素麺と餡に梅干し夏料理

作者:奏音秋里

 農道を車で30分ほど登ったところに、一軒の素麺屋があった。
 四季をとおして明るい時間帯だけ開店して、手打ちの素麺を食べさせてくれる。
 そんな、流しそうめん店だった。
「はぁ……」
 しかし素麺以外の食べ物も流そうと思いついたのが、終わりの始まりだったのである。
 もともとあった饅頭やおにぎりを、注文に応じて素麺と一緒に流し始めた。
 当然ながら「食えたもんじゃない」と、客足が遠のいてしまったのだ。
「なんでも流したらええわけやないなぁ……」
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
「ん?」
 厨房でしょんぼりしていた店主の胸を、背後から貫く魔女の鍵。
 抵抗する間もなく、意識をなくした男性はその場に崩れ落ちるのだった。

「毎日暑くて堪らないっす。もう素麺の季節っすね」
 黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)の手には、乾麺が握られている。
 お中元に、送られてきたらしい。
「それで今回のドリームイーターなんすけど、潰れた流しそうめん屋のご主人っす。店の奥の住居部分に寝かされているんす。ドリームイーターを倒したら目覚めるっすから、よろしく退治してもらいたいんっす」
 ドリームイーターは、腰に前かけを巻いて素麺屋の店主として振る舞っている。
 近付く者を客として店内へ引き入れ、強制的に素麺を食べさせた挙げ句に殺害。
 放っておくわけにはいかないと、英桃・亮(竜却・e26826)も協力を依頼した。
「外見は店主を真似ているっす。身長は180センチと高めっすね」
 べちゃべちゃの饅頭やおにぎりを投げつけてきたり、素麺を絡ませてきたり。
 食べられないのが残念になる、攻撃方法だ。
「戦闘は店内でおこなうことになるっす。そんなに広くないっすから、足許には充分に気を付けてほしいっすよ。ちなみに、皆さん以外のお客はいないっす」
 乗り込んでいきなり戦闘を仕掛けることもできるが、オススメはしないと言う。
 客としてサービスを心から楽しむと、ドリームイーターの戦闘力が減少するからだ。
 素麺は勿論、おにぎりや饅頭などを流してくるので、遠慮せず食べて欲しい。
 それに。
「満足させてから倒すのとそうでないのとでは、被害者の心持ちが全然違うんっすよ」
 曰く、後悔の気持ちが薄れて、前向きな気持ちになれるのだとか。
「失敗は誰にでもあるっすよね。でもそれは、次に活かせば問題ないんす。被害者がそうやって前へ進んでいけるように、きっちり倒してきてくださいっす!」
 自信満々の笑顔で、ダンテはケルベロス達を送り出す。
 帰ってきたら一緒にこの素麺を食べましょうっす~と、手を振るのだった。


参加者
沙更・瀬乃亜(炯苑・e05247)
玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)
アクレッサス・リュジー(葉不見花不見・e12802)
渡羽・数汰(勇者候補生・e15313)
紺崎・英賀(自称普通の地球人・e29007)
長谷川・わかな(笑顔花まる元気っ子・e31807)
ノーヴェ・アリキーノ(トリックスター・e32662)
リール・ヴァン(良物件求ム・e39275)

■リプレイ

●壱
 ヘリオンを降りたケルベロス達は、件の素麺屋を目指して農道を登る。
「流し素麺が食べられる店って時々聞くけど、行くのは初めてだからちょっと楽しみだ」
 アクレッサス・リュジー(葉不見花不見・e12802)は、愛用の眼鏡の位置を直した。
 ケルベロスコートを脱いだ『着流し』姿で、如何にも客という姿をしている。
「ボクも、普通のそうめんは食べたことあるけど、流しそうめんは初めてだからちょっとワクワクだよ。でも流し饅頭と流しおにぎりはなぁ……」
 ノーヴェ・アリキーノ(トリックスター・e32662)は、一時の涼には期待しつつ。
「自分、見たことも食べたことも無いんですよね……色んなものを流すのは面白そうな気もしますが、ともかく無事終えられるようがんばります……!」
 気弱からくる控えめな笑顔で、玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)も依頼完遂を誓う。
「さらさらのおにぎり……ふやけたお饅頭……」
 ぶつぶつと、紺崎・英賀(自称普通の地球人・e29007)はイメージトレーニング。
「なんでおにぎりやお饅頭まで流したんだろ。せめて同じ麺類なら美味しく食べれそうなのに! ね、そう思わない!?」
 長谷川・わかな(笑顔花まる元気っ子・e31807)も、ちょっとした疑問を口にした。
「店主さんはおそらく、なんらかの少なくとも――善意を持っていたはず。お客さんとして、その夢を、たのしい夢にかえることにしましょう」
 テレビウムと一緒に、沙更・瀬乃亜(炯苑・e05247)は心を弾ませる。
「お、あいつだな。お出迎えとは親切なこって」
 店舗の前に男性を発見し、渡羽・数汰(勇者候補生・e15313)は警戒を強めた。
 相手もケルベロス達を認めてにこやかにお辞儀すると、店へと招き入れる。
 どうぞどうぞと席を勧めて、水を流し始めた。
「食ってみないことには始まらんな」
 リール・ヴァン(良物件求ム・e39275)は、めんつゆを器に注ぐ。
 そのうちに、素麺のあいだにおにぎりやらお饅頭やらが流れてきた。
「変わったアトラクションのようですね、興味深いです……おいしいですね」
 好奇心に任せて箸を伸ばす瀬乃亜の横で、テレビウムは水流を眺めてはしゃいでいる。
「あぁ、これくらいなら許容範囲だな」
 アクレッサスも、皿にとってちょっと水気を切ってから、口へと運んだ。
「このどろどろの食感……昔食べたレーションを想い出します……懐かしいなぁ…」
 網杓子ですくっていると、ユウマの脳裏に、過ぎ去ったあれやこれやが想い出される。
「あの……私、これをしないとご飯が食べられないの! 店主さんも一緒にやってみようよ! せーのっ、おいしくなあれ! きゃー、店主さん可愛いー!」
 店主も巻き込み、魔女っ子っぽく人差し指を指揮棒のように振るうわかな。
「水かけごはん……山形県の料理だっけ。水饅頭なら大歓迎だけど……」
 英賀が青い顔をしなくなったのは、一緒に『おいしくなあれ』を唱えてもらったからだ。
「すごい! こんな料理、食べたことない!」
 最初と変わらぬ笑顔なノーヴェも、こっそりオマジナイをしてもらっていた。
(「おにぎりがうまくつかめない。真っ二つに……」)
 あくまでも前向きに考える材料として、ダメなところを『手帳』に書きなぐるリール。
「なるほど。これはまさに、いままで誰も思いつかなかったことじゃなく、思いついたけどあえてやらなかったってやつだわ……ご馳走さま。さて、それじゃお題代わりにデウスエクス退治といこうか」
 内心で溜息を零しつつ、表向き美味しそうに食べ終えて。
 水流が止まったのを合図に立ち上がると、挨拶ののちに数汰は開戦を宣言した。

●弐
 満足したドリームイーターは、客が実は己の敵だったという事実に困惑している。
「チャンスだね。僕からバッドステータスの贈り物だよ」
 用心深く様子を伺っていた英賀だが、大胆にも先手をとった。
 極限まで精神を集中させて、ドリームイーターを爆破する。
「お前さんたちのとっときの一撃、期待してるぞ。はこは中衛に頼むぜ」
 ケルベロスコートを羽織り、戦闘モードへと切り替えるアクレッサスとボクスドラゴン。
 仲間をバックアップするためにもライトニングロッドを振るって、雷の壁を構築する。
「ありがとうございます、アクレッサスさん。ご期待にはお応えせねばなりませんね」
 左眼の地獄の炎を大剣に纏わせて、ユウマは跳躍した。
 叩きつければ、深い紅がドリームイーターの全身を包み込む。
「強制加重弾、セット完了。掃射開始!」
 戦闘開始とともに入り口付近に陣どり、逃走阻止のために封鎖を試みていた。
 リールの放つ特殊弾が、被弾したドリームイーターの機動力を低下させる。
「俺達の手で確実に勝利を掴むぜ」
 バトルオーラを愛用の簒奪者の鎌に集中させて、数汰は達人の一撃を打った。
 ドリームイーターの動きを観察して、着実にダメージを重ねていく。
「わかなさん、さっきはありがとう。助かったよ」
 シャーマンズカードの輝きから、氷属性の騎士のエネルギー体が召還された。
 背中を合わせて、ノーヴェは礼を告げる。
「ううん、どういたしまして! 遠慮せずいつでっ……ちょっとなんなのっ!? 私、喋ってる途中なんだけどっ?! けど残念でしたー! 服の下はちゃんと水着だもんねー♪」
 顔面に濡れ饅頭が直撃して、表情を豹変させるわかな。
 変形させたドラゴニックハンマーから、勢いよく竜砲弾を放った。
「A red rose is not a rose red flo.赤薔薇も応援動画を流してください」
 瀬乃亜の柔らかな詠唱が、赤い薔薇の飴をわかなの手のなかに転がす。
 前線でぴょんぴょんしているテレビウムにも、仲間達を気遣うよう指示した。

●参
 饅頭やらおにぎりやら素麺やらが散らばって、床も壁も水浸し。
 体力を削られたドリームイーターの反撃が、命中しなくなった所為でもあった。
「畳みかけましょう……!」
 間髪入れず、ユウマが手にした鉄塊剣で瞬時に連撃を叩き込む。
 機動力を奪うために、重く正確な剣撃を脚へと集中させた。
「動いていたら暑くなってきたねー、暑いのニガテだからイヤになるよ」
 半透明の御業が鷲掴みにすれば、更にドリームイーターの自由が制限される。
 手をぱたぱたさせて、ノーヴェは余裕のある態度を崩さない。
「もう一息ですよ、赤薔薇」
 妖精弓から、祝福と癒しの宿る矢を射る瀬乃亜。
 テレビウムも一所懸命、皆を応援し続ける。
「チップ代わりの弾丸を嫌と言うほどくれてやる」
 ばらばらになった米粒の恨みを籠めて、リールはレバーを引いた。
 両手のガトリングガンから、大量の弾丸がばら撒かれる。
「隙なんか与えねぇぜ!? 冥府の最下層、陽の光届かぬ牢獄に汝を繋ぐ。全てが静止する永劫の無限獄にて、魂まで凍てつけ!」
 数汰が掌に発生させたのは、絶対零度を下回る負の無限熱量だ。
 足場に気を付けつつ正面から、腹部へとエネルギーを打ち込む。
「いい子だ赤蜘蛛。逃がすんじゃないぞ、めいっぱい齧りついてやれ!」
 赤黒いブラックスライムは蜘蛛をカタチどり、装備主の命に従って走った。
 凍結する足許からドリームイーターの身体を登り、首筋へと齧りつく。
「どこまで細かくすれば、お前の死は証明できる?」
 迷いなく惨殺ナイフを突き刺すと、英賀は手早く的確に、筋に沿って切り刻んでいった。
 医療の知識に加えて、幼い頃に培われた暗殺の感覚と判断力が、解体を可能にする。
「これで決めるよ! 当ったれー!!!」
 残る力の総てで得物を加速させて、ドリームイーターめがけて振り下ろす。
 わかなの鉄鍋に潰された身体は、間もなく店のなかから消失するのだった。

●肆
 破損箇所をヒールさせてから店の奥へと進んだケルベロス達は、倒れている店主を発見。
 程なくして意識が戻ったため、事態の説明と状態の確認を済ませた。
「あのさ、ただの饅頭じゃなくて水饅頭を流すとか、おにぎりじゃなくてそうめん以外の麺類を流すとか、それくらいなら考え付いたんだけど……というか、新しいアイデアが浮かんだらまず自分で味見しなよ……」
 と、苦笑しつつノーヴェが突っ込むと。
「美味しかった。けど、饅頭やおにぎりは、流すならせめて皿に乗せた方がいいかもな」
 アクレッサスも、店主の案を前提にしてアドバイス。
 仲間達へ『胃薬』と『飴ちゃん』を手渡す辺り、面倒見のよさが垣間見える。
 ノーヴェとアクレッサスの話を聴き、確かに……と店主も納得する。
「手打ち素麺自体は美味しかったし、普通のお店としてやり直してみては?」
 続く数汰による慰めの言葉に、店主は少し眼を潤ませた。
 背中を押してくれる者達の存在や言葉が、いまはとてもありがたい。
「口に入る物なら大抵食べてきましたが、今回のは初めての経験でしたね。えと、個人的にはとても楽しかったです! もしまたお店を出すことがあれば応援します……!」
 戦い漬けの日々の記憶を探りながら、ユウマも店主を励ました。
 今度は、自分以外のヒト達も文句なく美味しいと言えるようにと、願う。
「やっぱり、ご飯は皆が美味しく食べられなくっちゃね! 皆が笑顔になれるようなご飯、楽しみにしてるね! ってきゃっ……」
 そろそろ店をあとにしようと、手前の部屋へ戻ってくるケルベロス達。
 だが、未だ床が濡れていたらしくて、思わずわかなが転けてしまった。
 店主に起こしてもらうと、えへへ……と笑う。
「次は、友人を連れてくるのもいいかもしれません。ね、赤薔薇」
 なにより自然に囲まれていて落ち着くと、瀬乃亜とテレビウムは感想を述べた。
 このあたりに赤いお花を飾ってみては如何でしょうかと、内装にもひとつ助言を。
「僕も美味しいご飯をたべたいね。またみんなで来ようよ」
 仕事を成功させることが、店主にとってイチバンの自信になると考えた英賀。
 再度の来店を約束して、店の扉を左へと滑らせた。
「ご馳走さま。私も、再開を楽しみにしている」
 リールがカウンターへ置いたのは、一食分の代金と1枚の紙。
 戦闘前のメモに、改善案と励ましの言葉を書き加えた、手帳の1頁。
 店主は千切れんばかりに、ずっとずっとずーっと、手を振ってくれたのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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