アレキサンドライト

作者:犬塚ひなこ

●変異の宝石
 ――アレキサンドライト。
 それは陽の下では深い青緑色に見え、日暮れを過ぎた灯の下では赤く輝く宝石。
 遠い何処かの国で美しいペンダントに加工された石は或る少女に贈られた。彼女は贈り物を甚く喜び大切にしようと心に決めたが、満足にペンダントを装着することなく、若くしてこの世を去ってしまう。
 やがて想いの籠もり過ぎた宝石には少女の呪いが宿った。
 その後に宝石商の手によって幾人もの人が宝石を手にすることになるのだが、自分以外の持ち主を認めない少女の霊が現れて所有者となった者を殺していった。
 そうして今も、呪いの宝石は次々と所有者を変えながら世界を巡っている。

 少年の父が手に入れた宝石にはそんな噂があった。
 自分以外の家族が屋敷をあける日、少年はコレクションルームに踏み入った。
「このままじゃ父さんが呪い殺されちゃう……そんなの嫌だ。ほんとうに呪いがあるなら会ってお願いしなきゃ。呪わないでくださいって!」
 普段は入ってはいけないと言われている部屋。その中央の硝子ケースにペンダントは飾られていた。部屋の明かりをつけると光を反射したアレキサンドライトは赤く輝く。
 まるで血の色のようだと感じて少し怖かったが、少年は宝石の前に立つ。
「……呪いの少女さん、僕の話を聞いて」
 思いきって話しかけてみたが反応は無い。少年は緊張した面持ちで件の少女が出てこないかと待ち続けた。だが、少女の霊などただの噂でしかなかったのだろう。呪いとされることが起こるはずもなく影すら出てこない。
 暫しの沈黙が続いた、そのとき――誰も居なかったはずの少年の背後に魔女が現れ、その胸に魔鍵を突き刺した。
 薄く双眸を細めた魔女・アウゲイアスは彼の夢を覗いた後、小さく呟く。
「――私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」

●碧と紅
「たいへんなのです、皆さま! ドリームイーターの事件が起こりましたです」
 不思議な物事――今回でいうと呪いのアレキサンドライトに強い『興味』を持った少年の夢が奪われてしまう事件が起こった。集った仲間にそう話した雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は皆に解決を願う。
 興味を奪った魔女は既に姿を消しているようだが、奪われた夢を元にして現実化した怪物型ドリームイーターが事件を起こそうとしている。このままでは夢主の少年の意識が奪われたままだと話し、リルリカは詳しい情報を語っていった。
 今回の敵はアレキサンドライトのペンダントをつけた女の子の姿をしている。
 しかしその様相はとても恐ろしい。血のような色の影を纏い、次に呪い殺す相手を探して徘徊する化け物だ。
「敵は一体で配下なんかはいませんです。今はまだお屋敷の中でさまよっているので外に出る前に倒してください」
 デウスエクスを倒す為なので内部への侵入許可については気にしなくてもいい。
 高価な宝石を手に入れられる家庭というだけあって屋敷は広い。闇雲に探しても敵は見つからない為、こちらで誘き寄せなければならないとリルリカは語った。
「このタイプのドリームイーターは、自分の事を信じていたり噂している人が居るとその人の方に自然と引き寄せられていく性質があるのでございます。ですので、皆さまがうまく誘き出せば有利に戦えます!」
 今回の場合はアレキサンドライトの呪いや宝石について語れば良い。
 誘き寄せる場所のお勧めは玄関扉から入ってすぐのエントランス。其処がいちばん戦い易いと伝え、リルリカはケルベロス達を見つめた。
 敵は呪い殺す相手を探しているので一度出会ってしまえば逃げられることはない。
 皆で協力して戦えば怖い相手ではないと告げ、リルリカは話を締め括る。
「お父さんを呪い殺されたくないから話し合いに行きたいという男の子の思いはやさしいものです。だから、絶対に助けてあげてくださいませ!」
 宝石の呪いもただの噂。今回はドリームイーターに利用されてしまったが、少年が行動に出た理由はとても尊いものだ。
 そうして、おねがいします、と頭を下げたリルリカは戦いに赴く仲間達を見送った。


参加者
オルテンシア・マルブランシュ(ミストラル・e03232)
文丸・宗樹(シリウスの瞳・e03473)
真木・梔子(勿忘蜘蛛・e05497)
ラズリー・スペキオサ(瑠璃の祈り・e19037)
ミカ・ミソギ(未祓・e24420)
佐野・優之介(左狼・e34417)
鈴森・姫菊(ウェアライダーの降魔拳士・e34735)
皇・晴(猩々緋の華・e36083)

■リプレイ

●宝石の王
 それは昼夜で彩を変える不思議な石。
 移り気に所有者さえ定まらぬ宝石に宿るのは幾年月と色褪せぬ少女の想い。
「なんとも皮肉なものね」
 オルテンシア・マルブランシュ(ミストラル・e03232)は屋敷の奥に眠る宝石を思い、緋色の双眸を緩めた。生み出された夢喰いを誘き出す為の話は彼女の言葉によって幕をあけ、思いと共に紡がれてゆく。
「希少なものらしいな、アレキサンドライト」
「宝石には意思が籠りやすいから、こんな噂が出たのかもしれませんね」
 文丸・宗樹(シリウスの瞳・e03473)と真木・梔子(勿忘蜘蛛・e05497)は周囲を警戒しながら件の石について語る。
 アレキサンドライトは皇帝の石とも呼ばれ、光の度合で色が変わる神秘の貴石。
「大事に保管されてるってことはきっと天然物だね」
 見てみたいなぁ、と口にしたラズリー・スペキオサ(瑠璃の祈り・e19037)はエントランス付近を歩き回ることで、自分達は此処にいると敵に主張する。
 自分のような貧乏学生にはなかなかお目に掛かれる物じゃない、と宝石を想像したラズリーの隣で、佐野・優之介(左狼・e34417)も口をひらく。
「あと呪いだったか? 持ち主を殺すとか迷惑な話だぜ」
 優之介は綺麗な物には棘があるのかもしれないと考え、肩を竦めた。
「宝石の王様って言われる事もあるらしいわね。そんな宝石くれる男が欲しいわ!」
 呪いはいらないけど、と若干脱線しながらも鈴森・姫菊(ウェアライダーの降魔拳士・e34735)も話に花を咲かせる。
「宝石は高くあるべきと皆が思うから、いつの時代も高価なんだろうね。ある意味これは、強い想いの呪いの様にも思えます」
 皇・晴(猩々緋の華・e36083)が自分なりの思いを言葉にした傍ら、ミカ・ミソギ(未祓・e24420)は周りの気配を探り、小さく呟く。
「死して尚執着してやまないと思わせる程に誰かを魅了してきたのだろうね。それとも……本当にいるんだろうか」
 不死でも定命でもない存在なんてモノが。
 なんてね、と冗談めかしたミカはふと奥の階段付近に視線を向ける。オルテンシアもミカと同じことに気付き、仲間達に目配せを送る。
 見据えた先にあったのは少女の姿。
 アレキサンドライトの首飾りを提げていることから夢喰いであることが分かった。
「わたしの……宝石……誰にも……」
 少女は虚ろな瞳を向けて何かを呟く。
 宗樹とラズリーは視線を交わしあい、梔子は気を付けて、と仲間に注意を呼びかけた。その声に頷いた優之介と晴は身構え、敵の動きを窺う。
 きっと宝石に纏わる噂はよくある脚色のようなもの。今、目の前に現れているのは少年の思いから無理矢理に生みだされたものに過ぎない。
 姫菊は敵を強く睨み付け、緊張を押し込める。
「思いを利用して踏みにじって……そんな事絶対に許さないわ!」
 そして、勇ましさを宿した声が屋敷に響いた刹那――戦いは始まりを迎えた。

●ふたつの光
 張り詰めた空気の中、交差する視線。
 其処から先手を取ったのは少女よりも先に床を蹴ったオルテンシアだ。手にした竜槌を振りあげて叩き込む一閃はご挨拶変わり。
「さあ、カトル」
 ミミックの名を呼んだオルテンシアが身を引けば、煌石匣は少女の胸元に喰らい付いた。だが、その一撃はひらりと躱されてしまう。食べたかったのに、とでも言うようにかたかたと口を上下に揺らすカトルを睨み付け、少女は反撃に入る。
 敵に動かれる前に、と優之介は魔鎖を放って魔法陣を描いた。
「敵とは言え少女の姿ってのは、なかなか複雑な心境になるぜ。まあ、手加減はしてやれねえけどよ」
 優之介は前衛達に盾の加護を与え、金の瞳を少女に向ける。
 そして、紡がれた死の呪いの矛先は宗樹に向かった。
 されどすぐに飛び出した晴のシャーマンズゴースト、彼岸が宗樹の代わりに呪いを受け止める。其処に出来た隙を狙い、ボクスドラゴンのバジルが陽光の属性を宿したブレスを少女に向けて吐いた。
 その調子で頼む、と相棒竜に告げた宗樹は鋼の鬼を迸らせる。そして、一撃を喰らわせると同時に思うのは件の少年のこと。
「父を呪って欲しくないから話し合う、か……優しい願い事だな」
 噂はすぐには消せないが、この状況はなんとかしてみせる。
 そう決めた宗樹に続き、梔子は足元に理力を籠める。そして一気に敵との距離を詰めた梔子は星型のオーラを叩き込んだ。
「悪い意思のドリームイーターは私達が叩き出してしまいましょう」
「宝石は人を癒し力を与える物。呪う為の物じゃない」
 ああ、と頷いたラズリーは清浄な祈りを癒しの力へと変え、仲間達を包み込む。
 少女の胸で揺れるのは神秘的な色と煌き。心奪われる物だけに宝石には呪いの噂もつきものなのだろう。
「マジでフルボッコだから。遠慮なんてしてやらないから覚悟しな!」
 其処へ姫菊による星の煌めきを宿す蹴りが見舞われる。少女は僅かに揺らいだが、姫菊の渾身の一撃にびくともしていない。しかし、フォローとしての追撃を放とうと動いたミカが光の翼を暴走させてゆく。
「頼もしいね。じゃあ、こっちからも」
 姫菊の言葉にちいさな感想を零したミカは身を光の粒子に変えて突撃した。
 対する少女も宝石の光を放って対抗する。その力は優之介に向かったが、バジルが咄嗟に庇うことで肩代わりした。
 刹那、眩い衝撃の跡が戦場に散り、敵が体勢を崩す。ミカが作った一瞬の間に晴は皆の援護に回った。
 己の翼を広げた晴は生み出した極光で仲間を包み、その傷を治療してゆく。
(「ようやく誰かを護れるくらいには力が付いたかな」)
 それを確かめるためにも気合を入れていこうと密かに思い、晴は仲間の誰も倒れさせない決意を固めた。彼岸も祈りを捧げ、耐性の力を与えていく。
 戦いは巡りゆき、呪いや宝石の光が戦場に飛び交った。
 ケルベロス達も応戦し、補助を行いながら庇いあい、息を合わせることで強力なドリームイーターに対抗していった。
 幾度めかの呪いの一閃を躱し、オルテンシアは一瞬だけ冷めた視線を向ける。
 呪いの真偽については占師としての眼力もあり、偽物だと即時分かった。オルテンシアは敵を翻弄するように身を翻し、悪戯っぽく片目を瞑ってみせる。
「貴方の存在は皮肉というより、そう――ありがちよねえ」
 熱帯夜の怪談話くらいにはなるかしら、と薄く笑んだ彼女は虞者の賭けを発動させてゆく。そうして白のカードを掲げれば迸るのは鮮烈な痺れ。
 梔子は偽りとはいえ呪いを抱く宝石を浄化したいと願い、刃に自身の心を映す。
「この剣に思いを込めて、てやっ!」
 横薙ぎによって強烈な旋風を起こした梔子は即座に身を引いた。宗樹は空いた射線に飛び込み、バジルと共に一撃を与えに向かう。
 鋭い星の蹴撃に加え、匣竜の体当たりが敵を穿った。
「――今だ」
「ああ、任せるといい」
 宗樹が呼びかけた合図に呼応し、ミカが如意棒を構えて駆けてゆく。
 後で夢主の少年の話し合おうとした優しさを称えてやろうと決め、ミカは一閃を振り下ろす。伸ばされた少女の腕を捌き、放った一撃は真正面から相手を貫いた。
「呪ってやる、呪って……」
 譫言のように呪詛を呟く少女を複雑な表情で見遣り、優之介は肩を落とす。顔は影に隠れて見えないがきっと彼女は顔を歪めている。
「んな怖い顔してるよりよ、女ってのは笑ってる方が可愛いんだぜ」
 そう告げながら優之介は床を強く蹴り、脚に炎を纏った。その一閃にによって更に少女の呪詛が強まった気がする。
 きらりと光った偽宝石を見据え、ラズリーは薄く口元を緩めた。
「その宝石、もっとこっちで良く見せて」
 血のような真っ赤な色はぞくぞくする。まるで悪夢のような、と形容したラズリーはいつも身に着けているラピスラズリのペンダントに視線を落とした。
 そして、少女のそれと自分の宝石を見比べたラズリーは仲間達に意識を戻す。
「花の祝福で元気になって」
 薔薇の花弁を散らした彼は癒しの力を放った。
 皆の後押しがあれば何も怖くないと自分に言い聞かせ、姫菊は魔斧を握る手に力を込める。光り輝く呪力と共に斧を振り下ろし、姫菊はすぐに身を翻す。
「全力を込めてやるから……喰らえ――!」
 蹴りで宙に跳びあがった姫菊は回転を入れ、もう一閃を叩き込んだ。
 更にオルテンシアが熾炎を放ち、梔子が焔撃を重ねる。晴は彼岸に追撃に入るよう願い、自らは傷付いた仲間達の癒しに回った。己がまだ未熟であることを自覚しつつも、晴はそのうえで行えることをしかと考えている。
「そのような呪いの言葉ではなく……さぁ、満開の花を咲かせましょうか」
 掌を宙に差し出した晴は華麗な振る舞いで力を解放した。
 晴が咲かせたのは承和色の華。舞い散る花弁は戦友達の傷を癒し、戦場を華やかに彩っていった。

●呪いは消えゆく
 そして、戦いは佳境に入っていく。
 少女は執着と呪いでケルベロス達を苦しめたが相手はたった独り。仲間達は確りと支えあい、協力することで徐々に敵を追い詰めていった。
 ラズリーは腕に絡み付いた攻性植物を差し向け、少女に視線を向ける。
「行け、花子。呪いなんて喰らい尽くせ」
 青紫の花弁がひらいたかと思うと捕食形態に変化した花が敵に喰らい付いた。注入された毒が少女を蝕む最中、姫菊が好機を見出す。
 姫菊はひといきに少女の胸元に潜り込み、拳を握った。そのまま攻撃を放つと思いきや、手にした銃の引鉄に手をかける。
「銃攻撃が遠距離からなんて誰が決めたよ」
 ニヤリと笑った姫菊は至近距離から銃弾を解き放った。そして姫菊は少女から距離を取り、次、と仲間の背を押す。
 とん、と軽く触れた感触に応じるように梔子は駆けた。
「任されました。ご覧あれ」
 ローズクォーツが飾られた薔薇園の騎士の剣を掲げ、梔子は己の力を解放する。その瞬間、彼女の背から蜘蛛脚めいたものが現れ、少女を次々と貫いた。
 傾いだ少女の力もあと僅か。
 カトルは胸元の宝石を喰らわんとしてがぶりと敵に喰らいつく。アレキサンドライトは千切れこそしなかったものの不思議な光を放っていた。
 呪いは偽者だと理解しているオルテンシアだが、かの宝石の輝きには僅かばかり惹かれていた。けれど、と首を振った彼女は夢喰いに夢のない話をひとつ語ってやろうと思い立つ。
「悲劇や呪いの類いは、値を釣り上げるための常套句よ」
 だから、そんな謂れは陳腐そのもの。
 言の葉と共に銀飾りの花信風から繰り出す蹴りが敵を貫いた。だが、少女もオルテンシアを狙って宝石の光を放つ。
 それが深い傷を生み出したと気付き、宗樹は指先を仲間に向けた。発現した青い光は重力に従うかのように滴となって零れ落ち、波紋を描く。
 そして、宗樹は敵に向けて言い放つ。
「噂の少女の代わりに……いや、そんなものと共にここで居なくなれ」
 それがあの少年が安心できる唯一の術だと告げ、宗樹は後を仲間に託した。晴は最後まで皆の背を押す役目であろうと心に決め、彼岸に目配せを送る。
 祈りを捧げ続ける彼岸の傍ら、晴は祝福の矢を番えた。
「これで決めてください」
「任せとけ。ほら、凝り固まった思考じゃ、自由になれねえぜ」
 晴からの援護を受けた優之介は呪いを繰り返す少女を捉え、身構え直す。愛刀を左手に、鎖を右手に絡めた彼はひといきに魔鎖を放った。
 自由にさせる気は無いが、と付け加えた優之介の一撃が少女を絡め取る。
 身動きが取れなくなった標的を瞳に映し、ラズリーと姫菊は戦況を見守った。梔子とオルテンシアの眼差しを受けながら、ミカはこれが最期を齎す一撃になると感じた。
「地の底へ堕つ罪過の重量。これが、君を撃つ魔弾の名前だ」
 紡がれてゆく言の葉は詠唱であり、宣言でもある。
 一瞬後。ミカは少女から目を逸らさぬまま魔力を放った。九圏の地獄を墜ちてきた光の魔弾は真っ直ぐに宙を舞い、そして――呪いの化身を真正面から穿った。
 先に影めいた少女の姿が消え、胸元の宝石が地面に落ちる。
 やがて石も燃え尽きるようにして崩れ落ち、その場には静けさだけが残った。

●新たな出発
 こうして夢喰いは消失した。
 優之介をはじめとしたケルベロス達は戦いの終結を感じ取り、少しばかり荒れてしまったエントランスのヒールを行った。
「さて、残るは少年だね」
 そして、ラズリーは様子を見に行こうと仲間を誘う。
 廊下の奥、少しだけ開いた扉。その向こうに少年は倒れていた。宗樹は彼を助け起こし、平気かと問う。
「うぅ、ん……」
「良かった。気が付いたようだな」
 宗樹は少年に大事がないことを確認し、晴も安堵を抱く。
 晴達は彼に何が起こったのを説明してやった。自分が狙われたことや助かったことを理解した少年は肩を落とす。ミカはそんな彼の肩を軽く叩いてもう終わったことだと話し、宗樹も大丈夫だと告げた。
 姫菊は自分で立ち上がろうとした少年に手を差し伸べ、自分の思いを述べる。
「君のおかげで呪いはなくなったよ」
 よく頑張りました、と姫菊が駆けた言葉によってやっと彼に笑顔が宿った。
 オルテンシアは微笑み、その通りだと頷く。
「あなたの尊さに免じて呪縛は祓っておいたわ。この七変化の魔……女神が、ね」
 なんて、と双眸を細めたオルテンシアの隣ではカトルがぴょこぴょこと跳ねて少年の笑みを誘っていた。
 ミカはその様子を微笑ましく感じながら、己の考えを言葉に変えた。
「この世界には危険で理不尽、不条理な話を聞いてなどくれない存在もいるんだ」
 気を付けて欲しいと話したミカの言葉に少年は分かったと答えた。
 梔子はすっかり調子を取り戻した様子の彼を眺めた後、硝子ケースに飾られているアレキサンドライトを見遣る。
 その石言葉は高貴、光栄。そして――出発。
「宝石は悪くない、宝石に思いを込める人に善悪があるんです」
 だからあなた次第なのだと伝えた梔子の言葉に少年は大きく頷いた。
 そうして、ラズリーは折角だからと願う。
「ねえ、コレクションルームの宝石を見せてもらっていいかな」
「うん、いいけど……父さんには秘密だよ?」
 ラズリーと少年は視線を交わし、悪戯っぽく笑いあった。今はどんな色に輝いているのだろうと覗き込んだ宝石の彩は明かりを受けてきらきらと光っている。
「……呪いの少女が起きねえように祈ってやるか」
 宝石を眺める仲間達を見守りながら、優之介は誰にも聞こえぬ声で呟く。
 もし呪いがあったとしても今宵、此処で絶ち切った。それゆえにこの宝石は此処でずっと輝き続ける。何故だか、そんな確信が胸に宿った。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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