路地裏から見える光

作者:雨音瑛

●竜技師アウルの実験室
 実験台の上に横たえられた不良の目にぼんやりと映るのは、仮面をつけた男だった。仮面の男は、ひどく落ち着いた声で不良へと話しかける。
「喜びなさい、我が息子。お前は、ドラゴン因子を植え付けられ、ドラグナーの力を得た」
 不良はその言葉を、どこか他人事のように感じながら聞き入る。
「とはいえ、ドラグナーとしては不完全な状態。お前はいずれ死ぬだろう……死を回避して完全なドラグナーとなるには、私の与えたドラグナーと野力を振るい、多くの人間を殺す必要がある。すなわち、グラビティ・チェインを奪い取る必要がある、ということだ」
 そこまで聞いて、不良は自嘲めいた笑みを浮かべた。
「はっ。どのみち、俺はみじめに死ぬだけだ。弱そうな奴を路地裏に引っ張り込んで、ボコボコにして、金奪って……そんな生活の繰り返しだ、未練もねえ」
 不良は起き上がり、伸びをする。
「でもよ、この力で自分を指差して笑った連中に仕返しができる。……感謝するぜ」
 そう言って、不良は部屋を出て行った。振り返りもせずに。

●ヘリポートにて
 上里・藤(レッドデータ・e27726)が警戒していた事件が起きようとしていると、ウィズ・ホライズン(レプリカントのヘリオライダー・en0158)が告げる。
「『竜技師アウル』というドラグナーが人間にドラゴン因子を移植、移植された者は新たなドラグナーとなって事件を起こそうとしている」
 新たなドラグナーは、いわば未完成。移植された者が完全なドラグナーとるためには大量のグラビティ・チェインが必要だ。移植された者は完全なドラグナーとなるため、そしてドラグナー化する前に惨めな思いをさせられた復讐と称し、人々を無差別に殺戮しようとしているという。
「急ぎ現場に向かい、未完成のドラグナーを撃破して欲しい」
 現場は仙台市の繁華街で、最も賑わう夜の時間帯。現場に到着後、行き交う人々をすぐに避難をさせる必要があるだろう。
「戦闘となるのは、未完成のドラグナー……狩野・耀司ひとりだけだ。ドラグナーとしては未完成のため、ドラゴンに変身する能力は持たない。彼は、かつてこの繁華街周辺で人を襲って金品を巻き上げるなどして生活をしていたようだな」
 耀司の身体能力は高く、特に命中と回避が比較的高いようだ。
「耀司さんはもう、人間には戻れないみたいッスね……なら、俺たちは俺たちができることをするまで、ッス」
 藤はヘリポートに集まったケルベロスたちを見つめ、力強くうなずいた。


参加者
ムスタファ・アスタル(同胞殺し・e02404)
罪咎・憂女(捧げる者・e03355)
夜殻・睡(氷葬・e14891)
ルルド・コルホル(恩人殺し・e20511)
ヨハネ・メルキオール(マギ・e31816)
塚原・あかね(魂喰・e37813)
トリニティ・ボガード(通り影・e38405)

■リプレイ

●手にした刃を差し伸べて
 人々の話し声。足音。止まぬそれらは、賑わいの証。
 仙台市の繁華街、その賑わいを止めたのは一人の男――かつてはただの一般人であった狩野・耀司、今やなりそこないのドラグナーだった。
「……寝覚めの悪い夜だな」
 街の明るさで星の見えない夜空。そこから視線を耀司へと落とし、ヨハネ・メルキオール(マギ・e31816)がつぶやく。しかし足踏みをしている時間はない。ヨハネは、割り込みヴォイスで声の届く範囲の一般人へと避難を呼びかけ始める。
「……まぁ、ここにいたる経緯はあるのでしょうけどするべきことは一つですね」
 ため息ひとつ、罪咎・憂女(捧げる者・e03355)が辺りを見回す。同時に、戸惑う一般人へ塚原・あかね(魂喰・e37813)が殺気と剣気を解放した。
「耀司さんへの対処は任せます」
 盾役の面々に告げ、あかねは耀司から距離を取る。
 避難に当たる夜殻・睡(氷葬・e14891)は、あかねの剣気解放に合わせて動き出した。
「避難は此方ですよっと」
「わたしたちは救難の為派遣されたケルベロス。どうか落ち着いて避難して」
 柔らかでよく通る声を張り上げるのは、トリニティ・ボガード(通り影・e38405)。これ以上の混乱をさせないように、そして隣人力も発揮しながら、避難を促してゆく。自然体であるが凛とした佇まいは、信頼に足る格好良さがある。
 ヨハネや睡、トリニティが一般人に呼びかける様子を見て、耀司は不快そうな表情を浮かべている。
 ルルド・コルホル(恩人殺し・e20511)は惨殺ナイフ「オドーラ」を耀司へと向け、彼の進路に立ちはだかる。
「よう坊主、殺しに来たぜ」
 助けに来た、というニュアンスすら感じる物言いだ。
「今更言っても遅いけどよ。思うこと、やりたいことは色々あったと思うけどよ……生きてるうちにやっときゃ良かったと思うぜ」
「……ったくよお……せっかくこれまでの鬱憤を晴らせるって時によぉ……」
 にやりと笑う耀司をじっと見るのは、ムスタファ・アスタル(同胞殺し・e02404)だ。
「馬鹿にされ、下にみられた。だから殺す、か」
 安い男だな、と、侮蔑を込めた嘲笑を向ける。あからさまな挑発をされ、耀司は顔を覆って笑った。
「いいぜいいぜ、まずはお前らからやってやろうじゃねえか。それからゆーっくりと、あいつらをなぶり殺すとしよう」
「恨み、憎しみを語るにはお前の心には熱が足りん。相手への執着がたりん。お前の感情の正体を教えてやる。癇癪だよ。ただの。よくわからない閉塞感、無力感にむしゃくしゃして、たまたま手に入れた力を使って暴れているだけだ」
「随分と人様に迷惑を掛ける存在ですねぇ。あなたの生い立ちも境遇も興味はありません。ただただ敵としてぼこぼこにして差し上げますよ。あなたが今までやってきたようにね」
 清楚な見た目に反し、その言葉に確かな熱を持っているのはリティア・エルフィウム(白花・e00971)。ファミリアロッド「Exorcismus」を水平に構え、正面に耀司を捉えた。
 同情はなし。被害を出さないために、ここは耀司を討つのみ、だ。

●燻る炎
「おうおう、好き放題だなあ! いいぜ、それなら相手になってやるよ!」
 耀司は両腕を掲げ、炎を纏わせた。今やドラグナーとなりつつある者が生み出した炎は、前衛を包み込んだ。
 体表に燻る炎をちらりとも見ずに、ムスタファは耀司へと肉薄する。同時に、リティアへと癒しのオーラを飛ばしながら。
「その程度の熱で俺が殺せるか。人を害する時すら本気で向きあえない。だからお前はクズだというんだ」
「あぁ? クズ、だぁ? 俺が? この俺が、クズだってのかぁ?」
「違うと言うなら俺を殺して見せろ」
 傷跡の走る顔をぐいと男に寄せ、ムスタファは語気を強めた。
 怒りを露わにする耀司の背後から、ボクスドラゴン「カマル」がブレスを放射する。が、耀司は身体をひねって回避してしまう。
「不完全とはいえ流石にドラグナーだな。まずは、体勢を整えようか」
 憂女はオウガメタル『嘆』から光輝の粒子を放出する。
「私も援護します。――揺蕩う光よ、天駆ける風となりて その身に力を宿しましょう」
 前衛の周囲を、白い光が照らし出す。と同時に清らかな風が前衛を包み込むように吹いている。身体を撫でる優しい風は、敵を見定める力を与える。
 しかし、ボクスドラゴン「エルレ」の体当たりはまだ耀司に届かず。
 踏み出したルルドが、耀司の素早さをもってしても回避できない一撃を繰り出した。
「燃えろ、その想いが尽きるまで」
 ブラックスライムが、耀司の全身に炎を灯しながら巡る。濃紺色の焔が消えた直後、あかねが耀司を蹴り上げようと迫るが、またしても耀司は素早く下がって回避する。
「素早い、ですね……どうにかして命中力を上げていきませんと」
「どうしたどうしたぁ? 避難活動してる仲間も呼ばねーと勝てねーんじゃねぇのかぁ?」
 耀司が、笑い声を上げる。
 あかねは避難活動をしている仲間の方をちらりと見た。
 なりそこないのドラグナーとはいえ、半分近くの仲間が欠けている状態で勝てるほど楽ではないのだ。あかねは腰の斬霊刀に手を当て、意識を改める。

 一方、避難に当たっていたケルベロスたちは、間もなくその活動を終えようとしていた。
 トリニティは、怪我人や、単独行動が難しそうな者への配慮を。あとは駆けつけた警察に任せ、逃げ遅れた者がいないかを確認する。
「こっちは大丈夫みたいだね」
「俺の方も問題ない」
 ヨハネが応えれば、睡はキープアウトテープを取り出した。
「了解。それじゃ、こうして……と。ん、完了。さて、参戦するか」
 刃や炎が交錯する場所をちらりと見て、睡たちは駆け出した。

●刃の数は
 斬霊刀を手にしたあかねが、耀司とすれ違う。蝶の踊る袖がふわりと浮き、刀が鞘に収まった。
「だから当たらね……」
 そう宣言しようとした耀司の頬に、赤い線が走る。また、灯っていた炎が勢いを増す。
「ってぇなあ! でもよ、俺はまだまだ余裕だぜ? その程度で俺をぶっ倒そうってのかぁ?」
 逆上しかかった耀司ではあったが、すぐさま血をぬぐい、下卑た笑みを浮かべた。
 しかし、耀司の背後から、斬霊刀「雨燕」が迫る。そのまま振り下ろされ、耀司の背に強かな一撃を加えた。
「お待たせ。元同じ穴のなんとやら同士、仲良く喧嘩でもしようか」
 雨燕を手元に戻し、睡が言い放つ。
 喧嘩というものの、実際は命のやりとり。いま、ケルベロスが耀司に出来ることは――手を下すこと。ならば、とヨハネは全身を光の粒子へと変える。直進ののち、手応えは感じず。眉根を寄せて振り返れば、なんとか回避して一息つく耀司の姿が目に入る。
 ヨハネの力。ケルベロスとしての、己が力。
 それを他者に振るうことこそを信条としているからこそ、元一般人を手に掛けることに躊躇する。
 それがたとえ、どのような罪を犯そうとも。
「命は平等だ。生きていれば償える。死をもってあがなう罪など、ありはしない――」
 口にしたところで届かないであろう思い。それでも、ヨハネは口にせずにはいられない。
「俺みたいな奴はよぉ、生きてるだけで犯罪みたいなもんなんだよ! ……お、これで全員か? 楽しくなってきやがったぜ!」
 耀司が素早く間合いを詰める。それを見て、憂女が目を細めた。
「たしかに、身体能力が高いといわれるだけはあるな……」
 であればと、憂女はトリニティへと向き直り、可聴域を超えた咆吼を繰り出す。
「ーーーォォオ!!」
 とたん、トリニティの周囲を漂うグラビティ・チェインが癒しの力を高めるものへと塗り替えられる。
「ありがとう。では、わたしも」
 トリニティは、憂女へとオウガ粒子を放出する。
「さて……じゃ、俺もいくぜ?」
 耀司の手に、鈍い赤色の刃が現れる。睡を狙って閃いた刃は、エルレに大きな傷を刻む。
「エルレ!」
 回復をするには、あまりに深すぎる傷。リティアの呼び声にエルレは一声だけ鳴き――消え去った。
 振り切った腕を戻しながら、耀司がにやりと笑う。
「まずは1体、と……」
 言い切るが早いか、ムスタファが威力を増した拳を叩きつけた。重なるは、ルルドの素早い蹴り。耀司は吹き飛ばされ、店舗の壁に背を打ち付ける。
「はは、いい加減マジで痛くなってきたわ。お前ら、絶対ゆるさねぇ。俺を馬鹿にした奴も、お前らも、絶対にゆるさねぇ……」
 口内の血を吐き捨てた耀司は、なおもケルベロスたちを睨みつける。視線を受け、リティアは口を開いた。
「……自分で自分はこんな生き方しか出来ないと、見切りをつければさぞかし楽だった事でしょう」
 言い返そうとする耀司の言葉を遮り、リティアは続ける。
「そんな事はなんの免罪符にもなりませんけどね! あなたは所詮負け犬なんですよ!」
 そうして、リティアは「殲剣の理」を歌い上げる。言葉もグラビティも挑発のために。
 しかし、心の奥底では決して耀司を馬鹿にしているわけではない。
 理解している。もう、耀司が助からないのを。だから、それを一番楽な方法で受け止める――敵と見做す、ことで。
 思いを固めた歌声が、戦場に響く。

●思い、願い、あるいは祈り
 相手の回避率を下げるグラビティ、そして味方の命中率を上げるグラビティ。それらが功を奏し、ケルベロスたちの攻撃は外れることの方が稀になっていた。
 憂女の放ったドローンが、前衛の防備を高める。ルルドのバトルガントレット「青蓮華」、その指先が耀司の気脈を断つ。戦列に戻ったルルドをウィッチドクターの術で癒すのは、トリニティ。
 さらに、あかねによる星屑混じりの蹴撃が耀司のみぞおちを捉える。
「ぐっ……俺は、こんなところで死ぬわけにはいかねぇんだよぉ!」
 耀司が吼えるように叫び、何かを振り払うように腕を直後、魔法の弾丸があかねを襲った。その威力は凄まじく、あかねの残存体力を上回るほど。
 あかねは小さく息を吐き、膝を突いた。
「お気になさらず。あとは、任せます」
 あかねの言葉に首肯し、ムスタファは蹴りを見舞う。と見せかけて、袖口から本命の暗器を喰らわせた。それは、毒を仕込んだ一撃だ。
「ここは人の世だ。去れ」
 加えて、カマルのブレスが耀司に向けられる。ブレスの範囲を抜けた耀司が気付いたのは、睡の視線。殺意とは違う、憐れみとも違う視線に、耀司は思わず問う。
「……何だお前。どうしてそんな目で俺を見る?」
「いーや? ……何でも無いさ。ちょっと懐かしくなっただけ」
 睡は無表情のままつぶやき、耀司の顔面へと靴底を叩きつけた。
「足下注意、だ」
 込められた螺旋の重力が、耀司を浮かせる。そこへ、リティアによる流星の蹴りがもう一段持ち上げる形になる。
「新しい力を得て、果たしてそこはお前の居場所となり得たのか? それがお前の生きる意味と言えるのか? ――本当に未練は無いのか?」
 ヨハネの問いかけに、返答はない。持ち上がる耀司の口角は、強がりを示すものか。
 これ以上の問いは無意味だろう。
 ヨハネは口にする。【聖邪のアポカリプス】の一節を。光の魔法を。
「思い出せ、己が罪を」
 渦巻き、燃える炎。耀司へとまとわりつき、徐々に勢いを増してゆく。光が強ければ闇が深くなるのは真理、闇を内包するのは必然。
「お前の罪は明白だ。地獄の業火に抱かれ悔い改めよ」
 そして、どうか安らかに。
「嫌だ、俺は、まだ……!」
 耀司は、炭と見まごうような黒一色の姿となっていた。だが、それも足元から崩れ、消えてゆく。
「祈れ。お前にはもはやそれしかない」
 ムスタファの声が、耀司の呻きに重なる。
(「さ迷える魂に憐れみを。どうかもう惑う事のないように」)
 体の大半が消え失せ、消え去ろうとする耀司が虚空に伸ばした手。それすらもぼろぼろと崩れ――完全に、消滅した。
「お疲れさん、こうなる前に助けてやれなくて悪かったな。もう、ゆっくり休め」
 ルルドが声をかけ、背を向ける。
 戦闘が終われば、あとは現場のヒールだ。トリニティはあかねにもヒールを施してゆく。
「じゃあ俺は、倒れた看板でも直そうかな」
 そう言い、睡は倒れた立て看板を持ち上げる。
(「強い感情を発露させるのは良い事だと思うけど」)
 支え、元の場所へと戻す。
(「復讐だろうが何だろうが拗らせて人間やめちゃったら意味無い、よなぁ」)
 ため息ひとつ、幻想を孕んだ看板を見上げた。
 修復を終えた現場を確認し、ルルドはそっと現場を後にした。
 やがて、賑わいの音がケルベロスたちの耳に届き始めた。
 トリニティは人々に戦果を告げ、避難に協力してくれたことに感謝を示す。人々もまた、感謝の言葉を口々に述べる。
 それらの言葉を耳にしながら、あかねは静かに黙祷を捧げた。
「それでも……捨てていい命など……あるものか……」
 ヨハネの言葉を耳にして、憂女は耀司の消えた場所へと視線を移す。
「……私が願えることでもないですが……せめて冥福だけは祈りましょうか」
 行為そのものに後悔こそ無いが、成したことは覚えておけるように、と。憂女は、そっと瞼を閉じた。
 瞼を通してなおも輝く光を感じながら。

作者:雨音瑛 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 6
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