飛ぶな刺すな! 蚊は嫌い!

作者:七尾マサムネ

 とある真夏日、アパートの一室。
 女子大生が、テーブルの前で正座していた。傍らには殺虫剤。それも1つや2つではない。
 ぷーん、という音が耳をつくなり、女子大生は殺虫剤を手に取った。
「……ひぃっ!? 来ないでっ!」
 噴射。
 殺虫剤の直撃を浴びて、落下したのは……1匹の蚊であった。
「去年、蚊に全身刺されまくったトラウマが……!」
 身震いする女子大生が、新たな気配を感じて振り返ると、そこにいたのは蚊ではなく。
「だれっ!?」
「私のモザイクは晴れないけど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくはないな」
 言うなり人影は、手にした鍵で女子大生の心臓を一突き。
 そして現れたのは、巨大な蚊、だった。

「最近暑かったりしますけど、苦手なものへの『嫌悪』を奪って事件を起こすドリームイーターの情報を、またキャッチしちゃいました」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)によれば、元凶である第六の魔女本人はもうその場にはいないが、奪われた『嫌悪』を元に現実化したドリームイーターが、事件を起こそうとしているという。
 今回その兆しをとらえたのは、ジュ・ダグラス(羽虫・e37252)。
「つまり……被害が出る前に、このドリームイーターを撃破すれば、いいんだろ」
「はい。そうすれば、『嫌悪』を奪われて意識を失った女子大生さんも、目を覚ましてくれますよ」
 蚊への嫌悪から生まれたドリームイーターは1体のみだが、巨大な蚊の姿をとっている。蚊のディテールがはっきりとわかるため、正直、気持ち悪い。
 介入タイミングは、女子大生が意識を完全に失った後。蚊型ドリームイーターの出現を見届けた第六の魔女が去った直後となる。
「出現場所は、アパートの女子大生さんの部屋です。突撃をかけてこちらのトラウマを呼び起こしたり、体に針を刺してしびれさせたりするみたいです。でもでも、一番怖いのは、見た目ですけど!」
 ぞくぞくっ、と体を震わせるねむ。
 しかし、自身の羽はオオミズアオ。虫とは縁のあるジュとしては、少し複雑なところかもしれない。
「今度のドリームイーターは、小さな蚊以上の気持ち悪さがあって、大変だと思います。けど、女子大生さんを起こすためにも、頑張って虫退治、お願いします!」


参加者
睦沢・文香(ブレイクスルービート・e01161)
一条・雄太(一条ノックダウン・e02180)
伽羅楽・信倖(巌鷲の蒼鬼・e19015)
一之瀬・白(八極龍拳・e31651)
ルチル・アルコル(天の瞳・e33675)
蔵寺・是之(パン大好きな新米巫術士・e36469)
ジュ・ダグラス(羽虫・e37252)
日野原・朔也(その手は月を掴むために・e38029)

■リプレイ

●我ら、モスキートバスターズ
 夏の暑さを感じつつ、アパートの階段を昇っていく、ケルベロス一行。
「休み前のレポートラッシュなのになぁ」
 同じ大学生として、この時期に襲われる事に同情を禁じえない。そんな一条・雄太(一条ノックダウン・e02180)が、女子大生の部屋を確認した。
 そしてルチル・アルコル(天の瞳・e33675)らを先頭に、ケルベロス達が室内に突入。
 直後、皆の視界に飛び込んできたのは……一匹の大きな怪物だった。
「これは、蚊だ」
「ああ、間違いなく蚊だぜ!」
 ジュ・ダグラス(羽虫・e37252)や日野原・朔也(その手は月を掴むために・e38029)が断言した。
 長い針……口ふんというらしい……に虫の羽、針金のような細い足。そして顔。
 知ってはいても、このビッグサイズでお目にかかる事など、まずない。インパクトのあるビジュアルに、一之瀬・白(八極龍拳・e31651)や睦沢・文香(ブレイクスルービート・e01161)は、軽く引かざるをえなかった。
「このサイズ、軽くホラーを通り越しておるんじゃが……」
「覚悟はしていたつもりでしたが……生の迫力には負けますね」
 蚊をほぼそのまま巨大化しただけなのだが、この圧倒的怪物感。
「ほんとにデカいな……こんなのに刺されたら痒いどころか貧血だな……」
「下手すると身体を貫通しそうじゃ……」
 蔵寺・是之(パン大好きな新米巫術士・e36469)や白の視線は、敵の針に釘づけだ。
「オレよりでっかいとか蚊とか、見たくなかったなー。羽音聞くだけでもトラウマになりそうじゃんかー……」
 朔也が、嫌そうな顔をするのも無理はない。ドリームイーターの羽音は、不快感を増大させる効果でもあるかのようにうっとうしい。
「体質にもよるらしいが、蚊に刺される者は途轍もなく刺されたりするからなぁ。しかし、嫌悪がこのような大きな蚊になるとは、ドリームイーターも厄介だな。苦手な者なら卒倒してしまうな!」
 皆は大丈夫か? と仲間を見回す伽羅楽・信倖(巌鷲の蒼鬼・e19015)。ジュなどは、平然としている方だろう。
「蚊って、刺された事、ない。そんなに嫌な、ものなのか。細身のフォルムで、格好良いと思う。けれど、これは。理解はし合えない方の敵、なのだな」
 ジュとともに、巨大蚊をじぃっと観察するルチル。
 機械……というかレプリカントなので蚊にも刺されない……と言うわけでもなく、機械部分の少ない顔面は刺されるらしい。普通に。
「女子大生を助けるには、こいつを倒すしかないからな……勇気と覚悟を持って挑まないとな……」
 そう決意すると、是之は作戦行動を開始した。

●巨大なるブラッドハンター
 文香が、気を失った女子大生の安全を確保する間に、仲間達がドリームイーターを部屋の外へと誘導していく。
「やっぱり虫退治に殺虫剤はつきものだしな!」
 ぷしゅー!
 雄太が、巨大蚊へ吹き付けたのは、業務用殺虫剤。通常の蚊ならいざ知らず、ドリームイーターはひるまない……のは百も承知。本命は、同時に放ったケルベロスチェインだ。
 手荒い挨拶に、巨大蚊の意識がケルベロス達に向く。この調子だ。
 是之の支援を受けつつ、巨大蚊の脳天に、剣をぶつけてやる信倖。怒りを植え付けられた巨大蚊は、次第に窓の方へと引き寄せられていく。
 ルチルが後方のアシストを行う一方、相手に一撃を見舞い、窓の外に飛び出す白。それを追って、ドリームイーターも飛び出す。その後、残りのケルベロス達も。
 室内で戦えば、物的被害は避けられない。それを嫌ったケルベロス達の思惑通り、巨大蚊は、アパートの外、隣接する駐車場へとおびき出されていく。
 しかし、広さを得たのは、相手も同じ。
「やっぱ蚊の羽音はイライラするな!!」
 嬉々として飛び回るドリームイーターに、雄太が耳を塞ぐ。
 そこへ、追いかけてきた朔也や、文香も合流し、相手を包囲した。
 蚊を、これだけディテールのはっきりした状態で観察できること自体は、ルチルにとって貴重な体験。
「蚊の構造はしっかりと観察した。……もう倒していいか?」
 ルチルの問いかけに、もちろん、異論が出る事はない。
「ここなら思いっきり戦える……覚悟するのじゃ!」
 『龍勁炎華功』をまとった白が、八極拳の構えを取る。信倖も、龍の角、翼、そして尾を解放。
「ぷーん」
 すると巨大蚊が、そのまますぎる鳴き声を発して、攻撃を仕掛けてきた。
 サイズは違っても蚊は蚊。反射的に身をかわしてしまうケルベロス達を狙って、巨大蚊は容赦なく襲い掛かる。
 だが白が、日本刀『慈龍』を巧みに振るい、敵の体当たりを受け流した。
「盾にも使える刀の真価発揮じゃ……!」
 軌道を逸らされた敵へと、是之が、シャーマンズカードを構える。
 ジュもまた、ボクスドラゴンのウカを呼び出す。相手は本物の虫にあらず。かりそめの命を与えられた、いわば幻に等しい。
「ならば、これは。ここで、止めよう」
 猟犬たちによる害虫駆除が始まった。

●蚊取りケルベロス
「あまり高くは飛べぬようで一安心じゃな……!」
 白が見たところ、巨大蚊は、さほど高度を保てないようだ。本物の蚊も、ちょっとした風でもバランスを崩してしまうと言うし。
 ならば、こちらの攻撃も余裕で届くというもの。
「でも、もうちょっとこう……コミカルにデフォルメされた感じになりませんかね?」
 眼前を駆け抜ける巨大蚊を見送って、文香が言う。あくまで感情、イメージの産物なのだから、少しくらいリアルさを手加減して欲しい。
 ともあれ、仲間を護るべく、文香が防壁を展開した。白が呼び出した紙兵達も、護衛の任に就く。
 獲物を吟味するように飛翔していた巨大蚊、その脚が、あらぬ方向へ引っ張られた。雄太の攻性植物が、食いついていたのだ。
 空中でつんのめる敵に、信倖が飛びかかる。左腕の下、地獄化した龍の腕が露わになっていた。
 夏の暑気を切り裂いて、氷の渦を放つ信倖。しかし、氷の破片を散らして、巨大蚊は再飛翔。そのまま、雄太に急襲を仕掛けた。
「いてて……けど、あんなんで刺されるよりはマシか」
 仲間の護りもあって、事なきを得た雄太が、針を睨む。
 こちらも一気に攻めるべく、朔也が動いた。赤黒い雷がほとばしる。
「雷装天鎧! 怖がらないで、受け取ってくれよな!」
 朔也の言う通り、雷の宿った先は各々の武器。その特性が強化され、威力が引き上げられる。
 ウイングキャットの九曜も、翼をはためかせて、フォローに余念がない。
 攻勢を強めるケルベロス達だったが、飛び廻られるのはうっとうしい。ともすれば、その翅で逃亡されてしまいかねない。
 そうはさせまいと、ルチルの視線が、相手のそれと交錯した。魔眼の一睨みを受けた途端、敵の動きが鈍る。
 これなら狙いを定めやすい。是之は、標的を撃つことだけに神経を集中させる。そして、
「今だ……! 炎の御業よ……! あの蚊の羽を燃やせ……!」
 是之に宿った御業が、火炎を呼び起こす。
 尾を引いて迫る炎弾から逃れようとする敵を、オオミズアオの羽を広げ、ジュが追いかける。
「羽をダメにしてしまえば、逃げられない」
 輝きを帯びた姿で相手の懐に入り込むと、突撃によって、相手の羽を貫いた。
 ぐらり。
 敵の高度が下がったところに、ボクスドラゴン・ウカのタックルが決まった。
 小さな体とあなどるなかれ。その一撃に、巨大蚊はよろめき、地面に落下した。

●駆除を完了せよ
「あまり素手では殴りたくねぇな!」
 墜落した巨大蚊へと走りながら、雄太は石を拾いあげる。
 じたばた、起き上がろうとする敵の顔面めがけ、石を投てき。
 それで雄太の攻撃は終わらない。巨大蚊の頭部を脇に抱えると、DDTの要領で地面に叩きつけた。
 様々な技を浴び続けた巨大蚊は、だいぶ弱ってきたようだ。正に、虫の息。
「よし、回復は任せろ、文香のねーちゃん! みんなは攻撃を!」
「日野原さん、お願いします」
 回復を朔也にゆだねると、文香がハンマーから射撃を行った。竜のいななきが、嫌な羽音を掻き消す。
 その間に、朔也が練り上げていたオーラを、仲間に送った。体内を侵していた、不浄な要素を除去していく。ありがたい。
「アレのダメージを放置しとくと、色々よくない感じだしな!」
 確かに。
「ドリームイーターにこれが見切れるかな」
 弱々しく飛び上がろうとする敵へ、信倖が槍の雨を振らせた。羽に、体に、次々と穴が穿たれていく。
「さあ、皆で仕上げといこうか!」
 信倖の呼びかけを受け、ルチルやジュ達が、畳みかけた。
 ルチルが、バレエダンサーを思わせる軽やかさと、重々しさを備えた一撃を見舞った。亀裂の生じた表皮へ、ミミックのルービィが噛みつく。
 そして、反対側からジュのスイングしたハンマーが、巨大蚊の横っ腹を殴り飛ばした。
 ごろんごろんと横転し、上向きになった腹部へと、八卦八法、八極八掌、計十六の技が、白によって叩き込まれた。標的が大きいお陰で、あてがいもあろうと言うもの。
 しかし、蚊には蚊のプライドがある……のかもしれない。
 残った力を振り絞り、ドリームイーターが文香を突き刺した。
「いやケルベロスだから助かりましたけど、一般の方が受けたら死んじゃいますって! これ!」
 とっさに雄太が針を引き抜くと、文香から引き離す。
「来たれ金色の融合竜……! 偽の蚊を喰らい尽くせ……!」
 是之の呼びかけに応え、現れた黄金竜が、巨大蚊と組み合った。
 両者は、まばゆい輝きに飲み込まれ……光が収まった後、巨大蚊は、しゅわあ、と粒子に変わって消滅していったのだった。
 ようやく羽音から解放された一同は、誰からともなく、安堵のためいきをこぼした。本物の蚊と違って、死骸を片づけなくていいし。
 それから皆で、破損個所をチェックすると、逐一ヒールしていく。巨大蚊を誘導したお陰で、アパート内に被害はほぼ出ずに済んだようだ。
 そうして女子大生の部屋に戻ると、ちょうど目を覚ましたところ。
「というわけで、蚊嫌いが、たまたま厄介なデウスエクスに利用されたと言う訳じゃ」
「あんまり壊さないようにはしたつもりだけどな。もし何かあったら言ってくれよな」
 女子大生を介抱した白や雄太が、事情を説明した。
 ひいっ、と顔を青ざめさせる女子大生。ただ、一番恐ろしいであろう巨大蚊とご対面せずに済んだのは、不幸中の幸いか。
「怪我はないようで何よりだ……おっと」
 ぱしん。是之が、手を振るった。落下したのは、本物の蚊だ。
 それを見て、小さく悲鳴を上げる女子大生。
「うーん、ドリームイーターは倒せても、本物の蚊を全滅させるのは難しいからなあ」
 それなら、と、信倖や朔也が、蚊対策のおススメグッズを紹介し始めた。
 信倖は、設置式の蚊取りグッズもろもろ。朔也は、ずばり蚊取りブタだ。
「夏っていったら、やっぱこれだよなー!」
「これで快適な夜を」
「面白いものが、あるのだな」
 女子大生と並んで、ジュがしきりに感心している。
「それと、はっかの油を足の裏に塗るといいらしい。機械のわたしでは試せないのでな、挑戦してみてくれ」
 ルチルも、効率の良い対策を伝授。
「今回の件で、私も少し蚊が苦手になりそうですが、お互い頑張って残りの夏を乗り切りましょう!」
 ケルベロスカードを渡しながら、文香がそう励ました。
 女子大生の夏ライフは、思わぬ形で、快適になったようである。

作者:七尾マサムネ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 0
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