砂と硝子

作者:麻香水娜

●下される指令
「あなた達に使命を与えます」
 ミス・バタフライは2人の配下を見遣る。
 彼女の視線の先には、真っ赤なアフロヘアに大きな丸い鼻をつけた道化師風の男と、スキンヘッドで筋肉質な男が深く頭を垂れていた。
「この街に、サンドレリーフ・ガラスが得意なガラス細工職人がいるようです。その人間に接触して仕事内容を確認、可能ならば習得してから殺害なさい。グラビティ・チェインは略奪してもしなくても構わないわ」
 ミスバタフライは静かに告げる。
「了解しました、ミス・バタフライ。一見、意味の無いこの事件も、巡り巡って、地球の支配権を大きく揺るがす事になるのでしょう」
 頷いた道化師風の男は立ち上がると、筋肉質な男と共にどこかへ消えていった。

●涼しげなグラス
「このようなグラスで冷たいお茶を飲むというのもいいですね」
「透明なカットガラスのグラスも涼しげだけど、そういう柔らかいのもいいね」
 祠崎・蒼梧(シャドウエルフのヘリオライダー・en0061)が透明なガラスに曇りガラスのような模様がついたグラスを顔の前で光にかざしながら穏やかに口を開くと、 天矢・和(幸福蒐集家・e01780)が、蒼梧の持つグラスを見ながらにこにこと頷く。
「これはサンドレリーフ・ガラスというようなのですが、この技術もミス・バタフライに狙われてしまいます」
 ミス・バタフライの配下が仕事の情報を得たり、習得した後に殺そうとする事件を起こすようだ。
 職人の保護と螺旋忍軍の撃破、両方を頼みたい、と集まったケルベロス達を見渡す。

●囮作戦の提案
 狙われるのは関口・孝則というガラス細工職人。
 事前に避難させてしまった場合は、敵が別の対象を狙うなどしてしまう為、被害を防ぐ事ができなくなってしまう。
 そこで、事件3日前から孝則に接触する事ができるので、必死に技術を習得し、見習い程度になる事ができれば、螺旋忍軍の狙いを自分達に変えさせることできるかもしれないという囮作戦が提案された。
「見習い程度とはいえ、3日で習得するには、相当努力せねばなりませんが……習得する事ができれば、指導という名目で螺旋忍軍を分断したり、先制攻撃をできるチャンスを作れるかもしれません」
 尚、孝則という人物は、あまり人と関わる事を好まない、とっつきにくい人物であるらしい。

●道化師と怪力男
「関口さんの工房は木々に囲まれた静かな山奥にあり、周辺に住宅はありません。螺旋忍軍は関口さんの工房に現れますので、囮になれなければ工房が戦場となり、囮になる事ができていれば、戦いやすい屋外に連れて行くという事も可能でしょう」
 幸いな事に孝則以外に人はいないので、孝則の安全さえ守れば避難誘導等は気にしなくて良いようだ。
「現れる螺旋忍軍は2体です」
 道化師は螺旋手裏剣を装備して状態異常が厄介で、筋肉質の男はエアシューズ装備で非常に攻撃力が高い。また、2体とも螺旋忍軍同等のグラビティも使用してくる。
「バタフライ効果というものは、結果的にどのような事態になるのか予測の難しいものです。しかし、最初の一手を止めて悪影響を起こらないようにしてしまえば問題ありません。どうぞ、宜しくお願い致します」


参加者
上月・紫緒(テンプティマイソロジー・e01167)
天矢・恵(武装花屋・e01330)
天矢・和(幸福蒐集家・e01780)
大成・朝希(朝露の一滴・e06698)
アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)
アニー・ヘイズフォッグ(動物擬き・e14507)
リリー・ヴェル(君追ミュゲット・e15729)
六連・コノエ(黄昏・e36779)

■リプレイ

●修行開始
 工房を訪れたケルベロス達は、関口・孝則に事情を説明し、自分達に教えてほしいと頭を下げる。
「……教えたりするのは得意じゃないんですが、そういう事なら、宜しくお願いします」
 人と関わる事が得意ではないという話だったが、礼儀を知らないというわけではなく、どうやら言葉を選ぶのに時間がかかるだけなのだと、ケルベロス達は少しだけ安心した。

 まずは、どんなものを作りたいかを教えて欲しいという孝則の言葉に、
「素麺ボウルが作りたいんだ、こんなの!」
 アラタ・ユージーン(一雫の愛・e11331)が瞳を輝かせながら、スケッチブックを取り出して描いてきた絵を見せる。
 一言にサンドレリーフ・ガラスと言っても、何種類もの掘り方があるようだ。言われて工房にある孝則の作品を見ると、柔らかな風景であったり、輪郭のくっきりした花であったり、掘り方が違うのを理解する。
「僕はこういう感じの雰囲気で青い鳥を描いたグラスを造れるようになりたいな」
 並ぶ作品の1つを指しながら六連・コノエ(黄昏・e36779)も希望を口にした。
 他の6人もそれぞれに、このグラスのような、とか、この皿のような、などの希望を伝えると、同じ掘り方を選んだ者ごとのグループに分かれて説明を受ける。
 掘り方によって、マスキング用のマスクシートの上に貼る透明なシール、ゴムシートに転写するようの紙、素材は違えど、平面に絵を描く事は同じで、それぞれが黙々と絵を描いていた。

 予め絵の得意な息子に特訓をつけてもらっていた天矢・和(幸福蒐集家・e01780)は真剣な表情で胡蝶蘭を描いている。
「ヘイズフォッグさんは何描いてるの?」
 描き終わって息を吐きながら、アニー・ヘイズフォッグ(動物擬き・e14507)の手元を覗き込んだ。
「自分は植物、葉だよ」
 写真でみたサンドレリーフガラスはとても綺麗な薔薇の花だったんだけど、自分にあそこまでのものは難しそうだから、と軽く苦笑する。
「凄く上手だね」
「見たものを真似するのは得意なんだけど……」
 本物のような絵に和は深く感心するが、アニーは難しい顔をしていた。どうやったら自分らしさというものが出せるか試行錯誤しているらしい。
 ゴムシートを貼り、アートカッターで削りたい部分をカットしていく大成・朝希(朝露の一滴・e06698)の手が止まる。
 朝顔模様のアイスクリームグラスを作ろうとしているのだが、蔓葉の細かい所カットができず、孝則が作った作品と見比べて難しい顔をしていた。
「ちょっと聞いていいか?」
 天矢・恵(武装花屋・e01330)が孝則に何かを質問する声が朝希の耳に入る。
 どうやら丁度作業の手を止めて顔を上げたタイミングで恵が質問しているらしい。
 その会話が終わるのを見計らって、朝希も孝則に近付く。作業の邪魔をしないようにとタイミングを見計らっていたケルベロス達は、前の質問者の質問が終わると、上手くいかない部分のコツを1人ずつ質問した。

 休憩時間になると、ケルベロス達は工房の周辺で戦闘場所に丁度良さそうな場所を探す為に山の中を散策する。
「何の目的でこんな素敵な職人さんを狙ってるのか知りませんけど、素敵アートはみんなの宝物です」
 周囲を見渡しながら、上月・紫緒(テンプティマイソロジー・e01167)が、憤慨したように唇を尖らせた。
「おんなじモヨウには、ならないのでしょうね。きっと。ステキな出逢いができる、タイセツなもの、ですもの」
 紫緒と共に散策していたリリー・ヴェル(君追ミュゲット・e15729)が『素敵アートは宝物』という言葉に同意する。
 教えるのは得意ではないと言っていたが、一生懸命自分達の質問に答えてくれた。作業中の真剣な眼差し、素晴らしい作品。
「そんな素敵な先生を殺させませんよ」
「まもらなくては、いけないです、ね」
 紫緒がぐっと拳を握ると、リリーも静かに頷いた。

●弟子入り志願
 事件当日――。
「先生はおうちから出ないで下さいね♪」
「じゃあ、僕達は行こうか」
 紫緒がにこやかに頼み、コノエが山中で待ち伏せする仲間達に呼びかける。
「はい。行きましょう。囮役、がんばってください、ね」
 頷いたリリーは、囮役となった3人に向かって静かに微笑んだ。

 工房の戸が開かれる。
『すいませーん、こちらにサンドレリーフ・ガラスの職人さんがいらっしゃると聞いたのですが』
『俺達、是非自分で作れるようになりたくて……弟子にして頂けないでしょうか」
 最初に道化師風の男が中に声をかけると、続いてスキンヘッドの筋肉質な男が来訪の用件を口にした。
「弟子入り志願? そうだね、じゃあ、少し体験してみようか」
 和が柔らかく微笑んで螺旋忍軍達を招き入れた。
「直接グラスに描くのも慣れねぇと大変だろ? だから、このシールの上に絵を描くんだ」
 机に座った螺旋忍軍に道具を出して説明するのは恵。
「ほら、隙間があります。その部分も削れてしまいますよ」
 削りたくない部分はガムテープで覆うのだが、隙間があるとそこまで削れてしまう、と朝希が厳しめの口調で指摘する。
「ふむ。砂が足りなくなりそうだな。取りに行くからついてこいよ」
「必要なものを揃えるのも大事ですから。そういう部分も覚えて下さい」
 道具のチェックをしていた恵が口を開き、朝希が恵の意図を補足するように続けると、頷いた螺旋忍軍達は立ち上がった。
「恵くん、2人をよろしくね」
 和が微笑みながら見送り、朝希も和も作業に戻る――フリをする。
 恵と螺旋忍軍の気配が工房から離れていくと2人は立ち上がり、恵が案内する道とは、違う道で待ち伏せしている仲間達の下へ向かった。

●奇襲
『砂を置いてる倉庫って工房から離れてるんですね』
 道化師の男が歩きながら、ふと口を開く。
「あぁ。作業詰めだと息が詰まるだろ? 散歩がてら山の空気を吸って気分転換にもなるからな」
 恵が平然と答えた。

 その時――!

『何だ!?』
『うお!?』
 道化師の男はいきなりカプセルを投げつけられ、スキンヘッドの男はマインドソードで斬りつけられる。
 物陰に潜んでいたアラタが殺神ウイルスを投げた瞬間、紫緒がマインドソードで斬りつけたのだ。
「んなとこに倉庫なんかねぇよ」
 背後から恵の声が聞こえたかと思うと、道化師の男の足元から溶岩が噴出す。
 アニーが前衛に紙兵をばら撒いて守護させると、アラタのサーヴァントであるウイングキャットの先生が後衛に清浄の翼で邪気を祓った。
「工房には大切な物もあるからね。引き離させてもらったんだよ」
「誰かを陥れようとすれば、必ず報いがあるものです――お覚悟を」
 更に、少しゆっくり目に歩いていた恵達を別の道を走って先回りしていた和から道化師に向けて轟竜砲が、和のサーヴァントであるビハインドの愛し君からは金縛り、朝希からはフォートレスキャノンがスキンヘッドに放たれる。
 体勢を立て直す暇もなく2体の螺旋忍軍は攻撃を浴びせられ、ただケルベロス達を睨みつけていた。
 その隙にと、リリーが中衛に紙兵をばら撒き、全員に状態異常の耐性がつけられる。リリーのサーヴァントであるウイングキャットのフェリーチェは、道化師に尾のキャットリングを飛ばして、螺旋手裏剣の刃を欠けさせた。
 畳み掛けろといわんばかりに、コノエがスキンヘッドにスターゲイザーを放ち、コノエのサーヴァントであるミミックのラグランジュが武装具現化で追い討ちをかける。
『騙したなケルベロス!』
 道化師が吠えて毒手裏剣を和に向けて飛ばした。
「……!」
 和が衝撃に身構えると、愛し君が和の前で両手を広げて手裏剣を受ける。
『許さねぇ!!』
 スキンヘッドは前衛に暴風を伴う強烈な回し蹴りで薙ぎ払った。
「今治すよ!」
「再び、シュゴ、を」
 アニーが前衛に薬液の雨を降らせ、更にリリーの連携で紙兵がばら撒かれてブレイクされた耐性を再び付与しながら回復させる。
 重い攻撃ではあるが、2人のメディックの連携で前衛は殆どの傷が消えていた。和を庇って毒手裏剣を受けた愛し君だけはまだ大分傷が残っているが、そこまでの負傷という程でもない。
「私がスキンヘッドをおさえますから、奥の道化師を」
 紫緒が和と恵に声をかけると、2人が頷く。
「女神が微笑む夜の舞、お付き合いくださいな♪」
 紫緒が背の黒翼に魔力を込めて重力の鎖とし、右足を軸に翼を振り抜き、強大な黒の奔流がスキンヘッドに襲いかかった。
「親父!」
「硝子も砂の絵付けも繊細なものだ。君たちみたいな奪って殺す生き物には扱いきれないと思うよ?」
 恵が時空凍結弾を放つと、和が魔法の弾丸を撃ち出す。
『ギャアアアアア!!』
 恵と和の見事な連携攻撃により道化師は背中から倒れて動かなくなった。
「残り1体だな!」
「これで終わりです!」
 アラタが思い切り光り輝く斧を振り下ろすと、タイミングを合わせた朝希が達人の一撃を放つ。
『ウオオオオオオオ!!!』
 スキンヘッドも、山の木々を揺るがすような断末魔を上げると、前のめりに倒れ伏した。

●修行の成果
 いくら山の中といえど、傷付いた植物にヒールを施して、元の美しい風景を取り戻させたケルベロス達は、孝則のいる自宅へと向かう。
「もう大丈夫ですよ♪」
「……ありがとう、ございます」
 紫緒がにっこりと笑いかけると、孝則も力が抜けたように柔らかな空気になった。
「なぁ、この作った器、店で出してもいいか?」
 恵が真っ直ぐと孝則の目を見て口を開く。
「……勿論」
 修行中に積極的に話しかけてきた恵が、花屋兼喫茶店を営んでいると聞いていた孝則は、小さく口元を綻ばせた。
「僕もこのグラスで早速珈琲を入れよう。こだわりのグラスでアイス珈琲を入れられたら素敵だろうなって思ってたんだ」
「これでアイスクリームを食べたら、もっと涼しい気分になれそうです」
 和と朝希もウキウキと自分の作ったグラスを手に取る。
「アラタはこれに素麺入れる! ありがとう関口先生! 理想の素麺ボウルができた!」
「僕はこのグラスで何を飲もうかな」
 アラタが満面の笑みで作った素麺ボウルを両手で持ち、コノエは自分の作った青い鳥のグラスで何を飲もうかと楽しみなようだ。
「アニーは飾るんだ!」
「わたくしも、飾って。オモイデに、しましょう」
 アニーが明るい笑顔を広げると、リリーも静かに微笑む。
「私は、これを持って恋人のところに帰ります。先生に教えてもらって作ったんですよって話したいんです」
 紫緒は、恋人の花であるネモフィラと自分の翼を描いたグラスを、大事そうに両手で包んだ。

作者:麻香水娜 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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