螺旋忍軍大戦強襲~勇者のレゾンデートル

作者:秋月きり

「飫肥城での戦い、お疲れ様。みんなのお陰で螺旋帝の血族、緋紗雨を智龍ゲドムガサラから守り切る事が出来たわ」
 ヘリポートに集ったケルベロスを前に掛けられる労いの言葉は、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)からだった。まるで自身の事の様に喜ぶ彼女は、表情を一転、真摯な表情と共に次の言葉を紡ぐ。
「それでね。螺旋忍軍の『彷徨えるゲート』が次に出現する位置が判明したの」
 それは緋紗雨を守り切った報酬と思えば良いだろうか。これで螺旋忍軍との決戦へ、大きく道が開いた事になる。
「そして、ゲートへの障害もまた、ね」
 それは、正義のケルベロス忍軍から螺旋忍法帖を奪取し、螺旋帝の血族、亜紗斬を捕縛した『最上忍軍』の事だ。厳かに告げる彼女の言葉に、ケルベロス達は息を飲む。
「最上忍軍は螺旋帝の血族・イグニスから新たな命令を受け、各勢力に潜入していた螺旋忍軍達を利用して『螺旋忍軍のゲートが現れる地点に戦力を集結』させようとしているようなの」
 その勢力とは三つ。ダモクレスとエインヘリアル、そして、屍隷兵だ。
 ダモクレスからは『載霊機ドレッドノートの戦い』の残党勢力。
 エインヘリアルからはザイフリートやイグニスの後釜を狙う王子とその私兵団。
 屍隷兵は各勢力が研究していた者達の中で、戦闘力の高い個体を集めた軍勢の様だ。
「現在、各勢力は牽制し合っているわ。これは螺旋忍軍が流布した偽情報によるものなんだけど」
 彼らには『魔竜王の遺産である、強大なグラビティ・チェインの塊が発見された』『このグラビティ・チェインを得る事ができれば、巨大な功績になる』『この事実を知ったケルベロスの襲撃が予測されている』と伝えられているようだ。また、敵に漁夫の利を与えない為、攻め方を模索している状態のようだ。
「イグニスとドラゴン勢力が彼らを『ゲートから戦力を送り込むまでの防衛戦力』として利用している事は明白ね」
 ケルベロス達へのカウンターとして終結させられた勢力達を一掃するにはケルベロスウォーの発動が不可欠だ。
 だが、行軍中の軍勢を襲撃し、主だった指揮官を撃破すれば、ケルベロスウォーの発動無くとも、敵勢力を弱体化する事が出来る。
「危険な任務になると思う。でも、イグニス達の思惑通りに事を進める訳に行かないの」
 悲壮な決意を以って、リーシャはケルベロス達にそれを告げる。自身の予言が彼らを死地に送らざる得ない事実を噛み締める様に、金色の瞳が揺れていた。
「みんなに相手をしてもらうのは、エインヘリアルの軍勢になるわ」
 場所は紀伊山地の和歌山県側にある伯母子岳。エインヘリアルの第十一王子である『マン・ハオウ』と、その私兵団が相手となる。
 私兵団の内訳は、それを率いる『ペンプ・オグ』以下、10名の歴戦のエインヘリアルが指揮官として、数百名の軍勢を率いているようだ。
「ゲリラ戦と言えど、真正面から戦えば勝ち目がないわ。だから、小細工を弄する事になるの」
 少しだけ表情に呆れが見えるのは気のせいか。
「マン・ハオウ以下有力なエインヘリアル達は、背の低い美少女を特別視している」
 紡がれた言葉は眉間を押さえての台詞だった。
 思えばリーシャの予知したエインヘリアルは、何処かこだわりのある存在が多かった。勇者とは一体なんなんだろう、と独白の後、コホンと空咳を紡ぐと、言葉を続ける。
「だから、そういう存在がいれば、一旦軍勢を待機させ、自分達だけで突撃してくるようなの」
 とは言え、12体による有力なエインヘリアルの吶喊だ。侮る事は出来ない。
「この性癖――違う、性質を利用すれば、個別撃破も可能。あるいは、残されたエインヘリアルを攻撃して数を減らす、と言う手も使えるわ」
 また、残されたエインヘリアルの軍勢の中には最上忍軍の最上・幻夢の姿もあるようだ。彼女の撃破を狙う事も有効な作戦となる筈だ。
「私兵団の隊長である『ペンプ・オグ』だけは『マン・ハオウ』の安全を優先するから、みんなが手強いと感じれば主と共に撤退しようとするだろうけど、それ以外はそういう感じね。ただ、エインヘリアル達の強さは本物。もしも撃破を狙うなら、2チームが連携して戦う事が望ましいわ」
 エインヘリアルの指揮官を狙うか、それとも軍勢を蹴散らすか。はたまた、最上・幻夢を倒すか。それはケルベロス達に委ねられている。
「第十一王子『マン・ハオウ』が、イグニスの配下に加わる事があれば、イグニスの影響力が再度、エインヘリアルに及ぶようになる危険性もあるわ。可能ならば、ここで『マン・ハオウ』を討ち取っておきたいところだけど」
 強襲作戦であるが故、無茶も禁物だ。敵勢力の中に残されない立ち回りも必要だろう。
 そしてリーシャはケルベロス達を送り出す。いつもの如く、無事に帰ってきて欲しいと言う思いを込めて。
「それじゃ。いってらっしゃい。武運を祈ってるわ」


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
ラハティエル・マッケンゼン(マドンナリリーの花婿・e01199)
セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)
物部・帳(お騒がせ警官・e02957)
旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)
白嶺・雪兎(斬竜焔閃・e14308)
ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)
卜部・泰孝(ジャンクチップ・e27412)

■リプレイ

●紀州の山の中で
 夏の太陽に熱せられた空気は生温く、時折吹き抜ける風もまた、さほど涼気を感じさせない。紀州の、そして日本の夏は今年も熱くなりそうだった。
「やれやれ、まさか故郷が戦場になろうとは。酷い世の中になったものですなあ」
 物部・帳(お騒がせ警官・e02957)の独白に、「まったくなのです」とヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)は同意する。
 デウスエクスの侵略行為は日本全国何処でも起きている。そこに地域の区別など在る筈も無かった。
「しかし、ロリコンの侵略者が来るとは夢にも思っていなかった筈です」
 渋い顔で二人に続くのは、白嶺・雪兎(斬竜焔閃・e14308)だった。その視線は、まだ見ぬ此度の侵略者――マン・ハオウ率いる彼の私掠兵団を射殺さんばかりに虚空へと注がれていた。
「背の低い美少女が好きとは業が深いな。……フッ」
 絹の如き金髪を掻き上げ、ラハティエル・マッケンゼン(マドンナリリーの花婿・e01199)が通髄する。
 10の歳に満たない、或いは身長の低い少女の生き血で彼のエインヘリアルがパワーアップすると証言している予知は、この場の6人のケルベロスも承知の上だ。嘘か真かは不明だったが、彼らがそれを行動原理としている事は事実。
 ならば。
「囮役で自分を危険に晒す嬢ちゃんがいるんだ。俺もそれ相応のチップを賭けねーとな」
「頼みましたよ。勇名殿、竜華殿」
 卜部・泰孝(ジャンクチップ・e27412)の不敵な笑みと、セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)の祈りが重なる。
 向けられた視線の先にある二つ影は、まるで姉妹の如く寄り添いながら、山道を突き進むのだった。

「……いましたわね」
 旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)の呟きに、伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)はこくりと頷く。二人の視線の先ではマン・ハオウ麾下10は下らない将軍、そして無数の配下達が行軍を進めている。
 そこに飛び込むのは、飢えた狼の群れに子ウサギを投げ入れる様なもの。危険は承知の上だった。
 強者との戦いは自身の望むところだったが、勇気と無謀を履き違えるつもりもない。故に、事は慎重に運ぶ必要があった。
「行こう。他のみんなも動き出してる」
 巡る思考は勇名に手を引かれる事で中断となった。声に導かれ、周囲を伺えば、ポツリポツリとある人影を認める事が出来た。それらは他班の囮役達だろうか。
「迷う暇はありませんわね」
 これだけ伏兵がいれば、自分達の倒すべき敵と対峙する事が出来る。
 そう信じ、竜華は歩を進める事にした。

●ユナン・ジス
 ユナン・ジスの視線の先で、朱色の髪が揺れていた。
 似た背格好の二人は一見、年の離れた姉妹かと思ったが、種族が違う。一つはサキュバス、そしてもう一つはダモクレス……否、レプリカント。装備の携帯が認められる事から、おそらく地獄の番犬ケルベロスであろう。
 警戒すべきか、捨ておくべきか。
 刹那の思考の後、まぁいい、とユナンは大剣を手に取る。
 サキュバスの方はトウが立っているが、レプリカントは10歳程度。主の求める『穢れを知らぬ少女』だ。
 魔竜王の遺産とやらに関わる今後の戦いを思えば、ここで刈り取るのも悪くない。

「――釣れた」
 ゆらりと立ち上がり、向かってくる人影に勇名はぽつりと呟く。
「ですわね」
 竜華の独白は冷や汗混じりに紡がれた。おそらく、あれがユナン・ジスと言う名のエインヘリアルだろうか。3メートル超の長身に、握られた身長と同じサイズの大剣は装飾なく、無骨。歴戦の勇者を思わせる出で立ちの彼は神速を以って、二人に接近して来る。
 風切り音は一度だけ。一息の下、大剣の刃は竜華へ振り下ろされていた。
「速いっ!」
 得物を受け止めた鎖がぎちぎちと音を立てる。力強き一撃は、竜華を唐竹割にすべく、エインヘリアルの全力を以って繰り出されていた。
「そいつは渡してもらうぞ、ケルベロス!」
 それは明確な排除の意志だった。竜華をただの障害として排除する、それだけの思考が剣の一撃となって、彼女に叩き付けられる。
「竜華」
 躊躇いより早く、勇名は光の盾を展開。竜華に施す。それを横目で追いながらも、ユナンの次の一撃もまた、竜華へと牙を剥いていた。
「このっ」
 裂帛の気合の元、竜華の操る鎖の一撃がユナンに叩き込まれる。だが、それを受けてもなお、攻撃の手は休まる事を知らない。二撃三撃と続く連撃は、竜華の漆黒の着物を切り裂き、白い肌を、そして鮮血の跡を露わにしていった。
(「本隊に戻れない……」)
 ユナンが竜華を狙う意図は明白だった。勇名の確保の為、邪魔者を排除する。つまり、勇名は囮としての条件を満たしていたと言う事だろう。逆に竜華はそれを満たさなかったからこそ排除される側に回った。それが年齢によるものなのか、身長に起因するものなのか判らなかった。だが。
(「何とか、しないと」)
 竜華に治癒を施しながら、勇名は思考を巡らせる。
 自分だけが離脱すればユナンは竜華を放置し、自身を追うだろうか? それとも彼女に止めを刺す事を優先するだろうか? 逡巡の目前で、桃色と朱色の華が咲き乱れ、思考を掻き乱す。
「貰った」
 淡々とした言葉はエインヘリアルより紡がれた。掲げた一刀は、竜の姫の首を刈るべく、大きく振り被られる。その一撃を止める術を、竜華も、そして勇名も持ち合わせていなかった。
 空気を切り裂く音が響く。続く鈍い音は肉と骨が断ち切られる音――では無かった。
「やれやれ。戻りが遅いと思ってみれば……。道草どころか暴漢に襲われているじゃないですか」
 間に割って入った帳の銃把と刃が奏でる金属音が辺りに広がる。エインヘリアルの渾身の一撃を受け止めた彼は後方に跳躍する事で衝撃を逃がすと、ふわりと翼を広げ、荒れ地に着地した。
「だ――」
 誰何の声は最後まで紡がれなかった。横合いから放たれた二対の斬撃がそれを許しはしなかった。
「我が名はセレナ・アデュラリア! 騎士として、貴殿に勝負を挑みます!」
 一つは銀髪の少女だった。髪と同じく白銀の騎士剣が、ユナンの大剣に叩き込まれ。
「私はラハティエル、ケルベロスの一員なり。堕ちた勇者よ、我が黄金の炎を見よ! そして、絶望せよ。フッ……」
 そしてもう一つ、鎧を梳るは金色の輝きだった。高密度の合金を思わせる刀は金髪の主の言葉をなぞるように、黄金色の光を宿していた。
「ロリコン死すべし、慈悲はありません」
 冷たい宣告と共に放たれた流星の煌きがユナンの身体を穿つ。雪兎の飛び蹴りを受け、踏鞴踏むユナンは次の瞬間、目を見開く結果となった。
「テメーの結果はコイツで決めるぜ」
 弾丸の如く叩き付けられたのは三つの六面ダイス――賽子だった。泰孝によって生み出されたそれは弾丸の如くユナンの皮膚を切り裂き、血をしぶかせる。
 その出自は18。いかさまダイスの本領発揮に、ユナンの脳を侵すのは、不幸を告げる宣言と、そしてそれに対する怒りだった。
「はっ。たかだか犬っころがっ」
 罵倒の台詞は自身への侮蔑に対する返答か。次に紡がれたユナンの一振りは、衝撃波となってケルベロス達に突き刺さる。
 だが。
「残念ながら私は猫なのですよ」
 5人と1匹の壁は、その衝撃波を散らし、減衰させるのに充分だった。慌てて後方に下がる勇名を見送りながら、羽ばたきで仲間達を癒す使い魔を促したヒマラヤンがべーっと赤い舌を突き出す。
 これで8対1。ヴィー・エフトの数を考慮すれば9対1とケルベロス達の優位は揺るがない。
「成程。罠って訳か」
 周囲を一瞥したユナンはにやりと笑う。窮地すら楽しむ姿勢は、それだけを見れば勇者に相応しく思えた。
 そう。数の上だけならば、ケルベロス達の優位は間違いない。だが、デウスエクスであるユナンはその差を覆すだけの力量を有しているのだ。
(「やれやれ、厄介ですなぁ」)
 幾度目か判らない感嘆の溜め息が、帳の口から零れた。

●勇者の存在証明
「サメも一応お魚なのですが、これはあんまり食べたくないのですよ」
 ヒマラヤンの詠唱によって生み出された機械仕掛けの鮫は、己が鋭い牙をユナンに突き立てる。痛みと共に注入される毒に顔を顰めるユナンはしかし、次の瞬間、大剣を一閃。鮫の身体を両断し、虚空へと消失させた。
 そこに襲い来るはヴィー・エフトによる投擲だった。戦輪よろしく飛来したキャットリングはユナンの右腕を切り裂き、血をしぶかせた。
「さっさと流れを決めちまうぜ」
 泰孝の放つ重力弾は、態勢を崩したユナンへ強襲する。着弾と共に揺れるユナンを襲うは三筋の煌きだった。
 ラハティエルの蹴りとセレナの剣戟、竜華の地獄を纏った一撃を紙一重で躱したユナンはにやりと不敵に笑う。
「大したもんだな。地獄の番犬ってのはよ」
「流石、の言葉は貴方にも返すであります」
 律儀に言葉を返した帳は御業の黒き蛇を召喚。ユナンの身体を縛り上げる。
 一瞬の間を以って、刃が一閃した。大剣を己の手足の如く一閃させたユナンは崩れ落ちる蛇の身体から離脱、荒れた大地を蹴飛ばし彼我の距離を取る。
「大事な人達をロリコンの毒牙に掛ける訳にはいきません」
 白き怒りは銀光と共に放たれた。雪兎の影撃はユナンの足を切り裂き、その機動性を奪っていく。
「ロリコンなぁ」
 それでも、ユナンが浮かべた表情は嘲笑だった。
 9対1。無数とも言える手数を捌くエインヘリアルは、余裕の態度を崩していなかった。
「地球でそう言う性癖があるのは知ってるがな。果たしてそれは主に当てはまるのかね?」
 大剣が薙がれる。生み出された衝撃波が襲ったのは防御を担う帳と竜華、ヴィー・エフトの三者だった。苦痛の悲鳴が零れ、零れる血液が大地に朱の斑点を残していく。
「違う、の?」
 治癒用ドローンで仲間を癒す勇名の呟きはしかし。
「ならば聞くが貴様らは家畜の卵を食う時、それをロリコンと称すのか?」
 軽口の如く問い掛けは続く斬撃と共に繰り出される。大剣の重さを感じさせない軽やかな連撃はヴィー・エフトを切り裂き、その身を消失させていった。
「ヴィーくん!」
「安心しろ。主も同じ場所へ送ってやるよ!」
 返す刃はヒマラヤンの身体を切り裂き、地に伏せさせる。神速とも呼べる攻撃に帳や竜華の介入、勇名の治癒は間に合わなかった。
「それは……」
 雪兎の放つブラックスライムの牙がユナンを捕らえる。傷を負いながらも捕縛の手から逃れたユナンは得物を一閃。放たれた衝撃波は再び、ケルベロス達の身体に冷涼な軌跡を叩き付けた。
「力づくでゲットするのは幼妻じゃなくて獲物とでも言うつもりか?」
 泰孝の言葉は嫌悪に彩られていた。脳裏に浮かぶ妻の笑顔は幼くも愛らしく。彼女がこのエインヘリアル達の標的か否かは不明だが、その毒牙に掛る様を想像するだけで苦い感情が鎌首をもたげて来る。
「価値観の相違、でありますね」
 地球人を人と扱わないのならば、彼の主張はある意味正しく、だが、ケルベロス達には受け入れ難い。自身の弾丸を躱す様を見送る帳は、彼の文言に成程、と頷く。デウスエクスは侵略者。エインヘリアルのユナンがそもそも、生者の時に如何なる生を謳歌していたか判らないが、その思考は既に侵略者のそれに染まっている。
「幼い少女を平然と狙う貴殿達を私は勇者と認めません!」
「はんっ。義侠心溢れる言葉だね。笑いが止まらんわ。ならば貴様らは容姿さえ幼ければ敵ですら、殺さんと言うのか?」
 騎士としてのセレナの言葉を鼻で笑うユナンは彼女を黙らせようと、大剣を振りかぶる。
 そこに舞うは金色の風だった。
「我が鮮朱の炎こそ、殲滅の焔! 揺らぐとも消えないその劫火は……地獄の中でも、燃え続ける!」
 二枚の光翼から放たれる朱色の炎が、ユナンの身体を焼く。立ち込める焦げた臭いに表情を歪めたユナンに続く追撃は、ラハティエルの嘲笑だった。
「どんな敵であろうと、関係ない。私は私の想いを貫く。戯言はそこまでだ、侵略者。貴様がいくら雄弁に言を重ねようと、我らが揺らぐ事は無い! お前はここで終わるのだからな。フッ……」
 傲慢な迄に断言するラハティエルは、終焉の宣告と共に黄金剣を掲げる。
 弾かれるように跳ぶのは、朱色の輝きだった。
「炎の華、見せてさしあげます♪ 全て燃えて砕け!」
 竜華の八対の炎はユナンの身体を拘束し、その身を焦がしていく。続く彼女の爪撃はユナンの身体を切り裂き、その口から苦痛の声を零れさせた。
「聞こえるでしょう? 怨嗟の声が。見えるでしょう? 貴方が踏み躙ってきた者の姿、水底に烟るその魂が!」
「数多の生き血と悲鳴を啜り、人々より忌み嫌われた紅蓮の波刃よ、今こそ我が手に来たれ。その美しき刃をもって、この地を絶叫で満たせ!」
 帳の巫術は昏い影を以って。雪兎の斬撃は紅き輝きと共に。
 死者に絡め取られ、真紅の刃に切り裂かれたユナンの顔に浮かぶ焦燥は、己の最期をそこに見出した為か。
「アデュラリア流剣術、奥義――銀閃月!」
 それは閃光の如く。それは鋭刃の如く。夜空に浮かぶ月を思わせるセレナの斬撃はユナンの身体を貫き、不死の身体に死を刻印していく。
「糞が……」
 奥歯を噛み潰すエインヘリアルは、唾棄の言葉と共に、果てていった。

●勝ち戦の歌
「痛たた。懐に物部ちゃんがくれたあんぱんが無ければ、危ない所だったのですよ」
 切り裂かれた服と皮膚を幻影の治癒で癒しながら、ヒマラヤンがうへーっと苦い表情を浮かべる。
「流石は精鋭ですな。正直、数日分の元気を使いきった気分です。明日、有給取っても構いませんか?」
 それを見守る帳の言葉に返って来たのは、友人の白い目であった。
「何言ってるのですか、普段から働いてないのだから、明日もちゃっちゃと働くのですよ」
 死闘を制した功労者に対する労いも無く、あんまりだと思わなくも無かったが、抗議の声は封殺されていた。
「さて。マン・ハオウを狙った組も勝利したようだ。早く合流して次の戦いに移ろうぜ」
 少しぐらい休息が取れればいいんだがなぁ、と一勝負終えた博徒の顔で、泰孝が仲間の帰途を促し、「ですわね……」「うん」と竜華、勇名の二名がこくりと頷く。
「帰ったら、一杯やろう。二杯でも良い。フッ……」
 自称酔いどれのラハティエルは勝利の美酒へ想いを馳せ。
「……何事も無ければよいのですが」
 セレナが想うのは、他のデウスエクスへ戦いを挑んだ仲間達の事だった。おそらくこれから大きな戦いが始まる。今はただの予感に過ぎなかったが、それが実現する日も遠くないと、そう感じていた。
「さて、戻りましょう」
 雪兎の声の元、ケルベロス達は歩みを進める。
 そこに浮かぶ晴れやかな表情はむしろ、凱旋する戦士たちの誉れを表すようだった。

 地球を守る。それが、彼らの抱く存在理由――。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年7月21日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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