胸の奥のメロディ

作者:つじ

●Repeat
 静寂の帳の降りた闇の中で、一つ小さな足音が響く。コツコツと、短い周期の音を辿れば、そこには蜘蛛のような足を生やした拳大の宝石が。不法投棄された電化製品の上を探るように歩いていた蜘蛛……もとい、小型のダモクレスは、その中の一つに狙いを定めた。
 隙間から潜り込んだそれは、体の中心の宝石、コギトエルゴスムに光を灯す。
「……!」
 軋む音色、寄り合わさる金属達。発動した機械的なヒール効果により、廃棄されていたそれは作り変えられ、新たな命をその身に宿した。
 轟音と共に巨体を持ち上げ、立ち上がる。生まれたダモクレスは、デウスエクスとしてグラビティ・チェインを求めて行動を開始する。
 だが、そこには元となった電化製品の持っていた機能……言うなれば残留思念のようなものも混ざり込んでいた。例えば、そう。もう一度――。

 ダモクレスが、巨体を誇示するように両腕を広げる。
 さながら舞台上の歌手のような姿勢で、巨人はそれを起動する。
「――!!!!」
 咆哮するように、体に据えられた複数のスピーカーが、大きく空気を震わせた。
 
●ラウドスピーカー
「はい、というわけでダモクレスの登場ですよ皆さん!!!!!」
 ハンドスピーカーを手に、大音量で呼びかけているのは白鳥沢・慧斗(オラトリオのヘリオライダー・en0250)である。声に気合がどうこうではなく単純にうるさい。
「あの、慧斗さん、音量を……」
「……あっ、ごめんなさい」
 両手で耳を塞ぎながらの灰縞・沙慈(小さな光・e24024)の言葉に、慧斗は我に返ったように声量を落とした。
「こちらの沙慈さんの協力で、山奥に不法投棄されていた家電製品の一つが、ダモクレス化してしまう事件が発生することが分かりました。
 こうして事前に発見できたのに加えて、場所が場所ですので、すぐには被害は出ません。ですがこれを放置すれば、人里に降りてグラビティ・チェインを奪うために殺戮が始まってしまうでしょう」
 そんな事は許されない、と慧斗が強く拳を握る。
「皆さんには、そうなる前にこのダモクレスを撃破してほしいのです!」
 
「えっと……それで、敵の特徴は?」
「はい! 予知された敵は、大体こんな感じの造形です!」
 水を向けた沙慈に応え、慧斗が参考資料を提示する。家電製品が変形したそれは、歪な人型……ロボットかゴーレムといった外見をしていた。
「元となったのはオーディオセットのようです。アンプはいまいち分かりにくいですが、スピーカーらしきものがいくつか確認できますね!」
 彼の話によれば、敵は巨腕による攻撃の他、スピーカーから放つ『音』を使用してくるという。大音量による物理的、そして精神的な影響が懸念される。その特性上、攻撃範囲は広くなるだろう。
「ミュージックファイター、みたいなもの……?」
「そうですね! 流れる曲は僕でも聞いたことのある有名な……あれ?」
 沙慈の言葉に、ヘリオライダーが首を傾げる。彼が挙げたのは有名なクラシック曲だが。
「言われてみると、この敵はひたすら同じ曲を、繰り返し流し続けていた気がしますね」
「……音源が、何かあるのかな」
 気にはなるが、これ以上は現場でなければ分からないだろう。
「遭遇するのは山の中になりそうです。交通規制などはこちらで手配しますので、皆さんは戦闘に集中してください!」
 気を取り直す様にそう言って、慧斗は何かを訴えるように拳を振り上げる。
「日々スピーカーにお世話になっている身としては、この暴挙は許せません!!! 殺戮兵器として利用される前に――!!!!!」
 やかましい。話を聞いていたケルベロスの一人、黒柄・八ツ音(レプリカントの降魔拳士・en0241)が、少年の頭頂部に手刀を入れる。
「……えっと、皆、がんばろうね」
 悶絶したヘリオライダーに代わり、沙慈が一同に出発を告げた。


参加者
リシティア・ローランド(異界図書館・e00054)
茶斑・三毛乃(化猫任侠・e04258)
フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)
野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)
スズネ・シライシ(千里渡る馥郁の音色・e21567)
灰縞・沙慈(小さな光・e24024)
峰雪・六花(ホワイトアウト・e33170)
カイ・ポーター(ぶん・e36489)

■リプレイ

●refrain
 ライトの光が夜闇を切り裂き、木々の間に道を作る。照らし出された林の先には、捨てられたいくつもの『粗大ごみ』が点々と横たわっていた。
「こういう不法投棄が自分達の危険に繋がるって事を、一般の方に啓蒙した方がいいんじゃないかしら?」
 足元に転がった一つを避けて歩き、スズネ・シライシ(千里渡る馥郁の音色・e21567)が微かに眉尻を下げる。
「因果応報といえなくもないけど……」
 こちらは表情を動かさぬまま、リシティア・ローランド(異界図書館・e00054)が口を開く。彼女等が言うように、これではみすみすダモクレスに材料をくれてやったようなもの。とはいえ、このままでは最初に被害を受けるのは、不法投棄に関わりのない付近の住民になるだろう。『自業自得』と片付けるわけにはいかない。
「……何にせよこの騒音は厄介だわ。早く片付けてしまいましょう」
 明かりの向こうで鳴り始めたその音に、リシティアの視線が向けられた。
 予知通りダモクレスが起動したか、雑音混じりの割れた音が鳴り響く。それは何度か、喉の調子を整えるように繰り返された後、ある一定の調子で曲を流し始めた。
 音割れこそ収まってはきたが、そのボリュームは常識の範囲を超えている。枝葉を、そして地面を震わせる音の圧力に、灰縞・沙慈(小さな光・e24024)が表情を強張らせた。
「うう……音量が大きすぎるよ」
「そんなに呼ばなくても、聞こえるってば!」
 びりびりと届く振動に野々宮・イチカ(ギミカルハート・e13344)が声を上げ、一同はその音の源へと歩みを進めた。
「オーディオセットかー。不法投棄されてなけりゃ、こんな変なロボットみたいなのにならずに済んだかもしれないんだけど」
 隠された森の小路で皆を先導し、フィー・フリューア(赤い救急箱・e05301)がそれを発見する。
「声量は大したもんだが、この月夜にはちょっとばかり不似合いじゃありやせんか」
「煩すぎるのは駄目よね。静かに過ごせない時点でNGだわ」
 茶斑・三毛乃(化猫任侠・e04258)が敵の前に立ち、スズネもまたそれに合わせて位置取りを決める。それぞれに持ってきた明かりをその場に置いたことで、暗闇だったその場所は俄かに白く照らされた。
「……始めましょう」
「ハイ。『システムKAI、戦闘を開始します』」
 峰雪・六花(ホワイトアウト・e33170)とカイ・ポーター(ぶん・e36489)も武装を展開。それに応えるように、敵もまた動き出す。
 いくつもの照明をその身に浴びて、ステージ上の歌い手がその両腕を広げた。

●「もう一度」
 聞け、と言わんばかりの大音量が大気を揺らし、音圧がケルベロス達を襲う。オーケストラのように奏者が多いわけでもない、ただただ音量の大きなその曲は、どこか歪に感じられる。
 こうなる前、そして捨てられる前ならば、この曲はどのように聞こえたのだろうか。そちらに思いを馳せつつ、沙慈はウイングキャットのトパーズと共に前へ。
「みんなの事は私達が絶対に守るよ。怪我なんてさせない」
 仲間達の盾となるべく翼を広げ、その身を晒す。
「一緒に……守ってあげて、ください」
 六花もまたそれに並び、テレビウムのスノーノイズを促す。身体で以って壁を作れば、後ろへの音の影響は軽減できる。とは言え耳を塞いでもこの音量は堪えがたいのが現実だ。
「何とか、抑えられないでしょうか……」
「どれ、ひとつ試してみやしょう」
 言うが早いか、三毛乃の手元で拳銃が火を噴く。飛び出した銃弾は敵の肩部、スピーカーの一つに風穴を開けるが。
「――ッ!!」
 具合を確認しようとした三毛乃が即座に耳を伏せる。確かに、音の圧は僅かに揺らいだが……。
「ははァ、こりゃ先が長そうだ」
 この手段で脅威を消し切るのは中々に難しそうだ。
「それじゃ地道に行こう。こういう時のための特製薬もあるからね」
 苦笑する三毛乃の後ろで、フィーが救急箱から取り出した『蒼』の薬瓶を振りかざす。飛び散った薬液は謎の光を放ちながら味方を包んだ。
『注意、成分不明』
 カイのシステムメッセージが一瞬赤ランプを灯すが、効能を認識した時点で方針を戻す。
『機能の向上を確認。戦闘を続行します』
 右手が閃き、銃を抜き撃つ。放たれたのは特殊な銃弾。敵の装甲に命中したそれが、中の塗料を撒き散らした。
 そこに、銃撃に合わせて跳んでいたスズネが上空から斧を叩き付ける。振り払う敵の腕から身をかわした彼女は、照明の中でぼんやりと光る蛍光塗料に笑みを浮かべた。
「あら、色が付いてちょっとかわいくなったわね」
「ええ、そうかなぁ……?」
 評価は人によって違うだろう。首を傾げつつイチカが攻性植物の蔓を敵の足に絡ませる。そしてそこに、リシティアの生み出した幻影の竜が炎を吐きかけた。

 全員で持ち込んだ照明に加えて炎に傷、随分と目立つ容貌になった敵が一歩前へと踏み出す。足の下敷きになった廃棄家電が砕け、押し退けられた樹木が軋み、折れる。
 放たれ続ける一つの曲は、なおも相対するケルベロス達を苛み――。
「……これはもう良いかな。回復に集中しよう」
 この状態で敵を見失う事は流石に無いだろう。蛍光塗料を置いたフィーにこくこくと頷いて返しつつ、黒柄・八ツ音(レプリカントの降魔拳士・en0241)が治療機能付きのドローンを展開する。
「ハイ。――みんな」
 起きて、と。カイもまた起動信号を飛ばし、マジックハンドの付いた小型のドローンを味方へと向かわせる。
 負傷が大きいのは当然ながら盾となっている前衛達。複数のドローンが飛び交う中、フィーはメスを手にそちらへと駆ける。
「手術が必要だよ、ちょっと大人しくしててね!」
「えっ……じゃあ、お願いします」
 どことなく嬉し気なフィーの様子に若干の疑問を抱きつつ、沙慈が警戒心を露にしているトパーズを差し出す。
「任せておいて。すぐ終わるからねー」
 執刀開始。ぎにゃあ、という悲鳴と共に、トパーズはすごい勢いで回復した。
 こうして彼等が戦線を支える内に、攻撃手たちはそれぞれに仕掛けに動く。大音量の影響を避けながらの接近は困難ではあるが、不可能ではない。死角から迫った昇がグラビティブレイクを叩き込むのに合わせ、距離を詰めた六花が破鎧衝を打ち込む。
「……どうでしょうか」
 防御の薄い箇所を狙ったそれの影響を受け、敵腕部の装甲にひびが入った。
「十分よ。任せて」
 晒されたその一点を、薄く光が照らす。
「……こういう場所だからこそ、月の輝きは一層増すものよ。その騒音ごと、断ち切ってあげる」
 光を放つのはリシティアの手元。そこには月の光で編まれた輝く刀身が生まれていた。
 月煌りの魔剣。描き出された光の軌跡が、狙ったその箇所を断ち切った。

 肘から先が地に落ちて、地響きが流れる曲に混ざる。腕と共に落ち、歌うのをやめたスピーカーは、もはや周りの廃棄物と区別が付かない状態になっていた。
 ダモクレスとして立ち上がる前も、こうして野晒しになっていたのだろうか。視界に映るそれらに、沙慈が目を細める。
「また動きたいって、思ってるのかな」
「……うん。そうかもね」
 頷いて返したのは、隣に立っていたイチカだった。
 「もう一度動きたい」という願いがこのダモクレスにあったのならば、ここに転がるいくつもの『粗大ゴミ』も、きっと同じ事だろう。
「でも、今は――」
 立ち止まっている時間は無い。跳躍した彼女に沙慈も頷いて返し、可能な限り連携して仕掛けるべく低空を飛ぶ。
「こういうのは、好きじゃないけど……」
 仲間を傷つけられるのは、より耐え難い。そんな思いを胸に、沙慈は上空からのスターゲイザーに合わせて爪を振るった。ダモクレスもまた、残った片腕でそれらの攻撃に対処しようと動いているが。
「……んん?」
 燃え盛る地獄の瞳が、それを捉える。二人に連携し、三毛乃は猫目時計・改を発動していた。
 元より探していた『敵の攻撃の始点』は捉えきれなかったが、敵の動きには確かに一定の傾向がある。
「なるほど、見えてきやしたぜ」
 放たれた銃弾は敵の腕で一度跳ね、胸部の装甲に喰らい付いた。
 夜の山中を舞台とした戦いは続く。歪んだ夜想曲が精神を侵し、ケルベロス等の反撃が金属の身体を削り行く。双方に負傷が重なり行く中、八ツ音が両手を前へ突き出して仲間に気合を送り、摘木が紫電を奔らせる。
「みんな応援してるわ。頑張ってねー」
 エレキブーストをアタッカーにかけつつも、摘木の視線は仲間の援護に飛び回るカイへ。その目は完全に授業参観に来た保護者のそれだった。

●「届けたい」と願うもの
 耳をつんざく音が一度途切れ、また頭から流れだす。スピーカーの欠損によって多少の変化はあるものの、曲目は先程までと同様だ。繰り返し、繰り返し。
「きみが繰り返しているのは、きみの持ち主がすきだった曲?」
 スターゲイザーによる一撃を加えたところで、イチカがそんな事を口にする。同じ曲を流し続けるこのダモクレス、それは元の形を考えれば、自然なこととも受け取れる。
「それが、きみの役割だったのかな?」
 彼女は思う。機械とは繰り返すもの。一つのこと、望まれたことを、ずっと続けるのは、珍しい事でも不思議な事でもないのだから。
「それとも、もっといろんな人に音楽を届けたかったの?」
 沙慈もまた、巨腕を受け止めながら問う。それらに答えが告げられる事は無かったが。
 六花がオラトリオヴェールを展開する中、スノーノイズが殴り掛かる。そして一際高い威力を誇るリシティアのデスサイズシュートが敵の装甲を引き裂いた。
「頃合い、かしらね」
 その様子を確認したスズネは、三毛乃に目配せを送り、槍を手にして踏み込む。得物に施された沈丁花と竜が白い稲妻を描き、敵の身に突き刺さった。
(「さて――」)
 同時に飛び込んだ三毛乃が、傾げた目線で敵を見据える。問いへの回答はほぼ明確。
 狙うのは複数あるスピーカーではなく、未だ姿を見せていない音の源だ。その場所も、これまでの動きから予測はできている。攻撃を向けられた際に、優先的に防御する箇所、それは。
「大事なものは胸に仕舞えと、相場は決まっているものでさァ」
 轟竜砲でガードを跳ね飛ばし、後方へ視線を移す。事前の計画から、狙撃役は決まっている。
 ……これも何かの縁か、そんな感想を抱きつつ、三毛乃は『彼等』に声をかけた。
「カイ殿!」
「ハイ。『――友軍からの要請を受理しました。目標補足』」
 ぶん、と虫の羽音にも似た響きを上げて、カイの飛行ユニットが出力を上げる。放たれた矢のように急加速した彼は、ジグザグに方向を変えながら敵へと迫る。敵を振り切るための高速機動だが、体勢を崩したダモクレスは、それを迎え討つべく腕を伸ばしている。
 戦闘経験に乏しいカイの攻撃では、実のところ正確に目標を打ち抜くのは難しい。だが、それは『通常ならば』に限っての話だ。
 足止め、捕縛、そしてカイへのエンチャント。ケルベロス等が刻み付けてきたものが、それを可能な範囲に引き寄せている。そして。
「むいやー!」
 摘木の連れたビハインド、『彼』が不可視の手で敵の腕を掴み取る。
 ポルターガイスト現象に縛られたダモクレスの元へ、カイが突撃。そしてイチカらが十分にダメージを与えた胸の装甲へ、右腕を叩き込んだ。
 破鎧衝。ひび割れから突き込まれた五指が敵の弱点を探り出し、捕まえる。ざりざリと曲に混ざる雑音が、それが正解であると告げていた。
『対象を掌握。離脱します』
 腕を引き抜き、カイが飛び去る。それを捕まえるべく腕を伸ばす敵の様は、まるで嘆きの声をあげているようで。
「――っ」
 胸の裡のものを失う苦しみを想起し、イチカが密かに顔をしかめる。だが、その手から放たれた気咬弾の狙いに、一切の翳りは無い。それによってカイを捕まえ損ねたダモクレスは、何かを探す様に足元の廃棄物へと手を伸ばし始めた。
 スピーカーから聞こえるのは途切れ途切れの雑音のみ。振り回される腕は未だに脅威ではあるが、攻撃手段がそれだけならば……。
「おっとォ!」」
 ケルベロス達の敵ではない。
「攻め時よね? 少し悪い気もするけれど……」
 雑な軌道の腕を受け止めた三毛乃の背から、スズネがアームドフォートの主砲を斉射。砲弾の弾幕によって敵の動きを縛る。
「……ごめんね」
 続けて動いた沙慈が、小さく謝罪を口にする。しかし――。
「もともとは、さ。人を楽しませて、人に愛用されてきたんだよね?」
 フィーが言うように、この機械が誰かに音を届けるのは、楽しませるためだったはずだ。
「それが、誰かを傷つけて回るのは……悲しい事です」
 六花もまたそれに頷く。本来の機能、そしてその本質を守るためにも。
「六花たちが、止めます」
 跳躍と共に六花の蹴撃が、そしてフィーの雷撃がそれぞれに敵を穿つ。
「ごめんね。また壊す、よ」
 視線を落とさぬよう努めながら、もう一度言葉にし、沙慈もまた御業による炎弾を解き放った。
 趨勢はもはや決したと言って良いだろう。そのままケルベロス達は油断なく敵を追い詰めていき――。
「これで、終わりよ」
 足を止めたままリシティアの投げた鎌が弧を描き、ダモクレスの最後の力を刈り取った。

●「歌いたい」と願ったもの
 ばらばらと、崩れ落ちていく機械の身体が地を叩く。完全に機能を停止したダモクレスアンプには、もはや雑音を鳴らす力も無い。
 敵の撃破を確認し、周囲の木々へヒールを施そうとしていたフィーが、ふとそれに気付いて口を開く。
「そういえば、音源ってなんだったの?」
 視線の向けられた先では、カイが掌の上のそれを注視していた。表情は乏しいが、「何だこれ」という疑問符は何となく読み取れる。
『解析完了。オルゴール です』
 システムメッセージが、その剥き出しの金属塊の正体を告げる。外装の類は外れたか、元から朽ちていたのか。だがこの部品自体にダモクレス化の影響が見られないのは確かである。
「合体……していたのでしょうか?」
「ヒールの時に混ざっちゃったのかも」
 首を傾げる六花に、フィーが答える。ダモクレス化の際、近くにあって偶然取り込まれたか……敵の動きからすると、プレーヤーの代わりに探し出されたのかも知れないが。
「それで一曲しか流せなかったの?」
 なーんだ、と溜息を吐きながらイチカがそれに手を伸ばす。本来はぜんまいが付くべき場所の突起を摘まみ、捻ると。
「!」
 手元で鳴りだした音に、カイの肩が一度跳ねた。
「……ふふ」
 くすくすと笑い声が漏れる中で、シリンダーが回り、弦を弾く。静かで素朴なそれは、確かに先程までと同じ曲を奏でていた。
「見つけるのが遅くなって、ごめんね」
 今度は、笑みを浮かべた表情で、沙慈はそれに謝った。

「そう言えば、先程の御仁は?」
「それが、もう帰ってしまったみたいで……」
 三毛乃の問いに摘木が答える。彼女と同様、途中で援護に入った昇は既に姿を消していた。一度礼を、と思っていた三毛乃の視線が辺りを一巡し、最後に『彼』に行きついた。
 少年の姿をしたビハインドは、弟分……カイの姿を遠巻きに見つつ、何やら誇らし気に頷いている。
「見てくれこそ小さくとも立派立派。良い兄貴分やっておいでじゃァありやせんか、にゃい殿」
「お祝いに、美味しいもの買って帰りましょうね」
 喉を鳴らしながら言う三毛乃と摘木の言葉に、『彼』は胸を張って応じて見せた。
「それじゃ、綺麗にして帰りましょう。皆も随分汚れてしまったし、ね?」
 そんな彼等に歩み寄り、スズネがクリーニングを施していく。
 蝙蝠型のドローンで場のヒール作業を行っていた八ツ音も合流し、呼び掛けに答えた一同は、持ち込んだ明かりの回収にかかった。
 残すところは、ここに不法投棄されていた物達だが。
「……この子達も、回収してしかるべき場所に連れて行った方が良いわよね」
「行政を呼んだほうが効率はいいだろうけど、そうね。出来得る限りの事はしましょう」
 スズネの言葉にリシティアが頷く。人のために働き、役割を終えた彼等が眠るのに、この場所は相応しくないだろう。

 そうして、オルゴールのシリンダーが一巡する。
「そうそう、わたしにも大事な曲があるんだよ」
 音の止んだオルゴールに代わり、イチカがそれを口ずさむ。思い出深い、忘れられない一曲。
 それもまた、胸の奥に流れるメロディだった。

作者:つじ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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