螺旋忍軍大戦強襲~KISYUストライカー

作者:銀條彦

「螺旋帝の血族・緋紗雨が次に螺旋忍軍の『彷徨えるゲート』が出現する場所を報せてくれた。この情報があれば螺旋忍軍と決戦を行うことも可能だろう」
 これも緋紗雨の身柄を智龍ゲドムガサラから守り切ったことでケルベロスが得た成果だろうとザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)が先の飫肥城での戦いを労った後、だが、と言葉を続けた。
「だが……万全の態勢で決戦を行うにあたって大きな障害となるのが『最上忍軍』の存在だ。正義のケルベロス忍軍から螺旋忍法帖を奪取し螺旋帝の血族『亜紗斬』を捕縛した彼らは、いまや新たな螺旋帝の血族となったイグニスからまた新たな命令を受け、各勢力に潜入していた螺旋忍軍達を利用して戦力を集結させつつある」
 それらが向かう先は、当然、次のゲート出現予定地である。
「最上忍軍が今回動員した主な他種族軍勢は『載霊機ドレッドノートの戦い』のダモクレス軍団残党、私やイグニスの後釜を狙うエインヘリアル率いる私兵団。それと更に、各勢力で研究中だった屍隷兵(レブナント)共の中でも特に戦闘力が高い個体を集めた軍勢も準備されている様だ」
 緋紗雨からの情報のよれば彼らが動いた理由は螺旋忍軍が流した偽情報にあるらしい。
 『魔竜王の遺産である、強大なグラビティ・チェインの塊が発見された』『このグラビティ・チェインを得る事ができれば巨大な功績になる』というもので、同時にその事実を知ったケルベロスの襲撃が予測されているといった内容の情報も渡されているらしい。
「更に各勢力には螺旋忍軍からそれぞれ『魔竜王の遺産は独占が望ましいが、複数の勢力が参戦してくる事が予測されている為、敵に漁夫の利を与えない為の立ち回りが重要である』といった説明がなされていて、集結完了後もデウスエクス同士が相争わぬ為の牽制として機能するよう仕組まれている……流石は諜報に長けた螺旋忍軍とでも言うべきか」
 そのように集められた軍勢は、既に、すべてを掃討しようとするならばケルベロス・ウォー発動が必要な程の規模にまで膨れ上がっている。
 どうやらイグニスとドラゴン勢力は彼らをゲートから本戦力を送り込むまでの防衛戦力として利用する腹積もりの様だ。
「だが来たる決戦を前に弱体化を図る事ならば可能だ──そこでお前達の出番という訳だ」

 居並ぶケルベロス達に対してザイフリートが依頼した任務は屍隷兵部隊への強襲だった。
 螺旋忍軍を通じて屍隷兵のデータを得た各デウスエクス勢力ではそれぞれで更なる強化を進める研究が進められていた。
 そして比較的手軽な雑兵としての研究はほぼ終わり、デウスエクス達によって量産化された屍隷兵が使われ始めるのもそう遠くないという段階にあるらしい。
 どの陣営においてもおおむねその運用に直接携わっているのは螺旋忍軍達であり、最上忍軍は、彼らを通じて特に戦闘力の高い屍隷兵を集めてゲート防衛の為の軍団を結成した模様だった。
「これら屍隷兵軍団を率いるのは『詠み謳う煌然たる朱き社』を名乗る螺旋忍軍で、最上忍軍に属する指揮官の一人だ。率いる屍隷兵は2種の量産型……『量産強化型屍隷兵』と『嘆きのマリア達』を主力にしつつ、それとは別に、特に研究の進んだ精鋭とも呼べる高性能屍隷兵11体が集められている」
 合成獣兵01『キマイラ』、合成獣兵02『マンティコア』、合成獣兵03『グリフィン』、合成獣04『ピッポグリフ』、コカトリス、ラヴァプラーミアゴーレム、アゲートファング、キュクロプス、汚染戦乙女『ケガレたヴァルキュリア』、人竜ヒルクライデス、トラックダウン……与えられた呼称が一つ一つヘリオライダーの口から連ねられた後。
 これらはいずれも神造としては高い完成度を誇り、こと戦闘力に関してのみならば既にデウスエクスに勝るとも劣らぬ性能を備えているので注意を要するだろうと告げられる。
「もしもこれら屍隷兵が奴の──イグニスの手に渡った場合、その研究が更に飛躍的に進み、より強力な屍隷兵が次々に産み出される可能性も考えられる」
 それを阻止する為にも集結前に1体でも多く、有力屍隷兵を撃破しておく必要があると、ザイフリートは語った。
 一方で今回の作戦はあくまでも前哨戦であり奇襲作戦である点、常に気に留めて戦うよう彼はケルベロス達に対して念入りに釘刺す。
 撃破目標が最上忍軍であれ有力屍隷兵の1体であれ、周囲には多数の量産型が配備されている筈である。
「進軍する大軍の中から目標とする敵を見い出し撃破した後は即座に撤退する……その退き処を誤れば敵の勢力圏に取り残されることになる。危険な任務ではあるがお前達ならば必ずや成し遂げられるだろう」
 戦果を期待する、と、結ばれた後。
 エインヘリアルのヘリオライダーはケルベロスらを戦場へと導くのだった。


参加者
アイヲラ・スレッズ(羅針盤の紡ぎ手・e01773)
長谷地・智十瀬(ワイルドウェジー・e02352)
ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)
田抜・常(タヌキかキツネか・e06852)
一津橋・茜(紅蒼ブラストバーン・e13537)
長船・影光(英雄惨禍・e14306)
草薙・ひかり(闇を切り裂く伝説の光・e34295)

■リプレイ


「紀州で奇襲だね!」
 三重県最高峰たる大台ケ原山山中。作戦決行を前に開口一番、あっかるく一ネタかました草薙・ひかり(闇を切り裂く伝説の光・e34295)だったが。
「あ、こちらの方角でございますわね」
「ゲリラ戦かー……得意じゃないんだよねぇ」
 燦然たる八の字を描いて跳ねる淑女髭を撫でながらちょろちょろと先導するアイヲラ・スレッズ(羅針盤の紡ぎ手・e01773)が指さす道なき道へケルベロス一行は歩を進めてゆく。
 生い茂る草木を掻き分ける道程に向けてルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)はぼやきを漏らしたが、その軽口に反して彼の戦意は決して低くはない。ただ、迷彩用にと着込んだマント内に篭もる熱気にはやや辟易した様子だった。
「……って誰も反応してくれない!」
「はは、まあこの場合スルーするのも武士の情けっていうか何というか。 ──奇襲作戦、面白いじゃねぇか。ここで成功すれば先に繋げることが出来る。腕の見せ所だな」
 長船・影光(英雄惨禍・e14306)と並んで最年長であるひかりが、ぷぅと片頬を膨らませた子どもっぽい表情で発した主張をやんわりと受け流しつつ。
 長谷地・智十瀬(ワイルドウェジー・e02352)は手にした双眼鏡から仲間達へと視線を移して自他を奮わせる。
 声潜ませつつもそんな和やかな遣り取りや勇ましい檄が交わされる道中がしばし続いた後、鬱然と広がる原生林の遥か向こうを往く神造兵の大軍の一端をケルベロス達は捉えた。

「……善くも、これだけの種族と数集まったものだ」
 ぽつりと影光が呟きを漏らす。
 己達が今回強襲する最上忍軍と屍隷兵の戦列だけでも大兵力な上に、今頃は、他方面からもエインヘリアルやダモクレスの進軍が開始している筈である。
 だが螺旋忍軍の深謀遠慮が如何ほどで闘う相手が何であろうと、彼にとっては同じ事。
(「この星の和を乱すものは、始末する。 ……俺にあるのは、それだけだ」)
「こうやって多数の勢力を糾合しちゃう辺り、螺旋忍軍の手際は侮れないねぇ」
 独白と共に沈思へと至ろうとした影光の脇からひょっこりと背伸びしながら感心した様子でひかりが応えた。
 親しみ易く朗らかな笑顔こそそのままだがその眼差しは既に歴戦たる戦士そのもの。
「焦らずまずは一つずつ、倒せるところから倒していこう!」
 この上ドラゴンとまで盟が結ばれたらしいと伝え聞くのだから確かにゲートでの攻防戦を前にこれら敵戦力は出来うるかぎり削いでおくに越したことはないだろう。
(「うふふっ! この度も強い方々が沢山おられるのですね」)
 間近へと迫る死線の気配へ喜色もあらわに瞳輝かせるエフェメラ・リリィベル(墓守・e27340)。一方で智十瀬の眼光もまた俄かにその鋭さを増す。
「あんなのが街中に来た時にはタダじゃ済まないだろうな」
 デウスエクスの大軍を前に彼は守るべき一般人の身をまず案じ、人里を遠く離れたこの場所が戦場の内に必ずやより大きな脅威たりえる有力屍隷兵を撃破してみせるとの決意を新たにした。
「あ、あそこに……!」
 狐面と迷彩柄に身を包んで先導する田抜・常(タヌキかキツネか・e06852)が撃破目標の発見を告げた。少女に促され眼を遣れば、異形の屍人形軍団の只中に在ってひときわ眼を惹く存在感。
 其れは事前情報で告げられたままの姿かたち。ひょろりとした細躯に血肉ではなく禍々しき蒼と黒の闘気を纏う幽鬼の如き『人竜』の姿が其処に在った。
「周辺に配備された量産型はほぼ『嘆きのマリア達』だけみたいだな」
「伏兵も無し。よし、それじゃあ……」
 双眼鏡を構えたまま偵察を続ける智十瀬。ルードヴィヒが大まかに得た敵配置情報に周辺地形を併せて作戦の段取りを仲間達と伝え合う。

「さて、参りましょう」
 うっとりと夢見心地に殺意を研ぎ澄ませ……。
 エフェメラは名残り惜しげにもう一度『人竜』の姿を灼きつけた後、深き森へと其の身を翻した。


 迫り出した緩やかな崖上。
 たったひとり……一津橋・茜(紅蒼ブラストバーン・e13537)だけが其の身を晒し、大きく距離を取りつつも屍隷兵共へと対峙する。
「人竜ヒルクライデス! あなたの敵はここにいます!」
 育ての親最後の『研究成果』を見下ろした後に、割り込みヴォイスを併せてそう叫んだ茜の挑発の効果の程は絶大だった。
 眼孔の奥の双眸にギラリと身震いする程の殺気が宿り、竜を想わせる頭部が振り返る。
『──世界ノ敵! 見つけたゾ!』
 やや片言ながらも人語を解し用いる程度の知性を有するらしき『人竜』と呼ばれた屍隷兵はすぐさまに隊列から大きく外れ、長いたてがみを振り乱しながら突進を開始した。
 更に遅れて後方からはのろのろと数体の量産型が追い掛けて来ている様だが、踵を返した茜はその詳細を確認する間もなく全力で駆け出し、まずはひたすら逃げに徹する。
(「ようやく見つけたのはお互い様……最後の『研究成果』、破壊させて頂きます」)

 赤と蒼の、樹々を掻い潜っての、追いかけっこはそう長くは続かなかった。
「あなたにわたしが殺せますか!?」
 そう煽るばかり逃げるばかりの『宿敵』の背が、遂に、人竜ヒルクライデスの射程内へと捉えられる。内包するグラビティを乗せて殺到した蒼きオーラの一撃。
 竜のブレスにも匹敵する威力と凍気とを備えた其れを避けきれず喰らった茜はその場へと叩き伏せられる。
 そんな少女へ更なる打撃を加えんと、量産型屍隷兵が次々に追い縋る……だが。
「キエェェェ!」
 颯爽と、と言い表すには激しすぎる雄叫びを伴い弾丸の如き勢いで果敢に割って入ったドワーフ少女は、真っ直ぐに振り下ろされた量産型の豪腕から茜の身を庇った。
 次いで姿を現したのは、ざっくりと羽織られていたスウェット素材の上着を派手に脱ぎ捨てこちらは文句なしに華麗かつ颯爽と、自慢の肢体とリングコスチュームを見せ付けて登場のひかりである。
「さあ、今日の私はセメントモードだよ!」
 鬱蒼と生い茂る山中の繁みの一角。其処は茜以外のケルベロス達が身を潜めて待ち構える手筈となっていた合流地点であった。


 狸少女の金眸の、もうひとつ上からしつらえられた戦場を俯瞰するは白狐面。
「ばっちり誘き寄せ成功、お疲れさまなのです一津橋さん」
 常の掌中から生まれたお月さま色の光球がリズミカルにお手玉された後、ぽぽいと茜の鼻先へと投げられパチンと弾ければ、治癒と昂揚とが届けられた。
 囮役として仲間達との合流に成功した茜だったが、一息つく間も無く、手近な量産型屍隷兵へ電光石火の飛び蹴りを浴びせてその脚を鈍らせる。
 短期決着を目指すべき戦いの定石は撃破目標への集中砲火だが、雑兵といえど、複数敵を完全にフリーにする事は躊躇われた故の牽制だった。
「多勢の中、寡兵をもって足掻くのも、腕の見せ所ですわ」
 エフェメラの指先から放たれた魔女の鎖は、湿り気を帯びた草地を黒蛇の如く這いすべりながら呪術を編み魔盾を産む。強敵を相手に前のめりで闘う為にこその堅守。
「一津橋様からお離れなさい、邪魔は無粋ですのよ!」
 アイヲラも加わってのディフェンダー3人がかりでの防御陣が形成されてゆく。

 今日ばかりは攻防から反撃を魅せる本来のスタイルは封印し初手から遠慮ナシ、美技大技全開でぶつかってゆくひかり。
 レスラーとしての彼女のファン達や興行主が知れば歯噛みして悔しがること間違いなしな美技豪技の大盤振る舞いが、無観客試合たる山中で、惜しみなく披露されてゆく。
「能力高いだなんだいわれたって踊らされてちゃ世話ないね」
 グラビティチェインは渡さないとルードヴィヒから放たれたスターゲイザーに呼吸を合わせ、死角から撃ち込まれた轟竜砲は影光のもの。
 強烈な足止めの連続攻撃の前に大きく体勢を崩した人竜ヒルクライデスの隙を見逃す智十瀬ではない。
「今回はいかに早く奴をぶっ倒せるかだな」
 ついて来いよとの青年の囁きは、黒百足にも似た装甲で智十瀬の腕を覆うオウガメタルに向けてのもの。一気に敵の懐へと飛び込んだ智十瀬とはもはや一心同体、『鋼の鬼』と化した黒拳が豪快に敵顎へと炸裂する。
 蒼鱗を振り撒きながら大きく仰け反った人竜ヒルクライデス。だがその闘志の向けられる先は依然、茜に対してである。
『世界に仇なす紅き獣メ! 滅びるがいイ!』
「置き土産にしては悪趣味ですね~、ドクター……」
「予想以上の食いつきですが……もう少しそのまま耐えていて下さい一津橋さん」
 了解との声が返るやいなや、常の光球ジャグリングはいつしか月光から聖光へとその色を変化させ、茜を含む前列全員へとその黄金を振り撒いた。
 まるでこちらが悪役とばかり、正義の味方じみた使命に燃える台詞を吐いて猛攻を浴びせる人竜ヒルクライデスに対して。
 茜はほぼシャウトのみの専守に徹し、常がそれを手厚く癒す事で支えた。そうする事で他のケルベロス達の負担は飛躍的に和らぎ、火力集中へ一役買う事となったのだった。

 それを最初に察知したのは影光であった。彼独特の無音の脚運びから暗影暗鬼の裾を翻し放たれた鋭刃の如く研ぎ澄まされた一蹴り。
 純威力のみなら雷刃突より僅かに劣るはずのフォーチュンスターが人竜ヒルクライデスに負わせた裂傷は此れまでに無く深く大きなダメージとして顕れたのを察知したのだ。
「……それがお前の弱点か」
「魔法力に弱いみたいだよ! それじゃレッツ、早期撃破!」
 その情報はすぐさまルードヴィヒによって周知され、付け入るべき弱点と息を合わせた集中攻撃の連続に、戦況は一気にケルベロスの勝利へ向けて傾いてゆく。

『コロサナイデッ! コロサナイデッ!』
『……モウシナセテ……』
 絶える事無く磔の『マリア』達の喉から吐かれ続ける気鬱な嘆きは、まるで壊れたレコーダーの様に、断末魔を延々と繰り返す。
 女達の叫びなど意に介さず──いやむしろ糧と啜るかの如くによりいっそう活動的に。
 屍隷兵達は人竜ヒルクライデスの為の矛として馳せ参じ、我先に盾として散ってゆく様に殆どのケルベロス達は顔を顰めずにはいられなかった。
「ドクター・シカバネとは別口のこちらもまた全く別の方向性で創造主が趣味の『良さ』を遺憾なく発揮されていらっしゃるご様子ですわね」
 特に感慨も無く淡々とエフェメラは評した。彼女が好むのは足掻き戦う者だが彼女達はあくまで足掻くさまを歪めたイミテーションに過ぎないと看破していたからだ。
「未知の強敵との戦いは大いに望むところ、ですが……このような生命をいたずらに玩ぶ所業は決して許せませんですの!」
 義憤に燃え、それ以上に仲間を鼓舞するのだとひたむきに声をあげるアイヲラは、力量以上の闘いぶりを攻守に渡って発揮し戦線を支え続けた。幼き四肢から抑えてもなお鮮やかな紅蓮と燃え盛る『地獄』のさまをエフェメラは眩しげに見守った後。
 何かを確かめるよう、彼女は御霊殲滅砲をあえて量産型では無く人竜ヒルクライデスの脇腹へと炸裂させた。
 すると忽ちに嘆きのマリア達の視線が……泣き叫ぶ女達ではなく『本体』たる巨躯の屍隷兵の視線の幾つかが、エフェメラへと注がれ始めた。
『……モウシナセテ……モウシナセテ……』
「やはり『彼女』達が集中的に狙っているのは茜、という訳では無いようですわね」
 量産型足止め班と同様に量産型たちもまた全てディフェンダー。
 そしてその攻撃先はおおよそ全て人竜を攻撃した者のみとのエフェメラの観察は的中したらしい。

 人竜ヒルクライデスの限界は近いと見立て逃走を警戒するルードヴィヒだったが彼が策を弄する迄も無く退却の気配は皆無だった。
 そもそも螺旋忍軍の手で神造された屍隷兵の存在意義そのものが造り手たる螺旋忍軍に踊らされる事で、しかも無意識レベルに到るまで弄られているらしき此の敵に対して、他者の駒たる現状を嘲笑う台詞が挑発になるとは彼にはもう思えなかった。
「抱えるその誇りすらも、ぜんぶ、造られた紛いものなんだね……」
 ならばせめてその器も空虚に相応しき石と化せばいい。古代語をもって呪詛を諳んじるルードヴィヒの魔力の前に竜爪を備えた片腕が重く堅く垂れ下がり膂力が奪われた。

 そして闘いはいつしか最終局面へ。
 影光が今『ダウンロード』を実行すればおそらくは此の強敵を仕留められるであろうし1分1秒すら惜しむ当作戦の性質を考えれば今すぐそうすべき局面──だが英雄に焦がれる彼が望み欲する伝説はそんな物分りの善い風景などでは無い。
「一津橋、此れはお前が討つべき敵だ」
「そうね……フィニッシュムーブは茜ちゃんが決めてみせて!」
 あえて支援攻撃を選んだ影光にひかりも続き、茜へと繋げられた人竜ヒルクライデスへの最後の一撃を、阻むものはもはや存在しない。
『……討つべき、敵……ッ!』
 損傷激しい己を一切顧みることなく、残る力全てを振り絞るようにしてあくまで『赤き獣』討伐の為にと闘気を発する屍隷兵の様は、その異貌をもって尚どこか竜派ドラゴニアンの勇者を想起させた。
 狂える天才の手で精緻に造り上げられた、その不屈も勇猛も、今はただ虚しいばかり。
「……あなたはこの世界に居てはいけないんですよ」
『世界に仇なすモノメッ──……ッ!?』
 人竜の叫びは、茜から発せられたこの世のものと思えぬ程に禍々しい雄叫びの内へと呑み込まれ、それが彼の最期の言葉となった。
 燃え滾る赤き闘気は今このひととき解放された巨ノ王の『領域』を圧潰の破滅へと収束させてゆく──それとはまるで対照的に。
 眼前で仮初めの生を紡ぐ命の為にと手向けられた茜の声は酷く優しく……哀しい。

「おやすみなさい」


 蒼鱗を真っ直ぐに貫き心臓へと到った少女の拳が引き抜かれると同時、屍隷兵から纏うオーラは完全に消失し、やがて只の屍へと還ってゆく。
 其れを無言で見守る茜の掌中にはいつしか、脈打つ心臓とはまったく異なる金属質な感触が収まっていた。
「これは……」

「トォォォォォォ!」
 尚も押し寄せる嘆きのマリア達の群れの先頭目掛け、空高く跳躍したアイヲラが渾身の力籠めて大斧を振り下ろせば巨体はその場へと釘づけとなり離脱の時間を稼いだ。
『パパァァ、ママァァァ……!』
「それでは尻尾巻いてサッサと逃げるといたしましょう!」
 狸少女のそんな台詞を合図に、見事任務を果たしたケルベロス達は一斉に撤退を開始し、次々に山中へと消えてゆく。
 背後ではとり残されたマリア達の嘆きばかりが終わることなく木霊する。

「本当に悪趣味ですね……」
 戦闘の余熱も宿敵への感慨も許さぬ新たな『置き土産』を懐へと放り込み、嗚呼いかにもあのひとらしいと茜はひときわ大きな溜息を吐き出した。
 一個のガラクタと化したパーツには嫌と言うほど見慣れた筆跡で刻まれていたのだ──『我が娘のために』と。

作者:銀條彦 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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