夏祭りとのたうつワーム

作者:小茄


「あー最悪最悪最悪!」
 あおいは浴室で、そんなにしたら削れてしまうのではないかと言う勢いで、靴底にタワシを擦りつけていた。
「何なのアイツら、意味わかんない! 雨の時はずるずる這い回って気持ち悪いし、晴れたら晴れたでミイラみたいになって道中に転がってるし」
 アイツらとはすなわち、ミミズの事。
 環形動物門貧毛綱、蚯蚓。
 手足や耳目を初め、触覚なども存在しない、紐状のいささか奇妙な形態をした生き物。
 主に土中に棲むが、雨の日には地上に出てくる事もあり、アスファルトやコンクリート上を移動中、そのまま日干しされて死んでしまう事も多々有る。
 人間に対し襲いかかってきたりと言った害は無く、むしろ田畑に養分をもたらしてくれる等、益さえある……のだが、現代っ子にとっては得体の知れない、気味の悪い存在でしかないのかも知れない。
「はぁ、せっかく買って貰ったばかりの靴なのに……え?」
 最後の仕上げとばかりに、靴底へ洗剤を注ぎかけた彼女が、すぐ背後に感じる気配。
 この家では、誰かが風呂場を利用中に他の家族が立ち入る事はまず考えられない。
「あはは、私のモザイクは晴れないけど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくはないな」
 笑いながら言うのは、やはり家族でもなければ面識すら無い人物。
「あ、あの……っ?!」
 そしてあおいが振り向くより早く、その心臓に金属製の何か――鍵の様な物を突立てた。
 その場に崩れ落ちるあおいの代わりに、出現したのは大蛇か何かと見紛わんばかりの……余りにも巨大なミミズ。
 巨大化した事で可視化したのは、ぬらついた体表を覆う無数の繊毛。
 それらを風呂場のタイルに突き刺す様にして難なく垂直の壁をよじ登ると、窓を破壊し外界へと這い出して行くのだった。


「ミミズって、皆は平気? 釣りをする人は、エサにミミズの仲間を使ったりするから平気だったりするかもだけど……私は脚の無い生き物は苦手だなぁ。脚が多いのも嫌だけど」
 ヘリオライダーの嗜好はともかく、パッチワーク第六の魔女・ステュムパロスは、ミミズを苦手とする少女の『嫌悪』を奪い、怪物の如きドリームイーターを現実化させてしまったと言う。
「この巨大ミミズ型ドリームイーターは少女宅を抜け出して、最寄りの商店街方向へ向かっているわ」
 この商店街。普段はそんなに活気がある訳でもないのだけれど、今日は折悪しく夏祭りが行われており、地元住民達で賑わっている。
「お年寄りや子供も、大勢居るでしょうね……」
 ぽつりと呟くのは、こうした事件の発生を警戒していたエレス・ビルゴドレアム(揺蕩う幻影・e36308)。
 巨大化したミミズはノロノロ這いずる様な動きではなく、かなりの速度で障害物を踏み潰し、或いは飲み込んでばく進するという。
 子供や高齢者ならば、逃れる事は困難だろう。
「被害が出る前に、大ミミズを退治して頂戴。このドリームイーターを倒せば、『嫌悪』を奪われて意識を失っている被害者も、目を覚ますわ」

 ドリームイーターは1体のみで、配下は存在しない。
 知性も無いに等しく、本能というか衝動のままに暴れ回ると予測される。当然交渉などのコミュニケーションを取る事も不可能だ。
「攻撃方法も、体当たりや噛みつきといった原始的なものね。自己治癒もあるみたいだから、脆いミミズのイメージとはかけ離れてタフな相手である可能性も覚悟しておいて」
 被害者である少女宅を這い出た巨大ミミズは、市街地を突っ切り商店街へ向かっている。不幸中の幸いと言うべきか、このタイミングならば、人でごった返す商店街に突入する前に迎撃する事も可能なはずだ。
 迎撃地点としては、商店街近くの小さな公園が適当だろう。街灯も有り、足場も良好で戦うには好都合だ。
 ただし、祭りの行き帰りで休憩している一般人が存在する可能性は高い。いざとなればそれらの人々を庇いつつ、逃がしてやる必要があるだろう。
「人々が大挙して逃げ惑えば、ドリームイーターも進路を変える危険性があるわ。だから、大規模な避難指示は出せないの。あなた達の裁量で人々を守って頂戴」
 被害を出さず速やかに退治出来れば、祭りに水を差す事も無いだろう。

「少女の嫌悪から生まれた化け物に、さらなる悲劇を起こさせる訳にはいかないわ。ビシッとやっつけちゃって! 無事片付いたら、出店なんかに寄り道しても良いしね」
 そんな言葉でブリーフィングを締めくくると、ケルベロスを載せたヘリオンは現地へと急行するのだった。


参加者
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)
ソラネ・ハクアサウロ(暴竜突撃・e03737)
彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)
結城・勇(贋作勇者・e23059)
リィナ・アイリス(もふもふになりたいもふもふ・e28939)
豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)
出雲・緋霈(歪みの道化師・e33518)
エレス・ビルゴドレアム(揺蕩う幻影・e36308)

■リプレイ


 多くの学校が修了式を迎え、子供達にとってもいよいよ夏本番というこの時期。普段は余り活気の無い地元商店街も、一年で最大の盛り上がりを見せていた。
 ここは祭りの本会場である商店街にほど近い、小さな公園。祭りの途中や帰りに、一息つく人々の姿が散見される。
「これ食ったらさ、次何やる? 金魚すくい?」
「うちペット無理だから、取っても意味ないんだよね」
 ベンチに腰掛けて、たこ焼きや焼きそばを食べているのは中学生くらいの男子3人組。
「いや金魚ってさぁ、ペットに入んの?」
「済みません」
「……えっ?」
 そんな彼らが顔を上げると、そこには圧倒的胸――の豊かな女性が1人。
「この公園は少しの間封鎖になりますので、あちらに避難して頂けますか?」
「は、ぁ……」
 エレス・ビルゴドレアム(揺蕩う幻影・e36308)の言葉に生返事を返しつつ、しかし固まったように動かない彼ら。その目線は、胸へと注がれたまま。
「避難して頂けますか?」
「は、はいっ!」
 今一度、彼らの顔を覗き込んで再び告げるエレス。今度は慌てて立ち上がり、足早にその場を立ち去っていった。
「いざと言う時は、交通整理や現場の警備に当たっている警官達がそのまま避難誘導を行ってくれるそうです。ただ……」
 一方、微かに声を震わせた結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)が緊張の面持ちで伝えるのは、やはりケルベロスが最後の砦には変わらないと言う事実。
 彼らが敗北すれば、町や人に甚大な被害が出る事は避けられない。警官達に出来る事があったとして、被害を僅かに減らす程度だろう。
「せっかくの夏祭りだってぇのに、巨大ミミズたぁ風情がねぇな。ま、確かに夏になるとよく見るけどよ」
 結城・勇(贋作勇者・e23059)は、浴衣姿の家族連れを公園内から退避させつつ、やれやれと嘆息する。
 ともかくケルベロスは到着したのだから最悪の事態は回避するとしても、祭りに水を差すと言うのはけしからん行為だ。
 そうした感覚は、彼がどことなく江戸っ子の様な語り口である事と何か関係があるのかも知れない。
「……お祭りの、邪魔にならないように……早く、倒せると、いいけど……」
 高校生くらいのカップルと思しき2人を見送りつつ、リィナ・アイリス(もふもふになりたいもふもふ・e28939)も相槌を打つ。
 町も守り、お祭りも継続させるのはいささか欲張りな作戦と言えなくもないが、そこはそれ、不可能を可能にするのが正義の味方だろう。
「これで避難は完了ですね。広さや遊具なども……大丈夫の様ですし」
 一般人の退去が完了したのを見届けると、いよいよ戦闘に備える彼方・悠乃(永遠のひとかけら・e07456)。
 時代の流れというのか、この公園にも遊具は殆ど存在せず、戦いの妨げになりそうな物は無い。
「こっちも終わったよ。今日はバイトが早上がりだったのに、思わぬ大仕事だね」
 汗を拭う仕草をしつつ言うのは、キープアウトテープで出入り口を封鎖してきた豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)。
 正義の味方も専業とは限らない様で、彼女はバイトと任務のダブルヘッダーをこなさねばならない事もしばしばだ。
「撒き餌も~大体完了だよ~」
 持参した腐葉土を巻き終え、間延びした口調の出雲・緋霈(歪みの道化師・e33518)。
 通常、ミミズは土中に含まれる動物の死骸や有機物、微生物などを食べると言う。ミミズドリームイーターに食欲があるかは不明だが、おびき寄せる一助になればと言う試みだ。
 ――バキバキッ。
 その腐葉土に惹かれてか、木や花壇を薙ぎ直し破壊しながら、果たして巨大ミミズは園内へと突入して来た。
 比較的シンプルに思えるミミズの造型だが、巨大化する事によって体表の繊毛までもが視認可能になっている。これは普通のミミズが平気という人間にとっても、ややグロテスクに感じられる。
「巨大な外見ですが、その色が派手でなくて幸いでした。お祭りの会場から見えてしまっては、混乱を招きますから。さあ、ここで食い止めましょう!」
 これが二足歩行するとか、全身が七色に光るとか言うのであれば、より混乱は拡大していただろう。ソラネ・ハクアサウロ(暴竜突撃・e03737)はポジティブに捉え、得物を構える。
 夏祭りに賑わう街の一角で、人々の命運を懸けた戦いが静かに幕を開けた。


「いくぞ!」
 レオナルドは自らを鼓舞する為に腹に声を響かせると、鉄塊剣を振り上げて巨大ミミズへと突進。
 数多くの戦いをくぐり抜けた今も尚、彼の心から恐れが消える事は無い。しかしその恐怖心を自覚し、ある意味制御する事によって彼は熟練のケルベロスとなっていた。
 剣の刃は、グシュッと微かな音を立ててミミズの胴にめり込んだが、ゴムの様に弾力があり即座に致命傷を与える事は難しそうだ。
「……ミミズさん……やっぱり、気持ち悪いの……。おっきぃから、なおさら……」
 恐怖や嫌悪感を押し殺し、これに続くのはリィナ。
 ふわりと舞い上がったかと思うと、七色の弧を描きつつフェアリーブーツの蹴撃を見舞う。
「まるでタイヤを叩く様な感触ですね……」
「……うん。でも、効いてるみたい……」
 ――キシャアァァーッ!
 立て続けに浴びせられた攻撃に、鳴き声の様な物を響かせ大きくのたうつミミズ。本来のミミズに声帯は無い筈だが、眼に相当する器官は存在する。
 行く手を塞ぎ、攻撃を仕掛けてきた「敵」を認識したらしく、猛然と突進してくる。
「くっ!?」
 巨体に似合わぬ俊敏さに、回避を諦め防御の姿勢を取るレオナルド。剣の腹で受け流す様に、その直撃を避ける。
「おっと、援護は任せて貰うよ」
 間髪を入れず、姶玖亜のオウガメタルより放たれた光の粒子が、レオナルドを含む前衛を包む。
 体力を回復させるのみならず、超感覚を覚醒させ攻撃の精度を高める。
「ここは予定通り、短期決戦と参りましょう。行きますよ、ギルティラ!」
 戦いが長引けば、それだけ周囲への危険も高まる。ソラネは暴れるミミズを冷静に見据えて掌に闘気を集中しながら、相棒のボクスドラゴンへと指示を飛ばす。
「私たちはケルベロス。ですから全力で戦います。地球を、そして守りたい人々を守り抜くために」
 ソラネの手から気咬弾が放たれるのに合わせ、悠乃もまた自らの心に抱くケルベロスの闘志(ケルベロスノトウシ)を力に変え、巨大ミミズへと撃ち放つ。
 ――クアァーッ!
 次々に着弾するケルベロスの攻撃。ミミズの体表は傷つき、少量の血液が流れ出始める。
 しかしミミズの身体は体節ごとが隔壁によって仕切られており、一カ所の傷から致命傷にはならないと言う。
「でけぇ図体してる割にゃ大した事ねぇな。このままオネンネして貰おうか!」
 掌をミミズへ向けて翳す勇。
「癒しの力は聖なる力、聖なる力は邪悪な連中の身体を蝕む猛毒にもなりました……なんてな」
 柔らかな乳白色の光は、まるで傷ついたミミズを労るように包み込む。が、癒すかに思われたその光は、ぶよぶよとした皮膚を歪ませ、かえってその傷を深くする。
「まだ動きは鈍りませんね、ですが……」
「今は~かえって好都合だしに~」
 幻影棍を構え、狙いを定めるエレス。
 笑顔を絶やす事無く、これに合わせて黒色の魔砲弾を放つ緋霈。
「幻影は揺蕩うだけではありません」
 ――ギイィーッ!
 緋霈のトラウマボールが直撃した直後、同じ箇所に実体化し突き立てられるエレスの幻影棍。
 苦悶の悲鳴を上げつつのたうち回るミミズだが、食物連鎖の最底辺らしからぬタフネスで、尚もケルベロスへ突進してくる動きは鈍らない。
 いや、それどころか巨大な口をぱっくりと開けて、ケルベロスを呑み込まんばかり。
 怒り狂うワームが、悠乃へ食らい付こうとした刹那。
「今です!」
 マタドールよろしく突進をいなす悠乃と、入れ替わる様に四方を包囲しに掛かる前衛陣。
「ほらこうすると~まごまごしちゃうからに~……可愛くないけど~」
 笑みを深くしながら、古めかしいマスケット銃の引き金を引く緋霈。打ち出された銃弾は、味方の間をすり抜ける様にしてミミズの身体に直撃。
「そろそろボクも、攻撃に回らせて貰おうかな」
 言うが早いか、愛銃のセレスティアル・ベルを抜き放つ姶玖亜。連続的に放たれる銃弾が、頭部と思しき付近へ次々と命中する。
 ミミズは苦悶と怒りを体現するが、引き続き悠乃に固執しており目の前のケルベロスには意識が向いて居ない様だ。
「大きいな、だが……とった!」
 鞘に収めた剣を、再び抜き放つレオナルド。
「心静かに――恐怖よ、今だけは静まれ!」
 それは、巨大剣の刀身さえ霞まんばかりの連続的斬撃。巨木を穿つ如く、ミミズの胴を少しずつ削り取ってゆく。
「ソラネさん!」
「承知しました」
 レオナルドの声に短く応え、強化型振動剣『逆鱗』を抜刀するのはソラネ。
「王には冠を、剣には牙を、この王剣に――迷いなし」
 一閃された剣は、ミミズの胴体を反対側から切り裂き、ついに両断させる。
「やりましたか……いや」
 巨大なミミズは捕食者に捕らわれると、自ら身体を切り離すと言う。
 このドリームイーターもまた、半分になって尚、牙を剥き続ける。
「きっちり仕留める必要が有るようですね。勇さん、リィナさん、私が動きを止めます」
 エレスは2人に告げるやいなや、再び幻影突実(ゲンエイトツジツ)の一撃をミミズの口内へと叩き込む。
 ――ギュギィッ!?
 無数の歯をへし折られ、束の間硬直する巨大ミミズ。
「おう。俺ぁ祭りに参加するつもりで来てんだ。これ以上手間ぁ掛けさせるなよ!」
 剣を上段から鋭く振り下ろした勇は、動きを止めたミミズの身体を縦に切り裂く。
「……ぇいっ……、可哀想だけど、ごめんね……?」
 と同時、リィナは謝罪の言葉と共に、快楽の虜・悪夢の餌(オアプレジャー・オアナイトメア)を手向け代わりにお見舞いする。
 さしもの巨大ミミズも、その場に崩れ落ちるや数回痙攣し、やがて跡形も無く消え去った。


「よし、姉ちゃん達色っぽいからこれもサービスだ!」
「……有難うございます」
 焼きトウモロコシと焼きイカを両手にしつつ、軽く頭を下げるエレス。
「有難う。……ふむ、唐揚げはうちが勝ってるけど、この焼きそば……うちの総菜よりおいしい!」
 同じく屋台グルメに舌鼓を打つ姶玖亜だが、こちらは微妙に職業病だろうか、味付けやら具材やらを分析している様だ。
 ミミズの退治を終えた一行は、中断せずに済んだ祭りの会場へと移動していた。
「……わたあめとか、リンゴ飴、買いたい……」
「いいよ~僕が買って上げるさ~」
 祭りの為に甚平姿に着替えた緋霈は、同じく浴衣姿のリィナへと綿飴を手渡す。
「大当たりー! すげぇな兄ちゃん」
「よっしゃ! やったぜ!」
「すげー」
 カランカランと鐘を鳴らして、大きなクマのぬいぐるみを手渡す射的屋の店主。勇もクマが欲しかった訳では無いのかも知れないが、大物ゲットの喜びを全身で表現。子供達も集まってちょっとした人だかりになっている。
「皆さん楽しそうですね」
「えぇ、みんなの笑顔を守れて良かったです」
 仲間達や、道行く人を見回して表情を綻ばせる悠乃。レオナルドも安堵の表情で頷く。
「お店も減って、祭りを続けるのも中々大変だと伺いましたが……中止なんて事にならずに済みましたね」
 今は活況に見える商店街だが、普段はシャッターも目立つと言う。ソラネはそんな商店の人々に想いを馳せつつ呟く。
「アナタ達のお陰よ。本当に有難う。私も……あんな事があって祭りに来る気分じゃなくなってたけど……こうして、良い思い出が出来たし。ほんと良かった」
 新品の靴と浴衣姿で、祭りに同行したあおい。どうやらアフターケアという意味でも正解だった様だ。

 かくして、少女の嫌悪から生まれた巨大ミミズの化物を、ギリギリの所で迎撃に成功したケルベロス。
 帰途に就くまで、今しばらく守り切った町の祭りを楽しむのだった。

作者:小茄 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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