●夜闇に灯る
集落も駅も遥か彼方。そんな人気の無い山中に1台の車が留まり、中からスーツをきちっと着た女性が降りてきた。
「ここが例の場所か」
視線の先に広がるのは、ただただ、黒一色。だが女性は納得したように『ふむ』と呟き、取り出した懐中電灯のスイッチを入れ、闇へと向けた。
――朱。
照らされ浮かび上がったのは、道の両脇でかさかさと揺れる無数の鬼灯だった。
昼間であれば、青々とした緑の下で揺れる橙が見られたのだろう。だが今は、その色を不気味な色に落としていた。
女性は一瞬息を呑んだようだが、ポケットからボイスレコーダーを取り出し、録音スイッチを入れると語り始める。
「19時。話に聞いた場所へ到着した。そこは事前に聞いていた通りの場所で、夜闇の中に鬼灯が灯っているように見える。このような場所だ。『鬼灯が灯る夏の夜、亡霊が現れ、人を化かし襲う』と囁かれるのも納得だな」
だが、そんな噂が囁かれるようになったのは、何故だろう。
暗闇の中で揺れる朱が不気味だからか。盆、先祖を迎え入れる為にと盆棚や仏壇に飾る風習から、死を連想したのか。
「何にせよ徹底的に調べて、明らかにしてみせる。これは怪異掲示板の管理人としてだけではなく、私個人の願望と、興味だ」
そう言ってボイスレコーダーのスイッチを切り――背後からの衝撃に目を見開いた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
「だ、」
誰だ。
まさか。
「ぼう、れ――」
ボイスレコーダーが落ちた。女性が倒れる。『魔女』が笑う。そして『亡霊』が生まれた。
●輝血灯
「百鬼。君の予感が当たったよ」
「はら、当たってしもたん。鬼灯の」
百鬼・神酒(一花心・e29368)の言葉に、ラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)が頷く。
『鬼灯が灯る夏の夜、亡霊が現れ、人を化かし襲う』という噂がインターネット上で囁かれていたのだが、それに興味を抱き、調査に赴いた怪異専門の掲示板管理人がいる。その噂が現実となったのだが――。
「本物の亡霊相手なら『どうしたものか』と困る話だけど、相手は亡霊じゃなくて、ドリームイーターでね」
「ああ……『それ』なら、わしらの手で『どうにかできる』話じゃな」
掲示板管理人である女性を襲ったドリームイーターは、忽然と姿を消している。
だが、興味から生まれたドリームイーターはまだ現場にいる為、今から向かえば、敵が最初の標的を得る前の接触が可能だ。
ドリームイーターは、仄かに明かりを灯す鬼灯を浮かべた亡霊――男とも女ともつかない姿をした人型だ。背負うように浮かぶ鬼灯の数は、増えては消え、消えては増え、を繰り返している。
ラシードが予知の中で視た亡霊の姿は、浮世絵に出て来そうな、白装束に長い髪の組み合わせだったらしい。
「それと手足が異常に細長い。あれでスーツ姿だったらスレン……いや、今しているのは日本の話だったね。すまない」
こほんと咳払いしてから語ったその続きは、敵が効果の重ね掛けを得意としている事と、到着時に敵は現場――意識を失っている被害者の傍に居るが、噂話をすれば、ケルベロス達の方へ自らやってくるという事だった。
何故、夏の夜に鬼灯が灯るのか。
何故、亡霊は現れるのか。
何故、此処だけこんなにも鬼灯があるのか。
何故、何故、何故――。
噂に関する噂話をする。想像を、推論を、多分もしかしてというものを。
「それと、現場には電柱も月も無いんだ。現場に自生している鬼灯も明かりになってくれないから、照明の用意を忘れないでくれ」
「はら……まあ、噂は噂。光らんのは残念じゃが仕方なかろう」
そう言った神酒がケルベロス達を見て、笑った。鬼面から覗く目が、弧を描く。
「――鬼灯、摘みに行こか」
夏の夜、鬼灯が灯り亡霊が現れるのならば、それを喰らう牙が在っても良い噺だ。
参加者 | |
---|---|
メイア・ヤレアッハ(空色・e00218) |
姫百合・ロビネッタ(自給自足型トラブルメーカー・e01974) |
ハチミツ・ディケンズ(彷徨える琥珀・e24284) |
グレイシア・ヴァーミリオン(夜闇の音色・e24932) |
カデシュ・マキナ(ブラオドンナー・e26707) |
百鬼・神酒(一花心・e29368) |
皇・晴(猩々緋の華・e36083) |
唐見・イェンネ(落葉・e38023) |
●噂語りて
ケルベロス達が用意した光源が、黒一色の中に浮かぶ無数の朱を浮かび上がらせる。
初めての現場で、唐見・イェンネ(落葉・e38023)は皆から少し下がった所から、微かに揺れる朱――鬼灯を見つめていた。
「どうして、こんな名前、なのかしら……」
「実に不思議ですね。鬼の灯りと書いて『ほおずき』とは」
さり気なく近くへ来ていた皇・晴(猩々緋の華・e36083)に呟きを拾われ、難しい表情が常という少女は、少し間を置いてから頷いた。
(「写真で見ると、可愛らしい植物だと、思うのだけれど……」)
固定ライトが照らす光景に、姫百合・ロビネッタ(自給自足型トラブルメーカー・e01974)は小さく震える。
「幽霊って苦手ー……幽霊には幽霊の専門家がいるでしょ? あたしは探偵だもんっ、専門外だよー!」
風が吹いたのか、音もなく朱が揺れた。小さなダンスにメイア・ヤレアッハ(空色・e00218)は表情を綻ばせるが、その向こうに広がる完全な黒に固まる。小さな感触に腕を見れば、箱竜コハブが前脚で触れていた。
「……わたくしなら、大丈夫」
コハブがいれば――大丈夫。大丈夫。
「月も何もない晩に亡霊……ですとか、夏らしいですけれど、まるで怪談話ですわね」
鬼灯咲く道の『先』を、ハチミツ・ディケンズ(彷徨える琥珀・e24284)はじっと見つめる。そんな悪夢を現実にはしないように――ひっそりひそひそ。噂話の始まり始まり。
「鬼灯のおばけが出るって聞いたの。本当なのかしら」
囁いたメイアはそっと鬼灯を見ようとしたが、寸前で皆の方へ戻った。
「鬼灯……、不思議なものが寄ってきそうな名前、よね……確か、前に辞書で『鬼』には『幽霊』って意味がある……って、見たこと、あるから……」
「鬼灯が死者を導く、という話をどこかで聞いたことがあるな」
カデシュ・マキナ(ブラオドンナー・e26707)が、夜道を不気味に彩る鬼灯達を見た。
「ここの鬼灯はなぜ光るのか……黄泉路の案内と関係があるのか?」
夏の夜に赤く光るものといったらやっぱりアンタレス――ロビネッタが紡いだのは、空に瞬く姿から物語が広がった、とある蠍の話。ここにいたとしたら鬼灯の住人にも見えたかもしれない。
「『鬼灯が灯る夏の夜、亡霊が現れ、人を化かし襲う』か……」
グレイシア・ヴァーミリオン(夜闇の音色・e24932)の呟きに、百鬼・神酒(一花心・e29368)は密かに笑む。まさかほんに――在るとは思わなんだ。
「ほんに現れるんなら、百鬼夜行の道中にでも迷ったんかね」
視線の先、闇は変わらず闇のまま。もしくは既に此方へ向かっているのか。亡霊を探すように目を凝らしていたグレイシアは残念そうだ。
「こんな周りが見えない日とかライト代わりになってくれれば良いのに……まぁ……無理なんだろうけど……」
持参したライトを当てれば、鬼灯が光に透けて灯っているように見える。この光がゆらゆら揺れて亡霊に――いや、イマイチだ。遊んでいたライトを腰に戻し、静かに得物へ手を伸ばす。
「実際目つきの悪い鬼の様な亡霊が出て来たら面白いんだけどねぇ」
幽かに聞こえた。砂利が擦れ合う音が。
暗闇に、ぽ、ぽ、と朱色が滲んでいく。色は朧気に揺れて灯って、霞んで。痩せぎすの体に白装束を纏った『何か』の背後で、また灯り――思わずぴゃっとなったメイアがコハブを抱き締めた。神酒はそんな少女から来客へと目を向ける。
「迷子の上に悪さしよるモノなど、はよ摘もうか」
●輝血舞い
喉の奥を引きつらせたような、それでいて枯れた声が歪に問い掛けてくる。
何だ。自分は、何だ。
何? 何。何だろう。わからないからイェンネはただ首を振って。
「――はら、見て解からんの。見たままじゃと思うんだがねえ……」
まあ、ええわ――と神酒は笑い、亡霊を見据える。
「『どうにかできる』相手で助かるわ。遠慮なしに『どうにかさせて』もらおうか」
「ああ、さっさと蹴散らしてやろうじゃないか」
カデシュが同意したのと同時、肩を落としたグレイシア周辺の空気がしん、と冷えた。
「亡霊でもドリームイーターじゃねぇ……わかった途端怖さが全くなくなるんだよね」
灯りを受け煌めく無数の氷針が一斉に放たれ、神酒の振るった如意棒がバラリと解け――たと思えば亡霊を強かに打つ。
後ろへバランスを崩した亡霊が、目玉が零れ落ちそうなくらい目を見開いた。それをしっかり見てしまったメイアだが、きゅ、と口を結び星辰の剣を握り締める。
コハブがいる。グラビティ攻撃が効くなら、おばけじゃない。
前衛の足元に守護と癒しの星座が瞬き、コハブから力を受け取ったイェンネが、後衛へと黄金果実の光を降らせた。癒しが煌めき一瞬明るくなった戦場で、弾丸を精製したロビネッタが同じくらい明るい笑顔を浮かべる。
「苦手って言ったけど……でも、デウスエクス退治ならケルベロスの専門だね」
撃ち出したそれは物質の時間全てを凍らす脅威の一発。衝撃で大きくよろければ亡霊の持つモザイクがジジジと揺れた。
「銃弾が当たるなら大丈夫っ。怖くないよ!」
「おばけじゃないなら、『へっちゃら』なの」
前衛と後衛それぞれに笑顔が咲いた直後、腰を折っていた亡霊がぐるんと起き上がり、大きな鬼灯が生まれた。燃えるようなそれに狙われたハチミツの前に、麗人が軽やかに飛び込む。
「大丈夫ですかハチミツ先輩」
「は、はい!」
晴は良かったと微笑んですぐに高めたオーラで自身を癒し、同じく盾として立つシャーマンズゴースト・彼岸も、その祈りで彼女を癒した。
「ババロア、わたくし達も!」
ハチミツは多彩な爆風で、ババロアはふかふかの桃色毛並みを踊らせ、癒しの波に乗る。更に飛び乗ったのは数多の紙兵。
「知っているぞ、白い装束に長い髪。あれは藁人形で人を呪い殺すための呪術をするための衣装だろう?」
「そういう時にも用いられますけれど、基本は死者専用の装束ですわ、カデシュ様」
「……違うのかハチミツ……そうか」
一瞬流れた和やかな雰囲気にロビネッタは笑い、連射でサインを書――けなかったので、撃ちながらサインカードを投げた。しかし弾丸は見事に亡霊を撃ち抜き、無数の穴を開けている。
「うぅ、イ……!」
痛みに呻く亡霊の背で鬼灯がちかちか明滅していた。痛みと憎悪を訴えるような様をグレイシアは受け流し、イェンネが再び成した黄金果実の光を見ながら、鬼灯ごと亡霊を締め上げる。
これが本物の亡霊だったらどうなってたろう。今のように捕まえられるのだろうか。そう考える間も亡霊は大人しくせず、暴れる獣に似た唸り声を発していて。
「やっぱ不確定要素がないとダメだね」
●幽夜揺らいで
こんな風に灯っていたら、死者を導く提灯になったのかしら。
メイアは、夢喰いが背負う鬼灯を瞳に映し――とある愛らしい画伯のクレヨン絵が彩る扇を、イェンネへ向けてふわりと踊らせた。
「光る鬼灯は風流じゃろうが、」
場的に素直に綺麗とは言えんのう。神酒の呟きに少女が目を瞬かす。
同時にこの世ならざる者達の灯りと声が顔を出した。『彼ら』は闇から亡霊へとにじり寄り――呻き泣きと共に焔が咲く。亡霊が悲鳴を上げながら長い腕を振り回す様は、風に揺れる柳のよう。
「まあ、絵にはなるんやろね」
地面に手をつき、ゆらりと立ち上がる姿は恨みに満ちている。名のある絵師がいたら、怨嗟の声を轟かせる亡霊をどのように描いたか。だが。
「あら、そんな声。夏だからっていけませんわ」
本物の亡霊のようですとハチミツは夢喰いを諫め、妖精靴から繰り出した『星』を叩き込んだ。ババロアの癒しが舞った直後、晴の振るう太刀が優美な軌跡を描きながら夢喰いを斬る。
「ドリームイーターではなく、誰にも害を為さない。そんな亡霊であれば……そうですね」
お化け屋敷という場所で、存在感を発揮したのでは。
その考えにカデシュは頷くと、夢喰いへ全ての主砲を向け一斉に放った。灼かれ、撃たれ、鬼灯が散る。
「なるとしても『そこまで』だな」
興味を奪う事で『形』を得た以上、『これ』は絵にもパフォーマーにもならない。死者を導く灯りではなく、生者を殺す漁り火になるだけ。例え、背にある鬼灯が何回灯ろうともだ。しかし。
「鬼灯が光っている。人の魂を燃料としているのかとても気になるところではあるな」
「理由とかはわかんないけど、魂の色なんだと思うよ」
探偵ロビネッタの推理によると――あの色はきっと、鬼灯みたいな紅い魂。でも。
「鬼灯の色が綺麗だから浮かべてるだけだったりして」
放った弾丸が砂利から石へ。飛び跳ねて火花を散らして、最後は亡霊の胴を穿つ。
「いイいぃイィ――!」
亡霊が胸をかきむしりながら吼えた。髪の隙間から覗く血走った目は普通なら恐ろしくとも、夢喰い相手ならばロビネッタは怖れない。だって自分は専門家かつ未来の名探偵。
「何か伝えたい事とかない? あたしに出来る事とか! あなたのお名前は?」
「がああアァッ!!」
感情とも本能ともつかない声に、イェンネは僅かに顔を顰める。目の前の相手へ訊いた所で、意味はないのかもしれないが――。
「……『あなた』は、何を求めていたの、かしら……。生きて、いたかったの……? きちんと行くべき所へ逝きたかった、の……?」
噂の『元』に存在する亡霊は、何故『噂』に現れたのか。誰も知らない答えは、本人なら知っていたのだろうか。本人ではない夢喰いは、繰り出された星翔る蹴撃を頭に受け、たたらを踏んでいる。
「最近はアグレッシブな幽霊が出る映画もあるけど……これはちょっと――もう、いいかな」
グレイシアは静かに呟き、一撃。放った弾丸は輝きと共に容赦なく夢喰いを撃ち、目を凝らさずとも判る程の大穴が開けば、青年の口が弧を描く。
夢喰いはもう立っていられない。両膝をつき、縁からモザイクを零し――しかし骨張った指でがりがりがりがり地面を引っ掻いて、立ち上がろうとする。そこに影が落ちた。見上げれば――。
「お前さん、はよう逝き」
鬼が笑った。
●宵は明けゆく
どんどん形を崩し、抗う力も失って。そうして亡霊と鬼灯の姿を持った夢喰いは、天へ昇るように消えていった。
それを見送ったイェンネは、密かにほ、と息をつくと空を見る。頭上にあるのは黒一色だったが、いつの間にか仄かに明るくなり始めていた。
「鬼灯が魂だとしたら、空に還っていくのかな」
聞こえた声は、同じく空を見上げていたロビネッタのものだった。
「空へ、ですか」
晴の質問に少女はこくりと頷く。もしそうなら次は空から照らしてほしいな、と言って。鬼灯の色は夏の夜によく似合ってた。
メイアも夜空を見上げ、そして地面に置いていた灯りを道端に咲く鬼灯へ向ける。照らされる前は朧気だった姿が、こうするとよく見えた。
(「わたくしたちには光って見えなくても、光って見える人には見えるのかも」)
「? どこへ行くんだ、グレイシア」
周辺をヒールし終えた仲間が、道の向こうへ歩き出している。多少は明るくなってきたとはいえ、まだ夜といっていい時間にカデシュは首を傾げた。
「うん? ああ。念の為、女性の安否を確認してくるねぇ」
ぴらりと手を振って、少年は鬼灯の道、形の見えない向こう側へ消えていく。
小さく手を振り見送ったメイアの白い手には、朱色がころりと乗っていた。もうしばらく経てば、明るい空の下でその色を見せてくれるだろうか。
「コハブ、コハブ。鬼灯摘んで帰ろうね」
お土産にするの、と笑顔を綻ばせれば、気付いた晴が良ければここにとハンカチを差し出した。それを見守っていた神酒は、耳元に咲く守護の花――ブローディアの耳飾りと指先で戯れながら、2人の後ろに立つ。
「ほお。それじゃあ、わしから戯れに怪談話でも一つ」
「か、怪談、話」
「まあ、怪談話ですの。ババロア、わたくし達も聴かせていただきましょう?」
人に仇なす怪異は消えた。
次に生まれる怪異はきっと――素敵に心を震わせる。
作者:東間 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年8月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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