明けの花嫁

作者:東間

●誰が為に咲く
 この森に睡蓮の楽園ともいえる泉がある。夜明けにそこを訪れたなら、それはそれは美しい世界が見られるだろう。だが泉の睡蓮は神の為だけに咲く。神以外が見ていると気付いた睡蓮は見た者を決して許さず、相手が死に絶えるまで追い掛ける。
「故に、悟られぬよう注意されたし……って、言われてもさあ」
 呟いた豊の顔は、スマホ画面に照らされて浮かび上がっていた。
 画面には音読していた『噂』のスレッドが表示されており、最初の書き込みから今表示されている所まで全て、睡蓮の噂で埋まっている。
「普通の睡蓮じゃなくて水で出来ている睡蓮……か。そう言われたらさあ、殺されるぞって言われても見てみたいじゃん」
 美術部員としては。
 呟いた豊の右肩には大きなスケッチブック、左肩には大きなバックが掛かっているが、豊は重みが気にならない様子。独り言を繰り返しながら、スタスタと歩いていく。
「水だから描くのは難しそうだけど、挑戦する価値は凄いあると思うんだよな。でも水の睡蓮ってどう襲いかかってくんの? 水だしこっちを溺死させに? 意外にも水で絞めてくるとか?」
 取り敢えずバレないように黒っぽい格好で来たけど――と、確認するように自分の体を見下ろし、ぎくりと強張った。胸から鍵が生えている。
「私のモザイクは晴れないけれど」
 後ろに。誰かが。
「あなたの『興味』にとても興味があります」
 何が起きたのかわからないまま気を失った少年の隣。ぽろぽろと零れたものは、一塊になっていき――水辺に咲く華麗な花と化した。

●明けの花嫁
「水で出来た睡蓮かー、見てみたいなぁ。でも残念ながら、なんだよね?」
 クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)の確認と問いに、ラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)が首肯する。
「水睡蓮の噂から作られたドリームイーターでなければ、俺も見に行くんだけどね」
 噂の元にされてしまった少年、後藤・豊を襲った第五の魔女・アウゲイアスは既に姿を消しているが、生まれたてのドリームイーターを倒せば豊は目を覚ますだろう。今後起こりうる被害も防ぐ為、早急にドリームイーターを倒さなければならない。
「相手は噂通りの姿をしているけれど、視認出来ない、見えにくいって事はないよ。バッチリ見えるから安心して」
 細い切れ込みが入った大きな葉と、その葉に支えられるようにして咲く花。複数の睡蓮を寄り集めたような姿は、全てが水で構成されている。
 森をゆっくりと彷徨っている為、探しに行くとなると手間だが、水睡蓮の噂をすればその手間は省けるとラシードは言った。
「『水睡蓮は神の為にだけ咲く。神以外が見ていると気付いた睡蓮は、見た者が死に絶えるまで追い掛けてくる』って噂だから、噂そのものや、水睡蓮を独占する神の話なんかをすればいいんじゃないかな」
 ドリームイーターを誘き寄せるのに相応しい噂話は、他にもあるだろう。
 細かい所は君達に任せるよ。ラシードはそう言った後、今回のドリームイーターも自分が何なのか問い掛けてくるが、戦いには一切影響しない為、無視していいと言った。
「効果の重ね掛けが得意な個体みたいだから、そこは注意かな。それと森の中はかなり暗い、灯りが要るよ。それと」
「『それと』?」
 鸚鵡返ししたクレーエに、ラシードはにっこり笑いかけた。
「睡蓮が咲く泉があるっていうのは本当なんだ。戦いが無事終わったら、丁度夜明け頃だし、睡蓮と夜明け空を楽しむっていうのはどうかな」
 日中はすっかりうだるような暑さに染まっているが、空が白み始める頃はだいぶ涼しい。
 緑濃い森の中、澄んだ泉に咲く睡蓮達はきっと美しいだろう。
「水の睡蓮も良さそうだけど、そっちもいいね」
 クレーエはそう言って、にこり微笑んだ。
 愛でる事の出来ない、害だけを与える水睡蓮には今日限りで退場してもらい――明けに咲く姿を、拝みにいこう。


参加者
ティアン・バ(ゆらめく・e00040)
樒・レン(夜鳴鶯・e05621)
深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)
クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)
鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)
ハートレス・ゼロ(復讐の炎・e29646)
月岡・ユア(月歌葬・e33389)
キアラ・エスタリン(光放つ蝶の騎士・e36085)

■リプレイ

●其は誰が為に
「ここには睡蓮の楽園と呼ばれる場所があるらしいですね……水で出来た睡蓮、水睡蓮が咲くらしいです」
 開けた場所で、背に金色の光翼を持つキアラ・エスタリン(光放つ蝶の騎士・e36085)が『噂話』の最初を紡いだ。
 彼女を始めとするケルベロスの周りには、いくつもの照明やカンテラが置かれ、その中で一際白く浮かび上がっていたティアン・バ(ゆらめく・e00040)が、ふむ、と頷く。
「さぞうつくしかろうな。みてみたいとおもう」
「きっと綺麗なんでしょうね……スケッチして、友人達にもみせたいものです」
 笑顔で言った鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)の手には、小さなスケッチブックと鉛筆。少し離れた所には、置いたばかりの行灯が光を四方に降らせていた。
 一体どんなものなのか興味ある。同意した月岡・ユア(月歌葬・e33389)は無邪気な笑顔を浮かべ、水睡蓮の姿を想像した。
「神様の為にだけ咲く花……面白そう! ボクもこの目で見てみたい!」
 弾む声に、ティアンがけれど、と呟く。
「みてしまったら睡蓮そのものがおそいくるということは、睡蓮の方も、神だけにみられることをのぞんでいるのだろうか。互いにおもいおもわれるその様は、たとえば、恋のような?」
 かの水睡蓮は、多くではなく唯一の為に咲くというから。
 囁きに、クレーエ・スクラーヴェ(白く穢れる宵闇の・e11631)は、ふふ、と笑った。
「睡蓮の花言葉は『清純な心』『信頼』『信仰』……水睡蓮はどんな花言葉かな。神だけの『秘密』? それとも『あなただけのもの』?」
 何にせよ水の乙女が神に恋してるみたいだと言う彼の眼差しを受け、深緋・ルティエ(紅月を継ぎし銀狼・e10812)も微笑んだ。
「神の為にしか咲かないのなら、とても神秘的な光景なんでしょうね。見てみたいし、写真もほしいなぁ」
「私もです」
 キアラは噂を思い出す。水睡蓮は、咲いている所を神以外の人間に見られれば、追い掛けてでも殺しにかかる――そう噂されていた。
「恐ろしい噂ですが、見てみたい、その気持ちは確かですね」
「神様以外が見たら死に絶えるまで追いかけるだなんて聞いたら、怖いもの見たさで覗いてみたくなる♪ 神様だけが独占して見るだなんて、ズルイよねっ」
 ユアの腰につけたランプが、弾む声と一緒にゆらゆら踊るのを見て、樒・レン(夜鳴鶯・e05621)の目が細められた。
「自分以外に見られるのが嫌とは。余程狭量な神と見える。それとも水睡蓮が、己は神の為の存在と自己愛に酔うているのか」
「睡蓮と関わりの深い神といえばエジプト、太陽神ラーが睡蓮からうまれたという。ここの睡蓮を見ている神というのも太陽神なのかもしれんな」
 表情筋をぴくりとも動かさないハートレス・ゼロ(復讐の炎・e29646)の、考察という形の噂話に沿った場合、太陽神は天火明命か天照大神になるのかもしれない。
「美が損なわれる訳でもないだろうに。その程度の美だと己の底が割れてしまうのを恐れているのか?」
 レンは対面が楽しみだと続けながら、一点へ鋭い眼差しを向ける。
 ケルベロス達の用意した光が、現れた存在をきらきらと浮かび上がらせていた。

●魔性の花
 ほっそりとした花弁、いくつもの花を支える掌のような大きい葉。
 透き通った水で出来たその睡蓮は、己の向こう側を透かして揺らし、そして戦場に配置された灯りの煌めきを映しながら、ケルベロス達の前へ出る。
「来たな……ここからが本番だ」
 輪郭をふるりと揺らし、弾みでか雫を飛ばして――己は何か、と声を響かせた水睡蓮をルティエが見据え。
「綺麗なだけの紛い物だよ」
 彼女と視線を交わしたクレーエが答えてすぐ、眩い守護星座を描いた。溢れる光の中をルティエは駆け、銀狼の拳で水の体を一瞬で撃ち貫く。人の興味を糧にする性質は好きじゃない。
「人に仇なすモノには早々に退場してもらう」
 続いた箱竜グレンの『火』がティアンを支える力となった。
 細い切れ込みの入った葉が幽かに震え――次の瞬間、弾丸のように放たれる。泰過目掛け飛んだそれの前にハートレスは素早く割り込み、敵を見据えた。
「貴様の相手はオレだ」
 今の一撃で厄介なモノを付けられようと、相手が巨大な水の塊であろうと、己の地獄で焼き尽くす。ドリルのように唸る腕の一撃は水の花弁を切り裂き、散った雫にライドキャリバー・サイレントイレブンの纏う炎が映った。
 容赦ない突撃の直後に響いたのは、無邪気な明るい声。
「さ~て! この後のお茶会のためにもはりきっていっくよ~♪」
 満面の笑み浮かべたユアの前で、どう、と伸びた御業の手が水睡蓮を乱暴に掴み上げる。その脇を擦り抜けるように、白が飛んだ。
「おもった通り、うつくしいな。でも、だめだな」
 ティアンは紙兵越しに水睡蓮を見て、首をゆら、ゆらと傾ける。だって、どこまでも滑らかな曲線描く水晶に似ていても、夢喰いは夢喰いだ。
 紙兵が飛び回る中から飛び出したレンが、疾風の如き勢いで氷結の杭を繰り出す最中、奏過は己を起点として癒しの黒鎖を駆け巡らせる。
「この後のためにも……皆さんを守るのが私の役目っ」
 前衛も後衛も、全て大切だから。
 その後に動いたキアラの御業が轟炎を撃ち、水睡蓮を灼く。触れた箇所は激しく湯気を上げながらジュウウと音を立て――それを厭うように水睡蓮がふわりと水の体を揺らした。ぱたた、と雫が踊る。
 もしこれが夢喰いではなく本物の水睡蓮だったら。浮かんだそれにクレーエは首を振り、2振りの剣『Virgo』と『Leo』を握る。
「綺麗な景色は見たいけど、危ないのはダメだよね」
 それに、危なくない『本物の景色』も待っている。
 繰り出した斬撃は凄まじい重力と衝撃を伴って十字を描き、ティアンの放った紙兵が、ざざ、と音を響かせ後衛の周囲を舞い飛んだ。直後に涼やかな音が細く響く。
「他者の興味をなぞるだけとは哀れな。せめて倒すことでその定めから解放しよう。今涅槃へ送り届けてやる。覚悟!」
 レンの放った氷結螺旋は柔く波打つ水を凍らせ、そこへハートレスの構えたバスターライフルが、その巨大な銃口をぴたりと捉えた。
「さあ、オレの地獄に付き合ってもらう」
 撃ち出した光弾がヒットしてすぐ、サイレントイレブンが水睡蓮へぴたりと付き、激しいスピン攻撃を見舞う。けたたましい音と攻撃から逃れた水睡蓮が、その優美な花を揺らした。
 開花の瞬間をスロー再生するような動きは、複数の光に照らされてきらきら踊っているかのよう。だが。
「綺麗ではあるが……見逃す理由にはならないな。消え失せろ」
 地獄を纏った刃を手にルティエは詠唱を紡ぐ。それは紅の飛電から梅香纏った大狼へ変わり、煌めく水の体に牙が深々と突き刺さった。
 逃れようと睡蓮の花が、葉が、うねる。だが。
「死に絶えるまで追い掛ける……かぁ。ボクもそーいうの得意だよ~? どっちが先に捕まるか……追いかけっこでもするかい?」
 夜空に煌々と浮かぶ月のように、輝くばかりの笑顔でユアはそう言って――歌った。
 死と絶望を容赦なく流し込まれ、水睡蓮が表面を痙攣させのたうつ。その隙に奏過が薬液の雨でハートレスを癒し、勇猛果敢に前へ出たキアラが『捉えた』箇所へ痛烈な一撃を叩き込んだ。
 大きく揺れた水の形、その目の前へティアンが出る。細く鋭い切れ込みが入った水の葉を、そ、と己の首に寄せて――。
「ふふ、」
 笑った。
 脳髄まで痺れるような一撃の直後、水睡蓮の頭上に影が落ちる。確認するように睡蓮が全て、上を見た。そこにあったのは流星と圧、黒と青。
「さようなら、水の乙女さん」
 クレーエが繰り出した流星の蹴撃が降り――一瞬の間の後、水睡蓮が勢い良く弾けて消えた。

●明けの花嫁
 水睡蓮を弔い、豊の無事を確認して。
 荒れた場所をヒールグラビティで整えて。
 奏過が用意したタオルで、濡れた所をしっかりと拭き取って。
 そうして諸々を済ませてから泉へ向かい、着いた時には、暗かった空はすっかり朝の彩を映していた。その下に広がる光景もまた、目覚めの彩に染まっている。
 青や碧といった穏やかな色をうっすらと纏う泉。そこに清らかな白や淡い桃を抱いて抱く睡蓮達。青々とした葉も加わったそこは、輝くような美しさでレンを魅了した。
「花びらも光に透けるようだ。これが地球の美しさ……俺達が守るべきものだな」
 自然溢れる風景を眺めていたからか。ハートレスの胸中に、自然を愛した友人が浮かんで――ああ。表情はぴくりとも動いていないのに、はらはらと涙だけが流れていく。
「『永久の命はなくしたけれど、辛くはない、この星で輝く命に会えたから』……一体誰の歌だったか」
「……凄く、綺麗」
 ルティエも囁くように同意と感嘆の声を漏らし、パシャリと1枚。奏過がお茶会にと用意していたシートと、自分の物を広げなら泉を見れば、顔を出し始めた太陽に照らされて泉も睡蓮もきらきら輝いている。
「綺麗な景色を見ながらとは贅沢ですね」
「ええ、本当に」
 白い執事服姿のクレーエも、習いたてのプロの技を駆使して紅茶を煎れ、更に緑茶もと準備を始めていた。泉と睡蓮、そして広がっていくお茶会の気配に、ユアの笑顔が止まらない。
「お菓子たーっくさん用意してきたからね! 皆で食べようねっ」
 団子にクッキー、ロールケーキ。キアラも最中や饅頭といった和菓子系を持参しており準備万端。素敵な気配についつい目が向くティアンだが、すすす、とある物を取り出した。
「それは?」
「最近友達からおすすめされた、オレンジの花入りフレーバーティーだ」
 何もかも全てが準備OK。ならば始めない理由など無く――!
「ふふ、クレーエの紅茶もユアさんのお菓子もおいし♪」
「ありがと! ん~♪ こっちのお菓子も、とっても美味しいっ」
 ルティエは尻尾をぱたぱた踊らせて。ユアは菓子を頬張り、爽やかな香りが吹き抜ける紅茶を飲んでは笑顔の花を咲かせる。
「綺麗な景色を眺めながら、美味しい物を食べたり飲んだりできるのは至福だね♪ あ、ティアンさんロールケーキ届く? はいっ」
「ありがとう。…………おいしい」
 瞳は相変わらず茫洋としているが、ロールケーキを味わう頬は、しっかりむぐむぐ。
 キアラは、クレーエから貰った緑茶を手に泉を見た。
「ふふ、こうしてお茶会も楽しいですね。睡蓮たちも私達を祝福し、歓迎しているようです」
 時間が経つに連れ、淡く穏やかだった色彩は、少しずつ活き活きとしたものになっている。緑茶を楽しみながらスケッチしていた奏過は、その手をほんの少し止めた。
「蓮ちゃんにも見せてあげたいですね……」
 目の前に広がる命の色彩をスケッチし終えたら、それを傍らに、あの子へ話をしてあげよう。
 ――と、友人のとは違うシャッター音がした。そっちを見るとインスタントカメラを手にしたティアンと目が合う。少女は出て来た1枚をしまい、慣れた手付きでもう1枚。
「こんな睡蓮もあるらしいと、みせたい相手がいる」
「成る程……」
 最も思い入れがある、故郷に咲いていた青い睡蓮とは違い、此処は白や桃色が多いが――それはそれで。だって、此処に咲いているのは自分の好きな花だ。
(「君にティアンの事みていてほしい。神が睡蓮をみているように」)
 睡蓮を愛でながらのお茶会は穏やかに、楽しく美味しく過ぎていき――そろそろ、という空気が流れ始めた頃。
「朝早くからつかれたー。ルティエ、膝枕して♪」
「い、今!? ……仕方ないなぁ」
 苦笑しながらも、どうぞ、と膝を示されて、クレーエはぽすんと頭を乗せた。温もりと、目の前にある彼女の顔にふふ、と笑って――イヤホンの片側を差し出す。
「ね?」
 最近ファンになった歌姫が紡ぐ恋の歌を、一緒に聴こう。

 夏の朝が、時折吹く風と共にゆるりと流れていく。
 緑に包まれ、清らかな泉に咲く睡蓮達も、同じように。
 明日、明後日、明明後日――これからもずっと、静かに刻を過ごしていく。

作者:東間 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 9/キャラが大事にされていた 0
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