甘くやわらかな

作者:大亀万世

 夏らしい熱気に包まれた広場の中央にはやぐらが組まれ、長く伸びる参道は屋台を立てるために、等間隔に印がつけられている。
 祭りを控えたその広場を見下ろしていたレディ・バタフライは、背後に控える螺旋忍者へ振り返る。
「あなた達に使命を与えます。この町に、金魚絵師という金魚の絵を描く事を生業としている人間が居るようです。その人間と接触し、その仕事内容を確認・可能ならば習得した後、殺害しなさい。グラビティ・チェインは略奪してもしなくても構わないわ」
 ミス・バタフライの言葉に、男の螺旋忍者が頷く。
「了解しました、ミス・バタフライ。一見、意味の無いこの事件も、巡り巡って、地球の支配権を大きく揺るがす事になるのでしょう」
 音もなく消える螺旋忍者を見送り、満足そうにミス・バタフライも姿を消すのだった。
「レディ・バタフライの活動が察知されました」
 アイリス・フロストが、メモ用紙を確認しながらケルベロス達に伝える。
「スズネ・シライシ(千里渡る馥郁の音色・e21567)さんの警戒していた通り、狙われたのは飴細工の職人さんです。飴細工……ご存知ですよね?」
 加熱した飴を動物や花など、様々な形に作り上げるお祭りには欠かせない伝統的技術。
 近年は海外からの旅行者にも人気で、実演に人だかりができることもある。
「螺旋忍軍が現れるのは3日後、それまでに職人さんの技術を習得出来れば、彼らを油断させて分断したりもできるはずです」
 職人を螺旋忍軍が現れる前に逃がしてしまったりすると、他の所で事件を起こす可能性が高く、それを防ぐのは難しい。
 しかし、ケルベロスが技術を習得すれば職人の弟子として、囮になる事もできるだろう。
「職人さんのお店は大きな神社の近くで、すぐ裏には人気の無い森が広がっています」
 一応神社の敷地ではあるのだが、遊歩道なども無いので訪れる人はほぼいない。
「お店への被害も気になりますし、上手く理由を作って外で決着をつけたいですね」
 何時も後継者を探しているらしい職人は、事情を説明すれば弟子入りは可能だろう。
「敵の情報ですが、予知によれば……」
 襲撃してくる螺旋忍軍は、刀を使う男と特殊なブーツを使う女の2人である。
 2人同時に相手をする事になれば、容易くは勝てないだろう。
「伝統の技術を守るため、お祭りで楽しみにしている人の為、皆さんの力でこの螺旋忍者を撃退してください」
 ヘリオライダーからの情報をすべて伝えると、アイリスはそう言ってケルロスと共に現場へと向かうのだった。


参加者
パティ・パンプキン(ハロウィンの魔女っ娘・e00506)
日生・遥彼(日より生まれ出で遥か彼方まで・e03843)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
スズネ・シライシ(千里渡る馥郁の音色・e21567)
ドクトル・モリモト(根無し草・e23163)
灯紀・玖魂(ヴァーバルソード・e26307)
宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)
ブラット・ライン(黄衣の邪神の加護・e36237)

■リプレイ


 真夏のうだるような空気を、森を抜けて吹く風が何処かに運んでいく。
 神社を囲む森を背に、小さな飴細工の店がのれんを出していた。
「ふむ、今度の職業体験ツアーは飴細工職人なのじゃ。 何だか、バタフライエフェクトとか言われておるようじゃが、あたし達が色々な職業を体験して逆にどんどんレベルアップしている気がするのう」
 のれんを見上げながら、ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)が首をかしげる。
「パティにも教えて欲しいのだ!」
 元気よく暖簾をくぐって、パティ・パンプキン(ハロウィンの魔女っ娘・e00506)が店の中に入っていく。
「おっと……元気だねぇ」
 糸のような目をさらに細めて、入ってきたケルベロスを見回す店主の手元には、透き通ったヒマワリの飴細工。
「まさに芸術ね……こんなに綺麗で食べる事も出来るなんて不思議」
 慣れているらしく見られていても淀みなく作り出されていくヒマワリに、スズネ・シライシ(千里渡る馥郁の音色・e21567)も思わず見入る。
「わぁ、本当にきれいですね」
「飴細工って綺麗よねぇ……」
 出来立てのヒマワリの細工に、ブラット・ライン(黄衣の邪神の加護・e36237)も、日生・遥彼(日より生まれ出で遥か彼方まで・e03843)も興味津々と言った様子だ。
「それであんたら、いったい何の用だい?」
「実は……」
 ウィゼが店主が螺旋忍軍に狙われていること、それを逆手にとって撃退するために飴細工の修行をさせて欲しいと伝える。
「話は分かったが、全員はうちの店じゃ……」
「そこは大丈夫です。お店の裏をお借りしていますので」
 アイリス・フロスト(シャドウエルフの刀剣士・en0254)が、不審そうな顔の店主の手を引いて店の裏手に回ってみれば、森の中の少し開けた場所に、椅子やテーブルが持ち込まれ簡易的な作業場の様になっていた。
「みなさん、飴細工興味があったんですよ」
 ウィゼの巣を用いて森の中に作られた簡易作業場で、修業を始めたケルベロス達は一心に甘い飴を見つめていた。
「修行は、こうした細かい作業は手先の修練にもなる」
 宮口・双牙(軍服を着た金狼・e35290)は、細かな細工に夢中で取り組む。
「やー器用だねぇ。僕なんてまだまだかな」
 にこにこと笑いながら、灯紀・玖魂(ヴァーバルソード・e26307)は、基本的な団扇型の飴を繰り返し作っている。
(「うちの旅団の子達は皆お菓子が大好きだし、折角だから技術を確りと学んで、ケーキの上とかに飾ったりして…ふふ、喜んでくれるかしら♪」)
 帰りを待つ仲間の顔を思い浮かべながら遥彼が、飴を捏ねる。
「……アイリスちゃんもやってみる?」
「はい!」
 目の前で姿を変える飴をじーっと見ていたアイリスは、遥彼の誘いに頷くと分けてもらった飴を何かを作ろうと弄り出す。
「こっちが蝙蝠でこっちが南瓜、そしてこれはジャックなのだ♪」
 店主に手伝ってもらいながら、持ち前の器用さでパティが飴を細工する。
「なるほど、羽のように薄い所はこうするのね」
 スズネも店主のやり方をメモしたり、自分で真似てみたりと熱心だ。
「……今作っているのは、金魚?」
「夏っぽいから出来たら素敵じゃない?」
 ドクトル・モリモト(根無し草・e23163)がのぞき込むスズネの手元には、赤い色の飴がまだ不格好ながらも魚のように伸ばされている。
 形を作る前に冷えて固まってしまう者、速さの加減がわからずくたっと萎れてしまう物、失敗作を口に入れる者。
 それぞれに悪戦苦闘しながら、ケルベロスは腕を磨いていくのだった。


「ここか……頼もう」
 そして3日後、夏だというのに上着まで着込んだスーツ姿の2人が、飴細工の店を訪れた。
 店の中には飴細工のサンプルが並び、ガラス細工のようにキラキラと輝いている。
「いらっしゃいませー。お買い物ですか?」
 すっかり店の者ですと言う顔をして、ブラットが出迎える。
「ここの店主にお会いしたい。ぜひわれらを弟子にしてほしいのだ」
「あ、店主さんにご用事ですか。少々お待ちください」
 作業場へと引っ込んだブラットに代わり、双牙が睨むように2人を見回す。
「師匠も忙しい。ある程度の段階までは、俺達と修行して貰おう」
「貴方が店主のような技量を持っているというのか?」
「あら、最初から御師さまの手解きが受けられると思って?」
 店の外から姿を見せたスズネが、美しい小鳥の形に整えた飴細工を2人に見せつける。
「弟子がこれ程の腕前なら……」
「うむ、ではあなた達でも構わない。その作り方を教えてほしい」
 双牙達に促され作業場へと移動する2人の螺旋忍軍だったが、もともと店主1人で使っていたそこは、全員が入るには狭すぎた。
「この人数の弟子がいてここだと修行できないから……」
「……こっちだ」
 困った風を装って遥彼が言うと、双牙が女を店の裏手へと誘導する。
「それでは、こちらはまず飴細工の歴史から……」
 女を連れてケルベロス達が出ていき店に残された男は、語り始めたブラットの説明に聞き入るのだった。
 彼らの向かう店の裏手には、ケルベロス達が修行していた作業場がそのまま残され、置かれた椅子に玖魂が腰かけて待っていた。
「やぁ、元同業者さん。げんきー? 僕は元気だったよ」
「なに?」
 笑顔のまま手を振る玖魂の手に光る螺旋手裏剣に、女は表情を変えブーツからは鋭い刃が飛び出す。
「君達も大変だね。蝶々夫人なんかの良く解らない命令で動いているなんて……おっと、未婚の女性にミセスは失礼だったかな」
「貴様ぁ!」
 火花を散らして繰り出される女のブーツ、だが素早く割り込むドクトルが受け止め、背後に展開した重火器から絶え間ない銃撃を浴びせかける。
「……脚を使うのは俺も得意でな」
 双牙の鋭い回し蹴りが、足を止めた女の背中へ突き刺さる。
「早く仕留めてしまわんとな」
 螺旋忍者を取り囲むケルベロス達を守るように、ヴィゼのヒールドローンが展開し、それに紛れて玖魂が回し蹴りを叩きこむ。
「合わせますっ!」
「……ふふ、共同作業、ね?」
 スズネが星形のオーラをブーツで敵に蹴り込み、遥彼の元から跳び出した黒い槍に貫かれると、女は為す術もなく散っていった。
「みんな遅いから、私たちも向こうに行くのだ!」
 一方その頃、頃合いを図ったパティが残った男を連れて作業場へと向かう。
「座学と交代ですか……む?」
 だが、たどり着いた作業場に女の姿はなく、ケルベロス達だけが待ち構えている。
「丁度よかったみたいですね」
 異変に気付いた螺旋忍軍が刀を引き抜くとほぼ同時に、ブラットが炎を纏う後ろ回し蹴りを放つ。
「貴様らっ!?」
「はい、ケルベロスだったのです」
 辛うじてブラットの蹴りを受け止めた男を、アイリスが雷を帯びる突きを放って広場へと押し込む。
「お菓子をくれぬなら……お主の魂、悪戯するのだ!」
 パティの合図とともに、封印箱に潜り込んだボクスドラゴンのジャックが、体当たりでさらに追い打ちをかける。
「捉えた」
 ケルベロスの輪の中に捕らえられた螺旋忍者を、ドクトルの放つレーザーが次々と貫いていく。
『閃く手刀に紅炎灯し、肉斬り骨断つ牙と成す! ……受けろ! 閃・紅・断・牙―Violent Fang―!』
 地獄化した双牙の手刀が振り抜かれ、燃える様な一撃が螺旋忍者を切り裂き、よろめいた瞬間を狙って玖魂がその体を爆発させる。
「これであなたもお終いね」
 流れるような連携から、稲妻を纏い繰り出されるスズネの白槍によって、螺旋忍者は動きを止め、消え去っていくのだった。


「案外うまくいくものだ」
「やぁやぁこれはいい出来だ」
 双牙は茶色のたれ耳ウサギを、玖魂は涼しげな風鈴を模した飴細工をと、わいわいとケルベロス達は自分の作品を見せ合う。
「やったのだー!」
「俺ので良かったのかい、みんな上手にできるようになったのに。ほれ、嬢ちゃんもいい出来だぜ?」
 自分とジャックを店主に作ってもらったパティはそれを両手に持ってはしゃぎ、ドクトルも飴細工を褒められ嬉しそうにしまい込む。
 そして、スズネは自信作の金魚の飴細工を丁寧にラッピングしていると、皆の飴細工をじーっと見つめるアイリス。
「……アイリスちゃん、食べる?」
「良いんですか!」
「うちの子達には改めて作ってあげたいし、目の前で瞳を輝かせてるのを見たら、ね?」
 戦闘中の恐ろしさからは打って変わり、優しく微笑む遥彼に貰った飴をアイリスは嬉しそうに舐める。
「折角ですから、お祭りも見ていきませんか?」
 店主の飴細工はこれからも、沢山の人を笑顔にしていくことだろうと確信しながら、ブラットに誘われケルベロス達は店を後にするのだった。

作者:大亀万世 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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