鎌倉ハロウィンパーティー~うつろカボチャの襲来

作者:内海涼来

●賑やかな街の片隅で
「なあ、今年のハロウィンパーティー、どんな仮装する?」
「うふふー♪ そうね、キミがドキッとするようなカッコにしてみようかな!」
 オレンジと黒に彩られた街を、ハロウィンに心躍らせている人達が楽しそうに往還する。
「はあ……」
 そんな光景を、ビルの陰から眺めていた少女――桃香は溜息をついた。
 恋人とハロウィンパーティーにどんな仮装をしようかと相談し合えるなんて、うらやましい、と。
「でもコウくん真面目過ぎるくらい真面目だし、こんなお祭り騒ぎ、って、あまりいい顔しなさそう……」
 自分も恋人と一緒に、ハロウィンパーティーに参加してみたい――そんな想いを押し隠しながら、賑やかな街に背を向け、桃香が路地裏を抜けようとした、その時だった。
 目の前に、赤い頭巾を被った少女が立っている。
 そう桃香が気づいた瞬間、少女が手にした鍵は胸元深く刺さっていた。
 穿たれた心臓からは血の一滴も流れず、命脈はけして絶たれてはいないけれど、
「ハロウィンパーティーに参加したい……ですか。その夢、かなえてあげましょう。世界で一番楽しいパーティーに参加して、その心の欠損を埋めるのです」
 少女が囁く声を留めるより前に意識を失った桃香は、冷たいアスファルトへと倒れこんでしまう。
 その傍らに、全身がモザイクのひとの身体に、今にもケタケタと笑い出しそうにくり貫かれたカボチャ頭がついたようなドリームイーターが姿を現し――ほどなくして、路地裏をあとにしていた。

●邪魔者を阻め!
「どうやら日本各地で、ドリームイーターが暗躍しているようっす」
 それが藤咲・うるる(サニーガール・e00086)の調査によるものであることを黒瀬・ダンテは告げた後、ケルベロス達にキラキラと輝く尊敬のまなざしを向けてきた。
「そして今回出現するドリームイーターっすが、ハロウィンのお祭りに対して何らかの劣等感を持っていた人の夢で、ハロウィンパーティーの当日に一斉に動き出すようっす。
 そして、ハロウィンドリームイーターが現れるのは――」
 青い目を見張り、ダンテは口を開く。
「世界で最も盛り上がるハロウィンパーティー会場、つまり、鎌倉のハロウィンパーティーの会場っす!」
 だがもちろん、そんな野暮で無粋な邪魔は無用。
「そこで皆さんには、実際のハロウィンパーティーが開始する直前までに、ハロウィンドリームイーターを撃破して欲しいんす!」
 そう声をあげてから、ダンテはぐるりとケルベロス達を見回していた。
 そんな彼と視線が合ったケルベロス達が、話の続きは? と促すように手をひらりとさせれば、ダンテはひとつうなずき、嬉々として言を紡ぐ。
「皆さんに撃破してもらいたいハロウィンドリームイーターっすけど、カボチャ頭にモザイクの身体がくっついたような姿をしてるっす。
 ハロウィンドリームイーターはハロウィンパーティーが始まると同時に現れるっす。ですから――本番のハロウィンパーティーが始まる時間よりも早く、ものすっごく楽しそうなハロウィンパーティーが始まったようにふるまえば、ヤツを誘き出すことができるっす。
 敵はモザイクを飛ばして冷静さを失わせたり、悪夢で侵食する他にも、モザイクを巨大な口の形に変えて食らいつく攻撃をしてくるっす。
 ハロウィンパーティーへの劣等感から生まれた敵っすから、何が何でもハロウィンパーティーを蹴散らそうとしてくるかるしれないっす、けど!」
 ケルベロスの皆さんならきっと……! と全幅の信を置くまなざしをダンテはもう一度向けてから、
「皆さんには、ハロウィンパーティーを目いっぱい楽しんで欲しいっす。だから、それを邪魔するドリームイーター、きっちり撃破してくださいっす!」
 楽しい一日のために、どうか頑張ってくださいっす! と激励の言葉をかけていたのだった。


参加者
ローゼマリー・ディマンティウス(ディレッヒャリン・e00817)
立花・ハヤト(ラズベリードリーム・e00969)
リーア・ツヴァイベルク(紫花を追う・e01765)
オーフェ・クフェロン(人類好きの人形・e02657)
弧ヶ崎・戮應(老獪なる古刀・e04032)
結城・渚(戦闘狂・e05818)
彩咲・紫(紫の妖精術士・e13306)
サフィール・アルフライラ(千夜の礫星・e15381)

■リプレイ

●舞踏会への誘い
 闇黒と、カボチャの橙色が街を彩るハロウィンパーティー。どんな仮装をするか、誰と楽しむか――浮き浮きとはなやぐ気配を、ケルベロス達の他には人影のない会場のあちこちから感じられる分だけ、
「楽しいハロウィンパーティーを台無しにされるのは嫌だな……」
 リーア・ツヴァイベルク(紫花を追う・e01765)は、溜息をつかずにはいられなかった。
 カボチャのランタンや、かわいくデフォルメされた影絵めかせた魔物達の飾りつけ。そのひとつひとつに、どれだけこの日を待ち焦がれる想いが秘められているだろう――そう、想像を巡らせるほどに。
「せっかくのパーティーに水を差す様な真似はさせませんわ」
 ローズピンクのドレスをまとうオーフェ・クフェロン(人類好きの人形・e02657)がぽつりと呟くと、
「ふふふ、可愛い子の相手役なんて光栄ね――どうぞ、お手を」
 黒髪をひとつに束ね、王子様の扮装をした結城・渚(戦闘狂・e05818)が、その手をそっと取った。
「さあ、始まるは煌めく舞踏会」
 そんな二人を見、静寂に響かせたナレーションは、サフィール・アルフライラ(千夜の礫星・e15381)の声。果てなき海にも似た砂へと沁みゆくような語りの後は、スピーカーに繋いだスマートフォンからワルツが流れ出す――はず、だったのだが。
「え、えっと、確かこのアプリをこう……ああっ!」
 機械に慣れないサフィールの白い指をすっぽ抜けて、スマートフォンが空を飛ぶ。それを何気なくリーアは受け止め、
「はい、どうぞ」
 自然な手つきで渡すと、音楽を流す方法を教えて欲しい、と返る声。しばし画面をタップする二人の指が往還した後、やわらかい音色が四囲に流れ出していた。
「年に一度の楽しいハロウィンパーティーを、滅茶苦茶にさせるわけにはいきませんわね……」
 彩咲・紫(紫の妖精術士・e13306)は、肩にかけただけのケルベロスコートをひるがえし、敵襲に備えていたローゼマリー・ディマンティウス(ディレッヒャリン・e00817)へと、
「わたくしは貴方の魅力の虜となりましたわ。はしたないと思われるかもしれませんが、どうか……」
 スカートをつまんで会釈をすると、舞踏へと誘う。
 思わずステップを踏み出したくなりそうな三拍子の旋律、それを耳にしながらも、
(「敵を誘き出すための舞踏会、その演出としてドレス……着てみたのですが……」)
 どこか落ち着かなさそうにそわそわしている立花・ハヤト(ラズベリードリーム・e00969)の前に、差し出されたのは――魔獣の腕を想起させる、荒々しい籠手に包まれた掌。
「この儂と一曲、お願い出来るじゃろうか?」
 白軍装の弧ヶ崎・戮應(老獪なる古刀・e04032)の差し出された手に、ちいさな手がそっと重ねられれば、
「愛しき人と、醒めない夢を」
 誰かにわざと聞かせるかのようなナレーションが、旋律の合間を縫うように辺りへとこだましていた。
 かくしてカボチャのランタンのもと、時に先駆けての舞踏会ははなやかに――しかし緊張を潜ませながら、進んでいく。

●羨望の悪用
「さあ、次はこの曲にしようかな?」
 画面のなかのオーケストラに、お気に入りの一曲をお願いしようとしている王子様さながらの笑みをリーアが浮かべる。その横顔をちょこんと見上げる薄紫の狐は、サフィールが投げかけたスポットライトをつかの間浴びて、アスファルトへと影を伸ばしていた。
「聞くだけ聞いてみればよかったでしょうに」
 明るい音色から意識を逸らし、ローゼマリーはパーティー会場の死角へと視線を投げかける。
 自分ひとりで思い悩み、告げることを躊躇った想い。そこをつけ入られるなんて、と言いたげに。
「……だからこそ、その目論見は阻止してみせますわ」
 内に秘め隠された羨望を悪用するドリームイーターなら、なおのこと――と、紫がかすかに頷いた瞬間、流れる曲が一変した。
 夢や憧れを歌いあげるメヌエットの旋律に、渚はわずかに口の端を上げ、
「今だけは俺はオーフェの騎士だ」
 夢見心地にさせるような甘い台詞を告げれば、
「……ああ、王子様……」
 オーフェも負けじと、うっとりとした笑みを薔薇色の頬へと浮かべてみせる。
 そんな彼女達の演技に、スポットライトはそこかしこと跳ね回るように移動していた――が。
「あの二人の雰囲気や良し、ライト集めよう!」
 つい頬に浮かんでいたによによとした笑みをサフィールは隠しざま、白い光をひとつ箇所へと束ねていた。
「……いつもお転婆してばかりのわたくしですが、似合いますでしょうか……?」
 耳をほんのり紅に染め、見上げながらのハヤトの問いに、
「ふむ……確かにいつもと印象ががらりと変わるのぅ。されど」
 戮應は、疵走る貌をいっそう鋭く見せている目許をくつろげた。
「ハヤトの斯様な姿……よく似合って居ると思うのじゃよ」
 慣れない言葉にぎこちない声音――けれども、そこに彼が込めた想いは偽りなどなく、真のもの。
 そうと耳にしたハヤトは、魔に囚われた白装の龍人さながらの戮應の姿をつくづく見つめ、
(「戮がとても……とても……カッコよくて、わたくしこのまま死んでもいい……」)
 うっとりとピンクの瞳を潤ませていた――その瞬間。
「……来たようじゃの」
 頭上で低く囁かれていた声に、はっとした面持ちになる。
「お出ましね!」
 ローゼマリーのケルベロスコートがふわりと舞ったその下では、地獄の炎まつわる両腕で、正眼に構えられた斬霊刀。その先にはモザイクの身体にカボチャが載った、滑稽な――けれど、夢を喰って顕現したハロウィンドリームイーターの姿があった。
「竜の炎でベイクドパンプキン……でも、大味な仕上がりにしかならなそうだね」
 足止めを、とリーアが掌から放ったドラゴンの幻影に、敵がたじろいだ隙を逃さず、
「最大出力で障壁展開!」
 オーフェはバスターライフルからベクトルシルトを放ち、広範囲に指向性障壁を発生させた。
「戦いとお祭り気分――さあ、どちらも」
 過ぎるほどに楽しませてよ、と笑む渚の絶空斬が迫れば、紫も後方で、杖から雷を迸らせる。
 しかし、ケルベロス達の次手を阻むように、敵はモザイクを飛ばして攻撃を仕掛けてきた。

●取り戻すもの
「……くっ……!」
 敵のモザイクに包まれたローゼマリーの手にした斬霊刀が、彼女の左腕へと迫る。しかし、その清浄なる刀身がつけていた傷は、オーフェが放ったヒールドローンに癒される。
「恋人や好きな人がいる人には、ハロウィンも恋愛系なイベントなんだな――けれど」
 これ以上無粋な真似は見過ごせないと、サフィールは古代語の詠唱と共に魔法の光線を放っていた。
 そして、その眼前でざっ、と布が裂ける音が響く。
「楽しいハロウィンを壊すとは何様のつもりです? お菓子に、子ども達に、そしてわたくしに謝ってください!」
 本当はそのカボチャ頭を踏みつけにしてあげてもいいんですよ――ヒールの踵を蹴り地を鳴らしたハヤトが、地獄の炎をまとわせた鉄塊剣を軽々と振り回し敵に叩きつければ、彼女と息を合わせた戮應の斬霊斬が迫る。
 連続攻撃に少しは敵の動きが鈍るかとケルベロス達は踏んでいたが――その身体を飾り付けのカボチャに触れたその瞬間、ハロウィンドリームイーターのモザイクは巨大な口の形へと変わっていた。
「……挑戦しないで後悔するのって、絶対楽しくないわよ」
 呟き、斬霊刀の柄を握り締めた渚が敵を見上げる。
 一緒にハロウィンパーティーを楽しみたい想い、それを押し隠した挙句に利用されるなんて――
「そんなのは御免なの」
 動きを察知させる暇すら与えぬ斬撃が、敵のモザイクの手首を掻き切った。
「さあ、きみも」
 リーアの手の内の薄紫の狐が、籠めた魔力を噴出して牽制すると、
「先程の返礼よ」
 身体にまつわらせた闘気を籠め、ローゼマリーが音速を超える拳で敵の顎を砕くような一撃を繰り出す。
 だが、ハロウィンドリームイーターも負けじと、モザイクを最前線に飛ばしてきた。
「青い、鴉――」
 オーフェの口の端からこぼれていた譫言の奥、かすかに滲む完膚無き破壊への恐怖。だが、耳にしていた己が声音に抗うように、
「もう……方向を見失ったりは、しません!」
 彼女はカボチャ頭とモザイクとの境目を狙い、痛烈な一撃を浴びせていた。
「オーロラの光よ、皆様を癒してくださいませ」
 紫がオラトリオヴェールで最前線の仲間達を包み込み、その傷を癒す間に、惨殺ナイフを手にしたサフィールは、追撃のジグザクスラッシュをお見舞いする。
 その傷痕をなぞってやろうかしら、と渚が放った熾炎業炎砲が、切り刻まれたカボチャの頭で縦横にくすぶっているのを見、
「憧れを逆手に取り、歪んだ形で成就させようとは感心できぬな――其の目論見、ここで止めさせて貰おうかの」
 戮應が空の霊力を帯びた武器で、敵の傷跡を正確に斬り広げると、
「さあ、歪んだ夢はここでお終いですよ――お覚悟を」
 そんな彼に呼応したハヤトの手にした日本刀が、首と胴を別つように弧を描きながら振り下ろされた。
 それぞれの思惟を胸底におさめ、招かれざる客――ハロウィンドリームイーターには一刻も早くお引き取り願おうと、ケルベロス達は大きな攻勢に出る機をうかがうかのように身構える。

●ほんとうの幕開けを
「ジャック・オー・ランタン、天国へお逝き――すべてを喰らえ、惑いの牙」
 リーアが服に仕込んでいたリボルバー銃の照準を敵の眉間にあわせ、放っていた月下咆哮。獣の形をとったオーラを纏う弾がめりこむのを見、
「戀獄の章、第八節。斯くしてカミと人は灰燼に帰す――」
 炎熱の魔神たる少女と青年が紡ぐ、狂おしくも一途な炎獄譚の言霊魔術をサフィールは語り聞かせていた。
 だが、動きを縛る魔術を振り払うように、ハロウィンドリームイーターは再び、欲望を喰らい尽くす巨大な口の形にモザイクを変えてきた――が。
「邪魔したんだから頑張れるよね、もっと楽しまないと」
 渚の斬霊刀が、カボチャ頭にはしる傷をさらに深く抉っていた。
「戦線維持には補給も大事ですね」
 オーフェが薬液の雨を戦場に降らせ、仲間達を鼓舞すれば、
「ラベンダーの芳香よ……辺りを包み込み、まどろみの世界へ誘え」
 あまやかな香りが戦場に満ちるなか、紫の視界のなか、敵は身体のバランスをくずしたように大きくよろめく。それでも、モザイクの腕が前線をはらうように動いたように見えた、そのときだった。
「ハヤトが刃ならば、儂は其れを護る籠手じゃな」
 戮應が庇うように前に出ざま、
「……我が渾身の一閃、とくと受けて見るが良い」
 共に戦場を馳せ、敵へと斬り込み、其の腕と刃を護らん――と、想い秘めた気の刃で敵を呑み込む。
「そうです――夢はこの手で掴むモノ、嫉むものでも壊すものでも奪うものでもありません!」
 その傍らに共に有り、離れたくないと願う相手がいるなら、なおさらに。
 すばしっこい身ごなしで駆け上がったハヤトは、カボチャ頭の横っ面に暴風を伴う強烈な回し蹴りを放っていた。
「我が血よ、刃に宿れ」
 つ、とローゼマリーの血が左腰に添えた斬霊刀を伝う。それは見る間に地獄の炎へと変じ――紅濃い桜の色の残像をのこし、振り抜かれた刃。その余燼が消えるより前に、ケルベロス達の目の前で、光を失ったモザイクは粉々に砕け、両断されたカボチャ頭と共に消滅していた。
(「こやつを倒した事で、断たれかけた命脈が繋がり、疾く意識が戻ると良いのじゃがな……」)
 想いを馳せるように、戮應は遠くに視線をさまよわせると、渚がふと、誰かの頭を優しく撫でるような手つきをちらりとしたあとで、
(「……ま、パーティーが戦うのより楽しいかは微妙ね。けどいい勝負」)
 彼女にしか聞き取れぬほどのちいさな声で、ボソッと呟いていた。
「思ったより大きく破壊はされなかったけれど、少し飾りつけが乱れてしまったね。直しておこうか」
 リーアの声にうなずき、飾りつけのリボンをさっそく整えていた紫が、
「そのあとは、パーティの続きをしましょうか?」
 やわらかい笑みを浮かべてそう声をかければ、
「ええ、存分に楽しみましょう」
 オーフェが微笑みを返していた。
 仲間と笑いさざめき、大切な人と楽しいひとときを共にする――ハロウィンパーティーの開幕前に敵を退けたケルベロス達は、これから始まる時間が皆にとって素敵なものになるよう祈りつつ、歩を踏み出していた。

作者:内海涼来 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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