●埠頭を彷徨う
黒雲が空を覆い、月明かりを閉ざせば、夜闇は一寸先を見通す事をも許さぬ濃度で辺りを塗りつぶしてしまう。
「うお……雰囲気あるなオイ……」
オカルト雑誌の切り抜き片手に、スマホのライトを頼りに、人けのない埠頭をおっかなびっくりうろついているのは、いかにも浮ついた金髪の青年。
「『五月闇の中を彷徨う辻斬り』、ね。『月明かりのない夜、暗い埠頭の十字路を歩いていると怪しげなサムライが現れる』っと……」
記事の内容を反芻しつつ、スリルを楽しんでいる様子で、青年の足はより暗く不気味な場所を求め、四方を倉庫に囲まれた狭い十字路に到達する。
重く鈍い闇に閉ざされた『辻』。あまりにも雰囲気のありすぎる光景に足を止めた瞬間、あつらえむきに生暖かい夜風が吹き込み、青年は身震いする。
「……要は人目につかないシチュで斬り捨て御免ってことだよな……ひーおっかね」
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
「――!?」
唐突な女の声音に振り返った瞬間、稲光が瞬いた。
白い光の中に浮かび上がったのは、青白い顔の、黒衣の魔女。
数拍ののち、胸を巨大な鍵に貫かれた青年の体がアスファルトに崩れ落ちる音は、彼方から届くくぐもった雷鳴にかき消されてしまう。
青年が倒れ伏すその傍らには、ぼう……と、編み笠を被いた不気味な人影が浮かび上がった。
●闇に溶ける凶刃
「梅雨頃の、夜の暗さを指して、かつては五月闇と申しました。旧暦における呼称であり、現代においても夏の季語として通じます」
戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)の滔々たる説明に、吉柳・泰明(青嵐・e01433)が言葉を重ねる。
「辻斬りは人目を忍び、暗い闇夜に行われるが必定。疾うに絶えたこの犯罪と、五月闇とを結び付け、野放図に書き散らした雑誌がある」
そう言って示されたのは、トンデモ記事でおなじみの超マイナーオカルト誌。
どうやらこれを真に受けた暇な大学生が一人、『五月闇の辻斬り』探索に乗り出し、第五の魔女アウゲイアスに『興味』を奪われてしまったようだ。
「魔女は姿を消し、残されたのは彼の『興味』を元に現実化された辻斬りのドリームイーター。捨て置けば、人知れず一般人を斬り続け、被害は拡大してゆく事でしょう。人死にが出ぬうちに、早急な撃破をお願い致します」
『興味』を奪われた大学生は、鍵に貫かれ昏倒したが、外傷はなく、死んではいない。この『辻斬り』を倒せば、無事目を覚ますはずだ。
敵は『辻斬り』のドリームイーター1体。配下はいない。
『辻斬り』は編み笠に目元を隠した、江戸時代の侍姿。闇に溶け込み嗤い声で相手を牽制しつつ、抜刀の瞬間を見せない居合や、気づかぬ間に背後に回り込み背中を斬りつける、といった攻撃を仕掛けてくる。
「闇に閉ざされた四つ辻――すなわち、十字路のいずこかに、『辻斬り』は現れます」
埠頭には数多くの倉庫が建ち並んでおり、大小さまざまな十字路を無数に成している。出現場所の特定はできない。
「『辻斬り』は自身の存在を信じる者、『辻斬り』の噂をしている者の元に引き寄せられる性質を持ちます。これを利用し、中央部の大型十字路へと誘き出すのがよろしいでしょう」
また、『辻斬り』は人間を見つけると、出会い頭に『自分は何者であるか』を問いかけてくる。
「正答はそのものずばり『辻斬り』。皆様全員が正しく答えれば何もせずに立ち去り、お一人でも誤った対応をされれば、敵は襲い掛かって参ります」
ただし、一度戦闘に突入すれば、正答を返したからといって攻撃を免れるという事もないので、注意が必要だ。
現場は月明かりさえない曇り空の夜。彼方では雷鳴が鳴り響く、不安定な天気だ。戦いの最中に雨が降り出す可能性もあるという。
「オカルト誌に端を発した知的好奇心が、現代に辻斬りを蘇らせるとは実に奇異な事……深刻な事態に発展する前に、時代錯誤の人斬りにはご退場頂きましょう」
参加者 | |
---|---|
北郷・千鶴(刀花・e00564) |
吉柳・泰明(青嵐・e01433) |
莓荊・バンリ(立ち上がり立ち上がる・e06236) |
神寅・闇號虎(闇飲號虎・e09010) |
王生・雪(天花・e15842) |
ヴァルカン・ソル(龍侠・e22558) |
アシュリー・ハービンジャー(ヴァンガードメイデン・e33253) |
ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610) |
●現代に蘇る人斬り
闇に閉ざされた埠頭に、ぽつぽつと、小さな明かりが灯り、場違いな人影をいくつか浮かび上がらせた。
思い思いの明かりを手に持ち、あるいは体に固定したケルベロス達が、埠頭中央の大型十字路の中央に静かに佇んでいる。
莓荊・バンリ(立ち上がり立ち上がる・e06236)はヘッドライトを額の上に閃かせながら、傍らを振り向いた。
「ヒダリギさん、お願いするであります」
「わかった」
近衛木・ヒダリギ(森の人・en0090)は頷き、小柄な体から静かな殺気を辺りへと放った。もとより人っ子一人見かけない埠頭ではあったが、これで、万に一つの事故も防げる事だろう。
十字路中央では着々と臨戦準備が整えられていく。一方、明かりの点灯を控え、路地や物陰に身を潜める者も数名。
(「ツジギリ……確か、大昔の通り魔のことをそう呼んでいたのでしたか。どのような者が現れるやら……」)
アシュリー・ハービンジャー(ヴァンガードメイデン・e33253)は気配を消して十字路脇の暗がりに潜みながら、胸中にごちる。
「おっかねえならこういう話を確かめようとすんなよ……とにかく人が斬られる前に止めねえとな」
同じく物陰に潜み、ラルバ・ライフェン(太陽のカケラ・e36610)はもっともな苦言をぼやきながら、いつでも飛び出せる体勢で作戦開始を待つ。
全員が配置についたのを確かめ、盾役を担う二人が、仲間達から少し距離を取るように踏み出した。
「今尚闇に息衝く、辻斬りの影――まさかその様な者が彷徨う地が実在するとは」
そう切り出すのは吉柳・泰明(青嵐・e01433)。
「確かにこの暗夜、何が出ても可笑しくは無い空気だ」
辻斬りの存在を信じるような口振りで、剣士の視線がゆるりと周囲を巡る。
「辻斬り……闇に紛れて乗ずる者か。腕の方はどれだけのものかな」
戦士の本能に目覚めたように、神寅・闇號虎(闇飲號虎・e09010)もまた濃厚な闇の向こうに視線を馳せる。
沈黙を保っていた闇が、ふいに揺れた気がした。
ひた……ひた……密やかに、闇を踏むそれは、荒いアスファルトを草鞋で踏みつけながら忍び寄る、何者かの足音。
あたかも墨色の液体から抜け出でるように、ぬう、と現れたのは、編み笠かずいた半裃の侍。
それこそが、人の夢よりいでし、『辻斬り』。
(「己の意義も不確かなまま暗夜を彷徨うとは……無明長夜の顕れの様でもありますね」)
警戒に努めていた北郷・千鶴(刀花・e00564)は、胸中に呟きながら、緊張を高める。
編み笠のつばを摘まみ、前に深く引き下ろす『辻斬り』の口許は、不敵に微笑む。
「そこにおわすは、この身の由をご承知の方々と心得候。拙者は……何者でござろうか」
渋く、耳に染み入る低音で、『辻斬り』は問いかけてくる。
「うーぬ。通り魔かな?」
すぱっと身も蓋もない答えを返すバンリ。『辻斬り』は、ほう……と面白そうに声を上げる。
「貴様は哀れな野党よ。弱い者を斬る刃なぞ、なまくら刃よ」
闇號虎の返答もまた、にべもない。
「……憐れな」
嘆息を零しながら、路地からゆっくりとその身を現すヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)。
「守るべき者も倒すべき敵も無く、ただ闇に乗じて人を斬るのみ。己が意味さえ問わねばならぬ、そんな貴様は辻斬りですらない」
金の眼力が闇を貫き、厳しく『辻斬り』をねめつける。
「如何に太刀筋が鋭かろうと、それでは我が血潮は沸き立たぬ。本物の剣とはどういうものか、せめてその目に焼き付け消えろ」
ヴァルカンは刀身三尺程の長刀を構え、刃を敵へと突きつけた。
「一夜の内に消え去る儚き夢」
続き、答えたのは王生・雪(天花・e15842)。穏静ながらに芯は強く、ウイングキャットの絹と共に敵を真っ直ぐに見据える。
「私とて剣士。無情なる刃を……貴方の様な者の跋扈を、許す訳には参りません。尋常に――とは行かぬでしょうが、持てる全てを尽くしましょう」
雪の白刃もまた引き抜かれ、凛として『辻斬り』へと閃く。
「賎陋なる者」
千鶴とウイングキャットの鈴も同じく、毅然として敵を直視する。
「試し斬りに腕試し、憂さ晴らし――理由は色々あった様ですが、何れにせよ身勝手極まりない悪業。私の目指すものとは程遠い姿に御座います」
引き抜かれる刀は、やはり『辻斬り』へと対峙する。
「己の在り方も信念も不確かな、武人の風上にも置けぬ者。闇雲に虚ろな刃を振り翳す、救いよう無き咎人」
泰明は滔々と断じる。
「……とでも言おうか、悪夢の化身よ」
最後の刀が、『辻斬り』へと差し向けられた。
『辻斬り』の口許が、深く、醜く、歪む。
この場の全員を斬り捨てる事が出来るという、暗い悦びに。
●嗤いの波紋
――バイクのエンジン音が、高らかに場の空気をかき乱した。
音の在り処を最小限の動作で振り返った『辻斬り』を、ブルーファイアランプが煌々と照らし出す。
「『さきがけの騎士』アシュリー、参ります!」
ライドキャリバーのラムレイを駆り、『辻斬り』の後方からアシュリーが突っ込んでくる!
「――今だ!」
裂帛の気合を込めてヴァルカンが号を発した。即座に応えたのは雪。
「凜冽の神気よ――」
凍てつく一太刀が、背後に気を取られた『辻斬り』に襲い掛かり、その動きを、感覚を、奪い去る。
続けざま、挟み撃ちをするように、戦場に滑り込んだアシュリーはさきがけの一撃で突っ込み、即座に離脱する。そこから次々に、泰明の奔狼が、千鶴の花嵐が、ヴァルカンの雷刃突が、闇號虎の獣撃拳が、息つく暇なく浴びせられていく。
「真夏のジメジメとした闇夜にて、これまた湿っぽ昏ーい幻の相手とは……せめて貴方様とのこの一戦、汗も吹き飛ぶ爽快なものに!」
バンリはエアシューズを軽快に走らせ、ハイテンションなスターゲイザーを打ち込んだ。
「まずは強化! いっくぜー!」
アシュリーに続いて『辻斬り』を囲い込んだラルバは、元気いっぱい、ドラゴニアンの尾をピンっと立てて、ブレイブマインを派手に花開かせていく。
「――くっ」
一瞬、『辻斬り』が小さく呻いた……ように聞こえた。
が、その口の端は大きく吊り上がり、草鞋が軽く後方に地面を蹴ると、侍の姿は瞬く間に闇に溶けた。
次に響き渡ったのは、闇夜を這い回る哄笑。……初め、呻きに聞こえたそれは、笑いの端緒に過ぎなかったのだ。
幾重にも重なり不気味に満ちる嗤いは、居所を掴ませず、聞く者の足をすくませる。
「侍は誇り高い……って聞いたことあったけど……昔の辻斬りとやらは、何を思ってこんなことをしてたんだろうな」
嗤い声の影響下に晒され、ラルバは顔をしかめた。感情と直結しがちな尻尾が、実に嫌そうに揺れている。
「少なくとも真っ当なサムライならば、ツジギリに身を落としたりはしなかったのでしょうね……」
自然、じりじりと下がりたがる足を叱咤しながら、アシュリーは張り詰めた視線で辺りを探る。
「闇に紛れるか? だが、地獄の炎は貴様を照らすぞ!」
闇號虎が前に踏み出し、鉄塊剣に地獄を着火した。炎を纏う巨大な刃が闇を斬り裂き、潜んでいた『辻斬り』にブレイズクラッシュを叩き込む。
くはは……。痛みに抑制された小さな嗤いが、『辻斬り』の口から漏れ落ちた。
●剣士の攻防
ケルベロス達の猛攻は、敵の動きを制する事に主眼を置いて、闇から姿を現した『辻斬り』へと次々に浴びせられた。
『辻斬り』は口許から笑みを消さない。それは余裕を示すものか、あるいは、そうデザインされて産み落とされたがゆえの本性か。
その姿が、再び闇に溶けこむ予兆を見せた。
また闇の中に逃げる気かと身構えるケルベロス達の目前で、しかし闇の侵食は、刀に手を伸ばした左半身を隠しおおせたところで静止した。
――瞬間、黒一色の闇に白刃が閃いた。抜刀の瞬間を見せぬ居合。
しかし、その太刀筋を読んだ者があった。
「何の矜持も持たぬ刃に斬り捨てられる等、それこそ御免というもの。番犬としても、剣を扱う者としても、譲れぬ」
盾となる事は本分。危うく割り入り、防御を斬り裂く凶刃を受け止め切った泰明は、苦痛の一切を漏らさず、武人の鑑たる態度を貫き通す。
泰明の左右から二人の女性剣士が飛び出し、同時に『辻斬り』へと走り迫る。
「闇に紛れて弱き人々を斬り捨てるばかりの錆びついた凶刃に、我等番犬が如何して易々と屈する事がありましょうか」
「姑息な手に惑い、斯様な凶刃に引けを取る訳には参りませぬ。私の刃は、人々の安寧を護る為に在るもの。翳り齎す存在は、必ずや斬り払ってみせましょう」
雪の斬霊斬が敵を汚染し、千鶴の絶空斬が傷跡を斬り広げた。
「太刀筋は見事。しかし与えられた役割をこなすだけの剣に、意味があるとは思えんな」
たとえ力は本物であろうと、自己の意思が宿らぬ暴力は虚しいばかり。ヴァルカンは雷刃突で『辻斬り』を斬り捨てる。
「立ち振舞は強者のそれに見えますが――所詮は紛い物。薄っぺらな、誇りなき剣に負けるつもりは毛頭ありません」
アシュリーは人馬一体のままに突撃を仕掛け、稲妻突きの一撃離脱。
闇號虎が、バンリが、ラルバが、次々に攻撃を浴びせていく。すると『辻斬り』は再度闇の中に姿を消した。響き渡る嗤い声は、今度は前衛の足を止めさせる。
「……まずいかもしれない……」
攻性植物を励起させながら、ヒダリギが神妙に顔色を変えた。前衛はアシュリーによって堅い守護を付与されているものの、大人数を巻き込む攻撃が頻発され続けると、ヒダリギやサーヴァント達だけでは到底対処しきれない……。
「手伝うぜ! ……厄を呼ぶ力、今ここに生まれ変われ。聖なる龍の鱗の如く、厄を退く力となれ!」
景気よく請け負ったかと思えば、ラルバはたちまち一段落ち着いた口調で詠唱を開始、『再生の力』を放出する。降護・聖龍鱗。龍の如く立ち昇ったオーラが、厄を祓う力となって傷ついた前衛をたちまちに守護していく。
「助かるであります! こちらはガンガン攻め込むでありますよ!」
バンリの威勢のいい吶喊が響き、凍気を乗せたイガルカストライクがを闇の中へと轟音を打ち込んだ。
ケルベロス達は戦いに没頭した。癒しより、守備より、ひたすらに攻撃を重ねる。『辻斬り』は決め手を欠いたまま、瞬く間に消耗していく。
それでもなお、『辻斬り』の口許には、得体の知れない笑みが刻まれ続けていた。
●壊れた凶刃
稲光が戦場を照らす。遅れて、鈍い雷鳴。彼方でくすぶっていた雷が、徐々にこちらへと近づいてきているようだった。
「くくっ……ふ、ふふふふ……」
いつしか『辻斬り』は、常に忍び笑いを漏らすようになっていた。グラビティとしての効力はもちろんないが、耳障りに神経を逆撫でてくる。
対するケルベロス達は、決して屈せず、乱されず、己が役目を果たし続ける。
闇に紛れ、背後から千鶴を狙った凶刃は、闇號虎の鉄塊剣に受け止められた。
「そのような刃で、我々を倒すことなど無理なことだ」
鉄塊の大質量に押し戻され、後方に退散した『辻斬り』を次々とグラビティが襲い掛かる。
「行くよ、ラムレイ!」
急加速で飛び込んだのは、ライドキャリバーの騎兵と化したアシュリー。加速を乗せた強烈なランスチャージに連れ去られた『辻斬り』は、一棟の倉庫の壁に縫い止められる。
「く……く、く、く」
なおもしつこく嗤いを漏らしながら、その半身を闇に隠そうとする『辻斬り』。
「……かかった、今ッ!」
起点の見えぬ白刃を、行動阻害とロングコートの加護に助けられて回避しながら、アシュリーは咄嗟にその場を飛び退いた。
一挙に開けた『辻斬り』の視界に、殺到するケルベロス達の刃。
ヴァルカンの掲げる刀身は炎を纏い、熱気で生じた陽炎の内に、間合いと挙動を揺らいで見せる。
「一意専心――いざ、参るッ!」
陽炎之太刀。大上段から斬り下ろされた必殺剣が、鋭く敵を斬り捨てる。
「人を手あたり次第襲うようなヤローは、ここで負かす!」
元気に駆けこんだラルバの旋刃脚は、十分に付与された行動阻害の後押しを受け、想定以上の衝撃を叩き出す。
「絶えて久しい存在は、今一度徒夢と散るが良い――覚悟せよ」
泰明の声に応えて唸りが響く――刹那、一閃。猛然と駆け抜けるは荒々しい黒狼の影。剥き出されるは雷宿す牙。嵐の如き攻撃が『辻斬り』を圧倒する。
「確たる意志も持たぬまま振るわれる剣に、破れる者はおりませんよ――御覚悟を」
凍花。雪の一太刀が、冴え冴えとした閃きを刻む。雪花を誘い、底冷えを齎し――生じた太刀風が吹雪と成る。
「ふは、ひっ、ひひひ……ははははっ……」
『辻斬り』はもはや壊れたように嗤いを繰り返しながら、懸命に闇へと身を投じようともがいている。
「貴様でも己の死には抵抗があるというのか。可笑しな噺だ」
闇號虎は眼差しを眇める。
「闇が貴様を助けるとするなら、闇ごと我が喰らおう! 花鳥風月!!」
拳が、脚が、鉄塊剣が、自然のあらゆるものへの祈りと共に、『辻斬り』へと打ち付けられる。あたかも幼い猛獣の、加減を知らぬ狩りの如く。
「闇に乗じて襲い来る――辻斬り等と響きはそれっぽいでありますが要するに只の卑怯者」
ローラダッシュで跳び上がりながら、バンリは肩をすくめた。
「その幻として生まれ落ちるなど、貴方様も不憫でありますね」
摩擦で着火した蹴りが、膨大な炎の中に『辻斬り』を包み込んだ。
業火に巻かれた『辻斬り』が、揺らめく炎の切れ端の隙から見出したのは、静かに構えを取る千鶴の姿。
「神妙に――夢幻と消えなさい」
一転――鬼すら怯む、疾く鋭い一太刀。
手向けの桜花がちらちらと舞い躍る闇の中、『辻斬り』の全身が、細切れに引き裂かれるように消えていく。
断末魔の叫びの代わりに、引き攣れたような嗤い声を、どこまでも響かせながら。
「辻斬り、か。私が言えた義理ではないが、時代錯誤な話だ」
ヴァルカンは刀を鞘に納めながら呟き、早速周辺のヒールに取り掛かる。
「辻斬りならぬ辻打ちなど、よもや出現せんとは思うでありますが……その様な姑息な一発は、喜んで迎え撃ったるでありますよ!」
あからさまにフラグ臭いような事を嘯くバンリ。
「迷い無くこの意志と道を貫けるように、在りたいものだな」
己が手を見下ろし、『辻斬り』と対峙したその時の、実直な心地を反芻する泰明。
「私達も己の道を見失わぬ様に――一層励まねばなりませんね、鈴」
千鶴の凛然とした呼びかけに、鈴も凛々しい眼差しを返す。
「お、見つけた。こっちにいたぜー」
少し離れた路地からラルバの声が上がった。
その途端、空が激しく明滅し、一拍ののち、破裂音に似た轟音が耳をつんざいた。戦闘の素早い進捗に比べ、まだまだ遠く思えた雨の気配も、いよいよ差し迫ってきているようだ。
「では、私は被害者の方の元へ」
雪は修復を切り上げ、大学生の為の雨具を片手に路地へと向かった。
「闇を使う者が、闇だけに呑まれるとは限らない……もう知ることは出来ないか」
闇號虎は騒がしい空に転じていた視線を、『辻斬り』の消え果てた場所へと戻す。
「魔女とやらの鍵、厄介なものだ」
小さな独白に応えるように、雷光がひときわ激しく閃いた。
作者:そらばる |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年7月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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