾が生えたナース服姿の女の子へと姿を変えていた。その女の子に少女は見覚えがあった。
「え、えっ? ラーナスちゃん?」
家の近所にある薬局のマスコットキャラクター。ウサギの耳と尻尾を持つナースだから、ラーナス。
そのラーナスが救急箱を持って、自分を睨みつけてくる。
「お薬、飲まなかったね」
「え?」
「悪い子、悪い子」
ブツブツと何かを呟きながら、ラーナスは救急箱の金具をいじり始めた。
「悪い子にはお仕置きだー!」
パカリと開いた救急箱から大きなカプセルが飛び出して来た。反射的に目を閉じたその時。
「にゃっ!?」
目が覚めた。体を起こし、ラーナスが居ない事を確認してホッと息を吐く。
「夢? そっか、そうだよねー」
だが、少女は気が付かなかった、視界が陰った事に。次の瞬間、少女の胸が重い音と共に鍵の様な物で貫かれた。
「ふふっ、あなたの『驚き』は新鮮ね。私のモザイクは晴れないけれども」
鍵の様な物が引き抜かれ、声の主は笑いながら消えていく。その場に残されたのは、倒れた少女とウサギの耳と尻尾を持つナース姿の女の子だった。
●ファーマシーマスコットを退治せよ
「あー、小さい子は苦手っすよねぇ、薬とか」
うんうんと頷いた黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)にリネ・アステラ(砂漠の燈・e37250)は首を傾げた。
「どうしたの?」
「あ、リネさん。えーと、前に言ってたっすよね? 薬局の店頭マスコットが襲いかかって来る夢がドリームイーターになるかもって」
「うん、言ったね」
頷いたリネにダンテは苦笑した。
「それが本当になってしまったっすよ。薬嫌いの少女が薬局のマスコットに襲われる夢を見て、その『驚き』をケリュネイアに奪われ、ドリームイーターが生まれたっす。毎度のごとくケリュネイアはもう何処かへ行ったみたいっすね。生まれたドリームイーターが事件を起こす前に、倒して欲しいっす」
資料を机の上に広げたダンテは、一枚一枚手に取って読み上げ始めた。
「ドリームイーターの数は一体のみ、配下は居ないっす。こいつは深夜、少女の家の近所を徘徊しては、人を襲うっす。が、薬を粗末にする、悪口を言った奴を優先して襲ってくるんで、利用しておびき寄せる事もできるかもしれないっす。念のため、人払いはしておいた方がいいっすよ」
「粗末にするのはわかるけど、悪口って例えば?」
「そうっすねー、苦いから嫌いとかそんな辺りっすかね。子供の悪口レベルっす。見た目は……あー、二頭身のフィギュアを子供と同じくらい大きくした感じっす。アニメのキャラクターみたいな。攻撃手段は、薬箱からカプセルや相手のトラウマを取り出してくるっすね。カプセルは二種類あって一つはしびれ薬、もう一つは毒っす、どちらも投げてくるんで気を付けて下さいっす。あ、元になったキャラクターの名前はラーナスって言うっす」
トントンと元になったマスコットの写真を指さし、そんなところっすねとダンテは資料を置いた。
「少女の風は治りかけていて、もうすぐ学校にも復帰できるはずだったっす。なのに眠ったままなんて、もったいないっすよね?」
「もちろん、助けるよ。きっと、外で遊びたいだろうし」
笑顔で頷いたリネにダンテも笑顔になる。
「あ、でも、一つツッコんでいい?」
「? 何すっか?」
「フィギュアみたいなマスコットを置いて、この薬局は何処を目指してるのかな?」
吹き出したダンテはそのまま、わからないっすと答えたのだった。
参加者 | |
---|---|
八代・社(ヴァンガード・e00037) |
眞月・戒李(ストレイダンス・e00383) |
星河・湊音(燃え盛りし紅炎の華・e05116) |
メアリベル・マリス(グースハンプス・e05959) |
リヒト・セレーネ(玉兎・e07921) |
フィアールカ・ツヴェターエヴァ(アルマースコースチ・e15338) |
シェネ・リリアック(迷える子悪魔・e30306) |
リネ・アステラ(砂漠の燈・e37250) |
●悪い子何処だ?
昼間と違って肌寒さと湿気の漂う真夜中。年齢も性別も様々ケルベロス達が、各々灯りを身に着け、サーヴァント達を引き連れて人気の無い通りを歩いていた。殺界形成をしているからか、さらに人気が無い。
彼らから近所迷惑にならない程度に聞こえてくるのは、薬の悪口だった。
「カプセルや錠剤って飲み込む時、何か引っ掛かった感じがするから苦手なんだよね。だから薬なんて飲みたくないよ!」
そう言ってげんなりとした表情を浮かべたのは星河・湊音(燃え盛りし紅炎の華・e05116)だ。その様子から心底、薬が嫌いだとわかる。
「あ、わかるよ、それ。錠剤は確かに飲みにくいよね。一個だけじゃなくて何種類も飲まなくちゃいけない時もあるし、あと毎日決まった時間に、何回も飲まなきゃいけないし面倒くさい」
それに同意したのはリヒト・セレーネ(玉兎・e07921)だ。眉間にしわを寄せ、口を尖らせている。
「それなら、メアリだっておくすり嫌いよ。だって苦くてまずいんだもの、どうせなら甘いシロップがいいわ」
ビハインドのママに手を引かれたメアリベル・マリス(グースハンプス・e05959)が、プクリと頬を膨らませた。
「それはボクも思うけど、うーん、シロップならもっと美味しい感じにすればいいのにね。子供用の飲み薬、甘すぎる上に色が毒々しくてキライだったよ。で、途中で飲むのが嫌になって大抵余る、からの、廃棄コース! あれ、もう少し何とかならないかなー。お菓子みたいな感じとか、本物っぽいフルーツ味とか」
うんうんと一人頷いているのはリネ・アステラ(砂漠の燈・e37250)だ。そんな彼女を見つめ、微笑んだシェネ・リリアック(迷える子悪魔・e30306)は頷いた。
「それなら、小さな子でも喜んで飲んでくれそうだねー……ほら、錠剤もだけど、粉薬って飲みにくいよねー……。小さな子が飲んでくれなくて……困っちゃうお母さんとか多いみたい……。苦いのはシェネちゃんも……苦手かなって……」
「まぁ、そういうもんだよね。大人だって粉薬が飲めない人もいるし、薬なんて苦くて不味いだけなんだから、そりゃ飲みたくないよね。飲まないでいても意外と自然治癒力で治ったりするし、昔はよく飲んだフリして、後でこっそり捨てたりしたよ」
フッと遠い目をして眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)は笑った。
「そこは飲まないといけないんじゃ……? お薬かー、私はあんまりお世話にならないけど、おじいちゃんとおばあちゃんは、飲んでから期待したタイミングで効かない、ってよく愚痴ってるよー」
フィアールカ・ツヴェターエヴァ(アルマースコースチ・e15338)が首を傾げた後、ニコニコと笑いだす。だが、足元がよく見えなかったのか、ミミックのスームカを蹴っ飛ばしてしまい、怒るスームカに平謝りを始めた。
「そもそも、薬に頼らなきゃならない状態ってのが、既にダメだ」
腕を組んだ八代・社(ヴァンガード・e00037)がため息を吐いた。
「飲まないに越したことはないし、しっかり体調を整えておけば必要になることもないだろうからな。おれは薬なんかなくても生きていけるって本気で思ってるぜ。大体、ここ何年も使ったことねえしな」
等々、薬の話をしながらケルベロス達が使われていない駐車場へとさしかかった時だ。
「悪い子何処かな? 悪い子誰かな?」
年少組とは違う、幼い少女の声がした。背後からした声に全員が振り返ると、ウサギの耳と尻尾を生やしたナース姿の少女が立っている。
しかし、それは子供と同じくらいの大きさの二頭身フィギュアだった。救急箱を持ち、笑顔を浮かべた姿は資料にあったラーナスそのもの。
間違いない、彼女が探していたドリームイーターだ。
●ラーナスのお仕置き
ケルベロス達が駐車場に広がり、戦闘態勢をとるとラーナスは順繰りに見回すと目を細めた。
「みんな悪い子、お薬飲まない、悪口を言う悪い子だ!」
そう言うとラーナスは、救急箱からモヤモヤとした何かを取り出し、それを投げつける。投げつけられたリヒトは避けきれずにあたってしまった。
ガツンとした衝撃に視線を上へと向けると、そこには鬼の形相で睨みつける祖父の姿があった。
「まったく、勝手に書庫の本を持ち出しおって! お前達にはまだ早いと言っておるだろうが!」
「うわわわ、ごめんなさい……!」
反射的に謝るも、後ずさってしまう。
「トラウマ、か……何を見てんのかこっちからじゃ、わかんねぇのが難点……か?」
実際、社には突然、彼が謝りだした様にしか見えなかった。
正直に言うとそんな目には遭いたくない。ならば早期決着を目指すべきか。
『穿て』
予備動作を行い、銃を突きながら撃つ。放たれた弾がラーナスの右脇腹をかすめた。
ラーナスが避けようと左にそれたのだが、それでも反応しきれずかすめた様だ。
そこへ畳み掛けるように、戒李が距離を詰め、ラーナスへと重い一撃を食らわせる。
後方へ飛ばされるが、踏みとどまったのか転倒する事は無かった。
幾分か冷静になったリヒトは、祖父から視線を外しつつ、まじまじとラーナスを見つめ首を傾げた。
「やっぱり、普通のウサギの方が可愛かったんじゃ……」
フィギュアの良さは彼にはわからなかった様だ。聞こえたのかラーナスは頬を膨らませている。
「さて、人を傷付ける子こそ、お仕置きだよ!」
杖から発せられた雷が前衛組を守る壁となって現れた。すぐに消えた壁の代わりに雷が仲間を包んでいる。
「ママ、おねがい!」
その声を合図に、ビハインドは落ちている石を浮かせ、ラーナスへと飛ばし、それに合わせてメアリベルも武器から弾丸を放つが、軽々と避けられてしまった。
「こんな形でおしおきされるのはごめんだね! ……薬を飲まないのはよくないけど。まぁ、動きを抑えた方がいい感じかな?」
湊音から伸びた黒い液体がラーナスを捕えるが、抵抗のすえ逃げられてしまう。
そこへ跳躍からの急降下してきたフィアールカが降って来る。それは僅差で避けられた。
「スームカ、噛みついて!」
主人の声に反応したスームカは、トテトテと駆けてラーナスの足に噛み付いた。悲鳴を上げたラーナスは足を振り、スームカをあらぬ方向へと飛ばしてしまった。
「痛いのないない……しましょうね……」
シェネは桃色の霧をリヒトへと飛ばす、はっとした彼は辺りを見回すとあ、幻かと安堵した。
「噂のラーナスって君だよね? はろー」
リネはどこか敵意の滲んだ笑顔をラーナスに向け、ヒラヒラと手を振った。そのままカプセルを投げつける。避けたラーナスはマネっこしたーと呟き、彼女を睨みつける。
二人の間に何故か火花が散っていた。
●トラウマを乗り越えて
それからは一進一退だった。ケルベロス達が連携してラーナスを追い詰めようとすれば、カプセルを投げてラーナスも巻き返す、そんな流れが続いた。
「うわぁぁぁっ!? 何あれ! サボテンが襲ってくる……うぁ、刺さないでぇぇ!」
リネがトラウマにかかったり、庇った方が毒薬やしびれ薬を浴びてしまったりとあったが、何とかこちらが優勢な状態に持ち込んだ。
ボロボロになったラーナスは、ヒビが入った救急箱からモヤモヤとした何かを取り出して、フィアールカへと投げた。
「え?」
衝撃の後、目の前に現れたのは、腹から血塗れになって崩れ落ちる女と、それを冷たい目で見る女だった。
「ママ……? なんで、なんで、お腹から真っ二つになってるの……?」
自分にそっくりな彼女達を見つめる自分の視線はどこか不安定で、とてもとても遠かった。あぁ、そうだ、これは過去だ。どうにもならない過ぎ去った光景。
そしてこれは今じゃない、まやかしだ。
『おやすみなさい』
駆け出し幻の向こうのラーナスへ、襲いかかる。鞭のようにしなる拳と蹴りからの組付き、締めの手刀は救急箱で防がれ、致命傷には至らなかった。
ラーナスは抜け出して距離を取る。フィアールカはその場にへたりこんだ。その瞬間、桃色の霧が包み込んだ。
「……大丈夫ー?」
彼女が心配そうに覗き込んでくる。それに何とか笑って頷いた。
今だに攻撃を避けるサーナスを見つめ、戒李は口を開く。
「それじゃ、ボク達からとびっきりのお薬をあげようか。ヤシロ」
「オーケイ。処方箋は……出来てるみてぇだな」
ただ一言、視線と共に投げかけると彼は首の骨を鳴らし、口角を上げて答えた。サーナスへ視線を向け、一気に距離を詰める。
『藻掻け』
左足からほどけた青い炎がラーナスをからめ取り、ジワジワと締め上げる。ラーナスが抜け出そうと暴れるたびに更に締まり、その自由は失われていった。
一拍置いて駆け出した社が追い付いてくるのを、ギリギリまで待ち彼に進路を譲る。
彼女を追い越し、勢いを殺さぬまま弾を撃つ。ありったけの弾を、敵を追い越すまで撃ち続けた。靴底から火花を散らして彼は止まる。
「死ぬほど痛いけどよく効くからね。たっぷり味わって」
「お大事に」
二人が同時に言った瞬間、ラーナスが断末魔を上げて消滅したのだった。
●薬嫌いの少女と頑張る約束
少女の様子が気になる組が、部屋に忍び込むのと同時に少女が目を覚ました。
視線が合い、気まずい沈黙がその場を支配する。少女が声を上げようとするのを止めたのは湊音だった。
「わー、待って、待って。ボク達、怪しいものじゃないから!」
「でも、ドロボーは皆そう言うんだって、お母さん言ってた」
「泥棒でもないから!」
何とか話を聞いてもらうも、少女は半信半疑でよくわかっていない様だった。布団がめくれていたせいか、少女は咳き込み始める。
「あらー……体が冷えちゃったかなー……? お薬、飲んだ方がいいかなー……」
「やだ!」
シェネが薬の事を言ったとたん、少女はそっぽを向いた。反応の速さに全員が苦笑する。
余程、薬が嫌いな様だ。
「あのね、メアリもおくすりは嫌い。だから、あなたの気持ちはわかるわ。でもね、がんばって飲んだらママがえらい子ねって頭をなでて褒めてくれるの、あなたもそうじゃなかった? がんばっておくすりを飲んだらみんな優しくしてくれたでしょ」
目をじっと見てメアリベルが問うと、少女は目を泳がせ、口をつぐんでしまう。
「おかーさんは……アナタの事が大好きだからお薬を飲ませるんだよー……。だから……今度は頑張って飲んでみよーね……」
頭を撫でられると少女はゆっくりとだが、頷いた。
「ほら、ね。辛い事を乗り越えたぶん、何倍もいい事が待ってるの。だからあなたもがんばりましょ、メアリとのお約束よ」
「うん!」
差し出された小指を絡めて、指切りをする二人はどちらも笑顔だった。
駐車場へ戻る道すがら、片付けを終えた仲間と合流した。少女の安否を伝えると皆、安堵し和やかな雰囲気になる。少しだけ賑やかになった彼らの帰還を、青に変わりつつある空が見守っていた。
作者:白黒ねねこ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年8月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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