夏の月こけて襖に穴の開き

作者:奏音秋里

 近所の図書館の「わくわくおはなし会」に参加してきた、男の子。
 読み聞かせてもらったなかに、家具の絵本があった。
「おやすみなさ~い」
 家具もみんなの家族だから大切にしましょう、という内容の絵本。
 そういえば昨日、転んで穴を開けてしまったっけ。
「ふすま……ごめんね」
 なぁんて考えながら眠りに就くと、向こうから襖が1枚、走ってくるではないか。
「うわぁっ!!」
 潰される寸前、少年は眼を覚ました。
 恐る恐る襖の部屋まで行ったけれども、手足も顔もない。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 だがしかし、安心したのも束の間。
 魔女は少年の感情を見逃さず、ドリームイーターを創りだしてしまうのだった。

「皆さんのご自宅にもありますか、襖?」
 唐突に、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が問う。
 最近はない家も多いのですよねと、皆の返答を聴いた。
「というのも、今回、皆さんに退治していただきたいドリームイーターが、襖なのです」
 西水・祥空(クロームロータス・e01423)によると、襖に手足が生えているらしい。
 一般人では、押し潰されたらひとたまりもないという。
「大きさは襖1枚分で、片面に眼がついています」
 攻撃方法は、2種類。
 己の身で押し潰すか、少年の開けた穴からモザイクを発生させるか。
 どちらも、ダメージに加えてバッドステータスを喰らう可能性があるようだ。
「到着予定時刻には、ドリームイーターは男の子の家の近くを彷徨いています。驚かせる対象として皆さんが現れれば、彼方から近寄ってくるでしょう」
 戦闘場所として、セリカは図書館の駐車場を示した。
 少年の家からは徒歩10分の距離にあり、街灯設備も整っている。
 夜間は使用禁止になっているため、誰かを巻き込む心配もない。
「但し駐車場までの誘導時には、一般人にも気を付けてくださいね。あとは、自分に驚かなかった相手に付きまとう性質があるようです。誘導や戦闘に活かしてください」
 情報漏れがないか確かめて、セリカは頭を下げる。
「男の子の意識が戻るか否かは、皆さんにかかっています。よろしくお願いしますね」
 ケルベロス達の無事と勝利、そして少年の無事を、心から願った。


参加者
陶・流石(撃鉄歯・e00001)
月織・宿利(ツクヨミ・e01366)
西水・祥空(クロームロータス・e01423)
沙更・瀬乃亜(炯苑・e05247)
城間星・橙乃(雪中花・e16302)
デリック・ヤング(渇望の拳・e30302)
葛之葉・咲耶(野に咲く藤の花のように・e32485)
ルーニア・リステリアス(微睡はいつまでも・e37648)

■リプレイ

●壱
 少年の家に到着したケルベロス達は、二手に別れて行動を開始する。
「おぅ、こっから図書館まで、暫く危ねぇんだわ。テープんなかに入らねぇでくれよ」
 擦れ違うヒトに注意を促すのは、陶・流石(撃鉄歯・e00001)だ。
 デリック・ヤング(渇望の拳・e30302)とふたりで、先まわりしている。
 家から駐車場までの誘導ルート総てを、立入禁止とするために。
「そういえば、私はこういった話をきいたことがあります」
 一方の誘導組では、沙更・瀬乃亜(炯苑・e05247)が動くオブジェの話を切りだした。
 間もなく。
 どしんどしんという足音とともに現れた、1枚の襖。
「うひゃあ! ほんとに目がついてる!」
 葛之葉・咲耶(野に咲く藤の花のように・e32485)が、素晴らしいリアクションをとる。
 長いような短いような10分という時間を、しっかり誘導しようと移動開始。
 瀬乃亜も、丹色の瞳を更に大きく開き、口許に手をあててきょろきょろしてみせた。
「あぁ、びっくり、した……なにかしら。昔、絵本で見たような、妖怪みたいな姿ね」
 幼い頃の記憶を紐解いて、月織・宿利(ツクヨミ・e01366)も驚きを口にする。
 そもそもお化けは苦手なので、演技でもふりでもない本音が出た。
「成程これは驚いた。想像していた以上に襖だな」
 ルーニア・リステリアス(微睡はいつまでも・e37648)も、わざとらしくとも驚く。
 攻撃対象を明確にさせるためにも、感情を明言した。
「あら、本当に襖が歩いてるわ!」
 城間星・橙乃(雪中花・e16302)も、同じく驚く素振りをみせる。
 一般人が近付いてこないか、皆とともに周囲にも注意を払った。
 そうして歩くこと、10分とちょっと。
「おっと! こりゃ確かにワケの分からん不気味さがあるな! フスマ……か。日本では割と一般的なモンらしいが、ダモクレスだった俺にはあんまり馴染みはねえな」
 斯くして、デリックと流石の待つ駐車場へと足を踏み入れたドリームイーター。
 ふたりの呼びかけにより、その場に一般人はいない。
「ふすまでしたら実家にいくらもございますし、ふすまは動くものです。まあ、普通のふすまは左右にしか動きませんが」
 長い睫を、西水・祥空(クロームロータス・e01423)が一瞬だけ軽く合わせた。
 誘導を終えても尚、努めて冷静な対応を続けている。
 すぐさま配置につき、戦闘態勢を整えた。

●弐
 ドリームイーターはやっぱり祥空に付きまとい、一直線に倒れてくる。
 ぺたんこに潰されることは回避したものの、強い力に思わず膝をついた。
「さぁて、出番だよぅ。今日も頼りにしているからねぇ」
 シャーマンズカードが輝けば、氷属性のエネルギー体が召還される。
 戦うのは少し怖いのだけれども、仲間のため、そして少年のために一所懸命な咲耶。
 ポジションよりも前進すると、勇気を振り絞って体力の減った祥空を庇う。
「ひとりじゃありませんし大丈夫ですよ、咲耶ちゃん。無事に男の子の意識が戻るように、がんばりましょう。成親もお願いね」
 震える肩に手を置いて、宿利は咲耶を鼓舞した。
 真白き拵えに意識を集中させて、眼にも留まらぬ速さで達人の一撃を放つ。
 呼ばれたオルトロスも神器で斬りつけつつ、仲間達の壁となるべく立ちまわった。
「あぁ。せっかく少年が、家具を大切にしようと考えてくれたんだ。驚きの感情、取り戻してあげないとな」
 宿利の言葉に、ルーニアも力強く頷いて。
 耐性を持たせるべく、自由なるオーラによる癒しの時間を祥空へと提供する。
 愛用の枕を抱き締めるまま、被害者の少年へと想いを馳せた。
「ありがとうございます、ルーニアさん。それに咲耶さんも」
 丁寧にお辞儀をしてから、祥空は両腰の日本刀を抜く。
 記憶の地獄から熾した黄色の炎が、冴えた光を放つ刀身へと螺旋状にまとわりついた。
 そのまま縦一文字に斬り裂けば、襖に残り火が燻ぶり続ける。
「俺達が全力で叩き潰してやるぜ!」
 言いながらデリックは、己がこれまでに喰らった魂達を呼び覚ます。
 一瞬にして全身へとまがまがしい呪紋が浮かび、己を魔人へと変貌させた。
 やる気満々に、眼光鋭くドリームイーターを射程に入れる。
「壁に耳あり障子に目あり、もとい襖に目ありっつうとこか。怪談ばっかに興味持ってるっつうことは、なにかしら近しいものを感じているのかねぇ。それとももっと単純な理由か。どっちにせよ面倒ごとを起こすんなら潰すまで。大人しくホラー映画でも見てろっつうの」
 得物は銃だが、格闘の心得もあって接近戦を好んでいる流石。
 魔女への不満と要望を吐き出しつつ、超高速で懐へと滑り込む。
 超硬化させたドラゴンの爪で以て、ドリームイーターの防御を掻き砕いた。
「少年の想像力の豊かさには感心します。不思議な夢、とはまさにこのことですね」
 見切り対策のため、流石の攻撃とは異なる属性のグラビティを放つテレビウム。
 主の瀬乃亜も高速演算を展開して、ドリームイーターの構造的弱点を弾き出す。
 狙いを定めて、妖精弓から痛烈な一矢を射た。
「襖が動いてるって百鬼夜行みたいだけど、襖1枚じゃ行列にはならないわね。いつか出会えたりしないかしら。夜の駐車場って雰囲気あるし、本当にオバケ出ちゃったりして」
 誘導時から、肝試しみたいで内心わくわくしていた橙乃。
 大好きな学びから得た情報としてしか識らないから、是非とも実物を見てみたいと願う。
 ライトニングロッドから発生させた雷が、前衛陣の前で巨壁を成した。

●参
 眼前の襖は、確実に少年の家の襖よりもぼろんぼろんである。
 激しい攻防を経て、ドリームイーターの足が止まった。
「わたしは、明日から本気を出すんだ……明日から本気を……」
 呪文のように繰り返し呟けば、誓いの心はより堅く強くなる。
 次の瞬間、ドリームイーターの足許からルーニアの決意の溶岩が噴き出した。
「ヒトとはいろんなことを考えるものなのですね。今回の夢も……いたずらなだけで悪いものではないのかもしれないけれど。古い夢は、その古い夢にかえってくださいね」
 エアシューズの摩擦の炎を、落ち着いて瀬乃亜はドリームイーターへと喰らわせる。
 このあいだにテレビウムには、応援動画を流させた。
「紙で出来てるから、よく燃えるな!」
 ここまでの攻撃を踏まえて、冷静沈着に性質を分析をするデリック。
 またも命中した炎弾が、燃え盛りながら生命力を喰らう。
「おう、目ぇ逸らしてんじゃねぇよ」
 流石の鋼のように冷たく鋭い視線が、ドリームイーターの両眼をしっかりと捉えた。
 これ以上ないくらいの恐れを与え、憔悴や動揺の感情を抱かせる。
「蓮華の胎に抱かれる刹那、一切の衆苦はなく、ただ諸楽を受けるのみ」
 仲間達の攻撃の陰で、祥空は地獄の炎に包まれる蓮の花を咲かせた。
 黄色がかった花弁が舞い散り、仲間の心身に安息をもたらす。
「冷え冷えと、香り漂うは冬の華」
 橙乃が黒字の外套を翻せば、刺繍の鳥も夜空に羽搏くよう。
 漂う真白い水仙の香りが冬の寒さを喚び、凍気を纏う刃で以て傷を斬り広げた。
「全て全て、時すら凍る冷気のなかで鎮まり給え!」
 空気が冷え続けているのは、咲耶の足許から極低温の冷気が放出されているから。
 下半身から徐々に凍りゆく恐怖が、ドリームイーターの精神を追い込んでいく。
「華よ、散るらん」
 宿利の刃が、高速且つ正確に、急所を斬り捨てた。
 花の散るかの如く、可憐で刹那的な終わりを。
 朽ち果てたドリームイーターは、跡形もなく消滅した。

●肆
 ふぅっと息を吐き、静寂に身を任せるケルベロス達。
 休憩ののち、全員で協力してお互いと駐車場をヒールしていく。
 橙乃は、駐車場の雰囲気に妖しげな魅力を感じて、記念も兼ねてカメラに収めつつ。
「無事にぶっ倒せたな。これでコイツを生み出した坊主も、無事に目覚めるだろうよ」
 服をはたいて、一行はデリックを先頭にその場をあとにした。
 順路を逆に辿り、テープを回収しながら少年の家を目指す。
 訪ねると、夜中だけれども親と一緒に出てきてくれた。
「よーしよし。怖い襖はお姉ちゃん達が倒したからねぇ、もう問題ないよぉ。葛ノ葉印の便利な御札、サービスであげちゃおうかねぇ。キヒヒ♪」
 事情を説明して、少年の頭を優しく撫でてやる咲耶。
 怖い夢を視なくなるように呪を籠めた御札を手渡すと、ありがとうと笑ってくれた。
「もう遅いから、これだけ。襖の修復に使ってくれたら嬉しいな」
 ルーニアは、茶色っぽい厚紙をとりだす。
 本当は一緒に修復までできればよかったのだが、時間が時間だし眠たいから遠慮した。
「私のおうちは日本家屋だから、襖も沢山あるの。小さい頃は、私も穴を開けてしまって、怒られたのを想い出すなぁ……」
 キミだけじゃないんだよと慰めて、宿利もやんわりと眼を細める。
 大好きなぬいぐるみを可愛く動かして、励ましの言葉を贈った。
「襖にごめんなさいした気持ち、とても大事よ。物は大切にね?」
 橙乃もニュートラルな微笑みを浮かべたままで、少年の思いやりを汲む。
「んじゃ、お邪魔しましただぜ。ほら、祥空も手ぇ振ってやれよ」
 流石が声をかけたのは、夜の訪問で迷惑をかけぬよう、屋外で控えていた祥空だ。
 促され、流石とともにさようならの手を振った。
「お疲れさまでした、皆さん。お茶でも如何ですか?」
 夜とはいえ、この季節は温度が高くて汗をたくさんかいてしまう。
 帰り道、祥空は水筒で持ってきていた冷たい緑茶を振る舞った。
「A red rose is not a rose red flo.赤薔薇、あなたは夢に驚かないのですか?」
 赤い薔薇のカタチをした飴を、瀬乃亜も仲間達の掌へと具現化させる。
 その後に問われたテレビウムは、少しの沈黙ののちに首を横に振るのだった。

作者:奏音秋里 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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